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海遠き故旧集うて牡蠣を食む [友人]

全国の皆様。

以前、わが地方の難読地名の話題を、↓この記事でも書きました。

寂れたる師走の里や塔朱し

またまた、難読地名のクイズです。

この地名はどう読むでしょう?

「日生」



正解は、「ひなせ」でした。

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春の陽に抱かれて童女歩き初む [折々散歩]

今日は、朝から穏やかな上天気でした。

暖かい陽射しに誘われて、1歳の誕生日を迎えたばかりの孫も、「おんも」へ出て、初めて履いた靴で「あんよ」のお稽古です。

DSCF23821.jpg

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今年も、深山公園でミヤマホオジロを見た、の巻 [折々散歩]

おととい、かかりつけ医に血圧の薬をもらいに行ったついでに、久しぶりに深山公園を歩きました。

「ついで」にしては重い機材を持っていきました。

pentaxk10+SIGMA APO 120-400mm F4.5-5.6 DG OS HSMです。カメラ710 g+レンズ1750 gを合わせると、およそ2.5kg。それにフィルムカメラZ1時代の「PENTAXグリップストラップFD」を装着していますので、かなりの重量になります。このグリップストラップは、PENTAX Z1のオリジナルアクセサリーで、ながいこと欲しかったのですが、ネットオークションで買った中古カメラに着いていたものです。

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80年目のニイニイロク、の巻 [今日の暦]

2.26事件から80年だそうです。

今朝の地元紙『山陽新聞』(27面 くらし)には、「二・二六事件から80年 渡辺和子さんに聞く 平和は日々の暮らしから」というインタビュー記事が掲載されていました。

旧陸軍の青年将校らが武力反乱を起こした二・二六事件は、日本が戦争に向かった転機として昭和史に刻まれる。雪が縁側の高さまで降り積もったその日、9歳の少女は陸軍大将の父が凶弾に倒れるのを目の当たりにした 、、、。

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ん?ラジコン操縦新開発生物兵器?の巻 [今日の「これなあに」?]

寒さが続きます。

朝には、睡蓮鉢に薄氷が張っていました。

地域によっては、雨や雪というところもあったようですが、有り難いことに、穏やかな陽が射してきました。月に一度、血圧の薬をいただきに通院するついでに、久しぶりに同一方向にある深山公園を訪ねてみました。

特別に珍しい鳥に遭遇したわけではありませんが、ちょっと話題にしたい写真も撮れました。

これなあに?



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きょうもまた散歩せざるの記 [折々散歩]

最初に、昨日のブログ記事の補足です。

昨夕、当の春名なおあきさんを応援する小規模な集まりがあり、出席してきました。

昨日の記事を書いている途中で、カレンダーにメモしていた予定に気づきました。何もかもを因縁づけて解釈するのは、理性的判断とは言えませんが、何かの縁かと思った次第。

画期的な五党合意が報じられたばかりのこととて、春名さんの報告も、興奮気味でした。一人区で、五党が協力し誠実に力を尽くせば、国民の思いを結集するチャンスが生じます。「オセロゲームのように、次々と黒石をひっくり返して、場面が真っ白になる局面を作り出しましょう」と気合いが入ってます。

「ソネブロ仲間」でいらっしゃる五十嵐仁様の、「五十嵐仁の転成仁語」は、現代政治についての明快な解説で、いつも目からうろこの思いで拝読させていただいています。今日の記事「2月23日(火) 谷垣幹事長の「自殺行為」発言こそ5党合意の政治的意義を如実に示している」に、こんな文章がありました。

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「るみおばあちゃん」のうどん 続報、の巻 [私の切り抜き帳]


昨日書いたこの記事。私版 備忘のためのおすすめ記事、の巻について、友人のMさんからメールをいただきました。興味深く呼んだという趣旨に加えて、一つの新情報が添えてありました。
昨日の記事で話題の一つに取り上げた、香川池上製麺所の「るみおばあちゃん」の対談動画が、ネットで見られるというのです。
対談相手は、日本共産党の参議院比例代表予定候補の「春名なおあき」さん。当の春名さんのブログのトップ記事に動画が掲載されています。
早速視聴してみましたら、国鉄職員だった夫の明さんがレッドパージで職場を追われ、生活のためにうどん屋を始めるいきさつから58年に及ぶ悲喜こもごもの体験談や、うどんづくりの「極意」(「小麦粉と水と塩、そして酸素がうまく調合して、ひとりでにうもうなってくれるんです」ですって。)が、明るく楽天的に語られています。業者の営業と暮らしを脅かす消費税増税や、平和への思いにも、自然に話が及びます。「るみちゃん」の人柄と人生がにじみ出て、ほっこりした暖かさと元気がいただける、後味爽やかな対談です。

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私版 備忘のためのおすすめ記事、の巻 [私の切り抜き帳]

物忘れを嘆く記事を、何度も書いています。
たとえば、夕焼け その2の記事は、一昨年の秋に書きました。
一部を引用します。
 ショックです。
いたく落ち込んでいます。
自分の記憶の曖昧さ、でたらめさに、改めて気づかされ、「老人力」がついたなどと笑い流す余裕もありません。
というのは、こういうわけです。
一昨日、吉野弘さんの詩「夕焼け」の記事を書きました。
その続きを書きたくて、あれこれ思い巡らしていました。
そういえば、何かの映画で、この詩を生徒に朗読して聞かせるシーンがあったっけ。確か、松村達雄さん演じる国語教師が、夜間学校の生徒に読んで聞かせる場面だったよなあ。というわけで、一所懸命思い出そうとしましたが、思い出せません。
最近しょっちゅうこんなことがあります。先日は、テレビでチラリと顔を見た女優さんの名前が浮かびません。もと夫の方のお名前は浮かび、周縁のエピソードはあれこれ浮かぶのですが、名前が思い出せないのです。
あいうえお、かきくけこ---わをん。と、何度も繰り返して、これにつなげて名前を思い出そうとしますが、無理です。ほとんど二日半、この努力をしましたが、断念。ネット検索で確認するまで思い出せませんでした。
その女優さん、大ファンというわけでもないですけれど、デビューの頃からどちらかというと好感をもって見てきて、最近は、円熟味の増した演技に魅力も感じるし、レパートリーの広い歌での活躍にも注目していて、CDを買ってカーオーディオで聴く数少ないお気に入りアーティストの一人といってもいいのに。
現実の交際でも、こんなことがしょっちゅうあり、「名前を忘れた人」リスト作って、二度と忘れないようにしようと思ったりしますが、それも面倒で、二度目三度目の忘却に直面して愕然としたりするのです。トホホ。

白状します。この、名前が思い出せなかった女優さんというのは、大竹しのぶさんのことでした。もちろん、「もと夫の方」はサンマさんです。
 この話題を、現代の高校生にしましたら、「IMALU」さんの父母、としてインプットされているようですネ。
wikipediaでは、こんな紹介がありました。
 『いまる』は父親であるさんまの座右の銘「いきてるだけでまるもうけ(生きてるだけで丸儲け)」からと、一方大竹は「いまをいきる(今を生きる)」から命名したと述べている。

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マンサクの花咲く頃に生まれけり [折々散歩]

昨日「雨水(うすい)」の話題を書きました。名の通り昨夜から雨が降り始め、今日は一日、冷たい雨でした。

「コーヒーの粉がないから買ってきて」「図書館で借りた本の返却期日が過ぎているから、ついでに返してきて」と命じられ、朝食後すぐに出かけました。

図書館は会館時間前なので、返却ボックスにドサリと返却します。ほとんど幼児向けの絵本なので、大きくて重い。これは車で行きましたが、スーパーの開店時間にはまだ早いので、いったん家に帰り、車をおいて、今度は散歩で時間を調整したのち、行きつけのスーパーまでコーヒー豆を買いに行くことにしました。もちろん、コンビニなら早朝から開いているのですが、わずかでも安い方が嬉しいので。

傘を差して土手道を歩いて見ました。

 

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雛飾り草もむしりし雨水かな [今日の暦]

今日は暦の上では、二十四節気の一つ「雨水」。立春から数えて15日目頃とか。地下の虫たちが動き始めるという「啓蟄」までの期間を言うこともあるそうですね。

空から降る雪が雨に変わり、氷が溶けて水になる時季。草木が芽生え、農耕の準備を始める目安とされました。このあと、寒さがぶりかえすこともありますが、三寒四温を繰り返して、春に向かいます。

地方によっては、この日に雛人形を飾る風習もあるそうです。

これは、上の女の子の雛人形。ママの実家から贈っていただいたものですが、わが家に飾り付けしています。

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杞の人の憂いや如何冬菜花(故事成語シリーズ第五回) [文学雑話]

故事成語シリーズの第五回。
きょうは、「杞憂」です。
 〈原文〉
杞國、有人憂天地崩墜、身亡所寄、廢寢食者。又有憂彼之所憂者。
因徃曉之曰、天積氣耳、亡處亡氣。若屈伸呼吸、終日在天中行止。奈何憂崩墜乎。
其人曰、天果積氣、日月星宿不當墜耶。曉之者曰、日月星宿亦積氣中之有光耀者。只使墜、亦不能有所中傷。
其人曰、奈地壞何。曉者曰、地積塊耳。充塞四虚、亡處亡塊。若躇歩跐蹈、終日在地上行止。奈何憂其壞。其人舍然大喜、曉之者亦舍然大喜。

〈書き下し〉
杞(き)の国に、人の天地の崩墜(ほうつい)して、身寄する所亡(な)きを憂(うれ)え、寝食を廃(はい)する者有り。又彼の憂うる所を憂うる者有り。
因(よ)って往きて之(これ)を暁(さと)して曰く、天は積気(せっき)のみ、処(とこと)として気亡きは亡し。屈伸呼吸のごときは、終日天中に在りて行止(こうし)す。奈何(いかん)ぞ崩墜を憂えんやと。
其の人曰く、天果たして積気ならば、日月星宿(じつげつせいしゅく)は当(まさ)に墜つべからざるかと。之を暁す者曰く、日月星宿も亦(また)積気中の光耀(こうき)有る者なり。只(たとい)墜(お)ちしむるも、亦(また)中(あた)り傷(やぶ)る所有る能(あた)わじと。
其の人曰く、地の壊(こわ)るるを奈何せんと。暁す者曰く、地は積塊(せっかい)のみ。四虚(しきょ)に充塞(じゅうそく)し、処(ところ)として塊(かたまり)亡きは亡し。躇歩跐蹈(ちょほしとう)するがごときは、終日地上に在りて行止す。奈何ぞ其の壊(くず)るるを憂えんと。
其の人舎然(せきぜん)として大いに喜び、之を暁す者も亦舎然として大いに喜ぶ。

〈解釈〉
中国古代の周の時代のことでしたワ。今の河南省に位置する「杞の(き)国」に、ゴッツゥ心配性のオッサンがおりましてナ。ひょっとして、天や地ががらがらと崩れ落ちて、身のおきどころがなくなりゃせんかいナ、心配で心配でたまらんんで、夜も寝られず、食事も喉を通らぬありさまでしたんや。
また、このオッサンの度はずれた心配ぶりを、心配している人がおりましたんや。
せやさかいに、そのオッサンのところへて出かけて行って、言い聞かせてやりましたんや。
「天ちゅうもんは、大気が積み重なって出来ただけのものやさかい、大気がないところなんぞあらしまへんで。からだをまげたり伸ばしたりするのも、いっつも天の中でやってんのでっせ。どうして天が崩れ落ちるのを、心配する必要なんかありますかいな。」
「天がほんまに大気の積もったもんやったら、お日さんやお月はんやお星さんかて、落ちてくるんやないやろか?」
「お日さんやお月はんやお星さんかて、積もりかさなった大気の中のきらきら輝いているモンなんや。たとえ落ちてきたかて、あたって怪我をさせることなんかあらしまへんわ。」
オッサンはまた言いましたんや。
「地べたが壊れてしもうたらどないしまひょ?」
説得に行った人は、こう言い聞かせましたんや。
「地べたは土のカタマリが積もっただけやで。それが四方のすき間に充満して、土塊のない所なぞあらしまへん。いつだって、ドシンドシンと地面に足を踏みつけて歩いているやおまへんか。
なんで、地べたが壊れるのを心配する必要がありまっかいな?」

オッサンは心配が晴れて大喜び、説得にきた人も胸がすっきりして喜んだトサ。めでたしめでたし

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美しい国はいづこぞ紅梅忌 [今日の暦]



きょうは、地元出身の女流詩人永瀬清子さんの忌日で「紅梅忌」と呼ばれます。同時にまた、その生誕記念日でもあります。

現赤磐市(旧熊山町)松木の生家の向かいには、和気清麻呂の墓と伝えられる塚があり、それにあやかって「清」と名づけられたのだとか。梅の咲く頃生まれ、同じ日に亡くなられたのです。

今朝の地元紙『山陽新聞』の朝刊コラム「滴一滴」にこんな記事がありました。

 詩人の谷川俊太郎さん(84)は10代後半に詩を書き始めて間もなく、父の勧めで1冊 の詩集に出合い、衝撃を受けた。それが赤磐市出身の詩人、永瀬清子さん(1906~95年)の「諸国の天女」だったという▼「読んでしびれた」と谷川さん。今月14日、同市で開かれた永瀬さんをしのぶ詩の朗読会に参加し、語った。今年は永瀬さんの生誕110年に当たる▼女性が自由に生き方を選べなかった時代を生きた人である。婿を取って家を継ぐため、親が決めた人と結婚した。戦後、故郷で農業をしながら4人の子を育てた▼日中は農作業に精を出し、家族が寝静まった深夜に詩を書いた。産後の1、2カ月を除いて作品を詩誌に送り続けたという彼女にとって、詩作は生きることと同義だったのだろう▼〈諸国の天女は漁夫や猟人を夫として/いつも忘れ得ず想っている/底なき天を翔けた日を〉。各地に残る羽衣伝説に発想を得て、世の女性たちを「天女」と呼んだ。家族のために尽くし、自らの夢や理想は心に秘めて地上にとどまっているのだ、と▼女性の活躍が叫ばれ、女性の生き方が問い直されている今、あらためて注目されるべき詩人に思える。きょう2月17日は永瀬さんの誕生日。梅咲くころに生まれ、くしくも同じ日に亡くなった。彼女を慕う人々は命日をこう呼ぶ。「紅梅忌」と。 

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二兎追うて収拾つかぬけふの記事 (シリーズ故事成語番外編) [文学雑話]


故事成語シリーズの番外編です。

ほとんど仕上がっていた今日の記事が、またまたどこかへ消失してしまいました。→「雲散霧消」「雲散鳥没」「雲消雨散」「煙消霧散」 と、いろいろないい方がありますね。

なかなかの力作(笑)でしたのに、悔やんでも悔やみきれません。→「後の祭り」「覆水盆に返らず」「後悔先に立たず」「後悔と槍持ちは先に立たず 」「後悔先に立たず提灯持ち後に立たず」「 死んでからの医者話」「破鏡重ねて照らさず、落花枝に上り難し」「落花枝に返らず、破鏡再び照らさず」、、、。

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燕雀安んぞ、の巻(故事成語シリーズ第四回) [文学雑話]

故事成語シリーズ第四回の今日は、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」。

「えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや」

大意は「燕や雀のようなちっぽけな小物には、どうして鴻鵠すなわちオオトリのような大人物の巨きく高邁な志が理解できようか、いや決して分かりっこないのだ」といったところでしょうか。表現も意味するところも、歯切れが良くて、きっぱりしていてカッコイイ、、と、高校生のころ教科書で読んで、思いました。

司馬遷の編んだ長大な歴史書『史記(陳渉世家)』の一節です。

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漁父と蚌と鴫のいびつなトライアングルの巻(シリーズ故事成語その3) [文学雑話]

故事成語シリーズ第三回の今回は、「漁父の利」

これも、古代中国の戦国時代の遊説家たちの活躍ぶりを描いた『戦国策』の一節です。

登場人物は、蘇代(そだい)。諸子百家と呼ばれる思想家のひとりで兄の蘇秦(そしん)と並んで、ともに、合従策(がっしょうさく)を説いた縦横家(じゅうおうか、しょうおうか)として知られています。

縦横家について、ウィキペディアにはこう紹介してあります。

 

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ノ-パサランあれこれ、の巻 [私の切り抜き帳]

昨日は、ある「新春のつどい」があり、誘われて参加しました。
そのアトラクションのひとつに、国鉄合唱団「じれん」の合唱がありました。
国鉄合唱団「じれん」は、旧国鉄(現JR)労働者で作る合唱団で、歌声を通して、労働者の生活・権利、平和や民主主義をまもる運動を励まし続けてきました。とくに、「国鉄分割・民営化」に伴う思想差別と解雇・迫害にさらされながら、節を曲げずにたたかいつづける労働組合員の誇りと気概を歌いあげ、そのことを通して広く労働者国民に元気を提供し続けてきたのでした。
「じれん」とは、"自動連結器" の略で、連結器同士をつきあてると"ナックル"が自動的に閉まり、 車両同士が連結される連結器のことだと言います。
アコーディオン伴奏と男声7人による、明るく澄んだ、清らかで美しく、ちからづよい歌声に魅了されつつ、差別と選別に基づく「解雇」反対のたたかいから三〇年というお話に、深く感慨を覚えたことでした。

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まどろむトラフズク、の巻 [折々散歩]

トラフズクを訪ねながら、巡り会えずにすごすご引き上げた一昨日、M師ご夫妻も現地を訪れていらっしゃったそうです。ニアミスの場面もあったかも知れませんが、気づかず失礼しました。昨日も寒風の中お出かけになり、みごと遭遇なさったそうです。

こんな添付写真を送って戴きました。











余りの寒さに、戸外に出ることがためらわれた機能でしたが、こんなにはっきり姿を見せてくれたのなら、私も言ってみれば良かったかと少々悔やまれました。

今朝は、うって変わって穏やかな陽光しが射していますので、ふらふらと誘われて出かけてみました。

「散歩が主、撮影は従」といういつものセリフは投げ捨てて、今日は撮影目当てで、現地近くに車を駐めて、少しだけ歩きます。

ホオジロがポーズを取ってくれました。



ヒバリにも会いました。

岡南飛行場のヒバリ

岡南飛行場のヒバリ posted by (C)kazg 岡南飛行場のヒバリ

岡南飛行場のヒバリ posted by (C)kazg


これだけでも結構、満足満足。

ゆっくり歩いていると、散歩中の年配の方が、カメラを持った私の姿を見てか、「トラフズクを撮ったか?」と、声を掛けてくださいました。ご近所にお住まいで、ほぼ毎日このあたりを散歩しておられるそうです。立ち話で、出没場所の情報もお聞きしました。

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かにかくにめでためでたやおらが春 [家族]

こんな書きかけの下書き記事が残っています。

昨年の9月の記事です。

昨日、九月七日は、「戌の日」だそうです。

実は、嫁いだ長女(第2子)が、」待望の子を授かり、腹帯を着用する事になりました。

私自身は、ひとりっ子で、妻は、兄がひとり、と、夫婦とも時代相応の核家族の生い立ちを経験してきました。

ですが、3人の子どもたちは、みんな結婚し、長男には4人の子ども、末っ子の次男にも1人の女児が生まれました。でも、真ん中の長女は、なかなか子宝に恵まれず、夫婦健康ならば良しとするかと、半ば覚悟しておりましたが、めでたく懐妊が発覚。喜んでおります。

健やかに育てば、来年には、なんと、6人の孫を持つ身となります。望んでも手に入らぬ果報、転がり込んでみると、ありがたみが薄い(ウソ!)などと言っていると罰が当たる。ありがたや、ありがたや。

戌の日の昨日、ムコ殿は、お忙しで、娘が仕事帰りにわが家に立ち寄り、犬帯の着用実験をいたしました。

 最近の医学の進歩は凄まじく、診察ごとにエコー画像をもらえるらしく、それを見ると、なかなかの美形ですぞ(ジジバカ?まだ、男女の別も分かりませんが)。

こんなことを書きかけて、いやまてよ、あまり早飲み込みに浮かれてはしゃいでいると、嫉妬の神にねたまれて、思わぬ意地悪をこうむらないとも限らないゾと思い返し、無事に生まれてくるまでは自制しておくことにしておきました。

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井蛙の巻(シリーズ故事成語 その2) [文学雑話]

故事成語シリーズの第二回の今日は、「井蛙(せいあ)」。また「井の中の蛙(かわず)大海を知らず」とも言います。

出典は「荘子・外篇・秋水第十七」の次の一節です。


北海若曰、井蛙不可以語於海者、拘於虚也。夏虫不可以語於冰者、篤於時也。曲士不可以語於道者、束於教也。今爾出於崖涘、観於大海、及知爾醜。爾将可与語大理矣。



【書き下し】

北海(ほっかい)若(じゃく)曰(いわ)く、「井蛙(せいあ)の以(もっ)て海を語るべからざる者は、虚(きょ)に拘(かかわ)ればなり。夏虫(なつむし)の以て冰(こおり)を語るべからざる者は、時に篤(あつ)ければなり。曲士(きょくし)の以て道を語るべからざる者は、教えに束(たば)ねらるればなり。今 爾(なんじ)崖涘(がいし)を出(い)でて、大海を観(み)、乃(すなわ)ち爾の醜を知れり。爾将(まさ)に与(とも)に大理を語るべからんとす。

秋の大雨が降り注ぎ、ありとあらゆる川の水が一斉に黄河に注ぎ込んで、黄河が壮大そのものの景観をなす季節になると、黄河の神・河伯(かはく)は、うきうきと嬉しくなり、天下中の善美がすべて我が身一つに集まったと思いあがります。そして河伯は、流れにしたがって東へと川をくだって行き、ついに北海へとたどり着きます。

ところが、東を眺め渡し、いくら目を凝らしても、大海原の果て見届けることはできず。海の広さを目の当たりにすると、それまで得意の絶頂にあった河伯は、嘆きながら、北海の神・若(じゃく)に、こう言います。

「私はあなたのはかりしれない大きさを目の当たりにして、上には上があるものだと教えられました。もし私が、ここまでやって来て、あなたの門をたたくことがなかったならば、独りよがりで得意になり、みんなのわらいものになるところでした」。

上の引用文は、これに続く場面です。

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シリーズ故事成語クイズ(その1) [文学雑話]

こんなテスト問題を作ってみました。

次の1~5の故事成語の意味を後の語群から選べ。
1 虎の威を借る狐    
2 井蛙(井の中の蛙)  
3 杞憂  
4 漁父の利   
5 五十歩百歩 



【語群】
ア弱者が、自分の力を考えないで強者に立ち向かうこと。イ見聞・見識の狭いこと。
ウつまらぬ人物には大人物の遠大な心はわからないという意。 
エ本質的には同じであること。どちらもたいしたことのないこと。
オ不必要な心配。取り越し苦労。  
カ強大なものの後につき従うより、たとえ小さくとも頭になれということ。
キ他人の権勢を利用して、利益をはかること。  
ク人生の幸・不幸は予測しがたいこと。
ケ両者が争っているうちに、第三者が利を占めること。 コ苦労して学んだ成果。


いかがでしょうか?(答えは今日の記事の終わりにあります。)

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