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ででぽぽの咽び啼く朝師を送る [折々散歩]


哀愁のこもったむせび泣きのようなキジバトの鳴き声で目が覚めました。5月30日の朝です。

キジバトをデデッポポー(ててっぽっぽう)と呼ぶそうだという話題は、郷里出身の詩人永瀬清子さんに触れたこの記事に書きました(もう一つの11月3日、の巻http://kazsan.blog.so-net.ne.jp/2015-11-02

 おしまいに、永瀬さん八十一歳の時の詩「あけがたにくる人よ」を紹介します。
 あけがたにくる人よ  永瀬 清子
ててっぽっぽうの声のする方から
私の所へしずかにしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
私はいま老いてしまって
ほかの年よりと同じに
若かった日のことを千万遍恋うている

その時私は家出しようとして
小さなバスケット一つをさげて
足は宙にふるえていた
どこへいくとも自分でわからず
恋している自分の心だけがたよりで
若さ、それは苦しさだった

その時あなたが来てくれればよかったのに
その時あなたは来てくれなかった
どんなに待っているか
道べりの柳の木に云えばよかったのか
吹く風の小さな渦に頼めばよかったのか

あなたの耳はあまりに遠く
茜色の向うで汽車が汽笛をあげるように
通りすぎていってしまった

もう過ぎてしまった
いま来てもつぐなえぬ
一生は過ぎてしまったのに
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の方へしずかにしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ

涙流させにだけくる人よ

『あけがたにくる人よ・1989年・思潮社刊』より

淡く、かつ熱い乙女の恋心のような、みずみずしい感性がほとばしります。




ででぽぽの咽び啼く朝師を送る



片道80kmを走り、師の葬儀に参列します。

その前に、畑に植えたばかりのサツマイモ苗に水やりをしました。カンカン照りの日が続きますが、前日に水やりをできていません。一日くらいなら大丈夫でしょうが、活着前にこの日照りに何日も晒されたのでは可哀想と、ポリタンクで水を運び、短時間で水やりを済ませてきました。

11時の葬儀開始予定時刻を目指して、8時半に家を出たのですが、さいわいひどい通勤ラッシュにかかることなく、10時半頃に会場に到着できました。
こんなところでしかお目にかかることができない方も含めて、懐かしい方々のお顔も拝見し、また何人かとは言葉を交わすこともできました。

文芸部の先輩だったFさんや、訃報を知らせてくださったMさんらに促され、棺の中の先生と最後のお別れをし棺に花を手向けました。生前そのままの慈愛に満ちた穏やかな、安らかな寝顔でした。

白百合の花を足元に置かせていただきました。



白百合を棺に手向けて師と別る


出棺の合図のように、鶯の声が山に響きわたりました。

あちらでもこちらでも、よく聞こえます。



出棺の刻(とき)ぞ鶯啼けや啼け



実家に立ち寄り、少しばかり農作業などをして、一泊しました。

あちらにもこちらにもテイカカズラが咲いています。清楚な花です。

そういえば、亡くなられたM先生からは、わずか数時間、古文の「補習授業」を受けただけでしたが、藤原定家についても学んだような、、、記憶はアイマイです。



朝日がのぼり初めましたが、雲に遮られて、拝めません。

暑くなりすぎないことはありがたいのですが、、。



今日はここまでです。


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