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 [文学雑話]

先週末のお四国ぶらり旅で、荘内半島の紫雲出山に上りました。



先輩ブロガーdendenmushi さまの、でんでんむしの岬めぐりの記事(1350 箱崎=三豊市詫間町箱(香川県)まことに見上げた三豊市コミュニティバスが行くこの“箱”はあの「箱」のことなのだった)に、三豊市荘内半島一帯に語り伝えられる浦島伝説にちなんで、玉手箱から出た煙から「紫雲出山」の名が付けられたということです。驚きました。

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二日目のお四国弥次喜多ぶらり旅 [折々散歩]

お四国ぶらり旅二日目です。

前日の歓談は、学生時代の思い出話から、旧い友人達の消息、近況、そして天下国家のお噂から、現下の政治状況など、談論風発とどまるところがありません。

そのなかには、昨日の記事の最後に触れた故H君の話題も登場していました。返す返すも悔やまれる逝去です。

Gさんご夫妻にとっては地元の話題、史学専攻のN先輩にとっては、専門分野の話題で、なんの不思議もありませんが、理科・生物分野が専門のM君が、しきりにレクチャーしてくれたのが、香川県の歴史地理情報でした。

翌日の帰り道は、そのM君の案内でまたまた弥次喜多ぶらり旅を楽しみました。

まず最初に訪ねたのは、瀬戸内海に細長く突き出た荘内半島にある紫雲出山(しうんでやま、しうでやま)

三豊市の公式ホームページにはこうありました。

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ほっこりと四国弥次喜多ぶらり旅(1) [友人]

少々ご無沙汰しました。
所用があって、海を越えて香川県まで行ってきました。
行き先は、学生時代の先輩Gさんご夫妻のお宅です。夏に予定するインフォーマルな同窓会の準備のために、Gさんのお宅を借りて、宿泊を伴う集まりがあったのです。
駐車場の都合もあって、極力乗り合わせて行くのがよかろうと、京都から来るM君の車に、M女史と私が乗せてもらうことにしました。
四国に渡るには、瀬戸大橋〈児島―坂出ルート=備讃瀬戸)を通るコースがまず思い浮かぶところですが、M女史のアィデアで、宇野―高松のフェリーを利用して高松まで渡り、明石大橋経由でてやって来るM君の車に拾ってもらう、という方法を採ることにしました。
往時に比べると、フェリーは運行業者も便数も激減し、「四国フェリー」だけが、ほぼ一時間ごとに運行しているようです。
ウィキペディアの記事を抜粋します。

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春浅き里山の際(ま)の手工作 [折々散歩]

同業退職者の親睦団体について、何回か書いたことがあります。

最近では、こんなことを書きました。

桑畑の歌から始まった、の巻

2年目と言われて気づくうかつかな

昨日、その親睦団体の支部の「交流会」に誘われて参加してきました。

2年前に参加した「交流会」の記事」は、これです。

春雨に煙る陣屋の雛の家

この時は、歴史と文芸と庭園の美に触れるとともに、グルメも味わう贅沢な一日でした。

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花と鳥、の巻。 [折々散歩]

日本の文化伝統に従えば、花と言えば桜、桜と言えばソメイヨシノということになります。

全国的にはソメイヨシノの開花宣言があちらこちらで聞かれるようになりましたが、我が地方はほんのしばらく先でしょうか。

常山の山肌を見ると、山桜が咲いているようです。



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鳥も花も愛で呉るるらし宮参り [折々散歩]

今日は「梅子」の宮参りでした。

「梅子」については、先月のこの記事に書きました。

美しい国はいづこぞ紅梅忌

少しだけ引用します。
 予定日が梅の咲く頃なので、胎内にいる時は、仮称「梅子」で呼んでいましたが、今年の梅は例年よりも早く咲きましたし、姓とのバランスで角張った文字にな
りますので、躊躇して、出生届の際には、別の名前になりました。それでも、つい「うめちゃん」と呼びかけることがあります。

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熱い!総がかり、平和お散歩、の巻 [時事]



雨模様の、湿っぽく生暖かい朝でした。

午後は、暖かいと言うよりも、暑いほどでした。

今日は、こんな案内をいただいておりました。



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鳥を捕る楊は何を捕らへけむ [折々散歩]

先日の記事で、空高く舞うヒバリを話題にしました。小刻みに身震いして羽ばたき、けたたましくさえずりながら、天空めざして突進し、天のいただきに達するや、気まぐれな曲線を描きながら滑空し、おもむろに地上に舞い降りてきます。そのスピードは、あたかも天上から放たれた礫(つぶて)かと紛うほどです。

ヒバリの落下は、時に翼を忙しく羽ばたかせて、速度の調節を試みたり、着地地点の微調整を行うせいでしょうか、かならずしも一直線とは言えません。

それに引き替え、この鳥の場合は、上空を旋回しながら目星を付けたターゲットに向かってまっしぐらに急降下します。

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陽もうらら孫小学校を卒業す [家族]

今日は小6の孫の卒業式。

早いものです。

わが家の玄関前の鉢植えのサクランボの花が、すっかり咲きました。



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散歩道のカシラダカ、の巻 [折々散歩]



相も変わらず『平家物語』のお噂です。

時系列的には

緋縅を着たるそなたは伊勢武者か(2014-07-06)

で話題にした「宇治川の決戦」に続く場面で、

巴の姿しばしとどめむ、の巻(2016-01-23)

の直前に位置するシーンです。


  平家物語   木曾の最期 (本文)

 これまでのあらすじ

 木曾義仲(源義仲、一一五四~一一八四)は、諸国の源氏に先駆けて平家追討の兵を挙げ、一気に都へ攻め上った。そのため、栄華を極めた平家一門も、幼い安徳天皇と共に都落ちし、西国へ向かった。しかし、京に入った義仲軍は粗暴なふるまいが多く、後白河法皇と対立した。鎌倉の源頼朝(一一四七~一一九九)はこれを聞き、弟の範頼・義経の率いる義仲追討軍を都へさし向けた。義仲は、宇治川を挟んで義経軍と対戦するが敗北し、主従七騎となってしまった。瀬田(勢田)へ落ち行く途中、家来の今井兼平と大津の打出の浜で再会し、最後の合戦に臨んだ。

 

 ①木曾(きそ)左馬頭(さまのかみ)、その日の装束には、赤地の錦の 直垂に唐綾縅(からあやおどし)の鎧着て、 鍬形(くわがた)打つたる甲の緒締め、 いかものづくりの大太刀はき、石打ちの矢の、 その日のいくさに射て少々残つたるを、頭高(かしらだか)に負ひなし、 滋(しげ)籐(どう)の弓持つて、 聞こゆる木曾の鬼(おに)葦毛(あしげ)といふ馬の、きはめて太う たくましいに、 黄覆輪(きんぷくりん)の鞍(くら)置いてぞ乗つたりける。

②鐙(あぶみ)ふんばり立ち上がり、大音声をあげて名のりけるは、


 「昔は聞きけんものを、木曾の冠者、 今は見るらん、左馬頭兼伊予守、朝日の将軍源義仲ぞや。
③甲斐の一条次郎とこそ聞け。

④互ひによいかたきぞ。

⑤義仲討つて兵衛(ひようえ)佐(のすけ)に見せよや。」とて、をめいて駆く。  



⑥一条次郎、「ただ今名のるは大将軍ぞ。あますな者ども、

もらすな若党、 討てや。」とて、大勢の中に取りこめて、


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またまた3月15日の蘊蓄、の巻 [今日の暦]

今日は3月15日。去年も一昨年も同じ題材の記事を書きました。

●「3月15日と『風立ちぬ』と馬酔木の三題噺(2014年)」

●「今日は何の日?(2015年)」



上の2015年の記事はこんな書き出しでした。


今日は3月15日。

今日の記事は、「3.15事件」を題材に書こうと思い、いろいろ構想を練ったのですが、 去年の3月15日付の「3月15日と『風立ちぬ』と馬酔木の三題噺」という記事と大幅に重複する内容であることに気づきました。自分が過去にどんなことを書いたか、覚えていないものですね。


その記事を少し引用します。


1828年、日本で初めて行われた普通選挙の直後の3月15日、無産政党の活動に危機感を抱いた田中義一内閣は、立候補した左翼活動家やその応援者たちにたいして、治安維持法違反容疑による一斉検挙を全国で展開しました。

当時、非合法状態にあった日本共産党や、労働農民党などの関係者約1600人が検挙され、狂暴な弾圧・拷問が加えられたのでした。

ここでも書いたとおり、「3.15事件」に取材した小説に、小林多喜二の「一九二八年三月十五日」があります。

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桜桃の花につめたき朝の雨 [折々散歩]

ブログの更新がなかなかできません。

「忙しい」と言うほどではないのですが、コマゴマとした雑用に追われます。コンピュータの前には、かなり長い時間座っているのですが、ブログに手が回りません。

紙の日記を付けるという習慣もなくしてしまったので、何日もの間、いつ何があったのか忘れてしまう事態が重なっています。困ったものです。

今朝は、冷たい雨でした。

寒い中、玄関先の鉢植えのサクランボの花が、咲き始めています。



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またまた深まる謎?の巻 [折々散歩]

震災・原発事故から5年。

被災された方々に改めてお見舞い申し上げるとともに、一刻も早い復旧・復興をお祈りします。そしてなによりも、安全神話に基づくずさんな原子力政策を根本的にただし、安全で国民本位、地球の未来に優しいエネルギーのあり方を、今、私たちの英知を尽くして確立していくことは、未来に生きる子々孫々にたいする責務と言えるでしょう。

でも、今日の話題はそれには触れず、長閑極まるおうわさを一席お伺いいたします。
昨日、ベビーカーを調達するなどの目的で、赤ちゃん連れで出かける支度をしておりますと、お隣の奥さんが、「キクイモ食べますか?」と声を掛けてくださいました。
一瞬、判断がつかず口ごもっていた私ですが、根っからの強欲と慎みのなさから、とっさに「はい、頂きます」と答えていました。
というのも、お隣さんからは、しょっちゅう、旦那さんが釣ってこられたママカリやら小アジやら、メバルやら、あるいはいろいろな美味しい果物や地方の名産品などを、「お裾分け」や「お土産」としていただくことがあり、贅沢にも「慣れっこ」になってしまっているのです。
そこに遅れて出てきた妻が、「昨日メールをいただいて、返事がまだだったわ」というわけで、ありがたくお礼を言って、どっさりのキクイモを頂戴しました。

キクイモ?以前、↓この記事で、話題にしたことはありましたが、これまで食べたことがありません。

棄てられし畑に黄花放縦(ほしいまま)

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それでも四季はめぐる、の巻 [折々散歩]

春というより初夏を思わせる陽気が垣間見えたと思うまもなく、昨日は一日冷たい雨。今朝は晴れたものの真冬に戻ったような冷え込みで、三寒四温とはよくいったものです。
そんな寒さのなか、インフルエンザ上がりの小2生は、今朝も元気に登校していきました。
実は昨日、会心の(!)記事をほとんど書き上げて、一時保存したまま、いろいろ用を足しました。赤ん坊を連れた新米ママを乗せて郵便局までアッシーしたり、確定申告に出かけたり、まずまず有意義な一日でした。

夜になり、記事の最終調整を施してアップするだけと、勇んでパソコンに向かったのでしたが、保存したはずの記事がまたまた消失!落胆のあまり、昨日は更新する気力が出ませんでした。
ちょっと捨てがたいテーマでしたが、また回を改めて、復旧・修繕をはかることにします。

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うらうらに照れる春日のえとせとら [折々散歩]

パソコンに向かうのが億劫で、ブログ更新を怠りました。

ここ3年ほど、お仲間グループの会計係を仰せつかっていて、その処理が「文系(!)の私には厄介です。何かと必要に迫られて、エクセルなどを使って処理していますが、入力作業の不手際に加えて、表の作成から数式の設定など、何から何まで不確かで、結局手書き手計算で処理した方がはるかに速くてはるかに正確だと思いながら、四苦八苦しております。

それと併行して、確定申告のための書類作成と、添付資料の整理に、ここ数日かなりの時間を費やしています。特に、医療費や生命保険の控除のための資料集めや入力が煩雑で、少し作業しては気がそがれて、集中が長続きしません。どうにかこうにかそれらしい書面を作りましたので、今日でも申告に出かけるつもりでしたが、タイミングが合わず延期しました。(今日であった友人は、4人が4人とも申告を済ませたよし。先を越された、残念)。

連続のパソコン作業で、目の疲れが高じた上に、ここのところ花粉の悲惨が並々ではないらしく、目を見開き続けることも苦痛ですので、勢い、ブログ更新は後回しという次第になりました。
昨日は、孫の一ヶ月検診で、アッシーを務めました。検診の結果はすべて順調、母乳の出も十分で、食欲も旺盛、体重の伸びも平均以上だそうで、医師が驚嘆の拍手をしてくれるほどだったそうです。
でも、いつもただ寝ているだけの新生児の頃に比べると、何かと要求や意志表明らしい態度がしばしば見られ、満たされないと大声で泣く場面も増えました。その声が、なかなか大ボリュームで、夜泣きへの対応もなかなかの修羅場です。

一方、小学生の孫二人のインフルエンザ(B型)は治癒しましたが、昨日治癒証明を得て登校した6年生は、なんと、今日から学年閉鎖だそうで、今日は自由の身で晴れておやすみしています。一日遅れで治癒証明を貰った2年生は、今日は元気に一人で登校しました。

昨日今日と、なんという暖かさでしょう。

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啓蟄雑話 [文学雑話]

今日は啓蟄だそうです。

過去にもこんな記事を書きました。

啓蟄や律儀な虫は凍えたらん

こんなことを書いていました。

 「啓」は「開く」、「蟄」は「虫などが土中に隠れ閉じこもる」意で、「啓蟄」で「冬籠りの虫が這い出る」(広辞苑)という意を示す。春の季語でもあります。

17世紀後半にイギリスで興り、18世紀のヨーロッパにおいて主流となった「啓蒙思想(けいもうしそう)」とは、「蒙」(もう=くらいこと)に光を当てて、これをひらく思想という意味だとか。

イギリスではトマス・ホッブズやジョン・ロック。フランスでは、 シャルル・ド・モンテスキュー、  ジャン=ジャック・ルソー、 ヴォルテール、 ドゥニ・ディドロ、  エティエンヌ・ボノ・ドゥ・コンディヤック、 ニコラ・ド・コンドルセ、ドイツではクリスティアン・ヴォルフ、イマヌエル・カントなどの名前を、教科書で覚えましたっけ。

ネットにはこんな説明が掲載されていました。

世界大百科事典 第2版の解説

けいもうしそう【啓蒙思想 Enlightenment】

17世紀,18世紀の西欧で近代市民階層の台頭にともなって広くおこなわれ,市民社会形成の推進力となった思想運動の総称。上記の英語名も,ドイツ語のAufklärung,フランス語のlumièresも,いずれも光ないし光によって明るくすることを意味する。〈自然の光〉としての人間生得の〈理性〉
に全面的に信頼し訴え,各人があえてみずから理性の力を行使することによって,カントの言い方によれば,〈人間がみずからに負い目ある未成熟状態から脱すること〉へと働きかけ,こうして,理性的自立的な人格の共同体の実現を目指すことにその目標はあったと考えられる。 

そういえば、『水道方式』で知られる 著名な数学者の遠山啓さん(1909年- 1979年)のお名前は、「ひらく」さんでしたっけ。通常「トオヤマ ケイ」さんと呼び習わしていましたけれど。

 「冬籠りの虫が這い出る」なのだそうですが、寒い寒い。

律儀に穴から這い出した虫は、面食らって震え上がっていることでしょう。

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ひなせの詩歌 第三回 土屋文明の歌、の巻 [文学雑話]

日生にゆかりのある詩歌の第3弾です。
備前市加子浦歴史文化館「文芸館」で「自由にお持ち帰りください」とあった資料プリント「日生の詩歌」には 土屋文明 の歌も数種載せられています。二首だけ紹介します。
 網底より 集めし籠の 雑魚さまざま
我が知るは銀寳 一尾孤独に

ままかりは鯯(つなし)の仔には あらぬこと
幾度も聞返す ままかり麗し

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日生の詩歌 第二回 鉄幹・晶子の歌、の巻 [文学雑話]

日生にゆかりのある詩歌の第二弾です。

備前市加子浦歴史文化館「文芸館」で「自由にお持ち帰りください」とあった資料プリント「日生の詩歌」には、続けて、近代短歌において「明星派」を率いた与謝野鉄幹・晶子の歌も紹介されています。
昭和八年、友人正宗敦夫氏を日生に訪ね、船遊びを楽しんだ時の歌だそうです。
なお、正宗敦夫氏の経歴をウィキペディアにたどると、次の通りです。

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日生の詩歌、第一回、の巻 [文学雑話]

先日の日生への一日旅行(なんと、「日」が多い!)の記事の続きです。
備前市加子浦歴史文化館「文芸館」で「自由にお持ち帰りください」とあった資料プリントに、「日生の詩歌」というものもありました。

ちょっとご紹介したい気持ちになりましたが、手入力するのも少々億劫で、コピペできるようなデータがないかと、ネットで検索してみますと、生命保険会社がらみの記事はありましたが、お目当てのものは見つかりません(笑い)。

ですので、一部を抜粋して引用することにします。

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里村欣二は日生の生まれ、の巻 [文学雑話]

去年の3月1日の記事槙村浩と三月一日」に、こんなことを書きました。

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