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ふと見かけたアトリ、の巻 [折々散歩]

昨日、小学生の子どもたちは、災害避難訓練で、避難場所となっている中学校まで歩いたそうです。5km超の距離がありますから、小1の女の子などはしきりに「疲れた」とアピールしていました。気持ちはよくわかります。
実は先週の土曜日、旧友との飲み会が会ったという話題を書きましたが、その日私は、飲酒に備えて公共交通機関を利用して会場まで移動したのでした。バスならば、最寄りの停留所までわずか5分ですが、出発時間に余裕がありましたので、時間つぶしと運動の一挙両得を狙おうと、JRの駅まで徒歩で行くことにしました。結構いい運動と感じましたが、その距離が2km。ところが、もうわずかで駅に着こうかという踏切のあたりで、列車が通過するのに出くわしました。駅について時刻表を見ると、ちょうど出発したばかりのその列車の次は、なんと1時間以上も後になります。ローカル線の悲哀です。
しばらくその無人駅のホームでベンチに腰掛けていましたが、それも能がないので、一念発起、もう一駅隣まで歩いてみようと思い立ちました。その距離およそ2km。合計4km余りのウォーキングに成功したのでした。飲み会でのビールが美味かったこと。

昨日、子どもたちは、その歩行距離をしのぐ距離を歩いたというのですから、驚きです。
さて今日は、久々の雨の予報です。朝起きてみると、降ったりやんだりの状態。本降りになる前に、畑の玉ねぎに追肥をやっておこうかと、まず畑仕事を済ませます。その足で、短時間のウォーキング兼バードウォッチングを楽しもうかと出かけた先は、近くの自然環境体験講演です。
駐車場に車を停めて歩き出すと間もなく、この鳥に出会いました。

トリミングします。



アトリです。
これは幸先がいいぞと、さらに何十メートルか歩いた頃、にわかに雨脚が強くなりました。今日持ち出した機材は、OLYMPUS E620+E-620+ズイコーデジタル 1.4x Teleconverter EC-14+ズイコーデジタル ED 18-180mm F3.5-6.3。軽快な散歩を期待して、雨の対策は念頭になく、雨具も持たずカメラの防水対策もしていません。というわけで、すごすごと引き返し、今日の散歩はこれにて終了です。
今日のオマケは、家の近くで出会ったジョウビタキ♀。




今日の郵便物の中に、一通の封筒がありました。差出人は、先日の飲み会でご一緒した Sさん。封建的・閉鎖的な息苦しさが濃厚な大学の某学部の助教として、民主的立場を堅持して奮闘しておられます。そのSさんが、飲み会の模様をスナップ写真に収め、またみんなの集合写真を写してくださっていたものを、早速DVDに焼いて送ってくださったのでした。
それぞれに、風格のある、にこやかな笑顔の、シニアたちがそこには写っています。お互いが知り合ったのは、十代から二十歳そこそこの学生時代でした。

この会を企画してくれたハチロークンの司会で、大学卒業以来今日までの半生を、「一人5分」で語ろうという提案に、こもごも語られる歴史は、それぞれ「山あり谷あり」がキーワードとなる、波乱に富んだ歩みでした。この日の出席者はいずれも「後輩」に当たりますが、ふかいリスペクトの思いなしに聞くことはできませんでした。

ところで、上述のハチロークンは、私のブログの常連出演者です。

たとえば、最近も、ミーハー雑感、の巻に、こんなことを書きました
ハチロークンには、以前この記事にご登場願いました。
夏の終わりの高知行、の巻(その5)
 
槙村浩について、私は、2014年12月24日のこの記事で、「槙村浩については、また、別の機会に触れたいと思っています。」と書きました。この約束の実行を何度か試みましたが、いつも挫けて、先延ばししてきました。
今日は少しだけ、書いてみたいと思います。 (中略)  NET検索してみますと、上で引用したweb記事で紹介されている 「草の家の学芸員、藤原(ふじ・はら)義一(よし・かず)さん」が、ご自身のブログのこの記事に、槙村浩関連のネット記事へのリンク集を作っておいでです。勝手に紹介させていただきます。
さっき触れた昨年12月24日のこの記事にも書いたとおり、高知のN先輩からのお便りにより、高知市にある「草の家」が、昨年秋に「槙村浩生誕100周年特集『ダッタン海峡10号』」を発行されたことを知り、お願いして先だって手に入れました。 (中略)  手元に届いた冊子「槙村浩生誕100周年特集『ダッタン海峡10号』」では、上の藤原義一さんも、それからわが先輩Nさんも、また、別の先輩Mさんも、それぞれ別の角度から槙村浩に光を当てる文章を寄せておられます。
冊子が配達されて、ぱらぱらと斜め読みをしているちょうどその日の夜、愛知に住む古い友人のI君から電話をいただきました。
I君は、学生時代、同じ学科、同じ専攻の一年下で、なんと、当時私の間借りしていた下宿の、隣室に入居してきて、当時ご存命だったお父様と一緒に「引っ越し挨拶」に私の部屋を覗かれたのが最初の出会いでした。
部屋には個室のバス・トイレはもとより、共同の風呂もなく、トイレは母屋のものを共同使用、洗濯機も共同使用、台所も、冷蔵庫も、エアコンも、テレビも、電 話もない、「シンプル」そのものの、昔ながらの下宿生活でしたが、それ故、ある種の共同生活に似た親密な交際が始まりました。
これを綴れば、世にあるいろいろな「青春記」の上を行く、愉快でペーソスを帯びたスリリングなドラマが生まれるはずですが、それはまたの機会に譲ります。  同一下宿での共同生活は一年ほどで終わり、それぞれに別の下宿先やアパートに引っ越しましたが、大学・私生活を問わず、濃密な交友が卒業まで続きました。
卒業後は、住む場所も仕事も隔たって、彼は、学術書を中心とする出版業の中心的役割を得て奮闘を重ね、今は退職生活に入っています。何年かに一度、同窓会のような場で出会うレベルの頻度でのおつきあいですが、一瞬で当時に戻ります。
最近では、去年の11月、この記事で書いた出会いを楽しんだばかりです。
その彼からの、突然の電話の要件は、たまたま、 槙村浩と『ダッタン海峡10号』についてでした。
そして、きっといつか、高知市平和町の墓所にお参りをしたいねと約したことでした。 今日はここまでとし、またの機会に続きを書きたいと思います。
この記事で、愛知のI君と書いたのが、今の旅の弥次喜多散歩の相棒、ハチロークンのことです。同じホテルに宿泊しましたので、午前中、待ち合わせて宿願を果たそうと思い立ったのです。

他の面々についても、詳しくご紹介したい思いは募りますが、ひとまず今日はここまで。

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小春日の出会い、の巻 [折々散歩]

一週間前にこんな記事を書きました
まぐれ当たりと空振りと、まったくもって大当たり、の巻 

 ピンチヒッターとしての出番は、来週からでしたとさ、チャン、チャン。

ちょうど一週間が経ち、今日こそリベンジ戦でした。
寒さが少し緩み、出勤前に気持ちよい朝散歩ができました。
先週の記事とほとんど同じ画像が出てきます。
ただ、撮影機材は違うのです。
今日は、OLYMPUS E-620+ズイコーデジタル 1.4x Teleconverter EC-14+シグマ 55-200mm F4-5.6 DC というお蔵で眠っていた組み合わせです。軽量コンパクトで、しかも望遠撮影のニーズに応えられないかと、昔の機材を引っ張り出してきてみたのです。
霧の朝です。常山が霧に煙っています。
刈り入れの終わった田圃は、冬の様相を見せています。



いつものように、コガモの群れが小川に寛いでいます。









カモカモエブリバディ、などと寒いシャレを口走ったりしています。
鴨たちの住む小川に、今朝もいました。カワセミです。

トリミングしないと、はっきりわかりません。



高望みはできませんが、やはり解像がいまいちですね。腕は棚に上げて、、、、(汗)
いつものジョウビタキも健在。(同じ個体かどうかはわかりません)まずは♂。





表情を見たいので、トリミングします。


 
そして♂も近くにいました。
早めに昼食をたべ職場へ行きましたら、今日は間違いなく勤務日でした。
夕方、国会中継を聴きながら帰宅しましたら、長女が一歳児を連れて来ていました。小学生も保育園児も次々に帰ってきて合流し、大いに遊びました。父ちゃんが遅いというので、夕食も一緒にし、ジイジが風呂にも入れて、機嫌良く帰りました。
ほどほどに疲れて眠いので、今日はこれにて。

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見知らぬ鳥となじみの鳥と、の巻(その2) [今日の「これなあに」?]

今日のこれなあに?その1。

今日のこれなあに?その2。

どちらも瞬時のできごとで、しかも枝かぶりとブレブレで、はっきり姿が写りません。
どちらも珍しい鳥ではないか?と思いましたが、すぐに飛び去ってしまいました。
一昨日の金曜日、深山公園を歩いたときの出会いです。
郵便局に用事があって、でかけたついでに立ち寄ってみたのです。
見頃は過ぎて散り始めと報道されていた紅葉ですが、まだまだきれいです。







カメラを向けていると、通りかかりの方が、「きれいですね」と声をかけて行かれます。

「はい、きれいですね」と返事しましたが、実は私が狙っていたのはこの紅葉の枝から枝へと飛び移っては忙しく動き回っていた小鳥の群れ。エナガとメジロの姿は確認したのですが、他はわかりませんでした。何しろ枝と葉の陰を動く回るので、カメラで姿をとらえることができませんでした。悔しいので、紅葉だけ写しておいたというわけです。
近くのこの枝には、アトリがいました。今シーズン初の出会いです。



トリミングします。
目が合いました。

ホオジロの姿も見ました。トリミング画像です。



アオサギは珍しくもないですが、深山公園で見かけると風情が違って見えます。

キジバト。とてもフレンドリーで、怯えることもなく足もと近くまで近寄ってますので、ついつい撮影してしまいます。

ヤマガラも、向こうから近寄ってきます。
実は、散歩道のあちこちに、手乗り状態でエサを与えて親しんでおられる常連さんが複数あり、今日も何カ所でその姿を見かけました。ヒマワリの種や、ピーナツや、スナック菓子のようなものや、お見受けしたところかなり脂肪や塩分、カロリーの高いエサが多いようで、小鳥たち絵の影響が少々気がかりにもなりますが、この「餌付け」のおかげで人なつっこくすぐ目の前まで近づいてくれるので、ありがたく撮影させてもらっています。

以下フォト蔵に掲載した画像です。
深山公園のヤマガラ(2017.11.24)
深山公園のヤマガラ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のヤマガラ(2017.11.24)
深山公園のヤマガラ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のヤマガラ(2017.11.24)
深山公園のヤマガラ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のヤマガラ(2017.11.24)
深山公園のヤマガラ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のヤマガラ(2017.11.24)
深山公園のヤマガラ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のヤマガラ(2017.11.24)
深山公園のヤマガラ(2017.11.24) posted by (C)kazg

こんな撮影をしながら、少々小高いところを探り歩きしておりますと、下の方で「出たかな?」という会話の声が漏れ聞こえてきました。「出たかな?」「いや、まだじゃ。何をしょうかのお」などと、あいさつ代わに、かなりの大声で話しておられるようです。
推察してみますに、道脇の池に、しばしば現れて採餌するカワセミを狙うカメラマンさんたちのようです。
道なりに、撮影ポイントを通りかかってみますと、確かに、カメラ、三脚をお持ちの何人かの方の背中が見えます。背中の陰から、池の方を窺いますと、確かにそれらしい小鳥の姿は見えないようです。この日は出会いを諦めてその場を素通りしたことでした。
深山公園の地理の説明をしても退屈でしょうから省きますが、園内にはいくつか大きな池があります。本来は農業用のため池であるようです。上のカワセミ撮影スポットとは別の、「赤松池」と呼ばれる池が、水鳥の飛来地として最も親しまれています。ここでは、公園の職員の方が、定期的に給餌しておられますし、見物客がパンの切れ端や野菜くずを与えると、水鳥たちが先を争って奪い合う光景が見られます。そのため、人影を見ると、カメラしか持たない私の近くにも、鳥たちは親しげに近寄ってきます。
深山公園の鴨の群れ(2017.11.24)
深山公園の鴨の群れ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園の鴨の群れ(2017.11.24)
深山公園の鴨の群れ(2017.11.24) posted by (C)kazg
深山公園のオナガガモ(2017.11.24)
深山公園のオナガガモ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のオナガガモ(2017.11.24)
深山公園のオナガガモ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のオナガガモ(2017.11.24)
深山公園のオナガガモ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のオナガガモ(2017.11.24)
深山公園のオナガガモ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のオナガガモ(2017.11.24)
深山公園のオナガガモ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のヒドリガモ(2017.11.24)
深山公園のヒドリガモ(2017.11.24) posted by (C)kazg 深山公園のヒドリガモ(2017.11.24)
深山公園のヒドリガモ(2017.11.24) posted by (C)kazg
この記事は、昨日UPするつもりでしたが、昨夜は懐かしい旧友との「飲み会」で帰りが深夜になり、そのまま寝てしまいました。
今日はこれにて。

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見知らぬ鳥となじみの鳥と、の巻 [今日の「これなあに」?]

イギリス在住の友人sparkyさんのブログイギリス☆ウォーキング録で、最近こんな記事を書いておられます。
紅葉も美しいアレクサンドラ公園 (Alexandra Park) 。

 池にはカモがたくさんいました。マガモ (mallard) の雌雄はしょっちゅう見かけますが、一羽だけいた白いカモの種類がわかりません。動植物の名称について、いつも頼りにしている夫も「見たことないなぁ、観賞用種かなぁ」と言っています。わかる方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

ちょっと写真をお借りします。



自然愛好家のご夫君、グレアム氏も「「見たことないなぁ、」とおっしゃるほどです。当然私も見覚えありません。アヒルなどの家禽に似ているかも?と思いましたが、、、わかりません。
おわかりの方、教えてくださいね。
昨日の勤労感謝の日の、朝の散歩。我が家の近くの小川(農業用水路)のコガモは、のんびりひなたぼっこ中です。







ダイサギは、狩漁中です。



すぐそばにアオサギもいました。

散歩に出かけてすぐ、家から三歩目のところで(ウソです。いくら何でも大げさな)いつものようにジョウビタキに会いました。常時会う「ヒタキ」だからジョウビタキと言います(ウソです)。
再三の、過去記事掲載です。

 ◇鳥にまつわるエトセトラ part2
 ジョウビタキの「ジョウ」は、新島襄にちなんだ命名?まさか。
では、 ジョー・ディマジオ?(だれ?)
いえいえ。ジョウは「尉」。「 老翁。おきな。特に能で、老翁の役。また、それに用いる能面。」のことだそうです。オスの頭が銀色で、白髪に見えるところから名づけられました。
ヒタキは「火焚」で、カチカチと、火打石をたたくような音を立てます。鳴き声は、キーキーと、自転車のブレーキ音のよう。






少し歩いた場所で、今度は♀に会いました。





枝かぶりと逆光で、つぶらな瞳がはっきりしません。
トリミングして少々画像補正してみます。

ツグミの姿もよく見るようになりました。

ツグミとスズメ。

桜落ち葉。

草むらに、何か光沢ある物体がちらりと見えたような気がします。

とりあえず、カメラを向けてみます。
画面の真ん中当たりをトリミングしてみます。

風でそよぐ草陰に見えたり隠れたりしていますが、やはりカワセミでした。
ひらりと飛んで位置を変えました。

これもトリミング。

更にひらりと別の草に飛び移ります。
セイタカアワダチソウですね。

これもトリミングしてみます。







今日はこれにて。

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朝のうち濃霧、のち氷雨の中の三重塔、の巻 [折々散歩]


昨日は「いい夫婦の日」、今日は「いい兄さんの日」ではなくて勤労感謝の日です。勤労感謝の日と言えば、以前何か書いた記憶がありましたので探ってみると、2013年にこんな記事がありました。

勤労感謝の日の不思議

 昔から、「勤労感謝の日」って、不思議な祝日でした。子供の頃は、誰に教えられたか、「勤労する人に感謝する日」と理解していましたが、それならなぜ、働かない子供の学校がやすみになるのか? 謎でした。
いつの頃からか、「勤労できることに感謝する日」という説明をきいて、誰に対して感謝すればいいのか?疑問でした。お上に?神に?それとも雇用者に?祝日法第2条の規定では、「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」という趣旨が述べてありますが、ますますわかったようなわからないような気持ちにさせられます。
で、もう少し探ってみると、古い宮中行事である「新嘗祭(にいなめさい)」 が起こりだそう。「新嘗祭」は、祭祀を司る最高責任者たる天皇が、その年収穫された穀物を神に供え、自らも初めて食すという宗教儀式です。

天皇即位後最初の「新嘗祭」は、大嘗祭(おおにえのまつり・だいじょうさい)とも、大嘗会(だいじょうえ)とも呼ばれます。

『更級日記』に「そのかへる年の十月二十五日、大嘗会(だいじやうゑ)の御禊(ごけい)とののしるに」という文章が出てきます。

[訳] そのあくる年の十月二十五日、大嘗会の御禊が催されると大騒ぎするときに

新天皇が、大嘗会に先だって加茂川に赴いて禊(みそぎ)をするという、世間が大騒ぎする一大イベントだったのでしょう。キャロライン・ケネディ女史の馬車行列以上でしょうか?そんな騒ぎにもかかわらず、信心を最優先したい作者は、初瀨(長谷寺)に詣でるために都を出発するのでした。

その新嘗祭が新暦で言うと、おおよそ今日に相当しますが、戦後GHQの意向で、天皇行事と切り離し、「勤労感謝の日」という不思議な 祝日が制定されたのだとか。
(中略)

今夜は、三歳になる孫娘の誕生日パーティーで、お呼ばれ。

指で、三歳をアピールしています。

Pb23018820131123_0053.jpg

久しぶりに賑やかな夕食になりました


この時三歳だった孫が、今年は七歳。光陰矢のごとしです。



さて今日の記事は、昨日に続いて三重塔の話題です。

この間続けてご紹介してきた総社市の井山宝福寺。総社市のHPにはこうあります。

 宝福寺は臨済宗東福寺派の寺院で、本山京都東福寺と結びつきが強く、地方の中でも有力な禅宗寺院です。古くは天台宗の寺院でしたが鎌倉時代中頃に県内ではいち早く臨済宗に改宗しました。盛時には塔頭・学院五十五、山外の末寺三百余を数えたと伝えられています。また、画聖雪舟が修行した寺として有名です。
 建造物では三重塔が最も古く解体修理の際、永和二年(1376)の墨書銘が発見されています。この塔は岡山県下二番目の古塔としても貴重です。
 その他の建物は戦国時代の戦火で消失したと考えられますが、歴代の住職の努力で復興され、禅宗様式の広がりをもつ重厚な構造となっています。
 宝福寺は七堂伽藍を整えた、岡山県に残る近世禅宗寺院の代表的な建物といえるでしょう。静かな境内では、春は新緑、秋には紅葉と訪れる人を楽しませてくれます。

この三重塔は「岡山県下二番目の古塔」とありますが、それでは「県下最古の塔は?」と言いますと、わが郷里の長福寺三重塔だそうです。

「岡山晴れネット」の記事から引用します。

長福寺三重塔


概要 明徳年間(1350年頃)に真言宗の寺院になった長福寺は奈良時代(757年)、唐の高僧鑑真和尚が開基したと伝えられ、当初は真木山(まきさん)の山頂にありました。しかし度重なる火災により、昭和3年に寺院が、昭和26年に三重塔が現在の場所に移りました。
高さ約22m、鎌倉時代の建築様式を伝える三重塔は、鎌倉時代中期の弘安8年(1285年)に天台宗の円源上人によって建立されました。
特徴 岡山県下で最古の木造塔建築とされ、国指定重要文化財、「おかやま県歴史の旅百選」にも選定されています。平成27年6月には、杮(こけら)葺きの屋根が葺き替えられ、真木山の四季折々の風景を楽しませてくれます。
寺院には木造十一面観音立像、絹本著色十二天像図、絹本著色両界曼荼羅図、絹本著色動明王像図など16点の国指定重要文化財が所蔵されています。
所在地 岡山県美作市真神414



「二番目」の宝福寺三重塔は、大勢の参詣者で立錐の余地がないほど、駐車場も満杯でした。一方、「県内最古」の長福寺三重塔は、私一人だけの貸し切り状態。じっくりと鑑賞・撮影できました。

濃霧注意報の出されていた午前中。周囲の山々も、朝霧に煙っています。







以下フォト蔵に掲載した写真の一部をご紹介します。

朝霧の中の美作長福寺

朝霧の中の美作長福寺 posted by (C)kazg 朝霧の中の美作長福寺三重塔

朝霧の中の美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 朝霧の中の美作長福寺三重塔

朝霧の中の美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 朝霧の中の美作長福寺三重塔

朝霧の中の美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 朝霧の中の美作長福寺三重塔

朝霧の中の美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 朝霧の中の美作長福寺

朝霧の中の美作長福寺 posted by (C)kazg 朝霧の中の美作長福寺三重塔

朝霧の中の美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 氷雨降る美作長福寺



昼前頃から降り始めた雨は、氷雨と呼ぶにふさわしく、底冷えのする寒さです。この日の朝の気温、岡山市3.2℃、県北部はもっと低かったようです。

桜の枝に雨の雫、正面にぼんやり三重塔が写っています。



紅葉にも氷雨の雫。



午前中とは表情が異なって見えます。



以下、フォト蔵に載せた画像です。

氷雨降る美作長福寺 posted by (C)kazg 氷雨降る美作長福寺三重塔

氷雨降る美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 氷雨降る美作長福寺三重塔

氷雨降る美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 氷雨降る美作長福寺三重塔

氷雨降る美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 氷雨降る美作長福寺三重塔

氷雨降る美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 氷雨降る美作長福寺三重塔

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s-_K521379 posted by (C)kazg 氷雨降る美作長福寺三重塔

氷雨降る美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 氷雨降る美作長福寺三重塔

氷雨降る美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg 氷雨降る美作長福寺三重塔

氷雨降る美作長福寺三重塔 posted by (C)kazg

今日はこれにて。


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井山宝福寺の紅葉、の巻(3) [折々散歩]

井山宝福寺の紅葉の記事を続けています。
気合いを入れて三重塔と紅葉を撮影を撮影したいと思って、pentaxK5Ⅱ+smc PENTAX-DA 35mmF2.4ALを携行しましたが、一緒にOLYMPUS E620+ZUIKO DIGITAL 25mm F2.8をバッグに入れていました。


コンパクトな組み合わせですので
、かさばらなくて良いのですが、35mmフィルムカメラ換算で50mm相当のレンズになりますから、結局pentaxK5Ⅱ+ 35mmの組み合わせとほぼ同じ画角になります。




ということは、狭い場所で三重塔の全体像を写すには、ちょっと無理があります。

仏殿です。思い切り離れて写さないと、全体が収まりません。そうすると、杉の木の隙間から垣間見ることになります。







やはりいささか隔靴掻痒の感がして、もう少し広角撮影を試みたいので、いったん駐車場に戻り、車においていた別のカメラに取り替えてみることにしました。
コンパクトさでは引けを取らないPENTAXQ7+8.5mm F1.9 「01 STANDARD PRIME」は、ポケットに忍ばせても気になりません。このレンズは、やや広角系で、39mm相当だと言います。





三重塔の前にある塔頭「般若院」は、精進料理で有名。
そう言えば昔、若い頃、職場の懇親会に利用したことがあったような記憶がうっすらとあります。
湯豆腐は予約なしで食べられるらしい。


建物の陰に塔がのぞいています。





もう一つ、広角撮影用に準備してきていたのは、OLYMPUS E-PM1

+Panasonic LUMIX G 14mm/F2.5 ASPH。このレンズは28mm相当。これまた軽量コンパクトな、ポケットサイズの組み合わせです。
 



Panasonic 単焦点 広角レンズ マイクロフォーサーズ用 ルミックス G 14mm/F2.5 ASPH. ブラック H-H014A-K

Panasonic 単焦点 広角レンズ マイクロフォーサーズ用 ルミックス G 14mm/F2.5 ASPH. ブラック H-H014A-K

  • 出版社/メーカー: パナソニック
  • メディア: エレクトロニクス






















さてところで、今日は、濃霧の中、郷里に帰り、降り出した雨の中、我が家に戻ってきました。その行きがけと帰りがけ、二度長福寺三重塔に立ち寄り、霧の中の三重塔と雨の中の三重塔を撮影してきました。宝福寺での教訓に学んで、今日は初めからズームレンズを用意しました。その画像破壊を改めてご紹介し増すので、乞うご期待。
今日はこれにて。

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まぐれ当たりと空振りと、まったくもって大当たり、の巻 [折々散歩]

今シーズン最高の冷え込み、というニュースが連日続きます。
12月下旬から新年並みの寒さだと言います。今朝はそれでも、風のない穏やかな天気でしたので、近所の散歩道を歩いてみました。耳が痛く、手が凍えそうですが、背中に汗をかきます。
常山もそろそろ冬景色です。

麦飯山。

ROCOH CX2の広角側を使っているうちに、まったく操作が効かなくなり、レンズが飛び出たまま動かなくなりました。
家に帰って、電池を入れ替えたら、案の定、復旧しました。(まずは良かった。)
もう一台、望遠狙いで、OLYMPUS PEN Lite E-PL5+パナソニック LUMIX G VARIO 45-200mm/F4.0-5.6/MEGA O.I.Sをもって歩きました。35mmフィルムカメラ換算で最大400mmカバーできる割にはコンパクトな組み合わせなのですが、なぜか出番が少ないです。
45mm側でも、こんな望遠効果が出ます。逆に言うとこれ以上の広角撮影はできませんから、たいていの場合、別途広角用機材を持ち歩く必要が出てきます。

電線に、ムクドリ。ノートリミングでこの程度まで写せます。



スズメ。

道端のジョウビタキ♀。



これはトリミング画像。

すぐ近くの小川(農業用水路)に今年もコガモが寛いでいます。





別の用水路にも、、。







ひなたぼっこです。



カワセミにも会いました。
そうとわかっていたら、もう少し望遠が効く機材を持ってくれば良かった、といつものことながら悔やみます。そんなことが重なって、この組み合わせの出番が減ったともいえます。
もう少し大きく写したいところです。。


期待以上のまぐれ当たりでした。
オマケは我が家のナンテンの葉。すっかり色づきました。

今日は、ピンチヒッターの依頼を受けて、午後出勤。準備万端整えて、教室へ行くと、、、おや?私の担当のはずの教室で、すでに授業が始まっています。不思議です。
ばたばた慌てて確かめてみると、なんと、ピンチヒッターとしての出番は、来週からでしたとさ、チャン、チャン。
大きな空振りというか、打席にも立てない大チョンボでした(汗)
おかげで、国会中継を聞けました。
午後の衆院本会議の質疑、帰りの車で、井上義久(公明党)氏の質問をラジオで聞き、自宅で続きの岡田克也(無所属の会)氏、志位和夫(日本共産党)氏の質問をテレビで見ました。

視聴はこちら

 大島理森(衆議院議長)  14時 02分  01分
 井上義久(公明党)  14時 03分  47分
 岡田克也(無所属の会)  14時 50分  22分
 赤松広隆(衆議院副議長)  15時 12分  01分
 志位和夫(日本共産党)  15時 13分  27分
 馬場伸幸(日本維新の会)  15時 40分  22分
 大島理森(衆議院議長)  16時 02分  03分
 岩屋毅(自由民主党)  16時 05分  22分
 谷公一(自由民主党)  16時 27分  19分

それにしても、不愉快千万なのは、質問を受けているときのアベソーリと、その隣のアソー副ソーリの態度の悪さ。日馬富士じゃないですが「人が話してるのに、そのタイドはなんだよ!」と叱りつけたくなります。いえ、もちろんビール瓶で殴ったりするつもりはありませんがね。
一般に、にこにこ笑顔は、人間関係を親密に円滑にしてくれ、相互の親愛と友好をはぐくんでくれるはず、、ですが、これが、ニヤリ、ニタリ、ニヤニヤ、ニタニタ、だと、悪意がみなぎります。しかも稀代の悪相ですから、サイテーと言うしかありません。
今朝の「しんぶん赤旗」の一面に、米海兵隊員の飲酒運転死亡事故で、翁長沖縄県知事が米軍に抗議、という記事がありした。その下に早稲田大が教授の池田清彦さんのインタビュー記事が掲載されており、池田教授はこう語っています。
「安倍政権になってからむちゃくちゃですよね。数の力で暴走しています。(中略)自民党は国会での議席は多いけど、国民からの人気はありません。(中略)安倍首相は「憲法は時代にそぐわない」と発言していますが、安倍首相が一番今の時代にあっていないのではないですか。(後略)」
この指摘、まったくもって大当たりです。
今日はここまで。

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井山宝福寺の紅葉、の巻(2) [折々散歩]

昨日の記事の続きです。

テレビで、モミジ(紅葉、黄葉)の色づきのメカニズムを話題にしていて、面白く見ました。
ネット上でも、わかりやすく解説してあるサイトがいくつかあり、勉強になりました。一例に、松江気象台のhpにこんな記事がありましたので引用させていただきます。
 気象台では、カエデとイチョウを生物季節観測の対象としており、イチョウは発芽日、黄葉日及び落葉日、カエデは紅葉日と落葉日を観測しています。これらの平年値を表1に示します。島根県では、イチョウは4月中旬頃に発芽します。そして、11月中旬頃に黄葉し、10日くらい経つと落葉日を迎えます。カエデは11月中旬から下旬に紅葉し、12月初旬から中旬頃に落葉日を迎えます。これらは平年値ですので、年によってこれらより早まったり遅くなったりすることがあります)。
(中略)

カエデやイチョウはいったい何種類くらいあるの?

 まず、イチョウは裸子植物門イチョウ属に属しています。この属のイチョウ類は中生代には繁栄していましたが、過去の大きな気候変動によって多くの種が絶滅し、現在では現存種のイチョウ(写真1)しか残っていません。一方、カエデの種は多く、その数は世界中に100種以上が存在しています。この内、日本の広い範囲で見られる一般的な種としては、イロハカエデ(写真2)、オオモミジ、ヤマモミジ(写真3)などが挙げられます。松江地方気象台では、イロハカエデを生物季節観測の対象としています。

(中略)

黄葉の仕組み

 イチョウなどの黄葉は、葉に含まれているカロチノイドという色素によって起こります(図1)。

 元々葉には、クロロフィルという緑色の色素とカロチノイドという黄色の色素が含まれています。秋の初めまでは、カロチノイドがクロロフィルの強い緑色に隠れてしまっているため、葉は緑色なのですが、秋が深まり、気温が低くなると、クロロフィルの分解が始まってカロチノイドの方が目立ってくるため、次第に黄色に変化していきます。

図1 黄葉の仕組み

紅葉の仕組み

 カエデなどの紅く色づく葉には、黄葉とは違った変色の仕組みが働いています。イチョウと同じように、カロチノイドも含まれているのですが、紅葉はアントシアニンという色素によってもたらされます(図2)。

 気温が低くなると、葉の根元と枝の間に「離層」と呼ばれるコルク状の物質ができます。そのため、光合成で葉の中に作られていた糖分が、枝の方に運ばれずに、葉の中に留まってしまいます。すると、葉の中の糖の濃度が上昇します。そこに日光が当たることによって、糖とタンパク質が化学反応を起こし、アントシアニンという赤色の色素がつくられます。このアントシアニンがたくさんできることによって、鮮やかな紅に変色していくのです。

図2 紅葉の仕組み

先日散歩した後楽園の銀杏です。



























クロロフィルの分解が進んで、カロチノイドが優になった、ということですね。

ところで、RICOHのこのサイトにもこんな記事がありました。

紅葉と黄葉の違い(ちょっと横道、専門的うんちく)
色が違うから明確だが科学的に言うと
葉が赤くなるのは葉の中の緑色のクロロフィルが分解して赤いアントシアンが生成されることでおこる。黄色の方は緑のクロロフィルが分解して黄色のカロチノイドが残るから黄色くなる。
話を元に戻して
「紅葉(モミジ)」と言うのは広い意味の紅葉(コウヨウ)の中でひときわ紅色の目立つ(黄葉ではなく)狭い意味の紅葉の仲間で、カエデの仲間を総称して言います。これは広い意味での紅葉(モミジ)です。
更に狭い意味でのいわゆる「モミジ」はカエデの中の特定なやつをさします。カエデの中でも葉の切れこみの深い赤ちゃんの手のようなイロハモミジの仲間は葉が大変美しく好まれ、鑑賞されたところから人の手を広げた形の葉を代表して「モミジ」と呼ばれるようになったそうです。

私は、永らくPENTAX社のカメラをメインカメラとして使用してきましたが、今やPENTAXブランドがRICOH社に吸収合併されるに及び、リコー社のカメラを最も愛用=多用していることになります。

昨日の、井山宝福寺の紅葉狩りにも。RICOHCX2をポケットに忍ばせていました。35mmフィルム換算28mm-3000mmという画角で、望遠方面での使用をぜんていにもちあるいているのですが、広角撮影においても役に立つことを再確認しました。











































今日はここまでです。

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井山宝福寺の紅葉、の巻(1) [折々散歩]

今朝の最低気温は、岡山県南部三度C。北部一度Cと、真冬並みの冷え込みで、昼間も風が強く、凍える寒さでした。
昨夜は冷たい雨も降ったようでしたが、朝には上がり、日が射してきましたので、思い立って、紅葉を見に行ってみました。
総社市の井山宝福寺です。
以前こんな記事で書きました。
足守の先は吉備路の紅葉かな(2014-11-08)


 ゆっくりとした豊かな時間を満喫し、昼ご飯のお握りも車中で食べて、「宝福寺」にむかいます。「宝福寺」は、岡山県総社市井尻野にある臨済宗の寺で、室町時代、雪舟がここで修行し、涙でネズミの絵を描いた逸話で知られています。秋の紅葉に映える三重塔は国の重要文化財に指定されています。

とっておきの写真を撮影してみたい、と気負って、pentaxK5Ⅱにお気に入りの単焦点レンズsmc PENTAX-DA 35mmF2.4ALを携行しました。
予想以上に参詣者(主には紅葉狩)が多く、いつもの第一駐車場は満車とのことで、少し山道を登った第Ⅱ駐車場を案内されました。
こんな落ち葉道を歩いて降ります。



林の中に、見事な紅葉が色づいています。


35mmレンズでは、三重の塔の全体像を写すには、ある程度の距離を保たねばなりませんが、背中に塀があり、これ以上バックできません。

広角系のレンズは車においたままです。
この組み合わせでは、全体像が写せる場所は限られます。

やはりこんな時には、ズームレンズが恋しくなります。
35mmレンズと言えば、昔のフィルムカメラに換算すれば、およそ50mmのいわゆる標準レンズに相当します。作品作りを、この画角のみで勝負するには、よほどの割り切りと思い定めが必要と痛感します。それしかなくて、それが当たり前だった時代には、そんなことは思い至りもしなかったでしょうが。









この井戸に目が引かれました。

ほとりにこんな案内板が立てられています。

トリミングします。

井山の山号は、この千尺井に由来するそうです。
フォト蔵にアップした写真を行くまいかご紹介します。

井山宝福寺の紅葉
井山宝福寺の紅葉 posted by (C)kazg 井山宝福寺の紅葉
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今日はこれにて。

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紅葉の岡山後楽園、の巻(2) [折々散歩]

今朝の地元ローカル新聞山陽新聞に、こんな記事が掲載されていました.
WEB版を引用します。


なんと昨日散歩した岡山後楽園。夕方からはこんな優雅な催しが行われたのですか。この「幻想庭園」、季節の折々に催され、評判は上々ですが、鑑賞のチャンスに恵まれません。というより。あまり大勢のお客で賑わう場所はどうも苦手で、つい避けたくなってしまうので、仮にイベントの予定を事前に知っていても、おろらく参加はしなかったかもしれません。
大勢で賑やかな場所は苦手という気持ちは、何かの機会に、イスに着席して行儀良く舞台を観たりお話を聞いたりするような場合も同様で、できれば周囲が、せめて両脇が空席であるような環境が望ましいと感じたりしてしまいます。
ですが、流石に、市民劇場の舞台鑑賞は、そうは参りません。リーズナブルな会費で本格的な舞台が楽しめる機会だけに、大勢の会員でぎっしりと会場が埋まっていること必須ですので、座席指定された窮屈な席で鑑賞することを決していとうわけには行きません。

しかし、車で一時間程度かかる会場までいざ出かけること自体おっくうな場合もあります。特に、日中何だかくたびれたなあという感じの夕方など、少し消極的な気分になりがちです。
実は一昨日がそうでした。
日中勤務日で、授業がどうもうまく行かなくて、消耗感が募りました。

更にその日は、小4生が発熱で、珍しく小学校を休み、妹の小1生も早く帰宅し、中学生も部活がなくて早めに帰宅、その上、末の保育園児のお迎えを頼まれて、あれこれと育児の仕事もありましたが、後はばあばに任せて、少し遅れて家を出ます。会場にたどり着いた時には、開園時刻を十分ほど過ぎた頃。すると、入り口あたりまで、観客の大きな笑い声が聞こえて来ます。

係の方の誘導で、後ろ入り口からこっそりと会場に入り、後ろの方の空席に座ります。前後左右空席で、ゆったりと座れます。

演目は、三谷幸喜作 、山田和也演出、劇団ヴォードヴィルショーの喜劇『田茂神家の一族』です。







【ストーリー】エブリ村の村長を、6期24年にわたり務めてきた田茂神嘉右衛門が馬に蹴られてけがをし、引退することに。突如降ってわいた村長選挙に立候補したのは、嘉右衛門の次男・健二、三男・三太、長男(故人の嫁・たか子、弟・常吉、もうひとりの弟の娘婿で東京から引っ越してきた茂の5人。さらに、選挙管理委員会委員長は四男・四郎と、全員が田茂神姓の、抱腹絶倒の選挙戦が繰り広げられルことになります。
久々の村長選挙と会って、村では、立候補者の合同演説会が開催されることになり、私たち観客はその観衆という設定。
村の有権者はわずか一五〇人。三太の雇った選挙コンサルタント・井口の票読みによれば、健二と三太の持ち票が拮抗。サンタは、健二票切り崩しのためネガティブキャンペーンを展開しますが、やがて候補者同士によるスキャンダルの暴露合戦に発展。見かねた嘉右衛門が、引退を撤回し出馬表明したので、演説会は収ますます大混戦。
利権と情実、欲望と狡猾が渦巻く「どこにもなさそうでどこかにありそうな」人間模様が活写されます。

歌あり踊りあり、テンポの良い、奇想天外なストーリー展開は、最後まで観客を飽きさせません。大笑いして楽しく見終えたこの演劇。最後のカーテンコールで三太役の佐藤B作さんが、ご自身の故郷福島を舞台とする劇を三谷幸喜氏に依頼してできた作品だと明かされ、この村長選挙を揺るがした「ヒューマンバイオマスエネルギー」を、「原発」とよみかえてみたら?と指摘され、大いに合点したことでした。

「行こかもどろか」の葛藤の果てに、「行って良かった」と思えたひとときでした。

さて今日は、午後、「年金裁判を支援する会」の第三回定期総会がありました。同志社大学尾形健(おがたたけし)教授による憲法25条(生存権)、憲法29条〈財産権)と年金裁判を中心とした講演など、充実した(ややハードな)半日を過ごしました。これまた、「行って良かった」ひとときでした。

というわけで、今日は写真撮影の機会もありませんでしたので、昨日の後楽園の写真の続きをご紹介します。

昨日の写真は、pentaxk10d+TAMRON17-50mmf2.8で写しました。リュックには、pentaxK5Ⅱ+AFBORG 60EDを入れて歩きました。まれな組み合わせです。

AFBORGで写した紅葉。味わいが違って面白いです。































ツタの葉。











遠景です。



桜紅葉。





荻の穂。





この鳥は?何でしょう?







エナガがごちそうを食べています。





何羽もの群れが、しきりに枝から枝へ飛び移っています。







これは?シジュウカラでしょうか?



水辺のヒヨドリ。幼鳥でしょうか?







今日はこれにて。
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紅葉の岡山後楽園、の巻 [折々散歩]

今シーズン一番の冷え込みです。
病院の予約日でした。病院帰りに散歩でもしようかと、カメラだけは用意して、朝でかけました。
血液検査とレントゲンを済ませ、診察を待ちますが、なかなか呼び出しの気配がありません。やっと看護師さんに呼ばれ、「検査の結果が出ましたので、診察室前でお待ちください」と案内されます。

それからが長い。ドクターが入念に検査結果を点検しているのでしょうか?っそういえば、前回、腫瘍マーカーの数値が基準値よりもやや高く、様子を見ましょうと指摘されていたのでした。あるいは、さらに悪化しているのかも知れません。4年前の手術で。左肺の半分は除去し、リンパ節も大胆に取り去りました。もしや再発、または転移という事態が?などとくよくよしているうちに、お呼びがありました。
結果は、レントゲンも異常なし、腫瘍マーカーの数値も正常値に下がっていました。「何の揺らぎでしょうか」とドクターも訝しがる結果で透いたが、まずはめでたし。いっぺんに気が晴れました。
気をよくして、久しぶりに後楽園を散歩することにしました。
気温は下がっていますが、穏やかな日射しを浴びて、岡山城の姿もくっきり鮮やかです。











紅葉の様子は、イマイチかな?という感じですが、大勢の人出でした。外国人観光客、特にアジアのお客さんの姿が目につきます。
結婚式の前撮りらしいカップルの姿も見かけました。絶好の好天に恵まれて、眩しいほどです。
フォト蔵に写真をアップしましたので、ご紹介します。
紅葉の岡山後楽園
紅葉の岡山後楽園 posted by (C)kazg



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雨のち晴れ、霧なお深し、の巻 [折々散歩]


濃霧注意報のニュースを聞きながら、片道60km離れた郷里の実家へ帰ってきました。朝七時過ぎに家を出たのですが、平日とあってちょうど通勤時間帯に重なり、二時間を越えました。ところが、持って行くつもりのものを、テーブルに用意して、置き忘れてしまいました。それが主な要件でしたのに。
少しだけ畑仕事をしました。寒気到来で、冷え込みが予報されていましたが、日射しがあって、汗をかきました。
庭の小菊が光を浴びて色鮮やかです。

昆虫たちが、吸蜜に余念がありません。

昨日の雨とはうって変わっての上天気でした。ですがそれもしばらくで、このあと天気は下り坂に向かい、雨ごとに冷え込みがきびしくなるようです。

というわけで今日は散歩も撮影もしていませんので、昨日の写真を掲載します。

雨の中の深山公園のサザンカです。
濃いピンク色の花があでやかです。












淡いピンク色のサザンカ。

白いサザンカ。





ハナミズキの紅葉も、散り始めています。


雨に濡れたヤマガラ。


雨に濡れたキジバト。


雨に濡れたカモたち。







元気に泳いでいます。





ニシキギが真っ赤に紅葉していました。






こちら、平成生まれの若手関取の錦木関は、九州場所初日は新入幕の大奄美を押し出しで下し、二日目は、十両西筆頭石浦を押し出して2連勝と、快調な滑り出しでしたが、三日目は三九歳で返り入幕の安美錦に、今日四日目で三八歳の豪風に敗れ、
二勝二敗となりました。



上の写真は、日本相撲協会のHPからお借りしました。


散り始めたイチョウの葉。




今日も、通る道々で大銀杏が光を浴びて黄金色に輝いていました。大銀杏について、ウィキペディアはこう説明しています。

大銀杏(おおいちょう)とは、大相撲の十両(十枚目)以上の力士(関取)が結うことができる髪形である。髷(まげ)の先端が大きなイチョウの葉に似ていることからこの名がある。

ところで、大相撲は、土俵の上の勝負以上に、日馬富士の暴行事件で大荒れです。

人が話してるときにスマホをいじる若者、これって結構神経に障ります。真剣に話しているときはなおさらですよね。カッとして、叱責したくなる気持ち、わかります。

かといって、ビール瓶で殴打する、無抵抗の相手に続けて暴行を加える。仲裁に入った相手にも、とんだとばっちり。一般社会では決して許されません。酒の上での失態、と来たら余計に弁解の余地がありません。横綱としての品格etc.以前の問題ですね。いずれにせよ、後味悪い事件です。

角界全体が自浄力を発揮して、人権感覚・市民道徳を研ぎ澄まし、暴力体質の一掃、信頼回復に取り組んでほしいものです。

今日はこれにて。

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ミーハー雑感、の巻 [雑話]

「ミ-ハ-」という言葉を使うことがありますが、その意味はよく知りません。
ウィキペディアにはこうありました。

 ミーハーとは、世の中の流行や芸能人の動静に今まで無知の人が熱中したり、影響を受け知ったかぶりの行為をする者(主に若年の女性)に対しての呼称である。通常はカタカナで「ミーハー」と表記するが、かつてはみいはあ、みいはあ族などと呼ばれた事もあった。昭和初期に生まれた俗語であり、テレビが普及し始めた1950年代後半、大宅壮一が唱えた「一億総白痴化」とほぼ時期を同じくして用いられた。元々は低俗な趣味や流行に夢中になっている教養の低い者や、そのような人を軽蔑して言う蔑称で、特に若い女性のことを指していた。現在では男性にも使われる言葉である。最近の用法としては、「ある事象に対して(それがメディアなどで取り上げられ)世間一般で話題になってから飛びつく」という意味でのものがほとんどである。
語源
文献によってはみいちゃん・はあちゃんの略として、当時の女性の名前は「みよ」「はな」など「み」「は」で始まる名前が多かったことから。
みいはあを音階のドレミファとかけたもの
英語の「Me」&「Her」から。
などの説も唱えられている。
後に、音階のミとファより高い「ソーラー族」なる単語も生まれたが、世間には浸透しなかったという。

2.3日前、愛知に住む旧友ハチロークンから電話をいただきました。用件があらかた終わって、気がかりだった点を尋ねてみました。彼が、ファンクラブに入会し、会員証とブロマイドを肌身離さず持っているという女性歌手は誰だったっけ?という点です。うろ覚えの記憶が正しくて、水森かおりさんでした。遅ればせながら、最近テレビで見ることが多く、その歌唱力はなかなかのものと最近感じていました。今夜もNHKテレビの歌謡番組に出演されていました。
ハチロークンに言わせると、人柄が抜群なのだそうです。
ハチロークンには、以前この記事にご登場願いました。
夏の終わりの高知行、の巻(その5)

 
槙村浩について、私は、2014年12月24日のこの記事で、「槙村浩については、また、別の機会に触れたいと思っています。」と書きました。この約束の実行を何度か試みましたが、いつも挫けて、先延ばししてきました。
今日は少しだけ、書いてみたいと思います。 (中略)  NET検索してみますと、上で引用したweb記事で紹介されている 「草の家の学芸員、藤原(ふじ・はら)義一(よし・かず)さん」が、ご自身のブログのこの記事に、槙村浩関連のネット記事へのリンク集を作っておいでです。勝手に紹介させていただきます。
さっき触れた昨年12月24日のこの記事にも書いたとおり、高知のN先輩からのお便りにより、高知市にある「草の家」が、昨年秋に「槙村浩生誕100周年特集『ダッタン海峡10号』」を発行されたことを知り、お願いして先だって手に入れました。 (中略)  手元に届いた冊子「槙村浩生誕100周年特集『ダッタン海峡10号』」では、上の藤原義一さんも、それからわが先輩Nさんも、また、別の先輩Mさんも、それぞれ別の角度から槙村浩に光を当てる文章を寄せておられます。
冊子が配達されて、ぱらぱらと斜め読みをしているちょうどその日の夜、愛知に住む古い友人のI君から電話をいただきました。
I君は、学生時代、同じ学科、同じ専攻の一年下で、なんと、当時私の間借りしていた下宿の、隣室に入居してきて、当時ご存命だったお父様と一緒に「引っ越し挨拶」に私の部屋を覗かれたのが最初の出会いでした。
部屋には個室のバス・トイレはもとより、共同の風呂もなく、トイレは母屋のものを共同使用、洗濯機も共同使用、台所も、冷蔵庫も、エアコンも、テレビも、電 話もない、「シンプル」そのものの、昔ながらの下宿生活でしたが、それ故、ある種の共同生活に似た親密な交際が始まりました。
これを綴れば、世にあるいろいろな「青春記」の上を行く、愉快でペーソスを帯びたスリリングなドラマが生まれるはずですが、それはまたの機会に譲ります。  同一下宿での共同生活は一年ほどで終わり、それぞれに別の下宿先やアパートに引っ越しましたが、大学・私生活を問わず、濃密な交友が卒業まで続きました。
卒業後は、住む場所も仕事も隔たって、彼は、学術書を中心とする出版業の中心的役割を得て奮闘を重ね、今は退職生活に入っています。何年かに一度、同窓会のような場で出会うレベルの頻度でのおつきあいですが、一瞬で当時に戻ります。
最近では、去年の11月、この記事で書いた出会いを楽しんだばかりです。
その彼からの、突然の電話の要件は、たまたま、 槙村浩と『ダッタン海峡10号』についてでした。
そして、きっといつか、高知市平和町の墓所にお参りをしたいねと約したことでした。 今日はここまでとし、またの機会に続きを書きたいと思います。
この記事で、愛知のI君と書いたのが、今の旅の弥次喜多散歩の相棒、ハチロークンのことです。同じホテルに宿泊しましたので、午前中、待ち合わせて宿願を果たそうと思い立ったのです。

もはや彼も、水森かおりファンにかけては、ミーハー以外の何者でもありますまい。
ミーハー度にかけては、私も、昨日の記事で話題にした有森裕子さんへの態度は、人後に落ちません。そして、これらの記事で話題にした吉良よし子さんへの態度もまた、ミーハーそのものとみなされるかも知れませんが、実は、いずれも知人・友人の娘さんへの親愛の感情なのです!
五月晴れの日曜日をいかに過ごしたか、の巻
入院記念日に思うこと、の巻
これでまた病気自慢に箔がつき
その吉良よし子さんが、facebook二、このような投稿をされていましたので、紹介させていただきます。

記事の引用です。

 「共産党は、自衛隊は違憲だからなくすって言ってるんですよね?」
―11月5日に放送された『加藤浩次VS政治家』というテレビ番組に出演したとき、司会の加藤氏や自民党議員などからつっこまれました。
「たしかに自衛隊は違憲だという立場ですが、いますぐなくせなんて言っていません。誰もが、憲法どおり自衛隊がなくても大丈夫と思える平和な国際社会をつくろうと言っているんです。」
と共産党の政策を説明しましたが、
テレビを観ていたみなさんは、どんな感想を持たれたでしょう。
実は、テレビで流されたのはごく一部。
収録時間は6時間にも及び、もっと突っ込んだ議論もしたんです。そこであぶり出されたのは、むしろ自民党の矛盾です。
たとえば、タレントのパックンが
「ところで自民党のみなさんは自衛隊は違憲という立場ですか?」と鋭く質問。
それに対して自民党議員は「…合憲です」と必死で説明。
そしたら、パックンに
「え、じゃあ自衛隊がいま合憲なら、あえて9条を変える必要はないじゃないですか?」と返され、
スタジオでも「たしかに!」と声が上がり、自民党議員はタジタジに。
私も「あなたたちこそ矛盾してるでしょう?」声を上げましたが、この場面はあえなくカット。
他にも放送されなかったいろんな“たたかい”はあり・・・
【その1】
「共産党は、憲法ができたとき自衛権がないからといって9条に反対した。なのにいま9条守れと言うのはおかしい」などといってくる自民党議員がいて、
「当時の議事録をちゃんと読んで下さい。自衛権に触れているのは最後の一部分。むしろ、ちゃんと『“他国との”戦争放棄』と明記し、「他国間の戦争に絶対に参加しない」とも記せ、と言っている。その上で、当時の首相が自衛権を否定する発言を行っていたのでそれについて苦言を呈したということ。むしろ、当時から一貫して集団的自衛権を否定しているのが共産党の立場です。」と反論した。でも、この場面もカット。
【その2】
沖縄辺野古の基地建設の話になったとき、
「民意民意と言うけれど、現地の座り込みには住民は参加していない。オール沖縄と言うけど、こないだの総選挙でも4区では負けてるじゃないか」などといちゃもんをつけてくる議員がいて、
「地元の方はいますよ」「なにより、沖縄県知事選でも、地元の名護市長選でも基地建設反対をかかげた県知事、市長が当選している。その民意を、違う、と仰ることこそ違うんじゃないですか?」と反論し、ぐうの音も出なくさせた場面。
これもカットされてしまいました。
ところで、この番組は最後、まるで9条のせいで、海外に派遣された自衛隊が危険にさらされているというような言い方で終わっていましたが、それに対する反論はもっとしっかりやりたかったと思います。
だって、自衛隊員が危険な目にあっているのは9条のせいではなくて、9条に反して海外派遣が強行されているからでしょう?
それに、「9条のおかげで犠牲者ゼロだった」という、イラクに派兵された陸上自衛隊の幹部の方の証言(2007年1月22日の赤旗記事)もあるんです。
http://www.jcp.or.jp/…/aik07/2007-01-22/2007012215_01_0.html
むしろ、9条こそ、自衛隊員や国民の命を守る砦です。
その9条の根幹である9条2項を無効にする安倍政権の改憲が、自衛隊員を含む国民の命を危険にさらすのは間違いありません。
こういう話、もっとスッキリわかりやすく語る力をつけて、「安倍9条改憲NO」の世論を広げたい。
がんばります。

がんばれ、よし子ちゃん。



冷たい雨の一日でした。
モミジが適期だという深山公園を歩いてみました。
これまた、ミーハーの心境です。
































今日はここまでです。

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ママは「FINISHER」(完走者)、の巻 [折々散歩]


今朝は散歩がてら、数キロ離れたドラッグストアまで歩きました。鎮痛貼り薬を買いたかったのです。四十肩でしょうか?(大胆なさば読み!)左の肩、というか腕が、力を入れるとズキンと痛くて動きません。日頃の託児所業務の「ダッコ」作業のせいかもしれません。

そんなわけですから、重いものをもって歩く気はしません。コンパクトデジカメRICOHCX2だけをポケットに入れて歩きました。そんなときに限って、こんな出会いがあります。











もう少し、望遠撮影に適したカメラを持っていたら、と思いますが、諦めるしかありません。

今日は「第3回岡山マラソン」が実施され、フルマラソンのコースが我が家近くを通ります。

三年前の初回大会については、この記事で書きました。

白玉の 歯にしみとほる 出会いかな(意味不明)

 と、突然、こんな方の姿が見えました。
スペシャルアンバサダーとしてこのイベントに参加された、ご存じ有森裕子さんです。

今日、参加者と一緒にコースを走られる予定ということは聞いていましたが、どのあたりの集団で走行されるのか、予測できず、一寸油断した一瞬の出来事でした。
(中略)
有森裕子さんのことを、最初に知ったのはいつだったでしょうか?
あるとき、世間話に「有森さんの娘も頑張ってるなあ」と話題になったことがありました。私は、知らなかったので「?」と尋ねると、「陸上競技でがんばりょうるが」という話でした。
ここでいう「有森さん」というのは、有森茂夫(しげふ)さん。裕子さんのお父さんで、私たちの同業の高校教員でした。
ですからお父さんとはずっと以前から面識がありましたし、お母さんの広子さんも、PTA活動や教育・子育てなどをはじめとする社会的活動に取り組んで来られた方でしたから、承知していたのですが、お嬢さんについてはっきり知るようになったのは、バルセロナオリンピックでの活躍以降のことのように思います。
二度のオリンピックでの活躍の後は、茂夫さんも広子さんも、「有森裕子の父」、「有森裕子の母」という立場で、子育て・教育について講演される機会が増えたように思います。
茂夫さんには、高校教員を退職されて間もない頃でしたか、当時勤務していた学校で図書の係であった私が、思いつきのようにお電話を差し上げて、図書室での講演をお願いし、ひきうけていただいたことがありました。最寄りの駅まで私の車で送り迎えし、その道中、よもやま話に花を咲かせたことを記憶しております。
2008年、七十三歳で他界されたとお聞きし、落胆したのは、それから程なくのことだったと思います。

今年もゲストとして出場されました。

お笑いタレントの小島よしおさんもフルマラソンを好タイムで完走されました。



昨日も書きましたように、大阪に住む孫のママがフルマラソンを走りました。父娘そろって沿道に並んで応援する予定でしたが、風邪のため来られなくなりました。ママ一人、岡山市在住の妹さんのもとに宿泊し、予定通り走るので、一族みんなで応援したいところでしたが、こちらの小4生も発熱、バアバもパートの仕事と、不都合が重なり、交通規制の網の目をかいくぐって応援に駆けつけた長女と一歳児と私の三人で応援することにしました。



この地図で、折り返し点となっているあたりです。

沿道は大勢の観客で一杯です、







こののぼり旗に書いてある「西高崎」という地名は、これらの記事でも話題にしたことがありました。

縁は異なもの、の巻(3)高崎という地名
ムルデルの樋門など、ご近所の干拓遺跡、の巻

ゼッケン番号を入力すると、5kmごと、中間点及びフィニッシュの通過タイムを教えてくれるインタネットサービスがあります。それを参考に、もうそろそろかと待ち構えて、ランナーの顔を一人ひとりしらみつぶしに確認したつもりですが、見つかりません。

レースそっちのけで、マイペースの遊びに興じる一歳児の動きに気を取られ、すきがあったかもしれません。



大阪で留守番をしているパパの元に、折り返し地点は無事通過したという知らせがスマホであったらしく、うっかりすれ違ってしまったようでした。せっかく一眼カメラに望遠ズームレンズを装着して待ち構えていたのですが、待ちぼうけでした。すごすごと引き揚げ、時々ネット情報をチェックしながら健闘に思いを馳せました。

初めての挑戦でもあるし、折り返し地点までは何とかがんばる、というのが当初の抱負でしたが、見事折り返し地点を突破しただけでなく、30km地点を越え、終盤最大の難関、岡南大橋の上り坂もクリアーして、見事完走でした。すごい。



抜けるような青空が、栄光を称えているようでした。



完走証と
「FINISHER」(完走者)

「FINISHER」(完走者)

備前焼の「FINISHER」(完走者)メダルの写真を添えて、「これから大阪に向かって帰ります」というメールをくれました。お疲れ様でした。

今日はここまで。

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11日の菊、の巻 [折々散歩]

藤沢周平の作品に「六日のあやめ」という作品がある、と何度か授業で口に出した記憶があります。いま、ふとした機会に、それがとんだ勘違いだったことに気づきました。
藤沢周平ではなく、山本周五郎でした(汗!)。藤沢周平を初めて読んだとき、ああ、これは周五郎だな、と思ったものでした。それ以来二人の作品が記憶の中でごちゃごちゃに入り交じってしまい、時とともその度が進んでいます。さらに、念が入ったことに、「六日のあやめ」ではなく、「四日のあやめ」でした(汗!汗!)
私が「六日のあやめ」という故事成語を知ったのは、この周五郎作品によってだったと記憶しています。
ちなみに、 大辞林 第三版の解説によりますと、こんな風に書いてあります。

むいかのあやめ【六日の菖蒲】
〔菖蒲は五月五日に使うもので、六日では遅いということから〕
時期後れで役に立たないこと。このあと、「十日の菊」と続けても言う。六日のしょうぶ。のちのあやめ。 「今更どのやうにお詫をしたとて、-、十日の菊/当世書生気質 逍遥」

周五郎「四日のあやめ」は、逆に、必要以上に先走る不適切さをなぞらえました。

四日のあやめ (新潮文庫)

四日のあやめ (新潮文庫)

  • 作者: 山本 周五郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1978/08/29
  • メディア: 文庫

新潮文庫の作品案内には、「武家の法度である喧嘩の助太刀のたのみを、夫にとりつがなかった妻の行為をめぐって、夫婦の絆とは何かを問いかける『四日のあやめ』」云々とあります。
夫の五大主税介(ごだいちからのすけ)と兄弟同然に仲の良い深松伴六が、私闘への加勢を依頼に来たことを、妻の千世(ちよ)は夫に伝えませんでした。争闘が終わった後でそれを知った夫に理由を問われた千世は、「申し上げればきっと大洲へいらっしゃる、それでは私闘になるし、私闘は御法度だから、あとでどんなお叱りをうけてもここは黙っていよう、そう思ったのでございます」と答えます。
助太刀をしなかった主税介の態度は、当初は、「神妙である」と評価されもしますが、次第に卑怯扱いされ非難と嘲笑の目にさらされることになります。
事件から一年が過ぎたある日、千世の兄江木重三郎が訪ねてきて、「みんなが命を賭して斬りむすんでいるとき、五大主税介ひとりは家にいた、みんなが傷ついたり斬り死にをしているとき、五大主税介ひとりは安閑と家にいたのだ」と責め、「千世を伴れて帰るから離別してくれ」と告げます。
千世はそこで真実を打ち明け、「本当のことを云わせて頂きます、お兄さま、あの朝、深松さまの知らせを聞いたのはわたくしです、主人は何も知りません、わたくしが聞いて、そのまま取次がずにいたんです」
そして主税介に、「旦那さま、わたくし正直に申します、本当はみれんな気持ちからでした、あなたにもしものことがあってはいけない、危ない場所へはやりたくない、ただそう思う気持ちでいっぱいでした。わたくしにはあなたが大事でした、いつもお側にいたい、いつまでも、・・・・・どんなものにも代えることはできない、ほかのことはどうなってもいい、夢中でそう思って黙っていたのです」
「世間の悪い評判を聞き、あなたがじっとこらえていらっしゃるのを見て、自分のしたことがどんなに悪かったか、どんなに取返しのつかないことだったかということが分かりました。わたくし、いつ離別して頂こうかと、ずっと、そればかり考えていたんです」
主税介は言います。
「千世が黙っていたのは正しかった」「考えてみろ、江木・・・・・あのとき千世が取次いだらどうなったと思う」「おれはもちろん大洲へ駆けつけただろう、いばるようだがおれの隈江流は多仲より下ではない、おれがいて多仲がいて、みんな決死でやったとすれば、死傷者の数はあんな程度では済まなかった」「あの程度で済んだからこそ、寛大な御処置にもなり、今日の祝宴も開けたのだ、それは千世が黙っていてくれたからだ」
「おれは悪評されだしてからだいぶ成長した。これまで褒められてばかりいたし、江木にも古武士の風格があるなどと云われて、自分では気づかずにいいつもりでいた。だが、悪く云われだしてから初めて、その『いいつもりでいた』自分に気が付いた。それだけでも成長だし、これからも成長するだろう、悪評の続く限りおれは成長してみせるよ」
ところで、さだまさしさんの曲に「六日のあやめ」がありました。

子供の頃から 遅れて咲いていた
六日のあやめと 笑われて泣いた
遅れまいとしたら 転んで怪我をした
十日の菊と あきらめて泣いた
やっと大人になったのに
変らないのが悲しくて
そうつぶやいたらあなたは
遠くを見ながら笑った
遅れて咲いても 花は花
実らなくっても 恋は恋
叶わなくっても 夢は夢
届かなくっても 愛は愛
ほら 一番星みつけた

この歌詞にもあるように、「六日のあやめ」は、「十日の菊」とセットで用いられることが多いです。

 とおかのきく【十日の菊】
〔菊は九月九日の節句の花であることから〕
時期後れで役に立たないもののたとえ。のちのきく。 「六日の菖蒲あやめ-」

ろくしょうじっきく【六菖十菊】
〔菖蒲は五月五日の端午の節句に、菊は九月九日の重陽の節句に必要とされるところから〕
時機に遅れて役に立たないことのたとえ。六日の菖蒲あやめ。十日の菊。

9月9日、重陽の節句については、何度も書きました。
最初に書いたのはこの記事でしょうか
重陽の節句あれこれ。最後は酒の話。(2013-09-09)



と、この辺りまで書いてきて、この記事を発見しました。
めづらしき二十五日の聖菓かな

 「六日の菖蒲、十日の菊」ということわざがあります。
菖蒲は、「ショウブ」とも読みますが、このことわざでは「むいかのあやめ」と読むのが一般でしょう。
五月五日の端午(たんご)の節句には菖蒲を、九月九日の重陽(ちょうよう)の節句には菊を飾ります。重陽の節句については、過去にこの記事この記事で蘊蓄を傾けたことがありました。
節句に一日遅れた五月六日の菖蒲、九月十日の菊では、時機に遅れて役に立ちません。「十日の菊六日の菖蒲」ともいい、時機に遅れてしまったことをたとえて言います。類義語に「後の祭り」「証文の出し遅れ」などのことばもあります。
そういえば、「後の祭り」の類義語について、この記事でも書きました。ところで、ふと思い出しましたが、山本周五郎の短編に、「四日のあやめ」という作品があります。
武士には御法度の私闘の助太刀のたのみを、夫にとりつがなかった妻。そのため夫が受ける精神的な苦痛と、夫婦の情愛の機微が描かれます。五日に必要なあやめを、早手回しに四日に用意する妻の先走り。しかしそこにあるのは、夫への、切実な慈しみの想いでした。
 千世の喉を嗚咽が塞いだ、しかし彼女は続けた、
「わたくしにはあなたが大事でした、
 いつもお側にいたい、いつまでも、
 ・・・・・・どんなものにも代えることはできない、
 あなたが御無事でいて下さりさえすれば、ほかのことはどうなってもいい、
 夢中でそう思って、それがみれんだとは気づかすに黙っていたのです」
「それでいいんだ千世、それでよかったんだよ」

こんな記事を書いたことすら忘れていました。
 「六日の菖蒲、十日の菊」 という故事成語を思い出したのは、先日半田山植物園を散歩して、いろいろな菊を見たことと、この木の実が重陽の節句を連想させたからでした。





サンシュユ(山茱萸)の実です。
古く中国では9月9日の重陽の節句には、茱萸(しゅゆ)の枝を髪に挿し、高い丘に登る(登高)という風習があったことを、この記事で書いています。
重陽の節句の蘊蓄(第二回)、の巻

 「菊は霊薬といわれ,延寿の効があると信じられ,この日,菊酒を飲むことも行われた。また,茱萸(しゆゆ)(カワハジカミ)の袋を柱に菊とともにつけ,悪気を払う風習もあった。5月5日の薬玉を,この日に茱萸袋ととりかえるのが平安時代の後宮で行われている。」とあるそうです。
「カワハジカミ」というものの実物を、私は知りません。
「薑(ハジカミ)」は、辞書には、
・「ショウガ」の古名、
・少し茎をつけたままの若いしょうがを軽くゆでて塩を振り、甘酢に漬けたもの。
・「山椒(サンショウ)」の別名。
などと解説されています。
また「川薑(カワハジカミ)」は、
1 ゴシュユの古名。〈和名抄〉
2 サンショウの別名。
とあります。
「ゴシュユ」は、「呉茱萸」で、ミカン科の薬用植物だそうです。
一方、「茱萸」がつく植物に「山茱萸(サンシュユ)」があります。ミズキ科の植物で、葉、花、実ともに、他のミズキの仲間とよく似ています。

というわけで、このサンシュユ(山茱萸)は、ハジカミ=ゴシュユ(呉茱萸)とは別物でしたね。
「タイミング遅れ」のついでに、10月に写した半田山植物園の花だよりの続きをお届けします。











白花ネムノキ。

赤花ネムノキ。




パラグアイオニバス。












コダチチョウセンアサガオ(エンゼルストランペット)




道に転がるドングリ。クヌギでしょうか?





今日のオマケは、夜の菊。今日の菊すなわち11日の菊です。モノクロ加工しています。

昨夜からの雨で、今朝は冷え冷え。昼間は、日射しはありましたが、冷たい木枯らしが強く吹いて、外出には不向きな一日でした。
小学生の音楽発表会があって、私も見学に行き、元気に頑張っているところを写真に撮りました。が、午後から、小4男子が、発熱。38度を超えたそうです。昨日も夜までサッカーを頑張ってきたのですが、寒さにやられたでしょうか?
明日は、岡山マラソンというイベントがあって、大阪の4歳の孫娘のママがフルマラソンを走る予定にしており、明日は、パパと孫娘と、そのいとこたちみんなで一緒に応援する予定でした。が、その孫娘も発熱で、来られなくなりました。だんだん良くはなっているようですが、長旅はかわいそうですので、仕方ありませんね。
今日はこれにて、、。

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霜月十日霜の朝、の巻 [折々散歩]

今日は霜月十日。
この季節、名に背いて、霜にはまだ早いといつも思うのですが、今朝は、、。


霜の朝でした。
こんな歌が思い浮かびます。

 心あてに 折らばや折らむ 初霜の  おきまどはせる 白菊の花 
         凡河内躬恒(29番) 『古今集』秋下・277
【解釈】
もしも手折るとしたら、当て推量で手折ることにしようかなあ?真っ白な初霜が降りて、それと見分けがつかなくなっている白菊の花を。

これは白菊ではなくて、白鷺ですがね。



白菊も咲いていたのですが、写しそびれました。
黄色い小菊。


桜モミジと紫色の小菊。


霧深い朝でした。













日の出のようす。







太陽の別名を天道(テントウ)といい、その太陽を目指して飛ぶからテントウムシと名付けられたという趣旨の文章を、先日留学生と読みました。

今日の写真は、コンパクトデジカメCX2で写しました。散歩カメラとして、軽くて快適です。
午後、PENTAXK5Ⅱ+AFAD+BORG60EDをリュックに背負い、FUJIFINEPIXS1を手に持って散歩しました。さすがに重いです。でも、やはり
撮影の喜びは大きいです。
とっさに飛び立った鳥を捕らえることができたりすると嬉しいです。

トリミングしてみます。

日射しが強く、上着を脱いでもセーターを脱いでも、ぐっしょり汗をかきました。
今日はここまでです。

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サヨリのち雨、の巻 [折々散歩]

最近ちょっと忙しく、ブログの更新も愛読ブログへのご訪問も滞っています。
退職後、臨時採用で週何時間かの非常勤アルバイトをしています。今年の4月からは、週2回の勤務です。それで一週間の生活リズムをつくってきたのですが、ここのところ、臨時で(もともと臨時ですが)、週一日勤務日が増えました。それ以外にもう1時間。骨折入院の方のピンチヒッターです。
わずか数時間の変化ですが、それなりに適応にエネルギーが必要です。
そんななか、昨日の日中は、仕事からも家事・育児からも自由な時間がありましたので、M師のお誘いを受けてサヨリ釣りを楽しんできました。M師は私にとっては鳥見、鳥撮りの師であり、そのほかいくつもの分野についての師でありますが、このサヨリ釣りの師であることも特記しておかねばなりません。
朝は、5℃、6℃という冷え込みで、深い濃霧が覆っている状態でしたが、釣り場につく頃は上天気。着込んできた服を次々に脱がなければ汗をかくような、強い日射しでした。海は波もなく、銀色の細いサヨリの魚影が、上からはっきりと確かめられるほどの穏やかさです。



私自身もほどほどに釣れて、しっかり楽しませていただきましたし、帰り際にM師がひとつかみ、お土産に私のクーラーボックスに釣り果をわけてくださいました。



早速唐揚げにして美味しくいただきました。
うって変わって、今日は雨。仕事から帰って。傘を差して散歩しました。思いの外気温は高く、汗をかきました。
コスモスがまだ咲いています。

季節はずれの野生の小さな朝顔も。



これはなんでしょう。




同じような場所によく似た姿で生えていますが、こちらは?



どちらもセンダングサのなかまでしょうか?
葉っぱがセンダン(栴檀)の木の葉と似ているから名付けられたと言います。
これがセンダンの葉。

まだ青いセンダンの実に雨の雫。

ブログを始めたばかりのころ、こんな記事を書きました。
栴檀の枝あたりまで溢水す   透

 栴檀(センダン)は、オウチとも呼ぶ。樹勢強く、10m、以上の喬木となって枝葉を茂らせる。通行人に木陰を提供するために、全国各地の街道端や、農地の畦などに植えられていたという。
夏には青い実がなり、秋・冬にはそれが黄色く色づいて、小鳥たちに貴重な食糧を提供する。

私の毎日の散歩コースにも、何本も植えられていて、四季折々に装いを変える。
(中略)
「栴檀は双葉より芳し」と中国のことわざに言う香木の栴檀は、別種だそうだが、誤解に基づくにせよ、その名前自体に、芳香を放つ香木というイメージがそなわっている。この 句は、洪水による浸水で,岸辺の栴檀の枝までが川水に洗われたという実景を詠んだ。烈々たる水しぶきを浴びて、栴檀の枝葉全体が、あたり一面に芳香を放っている様を想像していただけるとありがたい。



兼愛では比較的暖かくて稲刈りの時期が遅い当地でも、稲の刈り入れが進んでいますが、まだ刈り残された田圃もあちこちに見受けます。台風の影響でなぎ倒された状態で、しばらくそのままに放置されている場所もありますし、苦労して稲を抱き起こしながら一定の範囲を手刈りし、後はコンバインを乗り入れて稲刈り作業をする姿を最近、よく見かけます。

ダイサギも、農作業を見守っています。

雨と霧に煙る倉敷川下流の情景。鴨の群れが数を増してきています。



このような用水路にも秋の風情を感じます(立冬を過ぎましたから冬というべきでしょうか?)




ピラカンサが見事に色づいています。

今日の散歩は、割り切って、ポケットに入る文字通りのコンパクトカメラを持って出ました。RICOH CX2です。
久々の使用ですが、軽快で散歩が楽しくなります。写真撮影の醍醐味は、、、「それなり」というところですが、28mm~300mm相当というズームが効き、マクロ撮影も頑張っています。晴れて光量のある撮影条件なら、満足度がさらに上がるかも知れません。
今日はこれにて。

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何故(なぜ)卿(おまへ)はロミオぢゃ!の巻 [折々散歩]

賽の河原の小石積みを続けます。
書きかけていた記事は、半田山植物園の花だよりです。
ところで、近年、孫たちの要望で、NHKEテレにちゃん縁るを会わせる機会が多く、何気なく見ていると、時々興味深い番組があります。この「にほんごであそぼ」等はその最たるものです。
HPによると、そのコンセプトをこんなふうに紹介しています。

 2歳から小学校低学年くらいの子どもと親を対象に制作しています。番組を通して、日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら『日本語感覚』を身につけてもらうことをねらいとしています。それが、コミュニケーション能力や自己表現する感性を育てると考えるからです。狂言の「型」など日本の伝統芸能の手法を取り入れつつ、子ども番組ならではの演出も最大限に活かしています。

十月に放送されていた番組に、こんなものがありました。

10月12・16日(木)の放送内容を拡大してみます。

シェークスピア「ロミオとジュリエット」中の名セリフを、文楽で演じます。しかも坪内逍遙訳ときては、遊び心満載です。
ずっと以前、「ロミオとジュリエットの演劇を見て、こんな記事を書きました。
お名前は? ロミオかバラか白加賀か?(2014-03-19) 

  ところで、「ロミオとジュリエット」といえば、舞踏会の夜のバルコニーの場面で、ジュリエットが口ずさむ「ロミオロミオ、あなたはなぜロミオなの?」という名セリフが、おなじみですよね。
昨夜の舞台を観て、改めて気づいたことがありました。
バルコニーの場面の英語原文と、元ジャパンタイムスの編集局長伊藤サムさんの訳が、このページに載っていますので無断で引用させていただきます。

JULIET: O Romeo, Romeo! wherefore art thou Romeo?
Deny thy father and refuse thy name;
Or, if thou wilt not, be but sworn my love,
And I'll no longer be a Capulet.
(あぁロミオ、ロミオ! どうして貴方は<わが一族の敵である>ロミオなの?
貴方の父を否定し、名前を拒否してくださいな。
お嫌ならば、私への愛を誓ってくだされば、
私はもうキャピュレットではありませんわ)

近くに隠れていたロミオは、迷います。
ROMEO: Shall I hear more, or shall I speak at this?
(もっと聞こうか、それとも返事をしようか?)

JULIET: 'Tis but thy name that is my enemy;
Thou art thyself, though not a Montague.
What's Montague? it is nor hand, nor foot,
Nor arm, nor face, nor any other part
Belonging to a man. O, be some other name!
What's in a name? that which we call a rose
By any other name would smell as sweet.
(私の敵なのは、貴方の名前だけ。
貴方は貴方、モンタギューではなくても。
モンタギューって何? 手ではないし、足でもないし、
腕でも、顔でも、その他の体の部分でもない。
あぁ、他の名前になって!
名前には、何があるというの? 私たちがバラと呼ぶものは、
他のどんな名前で呼んでも、同じように甘く香るわ)

元群馬県立女子大学教授の戸所 宏之 様の 「シェークスピア戸所研究室」というサイトのこの記事が非常に参考になりましたので 無断でリンクを張らせていただきます。
そこでも紹介してありましたが、坪内逍遙の訳は興味深いです。同じ大時代なら、いっそ、これでいかが?青空文庫から引用してみます。

 坪内逍遙訳
ヂュリ おゝ、ロミオ、ロミオ! 何故(なぜ)卿(おまへ)はロミオぢゃ! 父御(てゝご)をも、自身(じしん)の名(な)をも棄(す)てゝしまや。それが否(いや)ならば、せめても予(わし)の戀人(こひゞと)ぢゃと誓言(せいごん)して下(くだ)され。すれば、予(わし)ゃ最早(もう)カピューレットではない。

ロミオ (傍を向きて)もっと聞(き)かうか? すぐ物(もの)を言(い)はうか?

ヂュリ 名前(なまへ)だけが予(わし)の敵(かたき)ぢゃ。モンタギューでなうても立派(りっぱ)な卿(おまへ)。モンタギューが何(なん)ぢゃ! 手(て)でも、足(あし)でも、腕(かひな)でも、面(かほ)でも無(な)い、人(ひと)の身(み)に附(つ)いた物(もの)ではない。おゝ、何(なに)か他(ほか)の名前(なまへ)にしや。名(な)が何(なん)ぢゃ? 薔薇(ばら)の花(はな)は、他(ほか)の名(な)で呼(よ)んでも、同(おな)じやうに善(よ)い香(か)がする。ロミオとても其通(そのとほ)り、ロミオでなうても、名(な)は棄(す)てゝも、其(その)持前(もちまへ)のいみじい、貴(たふと)い徳(とく)は殘(のこ)らう。……ロミオどの、おのが有(もの)でもない名(な)を棄(す)てゝ、其代(そのかは)りに、予(わし)の身(み)をも、心(こゝろ)をも取(と)って下(くだ)され。

 もう少しオーソドックスな、中野好夫さんの訳が、新潮文庫『ロミオとジュリエット』にあります。

ジュリエット「ああ、ロミオ様、ロミオ様! なぜあなたは、ロミオ様でいらっしゃいますの? お父様と縁を切り、家名をお捨てになって! もしもそれがお嫌なら、せめてわたくしを愛すると、お誓いになって下さいまし。そうすれば、わたくしもこの場限りでキャピュレットの名を捨ててみせますわ」
ロミオ「 黙って、もっと聞いていようか、それとも声を掛けたものか?」
ジュリエット「わたくしにとって敵なのは、あなたの名前だけ。たとえモンタギュー家の人でいらっしゃらなくても、あなたはあなたのままよ。モンタギュー ――それが、どうしたというの? 手でもなければ、足でもない、腕でもなければ、顔でもない、他のどんな部分でもないわ。ああ、何か他の名前をお付けになって。名前にどんな意味があるというの? バラという花にどんな名前をつけようとも、その香りに変わりはないはずよ。ロミオ様だって同じこと。ロミオ様という名前でなくなっても、あの神のごときお姿はそのままでいらっしゃるに決まっているわ。ロミオ様、そのお名前をお捨てになって、そして、あなたの血肉でもなんでもない、その名前の代わりに、このわたくしのすべてをお受け取りになって頂きたいの」

新潮文庫 『ロミオとジュリエット』シェークスピア作 中野好夫訳

さて、いずれの訳をとるにせよ、「昨夜の舞台を観て、改めて気づいた」というのは、このセリフの説得力。

What's in a name? that which we call a rose
By any other name would smell as sweet.

 「名前に何の意味があろう、バラは、ほかのどんな名前で呼んでも、甘く香るだろう。」
実体こそがものの本質で、名前はうわべを飾る外套に過ぎない、、ということでしょうか?

たまたま最近、「名付け」の持つ世界認識のちからを話題にしただけに、それと相反するようなこの警句は、ちょっとタイミングがよくて、面白く思えました。



  昨日は、梅雨の合間の薄曇りの一日、岡山市の半田山植物園を歩いてみました。
季節の花が目を楽しませてくれましたが、今日はバラの花をアップします。
ところでバラの花といえば、以前書いたこの記事のように、シェークスピア「ロミオとジュリエット」の、このセリフを想起させます。(中略)
ところで、昨年の定年退職以降の、生活習慣の変化の一つは、「朝ドラ」を観るようになったことです。「あまちゃん」の頃はまだその習慣はありませんでしたが、「ごちそうさん」を何となく観はじめ、「花子とアン」に続いています。今年は4月から、週三日のアルバイト生活に入っていますが、出勤時間には余裕があって、ほぼ欠かさず観ることが出来ます。朝観られなくても、録画というものもありますし。
その「花子とアン」で、はなが女学校の文化祭に「ロミオトジュリエット」のシナリオ・演出を引き受ける一場面がありました。
その一こま(第26話)。
「ロミオ・モンタギュー、あなたの家と私の家は互いに憎しみ合う宿命 …
その忌まわしいモンタギューの名前をあなたが捨ててくださるなら、私も今すぐキャピレットの名を捨てますわ」
「名前が何だというのであろう ~ ロミオの名前を捨てたところで私は私だ!」
「ええ、バラはたとえほかのどんな名前でも、香りは同じ … 名前が何だというのでしょう?」

というシェークスピアのセリフが、はなには納得できず、

「もしバラがアザミとかキャベツなんて名前だったら、あんな素敵に感じられるかしら?私のお父が吉平ではなく権兵衛って名前だったら、お母は好きになってるかしら?」
と、思案します、とはいえ、にわかに書き直すいとまもなく、時間をせかされて、稽古を続けていたところ、
ロミオ訳の醍醐亜矢子の、
「名前が何だというのであろう ~ ロミオの名前を捨てたところで私は私だ!」
のセリフを受けて、
ジュリエット役の葉山凛子(白蓮さん)が、即興でセリフをこう改変したのでした。
「ロミオ様、それはどうでしょうか …
もし、バラがアザミやキャベツという名前だったら、同じように香らないのではありませんか?
やはり名前は大事なものです」
ネット情報によると、このセリフは、本家本元モンゴメリの「赤毛のアン」のエピソードらしい。「赤毛のアン」のシリーズはもちろん、大昔、好んで読みましたが、ディテールは忘れておりました。

「そうかしら」アンは思いに耽った顔をした。「薔薇はたとえどんな名前で呼ばれても甘く香るって本で読んだけれど、絶対にそんなことはないと思うわ。薔薇が薊(あざみ)とか座禅草(スカンク・キャベツ)とかいう名前だったら、あんないい香りはしないはずよ」(第五章「アンの生いたち )

名前は大事というのは、「アン」自身もこだわったことのようでした。
ところで、このバラの名前ですが、半田山植物園には品種名の表示がされていて、いずれ劣らぬ尊いお名前。一応はメモって帰ったのですが、画像と対照する手間に耐えられず、赤いバラ、黄色いバラ、ピンクのバラ、白いバラと呼ばせてもらいます。あしからず。


過去記事の2番煎じになりますが、先日訪ねた半田山植物園のバラを、またまたご紹介します。















































































第16代アメリカ合衆国大統領の名を冠したこのバラ。高潔で気高い、端正な美しさが際立ちます。
来日中のトランプ氏は、はるか後輩に当たる第45代大統領だそうですが、その名で呼ぶべきような、どのようなバラが存在しうるだろうかと考えてみて、滑稽かつおぞましい思いに囚われたことでした。
今日はここまで。

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賽の河原の小石積み、の巻 [折々散歩]

昨日ほとんど書き終えていた記事が、最後の詰めのところで編集ソフトがフリーズし、何十分待っても回復しないままPC自体が使えなくなったので、業を煮やしてタスクマネージャーを使って強制終了しました。賽の河原の石積みさながらに、また、ゼロから積み上げるのかと思うとがっくりして、さっさと寝てしまいしました。
ちなみに「賽の河原」について、小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)はこう解説しています。

 賽の河原さいのかわら
親に先だって死んだ子供が苦を受けると信じられている冥土(めいど)にある河原。西院(さいいん)(斎院)の河原ともいう。ここで子供が石を積んで塔をつくろうとすると、鬼がきてそれを崩し子供を責めさいなむが、やがて地蔵菩薩(じぞうぼさつ)が現れて子供を救い守るという。このありさまは、「地蔵和讃(わさん)」や「賽の河原和讃」などに詳しく説かれ、民衆に広まった。賽の河原は、仏典のなかに典拠がなく、日本中世におこった俗信と考えられるが、その由来は、『法華経(ほけきょう)』方便品(ほうべんぼん)の、童子が戯れに砂で塔をつくっても功徳(くどく)があると説く経文に基づくとされる。また名称については、昔の葬地である京都の佐比(さい)川や大和(やまと)国(奈良県)の狭井(さい)川から出たという説、境を意味する賽から出たという説などがある。[松本史朗]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

先日、台風22号のさなかに訪ねた広島・帝釈峡にも、賽の河原洞という鍾乳洞があるそうです。

「賽の河原洞」は、観光マップの上の方、「帝釈峡」の名前の由来となった帝釈天を祀っている永明寺の、すぐ上流部にあります。ただ、今回のツアーでは、帝釈第2駐車場から南へ雄橋まで歩いて往復するコースで、永明寺方面まで足を伸ばすことはしていません。
でも、雄橋のほとりには、こんな石積みが無数にありました。賽の河原の石積みと、無縁ではないかも知れません。





昔この地に住む鬼たちが、競い合って橋を作り、雄橋をつくった鬼が勝ち、雌橋をつくった鬼が負けたと言い伝えられています。付近には、鬼の唐門、鬼の供養塔、鬼の岩屋など、鬼に縁のある墓所がいくつもあります。鬼の岩屋には、心優し鬼たちが暮らしていたという言い伝えもあるそうです。心優しい鬼は、幼子が積んだ小石の塔を壊すことをせず、そのまま残したのかもしれません。
(こちらのhpを参考にさせていただきました↓)
http://www1.plala.or.jp/CUE/cave_00.html#HIROSIMA

一方私の方は、もう一度小石を積み上げる気力が、まだまだ回復しそうにありませんので、今日は脱線したまま復旧せず、ということで、あしからずごめんください。
今日は自転車で走り、出会った鳥を写しました。
PENTAXK10D+kenko500mmミラー-レンズ)。
ピントあわせに難儀します。
ジョウビタキ♂(トリミング)



ジョウビタキ♀
ミラーレンズ特有のリングボケ・・少々うるさいですね。

FUJIFINEPIXS1も持って出ました。
ジョウビタキの個体数が例年より多いという情報もありますが、どうもそのようです。



ムクドリ。



コガモ。

冬の鳥が

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半田山植物園で色鉛筆野鳥画展を見る、の巻 [折々散歩]

先週、半田山植物園を訪ねたのは、実に二年ぶりでした。

まさか、わずか一週間ほどの間にもう一度訪ねようとは、さすがに思いもかけませんでした。

M師ご夫妻から、こんな案内はがきをいただきました。



開催期間 2017年11月2日(木)〜2017年11月5日(日)

会場 半田山植物園展示ホール

受付で、こんな絵はがきをくださいました。



この岡山動物画の会を指導されているの、野生動物画家・野生動物調査士 越山洋三さんの名刺の裏にはこんな絵が印刷されていました。、



エサをたべるツグミの精細な写生です。

会場には、越山さんのこんな絵も展示されていました。



「会」の方たちの、素晴らしい色鉛筆画が、沢山展示してありました。

これは、M師の奥様が描かれたヒクイナの親子です



そして、これはタマシギの親子です。



そう言えば、以前、M師に教えられて、この記事でタマシギの親子を撮影しました。

単刀直入、の巻



他にも素晴らしい作品がズラリ。。

撮影を遠慮していましたが、こんな掲示を見つけました。



「ネットにアップし大いに宣伝してください」とあります。すべての作品をご紹介したいのは山々ですが、それでは一度では終わりそうにありません。

この、トビの絵だけご紹介させていただきます。小学6年生の作品だそうです。



この作品展をじっくり堪能して、せっかくですから、植物園の中にも入営しして楽しむことにしました。前にも書きましたように、六五歳以上の特典を受けられる「シルバーカード」を。今日も持参していました。これで入園料が無料となります。

ところが、入り口には、「本日は無料開演日」と表示がありました。



道理で、駐車場が満杯でした。いつもの閑静なたたずまいとはうって変わって、入り口あたりから家族連れらしい人の姿で賑わっています。



おや、なんという失敗。露出を間違えてしまいました。ダイアルがM(マニュアル)になっていたらしいです。それと、あと、動画に設定した画像が何枚か撮影されていました。

とんだお笑いぐさで、今日の記事はここまでといたします。

続きは次回に譲ります。
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