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長月晦日は降ったりやんだり、の巻 [折々散歩]

昨日は仕事日のため休刊しました。

雨が降ったりやんだり、暑かったり寒かったり、少々疲労を覚えます。

今日も、ぐずついた天候で、聞くところによると、予定していた体育祭を順延した高校もある一方、決行したところもある由です。
孫の小学校は、最近では唯一の快晴だった先週土曜日に実施できて、大変ラッキーなことでした。その代休日として、今日は小3の孫がお休みです。一日お休みならば、郷里の田舎に栗拾いにでも連れて行くところですが、昼からお友達と遊ぶ約束があり、夕方はサッカークラブだとか。午前中だけ、我が家に預かりました。
特におもてなしもできませんが、雨が降らない前にと、芋掘りに誘うと乗ってきましたので、少しだけ試掘。

2株の試掘で、お手頃サイズの収穫がありました。



孫は、芋の葉の間にアマガエルを見つけ、喜んで捕まえ、連れて帰ると言います。そうしていると近くにもう一匹発見。都合2匹をgetして、ビニール袋に入れて家まで連れて帰り、庭の「菜園」に話しました。害虫退治に活躍してくれることを期待しています。

昼ご飯にインスタントラーメンを食べさせて、友達の家まで送り届け、雨やみの隙に近所の散歩道を歩きました。

今日は、なんとなくマクロレンズを持ち歩きたい心境で、TokinaAT-X90mmというオールドレンズをPENTAX K-10というセミオールドカメラに装着して歩きました。
これは、我が家のキンモクセイです。
今日も、甘い香りを発しています。


玄関先に、こんな幼虫がいました。
これなあに?
そうです、玄関先の道端のスミレの葉を食草として育つツマグロヒョウモンの幼虫ですね。

(ここから下の画像は、フォト蔵に掲載しているものです。クリックすると大きなサイズでごらんいただけます。別のウインドウに開くように設定を改めました。10/1)

ツマグロヒョウモンの幼虫

(ツマグロヒョウモンの幼虫 posted by (C)kazgツマグロヒョウモンの幼虫

ツマグロヒョウモンの幼虫 posted by (C)kazg

ツマグロヒョウモンの♂が、散歩中、コスモスの花の周りを遊んでいました。
マニュアルフォーカスのマクロレンズで捕らえるのは、少しやっかいでした。

コスモスに止まるツマグロヒョウモン

コスモスに止まるツマグロヒョウモン posted by (C)kazg


同じコスモスに、アゲハも舞っています。
さて、私にとっては難問です。
ナミアゲハかキアゲハか?

コスモスに止まるアゲハ

コスモスに止まるアゲハ posted by (C)kazg



イノコズチの上には、ヤマトシジミです。いつもは望遠レンズで捕らえる被写体ですが、90mmマクロだと、かなり近づかないとクローズアップになりません。シジミチョウは結構神経質なようで、近づくくと、ひらりひらりと逃げます。

少しトリミングします。

イノコズチに止まるヤマトシジミ

イノコズチに止まるヤマトシジミ posted by (C)kazg
さて、今日のもう一つの「これなあに?」

セスジスズメの幼虫

セスジスズメの幼虫 posted by (C)kazgセスジスズメの幼虫

セスジスズメの幼虫 posted by (C)kazg

セスジスズメの幼虫

セスジスズメの幼虫 posted by (C)kazg

図鑑によれば、スズメ蛾の一種、セスジスズメかと思うのですが。。。



散歩道の水たまりで、ハクセキレイが水浴びをしていました。

散歩道のハクセキレイ

散歩道のハクセキレイ posted by (C)kazg散歩道のハクセキレイ

散歩道のハクセキレイ posted by (C)kazg散歩道のハクセキレイ

散歩道のハクセキレイ posted by (C)kazg散歩道のハクセキレイ

散歩道のハクセキレイ posted by (C)kazg
チッチッチという声の方を見ると、稲穂の間を小鳥が見え隠れしています。

これなあに?

セッカノビタキでしょうか?

稲田のセッカ

稲田のノビタキ posted by (C)kazg稲田のセッカ

稲田のノビタキ posted by (C)kazg

雨に打たれてくたびれながらも、ヒガンバナがあちらこちらに咲いています。

ヒガンバナは、私にとって難しい被写体です。

マクロレンズで見事に写しておられる方がおられます。真似してみますが、うまくは写せません。

ヒガンバナ(クローズアップ)

ヒガンバナ(クローズアップ) posted by (C)kazgヒガンバナ(クローズアップ)

ヒガンバナ(クローズアップ) posted by (C)kazgヒガンバナ(クローズアップ)

ヒガンバナ(クローズアップ) posted by (C)kazgヒガンバナ(クローズアップ)

ヒガンバナ(クローズアップ) posted by (C)kazgヒガンバナ(クローズアップ)

ヒガンバナ(クローズアップ) posted by (C)kazg

今日は、2ヶ月に一度の演劇鑑賞の日。

先ほど帰ってきて、書きかけていたこの記事を仕上げたところです。

今日はここまで。


いっぱい、これなあに?の巻 [今日の「これなあに」?]

午前中、用事があって、昼過ぎ、会場近くの岡南飛行場周辺を歩いてみました。雨は降ったりやんだりですが、時々晴れ間ものぞき、じっとり不快な汗の流れ出る蒸し暑さでした。30℃超えの夏の暑さです。

めぼしいものは見ませんでした。

悠々と道路を横切っている獣がいます。

これなあに?







ヌートリアでしょうね?

それでは、同じ道路上のこれなあに?







ヒバリ♂でしょうか?



これは昨日の夕方のコスモス。

このあと大雨でした。

嘘つきの夕焼けです。



次は昨日の昼間。岡山後楽園で写しました。







コスモスに止まっているのはヒメアカタテハでしょうか?

そして、下は、後楽園の芝生に止まるヒメアカタテハ?



これも後楽園の芝生。

産卵中と見えます。

ツマグロヒョウモン♀?



それでは、これなあに?

一昨日、自然環境体験公園で写しました。

ピンクのムクゲに吸蜜するこのアゲハは?

キアゲハ?

ナミアゲハ?















大幅トリミングします。



私はナミアゲハだと思いましたが、、、。

いっつも迷います。

白いムクゲに止まるこれは?







モンキアゲハですか?



では、これなあに?







そして、これなあに?







付録です。



これはムクドリの群れでしょうか。

大群で空を舞っています。

鳥の世界には、季節の変化があらわれているようです。

今日はこれにて。

明るいは七難隠す秋の水 [折々散歩]

昨日あたりから、玄関先に甘い香りがただよいます。

もう、キンモクセイの季節か、と感慨が募ります。

私の中では、キンモクセイというと10月2日頃に咲き始める花という印象があります。しかし、過去記事を見ても、9月の後半には咲いていて不思議はないようです。

去年の◇キンモクセイに誘われて、の巻の記事に、こんなことを書きました。

 キンモクセイが香る頃に、思い出すシーンがあります。


思えば、30年余も昔の初冬の早朝でした。


このシーンがしばしば思い出され、のちに、こんな短歌を作ったことがありました。







Iさんを偲ぶ


なお暗き冬の未明の全戸ビラ  

足音朗らに君は駆けゆく


朝ビラに遅れし我を待ちてある  

君は足踏みしつつ手を振る


えいえいと息はずませて

階段を駆けのぼりてはビラ配る君


明け初めし街に木犀薫りいて


おはようの声弾むビラ入れ




「君」というのは、教職員組合の責任ある部署で、八面六臂の働きを精力的に推し進めておられるさなか、45歳の若さで急な病に倒れ、帰らぬ人となったIさんの、ありし日の姿です。

たまたま、東京での住まいがご近所でしたので、時に、出勤前の早朝など、打ち合わせて近くの家々へのビラ配布をおこなうこともありました。

まだ若かった私は、早起きが苦手で、約束の刻限に遅れて集合場所に駆けつけることもままありました。そんなある朝の、なおまだ暗い街角で、どこからか薫ってくるキンモクセイの香りが、今も鮮烈に浮かんでくる気がします。


 ビラ配りをしたこの朝は、息が白く曇り、ともすれば手がかじかんで、ビラを一枚一枚めくるのも難儀をするような寒さだったような記憶があります。それに引き替え、今日の気温は、真夏名もの30℃に迫る勢い、久々に晴れたのは結構ですが、暑さのぶり返しに閉口します。







この上天気の日、午前中は会議があって抜けられません。

おにぎり弁当を用意して、会議のあとは後楽園へ一目散と決めました。

pentaxk01にsmc PENTAX-DA 35mmF2.4ALという軽快コンビをtにもって、あと望遠カメラはリュックに入れてでけけます。

明るい光があると、こんなにもちがうものか?我ながら、まるでカメラの腕を上げたかと見まがうほどです。

(ここから下の画像は、フォト蔵に掲載しているものです。クリックすると大きなサイズでごらんいただけます。別のウインドウに開くように設定を改めました。10/1)





岡山後楽園の彼岸花

岡山後楽園の彼岸花 posted by (C)kazg岡山後楽園のコスモス

岡山後楽園のコスモス posted by (C)kazg秋晴れの岡山城

秋晴れの岡山城 posted by (C)kazg秋晴れの岡山後楽園

秋晴れの岡山後楽園 posted by (C)kazg秋晴れの岡山後楽園

秋晴れの岡山後楽園 posted by (C)kazg秋晴れの岡山後楽園

秋晴れの岡山後楽園 posted by (C)kazg


後楽園のキンモクセイも芳香を漂わせていました。これはolympus E3+ZUIKO DIGITAL ED 70-300mm F4.0-5.6 で写しました。



岡山城、後楽園の写真はまだありますが、省略して、帰宅後に写した写真も紹介せずにはいられません。これはいつもの散歩道ではありません。自動車で通りかかったある道すがら、彼岸花の美しいスポットが目に入りました。用事を終えて帰りがけ、近くの空き地に駐車し、カメラを取り出して撮影に及びました。ほれぼれとするような景色でした。

いつもの常山が近くに見えています。

彼岸花咲く散歩道

彼岸花咲く散歩道 posted by (C)kazg彼岸花咲く散歩道

彼岸花咲く散歩道 posted by (C)kazg



周囲の田園風景も、稔りの秋

稔りの秋 posted by (C)kazg


明るいと言うことはすばらしいことです。

明るいは七難隠す秋の水

駄句陳謝

こんなさわやかな秋晴れでしたのに、夜になって雨が降っています。しかも強い雨です。天気が変わりやすいのも秋らしいことですね。

きょうはここまで。


雨の日のご近所散歩、の巻 [折々散歩]

あの運動会の一日だけが快晴で、昨日も今日も雨続き。


ほぼデスクワークに費やした一日でした。

途中、プリンターの具合が悪くなり、インクも切れて、電気屋に走りましたが。

血流の滞りを感じましたので、一応カメラはもって、傘さし散歩はしてみますが、これといった被写体には会えません。

見慣れた景色ですが、山が雲に包まれています。

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雨に濡れた青い柿。
 
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毬の隙間から太った栗が顔をのぞけています。
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 雨に濡れた彼岸花。
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話題も画像も乏しいので、賑わいのために、先日の散歩のストック画像を掲載します。

(ここから下の画像は、フォト蔵に掲載しているものです。クリックすると大きなサイズでごらんいただけます。)

散歩道のセグロセキレイ
散歩道のセグロセキレイ posted by (C)kazg

散歩道のセグロセキレイ
散歩道のセグロセキレイ posted by (C)kazg


 
散歩道のイトトンボ


散歩道のイトトンボ postedby (C)kazg

S0826342


散歩道のイトトンボ postedby (C)kazg

S0826342

散歩道のイトトンボ postedby (C)kazg


これは、昨日の畑仕事で出会ったアマガエルです。
芋の葉の上のアマガエル

芋の葉の上のアマガエル posted by (C)kazg

芋の葉の上のアマガエル

芋の葉の上のアマガエル posted by (C)kazg

 

 異種異常接近?

芋の葉の上のアマガエル

芋の葉の上のアマガエル posted by (C)kazg

背後に迫る巨大な影!

芋の葉の上のアマガエル


芋の葉の上のアマガエル posted by (C)kazg

 正面顔ですが、何か?

芋の葉の上のアマガエル
芋の葉の上のアマガエル posted by (C)kazg

今日の付録。

芋畑のツチガエル
芋畑のツチガエル posted by (C)kazg

今日はこれにて。


散歩道のモズが思い出させたこと、の巻 [折々散歩]

一昨日の記事で、散歩にpentaxQ10とともに、fujiFINEPIXS1も携行したことを書きました。そちらで写した画像を、きょうはご紹介させていただきます。

散歩道にモズを見つけました。超望遠といえども、さすがに遠いので、トリミングしています。

(ここから下の画像は、フォト蔵に掲載しているものです。クリックすると大きなサイズでごらんいただけます。別のウインドウに開きます。す)



散歩道のモズ

散歩道のモズ posted by (C)kazg

散歩道のモズ

散歩道のモズ
posted by (C)kazg 

散歩道のモズ

歩道のモズ posted by (C)kazg



散歩道のモズ

散歩道のモズ posted by (C)kazg 


このブログを始めたばかりの年の秋、こんな記事を書きました。

◇ムクドリとモズが我が家の窓から見えました。

ほんの一部分引用して再掲させていただきます(途中、適宜省略があります)。

 元職場では、廊下で出会った特など同僚のSさんと、百舌の鳴き声を確認しあうのが、この季節の習わしになっていました。Sさんは音楽にも秀でた方で、洋楽のレパートリーも豊富なのですが、「『もずが枯れ木で』が好きなんです」とおっしゃったことがありました。

私もモズを見ると、この歌を想い出します。



もずが枯れ木で

【作詞】サトウ ハチロー

【作曲】徳富 繁



もずが枯木で鳴いている

おいらは藁を たたいてる

綿びき車は おばあさん

コットン水車も 廻ってる



みんな去年と 同じだよ

けれども足んねえ ものがある

兄さの薪割る 音がねえ

バッサリ薪割る 音がねえ



兄さは満州に いっただよ

鉄砲が涙で 光っただ

もずよ寒いと 鳴くがよい

兄さはもっと 寒いだろ

ユーチューブには、岡林信康バージョン、倍賞智恵子バージョン、藤圭子バージョン、芹洋子バージョン(サトウハチローの原詩で歌っています)などがUPされていました。

岡林信康サンは、何というか我々の世代から見ると「別格」でしょうかね。心酔したわけではありませんけれど。


岡林信康URCシングル集+8(通常プラケース仕様)

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  • アーティスト:

  • 出版社/メーカー: FUJI

  • 発売日: 2013/03/20

  • メディア: CD





男はつらいよ寅さんDVDマガジン vol.1

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  • 作者:

  • 出版社/メーカー: 講談社

  • 発売日: 2011/01

  • メディア: 単行本




「俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ
わかっちゃいるんだ 妹よ
いつかおまえの 喜ぶような
偉い兄貴に なりたくて
奮闘努力の 甲斐もなく
今日も涙の 今日も涙の
日が落ちる 日が落ちる」
と寅次郎が無条件に愛する妹「さくら」のイメージが強いですが、「歌手」倍賞智恵子サンを、私かなり好きです。レコード、音楽テープ、CD、、、何枚か持ってます。最初に買ったLPレコードは、この人のものだったかも知れません。買うのは、ちょっと照れくさかったのですが、クラシック好きの友人にちらりと打ち明けると、彼も評価していて、安心した覚えがあります。「島原の子守歌」が特に好きかも。


さくら貝のうた―賞千恵子抒情歌 ベスト

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  • アーティスト:

  • 出版社/メーカー: キングレコード

  • 発売日: 2011/05/11

  • メディア: CD





倍賞千恵子 叙情歌アルバム

倍賞千恵子 叙情歌アルバム



  • アーティスト: 喜志邦三,吉丸一昌,佐々木信綱,加藤省吾,谷村新司,荒木一郎,永六輔,東條寿三郎,東辰三,サトウハチロー

  • 出版社/メーカー: キングレコード

  • 発売日: 2012/11/21

  • メディア: CD




藤圭子さんは、ほぼ同世代。密かにファンでした。8月22日が命日ですか。痛ましいことです。


藤圭子 GOLDEN☆BEST

藤圭子 GOLDEN☆BEST



  • アーティスト: 石坂まさを,阿久悠,山上路夫,山口洋子,なかにし礼,はぞのなな,六本木哲,阿木燿子,鳥井実,浅木しゅん

  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN

  • 発売日: 2005/10/26

  • メディア: CD







「兄さ」は徴兵により、凍える満州に送り出されていきました。
サトウハチローの作詞が昭和10年(1935年)、徳富繁の作曲が昭和13年(1938年)だそうです。
軍国主義華やかなりしこの頃、人為による「兄の不在」、「愛する者の不在」を、こうも切々と訴えた詩が生まれたことは、驚きです。この時代、反戦や民主主義を目指す思想や運動には徹底的な弾圧がくわえられ、ありとあらゆる芸術、文化、言説が、「戦意高揚」へと駆り立てられていきました。
石川達三の「生きている兵隊」(『中央公論』1938年3月号)が発行禁止処分を受けるなど、表立って「反戦」を唱えなくとも、少しでも戦争の悲惨を伝え、戦意喪失させるような作品は、発売禁止にされました。そんなご時世に、「鉄砲が涙で 光っただ」なんて、日本男児にあるまじき「女々しい」歌が検閲を免れ、地方の民謡として歌い継がれたことは、希有な奇跡だったかも知れません。.




「もずが枯れ木で」は兄の不在を歌いました。兄を奪った者は戦争でした。

さしたる脈絡はないのですが、私はなぜか、この歌を連想します。
「おとう帰れや」は、出稼ぎで帰らない父の不在を歌います。父を奪った者は貧困でした。
そして、戦争も貧困も、国家の仕業、政治の仕業に他なりません。


「おとう帰れや」
作詞:白井道夫  
作曲:真木淑夫
作曲:すずききよし
(この歌は、別の作詞者による二つの曲があるそうです。)


1 風に追われてお父が消えた 峠の向こうににじんで消えた
  山の畑は  雪の下


2 足んねぇ足んねぇで出稼ぎ暮らし 余り物ちゅうてお父の茶碗
 主無ぇ箸の  にくらしさ


3 せめて夢でもお父に会いてぇ クレヨン抱えて伜が泣いた
 お父の顔が  書けねとよ


4 お父がいねぇで夜が長すぎる 夜なべ仕事にムシロを編もか
  ムシロ編むより  縄をなえ


5  縄がなえたらお父よ戻れ 腰を結わえて倅に持たそ
  今年しゃどこにも  行けねよに


6  峠を染めて朝日が昇る 山の向こうにもう陽が沈む
  はかの行かねぇ  野良仕事


作曲:真木淑夫の曲は、岡林信康バージョン、森山良子バージョンをユーチューブで見つけました。


森山良子フォークを歌う ベスト&ベスト KB-13

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  • アーティスト:

  • 出版社/メーカー: テイチクエンタテイメント

  • 発売日: 2008/07/01

  • メディア: CD



作曲:すずききよしの曲の方は、こちらに紹介がありました。

http://bunbun.boo.jp/okera/v_suzuki/otou_kaereya.htm
高石ともやのアルバムに収められていますが、ネット上には発見できませんでした。
すずききよし さんのホームページとブログはここです。82歳で壮健です。http://sakura.bb-west.ne.jp/spr/cam-frr/





追伸:今年の夏に書いた◇今もなおとびらをたたく音きこゆ(8月に寄せた学級通信2)の記事で紹介した二木紘三のうた物語のサイトに、「もずが枯れ木で』についての詳しい記事と、音源が掲載されていますので、勝手にご紹介させていただきます。



http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/03/post_0945.html

http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/03/post_c159.html



ところで「もずが枯れ木で」の「兄さ」は、兵士として満州に渡りました。しかし満州に渡ったのは、兵士ばかりではありません。

「満州事変」後、「満蒙開拓団」と呼ばれる数十万人に及ぶ「移民」の一団が、「国策」として旧満州(中国東北部)に送り込まれたのでした。

「デジタル大辞泉の解説」を引用します。




まんもう‐かいたくだん【満蒙開拓団】
満州事変後、日本が満蒙地区に送りこんだ農業移民団。昭和7年(1932)に第一次移民が送り出され、昭和20年(1945)敗戦時には約32万人がいたといわれる。多くがソ連・満州国境地帯に入植し、中国人・朝鮮人の既耕地を収奪する結果となった。第二次大戦敗戦直前、ソ連の対日参戦で関東軍から置き去りにされ、多大な犠牲者を出した。満州農業移民。


ユ-チューブにこんな番組がupされており、見応えがあります。

↓NHKスペシャルの番組です。

◇満蒙開拓団 - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=ejMaOdvvZaw

↓ 満蒙開拓青少年義勇軍を題材にしたアニメ-ション映画満開拓と少年たちを描くアニメ-ション映画です。

◇「蒼い記憶」

https://www.youtube.com/watch?v=tCeRQm0FljM

満蒙開拓団を最も多く送り出した県は長野県で、資料によっては38、000人とも3.3000人ともされますが、送出の運動は全国に及び、岡山県からも、2900名前後が送出されたといわれます。


去年(2015年)の8月24日付地元紙「山陽新聞」に「中国・満蒙開拓団跡ツアーに同行 今も残る「美作」、消える証言者」という表題の記事が掲載されており、私の郷里「美作」にも関係するので、切り抜きして保存しています。


 中国・満蒙開拓団跡ツアーに同行 今も残る「美作」、消える証言者




「美作」の文字が残る道路標識を確かめる青木さん(左)=黒竜江省樺南県



竜爪の村に残る開拓団時代の家屋の前で話す小林さん(右)と候さん=黒竜江省林口県







 戦時中、旧満州(中国東北部)へ日本人移民が送り込まれた満蒙(まんもう)開拓団の足跡をたどるため、8月7日から12日まで、近現代史研究家の青木康嘉興譲館高講師(63)らの訪問団が中国黒竜江省などを巡った。戦後70年がたち、戦争を語る証言者や建造物が中国の地でも消えつつあることを実感した旅。一行に同行、現地の今をリポートする。



 ■  □  ■  □  ■

 トウモロコシ畑が続く地平線に日が傾き始めた。日没まで時間がない。ロシア国境に近い黒竜江省の樺南県。目的地の七虎力(しちこりき)開拓団跡を目指し、近隣村民のバイクの先導でツアーバスが広野を走る。

 「あった!」。諦めかけたころに、青木さんの声が上がった。道沿いの道路標識に今も残る「美作」の文字。同開拓団美作郷があった名残だ。



岡山県から入植 

 七虎力開拓団は、近畿中国地方から178戸626人が入植していた(西崎忠雄著「七虎力村」)。特に岡山県からの入植者が多く、美作のほか、岡山、吉備津、備前の各郷に分かれて出身地別の集落を形成していた。

 今では集落ごとなくなっている所もあり、当時の場所を特定することは難しい。だが、事前に「美作の地名が残っている」と残留孤児だった中国帰国者から証言を得られたため、訪問団として初めて入る同開拓団集落の目標にしていた。

 美作郷跡にある集落は、「七一村」と地名を変えたが、地元住民によると、今でも「美作(メイツォ)」の旧地名を使うという。当時、岡山出身の開拓団員が始めた水田の耕作も続いている。村の中には屋根が崩れかけたり、改修された旧開拓団家屋が3軒点在するのみだ。

 旧満州の開拓団は、終戦直前に参戦したソ連軍に追われ、農地を捨てて逃げ惑い難民化した。七虎力開拓団では暴徒の襲撃や集団自決が相次ぎ、400人が死亡したとされる。

 だが、村の古老・憑甲臣さん(73)は「日本人がいたことは聞いているが、当時を知る住民はもういない」と話す。

住民と交流 

 七虎力開拓団跡から100キロほど離れた林口県の竜爪(りゅうそう)開拓団跡も訪れた。岡山県出身者でつくる日の出郷は、ツアーに参加した小林軍治さん(72)=岡山市=の生まれ故郷だ。

 「満州第六次龍爪開拓団の足跡」(船越美智子著)によると、同開拓団の在籍者は、1254人。終戦当時2歳だった小林さんは、生還者575人のうちの1人。

 今でも「竜爪(ロンジャオ)」と呼ばれる村の訪問は、小林さんにとって1983年に父親と来て以来5回目。到着すると大勢の住民が集まり、開拓団時代の古い家屋に案内してくれた。

 所有者の候桂英さんは終戦直後にここで生まれた集落の最長老。「昔、日本人がここにいたことしか知らない。もう戦争を起こさずに平和が続いてほしいですね」と言う。

 今は日中友好協会岡山支部事務局長を務める小林さんは「気持ちよく迎えてもらい、里帰りした気分。お互い重い歴史を背負っているが、何度も交流して理解を深めたい」と顔をほころばせた。

現地で裏付けを 

 満蒙開拓団などの歴史研究に取り組む青木さんがかかわる中国東北部ツアーは8回目。「戦後の年月がたち、関係者の聞き取り調査の証言もあいまいになる。記録を事実に近づけるためには、現地での裏付け調査が欠かせない」と強調する。

 一行9人は、大連や牡丹江、佳木斯(チャムス)など、日本統治・支配時代の拠点都市も訪問。当時の施設や日本人街の建物が開発ラッシュで消えていくのを目の当たりにした。戦争の記憶の風化は進む。

 ツアー参加者で、終戦の年に朝鮮半島で避難生活を送った守屋八束さん(75)=倉敷市=は「現地で話をする人も、かつての様子を知る建物もなくなり、戦後70年の年月を実感した。当時をよく知る親の代がいなくなり、われわれが戦争の雰囲気を覚えている最後の世代になった」と語っていた。

 ◇ 満蒙開拓団 1931年の満州事変後、日本が実質的支配権を握った旧満州などに渡った農業移民団。国策によって強力に推し進められ、全国から約27万人が送り込まれたが、ソ連参戦によって逃避行と難民生活を余儀なくされ、死者が続出。残留孤児を生み出した。岡山県史によると、県出身の開拓団員は2907人。うち、死者775人、未帰還者213人。



 記事に登場する青木康嘉氏は、同行の高校教師で、世代も近く職場のご縁も浅いと言えない間柄。長く、植民地時代の日本と中国、また韓国・朝鮮の歴史を、掘り起こす活動を続けてこられました。また、小林軍治氏も先輩同業者で、若い頃から親しくしていただいていますが、中国引き揚げ者であるというご自身の体験から、退職後は、中国残留孤児・帰国者の生活・権利の問題や日中友好の運動をライフワークとしておられます。




散歩道で出会ったチョウたちをご紹介します。

コスモスの花に止まるキチョウ


コスモスの花に止まるキチョウ posted by (C)kazg 

  ヒャクニチソウの花に止まるキアゲハ

  ャクニ  チソウの花に止まるナミアゲハ posted by (C)kazg

ヒャクニチソウの花に止まるキアゲハ

ヒャクニチソウの花に止まるナミアゲハ posted by (C)kazg

  ヒャクニチソウの花に止まるキアゲハ

 ヒャクニチソウの花に止まるナミアゲハ posted by (C)kazg

ニラの花に止まるイチモンジセセリ

 ニラの花に止まるイチモンジセセリ posted by (C)kazg



  散歩道のヒメジャノメ
散歩道のヒメジャノメ posted by (C)kazg


センダングサの花に止まるキチョウ

センダングサの花に止まるキチョウ posted by (C)kazg 

ニラの花に止まるヤマトシジミ

ニラの花に    まるヤマトシジミ posted by (C)kazg 

  ニラの花に止まるヤマトシジミ

ニラの花に止まるヤマトシジミ posted by (C)kazg
昨日の快晴がウソのように、今日は午前中から天気が崩れ、ちょっと強い雨になっています。

降り出す前に、ちょっと畑に出て、野菜種をまくことができました。

きょうはこれにて。


美しい願い事のような秋の空 [家族]

別の散歩記事を用意していましたが、小学校の運動会の速報です。

中1生は部活の練習試合。二人の保育園児は保育園の行事と、それぞれスケジュールがありまして、例年になく小3生一人だけの運動会になりました。パパ、ママは見に行きますが、少し寂しいので、ジイジも一日参観することにしました。

パパの時代は学年3学級ほどもあった小学校が、少子化が進んで一クラスだけ。男子は5人だけの小規模クラスです。ということも影響して、プログラムへの出番が多く、飽きることがありません。

綱引きも力一杯。



リレーも、2種類に出場。大奮闘です。



保護者住民も参加の玉入れ競技。ママも出場しました。







昨日までのぐずついた天気がウソのような、快晴です。







願い事を書いた風船を飛ばします。



















青い空に吸い込まれていきます。

環境問題がチラッと脳裏をかすめましたが、子どもたちの願い事に免じて、大目に見てもらいましょう。

以前、この記事◇今度はもっとで、黒田三郎さんの詩を引用しました。







 「紙風船」   黒田三郎



落ちてきたら

今度は

もっと高く

もっともっと高く

何度でも

打ち上げよう

美しい

願いごとのように

こちらのHPに後藤悦次郎 が作曲し、フォークグループ「赤い鳥」がうたってヒットした『紙風船」のメロディが乗っていますので、勝手ながらご紹介させていただきます。

紙風船/うたごえサークルおけらhttp://bunbun.boo.jp/okera/kako/kami_fusen.htm




今日はこれにて。

小雨降る彼岸の野辺の花と虫、の巻 [折々散歩]

9月15日付の記事今年のヒガンバナ、の巻に、こんなことを書きました.

慣用句「暑さ寒さも彼岸まで」の説明です(外国人留学生のために施したふりがなは、煩雑になりますので割愛します)。

 【意味】夏の暑さも、秋の彼岸)ごろになれば、暑さもやわらぎ、冬の寒さも、春の彼)岸)ごろになれば、少)しずつ暖かくなってくるということ。
 【解説】お彼岸は、太陽の位置が、ちょうど、地球)の赤道付近を通るころで、夏と冬の中間の時期で、昼と夜の時間が同じになります。
お彼岸の中日に当たる、春分の日と、秋分の日のころが、一番、過ごしやすい時期です。
 【重要語の意味】
暑さ=夏に、気温)が上)がり、25度)以上)になり、汗がでるようになること。あついこと。
寒さ=冬に、気温が下)がり、10度以下になり、ふるえるようになること。さむいこと。
彼岸=春分の日3月21日頃と、秋分の日(9月23日頃)を中心に、前後3日間を含む、計7日間のこと。
まったくこれが当てはまって、今朝も肌寒い朝でした。 

ちょっと望遠レンズを付けて散歩しようかと思って準備はしたものの、雨が降り始めましたので、リュックを置き、傘を差しても持ち歩ける機材に持ち替えました。近くにあったpentaxq10+01STANDARD PRIMEレンズと、FujiFINEPIXS1です。前者はポケットサイズ、後者は防塵防滴仕様で、雨に強いと判断したためです。
今日のテーマは、秋を訪ねて、、、というようなものではなく、歩くことに意義があるという一点。
歩き始めから、ヒガンバナに出会いました。


後、歩く先々、いろいろな場所に咲いています。
どうもこの花は、撮影が難しく、どう写したらよいのかわかりません。
きょうは、Q10での画像だけをupすることにします。



















彼岸と言えば、お供えには、おはぎがつきもの。

萩の花も盛りです。


稔りの秋の田園風景です。











常山も、雲を抱いています。





秋と言えばコスモス。







ピンクのコスモス。























赤いコスモス







キバナコスモス。



吸蜜中のヒラタアブ。







トリミングします。















吸蜜中のイチモンジセセリ。















モンシロチョウ。







ヤマトシジミ。



01STANDARD PRIMEレンズは、標準系の単焦点レンズですが、かなりの近接撮影ができますので、疑似マクロ的な撮影ができます。小さなカメラですので、手を伸ばして相当近寄っても、虫がおびえないのはありがたいです。もちろんコンデジ相当の小さな受光体ですので、画質を云々するのは野暮ですが、それでもブログサイズならば十分見られるのではないでしょうか?

さて、同じくコンデジ相当のFuji FINEPIX S1ですが、広角から超望遠、マクロ撮影までこなすという万能カメラ。しかも防塵防滴で、迷わず常用すればよいところですが、「撮った」という会館が、今ひとつ微妙なところがあって、サブカメラ的な出番に甘んじています。でも、今日のような雨の日は重宝します。その画像は、次回にお届けする予定です。

今日はここまで。


年金裁判第2回公判傍聴雑感、の巻 [時事]

一昨日の9月20日(火)は、◇子どもが登校した後で警報を出されても困るわけよ、の巻の記事にも書きましたように、台風16号の影響で大雨警報が出されるあいにくのお天気でした。幸い孫たちは、学校待機で通常通りの授業ということになりましたので、私は当初の予定通り、「年金訴訟」の傍聴に岡山地方裁判所に向かいました。7月4日に開かれた公判(◇年金訴訟と朝日訴訟についてのおもいつくままの記事参照)に続いて、この日が第2回目になります。

9月20日付の地元紙「山陽新聞」(web版)が「『マクロ経済スライドは違憲』 岡山地裁へ県内年金受給者が提訴」という見出しで記事を載せていますので、引用させていただきます。

 物価や賃金の上昇幅より年金給付の伸びを低く抑える「マクロ経済スライド」の適用は実質的な年金減額に当たり、生存権を定めた憲法に反するとして、岡山県内の年金受給者203人が20日、国に1人千円の損害賠償を求める訴訟を岡山地裁に起 こした。マクロ経済スライドを巡る違憲訴訟の提起は全国で3カ所目。
 訴状によると、マクロ経済スライドは2015年4月に初めて適用され、過去3年度分の賃金の伸び率が2・3%だったのに、給付額は0・9%増に抑えられた。さらに、政府が14年に実施した財政検証は、マクロ経済スライドの適用で国民年金部分の削減率は43年度には29・3%になると試算している―と指摘。「健康で文化的な最低限度の生活」を定める憲法25条などに違反するとしている。
 岡山地裁では、物価が下がっても年給支給額を減額しないという特例の解消に対する訴訟も起こされており、原告側は両訴訟の併合審理を求めていく。提訴後の会見で岡山弁護団の古謝愛彦弁護士は「高齢者の生活を支える年金制度の意義を、訴訟を通じて社会に訴え、より良い制度づくりにつなげたい」と話した。

 厚生労働省年金局事業管理課は「マクロ経済スライドは法律にのっとった仕組みで適法。裁判で正当性を訴えていく」としている。




また、毎日新聞2016年9月21日 地方版でも、こうありました。
 年金の給付額の伸び幅を物価や賃金の上昇より抑える「マクロ経済スライ ド」の仕組みを適用したのは年金の実質的な減額となり、生存権を定めた憲法に反しているとして、県内の受給者約200人が20日、国に損害賠償を求める訴 訟を岡山地裁に起こした。原告1人当たり1000円の慰謝料を求めている。同様の訴訟は大阪、岐阜両地裁にも起こされているという。
 訴状などによると、マクロ経済スライドは2004年の年金制度改革で導入が決まり、昨年6月の支給分から初めて適用された。昨年度の年金給付額は、物価 指数などを基準にする「物価スライド制」によると2・3%増額されるはずが、0・9%増に抑えられ、「年金の価値の維持の放棄」などと指摘している。

 また、13年10月以降の減額について、差額の給付を求めて既に起こされた訴訟と併せて審理することも求めた。【林田奈々】

前回始まった公判では、2013年10月の年金減額を不当として争っているのですが、今回新たに、2015年4月に初適用されたマクロ経済スライドを違憲・違法として追加提訴に踏みきり(第二次訴訟)、二つの事案を併合して審理するよう求めています。

激しい雨風のなか裁判所のロビーを目指すと、県北の新見市、津山市と言った遠方の方を含め、次々とお集まりでした。久しぶりにお目にかかる方もおられますし、先日の学習会でお目にかかった方にもお会いし、「連日ご苦労さん」などと声をかけられます。新採用の頃に職場が近くでお世話になった先輩や、また別の職場でご一緒させていただいた先輩など、懐かしい顔もたくさん見えます。
現役時代お手本にして背中を仰いできた方々は、シルバーになっても、なおまだお手本です。そのことは、何の不思議もありませんが、いたく感慨を覚えます。
入廷に当たって、世間へのアピールのために裁判所の周縁道路を、横断幕を掲げてわずかな距離行進するのがならわしです。あの激しい雨風が収まって、うっすらと日差しがのぞくほどの瞬間がありました。これ幸いにと、当初の予定通り、入廷行進をおこなって、法廷に入ります。傍聴席は、今回も満杯です。

14時30分に予定通り始まった「口頭弁論」は、書面の確認や、新しい提訴の扱い、今後の日程など、もっぱら実務的やりとりに終始し、十分ほどの短時間で終わりました。
その後会場を移して「報告集会」が開かれました。

弁護団からの報告を聞いて、もっとも印象に残ったのは、原告側が求めた釈明に対して被告・国側の用意した準備書面が、実に不誠実な答えに終始していることでした。
二つだけ例示します。

その1
改正法の制定にあたり、「年金生活者の生活水準、生活実態、特例水準解消を理由に年金額を低下させることによる」具体的な「不利益の程度・内容」を取り上げて検討を行った記録は存在しない。

何が起ころうと知ったことではない、やりたいようにやるだけさ、というわけですな。

その2
 現時点において積立金が存在することを根拠に現在の年金受給者の年金額を減額しなかったとしても、将来世代の給付水準は下がらないなどと言った想定は、見通しの甘い非現実的な想定である。

あんたに言われたくないよ、という話です。庶民の虎の子の積立金を、リスクの高い国内外の株に投じて、5兆円もスッちゃったのは、さぞや見通しのきく、現実的な、家族泣かせの極道ギャンブラーではないですか。

問題は、ことあるごとに「将来世代」を引き合いに出して、世代間の対立をあおるいつもの手法。そんなに将来世代が気になるなら、安心して「老後」を迎えられる年金制度の確立に心血を注ぐべきでしょう。

「報告集会」で、記者さんの質問に答えて、弁護団から、一次訴訟と二次訴訟の関連、二次訴訟の意義について強調されていました(必ずしも記事には反映していないようですが)。

第二次訴訟の「マクロスライドは憲法違反」という点こそ、この訴訟の眼目。ただ、一次訴訟の段階では、まだ、マクロスライドが未実施だったので、物価低下を口実とする年金額引き下げの是非を争点としたとの由です。一人千円の国家賠償訴訟としたわけは、賠償金額が大きいと印紙代がかさむ(笑)ので、裁判所に違憲判断を迫ることにこそ意義がある。また、国賠訴訟にしたのは、手続きが簡便なため。大いに納得できました。

今日も雨。散歩に出ようかと準備している頃、七ヶ月の女の子を小3生が、傘を差してつれて来ました。長靴をはいて歩きたいのを、サポートして歩いてきてくれたらしいです。

きょうは、予定を変えて、熱帯魚水槽の清掃、ペットショップで新しくチェリーバルブ(小3の兄の選択)、ベタ(5才の保育園児の選択)を買ってきて.水槽に入れました。今日の写真は先日のストック写真です。

和気町自然保護センター、「虫の原っぱ」のばった、







また迷う、キアゲハ?ナミアゲハ?



















ニラの花に止まるツマグロヒョウモン♀











これなあに?地面に落ちて、蟻がたかっていました。



ヒメジャノメ。















今日はこれにて。

畑仕事と灰色の事務仕事、の巻 [折々散歩]

涼しい朝でした。

半袖では寒いくらいです。

台風前に、借りている畑の様子を見ておこうとのぞいて見たのが、一昨日の「敬老の日」、自然環境体験講演散歩の帰り。日常の服装ではこれは埒があかないと、長靴やら軍手やら鎌や鍬を夭死しに言った煮えの帰ったころに。娘から電話があり、七ヶ月の孫娘がやってくるというので、畑作業は中止することにしました。台風が去ったので、今朝、様子を見にいてみました。

こんな状態です。



前回行ったのはいつの時期でしたでしょうか。

サツマ芋の苗を植え付けて、活着するまで何度か水やりに行った頃でしたから、梅雨時分でしょうか。その後、余りの暑さにあしがむかいませんでした。

私のイメージの中では、多少は雑草が生い茂っていても、芋の葉がすくすくと茂っている、、、ハズでした。が、荒々しい雑草に蹂躙されて、どこに芋の葉があるのか、その影も見あたりません。

草とり作業を始めたのが八時前。画像に記録されたEXIFによると、8時52分とあります。

そして二時間後、涼しいとは言っても汗びっしょり、さすがに疲れて作業を終えました。

ビフォーア&アフターは、こんな具合。



まだまだ雑草がはびこっていますが、芋の葉も辛うじて姿をのぞけています。
芋の葉の上に、アマガエルがいましたが、作業を終えてカメラを持ち出した頃には、見失ってしまいました。個体数の追いツチガエルを写しておきました。



あと、カマキリ、テントウムシ、バッタなどが出迎えてくれましたが、さすがに疲れて、撮影する気力が沸きませんでした、

草を取り除いてみると、コスモスが咲いていたことに気づきました。



exifの記録は、9時51分でした。

今日の作業は、もう一つ。お手伝いしている年金者組合支部の会計処理。大の苦手分野です。領収書その他を整理して、一年間の決算と次年度予算を仕上げ、近く開かれる支部大会にそなえます。

せっかくの秋晴れを横目にしながら、室内での作業に追われて、今日は散歩ができませんでした。

この際ですので、何日か前のストック画像をご紹介します。

稲田のスズメです。





















これは?ヒバリ?クサヒバリ?



アオサギ。











ダイサギ。







ダイサギとアオサギ。
















子どもが登校した後で警報を出されても困るわけよ、の巻 [雑話]

台風16号の影響はいかがでしたか?被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

我が地方は、朝方はちょっと強い雨が降る程度でしたが、八時半過ぎた頃に警報が出されました。子どもたちはいつも通りに登校していますから、急遽閉校、下校ということになれば、ジイジの家に帰ってくることになります。

学校からは、勤務先のママのところに連絡が入るはずですので、それを受けて適宜対処しなければなりません。

スタンバイモードで待ち構えながら、ママとメールのやりとりをしていましたが、九時過ぎに学校から連絡があったらしく、小学生も中学生も学校待機で、平常授業をしながら様子を見て、台風の影響が薄らいだところで下校という方針だそうです。賢明な判断でしょう。

雨風が強まる中、子どもたちを下校させるわけにはいきますまい。

我が家の雨樋は、老朽化のため、大雨になると氾濫して軒下を水びたしにします。



玄関先の睡蓮蜂も雨だれが面白い波紋を描いています。







ここには金魚とメダカがいましたが、この夏の日照りで大部分が死にました。小川から網ですくって捕ってきたメダカが、わずかに数匹、生き延びています。放っておくとボウフラが大繁殖しますので、それを餌にする小魚が住んでいてくれることはありがたいのです。



庭の片隅に、こぼれ種から育ったホセンカが、ヒッソリ花を咲かせています。



以前こんな記事を書きました。◇紅(くれない)の翼広げる鳳(おおとり)の想いを知るや汝(な)は鳳仙花

一部引用させていただきます。








朝鮮半島では鳳仙花で染めた爪が初雪が降るまで残っていれば恋がかなうという、ロマンチックな言い伝えがあるそうです。
沖縄では「てぃんさぐ」と呼ばれ、民謡「てぃんさぐぬ花」に歌われています。

ホウセンカを歌った歌は数多く、私などはまず、


      「悲しいですね 人は誰にも
   明日流す涙が見えません」


     と歌い始め


     「ほうせんか 私の心
   砕けて 砕けて 紅くなれ
   ほうせんか 空まであがれ
   あの人にしがみつけ」


と繰り返す、中島みゆき「ほうせんか」(作詞作曲 中島みゆき)を真っ先に浮かべます。

加藤登紀子が歌う「鳳仙花」は哀調を帯びたメロディが心に残ります。










  赤いほうせん花 お庭に咲いたよ
    灼けつく夏の日 暑さも知らずに
    かわいい娘は 爪先染めたよ


    赤いほうせん花 お庭に咲いたよ
    やがて夏去り 秋風吹けば
    ほうせん花種蒔け 遠くへはじけよ



この曲は「洪蘭坡」(ホン・ナンパ)というヴァイオリニスト・作曲家としても著名な、朝鮮人音楽家の作曲だそうです。

彼は1897年生まれで、植民地時代の1917年から日本にわたり、東京音楽学校で学びますが、3・1独立運動(1919年)を機に帰国し、独立運動に参加しました。独立運動は弾圧を受けて挫折しますが、1920年、「哀愁」というヴァイオリン独奏曲を作り、5年後に友人である声楽家、金享俊(キム・ヒョンジュン)が詩をつけたのが「鳳仙花」でした。それは四季折々の鳳仙花の姿に寄せて、日本の植民地支配の下で苦しむ朝鮮人の哀しみと、春風とともに蘇る鳳仙花になぞらえて祖国独立への希求を歌ったもので、人々に深く愛唱されたそうです。そのことがもとで、日本の官憲から、日本の朝鮮支配に抵抗する危険人物として日常的に監視されるとともに、軍歌の作曲や軍歌の指揮・演奏など、その意に反して日本軍国主義への協力を強要されたのでした。この肉体的、精神的苦痛のため、太平洋戦争開戦間近の1941年、43歳の若さで亡くなりました。彼の生涯については、「中央日報」のこの記事がよく伝えています。

2005年には、「日本統治時代に親日活動を行なった人物」として「第1回親日派人名簿」に掲載され、日本統治時代の強いられた協力をとがめられたのは、いたわしい事でした。


その後、家族らの異意申し立てなどにより2009年には、親日名簿から除外されたそうですが、去年の秋には、「蘭坡音楽賞」の候補に選ばれた作曲家のリュ・ジェジュン氏やソプラノのイム・ソネ氏が、「親日派音楽家の名で賞を受けたくない」として受賞を拒否した(この記事参照)と伝えられるなど、国民感情は依然複雑なようです。占領する側、支配する側が、とっくに忘れてしまった歴史の記憶を、踏みつけにされた側は、やすやすとは「水に流す」わけにいかないということでしょう。


1
かきねの鳳仙花 燃え立つ夏の日
可愛い少女は お前の花びら見つめ
微笑む 麗しい鳳仙花
2
季節は巡り 秋風吹いて
お前の真っ赤な 花びら奪って
哀れな鳳仙花 目をとじ眠る
3
凍てつく大地に お前は眠る
平和な世界を 夢見て
春風吹けば もいちど

目を覚ませ 鳳仙花




「赤い花なら曼珠沙華」と、先日来ヒガンバナ。曼珠沙華を話題にしていますが、我が家の庭では白いヒガンバナがすっかり開花していました。







世話もしないのに、毎年律儀に咲いてくれます。

子どもたちが学校で面倒を見てもらえるようなので、午後は予定通り、年金裁判の傍聴に出かけることにしました。そのご報告は、次回といたします。

今日はこれにて。

また、イタチ?の巻 [今日の「これなあに」?]

きのうの午後は、年金問題の学習会に参加してきました。
昨年結成された「年金裁判を支援する会」の第二回総会が開かれ、それに先だって一時間半ほどの記念講演があったのです。
昼食を早めに摂って、家を出たのは正午よりもかなり前。このまま普通にゆくと早く着きすぎるかなと、時間調整のつもりで古本屋と新刊書店とが併設されている書店に立ちよりめぼしい本を物色。目下の興味は、成人の外国人をその年齢にふさわしく敬意を表しながら、日本語の初級・中級程度の学習をサポートする教材の調達、、、。
これがなかなか帯に短し襷に流しです。

「日本語能力検定試験用」をうたった教材は、確かに何種類か出版されており、私も入手して使用するのですが、なかなかウマク使いこなせません。当然と言えば当然ながら実用的方面に傾いたものがおおく、せっかくの機会なので文化の橋渡しを、などと欲張って、補足の意味で多様な文章を取り混ぜて提供してみますが、「帯に短し襷に長し」で、空回りに終わります。いっそ、割り切って、実用的な知識・技能の提供に専念すべきかと、再三反省しますが、これまた力の限界を感じます。「教授力」を上回る「教材の力」で、学習者を引きつけ向上せしめるような、適切な教材はないだろうか、とない物ねだりを繰り返している次第です。

さて、くだんの書店の古本屋のスペースには.さすがにめぼしいものは見つからず、やむを得ず新刊書のエリアに向かいます。日本語学習の書籍をパラパラめくってみますが、すでに手元にあるものと大同小異にすぎません。で、覗いてみたのが、小中学生の学習参考書・問題集のコーナー。各出版社から出されている各学年用のものをあれこれ探ってみますが、学習者の日本語レベルは、小1・小2相当の教材が適切かと思われる人たちから、おそらく高校生・一般向け日本語レベルが相当と思われる人たちまで、多様です。日本語の言語的能力はそうであっても、小1の子ども向けの文章内容を提供して、「読解」をもとめるのは、いかにも生活年齢に反していて、教材として無理があるはずです。

というわけで、前回の授業では、小4教科書に採用されていることの多い新美南吉「ごんぎつね」を使ってみましたが、少なくない学習者が、ストーリーの出だしの部分で興味を失っている空気を感じました。それは漢字や言い回し、語彙などの言語的抵抗のせいかもしれませんし、逆に『童話』という教材に伴う心理的抵抗感のせいかもしれません。当人の意見をリサーチしないで、ああでもない、こうでもないとくよくよしているのは、埒のあかない悩みですが、ままよ、こんどは、絵本の挿絵も見せながら、もう一回、クライマックス場面は読んでみようと思っています。

そんなことを思いながら、小3生用の教材をめくっていましたら同じ新美南吉の「手袋を買いに」の文章と問題が、何題か含まれている問題集を見つけました。他にも、完全に児童用とばかりは言えない文章が載っていて、使えそうです。思案の挙げ句、これを手にとってレジに向かいます。たかだか一〇〇〇円以下の商品ですが、財布には数枚のコインしかなく、しかも代金に足りません。クレジットカードがないわけでもないのですが、数百円の買い物にクレジットを使うかなあ、と迷い始めたのと、レジ前の行列がなかなか短くならないのとで、結局購入を断念。本を元の売り場に戻しに行って、すごすごひきあげました。

そんなことをしているうちに、意外に時間を費やしていて、しかも、雨のためか道路がかなり混雑していて、会場に着いた時には、講演は始まっていました。

昨日の記事にも書きましたが、講演は、龍谷大学教授・田中明彦先生による「年金裁判と年金制度のあり方」。

先ほど述べたような次第で、かなり遅れて会場に入ったのですが、講演レジュメの「はじめに」の途中でした。

先生によると、大学での授業では、学生がこれほどに関心を示してくれないが、会場の皆さんの熱心な視線に鼓舞されて、予定の配分以上に「はじめに」が長くなってしまったのだそうです。幾分かはリップサービスだとしても、そのお気持ちはよくわかります。話が相手の心にしみこんでいるかどうかは、話していてよくわかりますから。

さて、講演の内容は、レジュメ24ページにわたる本格的なもので、わずかなスペースで紹介することはできませんし、またそれほどの理解もできていませんが、メモを元に印象に残った点だけを箇条書きさせていただきます。

◇高齢者をはじめとする国民・住民の貧困の拡大ーーー10年前は「格差」と言ったが、今は「貧困」。(「貧困」は死語ではなかったんだ!)

◇OECD諸国中、日本は相対的貧困率が応対的貧困率が四番目に高い。メキシコ、トルコ、アメリカに次いで、四位の「貧困大国」。(格差大国アメリカに猛接近!政情不安の諸国に肩を並べる大奮闘!

◇日本に「年金生活者はいない」!(欧米では「年金生活」と「悠々自適」は同意義だそうな。

◇生活保護基準のあいつぐ切り下げ、、生活保護行政における水際作戦による門前払いと受給世帯における高齢者世帯の増大。国側は、「最後は生活保護があるから年金が下げられても良いだろう」と言うが、、、。

「生涯現役社会、一億総活躍社会」の提唱は、「死ぬまで働け、国に頼るな」

◇公的年金の目的は、生存権の保障にある。

「国民年金制度は、日本国憲法第二五条第2項に規定する理念に基づき老齢、障害または死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の協同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持および向上に寄与することを目的とする」(国民遠近法)←日本国憲法二五条は、第1項において「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定し。第2項では、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障、および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない」と定めている。(国の義務をここまで具体的に定めた憲法は、世界でも希有だそう。これを骨抜きにしたい気持ちは、想像がつく?)

◇憲法12条「不断の努力」、97条「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」と明記されている。「努力」は、「闘争」と読むべし!

いちいち、腑に落ち、久々に知的興奮を伴うひとときでした。

台風16号接近に伴い、今日は朝から雨の予報ですが、降り始める前にと少々散歩してみました。

手軽に訪れることのできる近隣の公園として、自然環境体験講演を散歩してみようかと思いついたのですが、開園は午前九時でした。ちょっと早く着きすぎたので、すぐ近くの児島湖周縁のいつもの散歩道を歩いてみました。

常山が雲に覆われています。



市内中心部方面の眺望です。



道ばたのこの小さな白い花は?朝顔の一種でしょうか?



ホオジロも見えました。



ヒガンバナ(曼珠沙華=マンジュシャゲ)も、花盛りです。







ふと水辺を見ると、、、きょうのこれなあに?







イタチでしょうかねえ。

確かに以前、この記事で書いたのとごく近い場所なのですが、、.印象が少し違うような感じがします。鼻先、首回りの白毛のせいでしょうか?

◆一間(6尺)の大イタチ?の巻

午後は七ヶ月の孫娘とその母親(私の長女)がやってきて、しばらく遊んで帰りました。ムコ殿は県外出張で帰りが遅いそうで、、、台風の針路に近い西の方への出張ですが、影響はいかがかと、気になります。 

今日はここまで。


雨の日曜日、一昨日のカワセミなどご紹介、の巻 [折々散歩]

今日は朝から降ったりやんだり。

今し方、少し雨脚がつよくなりました。

雨降りで退屈した孫兄妹が、遊びに来て、ひとしきり牛乳パック工作をしたり、気ままに「トムとジェリー」のビデオ鑑賞をしたりしていましたが、今帰りました。

午後は、「年期裁判を支援する会」の学習会に参加の予定です。講師は、社会保障法を専門とされる田中明彦龍谷大学教授。テーマは「年金裁判と年金制度のありかた」。その辺、至って疎い、門外漢の私にも、すこしは「いろは」から理解できるでしょうか?

カメラ散歩はあきらめて、今回記事もストック画像のご紹介です。

先日金曜日に訪ねた後楽園で、姿を見せてくれたカワセミです。

本命の鳥には会えませんでしたが、十分満足な出会いでした。

たくさん写しましたが、比較的見栄えの良さそうなものを、トリミング画像で紹介します。























何度かホバリングもして漁を見せてくれましたが、その瞬間はいつものようにチャンスを逃したり、ぶれぶれで証拠写真にも成らないありさまでした。

ゲットした小魚が映ってるのはこれくらいでしょうか。







以下、フォト蔵にアップした画像を少しだけ掲載します。拡大画像をごらんいただけます。

九月の岡山後楽園のカワセミ

九月の岡山後楽園のカワセミ posted by (C)kazg 九月の岡山後楽園のカワセミ

九月の岡山後楽園のカワセミ posted by (C)kazg 九月の岡山後楽園のカワセミ

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今日はここまで。

孫たちと「専門外の」講演会を聞きに行きました、の巻 [折々散歩]

今日は蒸し暑い一日と思ったら、午後は強い雨がありました。

台風16号の影響が出始めているのでしょうか?

ムコ殿がチケットをたくさん買ったというので、娘夫婦と七ヶ月の孫に混じって、ジイジと中1、小3の孫も柔道家古賀稔彦氏の講演を聴きに行きました。

まずは、ファミレスでリッチな腹ごしらえ。















孫二人も、それぞれ、ちゃんと大人一人前を完食。大したものです。



これは後援会の案内チラシのコピーです。



ソウルオリンピックでは、優勝候補とされながら、3回戦敗退。バルセロナオリンピックでは、直前の練習で左膝に大けがをし、痛み止め注射を打ちながら、見事金メダルを獲得。つづくアトランタオリンピックでも銀メダルを獲得するなど、伝説的な選手時代から、引退後も、指導者として谷本歩実選手を金メダルに導くなどの実績の持ち主。そのお話には、道を究めた人の到達しうる真理を見ることができ、興味深くお聞きしました。

柔道はもとより、スポーツ一般も、無縁の衆生 でしかない私ですので、感想はここまでとしますが、孫たちにとっては、少々難しいが、良い刺激であったようです。

今日掲載の写真は、昨日の後楽園散歩で撮影した、キセキレイとセグロセキレイです。

岡山後楽園のキセキレイ

岡山後楽園のキセキレイ posted by (C)kazg 岡山後楽園のキセキレイ

岡山後楽園のキセキレイ posted by (C)kazg 岡山後楽園のキセキレイ

岡山後楽園のキセキレイ posted by (C)kazg

岡山後楽園のセグロセキレイ

岡山後楽園のハクセキレイ posted by (C)kazg

岡山後楽園のセグロセキレイ

岡山後楽園のセグロセキレイ posted by (C)kazg



岡山後楽園のセグロセキレイ

岡山後楽園のハクセキレイ posted by (C)kazg 



きょうはこれにて。


コサメビタキでしょうか?の巻 [今日の「これなあに」?]

久しぶりに、岡山後楽園を散歩しました。

前回訪ねたねたのは、梅雨入りの頃でしょうか?

下の記事で書いた、菖蒲や紫陽花が盛りで、古代蓮(大賀ハス)が咲きはじめたころだったとおもいます。思えばご無沙汰したものです。

◆カメラ手に順番待ちの菖蒲池

今回の訪問の、一番のきっかけは、ある珍鳥が見られるかも、という情報をいただいたためです。そういえば昨日の記事でも書きましたが、この季節、毎年のように後楽園散歩を楽しんでいます。

3年前も◆続 今日の「これなあに?」、去年も、◆嘆けるか 怒れるか はた?百舌鳴かず等の記事を書いたのがこの時分です。一昨年は?大腿骨骨折で入院していた父親の見舞いなどで、時間を費やしていました。おかげさまで、いまは回復して、元気です。

いつものように岡山城を眺めながら周縁の遊歩道を歩きます。















気温はまだ高いのですが、入園してみると、緩やかに秋色が進んでいるようです。


ガンバナは、今年も咲いていました。







鯉の緋色も鮮やかです。





園内からの岡山城の眺めです。







手前の井田には、稲穂が頭を垂れています。



ところで、今日は、こんな物騒なニュースが流れました。

地元紙「山陽新聞」web版から引用します。







 16日午前10時ごろ、岡山市の岡山放送から、「『岡山城の天守閣に爆弾を仕掛けた』とのメールが送られてきた」と岡山中央署に通報があった。

 同署員らが城内を捜したが同日正午現在、不審物は見つかっていない。同署によると、メールは午前9時40分ごろ送られてきたとみられ、悪質ないたずらとみて威力業務妨害容疑で送信者を調べている。

 岡山城を管理する同市は観光客の入場を制限。城の入り口などに「閉館しました」と張り紙をし、職員が観光客に対応した。天守閣にいた約20人は外に避難させた。

ちょうど、園内からお城を眺めていた頃かもしれません。

世界中に頻発する無差別テロはもってのほかですが、それに乗じた爆破予告も、「悪戯」とは呼べません。

同じ岡山市で、2月には、こんなニュースもありました。







  岡山市に29日、「市内の中学校に高性能な爆弾を仕掛けた」とする爆破予告のメールが届いた。市教委はすべての市立中学校38校と、同じ敷地にある小学校・高校3校で児童・生徒計2万345人を一斉下校させた。岡山県警は威力業務妨害容疑で捜査を始めた。

 市教委によると、2月29日午前8時半ごろ、爆破時間を「29日午後11時20分」とするメールが同日未明に届いていたのを確認。県警に通報し、午前11時20分に爆発する可能性もあるとして、市内各校に下校を指示した。また、全教職員を校外に一時避難させた。1日は通常通り生徒らを登校させる予定にしている。

 県警は、各校の校舎や学校周辺で不審物がないか調べている。市消防局も消防車を各消防署に待機させ、警戒を続けている。(朝日新聞digital)

どうせ愉快犯で、実害はないだろう、と警戒心が鈍磨しがちなのは、怖いことです。

さて、後楽園訪問の本来の目当てである本命の珍鳥には結局出会えませんでした。残念。

ヒ目星の場所には、すでに大筒カメラを携えた先客が3名ばかり。また他にも、あちらこちらに鳥撮りカメラマンの姿が見えます。

先客の方にお聞きすると、コサメビタキ、サメビタキ、エゾビタキが姿を見せているとのこと。

それらしい撮り影が見えましたので、やみくもに写しては見たのですが、さてこれなあに?







































本命には会えませんでしたが、満足しています。

さらに満足を高める出会いもありました。それは次回。

今日はこれにて中締めといたします。

今年のヒガンバナ、の巻 [折々散歩]

今日は、アルバイト出勤日です。

朝、七時過ぎに家を出ましたが、渋滞に引っかかり、職場に着いた時には八時半を回っていました。一時間を超える運転をしての出勤は、まれなことでもないのですが、少々心身にこたえます。

今年の私のアルバイトは、アジアからの留学生に「日本語読解」の手ほどきをする仕事ですが、なかなか一筋縄ではいきません。

毎回、教材を考えて作っていきますが、問題意識がかみ合わず、空振りつづきで悩んでいます。

今日の教材はこんなのです。

gongitunemondai.jpg

 


問一 傍線部①~⑤の漢字の読み方をひらがなで書きなさい。

問二 次の解説を参考に、空白部【A】に適切な漢字二字を入れて、慣用句を完成させなさい。
  【意味】夏(なつ)の暑(あつ)さも、秋(あき)の彼(ひ)岸(がん)ごろになれば、暑(あつ)さもやわらぎ、冬(ふゆ)の寒(さむ)さも、春(はる)の彼(ひ)岸(がん)ごろに
なれば、少(すこ)しずつ暖(あたた)かくなってくるということ。

 【解(かい)説(せつ)】お彼(ひ)岸(がん)は、太(たい)陽(よう)の位(い)置(ち)が、ちょうど、地(ち)球(きゆう)の赤(せき)道(どう)付(ふ)近(きん)を
通(とお)るころで、夏(なつ)と冬(ふゆ)の中(ちゆう)間(かん)の時(じ)期(き)で、昼(ひる)と夜(よる)の時(じ)間(かん)が同(おな)じになります。
お彼(ひ)岸(がん)の中(ちゅう)日(にち)に当(あ)たる、春(しゅん)分(ぶん)の日(ひ)と、秋(しゅう)分(ぶん)の日(ひ)のころが、一(いち)番(ばん)、過(す)ごしやすい時(じ)期(き)です。

 【重(じゅう)要(よう)語(ご)の意(い)味(み)】

暑(あつ)さ=夏(なつ)に、気(き)温(おん)が上(あ)がり、25度(ど)以(い)上(じょう)になり、汗(あせ)がでるようになること。あついこと。

寒(さむ)さ=冬(ふゆ)に、気(き)温(おん)が下(さ)がり、10度(ど)以(い)下(か)になり、ふるえるようになること。さむいこと。

彼(ひ)岸(がん)=春(しゅん)分(ぶん)の日(ひ)(3月21日(にち)頃(ごろ))と、秋(しゅう)分(ぶん)の日(ひ)(9月23日(にち)頃(ごろ))を中(ちゅう)心(しん)に、前(ぜん)後(ご)3日(か)間(かん)を
含(ふく)む、計(けい)7日(か)間(かん)のこと。

問三 本(ほん)文(ぶん)の記(き)述(じゆつ)を参(さん)考(こう)にして、ヒガンバナの別(べつ)の呼(よ)び名(な)を六つ書(か)きなさい。

問四 本(ほん)文(ぶん)を読(よ)んで、ヒガンバナの特(とく)徴(ちよう)としてふさわしいものをすべて、次(つぎ)から選(えら)び、記(き)号(ごう)で答(こた)えなさい。

ア 赤(あか)い花(はな)が咲(さ)く。

イ 葉(は)っぱが大(おお)きく茂(しげ)ってから花(はな)が咲(さ)く。

ウ 墓(ぼ)地(ち)の周(しゆう)辺(へん)によく咲(さ)いている。

エ 彼(ひ)岸(がん)の頃(ころ)に植(う)えると美(うつく)しい花(はな)が咲(さ)く。┘

オ 春と秋の彼岸の頃に咲く。

問五 二重傍線部a~cの意味としてふさわしいものをそれぞれ選び、記号でこたえなさい。

a「周辺」    

ア上(うえ)の方(ほう)  

イ下(した)の方(ほう)  

ウ離(はな)れたところ

エまわり   

オ中(ちゆう)心(しん)部(ぶ)



b「あでやかに」 

ア華(はな)やかで美(うつく)しい様(よう)子(す)に     

イ色(しき)彩(さい)が鮮(あざ)やかで派(は)手(で)そうに

ウもの静(しず)かで控(ひか)えめな様(よう)子(す)に  

エ不(ぶ)気(き)味(み)な様(よう)子(す)で  

オ勢(いきお)いが盛(さか)んな様(よう)子(す)で



c「不吉」

アいかにも不(ふ)幸(しあわ)せそうなこと

イよくないことが起(お)こりそうな兆(きざ)しがあること     

ウ姿(すがた)に似(に)合(あ)わない様(よう)子(す)  

エ強(づよ)くて頑(がん)丈(じよう)そうな

オ少(すこ)しも嬉(うれ)しくないこと


3年前のこの記事◆続 今日の「これなあに?」をつかってみたのですが、、、。

今ひとつノリがわるいですかな?

そして2時間目は、「新美南吉の『ごんぎつね』で、ヒガンバナが登場するのはこの場面です。」として、次の部分を引用したほか、「ごんぎつね」の一部を紹介しました。

 「ああ、葬(そう)式(しき)だ」

と、ごんは思(おも)いました。

「兵(ひょう)十(じゆう)の家(いえ)のだれが死(し)んだんだろう」

お昼(ひる)が過(す)ぎると、ごんは、村(むら)の墓(ぼ)地(ち)へ行(い)って、六(ろく)地(じ)蔵(ぞう)さんの陰(かげ)に隠(かく)れていました。いいお天(てん)気(き)で、遠(とお)く向(む)こうには、お城(しろ)の屋(や)根(ね)瓦(がわら)が光(ひか)っています。墓(ぼ)地(ち)には、彼(ひ)岸(がん)花(ばな)が、赤(あか)い布(ぬの)のように咲(さ)き続(つづ)いていました。と、村(むら)の方(ほう)から、カーン、カーン、と、鐘(かね)が鳴(な)って来(き)ました。葬(そう)式(しき)の出(で)る合(あい)図(ず)です。

やがて、白(しろ)い着(き)物(もの)を着(き)た葬(そう)列(れつ)の者(もの)たちがやって来(く)るのが、ちらちら見(み)え始(はじ)めました。話(はな)し声(ごえ)も近(ちか)くなりました。葬(そう)列(れつ)は墓(ぼ)地(ち)へ入(はい)って来(き)ました。人(ひと)々(びと)が通(とお)った後(あと)には、彼(ひ)岸(がん)花(ばな)が踏(ふ)み折(お)られていました。

ごんは、伸(の)び上(あ)がって見(み)ました。兵(ひょう)十(じゆう)が、白(しろ)い裃(かみしも)をつけて、位(い)牌(はい)を捧(ささ)げています。いつもは赤(あか)いさつま芋(いも)みたいな元(げん)気(き)のいい顔(かお)が、今日(きよう)は何(なん)だかしおれていました。

「ははん、死(し)んだのは兵(へい)十(じゆう)のおっ母(はは)だ」

ごんは、そう思(おも)いながら、頭(あたま)を引(ひ)っ込(こ)めました。(「ごんぎつね」より)

心づもりとしては、

①「ヒガンバナ」「曼珠沙華」の姿と名前を覚えてほしい。

②「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句を実感してほしい。

③「ごんぎつね」に触れてほしい。

といった程度なんですが、なかなか難しいですね。

今年も、数日前からヒガンバナを見るようになりました。

昨日の散歩で写したのはこれ。

pentaxk10+kenko400mmミラーレンズの組み合わせですから、写りよりも記録性に力点があります(笑)



ところで、「暑さ寒さも彼岸まで」といったものの、朝方はまだしも、午後になるにつれて蒸し暑さに悩まされました。

昨日の散歩で写したpentaxk10+kenko400mmミラーレンズの画像をまとめて載せておきます。うん、なかなか味がある、、、、ということにしておきます。
用水の土手にたたずむアオサギ。



沢地のダイサギ。



ヒャクニチソウに遊ぶナミアゲハキアゲハ。









並木に止まるルリタテハ。



ニラの花に止まるツマグロヒョウモン♂



草むらに休むバッタ。



今日はこれにて。

高鳴きの百舌の孤独を想いみん [折々散歩]

ここ2、3日、モズの高鳴きを聞きます。

昨日の朝は、隣の家のアンテナの上で鳴いていました。

モズを話題にした主な過去記事は、去年(2015年)の9月16日付◆嘆けるか 怒れるか はた?百舌鳴かず

2014年の9月15日付◆高鳴きもはにかみがちの今朝の百舌

また2013年には9月29日 付◆ムクドリとモズが我が家の窓から見えました。

10月27日付◆野分去って冬近づきぬ足早に 

等があります。
あのけたたましい高鳴きは、おかすべからざる縄張りの宣言だそうですね。自己の生存のために譲ることのできないテリトリー争いの所産ながら、一抹の寂しさを感じているのではありますまいか。
今日は、雨のちくもりの予報でしたが、降り始める前にと朝のうちに散歩に出ました。
気まぐれに、pentaxk-r+kenko400mmミラーレンズをもって歩きました。400mmとしてはコンパクトで、小さなバッグに収まり、何か面白そうに感じるのですが、今日のような薄暗い曇りの日にF8の絞りではちょっと辛いかもしれません。
RICOHGX200も持って行きました。





分厚い雲です。
kenko400mmだと、こんな感じ。
澪標に鵜が二羽、水面の小枝にダイサギが二羽いますが鮮明ではありません。

トリミングしてみます。

鵜と鷺と暫し寛ぐ澪標
かなり遠くのダイサギがこの程度の大きさに写ります。ノートリミングです。



マニュアルフォーカスですし、ピントの範囲も微妙に薄いので、遠いもの、小さなものには、ピント合わせに苦労します。腕を棚に上げて言いますが、描写性能もそれなりです。400mmなのに、皮肉なことに、遠くのものを写すには適していないのかもしれません。
むしろ、近くのものをマクロレンズ的に、クローズアップレンズ撮影するような用途に使えるかもしれません。

でも、それなら他のレンズより有利かというと、難しいところです。
日頃持ち歩いている組み合わせでの画像を見てみます。
たとえば、おなじpentaxk-rにシグマAPO70-300mmで写したバッタ。
「テレマクロ」が効きます。しかも、オートフォーカスです。

また、先日持ち歩いたOLYMPUS E3+zuikoDIGITAL ED 70-300mmに1.4×テレコンEC-14をセットで撮影。ややトリミングします。

ひまわりにミツバチ。

ややトリミングします。

セグロセキレイ。



ヒバリ?

栴檀の木に止まるダイサギ。

柿の木に止まるダイサギ。

ダイサギの飛翔。

この組み合わせも、オートフォーカスが効きますから、こんな大きな対象物だとピントを合わせやすいですね。やや重い、と言えなくもありませんが、小さいバッグに十分収まります。というわけで、今朝の組み合わせは、自然と出番が少なくなるのです。
今日はここまで。

洒落にもならぬ911の119、の巻 [今日の暦]

身の回りのことであれこれしている内に、ブログ更新が滞っています。

前号記事が9/11付けでした。

9.11のできごとについて書きかけていました。

このブログを始めたばかりの2013年の9月に、こんな記事を書きました。

◆もうひとつの911

 今日、9月11日は、サルバドール・アジェンデ大統領の命日!です。1973年、あれからもう、40年になるのですね。

wikiの「チリクーデター」の記事から引用します。
東西冷戦の最中の1970年、サルバドール・アジェンデ博士を指導者とする社会主義政党の統一戦線である人民連合は自由選挙により政権を獲得し、アジェンデは大統領に就任した。なおこれは、南アメリカにおいて自由選挙で社会主義政党が選ばれた初めての例であった。
しかし、アジェンデ政権の行う社会主義的な政策に富裕層や軍部、さらにドミノ理論による南アメリカの左傾化を警戒するアメリカ合衆国は反発し、アメリカ政府に支援された反政府勢力による暗殺事件などが頻発した。そして、遂には1973年にアウグスト・ピノチェト将軍らの軍部が軍事クーデターを起こした。
首都のサンティアゴは瞬く間に制圧され、僅かな兵と共にモネダ宮殿に篭城したアジェンデは最後のラジオ演説を行った後、銃撃の末に自殺した。クーデター後にピノチェトは「アジェンデは自殺した」と公式に発言したが、実際にはモネダ宮殿ごと爆破されたため、当時は誰も遺体を確認できなかった

(中略)

なお、一般に「9・11」というと、2001年のアメリカ同時多発テロ事件を指す事が多いが、ラテンアメリカでは1973年のチリ・クーデターを指す事も多い。 

ピノチェト率いるクーデター軍に包囲され、激しい銃撃を受けながら、アジェンデは勇敢に最後のラジオ演説を行います。私は、学生時代、この最後の演説が録音されたテープを手に入れ、銃声が響く中、毅然として国民に静かに訴えるアジェンデの肉声を心に刻みました。選挙で選ばれたアジェンデ人民連合政権は、当時の若者達にとって希望の灯台でしたが、初めて聞いた大統領の肉声が、最後の声とは、皮肉なことでした。
ユーチューブに「アジェンデ最後の演説日本語字幕つき」を見つけました。

http://www.youtube.com/watch?v=SG3f08LVwhE


一方のアメリカ同時多発テロから、すでに15年。感慨を禁じ得ません。

このテロを契機として、アメリカはアフガニスタン侵攻、ひきつづくイラク戦争につきすすみますが、それはテロの根絶に結びつかないばかりか、新たな憎悪の連鎖、報復の連鎖を生み、その泥沼から抜け出す道を人類は未だ見いだしていません。

これまでも、繰り返し引用しましたが、当時書いたこんな記事が、なお過去のものになっていないことは、痛ましい限りです。


◆ジャイアンとスネ夫に関する覚え書き、の巻


 2003.2.15

それにしても、イラク・朝鮮半島情勢は、人類史を逆戻りさせる愚劣さです。「ならず者国家」を成敗する先頭を、一番のならず者が突っ走るの図。泣くに泣けず笑うに笑えぬ出来損ない笑劇に、どこまでつきあわねばならないのでしょうか?

「空爆」は、民衆の側から見れば、「空襲」です。逃げまどう民衆を念頭に入れないアメリカの視点は、ベトナム以来変化なしということか?「戦場」が常に自国の外にあったアメリカにとって、逃げまどう民衆の姿はイマジネーションの限界の外にあるのかもしれません。

では、日本の姿勢はどうなの?「悪い政府」の統治下であろうがなかろうが、各地の大空襲とヒロシマ・ナガサキの辛酸を嘗めた日本の民衆の視座からは、「空爆やむなし」の結論は、生まれる余地のないもの。にもかかわらず、NATO傘下のヨーロッパ諸国に比べてさえもふがいない追随三昧。嘆かわしい限りです。

2003.2.26 

フランスのリベラシオン紙のコラムは、ブッシュを裸の王様にたとえたと言います。前々からそう思ってました。「王様は裸だよ」の声を、率直に伝えてあげる方が忠義かつ親切というものでしょうに。「お美しい」「お似合いでげす」のおべっかを、自分ばかりか周囲にも強要する幇間(太鼓持ち)の罪は如何?リンク集を緊急編成しました。

2003.4.20 ブッシュさん、3歳児をひねりつぶして、「勝った勝った」と誇っても、誰も腹でケーベツするだけ。ただ、手のつけられない乱暴者のやることだから、顔をしかめて黙って見ているまでのこと。

でも、ブッシュさんは気づいているのかしら?あなたに突如「ならず者国家」の烙印をおされ、第2第3のイラクとしての標的にさらされるおそれを感じている国々が、このイラク戦から何を学ぶか?について。

「力こそ正義」という、ブッシュ流の新しい(実は西部開拓時代以前の未開野蛮な)むき出しの力の政策の前では、国連中心の国際秩序を誠実に遵守することは愚挙であり、ましてや国連査察に誠実に応じたり、大量破壊兵器の廃棄など馬鹿正直に実行するなどもってのほか。細菌兵器、化学兵器、核兵器、無差別テロ攻
撃・・・いずれをとわず、物量に勝るアメリカに「軍事的」に対抗する道すなわち無限の軍拡の連鎖、憎悪と報復の連鎖への道をひた走るしかない、と、向こう見ずな破滅的な決意を促したに違いないことを。

ブッシュ=アメリカをジャイアンに喩えた人がいました。ジャイアンは、自分のコンサ-トを誰もが歓迎しているに違いないと信じているのでしょうね。メーワクに感じながら、「いや」と言い出せないのは、ジャイアンに正義が存するからではなく、彼の腕力をはばかる故であることは、誰もが知っています。知らぬはジャイアン一人でしょう、かわいそうなジャイアン。

そして、ジャイアンの正義は、彼の腕力を上回る力(ドラエモン由来の)によってついえ去るしかないのです。ジャイアン少年は、心底、真の友情を求めながら、たまたま他を圧する腕力と粗暴さを備えていたが故に、怯えと追従と憎しみをもって遇されるしかなかったのです。もしも彼が、平凡な腕力の少年であったなら、その純朴な個性はより好ましい輝きを増し、周囲から真に愛され、好ましい友情を獲得できたに違いないのに・・・。

リンカーンの国、ホイットマンを生んだ国、民衆愛と寛容な民主主義の伝統ある朗らかなアメリカが、なぜこんなにも野蛮で狭量なふるまいしかできないのでしょうか。ベトナム戦争への苦い反省も忘れたかのように。ソ連、東欧の自滅をへて、対立軸を失い、「一人勝ち」してしまったことの不幸なのでしょうか?ジャイアンの不幸、孤独との相似が、なにやら真実味を帯びてきました。



また、今年7月、◆英チルコット委員会報告で際だつ日本の頬被り体質?の巻では、こう書きました。

アメリカでは独立調査委員会が2005年3月、イラクの大量破壊兵器(WMD)の問題を巡る米情報機関の判断は『完全に過っていた』とする報告書を公表しました。

オランダでは、独立調査委が10年1月、「イラク侵攻は国際法上の権限がなかったとする約550ページの報告書を公表しました。

「ブッシュのプードル」と揶揄されたブレア政権がイラク戦争支持を表明するよりも早く、ブッシュ演説のわずか3時間後、「アメリカのポチ」を演じ続けるわが日本政府は、全世界に先駆けてイラク戦争支持を表明したのでした。(当時、その小泉内閣で官房副長官をつとめていたのがアベさんでした。)

さて、その日本政府の政策決定の是非は、どう検証されたのでしょうか?

(中略)
日本政府は2012年12月、「対イラク武力行使に関する我が国の対応」という短い報告書を発表。開戦の大義名分とされた大量破壊兵器(WMD)が発見さ
れなかったことを「厳粛に受け止める」としましたが、公表されたのはA4・4枚の「概要」だけで、報告書の全容は、「公開すると関係国との信頼関係を損なう恐れが高い情報が多く含まれている」(外務省)として公にされていません。
昨年の「戦争法案」審議においても、アベ首相は「大量破壊兵器を所有していないことを証明できなかったイラクが戦争を招いた」などと、大義なきイラ ク戦争への支持・加担の責任を回避し続けています。

過去の過ちへの検証も反省もないまま、なし崩し的に新しい過ちに足を踏み出すのは、日本の保守政治の(あるいは日本人の?)お家芸なのでしょうか?

すでに周到に戦争法も秘密保護法もととのい、近く「アベノミクス選挙」と称するカモフラージュでまんまと議席の2/3をかすめ取ろうものなら、一気呵成に「悲願」の改憲もやってのけ、自由に戒厳令体制をしくことができるフリーハンドを手に入れた暁には、地球のどこかでアメリカが引き起こす戦争に、当事者として「わが軍」を心置きなく参戦させられる『美しい日本』が現出するはずと、アベ一族のお歴々、うっとりと夢見ておられるのでしょうか。しかしそれは、「無知の無恥」というものですぞ。

9/10(土)は、じいじ.ばあばは郷里の実家を訪ね、ちょっとだけ草掃除の手伝いをし、野菜をたくさんもらって、帰り道、娘のアパートに寄って、お裾分けして帰りました。生後一〇ヶ月の孫が、ハイハイとつかまり立ちを見せてくれました。

家の近所に住む四人の孫たちは、それぞれ、部活やサッカー、保育園の行事などで大忙しだったようです。

翌日の9/11(日)、上の記事を書きかけていましたら、ママが、一歳半の孫娘を連れて来て、昨日から熱があって手が反せないので、家事の間、ちょっと預けて帰りました。

いつものように、ジイジ、バアバ二人がかりで、あやしたり機嫌を取ったりしていましたが、突然フラッとして後ろに倒れそうになったり、急に目を見開いて怖いものを見たような大声を上げたかと思うと、ひきつけを起こしてけいれんを始めました。

慌てて、バアバがママのところに抱いて帰り、私が119番に電話をしました。

 大昔、自分の娘が二才の頃、顔を割れたガラスで切る大けがをして救急車を呼んだことがありましたが、その時の法が平静でいられたようで、今回は我になく取り乱し、声がうわずってしまいました。幸い、10年ほど前から、ごく近所に消防署の出張所があり、そこに救急車も常置してあるらしく、思いもかけない素早さで、サイレンが聞こえ、安心しました。幸い、最寄りの総合病院の救急外来で診察を受け、二時間ほど点滴してもらって、無事に帰りました。40℃を超えていたらしい高熱も下がり、昨日一日保育園を休ませましたが、境南愛護ともなかったように登園しています。

 救急車をタクシー代わりに使うべからずというキャンペーンを、もっともなことと思うので、極力危急の時にかぎって利用するつもりですが、そうはいっても、これまでも何度かお世話になりました。

中一の孫は、幼児の頃、鍋のなかの熱い味噌汁を浴びてやけどをし、初めてお世話になりました。二度目は、熱けいれんで。一人で二度も救急車で運ばれた経験は、必ずしも多くはないでしょう。ママ曰く、前回の経験があるので、今度は落ち着いて対処できたたようで、救急隊員の質問への応答ぶりから、「医療従事者ですか?」とたずねられたそうです。

最初の味噌汁事件では、親・大人の監督責任をとがめられたようですが、いずれの経験も、「タクシー代わり」と非難されようもない重篤な症状でしたので、救急隊・病院ともに懇ろな対応をしてくださり、感謝に堪えません。

と、考えをめぐらせているうちに、ふと思いました。このように、一市民の生命・健康が優先されることは、人間として当然の権利には違いありませんが、時と場合と条件によってはそれが満たされないことも希ではないのではないか。たとえばテロ、たとえば空爆、たとえば自然災害といった危急の事態のもとでは、人一人の命はいきおい軽んじられざるを得ないのでしょう。

「恵まれた環境に感謝」「日本に生まれてよかった」と言う感想に終わるのではなく、人一人の命と健康が、ひとしく重んじられる世界、世の中を、展望したいと切実に思うのです。

9/12(月)は、パソコン作業には追われたのですが、ブログ更新に手が回りませんでした。
それにしても、涼しくなりました。

9/13(火)は、未明から激しい雷鳴がして、土砂降りの雨でした。

雨がやっと上がった昼前に、少しだけ散歩しました。





昨日、今日の散歩道で出会ったアオサギをご紹介します。



























きょうはこれにて。

鬼百合に鬼蜻蜓来て止まりたる [今日の「これなあに」?]

郷里の実家の庭に、鬼百合が植わっています。
夏の早い時期には,こんな感じで咲いていました。



久しぶりに昨日行ってみますと、もう花は散ってしまって跡形もありませんでした。
そのかわり。











オニヤンマです。
漢字では、鬼蜻蜓とも、馬大頭とも書くそうです。日本では最大級のトンボですね。
たまに見かけることはあっても、あざ笑うかのようにカメラを避けて飛ぶので、なかなか撮影に成功しません。
耳なくてにげるやんまの悟り哉  正岡子規
よく似たところで、こちらはいつもの散歩道のウチワヤンマ(団扇蜻蜒)。ウチワトンボ(団扇蜻蛉)とも言います。



こちらのムギワラトンボ(麦藁蜻蛉)は、もっとポピュラーです。
シオカラトンボの♀ですね。



トンボつながりで、イトトンボもご紹介します。
いつもの散歩道でのスナップです。
ハートトンボです。



さて、実家の庭では、満開のニラの花にナミアゲハがやってきて吸蜜に余念がありません。







これは、いつもの散歩道で給水中のナミアゲハ。



ところで、「きょうのこれなあに?」は、このチョウですが。







広げた羽の模様がちょっと気になりますが、ヒメアカタテハですか?
きょうはこれにて。

秋晴れて得難き時を賜りし [折々散歩]

保育園の「祖父母お招き会」というものが催されました。

午前中フリーの私が参加し、楽しみました。

こんなプレゼントをもらいました。



徒歩で行きましたので、帰りは、散歩コースを回ってみました。

昨日の雨が運んできた冷えた空気のために、今朝は寒差を覚えるほどでしたが、快晴の昼間は、気温がうなぎ登り。蒸し暑さは少ないので不快感はありませんが、歩くと汗が吹き出します。

草焼き?のけむりが見える田園風景。





稲穂が重さを増しています。



広角で。



雨に洗われて空気が澄み、空の青さが際だっています。



コチドリでしょうか?

遠いので、大幅トリミングします。







二羽います。









ダイサギ。



このカモは?



聞き覚えのある鳴き声がしたと思うとこの鳥が近くまで飛んできて、私に気づいて飛び去りました。その行方を追ってみると、ちょっと離れた堤防の上に止まっています。気づかれない範囲で、できるだけ近寄ってみますが、最大300mmのレンズでは、豆粒の大きさです。これも、大幅トリミング。





















明るいので、最近としてはまずまず鮮明な画像になりました。

きょうはこれにて。


猫ですか豹ですか?の巻 [折々散歩]

未明の大音響の落雷と、激しい雨音に眠りを破られました。目が覚めたのを潮に、あれやこれや考え事をしたり調べ物をしたりするうちに眠気が差してきて、二度寝をしたのですが、ぐっすり眠って沁ましました。いつまでも薄暗く、七時に近い頃、電話で目覚めました。アブナイアブナイ、今日は週一度の仕事日でした。

庭に芽を出し始めた野菜苗にとって、今日の雨はうれしいお湿りでした。

大根です。



小松菜。







玉野市深山公園でハンミョウに会いました。











過去記事にも、ハンミョウは登場します。

◆岡山県自然保護センターの昆虫たちの巻、その2

◆人類の往く途知るやみちおしへ

こんなことを書いていました。







 メタリックな甲虫「ハンミョウ」です。

「ハンミョウ」を漢字で書くと「斑猫」。つまりブチネコですね。

人の気配を察すると、すぐに飛んで逃げますが、ちょっと先にからかうように着地し、近づくとまた飛び去るという動作を、何度も繰り返します。

人を道案内するかのようなその仕草から、「ミチシルベ」「ミチオシエ」という別名もあります。


此方へと法の御山の道おしえ       高浜虚子


みちをしへ止まるや青く又赤く      阿波野青畝


みちをしへ道草の児といつまでも    阿波野青畝


道おしへ跳ね跳ね昭和永きかな      平畑静塔


道をしえ錻力(ブリキ)細工の如く居る   藤後左右


草の戸を立出づるよりみちをしへ      高野素十


いそがねば戻れぬ道のみちをしへ     加藤楸邨





時代劇などで、暗殺用の毒薬として、『ハンミョウの粉』が登場しますが、これについてウィキペディアはこう解説しています。







 漢方の生薬にある「斑猫(はんみょう)」は、かなり縁遠いツチハンミョウ科のマメハンミョウ(オランダ語版)やミドリゲンセイなどを指す。これらは非常に強いカンタリジンという毒性成分を含み、日本国外では実際に暗殺に利用された例がある。しかし、日本では江戸時代の初期に渡来した『本草綱目』を訳した際の間違いで、ハンミョウ科のものがそれだとされてしまった。そのため、実際にハンミョウ科の昆虫の粉が忍者などによって暗殺用の毒薬に使われたとも言われる。特に種としてのハンミョウはその鮮やかな色彩も相まって、いかにも毒がありそうに見えるのも、このような誤解の一因でもあろう。そのため、ハンミョウに毒があるとの誤解は長く残り、今も結構な知識人にもこの誤解を持つ人がいるという。ハンミョウ科の昆虫には実際には毒はない。ただし、大顎で噛まれるとかなり痛いので、注意しなければならないことに変わりはない。



こちらがネコなら、お次はヒョウ。



おなじみ、ツマグロヒョウモン♂です。多少羽がすり切れていますが、豹柄は衰えてはいません。

ついでに蝶を何種類か掲載します。

ヒメジャノメ。









ヒメウラナミジャノメ。







ルリタテハ。



今日はここまで。

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