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縁の下で考える(その2)の巻 [折々散歩]

昨日の記事で話題にした、30年も前の「全国教研』で、私が参加したのは『国語』分科会でした。生活綴り方運動、作文教育などで知られる国分一太郎先生らも助言者のお一人で、夜の酒席も含めて身近に接する機会もありました。不思議なことにどんなお話を伺ったか、ほとんど覚えていません。
記録によると1985年ご逝去とありますから、最晩年のお姿を拝見したことになります。85年の札幌市での集会では、お元気だった記憶がありますが、その年の2月に逝去されたようです。その前後の記憶はまったくあいまいです。
その後、、県内の教研(教育研究)集会には参加してきましたが、全国教研には参加する機会がないまま、時が過ぎました。
記憶と記録をひもとくうちに、一気に時代は変わり、1998年1月に滋賀県で開かれた教研に参加したことが、思い出されました。
その頃には、労働組合運動をめぐる動きを反映して、教職員組合運動にも大きな変動がありました。要求と運動を、政府・財界の許容する枠内に「自粛」する「連合(日本労働組合総連合会)」路線への傾斜を強める日教組「主流」が、組織内外の批判と懸念を押し切って「連合」加盟を強行したのを機に、日教組から離脱した単組(都道府県本部)などを中心に、全日本教職員組合協議会を結成(1989年)、後に日高教も合流して、全教(全日本教職員組合)が結成されます(1991年)。こうした元で、日教組、日高教共同開催という全国教研は幕を閉じ、全教・日高教主催の全国教研から、今日の「実行委員会」主催の教研へと発展しています。
そんな歴史の過程で、1998年の教研に参加した模様を、こんな文章にしたことがありました。

  今年で10回目を迎えた全国教研集会に、初めて(合同教研時代は別として)参加しました。
 「行く春をあふみの人と惜しみけり(芭蕉)」の句からの連想からか、なぜか、湖水朦朧としたのどかな情景を思い描いてしまうのですが、「防寒対策を」との事前レクチュアどおり、近江の冬は格別の厳しさでした。
 連山に雪を戴き、周辺の道路脇にも積雪の残る全体会場は、右翼街宣車の騒音や機動隊の警備のものものしさとはうらはらに、うちとけた親密さと、明るい熱気に包まれていました。10年ぶり、20数年ぶりの知己の顔もちらほら見え、懐かしいひとときを味わうことができました。
 主催者挨拶、基調報告も、現場の苦悩と希望への共感に裏付けられた、真摯で温かいメッセージと、私には感じられました。そして、何よりも、米倉さんの記念講演に、感銘を受けました。
 分科会は、レポート報告者という任もあって、「特設1 子どもから地域からの教育改革」に参加。私の出番は、分科会初日の最後で、「『こんな高校をつくろう』高教組『高校像検討委員会』の提言づくりに参加して」と題して、岡山県の教育事情と県の進める高校再編の動きにふれながら、我々の対案としての「提言」(特に、提言①「こんな高校をつくろう」の部分)の紹介を行いました。時間の制約もあって意を尽くさぬ報告となった上に、全体の論議の流れと噛み合いにくかったせいもあってか、質問もコメントもないまま終わり、やや疲労感の拭えぬ一日でした。ただ、望外にも、翌日の情宣紙に「参考になる」との参加者の声を載せていただき、いくらか報われた思いでした。
 「教育改革」という遠大なテーマを扱う分科会であることから、レポートも、多様な学校種別・分野にわたり、また、議論の内容も、教育政策の全体を扱うものから、運動論にかかわるもの、学校外・地域の教育のありかたなど、多岐にわたったため、自分がどう議論に参加していいか戸惑っているうちに時間が過ぎ、正直、消化不良のまま、多分に欲求不満が残ったことは否めません。
 そのなかで、印象に残った点だけを幾つか書いて、分科会紹介に代えます。
(中略)
  ところで私は、基本的に「特設1」分科会に出席するつもりでしたが、せっかく来たのだからという欲心から、分科会の「ハシゴ」をしてしまいました。
 二日目の朝、T商のT先生の導きで、分科会開始前の移動時間に、ちょっと寄り道して近隣の史蹟を見学することに。愉快な弥次喜多道中のしめくくりとして、メンタムで知られる「近江兄弟社」ゆかりの「近江兄弟社学園」を(幼稚舎が、明治期の洋風校舎の面影を残していると)訪ねたところ、ふと見ると、校門前に「特設分科会2 子どもの権利条約」の案内看板。なんと、(うかつといえばうかつですが)、同学園の施設が、分科会場になっていたのです。
 これも何かの縁と、午前中は二人でその分科会に参加。出てみてよかった。「子どもが本音でのれる行事」を通して荒れを克服し自治を育てるとりくみ(滋賀・小)や「たっぷり遊んだ子どもは元気がいいぞ」(東京・父母)と題する学校施設を利用した子ども・青年の「遊び場・たまり場」づくりの取り組みなど、わくわくするレポートと、熱い意見交換が、刺激的でした。
 最終日は、どうしても出たかった「中等教育」分科会に出席。「青年期教育の実践」「中・高の接続はどうあるべきか」「子ども・青年はどんな学校を求めているか」という、個人的に関心をそそられるテーマは、すでに前日までに終わっていて残念でしたが、当日の報告は、中高連携(高知)、高校統廃合(北海道)、学校移転に抗して生徒・教職員・父母・市民ぐるみでとり組んだ学校づくり(私学)など、「特1」分科会と通いあう内容で、私の内部では首尾が整い、満足でした。最後に紹介された、日高教定通部・日本の教育改革をともに考える会の、それぞれの提言は、深く学び、合意を広げていきたい内容でした。  

今回参加した分科会は、私の希望によるものではなく、運営の必要に応じて、たまたま割り当てられたものでしたが、「文化活動・図書館」という名前の分科会でした。
でも、その内容は、期せずして20年前の問題意識と響き合うものでした。

あくまでも、縁の下で支える裏方に徹するつもりでいましたが、レポート発表や議論が興味深く、ついつい聴き入ってしまいました。
この分科会の共同研究者(「助言者」ではなく、こう呼ぶことにも、この教研集会のともに歩もうとする姿勢があらわれています。)のお一人、増山均先生は、「遊びは子どもの主食です」という印象的なフレーズを、キーワードとして紹介してくださいました。

上は、日本小児科学会の提言ポスターです。
下のブックレットは、増山先生の著作です。

内容紹介の一部をコピーしてご紹介します。


子どもの権利条約31条。これまで意識してきませんでしたが、その重要性を改めて痛感させられました。

 第31条
1.締約国は、休息及び余暇についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い並びに文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める。
2.締約国は、児童が文化的及び芸術的な生活に十分に参加する権利を尊重しかつ促進するものとし、文化的及び芸術的な活動並びにレクリエーション及び余暇の活動のための適当かつ平等な機会の提供を奨励する。

日本ユニセフ協会による抄訳はこちら
話題は次回に続きます。
今朝の散歩写真です。







虹が出ていました。




今日はここまで。

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