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春弥生 中の七日のインフルエンザ、の巻 [家族]

「弥生も末の七日」という「奥の細道」のフレーズを、てっきり過去記事に書いたつもりでしたが、◇桃の節句の蘊蓄の記事では、「奥の細道」冒頭箇所を、その直前部位分まで引用しただけでした。

続きはこうでした。

弥生も末の七日、あけぼのの空朧々(ろうろう)として、月は有明(ありあ)けにて光をさまれるものから、富士の峰かすかに見えて、上野・谷中(やなか)の花の梢(こずゑ)またいつかはと心細し。

むつまじき限りは宵よりつどひて、舟に乗りて送る。

千住(せんじゅ)といふ所にて舟を上がれば、前途三千里の思ひ胸にふさがりて、幻の巷(ちまた)に離別の涙をそそぐ。

  行く春や鳥啼(な)き魚の目は涙
これを矢立ての初めとして、行く道なほ進まず。

【へっぽこ現代語訳】

三月も二十七日、夜明け方の空はぼんやり霞んで、有明の月が天空に浮かんでおりますぞ。夜明けとともに月光は薄らいではいるものの、遠く富士の峰がかすかに見えて、上野・谷中の桜の梢を、またいつ見ることができるだろうかと思われて心細いことですなあ。

親しい人々はみんな、前夜から集まって、一緒に舟に乗って送ってくれましてな、

千住という所で船から上がると、前途遥かな旅への感慨で胸がいっぱいになり、幻のようにはかない現世とは思っても、さすがに別れの涙が流れますわい。



春もいよいよ過ぎゆこうとしておるなあ。それを惜しんで、鳥は鳴き、魚の目は涙で潤んでいるようじゃわい。

これをこの旅の最初の句として出発するが、なかなか道がはかどらない。

「末の七日」とは、一カ月を「初、中、末」に3区分した末の七日目、つまり二十七日のこと。さしづめ、今日は、弥生も中の七日と言うことになりますか。

ただし、芭蕉の時代は、あくまでも、旧暦に基づいていますから、3月27日は、新暦では5月の半ばになるらしい。まさしく「行く春」、あるいは初夏の感覚でしょうか。

それにしても、「弥生の空に、見渡す限り」桜がほころびようかという今頃になって、身辺にインフルエンザが流行っています。

一昨日、郷里の老父を訪ねたのも、インフルエンザに罹患したと聞いたため、様子をうかがいに行ってきたのでした。特効薬の薬効あってか、回復ははやく安心しました。

そうする内に、昨日は妻が熱を出して仕事を早退してきて、病院へ行ったところ、インフルエンザと診断されました。先日来、発熱で保育園を休んでいた2歳児の守りを、つきっきりでしていたせいでしょうか。つづいてママも、昨日あたりから熱が出て、今朝受診したら、やはりインフルエンザだそうです。

かくいう私も、この孫との接触時間は人後に落ちず、今朝も半日、お相手をさせてもらいました。体調が悪いせいでしょう、いつも以上に、ひっきりなしに抱っこをせがむので、腕や足腰が痛みます。この筋肉痛、抱っこのせいかインフルエンザのお裾分けをもらったか、迷います。予防注射はしていますから、罹患しても軽くてすはずと、言い聞かせているところですが。

プランターの白菜に、花が咲き始めています。食欲がないという妻に、この白菜も利用して、おかゆを作りました。












こんな些事に追い立てられている内に、世間ではいろいろとビックリなことが起こっています。
白鳳の二敗、休場も、驚きですし、、、、。

それより何より、森友学園をめぐるドタバタ劇。芸能ゴシップさながらの、ワイドショーネタで、お茶の間をあきれさせています。

日々刻々と新情報が流されるので、じっくり理解するいとまもない状況ですが、出色の仰天ニュースはこれでしょうね、

リテラの記事を少し引用させていただきます。









籠池理事長が「安倍首相から100万円」







 「我々がこの学園をつくり上げようとしたのは、みなさん方のご意志があってこそだと思う。そのご意思のなかには、大変恐縮ですが、安倍内閣総理大臣の寄付金も入っていることを伝達します」

(中略)

きょう、塚本幼稚園の卒園式において、籠池理事長が保護者に対して同様の発言をしたらしいのだ。

「安倍首相から小学校設立に100万円の寄付があった」「かなり仲良かったのに裏切られた」

 これは、本日14時から放映された『ちちんぷいぷい』(毎日放送)が保護者に取材して、その証言として報道したもの。閣僚から金をもらっていたという話については、昨日、著述家の菅野完氏も籠池理事長から聞いたと証言したが、このことだったのか。






日刊ゲンダイdigitalの記事も見逃せません。


“籠池爆弾”の破壊力…この恥知らず内閣は確実に飛ぶ<上>

籠池爆弾”の破壊力…この恥知らず内閣は確実に飛ぶ<中>


籠池爆弾”の破壊力…この恥知らず内閣は確実に飛ぶ<下>

一部を引用します。







 籠池理事長を最も怒らせているのが、稲田朋美防衛相だ。ブチ切れるのも無理はない。

「10年前から会っていない」「法律相談は受けていない」「裁判に出廷したことはない」――。弁護士時代の籠池氏との関係について、息を吐くように嘘をつき続け、証拠を突き付けられると、「夫の代わりに出廷したことを確認できた」「記憶に基づいて答弁をしたものであって、虚偽の答弁をした認識はない」とこの期に及んで居直る。
菅野氏は「人として美しくない」とバッサリだったが、この稲田の言い訳も限りなく「大嘘」に近い。

 弁護士の小口幸人氏がこう言う。

「『夫の代わり』というのは疑問です。夫の龍示氏が本来の担当なら、第1回の口頭弁論に本人が出廷しないのは不可解です。なぜなら第1回の期日は、裁判所が必ず原告の訴訟代理人と日程を調整して決まります。原告の代理人が日程が合わずに出廷できないなんて通常あり得ません。しかも、04年に森友学園と顧問契約を結んで最初の訴訟です。他の弁護士に任せるような失礼なことをするでしょうか」

 しかも籠池氏は、稲田とは父親の代から家族ぐるみの付き合いのようだ。父親の椿原泰夫氏(昨年10月に死去)は元高校教諭で、京都のヘイト団体「頑張れ日本!全国行動委員会」の代表も務めた根っからの極右思想の持ち主。関西保守系では有名人だった。12日に動画サイトに公開された菅野氏とのインタビューで、籠池氏はこう語っていた。
「教育関係の人間ですから、お嬢さん(稲田大臣)より、椿原泰夫先生の方が昵懇だった。ある時期までは」

 籠池氏に「お嬢さん」と呼ばれる稲田。弁護士や政治家としてやってこられたのも、父親や籠池氏の“助け”があってこそではないのか。まるで汚物を振り払うかのように“旧恩の人”を突き放す卑劣な態度は、大臣の資質ウンヌン以前に、人間失格だ。

このイナダさんの言説を耳にすると、「三百代言」という古くさい言葉が思い出されます。

1 代言人の資格がなくて他人の訴訟や談判などを扱った者。もぐりの代言人。また、弁護士をののしっていう語。

2 相手を巧みに言いくるめる弁舌。詭弁 (きべん) 。また、それを用いる者。

(デジタル大辞泉)

「三百」は、「三百文」の略で、わずかな金額のこと。三百文が報酬の相場であったことから。

どうです?「都合がつかない夫の変わりに出廷したことがあるのではないかと推測している」「まったく(出廷の)記憶はない」「記憶に基づいた答弁で、虚偽との認識はない」、、ですって、、。

度を過ごしたアルコール摂取の結果として、記憶が一部欠落するような経験は、ないわけではありませんが、わずか10数年前の、自分の「本職」の仕事について、いっさい記憶がなく、「推測」でしか語ることができないなどとは、もし詭弁でなければ、認知に関わる重篤な疾病を疑わざるをえません。

pko日報をめぐる問題も、目が離せません。

きょうはこれにて。

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