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更新の時か桜も咲き初むる [折々散歩]

午前中、ほんのわずかの面積に、ジャガイモの植え付けをしてみました。

そのさい、隣接した道路から声をかけられました。一瞬戸惑いましたが、自転車から声をかけてくださったのは、妻の友人のTさんでした。そしてその前方にトレーニングウエアでランニング中だったのは、私の友人である夫のQ男さんでした。この春、小学校を退職されました。

私の借りている畑から、ご自宅は近いとはいえ、こんなところでお会いし、立ち話ができたことは、僥倖とも思えました。

ところで、最近、いろんなものが壊れます。ちょっと前、リビングの天井の照明の蛍光管を交換しようと思ったら、プラスチック部分が劣化してぼろぼろ崩れ、蛍光管が固定できないほどになっていました。30年になりますから、更新時期は過ぎていたのでしょう。

やむなく新しい照明器具に付け替えることにしました。直管形蛍光灯を使う器具はもう時代遅れで、電器店には展示されていませんし、ネットで見ても意外に価格が張ります。そんなとき、、お手頃価格のLED照明器具を見つけて、購入しました。

ただ、問題は、我が家の天井には「引掛シーリング」という配線器具が取り付けていなかったので、取り付けには、電気工事士資格が必要なのだそうです。これは困った、ネット購入でトクしたつもりでしたが、結局業者に取り付けをお願いしなければならないか、とも思いましたが、一つの救いは、私の長男が、いくつかの転職のさい、電気工事士の資格も取っていたはず、ということ。

ちょっと頼んでみると、二つ返事で引き受けてくれて、さっさと取り付けてくれました。「明るい家庭」を謳歌しています。

リビングのテレビは、地デジ移行後も、アナログブラウン管テレビに、地デジチューナーなるものを接続して、視聴してきました。ついに、テレビ受像器がいかれてしまいました。画像がまったく出ないで、画面の中程に、明るい光の線が一本、真横に走るだけ。まぶしくて、目が焼けそうに思えるほどです。

実は同じ症状は、何ヶ月か前にもあらわれていたのですが、その時は、小3の孫がいじるとなぜか回復し、なんとか使えていたのです。

それがとうとう駄目になりました。2.3日は迷いましたが、やはり買い換えることにして、昨日買いに行きました。ちょうど『東芝フェア』とやらで、お手頃価格で展示してありました。「東芝がいつまで存在するかが心配」と、いわなくても良い軽口をたたきながら、購入し手帰りした。代わりに、古い重いブラウン管テレビを三〇〇〇円也で引き取ってもらいましたが、実はそのテレビも東芝製。我が家の別室に置いているテレビも東芝製。過去にも、テレビテレビだけでなく、いろいろと東芝製品は、好んで使ってきたと思います。

原子力事業に足を取られて、没落の沼に沈んでいくのだとすると、なんとも気が滅入ることです。

一つつまずくと、これまでうまくいっていたことが、次々と破綻していくことがままあるようです。

「テレビがなくても、ラジオが聞けるかな?」と妻が言います。大昔(30年以上前)に買ったチューナーを、アンプを通してスピーカに出力するシステムが、うまく機能しているはずでした。ところが、アンプが不調で、音が出ません。仕方ないので、別室にセットしていたアンプを取り外して居間に移動し、セッティングしてみますと、まずまず音は出るようになりました。

何代もの間ビデオデッキを更新するうちに、新品のビデオデッキが市場に流通しなくなったので、ジャンクショップでDVDとビデオテープが視聴できる一体型の機器を買い、これまで無問題で利用してきました。その、ビデオが突如再生不能になりました。ちょうど孫が、図書館から何本か、お気に入りの「トムとジェリー」などビデオテープで借りて来ています。実は「トムとジェリー」は、百円ショップにも売っていて、孫はお小遣いでこれを買って何度も視聴していますが、図書館のビデオもお気に入りです。

あきらめれば済むことですが、ストックしてあるビデオテープが全く見られなくなるのも寂しいので、またまたジャンクショップでン千円で購入してきました。早速試してみると、ジャンクとはいえ、うまく再生するようです。

めったに使いませんが、レーザーディスクを再生する機器もおいてあります。最近、ジャンクのレーザーディスクの盤が、数百円で手に入るので、面白半分に買い顔なものが数枚あります。

ビデオ、DVD、レーザーディスクなどを再生するときに、スムーズに切り替えがきるのが望ましいのですが、壊れたアンプは、音声と映像の入力信号を統一的に切り替えながら再生することができましたが、置き換えたアンプは、音声だけを切り替える仕様です。

これでは、映像は、テレビ背面の入力部への端子の抜き差しで切り替えるしかありません。

ということで「ビデオやテレビゲーム機など3台の機器の入力切換が可能」というavセレクターを使おうと思いました。以前持っていたものがどこへ行ったかわからなくなったので、ホームセンターで買ってきました。千円未満という値段はありがたかったのですが、どうやってもうまく映像信号が伝わりません。初期不良を疑って、お店に事情を言い、交換していただきました。....が、交換後の商品もやはり同じです。

ここ2、3日はこんなことに時間を取られています。

ショップ巡りのついでに、寄り道してみました。

阿部池の岸辺に植えられている河津桜が、咲き始めていました。

























遠くから見ると、





この画面中央辺りをトリミングすると、、、モズでした。





今朝、ジャガイモの植え付けをした畑の近くでも、モズがいました。



今日は短時間の散歩でもありましたので、他の鳥には遭いませんでした。

ついでですので、河津桜がまだつぼみの頃写した写真をご紹介しておきます。

アオジです。



























今度は、咲いた河津桜と鳥とのコラボを、期待したいところです。

今日はこれにて。


ジョウビタキとシロハラと孫の誕生日、の巻 [折々散歩]

またまた、M師からのメールが興味深いので、紹介させていただきます。
   
 一昨日は好天でしたが鳥見はせず農作業でした。土を耕すと掘り出された虫を目当てにすぐにやって来るのがジョビです。
しかしすぐにツグミに追い払われて近くで隙を伺っています。
そのうちどこからともなくシロハラがやって来てツグミと大バトルの末にツグミが追い払われました。
最後にやって来たのがヒヨです。
バトルをするまでもなく近くに止まって威嚇するようにヒーヨッ!となくだけでシロハラはいなくなりました。我が家の畑ではヒヨが最上位に君臨しているようです。そのヒヨもごくたまにやってくるハイタカにはかないませんが。
 かなり前のことですがタカに追われたヒヨが庭に逃げ込んで来て窓ガラスに激突して脳震とうを発したことがありました。
 我が家ですか?我が家はもちろん奥様が最上位に君臨して家庭の平和が保たれておりますです、はいっ!
 そんな鳥たちを眺めながらネギの苗を植えました。その後庭の仕切り柵を作り変えました。

手仕事をする人は老化しにくいということなので自分で作れるものは自作するようにしております。
 
庭を訪れる鳥たちのヒエラルキー(階層構造)が飲み込めました。
ジョウビタキ、この季節、散歩のたびに出会います。
嬉しくて、カメラを向けてしまいます。



下は、トリミング画像。




ここまでは,PENTAXK5Ⅱで撮影ですが、レンズ情報がわからなくなってしいました。EXIFでは500mmと記録されていますが、手動で設定したものなので、信頼できません。TAMRONsp500mmと、AFBORG(たぶん60ed)が混在していると思います。背景のぼけ具合から、はっきりレフレックスレンズとわかるがぞうもあり、一見、見分けられない画像もあるのが、面白い。
つぎは、olympus E-PL5+UMIX G VARIO 45-200mm。
この組み合わせは、軽くてコンパクトという点では出色なのですが、いかんせん望遠倍率が最大200mm。でも、私の持っているマイクロフォーサーズマウントでは、一番望遠が稼げるのがこれです。アダプターを介してフォーサーズレンズをつなぐ方法も試してみますが、何かとトラブルが多く実用的でありません。



撮影画像はなかなか感心するできばえですが、背部液晶でも、外付けビューファインダーを使っても、撮影時にもどかしい思いをすることが多く、写す喜びが薄いと感じてしまいます。

一方、下の写真は、E620+ZUIKO DIGITAL ED 70-300mm F4.0-5.6。

このレンズは特別に重いレンズというわけでもないのでしょうが、軽快さがウりのカメラには、結構デカい感じがします。E3を持ち出す気合いが出ない時には、この組み合わせで歩きます。



♂です。






最後は、fujifinepixs1。
ノートリミングでこれだけ大きく写せます。

ツグミやヒヨドリは、今日は省略して、シロハラの写真。

最近、あちらこちらでよく姿を見ます。



玉野市、深山公園にて。by olympus E3+ZUIKO DIGITAL ED 70-300mm F4.0-5.6。















玉野市、深山公園にて。by PENTAXk5Ⅱ+AFBORG60ED。





























次は、岡山市こどもの森にて、昨日撮影。by PENTAXk5Ⅱ+AFBORG60ED。













近くに、コゲラもいました。













梅も花盛りです。







ちなみに次は、FUJIfinepixs1の画像。















遅ればせながらご報告。

この孫が、先日一歳の誕生日を迎えました。

「一升餅」を背負わせる行事で、こんな立派なお餅を用意して祝ってもらったそうです。



この風習についてウィキペディアにはこんな紹介があります。


 日本の各地にこの習慣は伝承され、 子供の満一歳のお祝いのときに用いられる。「一升」と「一生」を掛けて一生食べ物に困らないようにという意味が込められている。また、丸いことから「一生丸く長生き出来るように」と願いを込めたものともいう。この意味や祝う行事は地域や各家庭によって様々だが、親から子へ受け継がれるものであるため、各家庭の特色がみられる祝いでもある。呼び名も様々で、「一生餅」「誕生餅」「一歳餅」「力餅」とも呼ばれる。

地方によってバリエーションも様々なようですが、餅を背負わせてハイハイをさせ、前方に並べたグッズの何をとったかで将来を占うという風習も、各地にあるようですね。

余りに餅が重くて泣いたけれど、辞書を取ったそうですよ。勉強好きになるといいのですが。



いっぽう、こちらの孫は、二歳の誕生日を迎えました。

おたふく風邪がなおったばかりですが、またまた風邪を引いたか鼻水が止まりません。



アンパンマンの絵のついたケーキを前に大はしゃぎです。

こちらでスマホ撮影しているのは小三の兄です。この日は学校で面白くないことがあったらしく、気分がブルーですが、妹には大サービスです。

皆家族みんな注目を浴びて、二本のろうそくを吹き消します。



ケーキを切り分ける時、アンパンマンの顔が切れちゃうのを悲しんで。大泣きしました。ケーキを食べる時にはすぐに上機嫌になり、みんなと同じ分量をすっかり平らげましたが...。

きょうはこれにて。



悩みはつきない携行レンズ選び、の巻 [折々散歩]

最近、tamronSP500mmというレフレックスレンズ(ミラーレンズ)を持ち歩く機会が増えています。望遠性能のわりに、軽量コンパクトで お散歩カメラとして好適感を覚えています。ただ、マニュアルフォーカスの手間を覚悟し、画質は妥協して、「散歩が主、写真は証拠写真と割り切って使うという前提ですが。

曇り気味のお天気でしたが、今日の散歩のお供も、SP500mm。

まずはヒヨドリ。

以下、今日の画像は、大部分トリミングしています。。


メジロ。







ッジョウビタキf♀。



コガモ雄







コガモ♀





ハシヒロガモ♀



カワセミにも会いました。



画質を言うと、やっぱり標準的な望遠ズームレンズに軍配が上がります。

たとえば、SIGMAAPO70-300mmで写した昨日のジョウビタキ♀。







同じくSIGMAAPO70-300mmで写した深山公園のシロハラ。











近寄って写すチャンスがある場合には、これで十分なのですが、ちょっと離れると、300mmでは物足りない思いが残ります。かといって長くて重い望遠レンズは、気軽なお散歩にはお荷物になり、迷うところです。

今日はこれにて。


孤高の鳥、群れる鳥、の巻 [折々散歩]


去年2月19日の記事(雛飾り草もむしりし雨水かな )で「雨水」について書きました。

 今日は暦の上では、二十四節気の一つ「雨水」。立春から数えて15日目頃とか。地下の虫たちが動き始めるという「啓蟄」までの期間を言うこともあるそうですね。
空から降る雪が雨に変わり、氷が溶けて水になる時季。草木が芽生え、農耕の準備を始める目安とされました。このあと、寒さがぶりかえすこともありますが、三寒四温を繰り返して、春に向かいます。
地方によっては、この日に雛人形を飾る風習もあるそうです。

今年の「雨水」は2月18日でしたが、その後の寒さが身体にこたえます。

土中の虫が目覚めて動き始めるという「啓蟄」が、今年は3月5日だそうですから、その頃まではまだまだ寒さのぶり返しがあるのでしょうかね。

今朝の散歩で出会ったモズ。

強風に吹かれて髪が乱れています。









これは少し整いました。







こちらは先日、阿部池周辺の散歩で見たモズ。河津桜の枝に止まっています。

東京では河津桜がほころび始めたと、今日のニュースが伝えていましたが、こちらはもうしばらく先のようですね。











散歩の途中、「チー、チー」と高い鳴き声が聞こえてきました。家を出てすぐの小川の辺りです。

この鳴き声は何だっけ?聞き覚えがあるようなないような、、と一瞬迷ったために細心さを失って、気づかれてしまいました。飛び去ったのは、コバルト色の鳥影でした。飛んでいく方向を目で追うと、岸辺の木枝に止まるのが見えました。残念ながら、その時持っていたのは最大200mmのズームレンズ。OLYMPUS機ですから35mm換算で二倍の400mm相当ということにはなりますが、やはり非力です。

豆粒のような鳥をトリミングしますと、思いがけなくも、二羽のカワセミが写っていました。



モズもカワセミも単独行動が基本の鳥ですが、お次は、群れて行動するのが基本の鳥。

先日の「メジロタワー」の話題で、ヒヨドリの活発さに話が及びました。傍若無人といてもよい旺盛さです。特に、群れで行動する彼らは、農作物を容赦なく襲います。



無残に食いちぎられた菜っ葉を、さらに徹底して食い漁っています。



















トリミングして見ます。









昨日の散歩道でも、「キンカン」の木に群がるヒヨドリに遭いました。



少々近づいても逃げません。





ムクドリの群れも、引けを取らない壮健ぶりです。、





こちらはツグミ。

















群れる鳥と言えば、、、























ちょっとトリミングしてみます。



はっきり正体がわかりませんが、「カア、カア」という鳴き声が聞こえて来たような、、、?

きょうはこれにて。


ブログ更新停滞の三つの言い訳、の巻 [折々散歩]

ここのところ、ブログの更新も訪問も滞りがちです。

特に多忙というわけでも、健康を害しているというわけでもなく、普通に毎日をおくっており、お散歩写真もそれなりにストックしています。

何に時間を費やしているかというと、一つは読みかけた本。そしてもう一つは、はかどらないパソコン作業。さらには、あれやこれやの孫遊び、、です。

ここ数年、目の衰えとも相まって、読書の絶対量も格段に減っていますし、字面を追ってもなかなか内容が飲み込めず、もどかしい思いをすることが多いです。

そんな私が、今、読んでみようと思い立って購入した本が何冊かあります。一つは、辺見庸著「『1★9★3★7』。京都に住む友人M君が、最近メールでこの本の感想を尋ねてきたのですが、私は読んでいませんでしたので、その旨伝えると、内容の簡単な紹介とともに、「本書の主題は、日本の現在と未来への彼の危機感のようですが、、、、、危機感は同じだし、、、、、、なにより私達の残り時間が短いから、読んでみるのも面白いのでは?暇があれば。」とありました。

辺見庸氏については、三年以上も前、◇辺見氏の記事にあれこれ思う朝という記事で触れたことがありました。それ以来、氏の動向ついても著作についても、顧みる機会がないまま、時間が経過してきました。

『1★9★3★7』については、だいだらぼっち様が、連載で紹介してくださってたのを興味深く拝読した記憶がありました。

辺見庸『1★9★3★7』を読む(1)~(4)および、辺見庸『1 9 3 7』を読む(まとめ):海神日和:So-netブログ

無断ながら、一部引用させてきます。

 1937年は、日中戦争がはじまった年、著者によれば、イクミナ、征くみな、の年だ。
 その年、「父祖たちはおびただしい数のひとびとを、じつにさまざまなやり方で殺し、強姦し、略奪し、てっていてきに侮辱した」と、著者は書いている。
 日本人はやさしい民族だとされ、そのことを自負してもいる。それがなぜ中国では、あのようなおぞましい蛮行に走ったのだろうか。
 同一人物のなかで、慈愛と獣性は共存しうるなどと、気取った言い方をしたところで、なにも意味をなさない、と著者はいう。それよりも、あのとき、あの場所に自分をおいてみること、そして「おい、おまえ、じぶんならばぜったいにやらなかったと言いきれるか」と問うてみること。

だいだらぼっち様のHP「海神歴史文学館」を拝見しますと、さらに端的に『1★9★3★7』への書評がまとめられています。全文引用してご紹介したいところですが、そうも参りませんので、一部分だけを抜粋して、ご紹介に代えさせていただきます。

 本書はそうした日中戦争のはじまった1937年に焦点を合わせている。盧溝橋事件のあと、日本軍は上海に戦力を投入し、12月に国民党の首都、南京を占領した。そこで発生するのが、いわゆる南京大虐殺である。

 いま日本では、南京大虐殺は忘れられるどころか、そんなものはなかったとされるような雰囲気すら感じさせる。最近は、事件の責任は中国にあるという開き直った主張さえ見かけるようになった。

 もっぱら論議されるのは、犠牲者の数であり、中国側が30万人と主張するのにたいし、日本では4万〜6万人という数字をあげる研究者が増え、日中双方で対立がつづいている。そんなさなか、ユネスコが南京大虐殺を世界記憶遺産に登録したことに、日本政府は強く反発した。

 しかし、中国が南京大虐殺を政治利用していると非難するだけでは、問題は解決しない。1937年に南京で、日本軍が中国人を大量に殺害したことはまちがいない事実だからである。

 虐殺の証言は、日本側からもいくつも出されている。たとえば、12月17日から18日にかけ、日本軍が南京で一万余人の捕虜を大量射殺したという、元日本陸軍伍長の信頼できる証言も残されている。その死体の山は、高さ3、4メートルになったという。軍司令部からは、「捕虜は全員すみやかに処置すべし」との命令が出されていた。殺戮に疑問をもつ兵はいなかった。

(中略)

 本書はあの時代を丁寧に追っている。盧溝橋事件が発生した翌月、近衛文麿内閣は「国民精神総動員実施要項」を閣議決定、「挙国一致」の精神によって、国家総力戦に突入せよとの号令を発した。国民は「皇運」にこぞって寄与するよう求められた。

 国民を総動員するには、マスコミの役割が欠かせなかった。1937年10月にNHKは「国民唱歌」の放送を開始し、その第1回に「海ゆかば」を流した。「なにかただごとでない空気の重いうねりと震えがこの歌にはある」と、著者は書いている。「海ゆかば」は、「大君のための死を美化して、それにひとをみちびいてゆく、あらかじめの『弔歌』」にほかならなかった。

 しかし、そのころ日本の世相は戦争でわきたっていた。マスコミも戦争をあおりたてた。日本各地で、さまざまなイベントやスポーツ大会が開かれ、百貨店や劇場もにぎわっていた。けっして、暗い時代ではない。

 金子光晴は戦争を賛美する詩を書いた。小林秀雄は「日本の国に生を享けている限り、戦争が始まった以上、自分で自分の生死を自由に取扱う事は出来ない」と高らかに宣言した。

 戦争がはじまる前から、すでに思想は統制されていた。特高警察が反逆的な思想をもつ人物を治安維持法によって逮捕し、転向を強要した。小林多喜二は1933年2月に逮捕され、築地署で拷問を受け、その日のうちに殺された。

 埴谷雄高や中野重治は転向の道を選ぶ。転向声明書はいかにも形式的だったが、それでもそれを提出するのは、天皇をいただく国家の方針に逆らわないと誓うことを意味した。国家を批判する言論は封じられ、国民精神を鼓舞する明るく元気な声だけが、メディアを通じて日々流されていた。

 武田泰淳は1937年秋に中国の戦線に送られ、一兵士として1939年まで中国各地を転戦した。南京大虐殺にはかかわらなかったが、上海、徐州、武漢の会戦に加わっている。それは人が人を殺すのがあたりまえの苛酷な戦場であり、泰淳は犯した罪とその苦しみを、戦後、「審判」や「汝の母を!」などの小説に残した。

 著者はこれらの小説を読み解くことによって、天皇の軍隊、すなわち中国で「殺・掠・姦」の代名詞をつけられた皇軍の実態に迫っていく。

(中略)

「過去の跫音に耳をすまさなければならない。あの忍び足に耳をすませ! げんざいが過去においぬかれ、未来に過去がやってくるかもしれない」



 著者はもう戦争がはじまっていると感じている。


このような内容の「衝撃作」ですので、読み進めるのが苦痛、視力・知力の衰えろとも相まって、遅々として進みません。読後も気持ちが沈みます。

気持ちが沈むのは内容の深刻さからだけでなく、もう一つの事情が影響しているようです。

「『1★9★3★7』は、「週刊金曜日」に連載されたものをまとめて、発売元の(株)金曜日から2015年10月に初版発行されたとのこと。だいだらぼっち様が上の書評で取り上げておられるのは、その初版本でしょう。

その数ヶ月後の、2016年2月に 河出書房新社から『 増補版 1★9★3★7』が、そして、2016年11月には角川書店から『完全版 1★9★3★7
イクミナ (上) (角川文庫) 』が発行されるという、異例な展開に、なにか心がざわつきます。

辺見庸公式ウェブサイトや、週刊金曜日のこれらの記事(1077号1068号)などを総合すると、どうやら、週刊金曜日の仲介で予定されていた「しんぶん赤旗」によるインタビューが、赤旗編集局側の申し出によりキャンセルされた件が発端で、著者と出版社との関係がこじれたもののようです。その背景には、SEALDsなど運動や、国会前の行動に、ブログ上で手厳しい批判を加えたことが影を落としているのではないかと、辺見氏は判断しておられるようです。

ネット上でも様々な論評が交わされているようですが、それらを読むのも気鬱で、事実の経緯や委細はあずかり知るところではありませんが、いずれにせよ心塞ぐ思いを禁じ得ません。

そんな思いのまま、遅々として進まぬ読書ですが、無下にも扱えぬ訴求力を感じながら、スローペースでページを繰っているところです。

他にも、別の友人に紹介されて読みたい本があり、パソコン操作で仕上げたい作業があり、、なのですが、その辺りの事情を書く気力は、もう残っていません。またの機会に。

託児所の仕事も様々ですが、昨日の20日(日曜日)は、午前中パパは仕事、ばあばもパート、ママはPTAのお仕事で、じいじひとりで、小3、六歳、二歳の孫たちのお相手をさせていただきました。(中1生は、部活です)

外遊びをしていると機嫌が良くて、仲良しなんですが、、、





















午後は、小三生のお習字のイベントの送り迎えを頼まれました。ママと一緒に、他の子どもたちのおもりがてら、会場の近くでイベントの終わりを待ちます。

ドングリを見つけて夢中で拾っています。



こんな階段も上れるよ。手に持っている袋にはドングリが一杯。







そばの木の枝には、カワラヒワがさえずっていました。






イベントが終わった小3生も合流して、もうひと遊びです。





ところで、一昨日の19日(土)は、天下の奇祭と呼ばれる「西大寺会陽(えよう)(はだか祭り)」がありました。

地元紙『山陽新聞』web版『さんデジ』(2/19付)はこう伝えています。

 日本三大奇祭の一つとされる裸祭り「西大寺会陽」が18日夜、岡山市東区西大寺中の西大寺観音院で開かれた。約1万人(主催者発表)の裸衆が福をもたらすといわれる宝木(しんぎ)を求め、激しい争奪戦を繰り広げた。
 まわし姿の男衆は肩を組み、「わっしょい」と掛け声を響かせながら、水で身を清める垢離(こり)取り場へ。本堂大床ではもみ合いで全身を紅潮させ、打ち水は蒸気となって白く立ち上った。
 五穀豊穣(ほうじょう)などを祈願する修正会(しゅしょうえ)が結願(けちがん)した午後10時。本堂の御福窓から宝木2本が投下されると「うおー」とどよめきが起こり、大床に男たちの巨大な渦が生まれた。
(中略)
 室町時代の1510年に始まったと伝わる西大寺会陽は昨年3月、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

その現場に立ち会ったのが、この女の子(一歳)でしたトサ。



今日はこれにて。


メジロタワーと春の気配、の巻 [折々散歩]


M師が、メジロタワーについての近況を寄せてくださいました。

 家で進めていたメジロタワーがなんとか形ができました。知り合いがメジロの嘴は入るが、ヒヨドリの嘴は入らない目の大きさの金網で餌を覆ってやると良いとアドバイスしてくれました。しかしそんな都合の良い金網はありません。目の小さな金網の目を広げたりして見ましたがうまく行きません。そこでメジロは入れるがヒヨドリは入れない大きさの隙間を持つ檻で覆うことにしました。家の物置を探して少し手を加えたのがこれです。

中央上部に穴があるので底の浅い竹ざるで蓋をして屋根にしました。二段目の覆いのないのはヒヨドリのための餌台のつもりです。我ながら良いアイデアだと思いましたが、これが失敗でした。餌を入れてやってもメジロはさっぱり来ません。鳥は上部を塞がれるのを嫌うようです。そういえば屋根のついた鳥籠は見ませんね。そこで改良したのがこれです。



これにミカンを切って入れたら安心して食べに来てくれました。めでたしめでたしというお話でした。

自宅の庭でメジロが撮影できるなんてうらやましいかぎりです。

majyo様のお庭にも

あっちへ行ったり、こっちへ行ったり

cyoko1112 さんのお庭にも
チョコ君です、<米空軍>大学研究者に8億
今日もやってきてるでしょうか?
わたしの散歩道では、枇杷の花にやってきていました。

昨日は快晴で、気温も上がりました。
かぐわしい梅の花盛り。








ロウバイもまだ咲き続けています。


早春に「まず咲く」というマンサクが、春の訪れを告げています。。






オオイヌノフグリも、今がシーズンですね。

今日はいちにち、降ったり曇ったり。傘をさし、カメラももって歩きましたが、めぼしい写真はありません。
今日はこれにて。















導かれたるごとき出会いを賜りし 思いもかけぬ迷い道して [折々散歩]

昨日のブログに投稿したセッカらしき鳥の写真が、表示されていないことに、今日の早朝気づきました。up先の「フォト蔵」にこんなアナウンスがありました、

ただいまフォト蔵はメンテナンス中です。

ご迷惑をおかけいたしますが、今しばらくお待ちください。

詳しい情報につきましてはフォト蔵からのお知らせフォト蔵公式Twitterをご覧ください。



 朝の一定の時間には 復旧したと見えて、問題なく表示されるようになっていました。

さて今日は、寒さもやや緩み、小春日和といって良いほどの上天気になりました。一日の過ごし方をあれこれ考えますが、まずは、ジャガイモ植え付けの準備で、畑仕事に小一時間費やしました。

午後の計画は特に立てていませんでしたが、友人に勧められた本を買いたくて書店に向かうその足で、軽くカメラ散歩をしてみたいと考えながら車を運転中、ふと先日のM師からのメールを思い出しました。

なかでもオシドリの情報が魅力的でした。



だいたいの場所はわかるので、訪ねてみようと車を走らせました。

が、いつものことで、あと少しのところで道を失いました(トホホ)。ふと気づくと、M師が紹介してくださったもう一つのスポットの近くまで車がさしかかりましたので、急遽予定を変えて、こちらを狙ってみることにしました。

M師が送ってくださった写真です。

イカルだそうです。



シメもいるそうです。



先日の◇シメで締めたい、の巻の記事でぼけぼけ写真のシメしかご紹介できませんでしたので、リベンジを試みたい思いもありました。

車を駐車場に止めて、車外に降りると、先客もおられ、梢の方をながめておられます。かわいらしい澄んだ囀りの声も聞こえてきます。目をこらすと、それらしい鳥影も見えます。

早速カメラを取り出して、うろうろしているところを、にこやかに声をかけてくださる方がありました。軽く会釈を返していますと「kazgさんじゃありません?」と名を呼ばれます。

こんな場所で、思いがけないことで、しばらく思いをめぐらしておりますと、「Mです」と名乗ってくださいました。そうです、M師の奥様でした。「野鳥の会」の写真展などにも素晴らしい鳥写真を発表されており、鳥撮りのベテランでいらっしゃいますから、探鳥スポットでお会いすることに何の不思議もありません。

以前も、さる探鳥スポットで、M師とご一緒のところをばったりお目にかかったこともありましたのに、お一人でいらっしゃることで、とっさに認知しかね、失礼しました。

しばし歓談ののち、鳥の情報も教えていただきました。

しめしめ。シメです。

グリーシャワーの森のシメ
グリーシャワーの森のシメ posted by (C)kazg  



グリーシャワーの森のシメ

グリーシャワーの森のシメ posted by (C)kazg グリーシャワーの森のシメ

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グリーシャワーの森のシメ posted by (C)kazg


シメの群れに交じってイカルがいました。

初めて出会いました。

グリーンシャワーの森のイカル

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グリーンシャワーの森のイカル

グリーンシャワーの森のイカル posted by (C)kazg グリーンシャワーの森のイカル

グリーンシャワーの森のイカル posted by (C)kazg  グリーンシャワーの森のイカル

グリーンシャワーの森のイカル posted by (C)kazg グリーンシャワーの森のイカル

グリーンシャワーの森のイカル posted by (C)kazg


思いがけない出会いでした。

今日はここまで。

雪の報 遠く聞く日の雪下かな [今日の「これなあに」?]

重いけど持っていて良かった、などと思うことは滅多にありません。

その一つは、入院保障のついた生命保険。これは、私の所属していた教職員組合が、「相互扶助」、「助け合い」の理念に基づいて、30年ほど前に創設した「団体保険」でした。「保守化」「右傾化」「労働組合離れ」などが指摘される中、組合への加盟メリットが実感できるような「実益」を、目に見える形に、という工夫のひとつとして、仲間を募って作った制度でした。「相互扶助」「助け合い」といっても、どちらかというと「人助け」のつもりで、もっぱらボランティア精神で加入して、長い年月が経ちました。正直、掛け金がいささか負担に感じられる時もなきにしもあらずでした。

ところが、思いもかけないことに、脳動脈瘤、肺癌、大腸出血と、数年の内にあれこれの入院を経験する羽目になり、この保険から毎回、入院給付を受けられたことはありがたいことでした。つい年末にもそれを経験し、「情けは人のためならず」と、改めて痛感した次第です。

レベルはずいぶん違いますが、昨日の散歩に、FUJI finepixs1だけでなく、PENTAXK5Ⅱ+AFBORG60EDをリュックに入れていたことは、大変喜ばしいことでした。

散歩中にこんな小さな鳥を見つけました。







セッカではないでしょうか?

これまでも「セッカ」を話題にしたことが何度かありましたが、実際には、はっきり確認できないままでいます。

たとえば、この◇芦原に潜むは雪下か冬日和という記事では、こう書きました。







 芦原などに生息する「セッカ」という鳥がいることは、以前から教わっていました。オオジュリン、コジュリンなどと同じような環境に生活すると聞きました。



ウィキペディアにはこう書いてありました。


チガヤ、ススキなどの生える平地から山地の草原、河原、水田に生息し、昆虫やクモを食べる。繁殖は、オスは草とクモの巣で楕円形の巣を作り、メスを呼び込む。体の大きさや羽色の面からも、普段はあまり目立たない鳥であるが、繁殖期には「ヒッヒッヒッヒッ・・・・ジャッジャッジャッ」と鳴きながら、波線状に低空を飛翔する姿がよく観察される。 

 また、日本大百科全書(ニッポニカ)の解説にはこうありました。





せっか / 雪下・雪加

fan-tailed warbler

[学]Cisticola juncidis

鳥綱スズメ目ヒタキ科ウグイス亜科の鳥。湿地の草原、高原などにすむ昆虫食の小鳥で、繁殖期の雄は、体のわりに大きな尾を広げて先端の白さを目だたせながら草むらから飛び出し、上昇しながらヒッヒッヒッと鳴き、下降しながらチャッチャッと鳴く独特のディスプレーを行う。全長約12センチ。上面は黄褐色で黒い縦斑(じゅうはん)があり、夏羽では黒みが強くなる。地中海沿岸、南アジア、フィリピン、オーストラリア北部に分布し、ほとんど渡りをしない。日本では、本州から八重山(やえやま)列島まで分布しており、雄が5~9月にイネ科植物の葉をクモの糸でまとめて巣をつくる。一夫多妻。卵数は4~7個である。生まれたその年のうちに繁殖する雌がある。鳥類ではほかに例がなく、注目されている。[竹下信雄]

(中略)

動きが素早いので、電光石火の「石火」かとおもいきや、「雪下」もしくは「雪加」なのですね。

「雪」の名を負いながら、意外にも夏の季語だそうです。



この鳥、スズメよりも小さく、木枝や枯れ葉の間をあちらへこちらへ素早く移動して、FUJI finepixs1でその動きを捕らえるのは、なかなか困難なところがあります。PENTAXK5Ⅱ+AFBORG60EDで狙う方が、ファインダーの見やすさの分だけ有利と思えます。


阿部池畔に遊ぶセッカ

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阿部池畔に遊ぶセッカ

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これがセッカだとすれば、これまでになく鮮明な画像が得られました。

友人の住む県北地方でも、記録的な積雪があったようです。H氏のブログから写真を借ります。











我が家の方では。一ミリも積もりません。

今日はここまで。



追伸

今朝見たら、サーバ^のメンテナンスとかで肝心のフォト蔵の写真が、まったく表示されず、ご迷惑をおかけしました。

現在メンテナンスも終了したようです。画像をクリックするとフォト蔵が新しいウインドウに開きますので、ご覧ください。






防寒は自前の毛皮沼狸 [折々散歩]

3年半前の肺癌手術の経過を見るための、診察予約日でした。

レントゲン写真では変化なし。OKです。

その足で、岡南飛行場、阿部池方面へ向かい、池畔を散策しました。朝は氷点下2℃という冷え込みでしたが、陽射しがあり風も穏やかでしたので、歩くうちに汗をかきました。

小鳥たちとの嬉しい出会いもありましたが、それはまたの機会にご紹介するとして、今日は別の生き物のご紹介です。

昨日の夕方、近所の小川で、ヌートリアを見ました。

K5Ⅱ+TAMRONsp500mmで写しましたので、ノートリミングでこの大きさに写ります。







そして今日は、FUJI FINEPIXS1で。いずれもノートリミングです。

ぽかぽか陽気のもとで、のんびり日なたぼっこをしながら草を食べていました。







別の個体が、複数、水の中を気持ちよさそうに泳いでいました。朝のうちは氷の張っていた水面が、何だか暖かそうに見えてしまいます。















ヌートリアは、別名、沼狸(しょうり、ぬまたぬき)、海狸鼠(かいりねずみ)、洋溝鼠(ようどぶねずみ)、舶来溝鼠(はくらいどぶねずみ)などと呼ばれたそうです。

拙ブログにヌートリアは度々登場しますが、◇新カテゴリー『獺祭魚』の蘊蓄

ではこんなことを書きました。







 南アメリカ中・南部(チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビア、ブラジル南部)原産の齧歯類。巨大ネズミという風体ですね。

「ヌートリア」とはスペイン語でカワウソ(の毛皮)を意味し、原産の南米では本種のことを「Coipo」と呼ぶ。英名でも「Nutria」より「Coypu」の方が一般的(wikiより)だそうです。



「稲美野ヌートリア通信」というサイトに詳しい説明が掲載されています。

一部を、これまた無断で引用すると、



うんちく: 毛皮はカワウソのように上質で、カワウソの毛皮と称して売買されたため、カワウソのスペイン語<ヌートリア>がまちがってこの動物の呼び名になった。

    ○ 帰化動物としての経緯と状況

      人間によって持ち込まれ、やがて人間の手を離れて野生化し、自然増殖を始めた外来の動物を、帰化動物と呼ぶ。

 日本には1907年に上野動物園に初めて輸入された。日本では1939年(昭和14年)に軍用の毛皮獣として150頭が輸入された。第二次世界大戦中は、防寒用の毛皮を採り、肉は食用とするために多数飼育された。1944年には4万頭も飼育されていたという。第二次世界大戦が終わると需要がなくなり、放逐されたり屠殺されたりした。生き残ったものが野生化し、各地で帰化した。

        海外では:

 海外では、北アメリカ、東アジア、東アフリカ、ヨーロッパなどに帰化している。その毛皮を目的に世界各地で飼育されたため逃げ出したものなどが再野生化している。土手などに穴をあけ、キャベツやコムギなどの畑を荒らすことがあるため害獣となった。

        日本では:

 日本では、岡山県に最も多く生息している。とくに岡山県児島湾干拓地一帯では、縦横にクリーク(排水溝)がつくられ、水性植物が生い茂るなど生息条件に恵まれ、かなり多数が生息している。イネや水路ぞいの野菜に大きな被害を与えるため、毎年2000~3000頭が捕殺されている。岡山県での捕殺数は、全国の90%以上を占める。 
「稲美野ヌートリア通信」より


本物のカワウソが血なまぐさい肉食獣であるのに対して、このヌートリアは基本的にベジタリアン。であるが故に、農作物を食害する等の罪科(とが)により、特定外来生物として捕殺されています。気の毒なことです。





飛行場方面から激しい爆音が聞こえて来ました。

小型の飛行機ですが、どうやらジェット機のようです。

























機体番号をもとに調べてみますと、、、





Cessna 525 CitationJet (セスナ525サイテーションジェット) CJ1という機種であるようです。

今日はここまで。

シメで締めたい、の巻 [折々散歩]

大雪でご苦労されている方々には申し訳ないのですが、今朝は思わぬ上天気で、青空がのぞいていました。
寒風を恐れ、短時間の散歩で引き上げるつもりで、近いところで「自然環境体験公園」を散策してみました。
風もなく意外な穏やかさで、親子連れ、年配のご夫婦、杖をついての年配者など、三々五々散歩客の姿がありました。望遠カメラを持った方もお見かけしました。
今日リュックに入れて出かけたのは、OLYMPUS E3+ZUIKO DIGITAL ED 70-300mm F4.0-5.6と、気まぐれにPENTAXK5Ⅱ+TAMRONsp500mmという組み合わせ。開けた場所なので、それなりの光量が期待できそうに思えたので、引き続きf8.0という暗いミラーレンズでのmf撮影の実験のつもり。
歩き出したとたんに、カワラヒワの群れが梢に見えました。



ちょっとトリミングします。








以上、OLYMPUS E3+ZUIKO DIGITAL ED 70-300mm F4.0-5.6です。
次は、PENTAXK5Ⅱ+TAMRONsp500mm。
ノートリミングでここまで写れば嬉しいです。



少しトリミングします。














地面には、シロハラです。



















梅が咲いています。








梅の枝にジョウビタキ♀。







神出鬼没。

































シメで締めたいと思ったのですが、うまく写せず締まらないハナシになりました。











ところで、カーラジオから聞こえて来たのは、北朝鮮の弾道ミサイル発射という、たわけたニュース。

こんなことをして喜んでる場合じゃないのでは?







それじゃオマエの鳥見散歩はどうなの?と叱られそうですが、ワタシの場合、これを自粛したって事態が好転するわけでもありませんからね。

きょうはこれにて。

その頬に黒斑見えず栴檀の枝に群るるはニュウナイスズメか、の巻 [今日の「これなあに」?]

冷え込みが続きます。

中国地方も豪雪に見舞われ、県北部でも記録的な積雪が続いているようです。

わが居住地付近は、予報では雪マークが示されているものの、昼間は寒風吹きすさぶ中ながら、陽射しがありました。今日は土曜日で、託児所業務が免除になりましたので、久しぶりに近所を中距離散歩してみました。

携行したのは、PENTAXK10D+TAMRONsp500mmf8です。

コガモ、いつもの通り、寒いのに水の中。







カワラヒワが枝先で寒風に吹かれています。



またまたカワセミに遭いました。



上空にミサゴが舞っていました。











レフレックスレンズ(ミラーレンズ)は、500mmの割りにはコンパクトです。上の写真は、いずれもノートリミングでこの程度の大きさに写りますから、MFでのピント合わせさえ苦にしなければ、散歩のお供としては好適です。

ジョウビタキ♀です。すこしだけトリミングします。











ところで、センダンの枯れ枝に止まるこれなあに?

右の方に止まっているのはキジバトですが、わからないのはスズメのような小鳥の群れ。



















































ニュウナイスズメでしょうか?

下は普通のスズメでしょうね。











ほっぺにはっきり黒い斑紋があります。

今日はこれにて。

エナガと菜花と月、の巻 [折々散歩]

カワウソが、捕らえた獲物を岩に並べて祝いの祭を催す故事にちなんで、撮りためた獲物を並べて一人楽しもうというコーナーです。

同名の「幻の名酒」とは、一切関わりがありません。

こんな記事を書いたのはもう。一昨年になります。

◇安酒をちびりちびりの物思い








  先日、酒屋を覗いたら、この銘酒が棚に並べられて、オーラを放っておりました。

山口県出身のアベ首相が、ロシアのプーチンさんやアメリカのオバマさんに、地元の地酒であるこの「獺祭」を「手土産」としてプレゼントしたなどのエピソードも知られていますし、アニメ「新世紀エヴァンゲリヲン」にも、この酒がさりげなく登場することも、マニアには周知のことだそうです。

オバマさんにプレゼントしたのは、このグレードだそうです。



今日私は、迷った挙げ句、1800ml1100円の特価品を思い切って買いました。

1000円を超える日本酒を「贅沢」と感じてしまう経済感覚から見ると、けたはずれの「高級酒」。自分が額に汗して働いて貯めたお金でひとときの幸せをあじわうことには、なんの文句もありません。また、大切な友人に、最上のプレゼントを選んで贈る気持ちに、難癖を付ける気持ちはありません。ただ、その支出が、どの財布から支払われたかは、気になるところです。

ところで、そのアベさんは、ただいま訪米中。ワシントンで日米首脳会談を行ったあと、トランプ氏の別荘がある南部フロリダ州でともにゴルフを行い、親睦を深めるそうな。

昨年の11月17日(米国時間)、大統領選挙で当選したばかりのトランプ氏を、世界に先駆けて訪問し、ニューヨークで会談したアベさんは、ゴルフクラブをプレゼントしています。そのゴルフクラブとは、本間ゴルフの『BERES
S-05』ドライバー。シャフトのグレードにより価格は変わるそうですが、贈られたのは最高級の5Sグレード。フルオーダー品で価格は約54万円だそうです。

昨日、友人たちとの会話でこの話題が出ましたが、ゴルフ好きの友人によると、50万円超のドライバーは最高級で、プロ選手でも持っている人は少ないだろうとのこと。これまた友情のあかしとしては結構なことですが、やはり財布のありかが気になります。



さて今日の獺祭魚は、深山公園のエナガです。

深山公園のエナガ2017

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大変な冷え込みでした。

県内でも相当な降雪があったようですが、当地は空っ風に吹かれた程度。それでも、外を歩くのは辛い。

おたふく風邪の2歳児(もぅすぐ)は、少しずつ回復し、食欲も蘇ってきていますが、それでも本調子でないのか、抱っこしてないと泣きわめきます。抱っこしていても、急に「ママのところに行く」と言い張り、容易には気が紛れません。

仕方がないのでジャンパーを着せ、私も防寒着をまとって、木枯らしの中を歩きます。でも、すぐに「寒い、オウチ帰る」と、引き返します。こんなことを繰り返し、一日が過ぎていきます。

今日撮影したのは、これだけでした。



そしてこれは、機能の画像。



「冬来たりなば春遠からじ」ですよね。

今日はここまで。

隙を見て歩けば青い鳥に遭う、の巻 [折々散歩]

もうすぐ二歳になる孫娘のおたふく風邪は、まだまだ真っ盛りで、耳下腺が腫れて痛いらしく、いつもは食欲旺盛な彼女が、食事も飲料も欲しがりませんが、今日は少しは痛みになれたのか、おかゆやプリンは喉を通るようになりました。

この秋、庭でつくったサツマイモを、焼き芋にしてやりましたら、「美味しい」と言って食べました。食事ができる状態になれば、回復も近いかと、楽観しています。

今日は、バアバもパートがお休みでしたので、託児所業務も少しはゆとりがあります。

「ママ、ママ」とむずかり出すと手がつけられなくなりますので、ママが帰ってきていないかと、抱っこして、家の前まで何度も様子を見に行き、ママの車がないのを確認して得心させます。それで機嫌を直せば、近くの公園をぶらりと歩いたり、ブランコに乗ったりして時間を潰すことができます。

昨日はこの公園に、ツグミの他、シロハラやメジロの姿も見えました。残念ながらカメラを持ち出す余裕はありませんので、目視による観察で我慢したのでした。今日はカメラを携行しましたが、あいにく鳥の姿がありません。

梅が良い感じに開花していました。











fuji ファインピクスs1です。ピントが合えば精細な画像を得られるのですが、時々こんなピンぼけ(後ピン)でからかわれます。

疲れてお昼寝をしている隙に、近所のプチ散歩を楽しみました。

olympuse630+kenkoミラーレンズ400mmf8という、久しぶりに持ち出す組み合わせです。ファーサーズ規格のカメラですので、35mmフィルムに換算すると、800mm相当の望遠レンズで、この軽さコンパクトさは格別といえます。ただ、ファインダーが比較的小さく見づらいこと、f8というレンズの暗さ、ピント合わせが完全MFであることなど、老眼の身にはハンディの大きい機材です。

ただ、気温は低いけれども明るい陽射しがあるの今日のようなお天気だと、少しは救われるのでは、と期待したところもあります。

用水路のコガモ。ノートリミングでこの程度の大きさに写ります。









桜の枝に止まるツグミ。うまく近づくことができると、かなりアップで写せます。



ヒヨドリです。

















ここまで写れば、まあ上出来と言えましょうか?MF操作に少しは自信が取り戻せたような気もします。

テナことを考えていた頃は、まだ心に大らかなゆとりがあったのです。

が、この鳥を見たとたん、別の機材を持ってくれば良かったと、思わず愚痴がこぼれます。

水面を這うように飛んで、向こう岸の枝にひょいと止まりました。

この距離、この大きさでは、MFによるピント合わせは、結構手こずらされます。



かなりの枚数写したうちから、まずまずのものを拾ってみます。

以下、鳥の姿がよく確かめられるようにトリミングします。



















今日はこれにて。

「アカエグリバ」、覚えられません、の巻 [今日の「これなあに」?]

色々なことが起こります。

きのう、車で一時間弱のところに住む孫のところへ届け物をして帰宅してみますと、ご近所にパトカーが止まっていて、警察官が何人も見えます。しばらくして、救急車のサイレンの音が近づいてきて、その家に横付けした模様です。担架や、救命用具が慌ただしく運ばれ、救急隊員らしき方が門扉を乗り越え、敷地内に向かうのも見えました。

この家には、高齢のご夫婦が住んでおられましたが、長患いのご夫君が昨年亡くなり、残された奥さんがお一人で暮らしておられました。しかしここのところ、一週間余りもご本人の姿が見えず、回覧板も滞り、新聞受けに何日分もの新聞が山積みになっている、チャイムをならし声をかけてもご返事がない、などから、近所の方が心配されていました。身寄りの方もなく、町内会の役員や民生委員の方が中心に警察に連絡を取って、こういう次第となったようです。

家にも鍵がかかっているので、ガラス戸を破り、警察官が中に入って確かめたところ、室内で亡くなっておられたそうです。

「独居老人」の悲劇です。



3月が近づきましたので、近くに住む孫娘のひな人形を、我が家に飾っております。二人の孫娘のために、それぞれ、ママの実家が用意してくださったものです。

もうすぐ二歳になる妹のおひな様は、こんなのです。



可愛いでしょ?

見れば見るほど、本人そっくりなのです。

特に、ほっぺがふっくらしているところが、、、。

その子が、実は今日からおたふく風邪にかかりました。先日、姉がかかったのですが、今度は妹の番です。

ほっぺがいつもふっくらなので、ひどくはめだたないのですが、大層痛がります。

保育園に行けませんから、またしばらく託児所業に後戻りです。



「ふっくら」で思い出しましたが、先日「ふくらすずめ」を話題にしました。

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姿の連想からでしょうか「フクラスズメ」とという名の蛾があります。幼虫も興味深い姿をしていて、撮影画像をどこかにストックしているはずなのですが、さがしても、見当たりません。図鑑の画像をお借りします。



奥付を見ると、1989年発行の第9版とあります。長い間お世話になっています。



94ページに載っていました。

「ヤガ」の仲間だそうです。

同じ「ヤガ」の仲間に、「アカエグリバ」という珍妙な蛾が、96ページに載っています。





枯れ葉そっくりですね。

実は先日の土曜日の朝、「ジイジ、バアバ見て」と、保育園年長組の孫がやってきました。

手にこんなものを持っています。



パパが、家の前で見つけたのだそうです。

よく気がついたものです。





さらに拡大します。

















どう見ても2枚とも枯れ葉です。

でも上の枯れ葉に足があるのはわかりますね、

寒いので、動きは鈍いですが、それでも時々動いています。

今日はこれにて。

花なれば何の不思議はなけれども枇杷の花にも香のあるを知る [折々散歩]

今日は一日、冷たい雨が降ったりやんだり。

雨具を用意して散歩に出かけようかと準備はしましたが、何かと差し障りができて、未遂に終わりました。

庭のナンテンです。





もうすぐ二歳になる孫娘が、こんな花を摘んできました。



私のぐい呑みが、臨時の花器に供用されました。



一昨日(2/3)に、郷里の老父母の元に、に米や野菜をもらいに帰ってきました。
実家の近くに、椿の茂みが、小刻みに動いています。

黄色い丸印のところにご注目ください。

拡大します。



メジロでした。
シロハラもいました。




メジロのそばには、たいていヒヨドリもやってきます。

これはピンぼけです(汗)

昨日は立春でした。朝の散歩中、ヒヨドリを見て、「ふくらヒヨドリ」なるものを捏造しましたが、枇杷の花の上にもその姿がありました。



そして、その枇杷の木には、メジロの群れもせわしく吸蜜していました。












ソネブロの皆様の中にも、ご自宅の庭に小鳥たちのサンクチュアリ(聖域)をつくっておられる方の記事があり、いつもうらやましく思います。居ながらにして、庭に訪れる小鳥を観察・撮影できるなんて、何という贅沢。と同時に、せっかくメジロが来るようになったのに、後から顔を見せるようになったヒヨドリが好き放題、、、という嘆きもしばしばうかがいます。むべなるかなと思います。

先日のM師からのメールにこうありました。







 家では庭を整備中で切り倒したヒバの木をどう使おうかと考えておりましたが、ふとトランプタワーでなくメジロタワーでも作ろうかと思いついて。試作中です。



 屋上をメジロプールにしてその下の階をレストランにしてと構想を練っている間にもうメジロがやってきました。



 ヒヨ対策にはメジロの嘴は入るがヒヨの嘴は入らない目の大きさの金網で餌を覆うと良いと知人からアドバイスをもらっていますが、今思案中です。


特に、農家の方や、果樹を楽しむ方にとっては、ヒヨドリの貪欲さと傍若無人さは、よほど寛容な心を持たないと、受け入れがたいところがありますね。

ところで、メジロ。かわいさの余り、枇杷の木の間近に寄って観察する機会が増え、ふと気づきましたが、枇杷の花にもあるかなしかの香りを感じるような気がします。
香りと言えば、梅です。

 (梅の花の写真の掲載に失敗していました。改めてフォト蔵にupしました。)


霜深い立春の朝の梅
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花弁や蕾に霜が降りて、凍えていますが、香り高く春を待っています。

今日はこれにて。


春立つといえども今朝の霜白くふくらヒヨドリかがまりてあり [折々散歩]

今日は立春。

立春にまつわる蘊蓄は、ずっと以前、◇木蓮のつぼみ柔らに春立ちぬの記事に書きました。

 春立ちける日詠める・紀貫之

袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つ今日の風やとくらむ

 古今集の撰者の一人、紀貫之の歌です。

「春立ちける日」とは、暦の上で立春になった日、という意味。つまり今日のことです。


学研全訳古語辞典を引用します。


[訳] 夏の日の袖がぬれるまでにして手にすくった水が、冬の間凍っていたのを、立春の今日の風が解かしていることであろう。



鑑賞:季節の推移を水の変化(水→氷水)によって巧みに表現して、立春を迎えた喜びを詠んだもの。「むすび」は「掬(むす)び」と「結び」との、「春」は「張
る」との、「立つ」は「裁つ」との掛け詞(ことば)。「結ぶ」「張る」「裁つ」「とく(解く)」は、「袖」の縁語。末尾の「らむ」は係助詞「や」の結びで、助動詞「らむ」の連体形である。


この歌を現代語で解釈しようとすると、理屈っぽくなってしまい、歌としてはどうなの?と突っ込みたくなりますね。

そもそも、歌っている季節は春なの?夏なの?冬なの?


極めつけは、これでもかと言わんばかりの修辞や技巧。「サムイ親父ギャグ」並の言葉遊びですか?


古今集の歌風の特徴をなす、「優美・繊細理知的」といった傾向は、大なり小なり「理屈っぽさ」と形式重視の頭でっかちに傾きがちで、貫之はといえばその歌風の推進者ですから、無理もないのですが。


でもこの歌、その鼻につく理屈っぽさと言葉遊びの を少々大目に見てやると、こめられている季節感なり歌の調べなりは、なかなか捨てたものでもなさそうです。


「立春」という知的認識がもたらす観念的・論理的連想が、情緒的・体感的な感覚を伴って心象風景となって繰り広げられ、みずみずしいといってもいい季節感を醸しているではありませんか。特に「泉の水」というピンポイントに照準を合わせて、うつりゆく季節の時間的推移が複層的に読み込まれています。


それを図式化してみると、

緑の葉のおい茂る夏のほとばしる清水の冷涼さ(=過去)

→厳しい冷え込みに泉も凍り付く真冬の冷たさ(直前)

→立春(現在)

→そよ風が氷を溶かしているであろう想像上(願望上の)情景(想像上の現在~近未来)


といった具合でしょうか?実際のその目で確かめた春ではありませんが、「立春」であるからには、今頃は、かならずや山の泉の氷も溶けて春が訪れているだろうと、心の中にはありありと、穏やかな春の訪れが「体感」されているのです。 


今朝の散歩道は、白い霜に覆われていました。





コガモたちが寛いでいる小径は、春になると桜のトンネルになる並木道です。













ハクセキレイも霜の中。




















ツグミも寒そう。





















こんなもっこりしたスズメをふくらすずめというらしい。



するとさしずめこれなどは、ふくらヒヨドリ?













きょうはこれにて。




節分にちなんで、の巻 [あれやこれやの知ったか話]

今日は節分です。

留学生相手の日本語授業で、昨日は節分を題材にしたプリントを作ってみました。作成に結構時間がかかりました。

少しだけご紹介します(一部改作。また、実際には漢字の多くにふりがなを施していますが、煩雑になりますのでこのページでは省略します。)

  次の文章を読んで後の問に答えなさい。

 一年を24等分する暦「二十四節気」の中に、①「立春」②「立夏」③「立秋」「立冬」と呼ばれる日がありますが、それぞれの前日を「節分」と呼びます。「季節を分ける日」という意味です。

節分の風習は. 奈良時代頃、中国から伝来し、 平安時代に宮廷の行事として定着したと言われます。

 節分は、もともと一年に四回ありますが、なかでも「立春」が一年の始まりとして、とくに尊ばれたため、節分といえば次第に春の節分のみをさすようになったようです。

古来、季節の変わり目には鬼が出ると言われていて、節分に豆をまいて鬼を追い払う行事は、室町時代から続いています。

豆まきは、普通、「福は内、鬼は外」と掛け声をかけます。これは邪気=鬼を払って福を呼び込むということですが、場所によっては⑤「鬼は外」という言葉を言わなかったり、⑥「福は内、鬼は内」というかけ声をかけるところもあるのです。

 例えば千葉県にある成田山新勝寺では、「福は内」とだけ言って、「鬼は外」とは言いません。これはご本尊の不動明王の力がとても強力なため、あえて鬼を外に払う必要がないからだそうです。

 また奈良の元興寺や、青森県弘前市の鬼神社、埼玉県嵐山町の鬼鎮神社など各地の鬼に関連する神社でも「福は内、鬼は内」という掛け声になります。

 

問1 次の①~④の漢字の読み方を書きなさい。
①「立春」               ②「立夏」

③「立秋」               ④「立冬」


問2  節分の豆まきは、「鬼」を追い払って福を呼び込もうとする行事ですが、「鬼」とは何のことだと書かれていますか。漢字二文字で答えなさい。



問3 傍線部 ⑤「鬼(おに)は外」という言葉を言わなかったり、傍線部⑥「福は内、鬼は内」とむかけ声をかけるところ に当てはまるのはどこですか。文章中からそれぞれ一つ抜き出して答えなさい。

ところで、豆まきのかけ声について、こちらhttps://allabout.co.jp/gm/gc/220642/) に興味深い記事がありましたので引用させていただきます。

●仏立山真源寺(東京都台東区) →「福は内、悪魔外」

鬼子母神を御祭神としており、「恐れ入谷の鬼子母神」で有名。鬼子母神とは、他人の子供を襲って食べてしまう鬼神でしたが、見かねたお釈迦様が彼女の末子を隠し、子供を失う悲しみを諭します。それ以来仏教に帰依するようになり、子供の守り神となりました。

●鬼鎮神社(埼玉県比企郡嵐山町) →「福は内、鬼は内、悪魔外」

鎌倉時代の勇将・畠山重忠の館の鬼門除けとして建立したので「悪魔外」。また、金棒を持った鬼が奉納されているので「鬼は内」です。

●元興寺(奈良県奈良市) →「福は内、鬼は内」

寺に元興神(がごぜ)という鬼がいて、悪者を退治するという言い伝えがあります。

●稲荷鬼王神社(新宿区歌舞伎町) →「福は内、鬼は内」

「鬼王」として「月夜見命」「大物主命」「天手力男命」の三神を祀っています。

●天河神社(奈良県天川村) →「鬼は内、福は内」

鬼は全ての意識を超えて物事を正しく見るとされているため、前日に「鬼の宿」という鬼迎えの神事を行い、鬼を迎い入れてから節分会をします。

●金峯山寺蔵王堂(奈良県吉野郡吉野町)→「福は内、鬼も内」

全国から追われた鬼を迎い入れ、仏教の力で改心させます。

●千蔵寺(神奈川県川崎市) →「福は外、鬼は内」

厄神鬼王(やくじんきおう)という神様が鬼を堂内に呼び込み、悪い鬼に説教をして改心させ社会復帰させます。

●大須観音(愛知県名古屋市) →「福は内」のみ

伊勢神宮の神様から授けられた鬼面を寺宝としているため「鬼は外」は禁句です。

●成田山新勝寺(千葉県成田市) →「福は内」のみ

ご本尊の不動明王の前では鬼も改心するとされています。

鬼さん、いらっしゃ~い 【地域編】


●群馬県藤岡市鬼石地区 →「福は内、鬼は内」

鬼が投げた石でできた町という伝説があり、鬼は町の守り神。 全国各地から追い出された鬼を歓迎する「鬼恋節分祭」を開催している

●宮城県村田町 →「鬼は内、福も内」

羅生門で鬼の腕を斬りとった男(渡辺綱)が、この地で乳母にばけた鬼に腕を取り返されてしまったため、鬼が逃げないよう「鬼は内」という。

●茨城県つくば市鬼ケ窪 →「あっちはあっち、こっちはこっち、鬼ヶ窪の年越しだ」

あちこちで追いやられ、逃げ込んできた鬼がかわいそうで追い払うことができないため「あっちはあっち、こっちはこっち」。節分の豆まきは新春(春分)を迎える前日の厄払いであり、昔は新年を迎える前日としてとらえていたので「鬼ヶ窪の年越しだ」と言っていたそうです。

鬼を追い出すと家が困ってしまいます 【家の事情編】


●鬼頭さん、鬼沢さん、九鬼さんなど名字に「鬼」のつく家 →「鬼は外」以外の口上が多い

鬼を追い出してしまったら、縁起が悪いです。

●伝統的な商家 →「鬼は内」

商家では鬼=大荷としてとらえ、大きな荷物が内 (家・お店)に入らないと商売繁盛につながらないため、「鬼は内」というところが多いのです。

●ワタナベさん →鬼を退治する必要がないので、「鬼は外」と言わない(豆まきもしない!?)

平安時代に渡辺綱が鬼退治をしたため、鬼たちがワタナベ一門を恐れ、子孫にも近づかなくなったという説があります。



上級者を対象に、過去記事◇福は内 福は内とて 春待たるを元にこんな問題もつくって見ました。


次の文章を読んで後の問に答えなさい。


 節分と言えば、「枕草子二二段」に、「すさまじきもの」という章段があります。「すさまじ」という古語は、現代語のニュアンスとはかなり異なり、「興ざめだ」とか。「殺風景だ」とか訳されます。くだけた言葉で言えば、「しらける」「ドッチラケル」という感じでしょうか。

 すさまじきもの、①昼吠ゆる犬。春の網代。三、四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼。稚児亡くなりたる産屋。火おこさぬ炭櫃、地火炉。②博士のうち続き女児生ませたる。方違へに行きたるに、あるじせぬ所。③まいて節分などは、いとすさまじ。(以下略)

【現代語訳 】 しらけちゃうもの。昼間っから吠える犬。春の網代。(網代は、宇治川などで行われた伝統的な漁法「網代漁」で用いる漁具。川中に立てた杭に、竹や木で編んだ仕掛けを設置し、氷魚(鮎の稚魚)なんかを獲った。これって、ゼッタイ冬のもの!)

 三、四月頃に着ている紅梅襲の衣。季節外れでダサイったらありゃしない。

 飼ってる牛が死んじゃった牛飼。 赤ん坊が死んじゃった産室。 火をおこさない角火鉢。いろり。 博士が、次からつぎへ女の子を産ませているの。方違えに行ったのにごちそうをしない所。まして節分の方違えにごちそうしない家などは、どっちらけでやんなっちゃうわ。



註 「旺文社古語辞典」にはこうあります。

かたたがへ(方違へ):(名詞)「かたたがひ」とも。陰陽道で、外出する際、天一神 ・太白神・金神などのいる方角をさけること。行く方角がこれに当たると災いを受けると信じ、前夜別の方角の家
(「方違へ所」)に泊まり、そこから方角を変えて目的地に行く。=忌み違へ。「─にいきたるに、あるじせぬ所(=ゴチソウヲシテクレナイ家)」 

「あるじす」という言葉は、「主す」。方違え先の主人が、ゲストをご馳走してもてなすという意。「方違え」にまつわる風習であったようです。同じ「旺文社古語辞典」は、「節分違へ」をこう説明しています。

せちぶんたがへ(節分違へ):(名詞)節分の日に行う「方違へ」。平安時代、節分に「方違へ」をする風習があった。「─などして夜ふかく帰る」枕草子298
節分(せつぶん/せちぶん)は、「季節を分ける」意で、もともと各季節の始まりの日=「立春」「立夏」「立秋」「立冬」のそれぞれの前日をさしました。立春は1年のはじまりとして特に尊ばれたため、次第に、もっぱら節分といえば春の節分のことをさすようになりました。



問1 ①「昼吠ゆる犬」が興ざめである理由を次の文の(    )に適切な語を入れて説明しなさい。

  ◎犬は(         ) 吠えるのが似つかわしいと考えられるから。


問2 ②「博士」の家に女児ばかり生まれるのは、なぜ興ざめなのか、次の文の     に適切な語を入れて説明しなさい。

  ◎その時代、博士は(         )  だけが継ぐことのできる官職だったから。



 問3 ③「まいて節分などは、いとすさまじ。」とありますが、作者は、節分にはどうあるべきだと考えていますか、簡潔に答えなさい。


「日本語」の習得に役立つかどうかは別として、日本文化への関心は刺激できるかも、と思って、考えたのですが、、、。

一時間目、教室へ行ってみると、席には中国人の男子学生ひとりだけ。春節の時期でもあり、帰省中の学生もあろうかと覚悟はしていましたが、出席ひとりとは想像を超えていました。

ちょっと気落ちして、プリントではなく自分のやりたい自習をするかと水を向けてみましたが、プリントをやるといいます。しばらくして、もうひとり、中国人女子学生があらわれ、このふたりと2時間の授業、節分のプリントにつきあってもらいました。

ひきつづき、別クラスの2時間は、10人ほどをあいてに、同じことを繰り返しました。

費やした労力に比べて、「達成感今少し」の悔やみが残りますので、腹いせにここに紹介させていただきました。

春と言えばウグイスですが、これ、ウグイスでしょうか?

























昔、こんな記事を書きました。一部引用します。


◇お名前は? 鶯宿、紅さし、そして南高

 

梅の品種名は優美なものが多いようです。


その筆頭は鶯宿でしょうか?ウグイスの宿と書いて「おうしゅく」と読むようです。


辞書に、こんな説明があります。


 
村上天皇の時、清涼殿前の梅が枯れたので紀貫之(きのつらゆき)の娘紀内侍(きのないし)の家の梅を移し植えたところ、枝に「勅なればいともかしこしうぐ
ひすの宿はと問はばいかが答へむ」という歌が結んであり、天皇はこれに深く感じて梅の木を返したという、拾遺集・大鏡などにみえる故事。また、その梅の木。

2 梅の一品種。香りがすぐれ、花は白、または紅・白まじって咲く。《季 春》 (デジタル大辞泉)

 

「大鏡」の該当部分はこうです。
 
「いとをかしうあはれにはべりしことは、この天暦(てんりやく)の御時(おほんとき)に、清涼殿(せいりやうでん)の御前の梅の木の枯れたりしかば、求めさせたまひしに、なにがしぬしの、蔵人(くらうど)にていますがりし時、承りて、



『若き者どもはえ見知らじ。きむぢ求めよ。』



とのたまひしかば、一京(ひときやう)まかり歩(あり)きしかども、はべらざりしに、西の京のそこそこなる家に、色濃く咲きたる木の、様体(やうだい)うつくしきがはべりしを、掘り取りしかば、家あるじの、



『木にこれ結(ゆ)ひつけて持て参れ。』



と言はせたまひしかば、あるやうこそはとて、持て参りてさぶらひしを、



『何ぞ。』



とて御覧じければ、女の手にて書きてはべりける、



  勅なればいともかしこし鶯(うぐひす)の宿はと問はばいかが答へむ



とありけるに、あやしくおぼしめして、



『何者の家ぞ。』



とたづねさせたまひければ、貫之(つらゆき)のぬしの御女(みむすめ)の住む所なりけり。



『遺恨のわざをもしたりけるかな。』



とて、 あまえ、おはしましける。



繁樹(しげき)今生(こんじやう)の辱号(ぞくがう)は、これやはべりけむ。



さるは、



『思ふやうなる木持て参りたり。』



とて、衣(きぬ)かづけられたりしも、辛(から)くなりにき。」



とて、こまやかに笑ふ。
 
 
 
例のウルトラ2老人の一人、夏山繁樹の思い出話として語られています。

夏山繁樹はこちらの過去記事でも紹介しました。


《あらすじ》

 清涼殿の梅が枯れたので、代わりの木をさがすようにと、 帝の命令があり、 蔵人は「若い者ではわからんだろう」と、夏山繁樹にこれを命じた。

 京の都中探して見つからなかったが、西京のどこそこの家に、 花も枝振りも美しい梅の木があったので、掘り取ったところ、 家の主人が、梅の枝に手紙を結んで持っていくように言う。

 梅を宮中に運んだところ、帝は手紙をご覧になった。

 手紙には、女性の筆跡で

 「帝のご命令なので恐れ多いことだ。鶯が、私の宿はどうなったのと 訪ねたら、なんと答えたらよいでしょう」

 和歌を書いた家の主人は、紀貫之の娘だった。

 帝は、無風流なことをしたと恥ずかしく思い、 夏山繁樹も、ほうびをもらったが、後味がわるく、 「人生最大のチョンボでしたなあ」、と苦笑いしながら語る。 

 


 今日はこれにて。


きくいただきでしょうか?の巻 [折々散歩]

昨日にひきつづいて、このコーナーは、カワウソが捕らえた魚を岩の上に並べて祝祭を催すという故事に倣って、撮りためた作品を並べて一人楽しむ趣向です。実在する「幻の名酒」とは、一切関係ありません。
「今日のこれなあに」のカテゴリーにも分類したいこの鳥は?

この顔、カワウソに似てません?



頭のてっぺんに黄色い飾りが見えるような気がします。

キクイタダキでしょうか?
「菊戴」、つまり頭のてっぺんに菊の花をいただいているという命名だそうですね。もしそうだとすると、初めて撮影に成功したことになります。





菊の模様はなかなか見えません。

撮影して帰って、家で整理中に初めて気がつきました。
後ろ姿だと、なおさら見分けられません。


たとえば、これなどとも混同してしまいそうです。

実際には、からだの大きさが違いますが、、、。

これはシジュウカラですね。











シジュウカラは、漢字で書くと「四十雀」。「シジュウ」は鳴き声、「カラ」は小鳥の意だそうです。
そしてこれは、ヤマガラ。漢字で書くと「山雀」ですね。

むしろありふれた小鳥なので、「ヤマガラなんか写してやらない」とつぶやいておられる物慣れた女流カメラマンさんをお見かけしたことがありましたが、私は、姿を見るとついついカメラを向けてしまいます。この愛くるしさと、親密さは、格別です。























































































きょうはこれにて。



枇杷の花にメジロ、の巻 [獺祭魚]

カワウソが、捕らえた魚を岩に並べて祭りを行うという伝承に倣って、撮りためた画像を並べてひとり楽しもうというコーナーです。「伝説の名酒」とは一切関わりありません。



先日の松山行で、JR松山駅前に正岡子規の句碑を見つけました。

子規のことは、当ブログでも何度か触れていますが、その号について、ずっと以前、こんな記事を書きました。

今日も「これなあに?」






 ところで、 徳富蘆花作『不如歸』の読み方は?

そうです。ホトトギスです。




 では、次の漢字の読み方は?


1.時鳥


2.杜鵑


3.鵊


4.杜宇


5.蜀魂


6.田鵑


7.子規(子規鳥)


 そうです。すべてホトトギスです。


最後の「子規」は、近代俳句の創始者で、近代短歌の草分けでもあった正岡子規の俳号でした。彼が、ホトトギスを意味する「子規」を俳号としたのは、肺結核で喀血した彼が、血を吐きながらも歌い続けようする自負を、「鳴いて血を吐く
ホトトギス」と重ね合わせたからです。ホトトギスは口の中が赤く、鳴くと血を吐いているように見えるため、この俚諺がうまれました。


上記の徳富蘆花作『不如歸』もまた、結核に冒された浪子の悲惨を題材にしているからの命名でしょう。


漢詩・漢文の世界では、「杜鵑の吐血」という言葉もあり、そのいわれについて、ここに詳しい解説があります。


正岡子規が創刊した雑誌の名も「ホトトギス」でした。後に雑誌「ホトトギス」は子規の弟子である高浜虚子が主宰し、近代俳句の主要潮流「ホトトギス」派のよりどころとなっていきます。




正岡子規は、本名は常規(つねのり)のちに(のぼる)と改めます。

 彼は子規のほかにも多くの号(ペンネーム)を用いたことでも知られ、負け惜しみの強いことを表す漱石枕流」の故事にちなんで「漱石」を用いたこともありますが、この号は、友人の夏目金之助(夏目漱石)に譲ります。ちなみに夏目漱石の作家デビューも、虚子のすすめにより雑誌「ホトトギス」に『吾輩は猫である』を連載したのがきっかけでした。


子規のペンネームで面白いのは「野球」というものです。 名前の(のぼる)をもじって「野球(のぼーる)」という洒落です。


子規は学生時代から、ベースボールを好んでプレイし、「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」などの訳語を作ったのも彼だと言われています。


子規が17歳まで過ごした家が復元されて「子規堂」として、松山市正宗寺内にあります。子規堂前には、「坊っちゃん列車」が展示され、子規の短歌九首を刻んだ、「子規と野球の碑」が建っています。



さらに、◇新カテゴリー『獺祭魚』の蘊蓄という記事ではこう書きました。







 その時触れずにいた「獺祭書屋主人」についての蘊蓄が今日の話題です。

ネットを探っておりますと、土井中照さんのMONDO EHIMEというサイトを見つけました。

その中に「松山の一番」というコーナーがあり、「日本一のペンネーム」というページがありました。「へえ、そうだったんだ」が満載でしたので、無断で恐縮ですが、引用させて戴きます。







 子規の本名はというと正岡常規。墓碑銘には「處之助」「升」「子規」「獺祭書屋主人」「竹ノ里人」が登場します。

 「處之助」は幼名。学校へ行く年になって「トコロテン」とからかわれてはいけない、と外祖父の大原観山が子規4・5歳のとき、易の地風から「升」と改めました。これ以降、友人や母から「のぼさん」と親しみを込めて呼ばれています。

 「子規」は明治22年、喀血した時より「啼いて血を吐くほととぎす」にちなみ使われています。明治11年、12歳の折り、初めて作った漢詩が「聞子規」というのも因縁めいています。

 「獺祭書屋主人」はかわうそ(獺祭)が捕った魚を並べる習性より、本をあたりに並べ散らかす様を号したもの。

 「竹ノ里人」は東京の住まいを呉竹の根岸と称し、そこで暮らしていたことからつけたものです。

 子規は雅号だけでも百あまり持っています。「筆まかせ」雅号の章には中の川の子規邸にあった桜の木から「老桜」と号したのが十歳ごろ。山内伝蔵より「中水」をもらったがあまり気に入りませんでした。十五・六歳の時、大原観山より桜の形容として「香雲」という号に変えています。

 「筆まかせ」に登場する雅号は他に「走兎」「風廉」「漱石」「士清」「子升」「常規凡夫」「眞棹家」「丈鬼」「冷笑居士」「獺祭魚夫」「放浪子」「秋風落日舎主人」「癡夢情史」「野暮流」「盗花」「四国仙人」「沐猴冠者」「被襟生」「莞爾生」「浮世夢之助」「蕪翠」「有耶無耶漫士」「迂歌連達磨」「情鬼凡夫」「馬骨生」「野球」「色身情仏」「都子規」「虚無僧」「饕餐居士」「僚凡狂士」「青孝亭丈其」「裏棚舎夕顔」「薄紫」「蒲柳病夫」「病鶴痩士」「無縁癡仏」「情魔癡仏」「舎蚊無二仏」「癡肉団子」「仙台萩之丞」「無何有洲主人」「八釜四九」「面読斎」「一橋外史」「猿楽坊主」。

 他には「桜亭仙人」「緩寛人」「於怒戯書生」「無茶苦茶散人」「四国猿」「弄球」「能球」など。

 子規の雅号の中に「漱石」があり、「筆まかせ」には「漱石は今友人の假名と変ぜり」とあります。また、ベースボールを「野球」と命名したのが子規と言われているのは「升(のぼる)」をもじって「野球(のぼーる)」としたからなのですね。

「名前/無用の雑学知識」(ワニ文庫)によると、名前の記録保持者は滝沢馬琴。戒名も加えて35というペンネームということで名前の横綱に挙げられていますが、これなら正岡子規が日本一多いペンネームの持ち主と言えそうですね。



今日の話題、「獺祭書屋主人」について、「獺祭書屋主人」はかわうそ(獺祭)が捕った魚を並べる習性より、本をあたりに並べ散らかす様を号したもの」と端的に解説しておられます。

「獺祭魚」と言う言葉もあり、例のごとくwikiによるとこう解説されています。

獺祭魚(だっさいぎょ、たつうおをまつる)は七十二候の一(雨水初候)。立春末候の魚上氷の後、雨水次候の鴻雁来の前にあたる。また転じて書物をよく好み、引用する人のこと。

礼記月令孟春の条に「東風凍を解き、蟄虫は始めて振く。魚冰に上り、獺魚を祭り、鴻雁来る」とあるのが出典。春になってカワウソが漁をはじめ魚を捕らえることを指した。カワウソは捕らえた魚を川岸に並べる習性があり、これが先祖を祭るときの供物のように見えたことから「魚を祭り」とされた。

晩唐の政治家、詩人である李商隠は作中に豊富な典故を引いたが、詩作の際に多くの書物をカワウソが魚を並べるように置いたため、獺祭魚と称された。ここから、多くの参考書を周囲に広げるさまを指すようになった。

正岡子規は自らを獺祭書屋主人と称したため、子規の命日である9月19日を獺祭忌と呼ぶこともある。



早くも月が変わりましたので、時期遅れになってしまわないうちに1月中に撮りためた画像をご紹介しておきたいと思います。

まずは今日のプチ散歩で会った、おなじみさん。

ヒヨドリです。





ジョウビタキ♂。



枇杷の花の蜜に集まるメジロ。













メジロは、かなり頻繁に姿を見ることができます。

先日の深山公園でも、サザンカに群がっていました。















松の木も好きなようです。







今日はこれにて。

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