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11日の菊、の巻 [折々散歩]

藤沢周平の作品に「六日のあやめ」という作品がある、と何度か授業で口に出した記憶があります。いま、ふとした機会に、それがとんだ勘違いだったことに気づきました。
藤沢周平ではなく、山本周五郎でした(汗!)。藤沢周平を初めて読んだとき、ああ、これは周五郎だな、と思ったものでした。それ以来二人の作品が記憶の中でごちゃごちゃに入り交じってしまい、時とともその度が進んでいます。さらに、念が入ったことに、「六日のあやめ」ではなく、「四日のあやめ」でした(汗!汗!)
私が「六日のあやめ」という故事成語を知ったのは、この周五郎作品によってだったと記憶しています。
ちなみに、 大辞林 第三版の解説によりますと、こんな風に書いてあります。

むいかのあやめ【六日の菖蒲】
〔菖蒲は五月五日に使うもので、六日では遅いということから〕
時期後れで役に立たないこと。このあと、「十日の菊」と続けても言う。六日のしょうぶ。のちのあやめ。 「今更どのやうにお詫をしたとて、-、十日の菊/当世書生気質 逍遥」

周五郎「四日のあやめ」は、逆に、必要以上に先走る不適切さをなぞらえました。

四日のあやめ (新潮文庫)

四日のあやめ (新潮文庫)

  • 作者: 山本 周五郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1978/08/29
  • メディア: 文庫

新潮文庫の作品案内には、「武家の法度である喧嘩の助太刀のたのみを、夫にとりつがなかった妻の行為をめぐって、夫婦の絆とは何かを問いかける『四日のあやめ』」云々とあります。
夫の五大主税介(ごだいちからのすけ)と兄弟同然に仲の良い深松伴六が、私闘への加勢を依頼に来たことを、妻の千世(ちよ)は夫に伝えませんでした。争闘が終わった後でそれを知った夫に理由を問われた千世は、「申し上げればきっと大洲へいらっしゃる、それでは私闘になるし、私闘は御法度だから、あとでどんなお叱りをうけてもここは黙っていよう、そう思ったのでございます」と答えます。
助太刀をしなかった主税介の態度は、当初は、「神妙である」と評価されもしますが、次第に卑怯扱いされ非難と嘲笑の目にさらされることになります。
事件から一年が過ぎたある日、千世の兄江木重三郎が訪ねてきて、「みんなが命を賭して斬りむすんでいるとき、五大主税介ひとりは家にいた、みんなが傷ついたり斬り死にをしているとき、五大主税介ひとりは安閑と家にいたのだ」と責め、「千世を伴れて帰るから離別してくれ」と告げます。
千世はそこで真実を打ち明け、「本当のことを云わせて頂きます、お兄さま、あの朝、深松さまの知らせを聞いたのはわたくしです、主人は何も知りません、わたくしが聞いて、そのまま取次がずにいたんです」
そして主税介に、「旦那さま、わたくし正直に申します、本当はみれんな気持ちからでした、あなたにもしものことがあってはいけない、危ない場所へはやりたくない、ただそう思う気持ちでいっぱいでした。わたくしにはあなたが大事でした、いつもお側にいたい、いつまでも、・・・・・どんなものにも代えることはできない、ほかのことはどうなってもいい、夢中でそう思って黙っていたのです」
「世間の悪い評判を聞き、あなたがじっとこらえていらっしゃるのを見て、自分のしたことがどんなに悪かったか、どんなに取返しのつかないことだったかということが分かりました。わたくし、いつ離別して頂こうかと、ずっと、そればかり考えていたんです」
主税介は言います。
「千世が黙っていたのは正しかった」「考えてみろ、江木・・・・・あのとき千世が取次いだらどうなったと思う」「おれはもちろん大洲へ駆けつけただろう、いばるようだがおれの隈江流は多仲より下ではない、おれがいて多仲がいて、みんな決死でやったとすれば、死傷者の数はあんな程度では済まなかった」「あの程度で済んだからこそ、寛大な御処置にもなり、今日の祝宴も開けたのだ、それは千世が黙っていてくれたからだ」
「おれは悪評されだしてからだいぶ成長した。これまで褒められてばかりいたし、江木にも古武士の風格があるなどと云われて、自分では気づかずにいいつもりでいた。だが、悪く云われだしてから初めて、その『いいつもりでいた』自分に気が付いた。それだけでも成長だし、これからも成長するだろう、悪評の続く限りおれは成長してみせるよ」
ところで、さだまさしさんの曲に「六日のあやめ」がありました。

子供の頃から 遅れて咲いていた
六日のあやめと 笑われて泣いた
遅れまいとしたら 転んで怪我をした
十日の菊と あきらめて泣いた
やっと大人になったのに
変らないのが悲しくて
そうつぶやいたらあなたは
遠くを見ながら笑った
遅れて咲いても 花は花
実らなくっても 恋は恋
叶わなくっても 夢は夢
届かなくっても 愛は愛
ほら 一番星みつけた

この歌詞にもあるように、「六日のあやめ」は、「十日の菊」とセットで用いられることが多いです。

 とおかのきく【十日の菊】
〔菊は九月九日の節句の花であることから〕
時期後れで役に立たないもののたとえ。のちのきく。 「六日の菖蒲あやめ-」

ろくしょうじっきく【六菖十菊】
〔菖蒲は五月五日の端午の節句に、菊は九月九日の重陽の節句に必要とされるところから〕
時機に遅れて役に立たないことのたとえ。六日の菖蒲あやめ。十日の菊。

9月9日、重陽の節句については、何度も書きました。
最初に書いたのはこの記事でしょうか
重陽の節句あれこれ。最後は酒の話。(2013-09-09)



と、この辺りまで書いてきて、この記事を発見しました。
めづらしき二十五日の聖菓かな

 「六日の菖蒲、十日の菊」ということわざがあります。
菖蒲は、「ショウブ」とも読みますが、このことわざでは「むいかのあやめ」と読むのが一般でしょう。
五月五日の端午(たんご)の節句には菖蒲を、九月九日の重陽(ちょうよう)の節句には菊を飾ります。重陽の節句については、過去にこの記事この記事で蘊蓄を傾けたことがありました。
節句に一日遅れた五月六日の菖蒲、九月十日の菊では、時機に遅れて役に立ちません。「十日の菊六日の菖蒲」ともいい、時機に遅れてしまったことをたとえて言います。類義語に「後の祭り」「証文の出し遅れ」などのことばもあります。
そういえば、「後の祭り」の類義語について、この記事でも書きました。ところで、ふと思い出しましたが、山本周五郎の短編に、「四日のあやめ」という作品があります。
武士には御法度の私闘の助太刀のたのみを、夫にとりつがなかった妻。そのため夫が受ける精神的な苦痛と、夫婦の情愛の機微が描かれます。五日に必要なあやめを、早手回しに四日に用意する妻の先走り。しかしそこにあるのは、夫への、切実な慈しみの想いでした。
 千世の喉を嗚咽が塞いだ、しかし彼女は続けた、
「わたくしにはあなたが大事でした、
 いつもお側にいたい、いつまでも、
 ・・・・・・どんなものにも代えることはできない、
 あなたが御無事でいて下さりさえすれば、ほかのことはどうなってもいい、
 夢中でそう思って、それがみれんだとは気づかすに黙っていたのです」
「それでいいんだ千世、それでよかったんだよ」

こんな記事を書いたことすら忘れていました。
 「六日の菖蒲、十日の菊」 という故事成語を思い出したのは、先日半田山植物園を散歩して、いろいろな菊を見たことと、この木の実が重陽の節句を連想させたからでした。





サンシュユ(山茱萸)の実です。
古く中国では9月9日の重陽の節句には、茱萸(しゅゆ)の枝を髪に挿し、高い丘に登る(登高)という風習があったことを、この記事で書いています。
重陽の節句の蘊蓄(第二回)、の巻

 「菊は霊薬といわれ,延寿の効があると信じられ,この日,菊酒を飲むことも行われた。また,茱萸(しゆゆ)(カワハジカミ)の袋を柱に菊とともにつけ,悪気を払う風習もあった。5月5日の薬玉を,この日に茱萸袋ととりかえるのが平安時代の後宮で行われている。」とあるそうです。
「カワハジカミ」というものの実物を、私は知りません。
「薑(ハジカミ)」は、辞書には、
・「ショウガ」の古名、
・少し茎をつけたままの若いしょうがを軽くゆでて塩を振り、甘酢に漬けたもの。
・「山椒(サンショウ)」の別名。
などと解説されています。
また「川薑(カワハジカミ)」は、
1 ゴシュユの古名。〈和名抄〉
2 サンショウの別名。
とあります。
「ゴシュユ」は、「呉茱萸」で、ミカン科の薬用植物だそうです。
一方、「茱萸」がつく植物に「山茱萸(サンシュユ)」があります。ミズキ科の植物で、葉、花、実ともに、他のミズキの仲間とよく似ています。

というわけで、このサンシュユ(山茱萸)は、ハジカミ=ゴシュユ(呉茱萸)とは別物でしたね。
「タイミング遅れ」のついでに、10月に写した半田山植物園の花だよりの続きをお届けします。











白花ネムノキ。

赤花ネムノキ。




パラグアイオニバス。












コダチチョウセンアサガオ(エンゼルストランペット)




道に転がるドングリ。クヌギでしょうか?





今日のオマケは、夜の菊。今日の菊すなわち11日の菊です。モノクロ加工しています。

昨夜からの雨で、今朝は冷え冷え。昼間は、日射しはありましたが、冷たい木枯らしが強く吹いて、外出には不向きな一日でした。
小学生の音楽発表会があって、私も見学に行き、元気に頑張っているところを写真に撮りました。が、午後から、小4男子が、発熱。38度を超えたそうです。昨日も夜までサッカーを頑張ってきたのですが、寒さにやられたでしょうか?
明日は、岡山マラソンというイベントがあって、大阪の4歳の孫娘のママがフルマラソンを走る予定にしており、明日は、パパと孫娘と、そのいとこたちみんなで一緒に応援する予定でした。が、その孫娘も発熱で、来られなくなりました。だんだん良くはなっているようですが、長旅はかわいそうですので、仕方ありませんね。
今日はこれにて、、。

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コメント 2

majyo

私は四日のあやめですね。
必要以上に先走るところがあります。
藤沢周平と山本周五郎は似ているので記憶がまったくごちゃごちゃです。
オニバスですが、別府で観ました。子供が乗れそうです。乗った写真もありました。
すごい数です。
ママ、フルマラソンですか。私もフルは何回か走りましたが
完走すると良いですね

by majyo (2017-11-12 08:22) 

kazg

オニバス、夏休みなどに、子どもたちが体験的に乗ることができるイベントもあるようです。
フルマラソン、走ろうと思うだけでもすごいのに、 majyo様は、何回もですか。
結果はというと、ママは、時間内に完走したようです。驚きました。
by kazg (2017-11-12 21:21) 

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