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はてさて?大競争狂騒曲とな?の巻 [私の切り抜き帳]

以前(2004年)、こんな文章を、ある教育系雑誌に投稿したことがありました。「10年ひとむかし」と言いますがそれ以上の昔の話です。でも、読み返してみて、今なお、根本的な変化(改善)は、認められないと思えましたので、ここに再掲させていただきます。

岡山発「大競争」狂騒曲

一、トカトントン、あるいはハラホロヒレ
太宰治に「トカトントン」という小品がある。玉音放送の後、なお「徹底抗戦、自決」を叫ぶ若い中尉の姿に厳粛を感じた「私」は、「死のう、死ぬのが本当だ」と決意する。が、折しも兵舎の屋根からトカトントンと金槌の音が聞こえ、なぜか途端にすべてが白けてしまう。高校教師出身のミステリー作家、北村薫氏が、エッセイ集『謎物語ーあるいは物語の謎』で、これに触れておられるのを、最近、愉快に読んだ。
「たとえば、太宰の『トカトントン』を読んで、何も見えない人に向かい、《トカトントンはハラホロヒレである》と言ってしまうのが評論家ではないか。そのおかげで何かが見え、《ああ、そうか》という人が出て来る。/すると別の評論家が《いや、あれは断じてハラホロヒレではない。ガチョーンである》と演出するのである。そこで、まことに不敬ではあるが《トカトントン》を《ハラホロヒレ》に差し替えれば、こういうことになる。/もう、この頃では、あのハラホロヒレがいよいよ頻繁に聞こえ、新聞を広げて、新憲法を一条一条熟読しようとすると、ハラホロヒレ、局の人事について伯父から相談を掛けられ、名案がふっと胸に浮かんでも、ハラホロヒレ、(中略)もう気が狂ってしまっているのではなかろうかと思って、これもハラホロヒレ、自殺を考え、ハラホロヒレ。」(中公文庫p二一〇)

二、「人皆か 吾のみやしかる」(山上憶良)
私は、五年間の夜間定時制経験を経て、「普通科単位制」を掲げる現任校での三年目を迎えている。当初、高速道路に自転車で迷い込んだような不安と居たたまれなさに、心身の不調が続いた。ある不登校経験者は、「校門が近づくと、ゴオッと大型ダンプに襲われるような威圧感を覚えた」と述懐していたが、今日の学校状況に内在するある種のテンションは、教師をも射すくめるものらしい。定時制では、多くの生徒が「三K=競争・脅迫(強迫)・強制が少ないから好き」と異口同音に語るが、その受容的な空気やゆったりとした時間感覚の対極に、今置かれている、と感じる。
もう十年近く前、高一で不登校のただ中にあった我が長男が、一切の「学校的なもの」に、怯え混じりの嫌悪を示したことがあった。その感性に波長をシンクロさせることで自己の安定を維持してきたせいか、私には「学校の息苦しさ」に過敏に反応する傾きがあるのだろうか。あるいは、五十代に入り教職最後の十年を消費しつつある私の適応能力にとって、環境の変化がいささか過酷に過ぎたかもしれないと解釈してもみる。

三、「一将功成って万骨枯る」(曹松)
だが、それらをさておいても、職場は多忙だ。どの学校でも、年々それは強まっている。
新指導要領実施に伴い、「総合的学習」の導入、シラバス(年間授業計画)作成、観点別評価など、教育内容・実務において激変とも言える変化が生じている。学校五日制で、逆に平日の過密化が進んでいる。「自主的」と称して、土曜日も補習講座に拘束される状況が広がっている。
近年、岡山では、長く続いた小学区・総合選抜制が廃止され、「特色づくり」の名による差別化と、「生き残り」強迫にせかされての熾烈な学校間競争が仕組まれてきた。例えば私の学校では、地域四校の総合選抜廃止に対応して、県下初の「普通科単位制」、「65分授業」、「2学期制」へと大幅な転換をはかることで、かつての兄弟校との序列競争・中学生獲得競争を生き延びようとしてきた。
今、こうした多大なエネルギーを傾注しての「特色づくり」の努力を総括・吟味する間もなく、県下全域に及ぶ大規模な高校再編(リストラ)が、問答無用で強行されている。それは、これまで職場や地域で培ってきた「学校づくり」の蓄積や合意を乱暴に消去・リセットする一大クーデターの様相を呈している。教職員、生徒、父母・住民という当事者が、学校づくりの主体から遠ざけられている。
これらの経緯の中で、「一将功成って万骨枯る」という事態が、少なからず現出している。手柄を買われて「栄達」の道を歩む元同輩を尻目に、茫々たる荒れ野に置き去りされた「兵卒」たちは、言いようのない徒労感と無力感にとらわれている。だが、スクラップ化の運命にある学校でも、「今いる生徒たちにはつらい思いをさせない」ために、涙ぐましい粉骨砕身を続けている。

四、再びトカトントン、あるいはハラホロヒレ
「進学校」を掲げる諸校の例に漏れず、我が校でも、ほぼ夏休み一杯進学補習が続く。新任の校長は、その期間に全教員と順に面談をするとおっしゃる。曰く、「進学重視型普通科単位制高校として、地元国立大学を中心に、進路目標を実現させることが重要。そのために、自分は何がしたいか、また、何ができるかを、聞かせてほしい。」近隣校でも、同様の動きが流行中との情報を、呆れた思いで聞いてはいたが、いざそれに当面すると答えに窮してしまう。
私の場合は、盆明け早々の補習の午後、校長室に呼ばれて開口一番「この学校のために何がしたいか。何ができるか。」へえ、本当にそうきましたか。日頃の仕事へのねぎらいの言葉すらなく?
私「いろいろ考えましたが、私にできることはなさそうなので、来年の三月にはよろしくお骨折りを願いたい。」/校長「それは、転勤希望と言うことかね。」/私「はい。」/校長「わずか三年目で、どういう事?」/私「前任校では、一応自分なりに自己完結したという思いがありましたが、この学校では、役割が見いだせない。仰るような学校には、別の適任の方がありそうです。」/校長「定時制の方がよかったと?では、どうして転勤したの?」/私「通院と健康管理の上から昼間の学校を希望したら、縁あって本校に。転勤に際しては前任校の校長にも本校の前校長にも義理を感じて、自分に鞭打って働いてきましたが、石の上に三年いても根が生えそうにありませんので・・」
語りつつ、私の耳にしきりにトカトントンが聞こえて、平静でいることが難儀だった。あるいはいっそ、ハラホロヒレ、ガチョーンと、口に出してしまいたい衝動に駆られる。衝動に駆られながら、その感情の正体がつかみかねていたが、後で胃の痛みとともにはっきりと気づいた。不当な仕打ちに対する屈辱感と、傷ついた自尊感情への憐憫。そして、全国津々浦々でこのような愚劣な問が発せられる状況のへの寒々とした白け。
「学校のため、君は何がしたいか、何ができるか」この問は言外に、「まつろわぬ者、働きが足りぬ者はおらぬか。”不適格”の烙印がイヤなら進んでもっと働け。さもなくば立ち去れ」という頭ごなしのメッセージを含んでいよう。そのような不信感むき出しの脅迫に怯え、失敗やつまづきへの不安にかられながら、果たして、教育という創造的な営みが成りたつのだろうか?さらに、この問は、従順なだけでなく、「上意」を自ら先読みし、すすんで遂行する「忠誠」競争を強いるものだ。だが、互いの事情や条件をふまえた、職場の合意形成への努力やプロセス抜きに「これがやりたい、あれがやれます」と名乗り出るお調子者が輩出したとしても、そんな学校に何が期待できるのだろうか?
小一時間に及ぶ、その日の校長面談の模様を克明に綴る気力はないが、もう一つだけ問答を付け加えておく。
校長「本校についてどう思う?」/私「みなさん忙し過ぎませんか?」/校長「定時制と比べたらね。だが、他の普通科進学校より特別に多忙だとは認識していない。」
職場の民主的リーダーたるべき校長が、職員の希望や提言に直接耳を傾けながら学校づくりをすすめる事は歓迎だ。その糸口となるなら、という微かな期待は、しかし、問答無用で切って捨てられた。再びトカトントンに襲われて、私は沈黙した。が、その沈黙を、後でひどく後悔した。その論法は、「職場に憲法なし」「働くルールの確立を」という要求に、どこそこの国よりましだろうとうそぶく経営者と同じではないか。そもそも人間として許せない酷い状態を、まだ下があるからと合理化されては困る。
その時言いそびれたことを、かいつまんで事実のみ記す。①私の転勤の前年。単位制移行のただ中に、S先生が38歳の若さで急逝。「次は自分かも」という不安を誰もが拭いきれないまま、慢性的なオーバーワークの実態は衰えをみせない。「健康は自分で守って下さい」「勤務時間が過ぎたら、帰れる時には出来るだけ早く帰ってください」という管理職の言葉が、苦笑混じりに聞き流される。②この4月、年度初めの勤務を終えて帰宅されたF先生が、ひとり暮らしのアパートで倒れ、意識不明のまま二日以上も推移して発見された。緊急入院・手術を経て、幸い生命に別状はなかったものの、復帰の見通しはなお立たないでいる。③今年転勤してこられた一人職種のT先生は、夏休み以来、長期の病気休暇に入られた。これらの欠如をお互いの「奮起」で補い合いながら、学校の歯車はうなりをあげて高速回転を続けている。この回転の先に、子どもと教育の未来の、信じられる者は幸いである。私の耳には、トカトントンが響いてやまない。 

この状況に、今なお改善が認められないどころか、むしろ、抜き差しならない深刻な事態が進行しているとさえ思えてなりません。
文章執筆からまもなくして登場した第一次安倍内閣は、「憲法の理想の実現は、根本において教育の力にまつべきもの」と明言して戦後民主主義教育の制度と内容を支えてきた「教育基本法」(1947年制定)を乱暴に改ざんして、「愛国心」と競争を煽る「教育改革」をすすめてきました。
第2次内閣以降も、「強い日本をとりもどす」ための「教育再生」を重点政策にかかげて、
1:「教科書改革実行プラン」などの教科書政策に見られる国家主義的な「思想統制」、
2:「心のノート」改訂版や「道徳の教科化」に見られる新保守主義的な「人格統制」、
3:「小中一貫教育の制度化」などの「学校教育システムの再編」案に見られる新自由主義的な「教育機会の制度的格差化」、
4:全国学力テストの学校別結果公表や大学入試改革に見られる成果主義的な「教育統制」、
5:教育委員会制度改革により促進されかねない学校現場・教職員の管理主義的な「行政的統制」 (藤田英典『安倍「教育改革」はなぜ問題か』-岩波書店-参照)
など、がんじがらめの教育統制をすすめながら、教育を、国家と財界の利益に奉仕する道具に変質させる動きを強めています。
こうしたもとで、私の住む岡山県でも、賃金リンクを伴う教員評価制度の導入や、業績を上げた学校への報奨金制度の創設など、教育の条理を無視した民間企業経営の(安直な)手法によって、学校、教師、子どもたちを、容赦なく際限のない競争に巻き込んでいます。ちなみに、後者の報奨金制度 (頑張る学校応援事業)は、民間企業経営者(地元百貨店の世襲社長)出身の知事の肝いりで、「全国初の試み」として2年前に導入された事業。全国学力テストの成績が低迷していることなどから、現ナマのご褒美で学力アップをはかろうという、何とも下品な着想です。
「市内のどの学校も頑張っている」と、受け取りを拒否した玉野市など、良識ある対応がむしろ新鮮にうつるるほどの状況が、うら寂しさをつのらせます。

昨日のニュースに、こんなのがありました。NHKのweb記事から引用させていただきます。

知事が頑張る学校を訪問

子どもの学力向上や問題行動の改善などで成果をあげた小学校や中学校に100万円を交付する県の「頑張る学校応援事業」で交付先に選ばれた久米南町の小学校に伊原木知事が訪れ、川柳を授業に取り入れた独自の取り組みを視察しました。

伊原木知事が訪れたのは今年度のの県の「頑張る学校応援事業」で100万円の交付先として優良実践校のひとつに選ばれた久米南町の弓削小学校です。

弓削小学校は、1学年1クラスで全校の児童数が99人と小規模校ですが、まちづくりにいかされている川柳を授業に取り入れるなど地域と連携した試みが評価されました。

12日は、地元で川柳の普及活動に取り組む人たちを講師に迎え川柳を実際に子どもたちが詠む6年生の授業を伊原木知事が視察しました。



この中で、伊原木知事も「来てみたらなかなか元気だ弓削小は」と即興で川柳をつくり、子供たちに披露しました。

視察の後、伊原木知事は、「みんなで川柳をつくることで言語能力やコミュニケーション能力を高めようとする素晴らしい試みをしていると感心しました。
それぞれの地域の特色を教育現場に取り入れて地域との絆を強くして欲しい」と話していました。


01月13日 15時19分


「弓削」は「ゆげ」と読み、日本史に登場する怪僧「弓削道鏡」と同じ読み方です。古代、軍事を司る一族であったと考えられる「物部(もののべ)氏と縁故のある一族に「弓削氏」があったそうで、読んで字のごとく弓を製作する「弓削部」を統率した氏族だったそうです。その一族に、「吉備弓削氏」があり、「弓削」という地名もそれに縁があるようです。平成の大合併以前は、岡山県久米(くめ)郡弓削町が存在しましたが、現在は、久米郡久米南町に属します。

ちなみに、日本の労働運動家・社会主義者・マルクス主義者・思想家として、国際的に活動し、モスクワで没した片山潜の出身地でもあります。

弓削町が、以前から、川柳が盛んな土地であることは、県内ではよく知られており、以前この記事川柳を作りたくなる俺がいるでも、書きました。
それにしても、知事さんのこの句はどうでしょうかね?
「来てみたらなかなか元気だ弓削小は」
「ハラホロヒレ」、「ガチョーン」と言いたくなってしまいます。

今日のお写真は、木瓜の惚け咲き。





サザンカにエナガ。





ヒドリガモのクローズアップ。







きょうはこれにて。



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コメント 8

majyo

驚きました
ここまで教育現場が市場経済化しているとは思いませんでした
ものを作るのと人を育てるのを一緒くたにしています
その中で、芯を貫き通すことはトカトントンにならざるを得ません
成果を上げたと思われる学校に
報奨金とは・・・・・・
川柳は私も読むのは好きですが、これはその地の歴史環境ですね
私もガチョーンです
by majyo (2016-01-15 08:09) 

johncomeback

大変興味深く拝読させていただきました。
僕が5年前に早期退職した電機メーカーでも
「あなたは会社にどう貢献できるのか?」を問われ続けました。
そして部下に同じ事を問い続けました。日本の社会全体が
ギスギスして真に創造的な仕事に取り組めなくなって久しいですね。
幸い現在の職ではストレスフリーで遣り甲斐を持って働いています。
by johncomeback (2016-01-15 10:19) 

kazg

> ものを作るのと人を育てるのを一緒くたにしています
まったくその通りです。
> 私もガチョーンです
拙い文章を、共感的に読み取って戴き、とても、嬉しく思います。
by kazg (2016-01-15 19:41) 

kazg

johncomeback様
おっしゃることの重みを、いたく感じます。民間企業では、利益追求が当たり前、という先入観的諦めを知らず抱いていた自分を、反省しています。「真に創造的な仕事」を阻害するものは、仕事の領域・分野を問わず、共通していますよね。
誰もが、「ストレスフリーで遣り甲斐を持って」働ける世の中こそが、自然でしょうに。
by kazg (2016-01-15 19:55) 

さきしなのてるりん

ふぅ!溜息を吐いてしまう。私は先生たちの勤務状況をじかに知る機会がない。しかし心を病んだ教師の数が年々増え、給食退職に追い込まれていると聞く。その一方巷のニュゥスで不祥事ばかりが流されるのが耳に入る。国家国旗の時期になると教師バッシングが頻繁に見られるようになる。この国は戦前仕様の教育に塗り替えようとあの手この手を使っているようだ。
by さきしなのてるりん (2016-01-17 11:44) 

kazg

さきしなのてるりん様
いささか、主観に満ちた記事で、公正さに欠ける面もあろうかと思いますが、現実の一端は反映しているのではないかとも思います。
> この国は戦前仕様の教育に塗り替えようとあの手この手を使っているようだ
同感です。
ただ、絶望的状況に描きすぎたかという反省もあります。一面では、「無理は長く続かない」「なるようになる」という楽観した気分もありますので。
by kazg (2016-01-17 21:51) 

momotaro

「教育」というのは「経済」とか「政治」とかというのと同じくらい、あるいはそれ以上に大きな人間の活動分野・くくりになると思います。
ですからそこから出てくる問題は非常に多元的で多岐に渡ります。
それを、イジメ、不登校、入試、塾通い、学力強化・・・問題があればなんでも学校の問題として集約され一元的に解消しようとします。
人体を何も理解しない人が治療法を決め、処方箋を書いているようなものです。
現場の良心的な先生方の悩みはさぞやと思います。大変、たいへんお疲れ様でした。

教育問題はどこにどういう問題があるのか、まずは地図作りが必要なのではないかと以前から感じています。

教育問題賢人?者会議が必要なのではないでしょうか。
by momotaro (2016-01-23 07:24) 

kazg

momotaro様
「地図作り」大切ですね。短絡的、一面的、即効的な決めつけではなく、複層的、多角的、巨視的、長期的視野で、忌憚なく語り合い、聴きあう場が、あるといいですね。
by kazg (2016-01-29 15:02) 

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