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「劣化」考、の巻 [時事]

「劣化」という言葉をひんぱんに聞くようになったのは、いつごろからでしょうか?
少なくとも、以前は、たとえば、このような用法が頭に浮かぶだけだったでしょう

 世界大百科事典 第2版の解説

れっか【劣化 degradation】

材料は,熱,光,放射線,機械的摩擦,反復使用,化学薬品,微生物などの影響を受けて,変色したり,機械的強度が低下したり,亀裂を生じたり,軟化したり,もろくなったりして,ついには実用に耐えなくなることがある。このような現象を一般に劣化または老化という。劣化は,材料を構成している原子の集合体,分子およびその集合体の構造が変化し破壊されることによるもので,金属材料,無機材料,有機材料のいずれにおいても起こるが,化学反応性に比較的富む有機材料ではとくに多様な要因が複合的に働いて劣化が起こる。

いつの頃からか、芸能人(主に女性)の容貌などに対して用いる不愉快な用法が、世に溢れるようになり、違和感を感じることが多くなりました。機械や部品の「劣化」は理解できますが、人間に「劣化」の言葉はなじむまい、「高齢化」「老化」という言葉はあり得ても、それは決して「劣化」ではなかろう、と思い続けてきました。
ですが、最近、人間に対しても「劣化」の表現が当てはまる場合があることを、再認識しているところです。
憲法くんは七〇歳、わが老父は九〇歳、いずれも五月生まれ、の巻の記事でも触れましたが、思想家・武道家の内田樹さんが、こんなことをおっしゃっています。

 いま日本で起きている絶望的なまでの「公人の劣化」は何に由来するのか。結論から言ってしまえば「日本はアメリカの属国でありながら、日本人がその事実を否認している」という事実に由来する。日本社会に蔓延(まんえん)している「異常な事態」の多くはそれによって説明可能である。
(中略)
日本人は心のどこかで「属国であること」を深く恥じ、「主権の回復」を願っている。けれども、それは口に出されることがない。だから、その抑圧された屈辱感は病的な症候として表れる。安倍政権とその支持者たちの「かつて主権国家であった大日本帝国」に対する激しいノスタルジーは「主権のない戦後日本国」に対する屈辱感の裏返しである。
 けれども主権回復のための戦いを始めるためには、まず「日本は主権国家でなく、属国だ」という事実を受け入れるところから始めなければならないが、それはできない。痛苦な現実から目をそらしながら少しでも屈辱感を解除したいと思えば、「大日本帝国」の主権的なふるまいのうち「今でもアメリカが許諾してくれそうなもの」だけを選び出して、政策的に実現することくらいしかできることがない。それが対外的には韓国や中国に対する敵意や軽侮の表明であり、国内における人権の抑圧、言論の自由や集会結社の自由の制約である。
 (中略)
 改憲への熱情もそれによって理解できる。憲法に底流する国民主権のアイデアはアメリカの統治理念そのものである。それを否定することで、対米屈辱は部分的に解消できる。そして「国民に対してだけは主権的にふるまう」ことで国家主権を持たないストレスも部分的に解消できる。
 自民党改憲草案は近代市民社会原理を全否定し、むき出しの独裁政権を志向する病的な政治文書だが、それが全篇(ぜんぺん)を通じて「決してアメリカを怒らせないような仕方で対米屈辱感を解消する」というねじれた政治目標に奉仕しているのだと思えば、理解できないことはない

閣僚、国会議員、官僚などの、「絶望的なまでの『公人の劣化』」は、まさしく「劣化」としか表現の仕様がありません。
昨日付の地元紙『山陽新聞』にこんな記事がありました。

一部をトリミングします。

「劣化」以外の何ものでもありません。
同じ日の「しんぶん赤旗」の記事。

これも、一部をトリミングします。

思い出すだにおぞましい、身内の『不祥事』がこんなに相次ぐ政権。「劣化」としか言いようがないですね。もはや、メンテナンスの時季を超えていいるようで、新規更新が唯一の打開策といえそうです。

よく降りました。
県内でも、地域によっては大雨・洪水などの警報が出されたところもありました。
ほとんど一日家に閉じこもって、デスク仕事などをしていました。
庭の鉢植えの紫陽花。長く元気に咲き続けています。



パセリの葉っぱが食い荒らされていると思ったら、、、キアゲハの幼虫でしょうか?



体長2cmほどの小さなカマキリです。



新しいいのちは、初々しく、生気に溢れています。
昼過ぎには青空がのぞきました。

世の中も、こんなふうにすがすがしい青空が訪れて欲しいものです。
興味深いのは、投票日が迫った都議選挙です。
gonntan様が、先日のこの記事(イエスマンの課題は)で、こう書いておられました。

  都議選の応援演説でジミントウのシモムラ幹事長代行が
「都知事のイエスマンばかりが当選したらどうしますか?」なんてぶってましたが
まさに今のジミントウの課題をわかってらっしゃる鋭い発言だなと感心しました。
都議会だって国会議員だって、イエスマンばかりでは駄目ですね。

まったくです。
きょうはこれにて。

美しい稲田と早苗、そして、、、の巻 [折々散歩]


美しい稲田。

美しい早苗が青々と育っています。









次は、美しくない稲田。



動画はこちら↓

https://mainichi.jp/movie/video/?id=119738900&inb=ys




 都議選の自民党公認候補の応援演説で
「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と
本音がポロリ、
自身の地位を利用した所属政党候補への支持を呼びかけるのは
自衛隊の政治利用で大きな問題です。
撤回したそうだが、立場を踏まえないトンでも発言には理解できない。

行政機関や公務員は、厳しく政治的中立を求められており、時には私人としての公民権の行使に対しても、不当に、度を過ぎた制限が加えられる場合さえあります。教育公務員には、なおさら、「地位利用」のレベルを超えて、政治活動そのものが禁じられているかのような制約が、近年特に強められています。

そんな中で、官庁としての防衛省、公共組織としての自衛隊、国家機関の職としての防衛大臣が、特定政党の候補者への支持を呼びかけるなど、言語道断です。

世界有数の実力装置を、自分の意のままになる「私兵」と錯覚し、その威力を振りかざして、国民(都民)に特定の政党への指示や不支持、特定の政治方向への指示や不支持をあおるなど、あってはならない恐ろしい事態と言わなければなりません。

この稲田氏については、こんな記事が思い出されます。

The Huffington Post 2014/9/10からの引用です。

 9月3日の内閣改造で総務相に就任した高市早苗氏ら自民党の国会議員3人が、ネオナチ団体の代表と写ったツーショット写真が物議をかもしている。47NEWSが報じた。

第2次安倍改造内閣で総務相に就任した高市早苗衆院議員や、自民党の稲田朋美政調会長ら国会議員3人が、極右団体代表の男性と議員会館で会い、ツーショットで撮った写真が団体のホームページに一時公開されていたことが9日、分かった。議員側は「男性の人物像は知らなかった」と説明した。



(47NEWS「高市氏らが極右代表と写真 海外主要メディアも報道」より 2014/09/09 21:41)

この団体は、「国家社会主義日本労働者党」(NSJAP)。公式サイトの記述によると、1982年に発足した。ナチ党と同様、国家社会主義思想や反ユダヤ主義を掲げ、ホロコーストの否定や外国人労働者の排斥などを訴えている。

問題の写真は、2011年6月から7月にかけて、NSJAPの山田一成代表が議員会館に行った際に撮影されたもので、高市氏のほか、自民党政調会長の稲田朋美氏、副幹事長の西田昌司氏の3人とのツーショット写真がNSJAPの公式サイトに掲載されていた。現在、該当ページは内容が変更されている

国際的にも波紋が広がっており、イギリス紙「ガーディアン」は9月9日、「ネオナチ写真が安倍首相のために頭痛を引き起こす」という記事の中で、「これらの政治家が山田のネオナチ思想を共有しているという証拠はないが、安倍政権の右傾化がますます進んでいるという非難を加速させた」と報じている。


これがその写真。

イナダ、いやだな。





早苗、美しい名前。



最新ニュースの早苗サン。せっかくのすがすがしい藤井四段の話題に、何でこの人が露出するの?







梅雨らしい雨が、今朝も続いていました。

ホウジャクに食い荒らされたらしくみじめな丸裸になっていた我が家のクチナシが、葉もよみがえり、けなげに花を咲かせています。













かかりつけ医にいつもの薬をもらいに行き、その足で深山公園へ。傘なしで、歩けそうです。

夏椿が雨に洗われてすがすがしい。



散歩道を彩るアジサイが、いよいよ見ごろとなっています。





















































もっともっとたくさん写しましたが、似たような画像なので割愛します。

雨に濡れたアジサイは、やはり惹かれます。おかげで散歩がはかどりません。

今日は、いつもとは行き先を変えて、水生植物園へ歩いてみました。

道のわきに、生い茂っている笹が露を宿しています。昨日の草刈りでは、にっくき敵と思えた笹ですが、こうしてみるとゆかしい姿です。















七夕ももう近いことですね。

これは葦の葉でしょうか。







サワグルミの高木がそびえています。



新枝の先に雌花序が垂れ下がり、枝の基部から雄花序が、多数垂れ下がる、そうです。









午後は車の定期点検。ついでにリコール対象のタカタのエアバッグの部品交換も済ませました。オイル、オイルエレメント、エアコンガス、エアコンフィルターなども交換し、不調だったリモコンキーの電池交換もしてもらって、梅雨ながら気分爽快です。

今日はこれにて。

悪を伐る思いで笹藪刈り払う [折々散歩]


以前、こんな記事を書きました。(2013/08)

友人が新ブログ始めました。

 
さっき、友人が新たにブログを始めたという知らせを下さり、早速閲覧させて戴きました。
以前、写真「朝の光景」を贈ってくれたHさんです。
DSC_0074.JPG
名づけて「春風通信ブログ版」。勝手にリンクを張らせていただきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/haru_ushiroyama_0815
年若い(比較の問題!)「同郷人」ですが、彼の住まいは、岡山県の最高峰「後山」のふもと。
昨日実は、私も小学校の同窓会で郷里に帰っていたのですが、同郷=同一市内とは言っても、後山は遠いです

このHさんと、最近久しぶりに会い、我が家に近いファミレスで、ドリンクバーを嗜みながら、二時間余りも四方山話を楽しみました。男同士で、しらふで、何の緊急性も、何の脈絡もないはなしを、よく続けられるものだとお思いかも知れませんが、イヤこれが、実に愉快な時間でした。

以前は彼も岡山市内に住んでいましたが、数年前、県北の郷里に職場と居を移してからは、お目にかかる機会もなかったのですが、所用で近くに来たついでにと、連絡をくださり、デート約束をしていたのです。

Hさんは、生業の傍ら、農村(山村)生活者、地域興しに精を出し、自然愛好家、薪ストーブ愛好家、薪ストーブピザ職人、かつ、自称書道家・シンガー、など、多彩な顔の持ち主です。

話題は多岐に渡り、すべてをご紹介するわけにもいきませんが、いくつか再現してみます。

ちょっと以前の彼のブログをのぞくと、こんな記事があります。

愛の水株式会社株主総会

 本日、夕方、第15期愛の水株式会社株主総会があり、出席してきました。父が生きていたころ、地域の方々が150人ほどで立ち上げた会社です。こんな田舎では珍しく、わずかですが毎年配当金があったそうです。ところが、今回は、自動販売機の牛上げが20%もダウンして、配当金なし。かわりに草刈り機の刃を記念品としていただきました。なんと田舎らしいことでしょう。
ちなみに、自動販売機で買うと、100円で20~25リットルの水がでてきます。安い焼酎でもこの水で割るととてもまろやかになり、毎日、愛飲してます。私が飲んでいるのは、自動販売機で買うのではなく、2枚目の写真の試飲用の無料の水です。今まで、どんなに日照りが続いても枯れたことがない、年中14℃の湧水です。
後山の地層を数十年くらい?かけて染み出てきているとのことです。塩素消毒せず、地中のミネラル以外はなにも入っていないクリアな水なので、アトピーが改善された方もいるようです。みなさんも一度飲んでみてください。
 
イメージ 1
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この「愛の水」を、大きなペットボトル(2.7l?)一杯、お土産に持ってきてくださいました。コーヒーにもお茶にも好適ですが、記事の通り、焼酎の水割りが、信じがたいほど美味しく感じられました。

こちらは最近の記事。

父の日の贈り物
 
イメージ 1
もうすぐ、父の日。こんなのもらったらうれしいなの見本です。本物には子供の名前を書かせて、108円の実費をいただこうと思います100円ショップってすごいですね。(これは、実費750円くらいのものです。)

このウチワを、お土産にくださいました。

あと、最近のホットな一連の記事。

父の日に藤井聡太4段の扇子2本

要約すると、藤井聡太四段のグッズ、「大志」のサイン入り扇子をネットークションでゲットしたそうな。しかも二本。しかも公式価格の10倍から十数倍の値段で!!



手に取って見せてもらうと、ありがたみ満点です。

これを持った記念写真も写してくれました。(画像非公開ですが)



さて、23日(金)に続き、今日も、所用があって郷里に帰って来ました。そのついでに、23日は実家そばの畑の耕運と草刈り、今日は山の畑の草刈りをしてきました。山の畑は、柿の木が数本植わっている隙間に、以前は農作物を耕作していましたが、今は荒れて笹と下草が茂り放題、秋に柿を取りに踏み入るのもはばかられるブッシュ状態です。これまでも、何度か草刈り機で挑戦してみたのですが、笹に負けてはかどりません。その草刈り機の刃を、笹にも対応するものに代えてくれたので、試してみた次第。

さすがに新しい刃だけあって、切れ味が違います。

強靱な笹の茂みを、エンジンの回転をあげてばっさばっさと刈り払っていると、その手応えは、疲れと同時にここちよい爽快感をさそい、こんなふうに徹底してこの世の悪を除去してしまいたい思いに駆られます。

夕方、雨になり、今日の作業のタイミングの良さを喜びました。


いざ子ども九条危篤夏椿 [折々散歩]


今朝の朝刊第一面に「自民改憲案 秋国会へ提出」(「山陽新聞」)という大見出しが踊っていました。
毎日新聞の記事から一部引用します。

  安倍晋三首相(自民党総裁)は24日、神戸市で講演し、憲法改正について「臨時国会が終わる前に、衆参両院の憲法審査会に自民党案を提出したい」と述べ、秋から年内までを想定する臨時国会の会期中に、党改憲案を提出する方針を示した。首相が同党案の提出時期を明言したのは初めて。(中略)
 首相は「憲法施行70年の節目である今年中に、我が党が先頭に立って歴史的な一歩を踏み出す決意だ」と表明。2020年の改正憲法施行を目指す考えも重ねて示した。
 焦点となる自衛隊の明記については「9条1項(戦争放棄)、2項(戦力不保持、交戦権の否認)はそのまま残し、自衛隊の意義と役割を書き込む改正案を検討する」と強調。「教育は避けて通れない極めて重要なテーマだ」と、教育無償化を検討する意向も改めて示した。また「改憲はどこかの党だけが提案し、他の党は批判するだけというテーマではない」と野党などに対案を示すよう求めた。
 自衛隊の明記など4項目を検討している自民党憲法改正推進本部は、9月ごろに改憲案をまとめる方針。さらに公明党などとの調整も経て、事実上の改憲原案として年内に提案したい考えで、来年の通常国会中の5~6月に衆参両院で発議を目指す。
 だが21日の同本部会合では9条2項の削除を求めるなど異論が相次ぎ、首相は改めて議論の加速化を促した形だ。ただ学校法人「加計(かけ)学園」問題や「共謀罪」法を巡る強引な国会運営を受け、安倍内閣の支持率は急落。7月2日投票の東京都議選で敗北すれば党内外の異論が勢いづく可能性もあり、議論が首相の思惑通りに進むかは不透明だ。

 安倍晋三首相(自民党総裁)は24日、神戸市で講演し、憲法改正について「臨時国会が終わる前に、衆参両院の憲法審査会に自民党案を提出したい」と述べ、秋から年内までを想定する臨時国会の会期中に、党改憲案を提出する方針を示した。首相が同党案の提出時期を明言したのは初めて。さらに「それぞれの政党が自分たちの案を憲法審に示し、建設的な議論を行うべきだ」と訴えた。

 首相は「憲法施行70年の節目である今年中に、我が党が先頭に立って歴史的な一歩を踏み出す決意だ」と表明。2020年の改正憲法施行を目指す考えも重ねて示した。

 焦点となる自衛隊の明記については「9条1項(戦争放棄)、2項(戦力不保持、交戦権の否認)はそのまま残し、自衛隊の意義と役割を書き込む改正案を検討する」と強調。「教育は避けて通れない極めて重要なテーマだ」と、教育無償化を検討する意向も改めて示した。また「改憲はどこかの党だけが提案し、他の党は批判するだけというテーマではない」と野党などに対案を示すよう求めた。

 自衛隊の明記など4項目を検討している自民党憲法改正推進本部は、9月ごろに改憲案をまとめる方針。さらに公明党などとの調整も経て、事実上の改憲原案として年内に提案したい考えで、来年の通常国会中の5~6月に衆参両院で発議を目指す。

 だが21日の同本部会合では9条2項の削除を求めるなど異論が相次ぎ、首相は改めて議論の加速化を促した形だ。ただ学校法人「加計(かけ)学園」問題や「共謀罪」法を巡る強引な国会運営を受け、安倍内閣の支持率は急落。7月2日投票の東京都議選で敗北すれば党内外の異論が勢いづく可能性もあり、議論が首相の思惑通りに進むかは不透明だ。

 安倍晋三首相(自民党総裁)は24日、神戸市で講演し、憲法改正について「臨時国会が終わる前に、衆参両院の憲法審査会に自民党案を提出したい」と述べ、秋から年内までを想定する臨時国会の会期中に、党改憲案を提出する方針を示した。首相が同党案の提出時期を明言したのは初めて。さらに「それぞれの政党が自分たちの案を憲法審に示し、建設的な議論を行うべきだ」と訴えた。

 首相は「憲法施行70年の節目である今年中に、我が党が先頭に立って歴史的な一歩を踏み出す決意だ」と表明。2020年の改正憲法施行を目指す考えも重ねて示した。

 焦点となる自衛隊の明記については「9条1項(戦争放棄)、2項(戦力不保持、交戦権の否認)はそのまま残し、自衛隊の意義と役割を書き込む改正案を検討する」と強調。「教育は避けて通れない極めて重要なテーマだ」と、教育無償化を検討する意向も改めて示した。また「改憲はどこかの党だけが提案し、他の党は批判するだけというテーマではない」と野党などに対案を示すよう求めた。

 自衛隊の明記など4項目を検討している自民党憲法改正推進本部は、9月ごろに改憲案をまとめる方針。さらに公明党などとの調整も経て、事実上の改憲原案として年内に提案したい考えで、来年の通常国会中の5~6月に衆参両院で発議を目指す。

 だが21日の同本部会合では9条2項の削除を求めるなど異論が相次ぎ、首相は改めて議論の加速化を促した形だ。ただ学校法人「加計(かけ)学園」問題や「共謀罪」法を巡る強引な国会運営を受け、安倍内閣の支持率は急落。7月2日投票の東京都議選で敗北すれば党内外の異論が勢いづく可能性もあり、議論が首相の思惑通りに進むかは不透明だ。


懲りないお方です。
先日momotaro様が、梅雨空に「九条守れ」の女性デモ の記事で、さいたま市在住の女性の方が詠まれた2014年の作品を紹介してくださっていました。
実は私も、ほぼリアルタイムで。この作品に触れたことがありました。
蜂あれこれ
という記事で、金子兜太さんの句を紹介しています。
 眼ぐすりを注すときすずめ蜂直降  兜太
そして、その続き。

  金子兜太つながりで、もう一つの話題。
埼玉県のある公民館で活動する俳句サークルは、毎月、会員互選の1句を「公民館だより」に掲載してきましたが、7月号に掲載予定だった会員の互選句が、「偏った意見」だとして掲載を拒否された事件があったそうです。
70代の女性の句で、
梅雨空に『九条守れ』の女性デモ
というもの。
msn産経ニュースによると、概要は次のようです。
「憲法9条守れ」の俳句、掲載見送る さいたま市公民館「一方に偏った意見、ふさわしくない」  2014.7.4 12:51
さいたま市大宮区の三橋公民館が発行する月報に、俳句サークルが「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という市民の句を掲載しようとして館側が掲載を見送っていたことが4日、分かった。市は「掲載すると公民館や市の考え方だと誤解される可能性があり、判断は妥当」としている。
公民館を管轄するさいたま市生涯学習総合センターなどによると、三橋公民館は毎月、「三橋公民館だより」を発行。俳句欄があり同館で活動する俳句サークルが掲載する句を決めていた。6月24日、サークルが7月号用として女性が詠んだ9条の句を選び掲載を依頼、公民館側とセンターは相談の上、掲載を断った。
センターの小川栄一副館長は「公民館は政治的に偏った特定の事業を行ってはならないと法律で定められている。集団的自衛権をめぐる句と受け取られる可能性もあり、世論が大きく二つに別れるような問題で、一方に偏った意見を載せるのはふさわしくないと考えた」と話している
 
この問題に触れて、「埼玉新聞」8月17日付けweb版が、「九条守れの俳句掲載拒否 俳人・金子兜太さん『文化的に貧しい』」という表題の記事を掲載しています。
その一部を引用します。
 
金子さんは旧制水戸高時代の18歳の時に俳句を始め、俳句歴は今年で77年に及ぶ。加藤楸邨氏に師事し、戦後は社会に生きる人間を詠む「社会性のある俳句」を唱え、「社会性俳句の旗手」と呼ばれた。
 「それまでは、俳句は花鳥風月を詠むものという高浜虚子の影響力が強かった。それに対して、昭和初期の新興俳句運動や戦後になって私や仲間たちは『自然とともに社会に生きる人間を詠みたい』と主張した。今では自然そして社会に生きる人間を詠み取ろうとするのは、俳句の世界では当たり前になった。今回の句もそういう自由な気持ちの中で詠んだ句で、このような句は毎日、どこかで作られている」
 今回の俳句掲載拒否の問題を戦前の治安維持法による新興俳句運動弾圧と重ねる見方もあるが、金子さんは今回の方が根深い問題を含んでいると言う。
 「新興俳句運動の『現実を俳句に書く』とするリアリズムが危険視された。だから取り締まりは、新興俳句系の俳誌だったり運動を担っていた人たちで、俳句を詠む一般の人たちにはそれほど影響がなかった。今回は一庶民の一つの句をやり玉に挙げて大げさな問題にした。こんな拡大解釈のようなことが、お役人だけでなく社会で行われるようになったら、『この句は政府に反対する句だから駄目』などと、一つ一つの句がつぶされる事態になりかねない。有名な俳人だけでなく、一般の人たちも萎縮して俳句を作らなくなる。俳句を作る人の日常を脅かすもので、スケールは小さいが根深い問題だ」と警告する。
(中略)
その 中(リボンプロジェクト「せんそうのつくりかた」)にはこんな文章が出てきます。
 
戦争のことは、ほんの何人かの政府の人達で決めていい、というきまりを作ります。
ほかの人には、「戦争することにしたよ」と言います。時間がなければ、あとで。
政府が戦争するとか、戦争するかもしれないと決めると、テレビや新聞やラジオは、政府が発表したとおりのことを言うようになります。
政府につごうのわるいことは言わない、という決まりも作ります。
みんなで、ふだんから、戦争のときのための練習をします。
なんかへんだな、と思っても、「どうして?」と聞けません。
聞けるような感じじゃありません。
 
公民館の職員のような、住民と直に接し、その文化的要求に具体的に応えることを職務とするような役目の人までが、ヒラメのように上ばかり向いて、「お上の意向」を先取りしてそれを具現することを第一義に考えるような空気が、世の中全体に広がっていくことが、この絵本の危惧した一情景ではなかったでしょうか?
 
仮に、国民の間に意見の相違があって、よしんば、それがマイノリティ(少数派)に属するものであったとしても、各人の信念によってそれを心に抱き、また表明することは、かりそめにも民主主義の社会においてはなんびとも妨げられることのない、基本的な権利です。ましてや、俳句を含めて文学や芸術の表現を、「思想」や「意見」というフィルターを通して評価する事自体、芸術・文化のなんたるかなんたるかを知らない粗野なふるまいと言わざるを得ませんし、その『思想』に難癖をつけて排除するなどは、暗黒時代の再来と言うべきでしょうか?しかも、問題の俳句に詠みこまれているのは、作者自身の意見というよりは、世の中の実際の「現象」、見過ごしがたい「世相」として確実に存在する実景に他なりません。 
 作者が、「女性デモ」を題材とした時点ですでに、それに共感しているかも知れないから、そこには暗黙裏に作者の意見が表明されているという強弁を労したとしても、それは、偏った意見とは言えないでしょう。
先ほど私は、「マイノリティ(少数派)に属するものであったとしても」と書きましたが、このニュースの場合は、少数派どころか、ほかなかならぬ「九条守れ」という国民多数の「意見」です。今年の実施されたどの種の世論調査でも、九条改訂反対が賛成を上回り、その差は開く傾向にあります。自前の改憲案まで掲げて世論喚起をはかってきた『読売新聞』でさえ、その世論調査(2014年3月15日)の結果は、こんな具合です。
Q、憲法9条は改正した方がよいと思いますか  
思う  30%     思わない 60%    その他 10%
  9条第1項「戦争の放棄」については        
思う 17%    思わない  76%     その他6%
  9条第2項「戦力の不保持」については       
思う 39%    思わない  52%    その他 9%
 こうした状況を踏まえれば、「九条守れ」を、偏った意見と言ってのけること自体、きわめて偏った意見ではないでしょうか?
ましてや、立憲主義のもとでは、憲法は、国家権力に縛りをかけ、国家権力の濫用を防止して国民の自由と権利を保障するために存在するものです。ですから、「九条」に限らず、行政なり公務員は、憲法を遵守することを義務づけられているのですし、公務員はみんな、憲法遵守を誓約・宣誓して任に就いたはずではないですか?
そのような大前提を足もとから掘り崩して、憲法を擁護する「意見」が時の政府の意向に沿わないからといって「偏っている」と断じていく空気は、なんかへんです。
なんかへんだな、と思っても、「どうして?」と聞けません。聞けるような感じじゃありません。---こんな事が重なっていくと、、、怖い怖い。

いざ子ども九条危篤夏椿

「 いざ子ども」は、「さあ、諸君」という呼びかけの言葉らしいですね。

万葉集の山上憶良の歌に

「いざ子ども早く日本(やまと)へ大伴(おほとも)の御津(みつ)の浜松待ち恋ひぬらむ」(万 六三・山上憶良)

があります。

[訳] さあ、諸君。早く日本へ帰ろう。御津の港の浜辺の松は今ごろ私たちを待ち遠しく思っているだろう。(学研全訳古語辞典より)

散歩道の夏椿が昨日からの雨に洗われています。






稲田はすっかり潤って、やっと梅雨らしい景色を見せています。











アガパンサスも、梅雨の花ですね。。






散歩道のクチナシが雨に濡れています。



我が家のクチナシは、葉っぱも花びらもが丸裸で、無残な有様です。
どうやらホウジャクのしわざらしい。







ホウジャクは、蜂雀と書きます。
こちらは以前撮影した我が家のアシナガバチの巣。

これは除去したのですが、またまた巣作りに励んでいます。先日は、客人が蜂に刺され、気の毒でした。平和共存は、なかなか難しいものです。

きょうはここまで。

くさぐさの花一途かな梅雨晴れ間 [今日の「これなあに」?]

孫たちと一緒に倉敷市種松山公園に出かけたのが、もう一週間前のことになりました。冒険性満点の遊具や、坂道、階段の上り下りを楽しむ様子はお伝えしましたが、私の内々の目標)であったアジサイの撮影については触れないままでした。
実際は、目が離せない1歳児と2歳児の守りをしながらの行動ですので、思うようにカメラをいじっているわけにもいきません。それでもみずみずしいアジサイを楽しむことは出来ました。















アジサイは、近所の散歩道にもいろいろな表情を見せています。





アジサイは七変化という別名も持つようですね。

ランタナも、七変化と呼ばれる由。

グラジオラスがすっくと背筋を伸ばし」、生気に満ちた花を次々に咲かせています。





うっかり設定をいじってしまったようで、思いがけない色に写りました。ソリッドモノカラーという設定でしょうか?

ギボウシ。

ネムの花も満開です





ムクゲです。



ムクゲを見ると、この記事で書いたあれこれが、やはり改めて思われます。
散ってまた咲く無窮花や野分ゆく
高知の平和資料館・「草の家」学芸員藤原義一さんの著書「あなたに贈る短歌の花束」からの引用を再掲します。

日本の天皇が朝鮮を植民地にしていたころ、 植民勢力が朝鮮人に愛されていたムクゲを抑圧したことを「読んでいただけるかたに」で書きましたが、ここで、もう少し詳しく、 そのことを書いておきます。
植えることも、話すことさえ
『金夏日歌集 無窮花』(一九七一年二月一日発行。光風社)を読みました。
著者の名前は、キム・ハイル。無窮花は、ムグンファと読むのだと思います。ムクゲのことです。
著者は一九二六年(大正十五年)、朝鮮慶尚北道・桃山洞の一貧農の家に生まれました。そして、一九三九年(昭和十四年)、十四歳のころ、すでに朝鮮から日本に渡っていた父をたずねて、母と長兄夫婦、次兄らと日本に渡ります。
彼が生まれる前の一九一〇年、日本は日韓併合で朝鮮を植民地にしていました。
「あとがき」で、ムクゲについて、こう書いています。
「日本帝国主義の侵略とその統治下においては、 朝鮮民族が限りなく愛するこの花を、自分の土地に植えることも、またこの花について話すことさえ許されなかったのです。
こうした抑圧のなかで、 無窮花はなおのこと私たち朝鮮民族の心に生きつづけ、私は幼い時から祖母や母に無窮花の美しさをひそかに聞かされてきましたが、祖国朝鮮に私が生まれ育った時代にはついに見ることができませんでした」
日本は太平洋戦争を始めました。
長兄は日本海軍の軍属としてとられ、戦死します。
著者も東京の戦災の炎をかぶり、両眼失明しました。

さて、きょうのこれなあに?

オミナエシかしら?

だとすると、秋の七草?

女郎花はおなじみの難読漢字ですね。




もう一つ、これなあに?

路傍の花々も、一途にいのちを謳歌しているようです。

夕方から雨になりました。

きょうはこれにて。

蝶ですか?蛾ですか?はたまた、、、?の巻 [今日の「これなあに」?]


先日のmimimomo様のこの記事頂上から下山へ(高尾山5月)
に、ダイミョウセセリが紹介されておりました。画像を拝借します。(少しトリミングします)

ところで、下は、ちょっと前「自然環境保護センター」の散歩で写した画像です。

図鑑で調ぺて、 これもダイミョウセセリかと推定しているのですが、 翅の模様が違いますね。聞くところによると、関東と関西とでは斑の標様が違うのだそうです。
そういえばホタルの明減周期も、東西で地域差があるそうですね。興味深いことです。
東西で電源周波数50 Hzと60 Hzの地域があることも、ふと連想されます。およそ、富士川(静岡県)と糸魚川(新潟県)を境に東側が50Hz、西側が 60Hzとなっている由。そもそも、そのわけは、関東では50Hn仕様のドイツ製発電機、関西では60Hz仕様のアメリカ製発電機を、それぞれ最初に採用したのが始まりだそうですね。これは理由がはっきりしていますが、生物の東西差は、どんなわけによるのでしょうか?
昆虫図鑑、チョウの図鑑は、何冊か持っているのですが、どうも調べるのが苦手です。
これはサトキマダラで良かったでしょうか?



これなあに?





キタテハ?ヒオドシチョウ?それとも○○タテハ?

これなあに?

ルリタテハ?
ついに羽を広げて見せてはくれませんでした。

これなあに?




これは、ウラギンシジミ?

これなあに?

トリミングします。

以上自然保護センターで出会った蝶たちでした。
最近、我が家の付近で大量に舞っているこれなあに?





蝶でしょうか、蛾でしょうか?
ところで、最近のニュースを騒がせるこれは?
toyota.png
蝶ですか?蛾ですか?はたまた毒蛾?毒蜘蛛?毒毛虫?
今日はこれにて。

梅雨なれば雨降る夜を愛おしむ [折々散歩]

入梅が報じられてから、わずか一日雨が降っただけで,後はずっと快晴と言っていい上天気が続いてきました。
留学生たちに「梅雨にはいると、毎日雨が降り続き、時に雨が上がってもじめじめと蒸し暑い不快な天気が続きます。でも、農作物にとっては、大切な恵みの雨です。」というような説明をしましたのに、まったくカラカラに乾燥した毎日で、ちょっとばつが悪いです。
それよりなにより、畑が干からびて、丈夫はずのサツマイモ苗も活着しないまま枯れたり、かろうじて根付いても生育しないなど、作物へのダメージが心配です。庭に植えたトマトやきゅうり、ピーマン、ブロッコリーなどは適宜水やりもできる野で、まずまずの生育ぶりですが。
昨日の夕方は、ポリタンク20㍑杯の水を車に積んで、小4生と畑の水やりにいってきましたが、文字通り焼け石に水で、気休めにもなりません。
そんななか、やっと昨日の夕方から雨で、ちょっとほっとしています。でも、それが激しい大雨と激しい風で、地方によっては河川の氾濫に見舞われるなど、困ったものです。
今日も一日雨の予報でしたが、ほとんど降雨はなく、午後には青空がのぞきました。
カメラにナイロン製の防水カバーを施し、雨傘を準備してご近所散歩に出かけましたが、全く不要でした。この時期、田圃に水が張られ、田植えが進んでいます。










昔は、大勢の早乙女が、とはいかなくても、家族総出、地域総出の田植え風景が見られたのでしょうが、この広大な水田を見渡しても、あちらに一台、こちらに一台、と、トラクター式の苗植え機が走っているのが見えるだけ、また、苗を植えず、種を直播きするするところも多いようです。

コチドリがいました。



アオサギです。



おや、顔が写りません。

小4の孫が言うには、田圃にカエルが沢山いるよ。それを狙ってサギも多いよ。なるほど、教えられます。
用水路の水草の上に、アオスジアゲハです。



どこからかツマグロヒョウモン♂が飛んできて、畑に止まります。

大輪のヒマワリも咲いていました。
朝の曇った状態で。

そしてこれは、午後の晴れた状態で。



もうすっかり夏の風情です。
ところで、先日留学生相手にこんな日本語教材をつくってみました。(ふりがなは省略します)

 日本語読解学習プリント 
➌次の文章を読んで後の問に答えなさい。
日本の 古都 京都は、平安の世から続く王朝文化が色濃く残り、数多くの神社仏閣とともに、数々の祭が現在まで伝えられています。
 その中で、1000年以上の歴史ある春の「葵祭」と、夏の「祇園祭」、そして、平安遷都1100年祭の記念行事として明治28年(1895)に建てられた平安神宮の祭りである「時代祭」が、「京都三大祭」と呼ばれています。
葵祭は、正式には賀茂祭と呼ばれ、京都市の下鴨神社と上賀茂神社で、5月15日(陰暦四月の中の酉の日)に行なわれます。平安時代の優雅な王朝装束に葵の葉を飾った行列で知られ、平安時代、「祭」といえばこの賀茂祭のことを指しました。
祇園祭のはじまりは869(貞観11)年。当時、京の町では疫病が流行し、大勢の死者が出る悲惨な状況でした。医学の発達していなかった当時、猛威を振るったこの病を、人々は神仏に祈願することで収めようとしました。
そして国の数にちなんで66本の矛を神泉苑に立て、さらに祇園社の神輿を担いで参集しました。こうして祈祷により疫病退散を祈った「祇園御霊会」が、祇園祭の起源だと言われています。
この「祇園御霊会」は、疫病が流行した時のみ行われていましたが、970(天禄元)年より毎年行われるようになりました。その後、時代が進むにつれてこの御霊会に民衆が積極的にかかわるようになり、徐々に祭りの要素が付け加えられてゆきます。
応仁の乱(1467~77年)で祭りは途絶えましたが、1500(明応9)年に町衆の手で再興されました。以後、中国やペルシャ、ベルギーなどからもたらされたタペストリーなどを各山鉾に飾るようになりました。これらの懸装品の豪華さゆえに、山鉾は「動く美術館」とも呼ばれます。江戸時代にも火災に見舞われたが、町衆の力によって祭りの伝統は現代まで守られています。2009年にはユネスコ無形文化遺産に登録されました。

問1 京都三大祭りのうちで、一番新しいものは次のどれですか。正しいものを選んで記号で答えなさい。
ア 葵祭   イ祇園祭   ウ時代祭   エ祇園御霊会   オ賀茂祭
問2 祇園祭の起源とされるの次のどれですか正しいものを選びなさい。
 ア祇園御霊会  イ疫病  ウ応仁の乱  エ 夏祭り  オ賀茂祭
問3 平安時代、「祭」といえば何をさしていたか、答えなさい。
問4 それでは「花」といえば何をさしていたでしょうか?

話題提供のつもりです。
答えは、もちろん、問1 ウ  問2 ア  問3 葵祭(賀茂祭)  問4 桜

問4は、何人もが、口々に答えてくれました。

「葵」について中国人学生が、「ヒマワリのこと?」と尋ねてくれました。そういえば向日葵の漢字表記は、中国語由来だそうですね。ヒマワリはなじみの深い植物で、種も至ってポピュラーな食材なのだそうですね。

散歩道のタチアオイ。









ところで、先日ドイツの森で見たこれもタチアオイでしょうか?見慣れない色でした。



きょうはこれにて。

孫とアジサイ、の巻 [折々散歩]


日々の暮らしが慌ただしくて、当ブログはweb日記の用をなしません。

先週の記事で、2歳の保育園児のアデノウィルス感染について書きましたが、幸いにもほどなく回復し、治癒証明を得ることができ、登園許可が出ました。保育園に行ってくれたら、こちらは平安で、ありがたいことです。

代わって、市内に住む長女が一歳児を連れて数日滞在しました。すわ夫婦の危機?といったことではありません。念のため。

梅雨入り以降、一日しか雨が降らず、畑もカラカラです。16日(金)早朝、水やりに行きました。畑付近からの眺めです。















その日の日中は、おにぎり弁当を持って、深山公園で遊びました。



後ろの立て看板を拡大します。







花が咲いています。







坂道で転んじゃいました







アジサイが見頃です



























土曜日(17日)は、郷里まで草刈りに同行しました。(既報)

実家の庭のアジサイです。



クチナシの花も、かぐわしく咲いています、







日曜日(18日)の地元紙「山陽新聞」に、県内のアジサイの見所の記事が載っていました。

ネット記事はこちら
記事の概要をご紹介します。

アジサイ見頃 各地で涼しげに咲く 岡山県内の主な観賞スポット紹介 

 岡山県内各地でアジサイが見頃を迎えている。梅雨に入ってから続く好天の下、植物園や神社では青、紫、ピンクなどの花が涼しげに咲き、訪れた人を楽しませている。主な観賞スポットを紹介する。

=岡山市=
 ■RSKバラ園(北区撫川)
 ■半田山植物園(北区法界院)
 ■たけべの森公園(北区建部町田地子)
 ■吉備津神社(北区吉備津)

=備前市=
 ■大瀧山西法院(大内)

=倉敷市=
 ■種松山公園西園地(福田町福田)
 ■安養寺(浅原)
 ■住心院(木見)

 =総社市=
 ■アジサイロード(総社市清音軽部)

=高梁市=
 ■弥高山公園(川上町高山)

=新見市=
 ■済渡寺(法曽)

=津山市=
 ■長法寺(井口)

=真庭市=
 ■普門寺(田原山上)

 =美作市=
 ■大聖寺(大聖寺)

これらの名所には、訪れたことのある場所もありますし、そうでないところもあります。

なかでも、倉敷市の「種松山公園西園地」は、過去、こんな記事で紹介したことがありました。

雨の日の種松山のアジサイ、の巻
白蓮とくちなし夫人と紅い薔薇、の巻

放縦といふべかんなる薔薇雫


種松山の紫陽花の巻(第一回)


種松山の紫陽花の巻(第2回..


この日は、数日前から滞在していた長女と1歳児が、夕方には家に帰ることにしていましたが、昼間の子守計画が未定でした。たまたま、従兄弟たちも、ママがPTAの会議だというので、「種松山公園西園地」一緒に出かけることにしました。近くのスーパーでそれぞれお気に入りのお弁当(おにぎりとかサンドイッチとか)を仕入れて、二台の車で出かけました。

この公園は、入園料無料、駐車料金無料、かなり大規模な遊具もあって、意外な穴場といえます。

1歳児がとことこ坂道を歩きます。



手前が、アデノウィルス感染でぐったりしていた2歳児です。元気なもので、この階段を上までのぼります。



これは木組みの遊具。



長い滑り台。











アジサイもよく咲いていました。

以下、次回に続きます。きょうはこれにて。


トカトントン再び、の巻 [時事]

みずからの語彙力の貧困を、今ほど恨みに思う時はありません。
もっと激しく、もっと荒々しくもっと手厳しく、もっと完膚なきまでに、とことん罵倒し、なじり倒す言葉が欲しいものです。アベ政権の、卑劣、卑怯、下劣、姑息、横暴、無法、陰湿、愚劣、醜悪、不義、暴挙、凶暴を、どう形容してみても、陳腐に過ぎます。
大相撲で、横綱が立ち会いで変化してみたり、「猫だまし」などの奇手を食らわせたりすると、大ひんしゅくですよね。四十八手の相撲ルールにもとづく取り口であっても、天下の横綱には、相応の品格と風格が求められるわけで、それは相撲愛好家のみならず、市井の一般人の良識(コモンセンス)に適合する美意識、倫理観だといえるでしょう。
しかるに、わが国政界のトップは、「猫だまし」どころか、法度お構いなしの禁じ手を次々と繰り出したあげく、「私が総理」「ルールはボクチャンが決める」と、の横紙破りを平然と正当化し、批判者を恫喝する始末。この内閣によって、繰り返し見せつけられた手法だけに、もうそろそろ慣れてもよいところでしょうけれど、やっぱり今度の共謀罪国会の凶暴さには、愕然とさせられました。
15日朝、委員会審議を省略して、本会議で中間報告の後、採決?朝のTV報道で知ったときには、口アングリ!でした。
それからほど経ずして、文科省の調査で文書の存在が発覚かとその日のニュースで報道されるにつけ、やっぱりその追及をおそれて幕引きを急いだのだろうと、容易に推察できました。
でも、伝えられるところによると、この幕引きを主導したのは、公明だとか?参院法務委員長のポストを握る同党にとって、都議選を前に「強行採決」はイメージダウンが避けられまいとの思惑が働いたのだそうで、裏には裏があるものですな。
そういえば、賛成討論にたつ公明サンのテンションの異常さ、木村草太さんも指摘しておられましたね。

このラジオ番組の国会ダイジェスト、必聴です。

https://www.tbsradio.jp/155800


「右翼」論客として知られるの小林よしのりさんも、この記事で木村颯太さんを褒めていましたね。

共謀罪についての木村草太の発言に感動した。


 今日の「報道ステーション」の木村草太氏は凄かった!
実に痛快だった。 

「共謀罪はテロ対策ではない」ということを、明確に断言して、現行法でも予備罪と共謀共同正犯との組み合わせで、テロ対策になるから、今のままでパレルモ条約に参加できると言ってくれた。

共謀罪が「テロ対策」だというのは、政府の嘘だから、最初にこのことをマスコミや有識者は見抜いて、国民に伝えるべきだったと、木村氏は言う。
(中略)

木村草太氏は、最後に恐るべきことを言ってのけた。
「今回『テロ対策だから法案に賛成した』と発言している有識者の方々は、果たして自分が発言する資格があったのかどうかを反省してほしい」
とまで言ってのけた。 

 

あのクールな口調で、言ってることの辛辣さは凄い!
若い世代にこういう知識人が出てくると、本当に安心する。
わしより若い世代は、全部馬鹿かと思っていたが、期待できる者はいるようだ。



太宰治の「とかとんとん」という作品について、以前この記事でもふれました
はてさて?大競争狂騒曲とな?の巻
少々引用します。

 以前(2004年)、こんな文章を、ある教育系雑誌に投稿したことがありました。「10年ひとむかし」と言いますがそれ以上の昔の話です。でも、読み返してみて、今なお、根本的な変化(改善)は、認められないと思えましたので、ここに再掲させていただきます。

岡山発「大競争」狂騒曲
一、トカトントン、あるいはハラホロヒレ
太宰治に「トカトントン」という小品がある。玉音放送の後、なお「徹底抗戦、自決」を叫ぶ若い中尉の姿に厳粛を感じた「私」は、「死のう、死ぬのが本当だ」と決意する。が、折しも兵舎の屋根からトカトントンと金槌の音が聞こえ、なぜか途端にすべてが白けてしまう。高校教師出身のミステリー作家、北村薫氏が、エッセイ集『謎物語ーあるいは物語の謎』で、これに触れておられるのを、最近、愉快に読んだ。
「たとえば、太宰の『トカトントン』を読んで、何も見えない人に向かい、《トカトントンはハラホロヒレである》と言ってしまうのが評論家ではないか。そのおかげで何かが見え、《ああ、そうか》という人が出て来る。/すると別の評論家が《いや、あれは断じてハラホロヒレではない。ガチョーンである》と演出するのである。そこで、まことに不敬ではあるが《トカトントン》を《ハラホロヒレ》に差し替えれば、こういうことになる。/もう、この頃では、あのハラホロヒレがいよいよ頻繁に聞こえ、新聞を広げて、新憲法を一条一条熟読しようとすると、ハラホロヒレ、局の人事について伯父から相談を掛けられ、名案がふっと胸に浮かんでも、ハラホロヒレ、(中略)もう気が狂ってしまっているのではなかろうかと思って、これもハラホロヒレ、自殺を考え、ハラホロヒレ。」(中公文庫p二一〇)

この記事では、「教育改革」とか「教育再生」の名のもとに、子どもたちと学校に問答無用で押しつけられる「非教育」「反教育」的な施策や圧力へのシラケを話題にしたのでしたが、いま、共謀罪国会の顛末を思うにつけ、私の耳にまたもや、とかとんとんが鳴り響いてやみません。
先日 cyoko1112様が「ブログ倦怠期」と書かれていて、ふと共感してしまったのは、案外このどんよりとして始末の悪いシラケ感のせいかもしれません。ここ数日、ブログ更新を怠っていますのは、灰色のデスクワークやら、パソコンとプリンターのトラブルが相次いだこともありますし、孫とのデートで「充実」した日々を送っていたことなども影響していますが、なによりも得体のしれない徒労感に襲われて、ブログ発信の意欲気力がわかなかったことは、否めません。
そうするうちに、ストックしたまま放置している画像がたまり、日の目を見ないまま終わりそうです。
自然保護センターに立ち寄ったのは何時だったでしょうか?

EXIFによると、このカワラヒワにあったのは5月23日のことのようです。
同じく、キセキレイがこんな姿を見せてくれたのは、6月10日です。







そうそう、思い出しました。草刈りのために郷里を訪ねた帰り、長福寺三重塔を見て、その足で自然保護センターに立ち寄ったときのことでした。
山深い田園風景の中の長福寺を、もう一枚載せておきます。

一昨日も、草刈りに行ってきました。ついでがあったので、長女と一歳の孫も一緒に田舎の空気を吸ってきました。元気いっぱい大いにはしゃいで遊びました。ジャガイモ掘りデビューも経験しました。(画像なし)
草刈り作業は、畑だったところが今や草ぼうぼう、笹ぼうぼうで、少々の作業では埒があきません。燃料を満タンにした草刈り機で作業し、燃料切れになるまで作業したものの、焼け石に水状態です。また日を改めて続きをやらねばなりません。
それにしても、はびこった笹が厄介で、戦意がくじかれます。
ところで、前回、6月10日の自然保護センターでは、ササユリの花を見ました。
この優美なユリは、その葉が笹の葉に似ているところからササユリの名があるそうです。このようなササは歓迎ですが。






さすがに、当然の成り行きとは言え、直近の世論調査ではどれも軒並み、内閣支持率が、激減しています。国民も、いつまでも愚かにだまされはしない。その推移に期待し、気を取り直しつつ、とりとめもないブログ記事を書き継いでいくことにいたします。
今日はここまで。

泣く孫と地頭には勝てぬ。の巻 [家族]

二歳の保育園児が、アデノウィルスの感染により、発熱。昨日はママが休暇を取って家にいましたが、今日はジイジが子守を頼まれました。昨日は高熱で、夕方バアバが守りしていても、泣いたり怒ったり、機嫌が悪いこと尋常ではありませんでした。
この調子では、今日一日、成り行きが思いやられるところでしたが、今朝には熱も下がり、食欲もあるようで、まずは安心。絵本、DVD、おもちゃで機嫌を取りそれに飽きたら自転車であたりをぐるぐる回ったり、自動車に乗せて走ったりするうちに、適度にお昼寝もし、長い一日が、なんとか過ぎました。昼ご飯やおやつも食べられるものだけは口にし、粉薬も自分で飲むなど、まずは聞き分けの良い患者ぶりでした。さて明日はどうなりますか?
子守となれば自由が大幅に制限されるだろうと、朝のうちに散歩を済ませておくことにしました。
空には月が見えました。

朝日を浴びる田園風景。

路傍の紫陽花が、散歩者の目を楽しませてくれます。









タチアオイが次々に咲いています。









下の写真は、午後になってから写しました。
午前中は肌寒いほどでしたが、強い日射しに照らされて気温はうなぎ登りです。梅雨とは名ばかりの、快晴の日が続きます。

外出の途中、チャイルドシートで眠り込んでしまった孫が目を覚ますまで、車から離れるわけにいきません。車を駐車場に駐めて、時間を潰している間、ふと地面を見ると、動くものが、、、。カナヘビです。







真っ昼間の散歩道から、道路脇の用水を見下ろすと、生まれたばかりと見える小亀がひなたぼっこ中です。





泥汚れのために緑色が薄く見えますが、やはり、どれも、ミシシッピアカミミガメですね。
さて、先日ご紹介した庭の鉢植えのマルベリー(桑)の実。少しずつ収穫しては継ぎ足して、焼酎漬けにしていますが、こんな良い色になっています。



今日はこんな雑話で、お赦しあれ。

仏塔の丹色新たや梅雨晴れ間 [折々散歩]

入梅の声を聞いてから、雨が降ったのは七日(水)だけで、晴れまたは曇りの日が続いています。

予報では今日が雨ということでしたから、昨日草刈りのために郷里に帰ってきました。朝、七時前に家を出たので、九時前には到着し、作業を始めましたが、朝から暑いこと。日中には30℃にななるということで、1時間ほどで早々に切り上げましたが、それでも汗びっしょりになりました。

子ども時代の遊び友達のH君は、三人兄妹の末っ子なのですが、遠方に住む兄二人の代わりに後を継ぐということで、しばしば泊まりがけで帰ってきて、農作業などに精を出しておられましたが、最近ご両親を立て続けに亡くされました。帰りがけにばったり会ったので、車の中からちょっとだけ挨拶がてら言葉を交わしました。基本的に本拠をこちらに置き、本格的に後継の生活を確立していくことにされる由。「これから田植えをしなくては」、と忙しそうでした。父に聞くと、いまではたいていの農家が稲苗を購入するのが一般だが、H君は、先輩農家に教わりながら、昔ながらに種籾から苗を育て手いるそうで、そのことを話題にすると、「昔は誰でもそうしていたのだから」と、何でもない様子で言っていました。かっこいいぞ、H君!



帰り道、長福寺の三重塔に立ち寄ってみました。

遠くから見ても、丹(に)の鮮やかさが、緑の中に映えて見えます。





田植え作業中の姿ものどかです。



ツツジは終わり、紫陽花はもう少し早いという段階でした。





























お寺の池に睡蓮が咲いています。







シオカラトンボ。



山門の付近を、しきりにひらひらと待っている群れがいました。

テングチョウのようです。







その帰り、さらに自然保護センターへ立ち寄ったのですが、その記事はまた機会を改めてお伝えします。



ところでこの日の午後、こんな集会があったそうです。朝日新聞digital の記事から引用します。http://www.asahi.com/articles/ASK6B4397K6BPPZB005.html

  「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法改正案に反対する集会が10日、岡山市北区石関町の石山公園であった。岡山弁護士会が主催し、弁護士や野党議員、市民ら約600人(主催者発表)が参加し、「参院で廃案を」と訴えた。
 日弁連共謀罪法案対策本部担当副会長を務める吉岡康祐弁護士は、「捜査の対象として一般市民が巻き込まれる可能性もあり、監視社会につながる」と指摘。市内の女子高校生(17)もマイクをにぎり、「次の世代に内心の自由が保障される社会を残すことは、私たちの行動次第」と訴えた。(中略)

参加はできませんでしたが、全面的に応援したいです。

今日はこれにて。


置き忘れカメラの中の画像かな [折々散歩]

車の中に置き忘れていたカメラを、ヨシエさんが、幸便に託して届けてくださいました。

先日のドイツの森での写真が、沢山SDカードに入っていました。






















































































梅雨入りを聞くや否やの中休み、の巻 [折々散歩]

わが居住地も含めて、広い地方での梅雨入りが報じられています。
留学生相手の日本語の教材として、こんなのをつくってみました。
実際には、漢字に適宜ふりがなを振っていますが、煩雑になりますのでふりがなは割愛します。

 1 つぎの文章を読んであとの問に答えなさい。
六月に入り、雨の多い季節になりました。
この季節を代表する花は、なんと言っても②紫陽花でしょう。

地元岡山の和菓子店が、この花を模した和菓子をつくっています。ホームページから引用します。


紫陽花 あっさりとした味わいの半小豆あんを、ふんわりとした食感のお餅で包みました。 雨の中濡れそぼる紫陽花の姿をあらわしたお菓子です。(半小豆あん・・小豆あんと白あんを合わせたあん。)

六月のことを、古い時代には「③水無月」と呼んでいました。京都では、水無月という名前の和菓子を、六月三〇日に食べる習慣があるそうです。
ディア: その他
京の水無月 2個

京の水無月 2個

  • 出版社/メーカー: 株式会社ファミリーネットワークシステムズ
  • メディア: その他
問一 傍線部①の季節をなんと呼びますか。
問二 傍線部②の花の名前の読み方をカタカナで書きなさい。
問三 傍線部③水無月の読み方をひらがなで書きなさい。

ついでにこんな資料も付けました。

 【参考】
6月16日は「和菓子の日」です。
昭和54年(1979年)に全国和菓子協会が制定しました。
『和菓子の日』の由来は平安時代に始まった行事で、6月16日には菓子を食べて厄除招福を願う、嘉祥(かじょう)の儀式が宮中や武家で行われていました。
848年(嘉祥元年)6月16日に、仁明天皇が御神託に基づき、16個のお菓子やお餅などを神前にお供えし、疫病を除け健康招福を祈願したことが始まりです。
江戸時代には、江戸城の大広間に約2万個の菓子が並べられ、将軍から大名や旗本に分け与えていました。
この『嘉祥の日』を現代に復活させたのが「和菓子の日」です。

あわせて、インタ-ネット上にこんな記事があったのを紹介しました。
http://www.itm-gr.co.jp/weblog/news_topics/?p=2738

 


もう一題、日本語能力検定試験用問題集から、『和菓子』を扱った文章を借りましたが、著作権に配慮してここに掲載することは控えます。

我が家の鉢植えの紫陽花も咲き始めています。



紫陽花と言えば、これまでも、下記の記事の焼き直しを何度か繰り返しています。
梅雨はじめ紫陽花色の淡きこと

 紫陽花の季節です。

この季節になると浮かんでくるフレーズは、「紫陽花色のものの降るなり。」という詩句。三好達治のこの詩の一節です。

乳母車
      三好達治

  母よ――
  淡くかなしきもののふるなり
  紫陽花いろのもののふるなり
  はてしなき並木のかげを
  そうそうと風のふくなり

  時はたそがれ
  母よ 私の乳母車を押せ
  泣きぬれる夕日にむかって
  轔々と私の乳母車を押せ

  赤い総ある天鵞絨の帽子を
  つめたき額にかむらせよ
  旅いそぐ鳥の列にも
  季節は空を渡るなり

  淡くかなしきもののふるなり
  紫陽花いろのもののふる道
  母よ 私はしってゐる
  この道は遠く遠くはてしない道

          三好達治  「乳母車」 『測量船』


三好達治については、以前、達治忌にちなんで書いたこの記事でも触れました。

それにしても、わかったようでわからないのが、空から降ってくる「紫陽花色のもの」とはなあに?

若い母が押す乳母車に乗った幼い「私」の目に映る、透明感に輝く光のさざめきなのでしょうが、それは何色だったのでしょう?

なんとなく、深い青色をイメージしていましたが、紫陽花にもいろいろな色がありますよね。


梅雨入りが発表された七日(水)だけは、かなりの降雨量でしたが、早くも中休み、昨日も今日も暑くなりました。
今日は、1歳の孫とデートです
今日も乳母車を用意はしましたが、おとなしく乗っている時間はわずかで、すぐに降りて自分で歩きたがります。







手をつなごうとしてもふりほどいて、どこまででも一人で歩きたがります。

時々、座り込んだりします。



新幹線が行き来する場所です。



このカミキリムシ。何という種類でしょう?



ムクドリ。

アオサギ。

付録は、ちょっと前近所で写したアオサギです。

今日はこれにて。

梅雨入り直前の備忘録、の巻 [折々散歩]

ブログの更新を怠ると、日々何があったのかすぐにわからなくなってしまいます。
6月3日(土)の、深山公園のお散歩では、こんな鳥にも会いました。
枝陰に見え隠れするのは、、、、メジロでした。

そしてこれは?
シジュウカラの幼鳥?







ホオジロ・





その後、夕方、長女と1歳児の孫がひょっこりやってきました。
あんよが上手で、手をつなぐとふりほどいて一人で歩きたがります。





四日の日曜日は、自治会の大掃除。朝からつよい日射しのなか、近所の公園の草取りなどに汗を流しました。それから何をしたっけ?忘れました。
五日(月)、六日(火)は、所用があって出かけましたが、水曜(つまり今日)が雨との予報がありましたので、少しずつ畑仕事をこなしました。
玉ねぎとジャガイモ、掘りあげました。育ちは悪いですが、ジャガイモはふかしても焼いてもほくほく、玉ねぎは甘いです。
田舎の両親の畑のものに加えて、先日は、イチゴ狩りをさせていただいたお友達から、お土産に立派な玉ねぎもいただいて帰りましたので、当分、ジャガイモと玉ねぎをふんだんに使った、贅沢な食卓が期待できます。
昨日は、そのお友達から、ピーナッツの苗をわけてもらいました。種から育てたものが沢山あるのでと、お裾分けをいただいたのです。うまく育つか?楽しみです。
玉ねぎとジャガイモを振り上げた後に、ピーナッツと、追加のサツマイモ苗を植え着けました。
「捕らぬ狸」ですが、畑には、スイカも、ピンポン球からテニスボール程度のものがいくつか育ちつつあります。あと、カボチャも採れるでしょうか?
畑からみえるむ麦畑、次々に借り入れ作業が進んでいます。



昨日の夕方行った時には、すっかり刈り取られていました。

予報通り、今日は雨。中国地方も含めて広範囲に、梅雨入りした模様です。
今日の散歩は、断念しました。
車で通りかかった場所から、こんな鳥が見えました。

トリミングします。

バンでした。
追伸
一昨年の今頃は、蚕を育てるために、桑の葉集めに奔走していました。
こんな記事を書いています。
今日のおカイコほか

 お蚕の食事用に、園芸店で苗木を買った「マルベリー(大実桑)」という桑の木が、玄関先の鉢で、実をつけ、黒く熟し始めています。





今年は、ちょっと沢山熟しました。



生食もしてみました。
手や口が真っ黒になります。
孫たちには、余り評判が芳しくありませんので果実酒をつくることにしました。
ついでに梅の実も買ってきて(これの方が高い)、焼酎漬けと梅漬けを少々つくりました。
今日はこれにて。

六月の虫と花、そしてこれなあに?の巻 [今日の「これなあに」?]

六月三日の土曜日、郵便局のついでに玉野市深山公園を訪ねてみました。
きれいな夏鳥に会えなくとも、アジサイがそろそろ見頃だろうかと期待してみました。
ヤマボウシはまだ健在。

アジサイは前回も見つけた白い花が先広がっていましたが、他の色の花はまだツボミの様子です。



ようやく淡い青色の花を見つけました。



今週末あたりから梅雨入りかと言われています。紫陽花も間近でしょうか?
これはハナショウブかな?

タイサンボクが咲いています。







アオスジアゲハです。



クロアゲハ。














ハンミョウ。





これなあに?

今日はここまで。

深紅の薔薇咲くドイツの森、の巻 [友人]

6月2日の金曜日、ドイツへ行ってきました。
目的は森の散策です。
いや、ドイツと言っても、メルケル首相のドイツではなく、「ドイツの森」です。岡山県赤磐市にあるテーマパークで、正確に言うと「ドイツの森クローネンベルク」だそうです。
こんな公園です。

概要 のどかな農村の休日を体験できるテーマパーク

ドイツ風の農村をイメージしたテーマパーク「ドイツの森クローネンベルク」は約50haの丘陵に、ワイナリーやドイツの田園地帯の街並み、農産加工場、レストラン等を中心に、ブドウの果樹園、野菜畑もある。また、洋風庭園や芝すべり,パターゴルフ場,自転車広場など家族でくつろぐレクリエーション施設も充実している。公園内には6つのエリアに分かれており中世ドイツを再現した街エリア・村エリアには自家製品の加工施設もあり、ドイツの食文化が楽しめる。花エリアには約700株のバラを中心に四季折々の花を楽しむことが出来る。牧エリアでは牧羊犬の羊の追込みショーやジャージー牛の乳搾り体験など動物とふれあえる。遊エリアには自然の中で楽しめるアトラクションがいっぱい。(おかやま旅ネット)


岡山農業公園 ドイツの森 公式ページから園内マップをお借りします。


下の記事にも毎回登場いただいている、いつものわが「故旧」の皆さんに同行しての散策です。

 ●上を向いて歩いていたら、の巻(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2017-05-13-1)
●またまた昨日の花見、の巻
(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2017-04-08)
●連日の花見、の巻(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2017-04-07)
●小豆島の旅、の巻(1)
(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2016-11-22)
●蛙棲む原生林に蝮草(マムシグサ)
http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2016-06-10)
●「故旧あい集いし森の青胡桃」
(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2014-06-11)
●故旧愉快梅雨の晴れ間の原生林http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2016-06-06
●ひなせの詩歌 第三回 土屋文明の歌、の巻
http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2016-03-04
●里村欣二は日生の生まれ、の巻
http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2016-03-01
海遠き故旧集うて牡蠣を食む
http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2016-02-29
●鵯(ヒヨドリ)の名に背きたるしとやかさ(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2016-10-12)
●五月雨を集めて垂水(たるみ)はやからん
(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2016-06-07)

●「故旧また集ひたる日や鹿を見つ」
(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2015-09-30

●「そのかみの十五の吾も仰ぎ見し大き銀杏はとこしえにあり
(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2014-11-23

●「故旧相和す刻愉快節分草(こきゅうあいわすときゆかい せつぶんそう)
(http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2014-03-07


この「ドイツの森」はいつ頃設立されたものでしたでしょうか?
同行の故旧の面々も、互いに「いつだったかねえ」と首をかしげます。
ただ設立当時は、連休や休日ともなると、県内外から観光バスや自家用車が押し寄せ、経路となる片側一車線の県道は、身動きできないほどの渋滞に見舞われたものでした。郷里に向かう道ですので、この渋滞は大変困りもの。記憶は鮮明でありませんが、おさなかった子どもたちとともに、飼い犬も乗せての長時間「ドライブ」には閉口したものでした。迂回路を通ってみても、これが遠回りの山道で、しかも混雑していますから、行楽シーズンの通行が憂鬱でした。
もともと、子どもたちをテーマパークや遊園地に連れて行ってやったことなどほとんどありませんし、ましてや地元ですぐに行けると思うとありがたみも薄くて足が向かないという心理が働きます。たとえば、県が鳴り物入りで誘致した「倉敷チボリ公園」などは、以前私が勤務していた学校のすぐ近くにあったのですが、家族を連れて行ったこともなく、一度も足を踏み入れることなく、赤字で閉園してしまいました。
ちなみに「倉敷チボリ公園」は、大型プロジェクト優先の長野史郎保守県政の失政を象徴する負の遺産として、このブログでも、なんどか話題にしたことがありました。
●足守の先は吉備路の紅葉かな

 岡山県では、「赤字財政」再建のためと称して、県民にサービス切り下げと負担増を強いるために、まず率先して県職員に「独自の給与カット」を何年も何年も押しつけてきましたが、そのそもそもの元凶が、長野県政だったわけですから。
私なども、退職まで、その賃金カットの「恩恵」をずいぶん被っていますから、他府県で就職した友人たちより生涯賃金では相当の格差があっただろうと、妬ましい思いにかられることも亡いわけではありません。
腹いせに、ウィキペディアから「長野士郎」の項目を少々抜粋して引用します。
こうした大規模プロジェクトのなかでも、吉備高原都市構想や倉敷チボリ公園の誘致、苫田ダムの建設事業(2005年完成)は岡山県の財政に重大な負担を残した。倉敷チボリ公園は岡山市政100周年記念事業で誘致が検討され第三セクターの汚職事件により一時は頓挫した事業を岡山県が引き継ぐかたちで倉敷市に誘致したものであり、運営の見通しや誘致効果に対しては開園前から疑問視されていた。苫田ダムの建設事業では、ダム建設に反対する地元・奥津町に対し、公共事業の補助金交付や起債手続きを遅らせるなどの「行政圧迫」を断行し町行政を機能不全に追い込んで町側に3度町長を交代させ、さらには幾度もの移転補助交付金の名目でバラマキ財政同然の行動に訴えて反対派の翻意と切り崩しを画策し、半ば強引に地元の反対を覆させるなど、強硬手段により事業を推進した。

長野退任直後の岡山県の起債制限比率は「危険水域」を超える15.5%(1996年度)で47都道府県中最下位となり、1999年度にも新たな地方債発行を停止される20.0%の基準に迫り、19.9%に達するという試算が出された。1993年度末に562億円あった財政調整基金も4分の1以下に減少するなど、破綻寸前の危機的な財政状況であった。

その後、吉備高原都市は長野の後任である石井正弘によって全事業計画を事実上、完全凍結させられている。さらに倉敷チボリ公園に至っては県側負担が圧倒的に増加し、2007年にはフランチャイズ元であるチボリ・インターナショナルとの契約の継続を断念。倉敷チボリ公園は2008年12月31日付けで閉園され、チボリ・ジャパン社は解散した。結局これらの事業は計画当初から囁かれていた通り、事実上の失敗に終わっている。


 (岡山後楽園について)これまで長い間、入園料400円の支出を躊躇して、園内に入ることはまれでしたが、去年の秋、2000円也の大枚をはたいて「年間パスポート」を入手してからは、繰り返し園内散歩を楽しんでいます。十分元は取りました。
あと何年か経って、シニア(六五歳以上)になると、一回140円、年間820円になります。待ち遠しい(笑)。
ただ1時間100円の駐車料金が意外な伏兵で、財布の中身に注意が必要です。

以前は無料の駐車スペースが利用できて重宝しました。(中略)それが、2011年7月1日、突如有料化されました。今では、駐車料金と入園料とダブルで支払わなければなりません。
県財政が赤字で、このままでは「財政再建団体」への転落が危ぶまれるとして、なりふり構わず強行された一連の「財政立て直し」策の一環です。率先垂範とばかりに公務員の賃金は連年カットされるは、公共料金は引き上げられるは、住民サービスは切りさげられるは、その余波として、我が県は全国ワースト○位に輝く記録を諸方面に渡って更新することになりました。
そもそも、県の財政赤字そのものが、住民のせいでも県職員の瑕疵によるものでもなくて、1972年初当選以来、6期24年続いた長野士郎県政の、ハコモノ中心・大型公共事業最優先の政治がもたらしたものでした。
長野士郎サンは、元自治省官僚でしたが、1972年の知事選挙に日本社会党・公明党・民社党・日本共産党が推す統一候補として出馬し、自由民主党推薦の現職加藤武徳サンを破って初当選しました。七〇年代初頭は、京都蜷川虎三、東京美濃部亮吉、大阪黒田了一をはじめ、各地に次々と革新自治体が誕生し、「太平洋ベルト地帯を革新自治体が埋め尽くした」「新幹線駅はすべて革新自治体上にある」ともいわれる、「革新上げ潮」の時代でした。
当時、故郷を離れて生活する学生であった私なども、風の便りに知事選挙の結果を聞き、他県に住む友人達と「時代は変わるものだね」と、嬉しい高揚感を覚えたことを思い出します。
でも、権力の座に就くということは、往々にしてその人物の負の要素を増幅させるような、思わぬ陥穽が待ち受けているものらしく、長野サンもご多分に漏れず、すぐに地金があらわれたというか、化けの皮がはがれたというか、早々に県民本位の革新的立場を棄て、2期目には社会党・共産党と決別し、以後自民党を与党に引き込んで、24年の長きにわたって、無類のワンマン知事として君臨することになりました。

その得意技が、ハコモノ中心の常軌を逸した大規模プロジェクト。
ほんの一例を挙げただけでも、、、
藤原審爾原作、吉田喜重監督、岡田茉莉子・長門裕之主演で映画化もされた「秋津温泉」の舞台となった鄙びてゆかしい奥津温泉に、地元の反対を押し切って強行建設した苫田ダム。

白壁と川柳が似合う街倉敷に、ミスマッチの夜型公園「チボリ公園」を、運営見通しも誘致効果も見込めないまま強引に誘致し、結局累積赤字を重ねたあげく、2008年閉園。
莫大な県費を投入して頓挫した吉備高原都市構想(後継の石井正弘自民党知事によって、現在、全事業計画を凍結中)。
大企業優先、住民生活犠牲の巨大プロジェクトを軸にした長野県政の「負の遺産」を、後継の石井正弘サン(現在は自民党参議院議員に転身なさいました。)→伊原木隆太サン(地元天満屋百貨店の社長さん)は、県民本位への根本転換をはかるのではなく、県民負担へのしわ寄せによって切り抜けようとしています。1時間100円の駐車料金を根に持って恨み言を言いつのるわけではありませんが、情けないハナシです。


「倉敷チボリ公園」のみならず、バブル期を中心に全国に広がったテーマパークの過半が、いまや見る影もなく廃れてしまっている中で、この「ドイツの森」は、こんな田舎で長く健闘しているというのが、故旧の面々の共通評価です。
開園はいつ頃だったっけ?という疑問を、なかなか解けませんでしたが、地元紙「山陽新聞」WEB版サンデジ2016年5月31日付にはこうありました。

 ドイツの森運営会社が民事再生法 負債58億円、営業・雇用は継続
テーマパーク「岡山農業公園 ドイツの森」(赤磐市仁堀中)を運営するファーム(愛媛県西条市、森貞幸浩社長、資本金3020万円)は31日までに、東京地裁に民事再生法の適用を申請、保全命令と監督命令を受けた。施設の営業と従業員の雇用は維持しながら、スポンサー企業を募って経営再建を目指す。グループ1社を含む負債総額は約58億円。
民間信用調査会社の東京商工リサーチ岡山支店によると、ファームは1964年創業、68年設立。95年開園のドイツの森をはじめ、岩手、千葉、大阪などグループで9府県の10施設を運営している。同社の売上高は2006年4月期に74億8千万円あったが、娯楽の多様化や個人消費の低迷で15年4月期は31億4千万円に減少。開園費用など借入金も膨らみ、資金繰りが悪化していた。
 ファームによると、ドイツの森は従業員約40人(うち正社員28人)で全員の雇用を維持するという。担当者は「関係者に心配と迷惑を掛けて申し訳ない。スポンサーの下で経営再建に全力を尽くしたい」と話している。

 ドイツの森は旧岡山県吉井町が地域活性化のため誘致した。総工費約50億円で約50ヘクタールの丘陵地にドイツの田園地帯や中世の街並みを再現している。園内でワインを製造販売する赤磐市の第三セクター・是里ワイン醸造場も通常通り営業を続ける。同市は「地域の大切な観光資源かつ雇用の場であり、今後も営業を続けてもらいたい」としている。

赤文字の部分に、答えがありました。1995年。20年あまり前ですね。
一度だけ家族で入園したことがあります。調べてみると2012年の5月です。
孫たちが、幼いこと。

ダッコされているのは、現在小1の女の子です。

公園の全盛期は過ぎていたはずですが、大勢の人でした。
どの遊具にも売店にも長蛇の行列が出来ていたことを覚えています。
今回は、平日であることも影響してか、入園客もまばら。観光バスで来られた県外客らしい一行と、保育園(歌謡遅延)の親子足らしい一行などのほか、ちらほらと姿が見えるだけで、広い園内がゆったり楽しめました。
上の写真に写っているミニトレインは、今日はお客もなく、池の遊覧ボートもすべて係留中でした。



食事も、行列に並ぶことなく、バイキング食べ放題を楽し見ながら、ゆったりゆっくりお話が弾みました。
公式ホームページから、レストラン『クローネ』の紹介を引用します。

 

レストラン「クローネ」(街エリア)


ここは創作バイキングレストラン。
自家製品や季節の野菜を食材にした和風や洋風、
いろんなメニューが約30品。
自家製ソーセージと地ビールでお食事はいかがですか。

《営業時間》
平日/11:00~16:00(ラストオーダー15:00)
土日祝/11:00~16:00(ラストオーダー15:00)


気になるお値段は?

  <料金>
大人(中学生以上) :1700円(税込)
小人(4歳~小学生)シニア(65歳以上):1000円(税込)
ドリンクバー:300円(アルコール類は別途料金)

「シニア1000円」が輝いて見えます。
そうそう、実は入園料金も、ありがいことにシニア600円です。

駐車料金無料ですし、シニア世代が一日ゆったり過ごすには、快適な空間だと思いました。存続を期待したいところです。

おしゃべりに夢中で、写真はあまり残っていません、しかも、同乗させていただいたヨシエさんの車に、ポケットカメラのPENTAXQ7を置き忘れて、すぐには画像を見られません(トホホ)。
もう一台持っていたpentaxk5Ⅱ+PENTAX DAL55-300で写した画像を少しだけご紹介します。
品種名は確かめていません。
赤いバラ。



ピンクのバラ。









オレンジ色?のバラ。





白いバラ。

白いノイバラのようなバラに、クマバチが吸蜜中。



この花は何でしょう。

テントウムシがいました。

ミツバチ?



今日はこれにて。

何も無ぇ田舎の庭のいのちかな [折々散歩]

吉幾三さんの「おら東京さ行くだ」ではありませんが、私の郷里は何もない村です。いや、遅ればせにテレビは小学生の高学年の頃(今から50年以上昔)、茶の間にやってきました。電話は?そういえば高校生の頃、クラス代表として出席すべき生徒会の会議をサボって帰ったら、生徒会長から電話でおとがめがありました。その時はまだ家に電話がなく、ご近所の商店の家を通しての「呼び出し」でした。
当時の高校生の自治力と言いますか、会議への厳格な姿勢は、今思えば愛おしく胸を打ちます。居眠り放題、欠席放題、ヤジ放題、私語放題、にやにや放題の国会センセー方に、その真摯さを求めるのはムリなのでしょうかね。高校までは、10kmばかりの距離がありますので、丁重にお詫びして出席をお断りしましたけれどね。
バスの便や、お店や、若者や、子どもの遊ぶ声は、昔よりさらに激減しています。空き家だけは、たっぷりあります。
そんな、何にもない田舎にも、ここかしこにいのちの営みが見られます。
見上げると、リーリーという鳴き声が聞こえます。







逆光気味で、色や姿がはっきりしませんが、カワラヒワのようです。実家近くでは、年中姿を見せるわけではなく、むしろ珍しい鳥とも思えますが、最近、よく目にします。
この日姿を見かけた鳥は、他にスズメ、ツバメ、トビ、カラス、そしてシジュウカラくらいです。
ノアザミの花。


マツバウンランの花。。




シシウドの花

よく見るとヒラタアブが吸蜜中です。

シシウドとテントウムシ。








シシウドとテングチョウ。




世に出たばかりのバッタ。






紫陽花の葉に止まるでんでんむし。

葉陰から顔をのぞけるカナヘビ。




ツマグロヒョウモン(?)の幼虫。

シオカラトンボ。

そしてこれは?
脱皮中のトンボのようです。
ムギワラトンボ(シオカラトンボの♀)でしょうか?

脱皮という行為は、命がけの通過儀礼なのでしょう。途中で力尽きたのか、身動きしません。
事ほどさように、脱皮して新しい姿を獲得することは、きわめて困難な、しかし避けて通ることのできない挑戦課題なのでしょうね。
たとえば、「古い上衣よ さようなら  さみしい夢よさようなら(『青い山脈』 作詞:西條八十  作曲:服部良一)」という潔いかけ声とはうらはらに、社会のシステムとそれを支える人間の感性を新しくゆたかに変革して、憲法の理想を地上に真に実現することは、至難の業だったのでしょうね。
「若い血潮の 予科練の 七つボタンは 桜に錨」(『若鷲の歌』 作詞:西條八十 作曲:古関裕而)「貴様と俺とは 同期の桜 同じ兵学校の 庭に咲く 咲いた花なら 散るのは覚悟 みごと散りましょう 国のため」(『同期の桜』 作詞:西條八十 作曲:大村能章)と若者を鼓舞した心性が、「古い上衣よ さようなら」へと真に昇華するためには、身をさいなまれるような痛苦の反省を経た自己変革の過程が絶対的に不可欠と言えるでしょう。そうでなかったとしたら、またぞろ 雲行きが怪しくなれば、それの空気を忖度して「古い上着が懐かしい」と声高に合唱する事態も、容易に到来しかねないでしょう。
そもそも、「戦後レジームからの脱却」を説くアベさんがめざしているのは、どうやら旧体制(アンシャンレジーム)への復帰に他ならないようです。
それもそのはず、アベさんが最も敬愛しているという母方の祖父、岸信介氏は、東条英機内閣で商工大臣を務め、東京裁判でA級戦犯に問われた人物。
その仲良しの「お友達」で構成されている内閣や党中枢に、同じような旧体制の申し子たちがわんさか寄り集まっていることが、まっとうな国への脱皮を頑強に妨げているのでしょう。
たとえば、自民党副総裁の高村正彦サンは、特高警察上がりの高村坂彦元衆院議員の四男です。
また、秘密保全プロジェクトチームの座長(元官房長官、外相)だった故町村信孝サンも、内務省警保局長出身の町村金五元参院議員。内務省警保というのは、特高警察の元締めです。
特高警察と言えば、自民党中川雅治参院議員の義父は、鹿児島県特高課長を経て戦後、警視総監、参院議長となった原文兵衛氏。
親と子、祖父と孫は、あくまでも別人格ですから、親や祖父がどのような立場であろうと、その責任を引き受けるべきいわれはもちろんありません。ただし、人々に塗炭の苦痛をしいた戦争と人権抑圧の元凶の、立場や思想を無批判に擁護、肯定し、”DNA”を引き継いでその復権をはかるとするなら、決して免罪の余地はありません。

旧聞に蔵しますが、「炎上」事件で騒がせた中川雅治参議院議員のこんなブログ記事(2015年8月記事)が目に留まりました。

 中川 私の中学時代は男子校でしたが、クラスの悪ガキを中心に皆いつもふざけていて、ちょっと小さくて可愛い同級生を全部脱がして、着ていた服を教室の窓から投げるようなことをよくやっていました。脱がされた子は素っ裸で走って服を取りに行くんです。
当時、テレビでベンケーシーという外科医のドラマがはやっていました。ベンケーシーごっこと称して、同級生を脱がして、皆でお腹やおちんちんに赤いマジックで落書きしたりしました。やられた方は怒っていましたが、回りはこれをいじめだと思っていませんでしたね。今なら完全ないじめになり、ノイローゼになったりするケースもあるのかなあと思います。いじめられている方も弱くなっているという側面はありませんか。

悪質な人権侵害を、些細な悪ふざけと過小評価するだけで、みじんも心を痛めている形跡のない人権感覚の希薄さが際立っています。
よく似た話があるものです。これまたアベさんの「お友達」の一人、熊田裕通衆院議員のHP上の文章。この方、「スポンサーは政権に批判的なマスコミに広告を出すな」などの発言が話題を呼んだ「文化芸術懇話会」のメンバーでもあります。

 今では想像もつかない(?)と思いますが、中学・高校の時は決していい子じゃない、というかやんちゃな悪ガキでした。母は何度も学校に呼び出され、時には涙を流していました。「お宅はどういう教育をしとるんだ」と、担任に厳しく言われていたそうです。
 先生とイタチゴッコをするのが楽しみで、グループでいつもワアワアやってました。そう、こんなことがありました。ある時、産休補助でみえた若い女性教師が生意気だということになって、いつかギャフンと言わせようと仲間とチャンスをうかがっていたんです。
 放課後、先生がトイレ掃除の点検にやってきました。好機到来です。中に入ったところで外からドアを押さえて閉じ込めたんです。そして、天窓を開け、用意していた爆竹を次々に投げ込んだんですよ。はじめは「開けなさい」と命令していた先生も、そのうち「開けてください」とお願い調になり、最後は涙声で「開けて~」と絶叫調に変わってきた。「やった~」と快感でしたね。
 「もういいか」とドアを開けると、廊下にモワァーっとたちこめる煙。その中を先生が一目散に職員室に逃げ込む。すると反対に、担任がぼくらの教室に駆け込んで来て…。後はご想像に任せます。

こんな悪質ないじめ、暴力、威嚇、破廉恥、ハラスメントを、臆面もなく自慢する神経!あたかもこれはレイプを手柄として自慢する心性に似てはいませんか?しかも、こんな感性が、アベ一族の中にあっては例外じゃないらしいのがコワイ。
根拠のない「印象操作」と逆ギレされるのもイヤなのですが、時間切れにつき、今日はここまでといたします。

追伸。

一つだけ、最近最も胸に刺さっている話題を、関連メモとして書いておきます。




首相腹心記者の強姦告発会見 全国紙は1行も報じなかった

首相腹心記者の強姦告発会見 全国紙は1行も報じなかった

詩織さんの強姦告発会見が新聞で報じられない不可解

「レイプは魂の殺人です。山口氏が権力者側で大きな声を発信し続けている姿を見た時は胸が締めつけられました。この2年間、なぜ生かされているのか疑問に思うこともありました。レイプという行為は私を内側から殺しました」

 5月29日、東京・霞が関の司法クラブで行われた記者会見。スラリとした体形に整った目鼻立ちが印象的な美女は、大きな瞳を潤ませて声を絞り出した。

 この女性は海外でジャーナリストとして活動する詩織さん(28才)。家族の意向で苗字こそ明かさなかったが、30人以上の記者や多くのカメラが並ぶ前で顔と名前を公開した。彼女が訴えたのは強姦の被害。被害者が身元を明かせば、好奇の目に晒され、さらなる心の傷を負う可能性もある。レイプ被害者として、極めて異例の会見だった。

 それでも詩織さんは勇気を振り絞って会見に臨んだ。彼女が被害を訴えた相手は、元TBSテレビ報道局ワシントン支局長でジャーナリストの山口敬之氏(51才)。安倍晋三首相(62才)の腹心として知られ、テレビ出演も多く、「総理に最も食い込む男」と呼ばれている。安倍首相への直接取材を行った著書『総理』や『暗闇』が代表作だ。

 今回の問題が根深いのは、レイプという卑劣な犯罪もさることながら、犯罪行為が恣意的にもみ消された疑いがあることだ。それも「私の知り得ない何か“上のパワー”」(詩織さん)が働いた形跡があるのだ。

(以下略)

「レイプは魂の殺人です」

アベ一族、少なくとも今日の話題に登場願った方々のうち、この言葉に切実味を覚えることができるのはどなたでしょうか?

ででぽぽの咽び啼く朝師を送る [折々散歩]


哀愁のこもったむせび泣きのようなキジバトの鳴き声で目が覚めました。5月30日の朝です。

キジバトをデデッポポー(ててっぽっぽう)と呼ぶそうだという話題は、郷里出身の詩人永瀬清子さんに触れたこの記事に書きました(もう一つの11月3日、の巻http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2015-11-02

 おしまいに、永瀬さん八十一歳の時の詩「あけがたにくる人よ」を紹介します。
 あけがたにくる人よ  永瀬 清子
ててっぽっぽうの声のする方から
私の所へしずかにしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
私はいま老いてしまって
ほかの年よりと同じに
若かった日のことを千万遍恋うている

その時私は家出しようとして
小さなバスケット一つをさげて
足は宙にふるえていた
どこへいくとも自分でわからず
恋している自分の心だけがたよりで
若さ、それは苦しさだった

その時あなたが来てくれればよかったのに
その時あなたは来てくれなかった
どんなに待っているか
道べりの柳の木に云えばよかったのか
吹く風の小さな渦に頼めばよかったのか

あなたの耳はあまりに遠く
茜色の向うで汽車が汽笛をあげるように
通りすぎていってしまった

もう過ぎてしまった
いま来てもつぐなえぬ
一生は過ぎてしまったのに
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の方へしずかにしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ

涙流させにだけくる人よ

『あけがたにくる人よ・1989年・思潮社刊』より

淡く、かつ熱い乙女の恋心のような、みずみずしい感性がほとばしります。




ででぽぽの咽び啼く朝師を送る



片道80kmを走り、師の葬儀に参列します。

その前に、畑に植えたばかりのサツマイモ苗に水やりをしました。カンカン照りの日が続きますが、前日に水やりをできていません。一日くらいなら大丈夫でしょうが、活着前にこの日照りに何日も晒されたのでは可哀想と、ポリタンクで水を運び、短時間で水やりを済ませてきました。

11時の葬儀開始予定時刻を目指して、8時半に家を出たのですが、さいわいひどい通勤ラッシュにかかることなく、10時半頃に会場に到着できました。
こんなところでしかお目にかかることができない方も含めて、懐かしい方々のお顔も拝見し、また何人かとは言葉を交わすこともできました。

文芸部の先輩だったFさんや、訃報を知らせてくださったMさんらに促され、棺の中の先生と最後のお別れをし棺に花を手向けました。生前そのままの慈愛に満ちた穏やかな、安らかな寝顔でした。

白百合の花を足元に置かせていただきました。



白百合を棺に手向けて師と別る


出棺の合図のように、鶯の声が山に響きわたりました。

あちらでもこちらでも、よく聞こえます。



出棺の刻(とき)ぞ鶯啼けや啼け



実家に立ち寄り、少しばかり農作業などをして、一泊しました。

あちらにもこちらにもテイカカズラが咲いています。清楚な花です。

そういえば、亡くなられたM先生からは、わずか数時間、古文の「補習授業」を受けただけでしたが、藤原定家についても学んだような、、、記憶はアイマイです。



朝日がのぼり初めましたが、雲に遮られて、拝めません。

暑くなりすぎないことはありがたいのですが、、。



今日はここまでです。


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