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五月尽受け容れ兼ぬる訃報かな [折々散歩]

30度を超える暑さで、それだけで疲れます。

ベトナム出身の留学生が、「暑い」「クーラーをつけてください」と訴えます。日本の学校環境では、5月にはまだクーラーがつかないのが一般的でしょうが、考えてみると「非人道的」かも知れません。何人もが机に伏さって、暑さに耐えております。日本人の学生の我慢強さがよくわかります。

そんな仕打ちを受けてもアベ政権を許容する我慢強さと通じているか?と思ったりしています。

訃報を聞きました。高校時代の敬愛する恩師。

授業を受けたのは、「補習」の何時間かだけですが、いろいろないきさつで大人の方たちの「句会」に誘っていただき、一人前扱いをしてくださったことを嬉しく思い出します。

この記事のM先生がその人です。

草むしる老婆は今なく枯葎(かれむぐら)

 木下透は私の高校生時代の筆名です。

そのころ、こんな句を作りました。

屈まりて草むしる老婆の背に真夏   透

「こごまりて」と読ませるつもりでした。

国語のM先生は、「こごまりて」は方言の匂いがするね、「かがまりて」と読む方が自然かも、と添削してくださったのでしたっけ。

「バッテリー」や「NO6」などで世に知られるようになった作家、あさのあつこさんは、私の通った高校で2歳ほど年若い同窓生ですが、国語教師に「君の文章が好きだ」と言われた一言が、後に作家の道へ進む遠いきっかけとなった旨、語っておられました。

WEB本の雑誌【本のはなし】作家の読書道第34回:あさのあつこさんという記事 に、こんな風にありました。

あさの : それと、ちょっと遡るのですが、高校生時代に現国の夏休みの宿題で短い物語を書いてくる、というものがあって。
20枚くらい書いて出したら、先生が「オレはお前の文章が好きだ」といってくれて。後で聞いたら結構いろんな子にそう言っていたらしいんですが、「文章が
好きだ」と言われたことがすごく嬉しくて、書きたいな、という気持ちはその時に芽生えていたんです。ただ、それをどういう形で作品化したらいいのかをずっ
と考えていました。それで、後藤さんの作品に出会って、このやり方でできるんだ、ということを教えられたんです

詮索好きの仲間が、あさのさんご本人に質したところ、記憶の細部は曖昧であるらしく、あるいは授業担当だったM先生だったかも知れないということのようです。私などの印象では、上のエピソードから彷彿とさせられるのは、亡くなったU先生の面影です。でも、あさのさんの別の文章では、中学時代の事として語られていますし、実のところは謎。いやむしろ、「秘すれば花」なのかもしれません、、、。

私自身はU先生の授業を受け、部の顧問という縁もあって深く敬愛しておりましたが、俳句に関しては、時折句会などに交えていただいたことがあるだけの縁であるM先生に、格別の敬慕の念を抱いていました。

「こごまりて」は決して私の日常の語彙ではなく、長年の農作業と老いのために、肩や背の骨そのものが曲がり、からだが縮こまって小さくなってしまった様を伝えるニュアンスを、より表しているような気がしたのでした。「かがまりて」は「かがんで」という言い回しとさほど遠くなく、それだけにありきたりな感じがしたのですが、、拘泥するほどのものでもありませんね。

季は変わってしまいますが、

草むしる老婆の肩に重たき春    透
というのも作り、添削を仰ぎました。「重たき春」が字余りという指摘をいただいたように記憶しています。「重き春」「春重く」「春重し」、、どれでも言いようにも思いますが、絡みつくような春愁の感じを、字余りで表現してみたかったのでしたが。

いずれにしても、遠い昔のエピソードとなりました。

「モデル」となった「老婆」はとっくに亡くなられ、数えるに第三世代の時代となり、家屋敷は残したまま、都会に出られて幾星霜となりました。年に何度か帰郷し

て草取りや家屋敷の掃除・管理をなさっていますが、庭草の勢いはさかんで、今の季節には枯れムグラ に覆われることになります。

そこで一句。

草むしる老婆は今なく枯葎(かれむぐら)


M先生との思い出は、こんな記事ともシンクロします。



ひとの死をさもありと聞く驟雨かな

ひとの死をさもありと聞く驟雨かな

【解釈】「人の死」というきわめて重い事実を、「(無常のこの世であるから)そういうこともあるのだと聞いている自分がある。折しも表は、激しいにわか雨が降りしきっていることよ。

 初めは「他人の死を」と書いて「他人」に「ひと」というルビを振って、句会に出しました。一種の「偽悪」というか「露悪」の意識もあって、所詮他人の運命は、他人事なのだから、という虚無感を協調した傾向があったかもしれません。それは、エゴイズムの宣言と言うよりは、人間存在の孤立性への自覚または諦観といったものの誇張表現だったのでしょうが、さすがにそれが誰の目にも鼻についたようで、せめて「人」または「ひと」と表記することをすすめられました。

「ひとの死を」と改めてみて、句境が随分平凡になったような気が、当時はしていましたが、「さもありと聞く」よりほかにはいかようにもし難い、人間存在の否応なさが、自ずとあらわれているように、だんだん思えてきました。


追憶はとりとめもない物思いに私を誘い、そのいかんともしがたい懐かしさをもてあますことになります。

明日は葬儀に参列する予定。

遠く郷里近くの会場ですので、明日はブログ更新はお休みです。



今日の写真は、昨日の散歩画像の残りから。

毎日同じような画像を載せていますが、これはリコーGR200による広角写真です。



正面は常山です。







手前はスズメ。向こうは?



今度は手前が、、、、ヒバリ。



頭上に、時ならぬバトルが展開されています。















鳶と烏の攻防です。

小川のアオサギが、採餌中です。



獲物をゲット。









悠然と飛び去ります。



モンシロチョウ、花から花へ。













今日はこれにて。


麦秋散歩、の巻 [折々散歩]

25℃に満たない快適な初夏の雰囲気が、気持ちを散歩に駆り立てます。
「そぞろ神の物につきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず(奥の細道)」というほど風流なはなしではありませんが、パソコンに向かってもそわそわ落ち着きません。明日のアルバイトのための資料をやっつけ仕事でしあげて、古いと近所の散歩道を歩いてみます。
散歩にふさわしい軽快な出で立ちは?といつも悩みます。
昨日は、「軽量コンパクト」にこだわって、pentaxQ7+01 STANDARD PRIME(標準単焦点レンズ)を広角用に、pentaxQ10+06TELEPHOTO ZOOMを望遠用にと割り切って携行してみました。カメラを2台もっていても、チョー軽いです。
前者の撮影画像は、こんな具合。

下が後者の画像。
F2.8の明るさで、Q10だと35ミリ判換算で最大約250.0mmという望遠レンズになります。最短撮影距離も1mまで寄れますので、ちょっとしたクローズアップ撮影も可能です。
ナミアゲハ(少しトリミングしました)

オオキンケイギクに止まるモンシロチョウ。



こうした用途では十分満足です。
が、こんな時に限って、こんな出会いがあるんですねえ。



思い切ってトリミングします。



カワセミです。
やっぱり、重くても300mmレベル以上の望遠レンズを持ち歩くべきかと、いつものように後悔します。
その反省を踏まえて、今日は望遠系は、PENTAXk-r+dal55-300mmを持って出ました。
やっぱり、それなりに、ストレスなく撮影できます。
楠の新緑。

オオキンケイギクにモンシロチョウ。

ツマグロヒョウモン♀



聞き慣れない、高く可愛い鳴き声がします。
よく見ると、思いがけない場所に、コゲラがいます。
でも。コゲラは、ギーーギーーという濁った声で鳴くはずだが、、とよく見ると、どうやら幼鳥?

思いがけない近くにいたのですが、それでも小さいですからトリミングしてみます。





やはり、多少重くても、望遠レンズをつけて歩くべきかと、幾回目かの感想を持ったものでした。
田圃にイヌタデ(あかまま)の花。
この花を見ると、中野重治の「歌」という詩をいつも思い出します。

 歌                  中野重治

お前は歌ふな
お前は赤まゝの花やとんぼの羽根を歌ふな
風のさゝやきや女の髪の毛の匂ひを歌ふな
すべてのひよわなもの
すべてのうそうそとしたもの
すべての物憂げなものを撥き去れ
すべての風情を排斥せよ
もっぱら正直のところを
腹の足しになるところを
胸先きを突き上げて来るぎりぎりのところを歌へ
たゝかれることによって弾ねかへる歌を
恥辱の底から勇気をくみ来る歌を
それらの歌々を
咽喉をふくらまして厳しい韻律に歌ひ上げよ
それらの歌々を
行く行く人々の胸廓にたゝき込め

お前は歌へ お前は赤まゝの花やとんぼの羽根を存分に歌へ vol2
この記事に書きましたので、詳細は割愛しますが、、。
これは、い草の仲間?ホタルイ、イヌホタルイ等という名前が浮かびますがわかりません。

この季節の、ナードサークの風物詩は、やはり麦畑です。
快晴の麦秋の田園風景
快晴の麦秋の田園風景 posted by (C)kazg 快晴の麦秋の田園風景
快晴の麦秋の田園風景 posted by (C)kazg 快晴の麦秋の田園風景
快晴の麦秋の田園風景 posted by (C)kazg 快晴の麦秋の田園風景
快晴の麦秋の田園風景 posted by (C)kazg 快晴の麦秋の田園風景
快晴の麦秋の田園風景 posted by (C)kazg 快晴の麦秋の田園風景
快晴の麦秋の田園風景 posted by (C)kazg 快晴の麦秋の田園風景
快晴の麦秋の田園風景 posted by (C)kazg 快晴の麦秋の田園風景
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快晴の麦秋の田園風景 posted by (C)kazg 快晴の麦秋の田園風景
快晴の麦秋の田園風景 posted by (C)kazg
今日はこれにて。

高気圧に覆われて、の巻 [折々散歩]

すっかり高気圧に覆われて、よく晴れました。

快晴に誘われて、自然環境体験公園を散歩しました。

PENTAXk-r+TAMRONSP500を持って出ました。

田園の麦がこんな風に熟れています。



ミサゴが大きな獲物を運んでいます。



シロタエギクでしょうか。



アブが止まっています。







ビヨウヤナギが光を浴びて黄金色に輝いています。



PENTAXQ7+06レンズに+3のクローズアップレンズをつけたものも一緒に持って行きました。コンパクトなマクロ撮影用カメラとして、花などを写したらどうだろうか、試してみようと思ったのです。

































道すがら、畑の様子を見に行くと、タマネギが薹立ちして花が咲き始め、ジャガイモも一部葉が変色し横倒しになっているところがあります。まだ未熟な様子ですが少し掘りあげて、その後にサツマイモの苗を追加して植え付けることにしました。

タイミングが悪いのか、苗がなかなか見つからず、ホームセンターや園芸店をはしごして、10本ばかり仕入れてきて、植えつけました。

前回植えた苗は、水やりもほどほどに放置していたせいでしょうか、半分ほどしか活着していません(とほほ)。タマネギのできも、先日「イチゴ狩り」させていただいた友人宅でいただいたものや、田舎の父母の畑のものに比べると、まったく貧弱なできです。ジャガイモも、まだ十分太っていない小さな玉で、少々がっかりでした。いずれも、写真に残す気力もわかない出来でした。

でも、持ち帰ったものを早速調理してみると、タマネギは甘くて柔らかく、ジャガイモはほくほくとして味わい深いごちそうでした。

畑の近くに、よく響く声で歌っている鳥がいます。

ヒバリでしょうか。



















小1の女の子は、お腹が痛いと、今朝お医者さんに診てもらってから登校した由。帰りは車で迎えに行ってほしいという依頼を受けて、連れて帰りましたが、元気なようです。小4生は、1泊の「山の学校」から今日帰ってきました。夕方は少年サッカーの練習だそうです。中2生は、体育祭だったそうで、「暑い、喉渇いた」とかえってきました。

「焼きジャガイモ」を提供したら、残さず食べました。おやつになりますね。

ところで、わが地方ゆかりの加計問題。

前川次官の発言、黙殺できる問題じゃないでしょ。

証人喚問、応じても良いとおっしゃっているのですから、クロシロつけてくださいよ。



毎日新聞の画像をお借りしました。

今日はこれにて。

雨の中のこれなあに?の巻 [今日の「これなあに」?]

昨日の明け方からの雨は降ったりやんだりしながら、今朝まで続きました。今日は雨が上がってから気温がうなぎ登りで、エアコンもつかないアルバイト先は、、人いきれで暑さが身に沁みます。気温差が激しくて体調を崩しそうな昨今です。
雨が降ると、カメラを持ち歩くこともはばかられますが、無性にマクロレンズを使ってみたくなります。
昨日の朝は、家の庭の草花を、写してみました。
小鉢の多肉植物が雨粒を宿しています。

ユキノシタです。



この季節、定番ですが、ドクダミの花。





血圧の薬をもらっての帰り、ちょっと足を伸ばして訪ねた深山公園も、しっとり雨に潤っています。
ここのアジサイは、だいたいはまだツボミですが、一カ所だけ白い花が咲いていました。

赤いツツジ。

池の対岸にも。

シャリンバイでしょうか?

ウツギ(卯の花)





「卯の花の匂う垣根にホトトギス早やも来鳴きて忍び音漏らす夏は来ぬ」と歌にありますが、「忍び音」どころか、盛大な「トッキョキョカキョク!」「テッペンカケタカ!」の歌が賑やかに聞こえて来ます。
薬草園に咲くこの花は、ハマナスでしょうか?



そしてこれは、コンフリー?ヒレハリソウ(鰭玻璃草)とも言うそうですね。



看板表示があるのですが、どの植物をさすものやらはっきりしません。

イボタノキというのはこれでしょうか?


春に、見事な花を楽しませてくれた桜に、可愛い実が熟していました。











ちょっと前、gontan様が先週、この記事みのるで、ヒカン桜の実を紹介してくださり、「苦いで巣」と書いていらっしゃいましたが、これも苦くて渋い味だったと思います。改めて確かめてみようとは思いませんが、、、。
ところで、きょうのこれなあに?

きょうのこれなあに?その2

きょうのこれなあに?その3



散歩の途中から雨脚が強くなり、傘をもたずに歩いていましたので、ぐっしょり濡れました、カメラは、防塵防滴のPENTAXK10Dと、fujiFINEPIXs1を持って歩きました。のPENTAXK10にはSMC Pentax-FA 100mm F2.8 Macroを総略。レンズは防水ではありませんが。old中古レンズですから、神経質にならずに使います。
雨に降られて、小学校から歩いて帰る子どもたちは、傘を差してもびしょ濡れで夕方には気温も下がり、寒そうでした。
一転、この先またしばらく、暑さがぶり返すようですね。
今日はこれにて。

剥がれ落つる記憶の欠片エゴの花 [折々散歩]

昨日は朝7時前に家を出て、田舎の両親の元へ向かいました。少しでも涼しいうちに、草刈り作業を済ませたいと思ったからですが、途中朝の通勤渋滞に引っかかって、意外に手間取り、到着は9時を過ぎました。すでに日射しはなかなかの強さで、わずかの作業時間なのに汗が噴き出します。
昼食を済ませ、新タマネギや、ソラマメ、グリーピースなど採れたての野菜類をお土産に、缶ビールも持たせてもらって帰りました。
帰り道、ママからのメールで、保育園への迎えを頼まれましたので、5時には帰り着きたいところですが、途中寄ってみたいところがありました。
先日の記事これだけは忘れない、の巻で「最近のNHKニュースで「岡山県自然保護センター(和気町)」で今年もハッチョウトンボが舞い始めたという報道があった」話題にした「岡山県自然保護センター(和気町)」です。
この記事猛暑の「虫の原っぱ」でハッチョウトンボに会う、の巻のとおり、去年は7月に、ここでハッチョウトンボを撮影しています。
帰りの時間が縛られていますから、ゆっくりはできません。ごくごくハイスピードで、最寄りの道をせかせかと歩いてみました。
入り口にこんな鳥がいました。





本物のヤマセミにお目にかかったことがありません。
この公園にも棲んでいるそうなのですが、、見つけられません。
以前もここに模型が飾ってありましたが、どうやら新しいものに交換されているように見受けます。
ハッチョウトンボ観察の本命の「湿性植物園」もちょっと遠いのでスルーして、去年と同じ「虫の原っぱ」をたずねてみましたが、残念ながら目当てのハッチョウトンボを見つけることはできませんでした。
他に行く幾種かのトンボを写して帰り増したが今日の記事では割愛します。
きょうの話題はこちら。

IMGP29661.jpg

先日の記事で、このチョウをイチモンジチョウかアサマイチモンジか?と悩んでいましたら、早速、Enrique様が、「前翅のつけ根側の白点がはっきり写っていますので,アサマイチモンジです」と教えとくださいました。いつものことながらありがとうございます。確かに図鑑などには、この白点について指摘してありますが、まったくそこに注意が及びません。
実は昨日、「虫の原っぱ」で撮影したこのチョウも、アサマイチモンジということでよろしいでしょうか?








それではこのチョウは?

一所懸命、図鑑を調べましたが、まったく埒があきません。
たまたま、過去の記事をみていて、やはり「虫の原っぱ」でこのチョウをイチモンジチョウ撮影していたことに気づきました。
名にし負う虫の原っぱ虫三昧
しかも,去年の夏のこの記事では、
サトキマダラヒカゲは海峡を越えるか、の巻
やはり、 Enrique様から、コメントをいただき「私が子供時代はサトキマダラヒカゲとヤマキマダラヒカゲは同一種とみなされていて,単にキマダラヒカゲと言われていました。それだけに区別は大変ですが,サトで間違いないと思います。」と教えていただいていたことを、やっと思い出しました。

見上げると、、鶴です。

実はこの「自然保護センター」は、丹頂鶴の飼育では全国有数の施設です。
5月12日(木)にメスのタンチョウのユリが40歳の誕生日を祝ったとTVニュースが伝えていました。ユリは昭和52年5月12日生まれ、岡山県では初めて40歳を迎えるタンチョウで、国内2位の長寿だそうです。
詳しくはこちら。
↓ユリのお話(平成29年.1月号 センターだよりより)
「長寿の祝い」.pdf
この日も鶴の鳴き声がしきりに聞こえていましたが、時間の関係でスルー。
鶴は先年亀は万年と申しますが、池に亀がいました。日本中特定外来種のミシシッピアカミミガメが席巻しています。ところが、本当に久しぶりに、在来種の亀を見たのでした。

この亀はイシガメ?クサガメ?いろいろ悩んでおりましたが、古い記事にこんなことを書いていたとを「発見」しました』。
卯の花を簪にアジアイトトンボ

 「自然保護センターの」山の側の道縁に、一休みしていました。産卵のために池から登ってきたようです。通りかかった職員の方、もっともっと山道の高いところに登って産卵するでしょう。卵は、イタチや。蛇や、烏に食われてしまうことが多いです。と教えてくださいました。
「でも、この亀は臭いからきらい」と、正直に付け加えて、、、。

私も、近寄って嗅いでみようとは思いませんでしたが、子どもの頃の記憶では、イシガメ(石亀)にくらべて、クサガメ(臭亀)は、子ども達の間でも人気がなかったことを覚えています。今では、外来のミドリガメの方が優勢になっていますが、私の子ども時代にはミドリガメなどいませんでした。

通りかかった年配の自然愛好家の方が(退院されて一週間足らずだそうで、杖をついてゆっくり歩いておられましたが)、「ペットショップで、売り上げた外来種は、必ず一件一件、買い手の登録をして、常に定期的に存在確認をすべきだ。飼えなくなって、川や池ににがすようなことのないように。」と、意気軒昂におっしゃっていました。まったくそうですね、とうなずくばかりでした。

記憶が次々と剥落していくことを、日々実感しています。
先日は、ある場所でお会いして、懐かしく挨拶を交わしたたごく親しい先輩のお名前がとっさに思い出せませんでした。とっさに思い出せなかったばかりか、そのあと何日も何日も思い出せず、数日後にふと思い出すことができました。こんなことがしばしばあります。年賀状の返信に「あなたはどなたでしたか?」「思い出せません」などという一言をいただき、当惑したことが幾度かありましたが、今では、その境地がよく理解できる気がします。
中島敦の『山月記』の一節に、虎に変身する李徴(りちょう)がこう嘆く場面があります。

今少してば、おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかりうもれて消えてしまうだろう。ちょうど、古い宮殿のいしずえが次第に土砂に埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人ともと認めることなく、君を裂きくろうて何の悔も感じないだろう。 
一体、獣でも人間でも、もとは何かほかのものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、かなしく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。

日々、自分のなかの記憶が剥落していき、ついには自分が自分であった記憶さえ消失してしまう、、、恐ろしい予感ではありませんか。
私は、10数年前、脳幹近くに未破裂動脈瘤が肥大しつつある頃、生命活動そのものが日々衰退していく将来を予感しておびえたことがありましたが、奇跡的に健康を取り戻したいま、この記憶力の衰退、記憶の剥落という恐怖を、半ば本気、半ば冗談で、味わっているこの頃です。

この花も、確かに見覚えはあり、名前を調べた覚えはあるのに思い出せません。







掲示板を見てやっと思い出しました。
これはヤマボウシ、覚えていますとも。

これは、えーと。エゴノキ。いつも忘れて思い出せないのですが、「気分勝手」な木というヒントで、思い出すことにしています、





そしてこれは?ガマズミと表示板がありました。秋になると真っ赤に熟す、あれですね。

この可憐な花。図鑑で調べなきゃと思いながら帰りました。









手間がかかりました。
やはりこれしか思い当たるものがありません。
この記事に登場するシラン(紫欄)でしょうか?
お名前は?しらん!
下の記事の花も、同じ場所で写したのでした。忘れてました。
卯の花を簪にアジアイトトンボ

ところで今日は、朝から雨でした。
散歩に出かける気力も沸かず、パソコン仕事をふたつほど仕上げた後、いつものかかりつけ医に血圧のお薬をもらいに行きました。お昼まで少し時間があるので、ちょっと足を伸ばして深山公園へ行ってみました。雨が少し上がってい手、雨上がりのいい雰囲気でした。ウグイス、ホトトギス、キビタキの声がよく聞こえ、キビタキは姿もはっきり見えたのに、カメラを構えてまごまごするうちに撮り逃がしてしまいました。
ヤマボウシの高木が、今年も見事に花盛りでした。









そしてこれも、、エゴノキです。





全体像です。

足下に花びらが一杯散り敷いています、。



この花びらの一枚一枚が、剥がれ落ちていく記憶のかけらであるような錯覚とともに、名状しがたい愛惜を覚えました。

しかし、昨日、衆院本会議で暗黒政治の再来に道を開く「共謀罪」を強行した、自民・公明・維新という名前は決して忘れないし、アベシンゾーというソーリの名前も忘れることはないでしょう。(時々ナカソネヤスヒロという名前と混同してしまうことがありますが)
敬愛するA先輩が、採決強行直後、FBにこう投稿しておられました。
 共謀罪衆議院通過!!
この日、この時間、この時の内閣、最悪の内閣最低の首相であった事、それに加担した政党を一生忘れない!!
怒りを込めて!
まったく同感です。

今日はここまで。

われもまた皐月の空にシャウトせん! [獺祭魚]

カワウソが、捕らえた魚を岩に並べて祭りを行うという伝承に倣って、撮りためた画像を並べてひとり楽しもうというコーナーです。「伝説の名酒」とは一切関わりありません。

真夏の暑さが続きます。
それでもまあ、乾燥していて、5月の風はすがすがしいので、なんとかしのぐことはできます。特に朝夕が涼しいのが救いです。
今日はアルバイト、昨日の日曜日はその準備などでパソコンに向かう時間が増え、散歩も怠りがちです。
最近の散歩で見たこんなものをまとめてアップしておきます。

主にPENTAXK10D+PENTAX DAL55-300mmの画像。遠くのチョウや鳥などの写真は、大きくトリミングしています。
ウツギの花だと思いますが、、、。

見かけないチョウがひらひら舞っていますが、じっとしてくれません。。
ピンぼけですが翅の模様が比較的よく写っているので掲載しておきます。

正面から見ると。




翅を開いた姿は、よく見せてくれます。





イチモンジチョウでしょうか?
類似したアサマイチモンジというチョウ特別がつきません。
どちらも、タニウツギ、ハコネウツギなどを好むそうですが。
フキの葉に止まっているこれは、え~と、ヒメジャノメ?


モンシロチョウ。、





テントウムシ。

色とりどりのポピー。和名ヒナゲシ、別名虞美人草。
項羽の愛人虞が自決したときの血が、この花になったという伝説があるそうですね。







虞といえば、アヨアン・イゴカー様のOh, my lord! 殿、お気を確かに!
の記事で、「殿」を嘆いて「嗚呼、虞兮虞兮奈若何(愚者愚者奈若何!)」と洒落ておられたことを愉快に思い出します。お母上がが味噌汁の具を何にするか考えている時の口癖からの連想だそうです。
思いがけないご近所で、ヤマボウシの花を見つけました。



造園業者さんのお庭です。つまり「商品」なのでしょうか?


これはコチドリ?遠くてよく見えません。







ヒバリが囀りながら高く舞い、ツバメもしきりに飛び交いますが、証拠写真がなかなか残せません。

騒々しい鳴き声とともに、ケリが飛んだり、採餌したりする様子もしばしば目にしますが、レンズの距離が届きません。これはちょっと前、PENTAXK5Ⅱ+AFAD+BORG60EDで写したケリです。








すがすがしい青空の下、花も生き物も、生気に満ちて輝いています。
でも輝いてないのは、アベ政治。特に暗黒社会の再現に道を開く共謀罪の強行です。そんななか、年配者だけでなく、若い人たちも危機感を鋭く表明していることに、希望を見ました。こんな声明(あすわか超訳版)を見つけました。
「あすわか」とは「明日の自由を守る若手弁護士の会 」だそうですね。

若い人にも、年配者にも、ひろくカクサンしたいです。

衆議院法務委員会における共謀罪法案の採決強行に抗議する声明
(あすわか超訳ver.

2017年5月19日
今日、衆議院の委員会で、共謀罪をつくる法律案が無理やり通されました。来週にも、衆議院の本会議にかけられる計画だと報じられています。私たちは、心のどん底から怒ってるので抗議のシャウトをします。
 刑法という法律は、どういうことをすれば犯罪になるか、どういう行為は自由にしていいのかを決めています。人の命や身体、財産などを傷つけたり、傷つける危険性があってはじめて、国家権力が動く、というシステムになっています。そうでないと、私たち自由に行動できないからです。
 共謀罪の法案は、約300もの犯罪について、話し合っただけのときから刑罰をあたえることができるとしています。この法案は、命などの危険があってはじめて罰されるというシステムをひっくり返し、私たちが自由に行動できないようにし、国家が市民の行動に簡単に口を出せるようにするものです。
 沖縄では、「威力業務妨害罪」という犯罪がすでに、市民の行動を取り締まるための『名目』に使われてしまっています。今回の法案では、その「威力業務妨害罪」も話し合えば共謀罪になるとされているので、めちゃくちゃ危険です。
 「組織的威力業務妨害罪」という犯罪は、もともと「何をすれば犯罪になるのか」があいまいで、労働組合の活動などをつぶすために使われてきたので、大問題です。これひとつとっても、戦前の治安維持法と同じレベルでキケンな法律なのです。
 自民党は、2007年の党内の議論では「組織的威力業務妨害罪」などは共謀罪に入れていなかったのに、安倍政権は、なにがなんでも話し合っただけで犯罪にしようとしています。
 「物言う市民」を手当たり次第に取り締まるつもりだとしか思えません。
 首相は、イッパンジンは処罰されないと言っています。
 でも、「組織的威力業務妨害罪」は、原発反対や米軍基地反対の活動に使われかねません。楽譜のコピーは著作権法違反になりますし、節税も所得税法違反と疑われかねません。
 こういった行為は、市民が普通にやっていることなのに、話し合っただけで犯罪になりえるのです。だいたい、「イッパンジンは処罰されない」なんて、法案のどこにも書いてありません。「計画」して「準備行為」があったとされれば、誰でも処罰される可能性があるのです。全然納得できません。
 警察は今でも、犯罪をしていない人の個人情報を集めたり、イスラム教徒だというだけで尾行したりして、プライバシーを侵害しています。共謀罪ができれば、今以上に、私たちの行動や会話、目線、メール、LINEなど、コミュニケーションそのものが監視されるおそれがあります。
 政府は、「共謀罪を制定しないとTOC条約を批准できない」と言っていますが、諸外国を見てみても、こんな広範な共謀罪法案を作らずに条約を批准しても、問題ありません。そもそもTOC条約はマフィア対策のもので、テロ対策ではありません。
 日本はすでに国連の13個のテロ対策条約を批准しているし国内にもバッチリ適用できています。共謀罪法案にはとってつけたように「テロリズム集団その他の組織犯罪集団」って言葉は入っていますが、テロリズムの定義もなく、あたかも「テロ対策」っぽく見せるためだけのものです。
 衆議院法務委員会では、政府は野党議員の質問にまっっったくまともに答えず、「一般市民は捜査の対象にならない」と根拠レスな答弁をただただ繰り返したり、野党議員が大臣の答弁を求めているのに政府の職員が勝手に答弁したり、異常としか言いようがなく、民主主義を踏みにじるものでした。5月17日に野党議員が金田法務大臣の解任決議案を提出したのは、当たり前すぎるほど当たり前のことです。
 こんなめちゃくちゃな審議のあげく、まだまだ審議しなければならない問題は山ほどあるのに、今日、強行採決されたことは、「暴挙」以外の何者でもありません。
 5月16日に報じられた朝日新聞の世論調査では、「共謀罪法案を今国会で成立させる必要はない」という声は64%に達し、「必要」という声(18%)を大きく上回りました。共謀罪法案に反対する声は猛烈なスピードで広がっていて、多くの国民が、衆議院での審議を通じて浮かび上がってきたこの法案の「ヤバさ」について、もっと審議してよと願っています。
 私たち共謀罪法案に反対する法律家団体連絡会は、日本の人権保障と民主主義の未来を大きくゆがめるであろう共謀罪法案の成立を食い止めるため、これからも全力を尽くします。
以上

さしずめ、甲高い声で叫ぶように鳴くケリの声などは、「シャウト」とよんでいいのでしょうか?

今日はこれにて

イチゴ狩りに誘われて庭のニワトリと戯れる、の巻 [折々散歩]

昨日こんな記事を書きかけていましたが、途中で睡魔に負け、眠ってしまいました。



行こうか行くまいか、葛藤の末、行くことにしました。
始まりが午後2時の会合です。
そのためには、明日のアルバイト仕事の材料を仕上げておかねばなりません。午前中はもっぱらそれに時間を注ぎ、プリンターの不調も相まって、準備が完成しないまま、午後2時が近づきましたので、とりあえず会場へ。

が、15分前には会場の駐車場が空っぽ。ひとまわりして時間を潰し、5分前にもう一度会場へ、でも、駐車場は空っぽ。それでも戸、2時まで待ってみましたが、人の気配がありません。
さすがに不安がわいてきて、会場を間違えたかなと、いったん自宅に帰り、案内チラシで確かめてみることにしました。すると、会場は記憶通りで間違いなかったのですが、日付が昨日の土曜日でした。トホホ、何といううかつ。自己不信が募ります。

そんなこんなで一日が過ぎ、夕方になりました。実は今朝方、妻のお友達から、畑にイチゴが沢山実っているので、孫といっしょにとりにこないかとおさそいがありました。夕方、パートから帰った妻に伝え、孫たちにもはかると、行きたいというので、皆で押しかけました。

もぎたてイチゴをどっさりいただきました。持ち帰ったいちごは、生食やジュースで皆でたらふくいただきました。写真にとることも忘れていました。

庭でニワトリを飼っておられます。

子どもたちの一番の興味は、そちらにあったようです。











麦がすっかり熟れてきました。



暑さのせいか、アオサギが蹲って休憩(?)しています。



今日はここまで。

新緑の五重塔、の巻 [折々散歩]

昨日のヒイゴ池湿地訪問でハッチョウトンボに会えなかった帰り、備中国分寺五重塔に立ち寄ってみました。 新緑の備中国分寺五重塔
新緑の備中国分寺五重塔 posted by (C)kazg 新緑の備中国分寺五重塔
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  新緑の備中国分寺五重塔
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五重塔というと、幸田露伴。

五重塔 (岩波文庫)

五重塔 (岩波文庫)

  • 作者: 幸田 露伴
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1994/12/16
  • メディア: 文庫

「金色夜叉」の尾崎紅葉と人気を二分し「紅露時代」を築きました。

金色夜叉 (新潮文庫)

金色夜叉 (新潮文庫)

  • 作者: 尾崎 紅葉
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1969/11/12
  • メディア: 文庫

今年は露伴生誕百五十年。
露伴は1867(慶応3)年生まれ。
尾崎紅葉のほか、夏目漱石、正岡子規が同い年です。

坊っちゃん (新潮文庫)

坊っちゃん (新潮文庫)

  • 作者: 夏目 漱石
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/04
  • メディア: 文庫

子規句集 (岩波文庫)

子規句集 (岩波文庫)

  • 作者: 正岡 子規
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1993/04
  • メディア: 文庫

露伴の娘(次女)は幸田文。その娘が青木玉、更にその娘が青木 奈緒さんと、4代続く文筆家。

流れる (新潮文庫)

流れる (新潮文庫)

  • 作者: 幸田 文
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1957/12/27
  • メディア: 文庫
父・こんなこと (新潮文庫)

父・こんなこと (新潮文庫)

  • 作者: 幸田 文
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1967/01
  • メディア: 文庫


幸田文の箪笥の引き出し (新潮文庫)

幸田文の箪笥の引き出し (新潮文庫)

  • 作者: 青木 玉
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2000/08
  • メディア: 文庫
幸田家のことば: 知る知らぬの種をまく

幸田家のことば: 知る知らぬの種をまく

  • 作者: 青木 奈緒
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2017/02/15
  • メディア: 単行本

・・・というような話題から何か記事を書いてみたいと努力しましたが実りませんでした(汗)あしからず。
今日も暑い一日でした。
今日はここまで。

これだけは忘れない、の巻 [折々散歩]

共謀罪が衆院で強行されました。
とにかく最近忘れっぽくて困りますが、これだけは忘れないようにしなくてはなりません。
強行採決の口火を切ったのは、最後の質問者、「野党」維新の丸山穂高議員。「30時間以上質疑してきた。これ以上は足を引っ張る事が目的のピント外れの質疑は必要ない。論点も整理されて時は来た。私の質疑のあと、ただちに採決してほしい」とさ。このヒト法務委員でもない外野のヒト。維新という存在、「補完勢力」という手厳しい呼び方にいささかためらいもありましたが、今やそれ以外の何者でもありませんね。
そういえば、昭和初期、5・15.2・26等のクーデター事件を引き起こした青年将校や民間右翼の唱えたスローガンが「昭和維新」でしたね。彼らの暴力的な妄動によって妄動によって掃き清められた道の先には、暗黒の国家総動員体制が待っていました。役目を終えた「昭和維新」のスローガンは、用済みとなって立ち消えて行きました。その歴史を知った上で、彼らは「維新」を名乗っているのでしょうかね。
書きたい記事はこれではありませんでしたが、備忘のために記録しておきます。



今日書きかけていたのは、以下の話題でした。
昨日の留学生相手の日本語学習でこんな教材を使いました。

 1 次の文章を読んて、後の問に答えなさい。

日本には200種(しゆ)以(い)上(じよう)のトンポがすんでいます。大きく分けると、翅(はね)を閉(と)じてとまるイトトンボや、カワトンボの仲(なか)間(ま)、翅(はね)を開(ひら)いてとまるヤンマや、アカトンボなどの仲(なか)間(ま)に分けられます。幼(よう)虫(ちゆう)は水の中で暮(く)らします。池や田んぼにすむもの、川にすむものがあり、好(この)む水の深(ふか)さや、 流(なが)れの速(はや)さなどの環(かん)境(きよう)も種(しゆ)類(るい)によって様(さま)々(ざま)です。様(さま)々(ざま)な環(かん)境(きよう)の水(みず)辺(べ)があることが、トンボが生きていくためには、とても大切なことです。(海野和男「トンポのなかま」)
注 翅=虫の羽。

問1 この文章で述べられている事実を次から選び、 記号で答えなさい。
ア 日本にすんでいるトンポは、200種より少なぃ。
イ イトトンボとヤンマは、同じ仲間だ。
ウ 幼虫は、水の中で育つ。
エ トンボは、川にしかすんでいない。

問2 つぎの①~④の写真のトンボの名前を、アイウエから選びなさい。











ア カワトンボ
イ アカトンボ
ウ イトトンボ
エ ヤンマトンボ

2 つぎの文章を読んで後の問に答えなさい。

 「とても小さいトンボを見たのですが、 まだ子(こ)供(ども)ですか?」
 お母さん方からよく受(う)ける質(しつ)問(もん)である。昆(こん)虫(ちゆう)は幼(よう)虫(ちゆう)時(じ)代(だい)は脱(だつ)皮(ぴ)して大きくなるが、成(せい)虫(ちゆう)になるとそれ以(い)上(じよう)大きくならない。いくら小さいからといっても成(せい)虫(ちゆう)はりっぱな大人で、それ以(い)上(じよう)大きくならないのだ。ただし、体(たい)重(じゆう)は羽(う)化(か)後日数がたつにしたがって増(ぞう)加(か)する。これは胸(むね)の筋(きん)肉(にく)が発(はつ)達(たつ)したり、卵(たまご)ができたりするためである。
 ところで、日本で1番小さいトンボはハッチョウトンボで、体長(頭(とう)部(ぶ)の先(せん)端(たん)から腹(ふく)部(ぶ)の先(せん)端(たん)までの長さ)は2センチに満(み)たず、トンボというより、小(こ)型(がた)のアブのように見える。このトンボは世(せ)界(かい)的(てき)に見ても最(さい)小(しよう)レベルの大きさである。
 反(はん)対(たい)に、日本で1番大きいのはオニヤンマで、体長は10センチ余(あま)りもある。ただし世(せ)界(かい)にはもっとビッグなトンボがおり、 オニヤンマは世(せ)界(かい)レベルで見ると大(おお)関(ぜき)か関(せき)脇(わけ)クラスである。(新(あら)井(い)裕(ゆたか)著(ちよ)『トンボ入門」)

問1 本文の内容と一致するものを次から選び記号で答えなさい。
ア トンボは、羽化したばかりは小さいが、餌を食べることによってだんだん身体が大きくなっていく。
イ ハッチョウトンボは、小型のアブほどの大きさだ。
ウ 世界で一番大きいトンボはオニヤンマだ。。
エ トンボは幼虫時代も、大きさが変わらない。
問2 日本で一番小さいトンボは何ですか?カタカナで書きなさい。


3 つぎの文(ぶん)章(しよう)は、『山(さん)陽(よう)新聞』の記(き)事(じ)(2016年5月17日)です。これを読んで後の問(とい)に答えなさい

総(そう)社(じや)でハッチョウトンボ舞(ま)い始(はじ)め湿(しつ)地(ち)に世(せ)界(かい)最(さい)小(しよう)の「赤」映(は)える

 世(せ)界(かい)最(さい)小(しよう)級(きゆう)のトンボ・ハッチョウトンボが、総(そう)社(じや)市(し)福(ふく)井(い)のヒイゴ池湿(しつ)地(ち)で舞(ま)い始(はじ)めた。愛(あい)らしい真(ま)っ赤(か)な姿(すがた)が湿生植(しよく)物(ぶつ)の緑(みどり)と鮮(あざ)やかなコントラストをなしている。
 日当たりの良(よ)い湿(しつ)地(ち)に生(せい)息(そく)するハッチョウトンボは体長2センチほどで、1円玉(直(ちよつ)径(けい)2センチ)にすっぽり隠(かく)れる大きさ。成(せい)長(ちよう)するにつれ雄(おす)だけが赤くなる。
 ヒイゴ池湿(しつ)地(ち)は岡(おか)山(やま)県(けん)内有(ゆう)数(すう)の繁(はん)殖(しよく)地(ち)。地元の自(し)然(ぜん)保(ほ)護(ご)団(だん)体(たい)・北の吉(き)備(び)路(じ)保(ほ)全(ぜん)協(きよう)会(かい)によると、今年は例(れい)年(ねん)より数日早く12日に初(はじ)めて確(かく)認(にん)された。
 17日は30匹(ひき)以(い)上(じよう)がスイスイと飛(と)び交(か)い、植(しよく)物(ぶつ)の葉(は)や茎(くき)で羽を休めていた。かれんなトンボの“舞(まい)”は8月中ごろまで楽しめるという。
 総(そう)社(じや)市(し)環(かん)境(きよう)課(か)と同協(きよう)会(かい)は「湿(しつ)地(ち)は貴(き)重(ちよう)な自(し)然(ぜん)の宝(ほう)庫(こ)。むやみに踏(ふ)み荒(あ)らさないようマナーを守(まも)って観(かん)察(さつ)してほしい」と呼(よ)び掛(か)けている。

問1 ハッチョウトンボの説明として正しいものにすべて○をつけなさい。
ア ハッチョウトンボは、世界でも最も小さいトンボの一つだ。
イ ハッチョウトンボは、10円玉に隠れるほどの大きさだ。
ウ ハッチョウトンボは、日当たりのよい小川に住んでいる。
エ ハッチョウトンボは、雌だけが真っ赤になる。
オ ハッチョウトンボは、岡山県でも、総社市のヒイゴ池湿(しつ)地(ち)など、限られた場所だけにすんでいる。


実際のワープロ印刷物にはルビ(ふりがな)をつけているのですが、ブログ記事用にコピペすると、ふりがなが( )の中に入ってしまうので、読みにくいですね。
こんな教材を思いついたわけは、最近のNHKニュースで「岡山県自然保護センター(和気町)」で今年もハッチョウトンボが舞い始めたという報道があったので、トンボつながりの話題を集めてみたのでした。
引用した地元ローカル紙「山陽新聞』には、去年5月のヒイゴ池のハッチョウトンボが紹介されていました。
古いブログ記事からハッチョウトンボやその他のトンボの写真を引っ張りだし、授業に臨みました。
ハッチョウトンボ♂

ハッチョウトンボ♀

思ったほどには、反応がありません。、
暑いせいもあるのでしょうが、退屈して居眠りする学生も、、。ま、いいか、内心の自由は尊重しなくては。
それはそれとして、授業でハッチョウトンボを話題にしたことから、撮影意欲がむくむくとわいてきました。今日は五月晴れの上天気とあって、久しぶりにヒイゴ池湿地を訪ねてみました。時季的に、ひょっとしてハッチョウトンボに出会えないかと期待したのです。
すると、意外に大勢の訪問者がありました。立ち話で、テレビニュースや新聞記事に、今年のハッチョウトンボの情報が出ていたそうです。
帰宅後調べてみると、今年も、去年と同じ5月17日付けの「山陽新聞」にこんな記事がありました。
https://this.kiji.is/237599396957488630?c=75768590128873475

 

総社でハッチョウトンボふわり

 世界最小級のトンボ・ハッチョウトンボが総社市福井のヒイゴ池湿地で舞い始めた。1円玉(直径2センチ)にすっぽり隠れてしまうほどの小さな「赤」が、湿地の緑の中をふわりと飛んだり羽を休めたり。愛らしい姿を見せている。

 ハッチョウトンボは日当たりの良い湿地に生息する。体長2センチほどで、成長につれて雄だけが赤みを帯びる。

 地元の自然保護団体・北の吉備路保全協会によると、今年は例年並みの11日に初確認された。今月下旬から6月中をピークに、8月ごろまで見ることができるという。

 17日は10匹以上が湿生植物の葉や茎で羽を休めていた。湿地ではトキソウもかれんな淡いピンクの花をつけ始めている。

 総社市環境課と同協会は「湿地には貴重な植物が多い。立ち入らないようマナーを守って観賞してほしい」と呼び掛けている。


我ながら、良い狙いだったのですが、、、、残念。目を皿にして探したのに、発見できませんでした。
その代わり、こんなトンボを写して帰りました。








それから絶滅危惧種のトキソウ(朱鷺草、鴇草)も。








今日は小1の孫が動物園へバス遠足で、解散地点までジイジがお迎えを頼まれました。楽しい遠足だったようです。こんな遠足の場合も、地図や双眼鏡、メモ帳などを持ってると、共謀罪に問われるらしいです。
今日はここまで。

花盛りのオオキンケイギクほか、 [折々散歩]

朝夕は肌寒いほどでしたが、日中はよく晴れました。

サツマイモの苗を、昨日買ってきていました。行きつけのホームセンターで先日見かけた芋苗は、青々として新鮮そのもの。植え付けには少し早いらしいです。というわけで昨日は、ご近所の園芸店をのぞてみますと、ほどよく干からびて(笑)かなり根を出し始めている状態でしたので、安納芋と鳴門金時の苗を一〇本ずつ買っていたのです。

植え付けたあとは水やりもほとんどせずに、放置しているので、雑草だらけになりますので、少しでも状態が改善しようかと、100円ショップで、95cm×5mの黒色マルチシートを買って、利用してみることにしました。

ちょっと疲れて散歩に出かける気力が沸かず、庭のプランターの土いじりなどをするうちに夕方になりました。

以下、ご近所周りのプチ散歩の写真です。(by OLYMPUS EP2+LUMIX45-200mm)

ホタルブクロが咲いています。

ハナショウブかな?

アイリス、アヤメ、イチハツなどとの区別がわかりません。







これは?

センダン(オウチ)の花です。芳香があります。



シャクヤク?











赤いバラ。



群生するポピーやヤグルマソウ。







オオキンケイギク。

野原一面を黄金色に飾るこの花。息を呑むほど鮮やかですが、特定外来生物で、在来環境に害を及ぼしているらしい。と知って幻滅しておりましたら、なんとこの花から抗がん剤の成分が発見されたとか、、、去年の「毎日」(6/30)にこんな記事がありました。

 全国の河川敷などで在来野草の生態系を壊し、厄介者となっている特定外来生物「オオキンケイギク」の花に、抗がん作用のある物質が含まれていることを、岐阜大工学部の纐纈(こうけつ)守教授らが突きとめた。論文は今月、エルゼビア社(オランダ)発行の医薬品化学分野の学術誌に掲載された。研究室は、製薬への応用を目指している。

https://mainichi.jp/articles/20160630/k00/00e/040/228000c



今日の撮影画像は以上ですが、ついでにストック画像から近所の花々です。

まずは、PENTAXk01+pentax35mmDA L F2.4 AL。



次の3枚は、pentaxq7+06TELEPHOTOzoom











きょうはこれにて。


カラタネオガタマかな?の巻 [今日の「これなあに」?]

先日、いつもの散歩道を歩いていると、ちょっと独特の強い芳香が薫りました。よく目を凝らしてみると、地味なこの花からの香りのようでです。
気になって写真だけは撮ってみましたが、花の名前がわかりません。図鑑で調べてからと思って放置しているうちに日にちが経過してしまいました。と、そんなとき、mimimomo様のこの記事


カラタネオガタマという植物を知りました。ネット検索すると、漢字で「唐種招霊」とも「唐種小賀玉」とも書くそうで。バナナに似た香りを発するとか。言われると、
確かにそんな感じです。

ストックしている散歩写真をどうぞ。
































今日はこれにて。

五月晴れの日曜日をいかに過ごしたか、の巻 [折々散歩]

昨日の雨は昼には上がり、畑仕事を少々と、夕方の散歩を楽しみました。
麦が色づいています。



麦畑をバックに気取ったポーズのアオサギ。





飛翔するアオサギ。



飛翔するツバメ。

スズメ。





ムクドリ。


今日も快晴。ゆっくり撮影散歩を楽しみたい心境ですが、ちょっと予定がはいっています。葛藤のすえ、こんな一日の過ごし方をしました。
午前中は、「子育て・教育のつどい」に参加しました。

全体会の記念講演は、世取山洋介氏(新潟大学准教授)の「子ども・教育があぶない!~「教育再生」のねらいと子どもの権利」。

「今の教育現場の状況は、次々襲ってくる『改革』の追い立てられて多忙の極。たとえるなら、わけもわからず洗濯機の中に放り込まれ、ぐるぐるかき回されながら、それがどんな洗濯機なのか、何のためにかき混ぜられているのか、今が洗濯中なのか脱水中なのか、それとも乾燥中なのかもわからないという状態。」

まったくその通りです。

その事態を解き明かすキーワードは「新自由主義教育改革」。その展開を3段階に分けると、次のとおり。

第一段階=1980年台中曽根第2臨調+臨教審

特徴は、「教育の自由化」と教育費の刈り込み。

第二段階=森、小泉、安倍第一次政権(2001~2009)。

「教育改革国民会議」+「経済財政諮問会議」

特徴は「投資としての教育」

【目的】

当時の経済・労働力政策への教育政策の従属。(第一次、第二次産業の法規、狭く構成された第三次産業(教育、福祉、医療は除外)の重視。

・公教育はムダのカタマリ→ダウンサイジング。

・エリートを早期に選別し、ノンエリートを早く沈める。

【手法】

経済学の手法 会社を競争的環境に置き、階層化する

・企画部門と実施部門との分離、両者の契約関係での関係づけ

【裏付け理論】

・「主人代理人理論」

お金をもらっている代理人が、財布のひもを握っている主人の思いの通り(パペット)にならないのはなぜ

 ・処方箋 ①スタンダード、②評価③競争④賞罰

【安倍第1 次政権下に確立した手法】

スタンダード=学習指導要領:教育課程に関する基準をはるかに超え、学力観、教育内容、教育方法を全面的に規定したものへ

評価=学テ、教員評価、学校評価

競争=学校選択

賞罰=学校統廃合、昇進

学校の階層=教育職の多層化

教師の脱専門化=教員免許更新制度の導入



第三段=安倍第二次

・教育再生実行会議

・特徴は「人材育成としての教育」

ポイントは「学校体系の複線化」

・リーマンショック後、金融業に依存する産業構造への反省から、製造業に着目

さらに尾は輸出業の保護(公共インフラ、原発等)

。新産業を支えるエリート、グローバル人材の育成と、中堅人材の効率的育成。競争の激化+非エリート層の教育の経済的自己負担化

予想される学校体系はこんなふう?ぞっとします。



子ども、親、教職員をぐるぐるかき回して疲弊させている洗濯機の正体が、少しだけ見えた気がしました。

後半のテーマは、世取山氏の専門分野である「子どもの権利」「子どもの権利条約」に照らして、日本の公教育の問題点とその解決策を探ることで、これまた知的刺激に富むお話でした。

レジュメからほんの少し引用します。

社会経済構造が与えるプレッシャーそれを測る4つの指標
・社会的に有用な人材を育成したいという社会経済構造の欲求のもとでのプレッシャー
・プレッシャーへの子どもの対応
・プレッシャ一源をなくすための攻撃=校内最力
・プレッシャーの転嫁=いじめ
・プレッシャーの回選=不登校
・プレッシャーを感じる自分の破壊=自殺

すべての指標が改善されていません。

午後は、分科会がありますが、もうひとつの別の予定があります。

参議院議員の吉良よし子さんの国政報告演説会が、午前中は岡山市、午後は倉敷市で開かれるというのです。午後の部なら参加できそうなので、40kmばかり離れた会場に車で移動することにします。

会場の場所はおおざっぱに調べたつもりでしたが、ぐるぐる回ってもたどり着けません。仕方がないのでコンビニで尋ねますが、自信なさそうな応答。結局二軒のコンビニで、それぞれお茶のペットボトルを買って道を聞き、ようやく開会時間前に到着できました。

吉良よし子さんについては、以前もこんな記事で触れましたが、彼女のお母さんが私たち夫婦の共通の友人であることから、他人と思えません。

これでまた病気自慢に箔がつき
まわり道してつづき聞くカーラジオ

四方山話でもして、お土産の一つも持って帰ってもらいたいところでしたが、会場一杯の聴衆の、後ろの方で、初々しいお話を聞かせていただきました。身内の子どもの学芸会を見守る心境さながらで、はらはらドキドキものですが、それは僭越な取り越し苦労というもので、堂々とした感銘深いお話でした。

これまた学芸会さながらに、沢山写真を撮りました。持ち帰って妻にも見せねばなりませんので。



























印象に残ったお話をちょっとだけメモしておきます。

その1

「親が教師なので、家には戦争の絵本などが沢山あり、子どもの頃それを読んで戦争が怖くてたまらなかった。親に言うと、大丈夫、日本には憲法9条があって戦争から守ってくれるとの答え。安心した。

平和を守ること、憲法を大切にすること、共産党を支持するようになった原点。」



その2

谷川俊太郎の詩の紹介。

「生まれたよ ぼく」



生まれたよ ぼく

やっとここにやってきた

まだ眼は開いてないけど

まだ耳も聞こえてないけど

ぼくは知ってる

ここがどんなにすばらしいところか

だから邪魔しないでください

ぼくが笑うのを ぼくが泣くのを

ぼくが幸せになるのを

(後略)



子どもたちが、存分に笑い、泣き、幸せになることをさまたげない、そんな世の中にしたい。



書いているとまだまだ沢山、お話の内容を思い出しましたが、今日はここまでといたします。


上を向いて歩いていたら、の巻 [折々散歩]

ちょっと前から書きかけていた記事ですが、なかなか完成しません。
タイミング遅れになりましたが、今日2本目の記事として、とりあえずアップすることにします。

一昨晩は、おでかけ帰りに空を見上げますと、見事な明月でした。
車に積んでいたolympusE3+zuiko70-300+テレコン1.4倍で写してみます。
露出をオートで撮影すると、、、明るすぎます。

心持ちマイナス補正(-0.3)をして撮影しても、まだ、白トビしてます。

-2.3の補正でこのレベルになります。

少しだけトリミングとレタッチを施してみます。

性懲りもなく「見上げてごらん」というフレーズを思い浮かべます。
こんな記事を書いたことがあります。(見上げてご覧)

御巣鷹山での日航機墜落事故の追悼番組などでは、生前の坂本九さんの若々しい映像とともに、歌声が流されることの多い曲でもありますから、なじみは深いものがあります。
(中略)
この曲が、いずみたくの作曲であることは、辛うじて記憶していたようにも思いますし、この舞台がいずみたくを取り上げた作品であることは、うすうす事前の情報により、インプットしてはいました。
(中略)
舞台は、オリジナル作品で描かれた働き学ぶ夜間高校生の青春群像を縦糸とし、「音楽への情熱と才能を、生活のためのコマーシャルソングづくりに浪費するのでなく、日本初の日本のミュージカルをつくろう」という永六輔(役名:永田)の呼びかけに促されて、和製ミュージカルの創造に精魂傾けるいずみたく(役名:泉川)の姿を横糸として、紡ぎ上げられます。

また、後に、こんな記事も書きました。
見上げてご覧、の巻(大阪の旅最終回)

 空を見上げていると、ついつい「見上げてご覧」というフレーズが浮かんできます。 
見上げてごらん 夜の星を
 小さな星の 小さな光りが
 ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を
 ぼくらのように 名もない星が
 ささやかな幸せを 祈ってる 
以前この記事で書きましたので繰り返しません。
もう一つ思い出すフレーズはこれです。
Hannah, can you hear me?
Wherever you are, look up Hannah.
The clouds are lifting, the sun is breaking through.
We are coming out of the darkness into the light.
We are coming into a new world.
A kind new world where men will rise above their hate, their greed and their brutality.
Look up Hannah.
The soul of man has been given wings - and at last he is beginning to fly.
He is flying into the rainbow - into the light of hope, into the future,
the glorious future that belongs to you, to me, and to all of us.
Look up hunna. Look up.

 ハンナ、僕の声が聞こえるかい?いまどこにいようと、さあ上を向くのだ。空を見るのだ、ハンナ!
 雲が切れる!太陽が現れる!闇が去って、ぼくたちは光の中に出るのだ。新しい世界-貪欲と憎悪と残忍さを忘れたより良い世界がいま、来ようとしているのだ。
 空をごらん、ハンナ!もともと人間の魂は翼を与えられていたのだ。だがついに、いま初めて空を飛び始めたのだ。虹の中へ―希望の光の中へと、いま飛んでいるのだ。空をご覧、ハンナ!上を向いて!
(チャップリン「独裁者」最後の演説より) 
 

先日の憲法記念日に岡山市で開かれた今年の「憲法集会」の模様は、何回かご報告しました。そこで演じられた松元ヒロさんの舞台で、永六輔さんのエピソードが熱く語られたこともすでに書きました。その舞台でのフィナーレに流れたのが、この「見上げてごらん 夜の星を」の曲でした。
それとともに、舞台では、同じ坂本九が歌った「上を向いて歩こう」(永六輔作詞・中村八大作曲)も話題にされました。「スキヤキソング」として海外にもよく知られたこのヒット曲が、失恋の悲しみを歌ったものではなく、安保闘争の挫折をきっかけにつくられたものだったことは知る人ぞ知る事実でしょうが、松元さんはそのあたりの事情をつぶさに語ってくれました。
この歌詞は、早稲田大の先輩に当たる中村八大さんから、「歩く歌」というテーマで歌詞を書いてほしいととオーダーがあったときに、永さんは、実際に自分もデモに参加した60年安保闘争での挫折の体験を元に作詞したものだそうです。
放送作家としてテレビの仕事に携わっていた永さんは、安保反対の国会デモに出ていた永さんは、当時台本を担当していたテレビプロデューサーから、「番組をとるかデモをとるか?」と詰問され……「デモをとります」と、番組を降板したのだそうです。
それだけの意気込みで参加していたデモは蹴散らされ、安保闘争は「敗北」します。 デモの帰り道、泣きながら夜空を見上げた経験が、この歌詞を生んだのだそうです。これまた、知らざりしこと多きかな、でした。
永六輔さんは『上を向いて歌おう―昭和歌謡の自分史』という著書の仲で、聞き手の矢崎泰久さんとこんなやりとりを交わしています。

上を向いて歌おう  昭和歌謡の自分史

上を向いて歌おう 昭和歌謡の自分史

  • 作者: 永 六輔
  • 出版社/メーカー: 飛鳥新社
  • 発売日: 2006/11/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)







この会話に登場する樺美智子さんとは、6月15日のデモで警官隊と衝突した際に圧死した東京大学在学中の女子学生でした。ちなみに、以前この記事で少し触れたことがありいました。

 現代日本文学大系39巻は島木赤彦や木下利玄らと並んで土屋文明が取り上げられています。折り込み附録として添えられた「月報」に、諏訪高女校長時代のエピソードを、文芸評論家臼井吉見がこう書いています。
 諏訪高女の校長のとき、上級生の平林たい子が修学旅行をすっぽかして、堺枯川を訪ねて上京するという事件があった。当時として普通の校長なら、おびえうろたえて、退学を申し渡すところだろう。この日文明校長は、たい子を呼びつけて、「おやじが三味線弾いて、娘が踊るか、よし、帰れ!」と一言あびせただけですんだという。これほたい子自身から聞いた話である。(中略)
平林たい子の同級生伊藤千代子は、のちに非合法運動に関係して捕えられ、獄から松沢病院へ移されて、そこで死んだ。のちに歌人土屋文明は彼女の出身校の東京女子大を訪ねた折、次のような歌を作っている。
高き世をただめざす少女等ここに見れば 伊藤千代子がことぞかなしき
こころざしつつたふれし少女よ新しき光の中におきて思はむ
こうした思いは、文明の胸底にいよいよ烈々と伝わっている(後略)

(中略)

 前述『六月風』に所収の、「某日某学園にて」と題する一連の作品には、上記の2首のほかこんな歌が収められています。

 語らへば眼(まなこ)かがやく処女(おとめ)等に思ひいづ諏訪女学校にありし頃のこと
芝生あり林あり白き校舎あり清き世ねがふ少女(おとめ)あれこそ
まをとめのただ素直にて行きにしを囚(とら)へられ獄に死にき五年(いつとせ)がほどに
思想的には、伊藤千代子の抱いたマルクス主義・社会主義とは距離のある、自由主義・リベラリズムの立場でしたが、官憲の非道な弾圧と、ファシズムの暴虐にたいして、静かな鋭い告発を投げかけていて、心打たれます。
時代ははるかに下って、1960年の安保闘争の頃にこのような歌があります。
旗を立て愚かに道に伏すといふ若くあらば我も或は行かむ
安保改定反対の国民の声を無視して、条約締結を強行しようとする岸信介(アベさんのおじいちゃん)の渡米に抗議して、学生たち、労働者たちが、旗を立て「愚かに」道に伏している。いかにもそれは、成算のない愚かな行為かも知れぬが、自分が若かったなら、或いはともに行動しただろうと、共感を示しているのです。
一ついのち億のいのちに代るとも涙はながる我も親なれば
六十年安保闘争のさなか、女子学生樺美智子さんが機動隊と衝突して死亡した事件を悲しんで詠んだ歌でしょう。
わが「故旧」の一人アキコさんは、大学入学したての頃、樺美智子さんのこの詩を愛唱しており、私はそれによって樺美智子の名前を知りました。
 「最後に」

誰かが私を笑っている
向うでも こっちでも
私をあざ笑っている
でもかまわないさ
私は自分の道を行く
笑っている連中もやはり
各々の道を行くだろう
よく云うじゃないか
「最後に笑うものが
最もよく笑うものだ」と
でも私は
いつまでも笑わないだろう
いつまでも笑えないだろう
それでいいのだ
ただ許されるものなら
最後に
人知れずほほえみたいものだ
1956年 美智子作
念のために付け加えるならば、彼女の属した「ブント(共産主義者同盟)」の、冒険主義的・挑発主義的な行動は、権力に弾圧の口実を与えるもので、決して賛同することはできません。


永さんの訃報を知った日、書いたのはこの記事でした。
憲法を棄つると云ふか!蝉時雨

 参議院選挙の結果を受けて、どのマスメディアも「改憲勢力2/3超!」と口をそろえて報じています。でも、これっておかしくありません?インチキじゃん?
「改憲勢力」と言われるヒトたち、選挙中は憲法についての自党の姿勢をちゃんと国民に訴えて、信を問うたの?
選挙公報での公約はもとより、投票日当日の新聞広告(これ自体投票日の選挙運動を禁じる公選法に抵触するとの批判がありますが、それはひとまずさておいて)でも、また、うっとうしいほど執拗にyoutubeで流された広告でも、アベノミクス一本槍ではなかったですか。
マスコミもひどいでしょ。どの政党・政派が改憲をめざしているかいないかとか、憲法のどこをどう変えるつもりとか変えないつもりとか、今度の選挙が終わったら改憲へアクセルをふかすつもりとか、どうとかこうとか、選挙中は全くといっていいほど報道しなかったじゃありません?
(中略)
永六輔さんの訃報が伝えられました。今日の記事は書き終えたつもりでしたが、急いで付け加えます。永さんも、人一倍憲法を愛する人でしたから。こんな記事を引いて、追悼したいと思います。
特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 永六輔さん
(前略)
■ 永さんは、戦争放棄を定めた憲法9条を守る会に賛同する一方で、「99条を守る会」を個人的につくっている。まるで冗談みたいな名前だが、実際はとても論理的だ。99条は、憲法尊重擁護の義務を定めているのだ。
天皇又(また)は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
しかし、現実は、自民党議員をはじめとする政治家は、守るどころか、憲法、特に9条を変えようと必死だ。
「99条を守っているのは天皇陛下だけなの。他の連中は守っていません。守っていないだけじゃなくて、無駄遣いはするわ、ごまかすわ」と、不愉快そうに言った後、声のトーンを変えた。「僕は天皇陛下を尊敬しています。99条を守っているから。僕はまじめに、天皇陛下が大好き」。その表情は、無邪気でうれしそうだ。
憲法条文を見ると、政府などの権力を縛り、国民の権利を守ろうとする姿勢が一貫して流れている。
永さんは、「憲法は国民には何も厳しいことは言っていないの。国民は安心して生きていれば、何もしなくていいんです」と話した後、「政治がしっかりしていれば」と、付け加えた。
でも、政治家はしっかりしていませんよね?
「していません」と、きっぱり。
その政治家を選んだのは国民......。
「そうです」
ということはやっぱり、国民が悪いということになるんですか?
「そう考えると、おしまいになっちゃう」
おちゃめな言い方に、カメラマンと3人、一同大笑い。 「投票して誰かを選ぶんじゃなくて、投票して誰かを落とす選挙にすべきだと思う。選ばれて政治家になっちゃったヤツはしょうがないけど、『こいつだけは許せない』っていう人は落とされちゃう。そこまで徹底しないとダメだよ」
■ 永さんは、東京・浅草の浄土真宗のお寺に生まれ、さまざまな立場、境遇の人たちに触れて育った。
中学生の時に習い事の月謝代稼ぎにNHKラジオに投稿した台本やコントが次々に採用され、高校生でスタッフに。20歳前後はちょうどテレビが開局する草創期。試験放送の段階から携わって現在の日本のテレビ放送の礎を築いた。
しかし、「明治維新が終わっていない」元凶の一つは、テレビだと指摘する。国民が民主主義に目覚める前に、テレビの時代が来てしまったのが問題だという。
「テレビって、『なんでこんなことやっているんだ?』っていう番組が多い。僕はそのテレビを作ってきたのね。とっても恥ずかしい」。
(中略)
永さんは、そんなテレビが嫌になって、昔から親交の深い黒柳徹子さんと、筑紫哲也さん(昨年11月に死去)の番組に年に1回ずつ出る以外は、ほとんどテレビには出演していないという。
「明治維新が終わっていない」という閉塞(へいそく)感漂う日本の状況を変えるにはどうしたらいいのだろうか。
「しょっちゅう旅をしているから、僕は知らない街へ行きます。そういう時、振り返るんですよ、歩きながら。どういう道を歩いてきたかを確認すると、帰りに迷わないの。でも、振り返らないで歩くと、ちょっとしたカーブで迷っちゃう。日本という国は、立ち止まって振り返って......ということをしないまま来ちゃっているからね」。だから迷っているのだという。
「『上を向いて歩こう』じゃなくて、『振り向きながら歩こう』」と、永さんは、自身が作詞した坂本九の大ヒット曲に絡めて、提案した。そのためには、新聞も本も、仲間との会話も、歴史を学ぶことも必要になってくる。
(後略)

永さんが亡くなる数ヶ月前、松元さんに「憲法9条をよろしく」と託したエピソードは、先日も書きました。
折も折、リテラのこの記事 安倍の9条加憲は日本会議幹部の発案が指摘するように、憲法9条と、99条共々に危機に瀕する事態が進んでいます。

 安倍首相が3日に突如打ち出した“2020年新憲法施行宣言”が大きな物議を醸している。本サイトでも指摘してきたように、これは総理大臣の権限を大きく越えた発言で、明らかに憲法尊重擁護義務(99条)違反だ。ところが、国会で安倍首相はその発言が自民党総裁としてのものであると二枚舌を駆使し、「読売新聞を熟読してもらいたい」などと、うそぶいたのである。

アベさんが打ち出したこの「新方針」の狙いをリテラの記事はこう暴いています・

 しかし、安倍の従来の持論といえば、少なくとも9条2項「戦力の不保持」を削除したうえで自衛隊を明記することだった。それがなぜ突如、一見軟化したかに思える「1項、2項を据え置きで3項追加」に方針転換したのか。
 実は、昨年の参院選のすぐ後、日本会議の中枢メンバーが、ずばり「「三分の二」獲得後の改憲戦略」と題して、この「9条3項加憲」を打ち出していたのだ。
(中略)
“理論派”の伊藤(哲夫)氏が、「明日への選択」16年9月号で提案したものこそ“自衛隊条項の戦略的加憲”だった。伊藤氏はまず、“中国の脅威”を強調するなどして〈「反戦・平和」の抵抗運動〉を押さえ込み、〈護憲派への徹底した「反転攻勢」を始めるべき〉としたうえで、こう述べている。
〈ところで、もう一方で提案したいと考えるのが、改憲を更に具体化していくための思考の転換だ。一言でいえば、「改憲はまず加憲から」という考え方に他ならないが、ただこれは「三分の二」の重要な一角たる公明党の主張に単に適合させる、といった方向性だけにとどまらないことをまず指摘したい。むしろ護憲派にこちら側から揺さぶりをかけ、彼らに昨年のような大々的な「統一戦線」を容易には形成させないための積極戦略でもある、ということなのだ〉
(中略)
日本政策研究センターの「明日への選択」では、伊藤氏による“戦略的加憲論”を掲載した翌々月号で、同センター研究部長の小坂実氏が、こんな本音を暴露していた。
〈「戦力」の保持を禁じ、自衛隊の能力を不当に縛っている九条二項は、今や国家国民の生存を妨げる障害物と化したと言っても過言ではない。速やかに九条二項を削除するか、あるいは自衛隊を明記した第三項を加えて二項を空文化させるべきである〉(同誌11月号「今こそ自衛隊に憲法上の地位と能力を!」)

よくもまあ、ズバリと本音をかたるものですな。
上を向いて歩いていたら、電線にツバメ。





柿の木にカワラヒワ



イチジクの木に幼いスズメ。


おや?トビでしょうか?何かぶら下げています。



どうも獲物は魚のようです。

昨日の里帰りの途中、三徳園「小鳥の森」によってみました。M師の奥様がここでキビタキを撮影されたと聞きましたので、あやかりたいと思いまして。
確かに高い梢の上でしきりにさえずっています。でも、結局はっきり見ることも撮影することもできませんでした。上を向いて歩いていると、見慣れない花が。

トチノキの花だそうです。

トチノキは、トチメンボーの正体知って面食らう、の巻の記事で話題にしましたが、花は初めてです。
そしてこれはヤマボウシ。





今日はこれにて。

皐月なかばの雨の朝、の巻 [味覚、食材]

昨夜は雨音を聞きながら寝入り、
今朝は雨音を聞きながら目覚めました。
まどろみの間も、覚醒の過程にあっても、やさしい雨音が
気持ちを穏やかにしてくれました。
1/fゆらぎといいますか、アルファ波が副交感神経系を優にしてくれるものと見えます。
ナンテンの葉を雨粒が伝っています。
小さな南天の実も太りつつあります。

この雨は、予報通りでしたから、昨日は、晴れている間に済ませておきたいことをいくつか終わらせました。
一つは、田舎の父母の農作業の手伝い。のつもりで行ってきたのですが、草刈りも耕耘も当面不要ということで、畑に野菜苗を植える溝を切っただけ。後は日用品・食糧と農用品、野菜苗等の「買い出し」を手伝って帰りました。
母が、店頭にらっきょうを見つけて、「らっきょう酢」とともに、父母宅用と我が家用を購入してれました。前日に収穫したという早生の新タマネギを段ボール箱一杯と、あと葉物野菜を少々、もらって帰りました。
帰宅後、らっきょうはガラス瓶につけ込みました。らっきょう1kg、らっきょう酢1.8l、ガラス瓶2用でしたので、らっきょうをもう1kg近所のスーパーで買い足して、都合2kgを漬けましたので、一年分足りるかな?

酢漬けらっきょう、特別のごちそうというわけではありませんが、我が家では、副菜として結構消費します。思い返すと、2007年の脳血管手術のあと、食欲が全くなくて、食事をしようとすると吐き気がしたり戻したりが続いていたとき、両親が見舞いi時に差し入れてくれた自家漬けらっきょうと梅干しに命を救われタコとがありました。当時は、山腹の痩せ畑で栽培していたらっきょうを漬けていたのでしょうか。処理がなかなか面倒なので、最近は市販のものを使うようです。
猫の額の庭を占有する畑もどきのエリアに、現在、ジャガイモ、ブロッコリー、トウモロコシ、トマト、カボチャなどを植えています。この春、毎日の食卓を賑わせてくれた絹さやエンドうが終わりましたので、抜き払い、キューリやゴーヤなどつるものを植えています。昨日は、夕方雨が降り始める前に、買い置いていたピーマンや、キューリ、ゴーヤなどを追加で植え付けました。
そのあと雨が降り始めたので、良いタイミングだったと思います。
もう一昨日のことになりますが、小1の孫が下校して我が家に寄り道している頃、お隣さんが庭のサクランボを取りに来ないかと誘ってくださった草で、喜んでどっさり収穫して帰りました。



私もお裾分けをいただきましたが、甘くてみずみずしくて、大層美味でした。
我が家の鉢植えのサクランボは、今年は不作で、小さく酸っぱく、がっかりでした。春にはこんな花を咲かせたのですが、、、。
桜桃の咲き初めて孫卒園す
植えた翌年が「豊作」で、翌年からの収穫に期待したのですが、日当たりのせいか栄養のせいか、年々不作になっていきます(涙)

声はすれども、の巻 [今日の「これなあに」?]

先日、M師からこんな写真を添えてメールをいただいていました。



  昨日、オオルリ、キビタキの情報をもらっていたので深山公園を回りました。(中略)オオルリらしき黒っぽい鳥を見つけましたがすぐに逃げられました。その後鳴き声を頼りに移動してキビタキに会えました。

気に掛かりながら都合がつかず、延び延びになっていましたが、今日は時間に余裕がありますし、晴れのち雨という予報でしたので、午前中出かけてみました。
オオルリは過去に、ここで一回だけ撮影したことがあります。




データを見ると、2010年4月の撮影です。それ以来一度も会えていません。
キビタキには、もう少し出会う機会がありました。たとえば、この記事は、一昨年、深山公園での出会いです。
梅雨の晴れ間の佳き出会い





さて、今朝の散歩、K5Ⅱ+AFBORGをたずさえて、勇んで出かけたのでしたが、、、、。キビタキらしい声は聞こえるようなのですが、残念、姿が見えません。
高い梢でさえずっている小鳥がいるので写してみましたが、逆光気味ではっきりわかりません。これなあに?








もうひとつ、池の対岸の木立にこんな鳥が止まっていました。トンビにも見えますが、顔が白いのです。これなあに?


ホオジロがいました。


こんなトンボに会いました。種類がわかりません。





見かけない花です。



有毒植物シナアブラギリと表示板がありました。

これは、アマドコロ。我が家の庭でもちょうど咲いています。

ツツジが満開です。









赤松池を白鳥がゆうゆうとおよいでいました。







カモたちの群れは、みんな北に帰ったらしく、すっかり池は空っぽです。
見かけたのはこのつがいだけ。



マガモ?

追伸、先日の記事めざす鳥には会えないが、の巻 の鳥の名前、M師に教えていただきました。

↑イソシギ


↑ヒバリシギ

↑ビンズイ
今日はこれにて。

俎板に収まりきらぬ鯛の顔 [味覚、食材]

当ブログに、「味覚、食材」というカテゴリーをたてていたことを思い出しました。

探ってみると最新の記事が去年の夏のこれでした。雨の日の赤紫蘇調達、の巻

つい最近も、諸方からいろいろと旬の頂き物をしたのですが、食い気が先に立って写真に撮ることも忘れておりました。

長男のお嫁さんのお里からは、自家栽培のミカンを何度も何種類も、、、。味が濃くて甘いのです。長男のお嫁さんのお里からは、自家栽培のミカンを何度も何種類も、、、。味が濃くて甘いのです。

お隣さんからは見事な安納芋。焼き芋にするとたとえようのない甘さ。

ご近所さんからは、サヤエンドウとタケノコを二度も。

妻のお友達からは畑のお野菜。

長女の嫁ぎさきからは、先日の筍掘りの時にワラビもいただきました。

先日の次男一家の帰省時にはお嫁さんのお父さんが山から採ってこられたという山菜をどっさりお土産にいただきました。タラの芽、コシアブラ、ワラビ、山ウド、季節の味覚を堪能しました。

これらは、それだけでも十分記事にできましたのに、写真を撮ることもしないで胃袋に収めてしまいました。

ですが、さすがにこれは、写しておくことにしました。




この巨鯛は、長女のムコドノが、知人の漁師さんにいただいたお魚のお裾分けだと、昨日持ってきてくれました。

写真では大きさがわかりにくいでしょうが、そばにある大振りな湯飲み茶碗や、台にしているまな板と大きさ比べをしてみると少しは推測がきくでしょうか?


昨日は久しぶりのアルバイト勤務日、連休明けで学生さんも疲れ気味、こちらも疲れて、散歩の気力もブログ更新の気力も出ませんでした。

今日は午前中、退職同業者の親睦会があり、そこには持ち寄るべき宿題があったのですが、昨日の夜までにできあがらず、朝方なんとか仕上げて、泥縄で間に合わせました。能率悪いパソコン作業に、心身ともに疲れました。

午後、畳に寝転んで録画してある昔の「相棒」を見ているうちに、うつらうつら居眠りしていて、気がついたらラストシーンになっておりました。この居眠りでちょっと元気が戻りました。

外は雨なのですが、少しだけ散歩することにしました。なん日ぶりでしょう?道ばたの野花の様子がすっかり変わっていました。

チェリーセージ?

ポピー。



ヤグルマソウ。


ここ


これは何でしょう?

右腕を骨折していた父は、固定がとれて、昨日は自分で運転して診察と買い物に行ってきたそうな。先週は、時間の合わせられる長女が運転して送迎してくれたのですが、一歳児が手足口病で微熱もあるというので、むりは頼めません。タクシーの送迎を頼めばよいのですが、近所をぐるりと運転してみて大丈夫そうだからと、決行した模様。無事で何よりでした。診察の結果も、順調に快復している由。

冒頭の鯛、快気祝いにぴったりですが、距離がありますので、こちらにすむ家族だけで食べることにしました。美味でした。

今日はこれにて。

憲法くんは七〇歳、わが老父は九〇歳、いずれも五月生まれ、の巻 [今日の暦]

憲法記念日にちなむ記事、さらに続きます。
「憲法集会」のメインプログラムの一つは、中島茂樹さん(立命館大学名誉教授)の講演。「対米従属的軍事大国化から対米追随的共同派遣型戦争国家へ―「軍事大国化への途と安倍『改憲』戦略の視点から―」。長いタイトルです。しかも、12ページに及ぶレジメと、資料付きです。
いやはや、急にこんなハードな環境に放り込まれると、じんましんが出そう、、、と恐れたのですが、講義は、笑いあり笑いありそして笑いありの、爽快なものでした。五月晴れの空のように、何だか見晴らしが良くなった気がします。
皮切りは、今年の流行語大賞は何だろうか?という問いかけ。
会場からもすかさず「忖度!」と声が上がりましたが、中島さんも、きっと「忖度」が選ばれるだろう請け合い、かくも根深く「忖度」がはびこる日本社会の、とりわけ日本政治の特異性をあばきます。
その背景にあるのは?レジメから、かいつまんで引用します。
権威的集権システムの形成
1)国のあり方(統治構造)の抜本的改革
・政治改革(1994年)
小選挙区制・政党国庫助成の導入で、小泉郵政選挙に顕著に見られるように、政党執行部が「政党公認の可否」を盾に議員の生殺与奪の権限を握り、異論を排除する傾向を強めてきたこと。
・行政改革(1996~2001年)―内閣と内閣総理大臣の機能強化、中央官庁再編、など
2)第二次安倍政権下での「官邸主導」の拡大・強化・深化
1内閣官房  
「国家安全保障会議」の事務局・国家安全保障局や内閣人事局を設置
2内閣人事局の設置(幹部公務員の実質的な政治任用)
3独立行政機関への政治介入
・NHK
・日銀
・内閣法制局の専門性の破壊
・最高裁への人事介入
ウーン、ガッテンガッテンです。

もう一つのメインプログラムは、松元ヒロさんの4年ぶりの岡山公演。全編これ、涙と笑いと共感のひとときでした。
公演に先立ち、主催者側から、写真・動画の撮影や録音をご遠慮くださいとアナウンスがあり、著作権上の配慮が示されましたので、その意向を受けて、もちろん写真はなし。内容紹介も概要にとどめます。
ちなみに、松元さんの公認サイトはこちら。ヒロポンのインターネット大作戦 | information - winterdesign.net


また、「時事ドットコムニュース」に、「憲法70歳、まだまだ元気」=一人芝居で理念伝える-コメディアン松元ヒロさんという記事がありますので参考までにリンクを貼らせて戴きます。

1947年に日本国憲法が施行されてから、3日で70年を迎える。社会風刺を得意とするコメディアン松元ヒロさん(64)は、自ら憲法に成り切った一人芝居「憲法くん」を20年前から上演。自民党などの改憲論に対し、「僕がリストラされるって本当ですか」と問い掛ける。憲法の理念を8分間に込めた芝居は、昨年亡くなったタレント永六輔さんらに絶賛され、絵本にもなった。松元さんは「憲法はまだまだ元気」と訴えている。
(中略)
 「憲法くん」は絵本になり、昨年12月に講談社から出版された。絵本には、焼け野原となった街に憲法くんがたたずむ場面がある。「二度と戦争はしないと誓ってできたのが憲法。現実に合わないからと変えるのはおかしい」と松元さんは力を込める。


この日の公演では、案に相違して、おなじみの演目「憲法くん」そのものは演じられず、代わりに絵本「憲法くん」の紹介を等して、日本国憲法の意義とそれへの思いが熱く語られました。
出版元の講談社BOOK倶楽部のこのページに、松元ヒロ・ソロライブ「こんにちは、憲法くんです!の動画が掲載してあります。

今回の公演で、時間をかけて語られたのは、永六輔さんとの心温まる交流。特に、亡くなる数カ月前、「憲法9条をよろしく」と託されたというエピソードには、胸が熱くなりました。
他に、印象に残った話題にこんなものがあります。
・「押しつけられた憲法」と悪口を言う人があるが、良いものなら、「押しつけられた」とは言わず、ありがたく思って大事にする。
・外国のものは駄目と言うが、もともと日本のものは何?私は鹿児島の出身。人間のからだでたとえると、右足の伸ばしたつま先にあたる場所。昔は薩摩と呼ばれ、サツマイモの名で知られる。でも、私の地方ではサツマイモと言わずにカライモという。「唐」つまり中国から伝わった芋だから。
ところで、私がこの記事を書きながら、大いに触発された一つの話題について、いみじくもgonntan様が、この記事ノスタルジーの原点で触れておられます。

 このブログでは内田樹氏のブログを常時貼り付けているのですが、神奈川新聞昨日版に寄せた記事を読むと、この国の現状や政治家を含めた民意がハッキリとわかります。全文を読んでいただかないといけないのですが、要点だけ記せば
 【 安倍政権とその支持者たちの「かつて主権国家であった大日本帝国」に対する激しいノスタルジーは「主権のない戦後日本国」に対する屈辱感の裏返しである。 】
 【 日本の指導層の抱え込んでいる「主権国家でないことの抑圧された屈辱感」は日本国民に「主権者でないことの屈辱感」を与えるというかたちで病的に解消されることになった。それが特定秘密保護法、集団的自衛権行使の閣議決定、安保法制、共謀罪と続く、一連の「人権剥奪」政策を駆動している心理である。 】

 氏の確かな分析に納得します。

同じ内田樹さんの文章を、私もコピっていました(http://www.kanaloco.jp/article/248588)。二番煎じになりますが、少しだけ引用させてください。

 いま日本で起きている絶望的なまでの「公人の劣化」は何に由来するのか。結論から言ってしまえば「日本はアメリカの属国でありながら、日本人がその事実を否認している」という事実に由来する。日本社会に蔓延(まんえん)している「異常な事態」の多くはそれによって説明可能である。
 ニーチェによれば、弱者であるがゆえに欲望の実現を阻まれた者が、その不能と断念を、あたかもおのれの意思に基づく主体的な決断であるかのようにふるまうとき、人は「奴隷」になる。「主人の眼でものを見るようになった奴隷」が真の奴隷である。彼には自由人になるチャンスが訪れないからである。
日本はアメリカの属国であり、国家主権を損なわれているが、その事実を他国による強制ではなく、「おのれの意思に基づく主体的な決断」であるかのように思いなすことで自らを「真の属国」という地位にくぎ付けにしている。
(中略)
日本人は心のどこかで「属国であること」を深く恥じ、「主権の回復」を願っている。けれども、それは口に出されることがない。だから、その抑圧された屈辱感は病的な症候として表れる。安倍政権とその支持者たちの「かつて主権国家であった大日本帝国」に対する激しいノスタルジーは「主権のない戦後日本国」に対する屈辱感の裏返しである。
 けれども主権回復のための戦いを始めるためには、まず「日本は主権国家でなく、属国だ」という事実を受け入れるところから始めなければならないが、それはできない。痛苦な現実から目をそらしながら少しでも屈辱感を解除したいと思えば、「大日本帝国」の主権的なふるまいのうち「今でもアメリカが許諾してくれそうなもの」だけを選び出して、政策的に実現することくらいしかできることがない。それが対外的には韓国や中国に対する敵意や軽侮の表明であり、国内における人権の抑圧、言論の自由や集会結社の自由の制約である。
 (中略)
 改憲への熱情もそれによって理解できる。憲法に底流する国民主権のアイデアはアメリカの統治理念そのものである。それを否定することで、対米屈辱は部分的に解消できる。そして「国民に対してだけは主権的にふるまう」ことで国家主権を持たないストレスも部分的に解消できる。
 自民党改憲草案は近代市民社会原理を全否定し、むき出しの独裁政権を志向する病的な政治文書だが、それが全篇(ぜんぺん)を通じて「決してアメリカを怒らせないような仕方で対米屈辱感を解消する」というねじれた政治目標に奉仕しているのだと思えば、理解できないことはない

ああなんというさもしい「奴隷」根性!
サツマイモは中国伝来だけど、良いものは良い。日本の文字(漢字、平仮名、片仮名)は中国伝来の文字がもとになっているけれど、良いものは良い。日本国憲法は、権利章典、アメリカ独立宣言、アメリカ合衆国憲法、フランス人権宣言、ワイマール憲法など、世界の価値ある先見的な章典の精神を引き継いでつくられたものだが、良いものは良い。
アメリカとの友好関係は、他の諸国との友好関係と同様に大切だが、主権を棄てた従属的な「日米同盟」は、駄目。駄目なものは駄目。そこを認めないで、「美しい国」を云々し(注:デンデンではありません)、「決してアメリカを怒らせないような仕方で」自主憲法の制定を唱えても、ちっとも美しくないのです。
五月五日こどもの日は、郷里の老父母の元に家族が集まり、父の満九〇歳を祝いました。
小1の孫が手渡しているのは、生年月日に発行された新聞のコピーです。こういうサービスがあることを見つけたママが、手配して、老父(1927年)と老母(1930年)のものを手に入れてくれました。

庭のクレマチスも、毎年のことですが清楚な花を咲かせてくれています。

小4の孫が「地味に控えめな」四つ葉のクローバーを見つけました。

シュンギクに花が咲き、ベニシジミが吸蜜しています。

紫陽花の葉に、生まれたばかりのバッタの幼虫が、希望に燃えて大志をふくらませています。

慌ただしく連休が終わり、孫たちのはしゃぎ声で賑やかだった我が家も、閑寂を取り戻しています。大阪の孫一家も、無事帰り着いたそうです。次の再会はお盆です。
二歳児の手足口病は回復し、すっかり元気に遊んでいますが、今度は従妹の一歳児が感染し、ご機嫌ななめです。居住地が離れていますし、この間特に接触もしていないので、別ルートでの感染なのでしょう。いやはや、子どもはかくも頻繁に、次から次へと流行病にかかるものかと、改めて感心しています。
今日はこれにて。

知らざりしこと多きかな皐月晴 [今日の暦]

昨日の憲法記念日の記事の続きです。
「憲法集会」開会前の会場ステージです。

要項の表紙。

資料には、日本国憲法前文、第9条とともに、「あたらしい憲法のはなし」の一部分が紹介してありました。

集会では、開会挨拶の後、「新俳句人岡山支部」の大森恒夫さんが、故三上史郎さん(2015年没)の俳句をいくつか紹介しながら、お話をされました。

三上さんは、生前この憲法集会で俳句を披露されたこともあるそうです。あいにく、私は参加していない回だったようです。
ところでこの三上さん、思い返すと、ずっと昔、お目にかかったことがあります。正確に言うと、学習会で講義を受けたことがあるのです。講義の内容は、俳句?ではなくて、社会科学分野の学習会でした。岡山県北の新見市で学習塾をしておられたその教室を会場に、安保条約や平和や民主主義を学んだのだっただろうと思います。教職に就いたばかりの20代前半のことだったはずですが、まったく記憶は薄らいで、夢かうつつか、判然としません。


それより何より、その三上さんが俳句をなさっていたことなどまったく存じ上げませんでした。うかつにして知らないことばかりです。
紹介された句、どれも印象的ですが、2句だけ引用させていただきます。




次に岡山合唱団による合唱を聴きました。
最初は中島みゆきさんの「命の別名」。
実は私、どういうわけか、数少ない音楽CD(昔はカセットテープ)のうち、中島みゆきさんのものがいくつかあります。我が子がまだ幼い頃から、長距離ドライブするときたいてい車で繰り返し聞いていたものの一つがそれでしたから、物心ついてからは飽きられて別の曲をかけさせられるようになりました。
いまも、車で駆けることが多いので、孫がメロディを覚えていたりします。
ところで、この「命の別名」という曲は、私の手元にあるCDの中では比較的新しく、確か「大銀幕」というアルバムに収められていたと思います。 このアルバムは、おもに1990年代、TVドラマや映画で用いられた彼女の楽曲を集めたものであるらしい、とはうすうす知っていましたが、実際のドラマそのものは見たこともなく、それぞれどのようなことを歌った歌なのか知らないまま、運転中のBGMとして聞き流してきたのが実際のところです。
そのようなじじょうながら、「命の別名」という曲は、その絶唱が胸を騒がせる、また歌詞のひとことひとことがつよく訴えてくる、気になる曲の一つでした。


切れ切れに聞こえてくるフレーズを、勝手に解釈しながらも、こんな一言には、まったくそうだよなあとうなずきながら聞きます。


そして、命につく名前を「心」と呼ぶという痛切な一句を、しかも万感の思いを込めて声を張って歌唱する中島さんの歌声には、深く心を揺さぶられるのでした。

ユーチューブにこんなページがあります。

https://youtu.be/LwbX5fxH3Us
歌詞はこちらを参照ください。
http://j-lyric.net/artist/a000701/l0000c3.html
岡山合唱団の方が、歌唱の前に、この曲の解説を一言加えてくださいました。
去年の夏に相模原市で起きた障害者施設殺傷事件と類似の障害者蔑視に基づく残酷な事件(1995年に茨城県水戸市で発覚した知的障害者に対する暴行・強姦事件)をモデルとしたテレビドラマ『聖者の行進』のために、中島みゆきさんが書き下ろしたのが「命の別名」なのだと。
いやいや、うかつにして知らないことばかりです。
もう一曲、オリジナルのこんな曲も歌ってくださいました。

メインの、中島茂樹先生{立命館大学名誉教授)のお話と、松元ヒロさんの公演について書く気力と余裕がなくなりました。
手足口病の孫はすっかり回復。大きなはしゃぎ声を上げて兄姉と遊んでいます。



いろいろな花が次々と咲いています。





今日はこれにて。

祝!憲法君70歳、の巻 [今日の暦]

憲法記念日です。
過去の憲法記念日には、こんな記事を書きました。
2014年。お誕生日おめでとう。日本国憲法さん!

  今日は憲法記念日。
憲法の理想を現実に生かそうと考えるのか。
それとも、、憲法の定めを「解釈」によって限りなく「現実」に合わせていこうとしつづけるのか?
はたまた、その行き詰まりを手っ取り早く打開するため、憲法そのものをきれいさっぱり書き換えるのか?
いよいよ改憲論議も大詰めですね。

近代的な「立憲主義」の立場では、憲法というものは、政治権力の恣意的支配に対抗し、国民が権力を制御するためのものだそうです。
安倍さんが成立に熱意を燃やしているという自民党憲法草案(わかりやすい対照表をアップしてくださっています。また、ヤフー知恵袋のこのページも、参考にさせていただきました)は、どうも、国家権力が国民を縛るための道具にしたいらしいですね。

「外国から押しつけられた憲法」という古い論調が何か意味ありげに聞こえるとするなら、いま、日本国民自身が、腹の底から、もう一度この日本国憲法を選びなおす時だと思いますね。



 この先ご健勝であれば、2年先の2017年には「古希」を迎えられることになります。昔から、古来まれなものとして、その長寿を祝う年齢です。
いま、わがくにの平均寿命は、ずっとのびていますから、70歳といえども、「後期高齢者」にもとどかぬ「若さ」ですが、世界中の憲法さんのなかでも、最長寿に属する事は間違いないでしょう。
「寄る年波」というものもありまして、時の政権担当者の思惑で、本意ならざる「解釈」やら、「運用」やらを施され、若かりし日の輝くばかりの清新さには痛々しいばかりの影が差している事は否めません。
とはいえども、あなたのお陰で、私達日本人は、これまで68年間の長きにわたり、ただの一人も、戦争で人を殺すことがなく、一人の戦死者を出す事もないという「古来希」なる僥倖を享受とができたのでした。
(中略)
なんとしてでも、2017年の70歳を、無事健やかに迎えていただきたいものです。さらにその先、喜寿(77歳)、傘寿(80歳)、米寿(88歳)、白寿(99歳)のお祝いを、国民みんなで祝賀することができればと思うのですが、、、、。


 戦後70年・被爆70年の去年、憲法学者がこぞって「違憲」と指摘するなか、集団的自衛権容認の「戦争法」を数を恃んで強行したアベ内閣は、今度は「緊急事態条項」など戒厳令条項の導入をはじめとする明文改憲の動きをあらわにしています。選挙中はダンマリを決め込んで、選挙後にやりたい放題、のつもりでしょうが、その手は桑名の焼き蛤です。
(中略)
もちろん、憲法は金科玉条でなく、時代の変化に応じて充実・発展させるべきで、そのため、タブーなくフランクな議論が盛んに行われることは、憲法自身が望んでいることに違いありません。自らの国の最高法規について、国民ひとりひとりが、親しみを持って語り、理解し、愛し、誇りに思い、使いこなすことは、言うまでもなく大切なことですから。
 一方、憲法を国民議論の俎上に載せようとする人たちのなかには、、あらぬ難癖をつけて悪罵の限りを投げつけて憲法の尊厳をおとしめ、汚い唾まで吐きかけようとする人たちが存在することも軽視はできません。おそらく日本国憲法が世界に先駆けて指し示す、平和で自由な、徳高い民主国家のあり方を、まぶしすぎると感じたり、あるいは煙たく窮屈に感じる人々が、ごく少数ながら存在するのでしょうか。たとえば、憲法の平和的・民主的精神を除去することによって、何らかの利益を手中にできるような人々とその手下、雇い人の類でしょうか?(どんな人たちなんでしょうかね?)
市井の一市民が、憲法に対して何を考えようが、何をしゃべろうが、それは自由であって、誰からもとがめられることはありません。
しかし、たとえば、アベさんのこんな無礼な発言を、憲法九十九条は許していないはずなのです。
みっともない憲法
 あの、日本国憲法の前文にはですね、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意したと書いてあるんですね。つまり、自分たちの安全を世界に任せますよと、言っている。そして、エエ、専制と隷従、圧迫と偏狭をこの地上から永遠に除去しようと務めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う、自分たちが専制と隷従、圧迫と偏狭をなくそうと考えているんじゃないのですよ。
国際社会がそう思っているから、それを褒めてもらおうと、いじましいんですけどね、みっともない憲法ですよ、はっきり言って。これは日本人が作ったんじゃないんですからね。こんな憲法を持っている以上ですね、外務省も自分たちが発言するというのは、憲法上、義務づけられていないんだから、それは国際社会に任せるんですからね。精神がそうなってしまっているんですね。まあ、そこから変えていくと言うのが私は大切だと思います。
自分の国語力・読解力のなさを棚に上げて、ちんぴらやくざの言いがかり同然のイチャモンをつける態度は、明白に公務員の憲法遵守義務違反です。
憲法第九十九条は、こう定めています。
 第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

さて、今年は、超党派の国会議員らでつくる「新憲法制定議員同盟」(会長・中曽根康弘元首相)が5月1日開いた会合で、安倍総理は、「機は熟した。今求められているのは具体的な提案だ。理想の憲法の具体的な姿を自信を持って国民に示すときで、しっかりと結果を出さなければならない」、「この節目の年に必ずや歴史的一歩を踏み出す。新しい憲法を作っていくことに全力を傾けると誓う」などと豪語し、憲法記念日の今日は、日本会議が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の改憲集会にビデオメッセージを寄せ、そのなかで、2020年をめざして9条を改正して、自衛隊を明文で書き込む、などと踏み込んだ発言をしています。
朝のNHK番組では、戦後文部省が作成した教科書「「新しい憲法のはなし」とその復刻版の紹介が、珍しく丁寧にされていました。

あたらしい憲法のはなし (小さな学問の書 (2))

あたらしい憲法のはなし (小さな学問の書 (2))

  • 作者: 童話屋編集部
  • 出版社/メーカー: 童話屋
  • 発売日: 2001/02
  • メディア: 文庫

また、9時からの政党討論会のテーマは「憲法(改憲)」でした。午前中はちらちらそれを見ながら、孫のお相手。
午後は、「憲法の集い」に参加してきました。集会のプログラムには、4年ぶりという松元ヒロさんの公演も含まれていて、大笑いしながら、ガンバレ日本国憲法君!の思いを新たにしました。その話題は、回を改めてまた後ほど。

憲法くん

憲法くん

  • 作者: 松元 ヒロ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/12/16
  • メディア: 単行本

今日の画像は、掲載しそびれていた4月の花々です。
めざす鳥に会えなかった深山公園は、ソメイヨシノが散って八重桜が咲き誇っていました(昨日行ったら、これも散っていました)











いろいろなツツジが、山一杯に咲き広がっています。(これは現在も見頃が続いています。)











よく見ると、右の方に年配のアベック?蛾腰を下ろしてツツジのお花見です。

花の色もいろいろです。



これはシャクナゲ。

トネリコ?



花ではありませんが、紅葉の若葉が美しい。



今日の付録。
故郷からの帰り道、山のあちらこちらを彩っていた花。
確かに藤の花も花盛りで、山を薄紫に彩っているのですが、よく似た色のこれは、、、桐の花でしょうね。

花言葉は「高尚」だそうですね。敢えて愛でる人も少ないでしょうが、よくよく見れば気品があります。
今日はこれにて。

めざす鳥には会えないが、の巻 [今日の「これなあに」?]

きのうの記事で、「不気味に光る核ミサイルらしきものが、ゆっくりと姿をあらわし、だんだんと近づいて大きくなってくる」という、昔見た夢の話を書きました。読み返してみますと、描写が不十分でした。その核ミサイルらしきものは、単発ではなく、おびただしい数のそれが、西の空を覆い隠すほどの威圧感で、ゆっくりゆっくり、確実にこちらに向かって近づいてくるのでした。逃げ惑うことも無駄に思われて、誰もがただ立ち尽くして、空を見上げているのでした。
先月の初め、シリアに向けて発射された数十発のトマホークのニュースが、この夢のことを思い出させました。発射命令を下す指導者、発射ボタンを押す兵士、それをニュースで見て快哉を叫ぶ市民は、向こうから飛んでくるミサイルをイメージしたことはあるのだろうか?と、いつも、疑問に思います。発射する側の映像だけを見ることの多い私たちも、同類の想像力不足に陥っていないでしょうか?
そんなことを思いながらも、しばらくブログ更新ができないまま、5月に突入しました。
腕の骨折で右腕を固定していて、運転ができない父の、通院の送迎や、買い物、草刈り、農作業などの手伝いに、時々田舎に帰っています。くわえて、先週あたりから、保育園児の孫が「手足口病」に罹り、身体のあちこち、特に口内にできた水疱性発疹を痛がり、飲むことも食べることもいやがります。
実はこの子、去年の10月にも罹患しました。月の輪古墳と三笠宮、の巻の記事でふれています。二度も罹ることがあるの?免疫はつかないの?という疑問もわきますが、ネット情報に寄れば、異なる種類のウィルスの場合があって、繰り返し罹ることもあるのだそうです。お医者さんも、「罹りやすい子なのでしょう」と笑っておられたとか。
いずれにせよ、保育園に行けませんから、じいじばあばがお預かりすることになります。ばあばのパート、私のアルバイトの勤務を相互補完して、まずまず託児所業務を継続。自分で歩くことはもとより、乳母車に乗ることもいやがりますので、ずーっとだっこ。ときどき自転車に乗せたり車に乗せたりして気を紛らせます。が、時々思い出したように、ママ、ママと泣き叫び、手が付けられなくなることがあります。なだめたりすかしたり、時にはママのお昼の休憩時間をめがけて、職場まで連れて行って短時間遊んでもらったり、「泣く子と地頭には勝てぬ」などという古い俚諺が頭に浮かんだりします。
そんな日々が続いて、ようやくなんとか回復し、今日は久しぶりに登園できました。
一方、、昨日の父の通院は、私のパート勤務便と重なったため、長女が送迎してくれました。おかげで、骨折も、ほぼ治癒に向かい、固定を外すことができるようになったそうです。
先日、M師からこんなお知らせをいただいておりました。

 現在シギ&チドリの移動の最中ですので、藤田で色々な鳥が見られております。ただ移動中ですので滞在期間は2日から長いもので1週間ぐらいです。
ムナグロです、次の日にはいなくなりました。
セイタカシギです、あちこちで1週間ぐらい見られました。
ヒバリシギ(小さい方)とウズラシギです。
コアオアシシギとツルシギです。
タシギもいます。
まだ移動期間は続きますから、鳥運が良ければ色々と見ることができるでしょう。
 深山公園には今年も紅葉谷の奥の昨年と同じ場所に○○ドリが来てカメラマンで賑わっているようです。

合間を見て、何度か現地を訪ねてみたのですが、なかなか思うようにはいきません。
まったく鳥影を見ないときもありますし、数羽のシギに会えたときもあります。
最初に、今日のこれなあに?






田舎で畑仕事を手伝い、夕方帰る途中、思い立って、ちょっと立ち寄ってみました。
これはコチドリ?










そして、これはタシギ?





トリミングします。


手前はタシギ?向こう側は?タカブシギでしょうか?









そしてこれは?ウズラシギ?





皆同じに見えます。
深山公園にも何度か行ってみました。大きな望遠レンズのカメラをお持ちのカメラマンにはよお会いしましたが、○○ドリにはあえませんでした。
いたのは、エナガ。

そして、ヤマガラ。


今日も出かけてみました。

木の葉の様子が、新緑らしさを増していました。

コゲラがいました。


カワラヒワ。


それではこれなあに?



 

きょうはこれにて。

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