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フカヤマと書いてミヤマです、の巻 [折々散歩]

昨日の記事にこう書きました。

フカヤマと書いてミヤマです。---「99.9」という題名の人気ドラマの主人公深山弁護士のセリフです。小学生の子どもたちがなぜか気に入って、録画を何度も何度も繰り返し見ていますので、自然と記憶に残ります。

法廷を扱ったドラマと言うと、古典的なものでは、まずなんと言っても「12人の怒れる男」を思い出します。

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  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
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amazonのコマーシャルコピーを引用します。

商品の説明
内容紹介
殺人事件の審議を巡る陪審員達の手に汗握る法廷劇の傑作!

<キャスト&スタッフ>
8番陪審員…ヘンリー・フォンダ(内田 稔)
1番陪審員…マーティン・バルサム(峰 恵研)
3番陪審員…リー・J・コップ(宮川洋一)
10番陪審員…エド・ベグリー(金井 大)
4番陪審員… E・G・マーシャル(鈴木瑞穂)

監督:シドニー・ルメット
製作:ヘンリー・フォンダ/レジナルド・ローズ
脚本:レジナルド・ローズ

●字幕翻訳:進藤光太 ●吹替翻訳:平田勝茂

<ストーリー> 17歳の少年が起こした殺人事件に関する陪審員の審議が始まった。誰が見ても彼の有罪は決定的であったが、一人の陪審員は無罪を主張。そして物語は思わぬ展開に!

<ポイント>
●社会派シドニー・ルメットが放つ、法廷サスペンスの代表作。
●「細部にいたるまで完ぺき」と絶賛された、主演のヘンリー・フォンダをはじめとするキャスト陣の演技が見もの。
●日本語吹替音声計約95分収録。※現存するテレビ放送当時のものを収録しております。一部吹替の音源がない部分は字幕スーパーとなっております。

ところで、この作品については、以前、こんな記事を書きました。
半田山植物園のバラの巻(3)

品種名「ヘンリーフォンダ」

半田山植物園のバラ ヘンリーフォンダ

半田山植物園のバラ ヘンリーフォンダ posted by (C)kazg

半田山植物園のバラ ヘンリーフォンダ
半田山植物園のバラ ヘンリーフォンダ
 posted by (C)kazg

半田山植物園のバラ ヘンリーフォンダ
半田山植物園のバラ ヘンリーフォンダ
 posted by (C)kazg

ヘンリーフォンダについては、この記事でネタにしました。その時、映画「逃亡者」のDVDを紹介しましたが、子どもの頃、テレビで見た連続ドラマ「逃亡者」の映画版かと独り決めしていましたが、全く別の作品だったようです。
テレビ版では、毎回冒頭に語られるナレーション、「リチャードキンブル。職業医師。正ししかるべき正義も、時としてめしいるときがある。」なんてセリフを、子どもたちは競って覚えたものでした。
「め しいる」が、「盲いる」だと気づいたのは、ずっと後になってからですが、「正しかるべき正義」などという、かっこいいフレーズ、いつまでも耳に残っていま す。デビッド・ジャンセン主演の、この1960年代のテレビ連続ドラマ「逃亡者」が映画にリメイクされたのは、1993年で、主演はハリソン・フォード だったそうです。
それとは異なって、ヘンリーフォンダ主演の映画「逃亡者」は、ジョン・フォード監督で、1947年制作。禁酒とカトリック追放が 叫ばれていた1930年代のメキシコ。逃亡中の司祭が、国外脱出を目前にして、一人の少年の願いを聞いたことで捕らえられてしまう、、、というサスペンス ドラマ。だそうで、これは私まだ見ていません。
彼の出演作品は、私の知っているものだけでも、『怒りの葡萄』『荒野の決闘』『アパッチ砦』など、数々ありますが、肝心な作品を忘れてました。
『十二人の怒れる男』の陪審員8番が、彼でした。
例によって、ウィキペディアの説明をお借りしますと、こうあります。
父 親殺しの罪に問われた少年の裁判で、陪審員が評決に達するまで一室で議論する様子を描く。法廷に提出された証拠や証言は被告人である少年に圧倒的に不利な ものであり、陪審員の大半は少年の有罪を確信していた。全陪審員一致で有罪になると思われたところ、ただ一人、陪審員8番だけが少年の無罪を主張する。彼 は他の陪審員たちに、固定観念に囚われずに証拠の疑わしい点を一つ一つ再検証することを要求する。陪審員8番の熱意と理路整然とした推理によって、当初は 少年の有罪を信じきっていた陪審員たちの心にも徐々にある変化が訪れる。 
実 はこの作品、若い頃から、ビデオで何度かは見てますが、夜間定時制高校に勤務していた頃、文化祭の教員劇で、若い同僚がアレンジして脚本化して、私が陪審 員8番を演じたことがありました。(おはずかしい)長いセリフが覚えられず、カンニングしっぱなしでしたが、こんな長々しいセリフ劇を、生徒達は、騒ぎも せず見てくれました。懐かしい記憶が、今蘇りました。

大岡昇平原作の「事件」も、読み応えのある、印象深い作品でした。(映画やドラマにもなったそうですが、記憶にありません)。

事件 (創元推理文庫)

事件 (創元推理文庫)

  • 作者: 大岡 昇平
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/11/22
  • メディア: 文庫

一つ一つの事実を地味に積み上げていくことで、予断と偏見を覆していく、こうした正攻法のシリアスドラマに比べると、「99.9」というドラマは、オチャラケと本筋離れの息抜きを随所に盛り込んだ味付けが、ギャグコミック的なテイストを呈しており、私などの年配者には少々鼻につく印象をぬぐえませんが、しかし大筋は法廷ドラマの王道を踏んでいる点に好感を覚えました。
「事実は一つ」という信念で、有罪率99.9%の壁を覆して無実を明かしていく主人公(たち)の奮闘は、すがすがしい後味を残します。そして、「疑わしきは被告人の利益」などの、近代法制度の根本理念が、その根底に踏まえられていることが、むしろ新鮮です。日弁連(日本弁護士連合会)のHPにこんな記事がありましたが、まさにそれと通うものと感じられます。

刑事裁判のルール
■ 無罪の推定
「無罪の推定」とは、犯罪を行ったと疑われて捜査の対象となった人(被疑者)や刑事裁判を受ける人(被告人)について、「刑事裁判で有罪が確定するまでは『罪を犯していない人』として扱わなければならない」とする原則です。
「無罪の推定」は、世界人権宣言や国際人権規約に定められている刑事裁判の原則であり、憲法によっても保障されています。

■ 疑わしきは被告人の利益に
 すべての被告人は無罪と推定されることから、刑事裁判では、検察官が被告人の犯罪を証明しなければ、有罪とすることができません。被告人のほうで、自らの無実を証明できなくてもよいのです。ひとつひとつの事実についても、証拠によってあったともなかったとも確信できないときは、被告人に有利な方向で決定しなければなりません。これを「疑わしきは被告人の利益に」といいます。

■ 無罪の証明は難しい
 疑いを向けられた市民がみずからの無実を証明することは、とても困難です。
 検察や警察は、その組織・人員と、捜索・差押え・取調べなどの強制力をもちいて証拠を集めることができます。これに対し、被告人は自分に有利な証拠を集めるための強制力も組織も持っていません。ここに大きな力の差があります。にもかかわらず、被告人がみずからの無実を証明できない場合は有罪としてしまったら、多くの無実の市民が有罪とされてしまうおそれがあります。

■ えん罪は悲劇です
 そして、無実の市民に対する有罪判決は、その人の自由や権利を不当に奪い、その人生をくるわせるという深刻な結果を招きます。こうした悲劇を防止するために、被告人は無罪と推定され、検察官が犯罪を証明しない限り、有罪とすることができないものとされているのです。

■ どんな場合に有罪と判断できるのか
 「被告人は疑わしい」という程度の証拠しかない場合は、有罪にすることはできません。刑事裁判で有罪方向の事実の認定するためには、「合理的な疑問を残さない程度」の証拠を検察官が提出して、証明しなければならないとされています。
 「合理的な疑問」とは、みなさんの常識にもとづく疑問です。法廷で見聞きした証拠にもとづいて、みなさんの常識にてらし少しでも疑問が残るときは、有罪とすることができません。いいかえると、通常の人なら誰でも間違いないと考えられるときにはじめて、犯罪の証明があったということなのです。
 たとえば、ある事件の犯人が本当に被告人なのかどうかが問題となる場面を想定してみましょう。被告人が犯人であると認定するためには、法廷で見聞きした証拠にもとづき、常識にてらして考えたとき、間違いなく被告人が犯人であると確信できることが必要です。これに対して、証拠に基づき、常識に照らして考えると、犯人は被告人であると断定することに疑問の余地がある場合、被告人が犯人であると確信できない場合は、被告人を犯人であると認定することはできません。

■ 刑事裁判で判断するもの
 裁判というと、「人を裁く」という印象があるかもしれません。しかし、じつは、検察官が「合理的な疑問を残さない程度」の証拠を提出したかどうかを判断するのです。証拠にもとづき、常識にてらして考えたとき、検察官の言い分に何の疑問もなく確信できるか、それが裁判の基準です。

「疑わしきは被告人の利益」「疑わしきは罰せず」---そもそも、被告がみずからの無実を証明する義務はなく、有罪の証拠を提示する義務を負うのは検察であって、それが証明できない限り、無罪と推定すべきだというのです。
そんなことを思いながら、国会での佐川証人喚問を見ていると、複雑な感慨を覚えます。
どこからどう見てもクロとしか思えない状況で、「私や妻は、一切関わりがない」と強弁しつづける容疑者と、「刑事訴追の恐れがありますので証言は差し控えさせていただきます」を連発する証人。それでいて「誰からも指示を受けていない」という点だけは不自然なくらいにキッパリと明言する証人。疑わしいこと、この上なしです。
でも、それをもって有罪と決めつけることには慎重でなければならないのかもしれませんね。そもそも、何が足りないかというと証拠が足りない。さればこそ、安倍昭恵夫人や、夫人付だった谷査恵子(在イタリア日本大使館1等書記官)の証人喚問が求められるゆえんですね。
ところで、おなじみの推理小説作家和久峻三さんの、「赤かぶ検事」シリーズ第一作は「疑わしきは罰せよ」。

赤かぶ検事奮戦記 1 疑わしきは罰せよ (角川文庫 わ 2-1 赤かぶ検事奮戦記 1)

赤かぶ検事奮戦記 1 疑わしきは罰せよ (角川文庫 わ 2-1 赤かぶ検事奮戦記 1)

  • 作者: 和久 峻三
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 1976/05
  • メディア: 文庫
1975年発表の作品です。この刺激的なフレーズは、翌1976年にロッキード事件が公になり、小佐野賢治氏らの証人喚問に世間の注目が集まるようになると、まさに時代の言葉になりました。
ちなみに、「小佐野ルート」とともに疑惑のあった「児玉ルート」の当事者、児玉誉士夫氏は、病気を理由に証人喚問に応じなかったのでしたね。アベソーリの最愛のおじいちゃん岸信介との黒い腐れ縁などのことが、改めて想起されます。
日本の黒幕小佐野賢治の巻〈上〉 (1976年)

日本の黒幕小佐野賢治の巻〈上〉 (1976年)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 1976
  • メディア: -
実録日本の黒幕右翼の巨魁児玉誉士夫 (バンブー・コミックス)

実録日本の黒幕右翼の巨魁児玉誉士夫 (バンブー・コミックス)

  • 作者: 小柳 順治
  • 出版社/メーカー: 竹書房
  • 発売日: 2008/10/15
  • メディア: コミック
日本の黒幕 福田政権の影の巻 (1977年)

日本の黒幕 福田政権の影の巻 (1977年)

  • 作者: 日本共産党赤旗特捜班
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 1977/12
  • メディア: -
疑わしいのに断罪されずに来た「日本の黒幕」たちの命脈のしぶとさ、ふてぶてしさを思うとき、「疑わしきは罰せよ」は、再び時代の合い言葉とならねばならないと痛感します。

話を戻します。
フカヤマと書いてミヤマ、深山公園に、この春休み、小学生の孫を何度か連れて行きました。
3月25日。
「水生植物園」への道の前途が、柵で行き止まりになっています。イノシシが出没するので注意するように書いてありました。立ち入り禁止というわけではなく、先へ進む場合は、用心して通行することと、柵を元通り閉めて通るようにと書いてあります。

谷川添いの道端にルリタテハが出迎えてくれました。

トリミングします。

オタマジャクシ

このオタマジャクシは種類が違うみたい。



トリミングします。

赤松池の鴨たちは、個体数がかなり減ったように思えますが、,,





この日(3月25日)は、桜が咲き初めたばかりという感じでした。

ヤマザクラ?花より先に赤い葉が萌えています。
遊具のある広場を走り回って,一休み。

続きは次回です。

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小学校までサイクリング、の巻 [折々散歩]

出会いと別れの季節です。

小4の孫は、インフルエンザ明けのあと、学校へ行きづらくなり、保健室登校を基本に、調子が良ければ何時間か教室に戻るという対応をしていただいて、何とか春休みを迎えました。お世話になった担任のT先生の転勤を、新聞発表で知りました。

そのT先生から用品の忘れ物を手渡したいので取りに来るようにと連絡があったそうで、本人が自転車で取りに行くことになりました。昨日のことです。

実は中2の兄も、以前、担任していただいたことがあり、付き添いがてら挨拶に行くことになり、行き帰りをジイジも自転車で伴走しました。



校門付近の道路脇には、河津桜が植えられています。送り迎えの際に、蕾が膨らみ、徐々に開花していく様子を話題にしながら春の訪れを待ちわびていたのでしたが、いつの間にかすっかり咲き終わり、葉桜になっていました。







たいていの学校には、校庭に桜の木が植えられていますね。当地方では、入学式の頃が満開というイメージが強いのですが、今年はもう、その校庭の桜も一気に開花しています。














子どもたちは、T先生とは睦まじいひとときを過ごすことができたらしく、にこやかにお別れの挨拶をしながら自転車置き場に出てきたところで、ジイジも一言ご挨拶を交わし、お礼も申し上げることができました。

心地よいひとときを味わい、暖かな昼下がりの快適なサイクリングを楽しむこともできたのはよかったのですが、帰り道、なぜか自転車が重く感じられ、子どもたちに遠く引き離された感じがします.一所懸命ペダルをこぐのですが、挽回できません。よくよく確かめると、私の乗って来たママチャリの前輪がパンクしておりました。とほほ、1km余りの道のりを,自転車を押して歩く羽目になりました(汗)

道端のタンポポも、いつの間にかすっかり満開です。



陽気につられてヌートリアも水浴び中です。



常山もその周辺も桜に彩られています。



シモクレンの花も一日一日ほころんでいます。







我が家の目の前の小川沿いの桜並木も花盛り。



昨日の午後のできごとです。

午前中は小4と小1 の兄妹を連れて、深山公園を散歩してきました。

フカヤマと書いてミヤマです。---「99.9」という題名の人気ドラマの主人公深山弁護士のセリフです。子どもたちがなぜか気に入って、録画を何度も何度も繰り返し見ていますので、自然と記憶に残ります。そのドラマの話題も、昨日の深山公園散歩の話題も、回を改めて書こうと思います。

今日もまた、桜三昧の一日でしたが、そのご報告も次回。今日はこれにて。
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一気に春から初夏へ、の巻 [折々散歩]

今朝の新聞のトップ記事はこれでした。



「訴追の恐れ」を50回も繰り返して証言を拒否しながら、アベさんからも夫人からも,アソーさんからも,官邸からも「指示されたことはない」とキッパリ否定。何という御都合主義でしょ。

この新聞記事の横には、2019年度から使用する「教科道徳」の教科書の検定結果が公表されたという記事が掲載されています。「道徳」を言うなら、正直とか公正とか率直とかは、そもそもの基本でしょ。教科書で教わらなくても、育ちの過程で身につけていかなければならない人間的モラルの基本を、平気で投げ捨てて恥じないヒトたちが、世の中の「トップ」に君臨したままで、子どもたちに「道徳」を押しつけることの不可思議さ、滑稽さは、グロテスクですらありますね。

佐川サンには何の個人的恨みもありませんし、立場にいささかの同情も惜しみませんが、真実を糊塗し、身を挺してご主人様を守ろうとする忠義さの影に、保身と権力による庇護の裏約束が見え隠れしているところに、なんとも言えない嫌悪感を覚えずにはいられませんね。

この話題、今日も深入りはいたしません。



春休み中の小学生に孫二人を連れて、田舎へ帰ってきました。

前回、ツボミがふくらんだばかりだったハクモクレンが、満開を過ぎ,はらりはらりと散り始めていました。クリームがかった白い花が、あれもこれも痛々しく黒ずんでいて、撮影するにしのびないのですが、比較的傷みの少ないものを写しておきます。







シモクレンはまだツボミです。









朝は肌寒さを感じましたが、良いお天気で、気温もうなぎ登り。日中は初夏の日射しでした。

畑仕事のお手伝いをしたいというので,耕耘機を使わせてもらいました。



小4(この春小5)の兄は,なれたもの。



小1(この春小2)の妹も、やってみたいと,耕耘機デビュー。





ほんの数分の農業体験でしたが,楽しかったようです。

帰宅後、夕方の散歩で、近所の散歩道のシモクレンの花がかなりふくらんでいました。



空には明るい月。







ソメイヨシノの花が、いっぺんに咲き広がっています。



























今日はこれにて。

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今日の緊急ニュース、の巻 [折々散歩]

孫たちが春休みで、たっぷり愉しい時間が過ごせます。それゆえ、記事の話題に事欠きません。
また、国会審議が動いており、中継放送を見聞きするにつけても、森友疑惑をはじめとして、言いたいことだらけ。国際情勢も、アメリカ、ロシア、中国、エジプト、スペインetc.時代逆行の数々、ツッコミどころが一杯です。
それはそれとして、今日は、緊急ニュースをお知らせします。
地元紙「山陽新聞」WEB版にこんな記事がありました。

岡山市で桜開花 気象台発表、平年より4日早く

 岡山地 方気象台は25日、岡山市で桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表した。平年より4日、昨年より7日早い。
 後楽園(同市)の標本木で、開花の基準となる5輪以上の花が咲いていることを同気象台の職員が確認した。1週間から10日程度で満開となる見込み。
(2018年03月25日 15時33分 更新)

しかしながら、わが地元のソメイヨシノは、昨日見たところ、まだツボミ状態で、開花まではまだまだ間がありそうに思えました。
昨日、自然環境体験公園を訪ねてみますと、満開状態の桜もありました。
これは、カンヒザクラだそうです。





表示が見当たらない木もあります。

これはどういう品種でしょうか?

たぶんこれがソメイヨシノ?

さて今日は、午前中、ちょっとしたいきさつで小4の孫を連れて半田山植物園を歩きました。色とりどりの花盛りでした。





10月桜。

そしてこれは、ソメイヨシノではないでしょうかね?





桜を写せたので満足して帰ったのですが、夕方になるとまたそわそわとした気分に誘われて,近所の桜並木に足を向けてみました。一気に開花が進んでいました。
pentaxq10に1980円で買ったジャンクレンズ=PENTAXsmcタクマー1:1.4/50mmを装着して写しました。
















思いがけず美しい描写です。
下は、OLYMPUS E-P2に、980円で買ったジャンクレンズtamron28-70mm1:3.5-4.5をpentaxk→フォーサーズ→マイクロフォーサーズ各アダプターを用いて装着。マニュアルフォーカスでのピント合わせが,なかなか難しいですが、使えなくもありません。







何が緊急ニュースか、ですって?
1)近所のソメイヨシノが開花しました。
2)遊び半分で購入したジャンクレンズが、使えました。
以上でした。今日はこれにて

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年年歳歳花相似 ,の巻 [折々散歩]

昨日書きかけていた記事を遅れてupします。
先日のことになります。我が家を出発して数秒、車を走らせたあたりで、こんな鳥を屋根の上に見つけました。
実はその数日前から、何回かこの辺りで目撃していたのですが、カメラを向けるチャンスがありませんでした。今回も運転中のこととて、そのまま行き過ぎるべきか迷いましたが、諦めきれず、引き返してきて道路脇に停車。助手席においていたリュックの中からカメラを取りだして、証拠写真撮影しておきました。
イソヒヨドリ♂。この団地内ではこれまで見覚えがありません。



トリミングします。



屋根の上をぴょんぴょんと移動し、位置を変えます。

逃げました。




昨日もよく晴れました。

金曜日の夜、2歳児の孫とその母親(わが長女)がお泊まりしました。お父ちゃんが県外泊だそうです。

風は少しありましたが、日射しが暖かいので、外遊びに大喜び。飽きることがありません。何度もお出かけしたがり、お母ちゃんや従姉妹達がいなくても、散歩道や公園を、あっちへこっちへ歩き回ります。







転んでも平気です。



鉄棒。



ブランコ。





ジャングルジム。



滅多に使わないカメラをポケットにつっこんで出かけたのですが、そのカメラの中のSDカードには、古ーい画像が残っていました。

同じ公園の、ジャングルジムは、滑り台になっているのですが、そこからいま滑り降りようとしている保育園児は?



いま小4が終わり、この春小5になる孫の幼時の写真です。何歳の頃でしょうかね?

いま中2(この春中3)の兄と一緒に滑っています。小学校に入ったばかりでしょうか?EXIFの記録を見ると、

年6月とあります。8年も前の写真でした。





散歩道の黄色いスイセン。



真っ赤な木瓜。



辛夷。







ソメイヨシノのつぼみが,ここまでふくらみました。







こんな詩句が思い出されますね。

「代悲白頭翁」(劉希夷)
年年歳歳花相似 歳歳年年人不同(ねんねんさいさいはなあいにたり さいさいねんねんひとおなじからず)
解釈:毎年毎年、花は同じように美しく咲く。一方、この花を見る人間は、毎年毎年同じということはなく、時の流れとともに移ろいゆくものなのだ。

今日はここまで。


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ミラーレンズの使い道、の巻 [折々散歩]

久々に青空が現れました。

今日は小中学校ともに修了式で、3人ともお昼には帰ってくるというので、ひと歩きして、スーパーに買い物に行き、昼御飯の用意をします。焼きそば用の麺一個29円。

焼きそばを作りかけていますと、長女から電話があり、今日はお父ちゃんが県外にお出かけなので、2歳児の孫を連れてお泊まりに来たいとのこと。またまた賑やかなことになりました。

今朝の散歩に持ち出したのは、PENTAXK10Dに、KENKOミラーレンズ400mmの組み合わせ。軽量コンパクトな望遠レンズです。ピント合わせがシビアなマニュアルフォーカスですので、K10Dのファインダーが好ましいのでは?という思いつきです。

実際、このカメラ、撮影時の快感は、なかなかのものです。

仕上がりは?

ピンクのコブシ?



















黄色い水仙。



コガモ。



スズメ。



ツグミ。







メジロ。









カワセミ。



2羽が一緒にいました。



何度もダイビングを見せてくれますが、暗いのでブレブレです。

























午後、TAMRONsp500mmも持ち出してみました。。















よく晴れた明るい日に、余り遠くない対象物をマクロ的に撮影するのには、面白い組み合わせかと再確認しました。

今日はここまで。


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冷たい雨の春分の日、の巻 [折々散歩]

春分の日の今日、一日中雨で、冷え込みました。東京では時ならぬ雪が降ったそうで、こちらはそこまでではありませんが、、、。

そう言えば、先日誕生日を迎えた次男は、東京在住中に生まれましたが、その年も、3月の大雪でした。退院時、タクシーに乗りましたが、運転手さんが、こんなことは初めてだとしきりに驚いておられました。32年も前のことになりますか。

今日は、午前中は、ちょっとした学習会の予定があって、お出かけ。駐車場から会場までの通路に水たまりができ、歩きにくいほどでした。学習会では、教育や憲法をめぐる情勢を中心に、知的刺激を得ましたし、懐かしき方達ともお会いできました。

午後、気は進みませんが運動不足が続いていますので、近所をプチ散歩。ほぼ、その時間帯だけ、傘なしで歩くことができました。

田圃が水浸しになっています。



ソメイヨシノのつぼみはこんな感じ。



道端のヒメオドリコソウ。



河津桜。



白いコブシ。



上の写真は、OLYMPUS E-PM1+PENTAX タクマー55mmf1.8という訳のわからない組み合わせです。雨の日ですので、小さく軽い組み合わせで、明るいレンズをと考えて、あり合わせのアダプターとのセットでつないだら,こんな組み合わせになりました。

畑の野菜が、黄色い(野)菜の花を咲かせていました。

PENTAXK-x+SIGMA APO70-300mmで写しました。

昨日も、PENTAXK-x+SIGMA APO70-300mmを持って歩きました。

ジョウビタキ♂.この辺りまで近づくと逃げられます。



ヒヨドリ。花の蜜に気を取られている隙を狙って超接近。











ツグミ。



トリミングします。



ちなみに別の日の画像ですが、FUJIFINEPIXs1だと、ノートリミングでこの大きさに写ります。










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法廷ドラマの派手さはないけれど、、、の巻 [時事]

「年金裁判第一次第8回と第二次第5回口頭弁論」を傍聴してきました。
午前中は、曇りの天気でしたが、昼過ぎの法廷が始まる前頃から、あいにくの冷たい雨が降り始めました。
雨の中を,入廷行進で、市民にアピールします。



右側が裁判所です。

今日も傍聴席は満席でした。
裁判は、始まったと思ったら、原告と被告(国側)のそれぞれの準備書面を確認し、裁判官と双方の弁護団とのあいだで一言二言やりとりがあっただけで、次回公判日程を確認して、終わりました。 TVドラマや演劇、映画などでの緊迫した法廷シーンとのギャップがハンパじゃありません。
2時過ぎから,別会場で報告集会が行われました。参加者から、同じような感想が出されました。

思えば、これまでの8回の公判のうち、最初の冒頭陳述の会だけは、原告代表の切々たる陳述があり、緊迫した感動を味わいましたが、そのあとは毎回同じような展開で、拍子抜けして終わります。一応「市内」に住む私でも、片道1時間前後、遠いい方だと100kmを超える土地から時間を割いて法廷に駆けつける場合もあります。その労に比して,余りに呆気ない法廷場面ですが、、、今日の法廷で、
原告側は、学者・研究社の意見書(4氏)や論文(1氏)などを含む大部の準備書面を提出し、これを「陳述」した事になるそうです。ただ、実際に読み上げることはなく、「書面」のやりとりが裁判の実質であるらしい。

そうであっても、毎回、傍聴席を満席にすることは、いかにこの裁判に人々の注目が寄せられているかをアピールし、裁判所に公正裁判への自覚を喚起することにつながるのだそうです。

次回法廷では、現在集約中の原告各氏の「意見陳述書」を提出することになるそうです。「意見陳述書」は、原告一人ひとりが、自身の生活実態・人生そのものをリアルに語り、年金切り下げ・マクロ経済スライドがどのような深刻な影響を及ぼすかを、個別具体的に解き明かし、その不当性を訴えることで、裁判官に真実を見るよう促し、心を揺さぶることになるはず。

次回は、可能な限り、原告代表による「意見陳述」の機会を設けるよう、裁判所に要求していくそうですから、楽しみです。

法廷には、先日歴史的な勝訴を勝ち取った浅田訴訟のメンバーも同席されていました。年金裁判の原告側弁護団の一人である古謝愛彦弁護士は、同時に浅田訴訟弁護団にも属しておられました。市当局に対して、決して控訴しないよう、急いで要求を集中してほしいと強調されました。

下は、「浅田達夫さんを支援する会」の機関紙「ささえ」のコピーです。






午後は冷たい雨に運ばれて北冷たい空気のた目に、真冬に逆戻りの冷え込みです。

今朝のご近所散歩で、こんなものを見ました。

ソメイヨシノのツボミが、ほんのり頬を染めています。



レンギョウでしょうか?






ムスカリ。




シモクレン。







ハクモクレン。



ボケ。



ツクシ。











明日は春分の日。行きつ戻りつしながらも、春がどんどんふくらんできますよね。


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「治安維持法」の誕生日、かつ、核兵器禁止運動の誕生日だったんだ、の巻 [今日の暦]

本格的な春の訪れを前に、ここ何日か足踏み状態が続き、今日も冷たい雨の一日になりそうです。
「風邪気味」のわが体調は、熱も咳も頭痛も筋肉痛も、一切ありません。ほとんど快調といえます。ただ、うどんや粥など消化のよい食事しか食べていないのに、下痢がなかなか治まらず、不快が募ります。もちろん症状は、時間をおいて間歇的にあらわれるだけですが、平穏時も不安が去ることがありません。
同病のよしみというと僭越ですが、腸の持病をお持ちだと聞くアベさんの健康状態が、時折気になります。重病に屈せず、強靱な意志力を発揮されての超人的なご活躍は、ご同慶に耐えません。
さはあれども、比類のない窮地に陥っておられる昨今、特に今日の国会中継などを拝見するにつけても、きわめてご気分が優れぬ様子とお身受けします。今朝の報道によりますと、内閣支持率急落で、不支持が跳ね上がっているそうな。
遅きに失するとはいえ、当然の成り行き。速やかに知る限りの真実を明らかにされ、潔く身を処されることが、最も健康にもよろしいのではと、愚考するものです。



余談はそこまでとして、早朝のNHKラジオで、いつもの「今日は何の日?」というコーナーが聞こえてきました。
最初に紹介されたのは、「治安維持法」が制定された日。
2番目が、「ストックホルムアピール」が採択された日。
いずれの話題も、平和と民主主義の根幹に関わる重要な記念日であったことに気づかされました。今日の記事のネタにしたいと思いついたのですが、聞きかじり素人の知ったかブログの悲しさ、いつものことながら詳しい知識を持ちあわせませんので、ちょっと確かめてから、と考えたものの、なかなか手間取りました。

第2のストックホルムアピールについては、すぐに解説がみつかり、ウィキペディアにも、こんな記事を見つけることができました。

1950年 - 世界平和擁護大会常任委員会第3回総会で原爆禁止のストックホルム・アピールを採択。


ストックホルム・アピール
 1950年3月、世界平和評議会がよびかけたもの。「原子兵器の絶対禁止」を求め、「最初に使う政府が人道を犯す戦争犯罪者として扱われる」と警告しました。これに賛同する署名数は世界で5億、日本でも645万筆に達し、後にヘンリー・キッシンジャー米国元国務長官も「この運動のために朝鮮戦争で核兵器を使うことができなくなった」と、回顧録で書きました。なお、「原子兵器」となっているのは当時まだ水素爆弾が開発されていなかったからです。

それからほど経ずして水爆が開発され、4年後の1954年3月1日には、アメリカによる水爆実験がビキニ環礁で行われました。現地住民や、付近を航行していた多くの船舶とともに、日本のマグロ漁船数隻も「死の灰」を浴びました。被曝した「第五福竜丸」に、無線長として乗り組んでいた久保山愛吉さんは、半年後の9月23日「原水爆の被害者は私を最後にしてほしい」と言い残して亡くなられました。
このビキニ事件を契機に、5月には「水爆禁止署名運動杉並協議会」が結成され、水爆禁止署名運動が各地に拡がりました。8月には「原水爆禁止署名運動全国協議会」が結成され、原水爆禁止署名運動として全国へ波及してゆきます。
この運動の中で「原爆を許すまじ」(浅田石二作詞・木下航二作曲)や、「死んだ女の子」(ナズム・ヒクメット作詞・木下航二訳詞・木下航二作曲)が歌われました。そんな話題は過去記事にも書きました。
今もなおとびらをたたく音きこゆ(8月に寄せた学級通信2
一部引用して再掲します。

昨日の記事でご紹介したクラス通信の三年後の1991年の夏、これも二年生のクラスの生徒に向けて書いた文章です。(中略)

読み返して見ると、3年前の文章を使い回している部分もかなりあります。「コピーアンドペースト」という用語はまだ存在していないか、少なくとも一般的ではなかった頃ですが、実質はそれです。今も昔も、同じようなその場しのぎをしておりますな(汗)。
重複部分は除いて、文章に書き起こしてみます。

開けてちょうだい たたくのはあたし/あっちの戸こっちの戸あたしはたたくの/こわがらないで見えないあたしを/だれにも見えない死んだ女の子を・・・トルコの詩人ナジム・ヒクメットの詩「死んだ女の子」の一節だ。
原詩を左に掲げておくから、ひとつ自分で訳してみよう。
7つの時、ヒ口シマで死んだ女の子は、いまでも7つのまま。なぜなら、死んだ子は大きくなれないから。
ヒロシマで死んだ女の子の願いは何?甘い果物、おいしいご飯、飴玉、それともふかふかのパン?
いえ、死んだ女の子に、そんなものはもういらない。死んだ女の子の願いは、平和。 世界中の子供たちが、生きて、育って、笑って、遊ぺるように。
そのために、彼女は世界中の家々の前に立ち、扉をたたく。「戦争が起こらないようにして頂戴、子どもが戦火に灼かれることのないように、あなたの力を貸して頂戴
(中略)
そして、世界最初の(今のところ唯一の)被爆国日本は、いまや世界有数の軍事力を有するまでになり、“平和協力の名のもとに、自衡隊海外派遭の一歩を踏み出すまでになった。政府自身“国是”と称してきた「非核三原則(作らず、持たず、持ち込ませず) 」も、有名無実化して久しい。
湾岸戦争で”大活躍”の巡航ミサイル“トマホーク”を積んだ船は、この日本を基地にして出撃していった。辛うじて、今回のイラク攻準に核ミサイルは使用されなかったが、当然、核攻撃の準備は、周到におこなわれていた。
”死んだ女の子”の悲劇の再現は、目の前だ。そして今度は、ヒロシマ・ナガサキの体験を有するわが国が、公然とした加担者として立ち現れようというのだろうか。
確かに、イラクのクウェート侵略は許されない。ちょうど、軍国日本のアジア侵略が、不正義であったと同様に。
だが、非戦闘員・婦女子・病人をも含むイラク国民全体を標的にした軍事行動は、正義の名に値するか。これを正義と認めるには、大戦末期、日本の敗北がすでに決定的になっている段階で、無差別殺戮の限りを尽くした大空襲や、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下をも“正義”としなくてはならぬ。「犠牲を最小限にとどめるための人道的措置」との強弁を、甘んじて受け入れなくてはならぬ。
この不条理に、「死んだ女の子」は何と言えばよいのだろう。
生きているものは何をすればよい?
愚かしいあやまちは繰り返されてはならない。
ゲンバクで死んだ幾万の子どもたち、戦争で死んだ幾百千万の子どもたち、あなたがたの:悔しさを、二度と再び地球上のこどもたちにかみしめさせる事のないように、地球上に再び被爆者をつくらないために、いま、生きている私達も一緒に声を上げるときではないか。
“核兵器の廃絶を”、”被爆者援護法の即時制定を”“憲法の復権を”---そう思わずにはいられない夏である。

「死んだ女の子」ナジム・ヒクメット
これを書いた頃は、まだ「パソコン」と言えば、統計処理のために職場の共有物の電算機に向かって、必要に迫られておそるおそる打鍵する、といった存在でした。ましてやインタネット検索など、想像だにできない世界でした。
ヒクメットの詩も、当然のことながら、何らかの機会にたまたま目にした詩を書き留めて、生徒に紹介したという次第です。
今なら、ネット検索で、詳細な情報が手に入り、もっと深い理解が可能であったかもしれません。



一方、もう一つの話題「治安維持法」については当ブログでもたびたび触れたことがありましたし、改悪治安維持法に帝国議会でただ一人反対した労農党代議士山本宣治(1889年5月28日 - 1929年3月5日)についても何度か紹介させていただきました。
うすごおりの張りたる今日は山宣忌の記事を一部引用します。

山宣は、治安維持法の最高刑を死刑とする改悪に帝国議会内でただ一人反対し、発言を準備していたが強行採決によって阻まれ、その夜、宿舎で右翼のテロによって暗殺されたのした。
その帝国議会出席のために上京する前に、大阪での全国農民組合大会でかれはこう挨拶しました。
「実に今や階級的立場を守るものはただ一人だ、山宣独り孤塁を守る!だが僕は淋しくない、背後には多くの大衆が支持しているから・・・」ここで挨拶は中止させられたそうです。
この言葉は、大山郁夫の筆により、かれの墓碑銘として刻まれています。
権力は、この墓碑銘を、セメントで塗りつぶさない限り墓碑の建立を許さないという妨害を加えたそうですが、何度塗りつぶしても、いつの間にか民衆の手によってセメントがはがされ、また塗りつぶされ、、を繰り返し、1945年12月、戦後最初の追悼墓前祭で、墓石のセメントをノミではがし、墓碑は白日のもとによみがえったといいます。
このエピソードは、1960年(昭和35年)に大東映画が製作・配給した山本薩夫監督の映画『武器なき斗い』(ぶきなきたたかい)のなかでも描かれていたように記憶しています。この映画の原作は、西口克己の小説『山宣』です。

では、今日3月19日に成立したという「治安維持法」とは?と高校時代の日本史授業の記憶をまさぐってみましたが、モーローとしてあやふやです。
そこで、いつもの手段でネット検索してみますと、こんなブログ記事を発見しました。
今日から明日へあさってへisao3264.exblog.jp様の,2013年3月19日の記事です。まことに的確な記事内容でしたので、無断で一部引用させていただきます。(万一不都合がありましたらご指摘くださいませ)
こんな書き出しで始まります。

今朝のNHKラジオ「今日は何の日」のコーナーで、「治安維持法が成立した日」とのひと言があったそうです。率直に言って「おや?NHKにしては珍しいことを言うなぁ」と思いました。
 というわけで、「治安維持法の成立」にまつわる話を書いておこうと思います。

引用者注:2013年3月19日時点のお話です。念のため。
以下核心部分を引用させていただきます。(ちなみに、小樽商科大学学術成果コレクションのURLも掲載されていましたが、残念ながらリンク切れらしく、たどり着くことができませんでした。)

一九二五年二月一八日に政府から衆議院に提出された治安維持法案は、(中略)三月七日の本会議で「政体」変革を削除した修正案が可決された。貴族院では三月一一日の上程後(中略)早くも一九日の本会議で衆議院修正案を可決、ここに治安維持法は成立した。少数の反対論者の質疑はかなり執劫だったとはいえ、これほどの重要法案を両院あわせてわずか一ヵ月間で通過させてしまったのである。ある新聞は「愈々委員会が開始された場合には僅に一二の修正意見を容れ申し訳的に反対論者の面目を立てる外議論の沸騰する機会を予へざるうちに一潟千里に議了する下心であるらしい」(「東京日日新聞」二月二〇日付)と観測するが、実際にもこのとおりになる。議会審議の経過を新聞報道で追うと、「与党内に早くも骨抜き運動」(『萬朝報」二月二一日付)、「政府が修正せねば与党は握り潰す作戦」(報知新開)二月二五日付』とヨタヨタの法案で、政府も答弁に窮する場面が多々ありながらも、結局は「満天下の非難をよそに、生れ出づる悪法案多数の力でひた押しに遂に衆院を通過す」(『東京日日新聞』三月八日付)るのである。

 上記の図(省略:引用者)と文章は『治安維持法関係資料集』(全4巻、荻野富士夫編、新日本出版社、1996年)に記載されているものですが、ボクは持っていませんでした。あれこれ探ってみると小樽商科大学学術成果コレクション(Barrel)解説 : 治安維持法成立・「改正」史、荻野富士夫というコーナーにアップされていることが分かりました。膨大な資料の中からそのポイントだけを引用したものです。

よくわかりました。
確かに今日が治安維持法の出生日でした。「ヨタヨタの法案」として生まれ、徐々に悪名高き「希代の悪法」に成長・変身していったわけですね。
そして。行き着く先はこの結末です。

心して記憶しておきます。



今日は一日雨でしたから散歩には出ませんでした。
玄関先に置いている鉢植えの花です。

サクランボを期待して植えている桜桃の花です、「暖地」という品種で、佐藤錦などに比べて早生種のようです。
昨日明るい光の下で撮影したものも掲載しておきます。
















バックの赤色は、ナンテンの葉です。
あちらこちらに植えられている河津桜も、一斉にピンクの花を咲かせています。この雨が上がり、暖かくなれば一気にソメイヨシノも開花に向かうのでしょう。例年よりも早い開花だと予報されています。



追伸。
昨日開かれた小鳥の森・三徳園を愛する会のシンポジウムに、私は体調不良を理由に欠席させていただきましたが、M師からのメールで、見舞いの言葉とともにシンポジウムの模様を教えてくださいました。集まりは期待以上の盛会だったそうで、「講演の参加者は20名も集まれば御の字だと私は思っておりましたが、驚いたことに会場が埋まりました。」とありました。下は添えられた写真です。

森と生き物を愛する思いで結ばれた市民の運動。楽しく明るく発展させていただきたいと祈念しています。
今日はこれにて。

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古里のこれなあに?の巻 [今日の「これなあに」?]

パラリンピックが今日閉幕です。
今朝の地元紙「山陽新聞」のトップニュースは,郷里のアスリート、新田佳浩選手の金メダル。
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「古里の英雄」とは少々大仰ですがね。
ローカルな話題で恐縮ですが、新田選手の出身地、岡山県西粟倉村というのは、平成の大合併の際に我が道を選び、一郡一村の歩みを進めています。ちなみに私の郷里は、合併で『美作市』になりましたが、合併前は、西粟倉村と同じ「英田郡」に属していました。ですので、新田君は、私にとっても「古里の誇り」でもあるのです。更に付け加えますと、高校の後輩でもありますので、誇らしいことです。
ところで、以前、難読地名について、こんな記事に書きました。
海遠き故旧集うて牡蠣を食む
寂れたる師走の里や塔朱し
その意味では「英田(あいだ)」も難読地名かも知れません。私の学生時代の友人ハチロークンは、愛知県旧足助町(これも難読地名でしょ)の出身ですが、「英田をあいだと読める愛知で数少ない一人」と自慢していました(笑)
その旧英田郡に、「鯰」という地名がありました(現美作市)。
どう読むでしょう?
正解は「なまず」。難読でも何でもない、ストレートな読み方でした。それにしても、地名としては印象的ですよね?
「角川日本地名大辞典33岡山県」には、「地名の由来は梅雨のころなまずが多くとれたことによる p8199とあります。これまた直截至極の命名です。
今日の「これなあに」?その1





これは鯉です。

一緒に泳いでいます。





父が川から釣ってきた魚を、この池に放して飼っています。色のついたのは、ペットショップで何百円かで飼ってきた稚魚が育ったもの。大型熱帯魚の餌用に一尾何十円かで売られているエサ金と呼ばれる金魚も、大きく育ちました。
鯰も、どこまで巨大化することでしょう。

缶のなかのエサをばらまくと、競いあって食べるので、どの孫も餌やりが大好きです。暖かかった先日のひとこまです。




昨日の土曜日は、バアバのパートが休みだというので、前夜から小学生の兄妹がお泊まりしました。お弁当を持ってどこかへ行きたいという話が持ち上がっていましたが、私は風邪気味で午前中,医院を受診してきました。薬をもらって帰ってみると、家は空っぽ。小学生二人はそれぞれ自転車に乗って、それに保育園児も、バアバが補助椅子に乗せて、サイクリングに出かけたそうです。
部活から帰ってきた中学生と、昼ご飯を食べていると、小1の女の子が疲れ気味なので、迎えに来てほしいとの電話があり、車で迎えに行きました。聞くと、約7km離れた自然環境体験公園まで行き、児島湖周辺をサイクリングして、田園地帯にある牧場まで帰ってきたところでギブアップとなったそうです。
さて、そのサイクリングの途中、児島湖そばでこんなものを見つけたそうです。
これなあに?

魚か何かの骨格か?



それとも不思議生物か?




それとも古代の工芸品?

などと,バアバと孫達が興奮して騒いでおります。
私には,とっさに正解がわかりましたヨ。
「菱の実(ヒシノミ)」です。
古来、食用に供されたそうですし、むかしは、ゆでて食べたものだと母なども言っておりました。

薬効もあるそうですね。

菱の実 500g

菱の実 500g

  • 出版社/メーカー: (株)小島漢方
  • メディア: その他

このトゲトゲの形状は、忍者御用達の「撒菱(まきびし)」そのものですね。







ウィキペディアにはこうありました。

撒菱(まきびし)とは、忍者が用いる道具のひとつ。逃げる途中にばら撒くことで追手に怪我を負わせる、またはそれを踏まないようにするために追手の速度を落とさせる効果がある。撒蔆撒芰とも表記される。

もともとは水草であるヒシの実を乾かしたものを使用した。菱の実、あるいはそれを模したものも三角錐の形状をしており、基本的にどのように置かれても、刺が上を向くようになり、追っ手の足を傷つけるように出来ている。から削りだした物もある。



今日はここまで。

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足踏みの春に、時ならぬ風邪引き?の巻 [折々散歩]

高知,宮崎などに続いて,東京他でもソメイヨシノの開花が宣言されたらしいですね。

3日ほど前は,こちらでも春爛漫(初夏?)の陽気で、ソメイヨシノの開花も早まりそうという予報でした。

郷里の実家の庭の馬酔木が花盛りです。













純白の馬酔木。



オオイヌノフグリも,今が盛り。



ジンチョウゲの良い香りが鼻腔をくすぐります。



しかし、昨日、今日の冷え込みは,またまた冬に逆戻りです。今朝の気温は0℃で,野外の水道は凍っていました。

近所の散歩道に,コブシが開花しているのに気づいたのですが、昨日は本降りの雨で、散歩に出かける意欲がわきませんでした。今朝、霜の降りた散歩道をあるいてみますと、、



















冷たい空気に出会って,こわごわとボミをふくらませて見たのでしょうが、ほんのりピンクの優美な花です。

これは桜のようですが、ソメイヨシノではない模様。正面川向こうの桜並木がソメイヨシノですが、まだ、ツボミも固い状態です。



畑の野菜が花を咲かせています。



ツグミは大変元気です。



今朝は、散歩の途中で、引き返しました。何だか体調が良くない感じです。念のために熱を測ってみますと、36度4分くらいでしたが、数十分おきに測ると、37度を超え、38度に達するので、かかりつけ医を受診することにしました。明日は日曜で休診で、今日の午前中なら診療してもらえますので。

頭痛、腹痛、筋肉痛、発熱という症状がそろいましたので,インフルエンザの検査をしていただきましたが、陰性。風邪薬をもらって帰りました。

熱はすぐに下がり、病院で計測した38.2度というのはホントだろうか?と疑うほどです。

今日はこれにて。
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春たけなわ、の巻 [折々散歩]

まず今日のトップニュースは、これです。

NHK岡山放送局のHP記事をご紹介します。



記事を一部引用します。
65歳になるのを期に法律に基づく無償の介護サービスを打ち切られたのは違法だとして、岡山市の障害者の男性が市を訴えていた裁判で、岡山地方裁判所は「法律の解釈や適用を誤った違法な決定だ」として、岡山市に決定の取り消しなどを命じる判決を言い渡しました。
岡山市中区の浅田達雄さん(70)は体に重いまひがあり、かつての障害者自立支援法に基づいて無償の介護サービスを受けていました。
しかし、5年前、65歳になるのを期に、介護保険法が適用されるとしてサービスが打ち切られ、浅田さんは、この決定は違法だとして、岡山市に対し、決定の取り消しや損害賠償などを求めていました。
14日の判決で、岡山地方裁判所の横溝邦彦裁判長は「決定によって生活が維持できなくなることは明らかで、岡山市は自立支援給付をしたうえで介護保険の申請を勧めるなどすべきだった」と述べました。
そのうえで「法律の解釈や適用を誤った違法な決定だ」として、岡山市に決定の取り消しや100万円あまりの賠償などを命じる判決を言い渡しました。

この浅田達夫さんの裁判(浅田訴訟)については,過去記事でも少しだけ話題にしたことがあります。

クマゼミの蝉時雨を聞きました、の巻

T4ってなんだっけ?の巻

こんな記事です。


ところで、岡山発の人権裁判として「朝日訴訟」はよく知られていますが、今、もう一つの人権裁判が、憲法25条をめぐって争われています。
「浅田訴訟」と呼ばれます。
浅田達雄さん(当時65)の提訴、地元紙「山陽新聞」(2013年9月19日付)は、こう伝えました。

 65歳で給付打ち切りは不当と、岡山地裁に提訴

 65歳を境に障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)の給付による無償の介護サービスが打ち切られるのは不当な差別で憲法違反だとして、岡山市中区高島、浅田達雄さん(65)が(2013年)9月19日、岡山市に決定の取り消しなどを求めて岡山地裁に提訴した。

 自立支援法は65歳以上の障害者に対し、介護保険の適用を優先する原則を規定。介護保険の給付を利用すると、1割の費用負担が生じる。弁護団によると、この優先原則をめぐる訴訟は全国初。

 訴状によると、浅田さんは一人暮らしで、腕と足に重い障害があり、入浴や移動など月249時間の訪問介護を無償で受けてきた。市は昨年末、介護保険への切り替えを要求。浅田さんは自己負担を懸念し、従来通りの給付を求めたが、65歳の誕生日月の今年2月、「要介護認定されていない」と市の通知が届き、支援法による給付が打ち切られた。

 翌月、浅田さんはやむなく介護保険法に基づく給付を申請。最も重い要介護度5の認定を受けるなどしたが、月1万5千円の負担が生じているという。

 提訴後の会見で浅田さんは「(介護保険の優先原則は)年齢による差別。絶対許せない」。弁護団の呉裕麻弁護士は「憲法が定める健康で文化的な最低限度の生活が保障されていない」と訴えた。

 

 まさに「障害者の生存を軽視・否定する思想」との、文字通り命がけのたたかいです。

なぜなら、浅田さんは腕と足に重い障害があり、介護サービスなしには片時も生き延びることすら困難なのです。だからこそ、障害者自立支援法に基づいて、入浴や移動などで1カ月約250時間の訪問介護を無償で受けてきたのに、65歳になったとたんに、介護保険の適用が優先されるとして、1割の費用負担が生じることになったのです。浅田さんは「これまで無償だったものが、なぜ65歳を過ぎると費用負担が生じるのか。納得できない」として提訴に踏み切ったのでした。

それは、浅田さんひとりの問題ではありませんし、単に障害者だけの問題でもありません。高齢者が介護サービスのために過重な自己負担をしなければならないという、介護保険制度そのものの矛盾・問題点をただし、憲法25条の理念を具体化するたたかいでもあるのです。

「浅田達雄さんを支援する会」の機


去年のNHK番組でも、この訴訟が紹介されたそうです。(2017年2月7日に放送されたEテレ ハートネットTV「シリーズ暮らしと憲法 第3回障害者」

誕生から 70 年を迎える日本国憲法。

その条文の一つには、こう書かれています。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

(資料映像:ビラ配りをする障害者たち)

この言葉を実現しようと、生きて来た人たちがいます。

障害のある人たちです。

憲法で保障された権利を守るため、長い戦いを続けてきました。

(中略)

岡山市に、憲法と向き合って生きている人がいます。

一人暮らしをする浅田達雄さん、68 歳です。

脳性まひによる、重度の障害があります。

(中略)

浅田さんは、60 歳を過ぎた頃から、体調を崩しやすくなりました。

(薬を飲ませてもらう)

それでも、無料の障害福祉サービスを使って、一人暮らしを続けて来られました。

(81 年の番組映像。30 代の浅田さん)

浅田さんが、施設を出て暮らすようになったのは、30 代の時。

地域で暮らす重度の障害者が少なかった時代に、自立した生活を目指しました。

(タイプライターで仕事をする様子)

自宅で仕事をし、収入をわずかでも得る。

障害のない人と同じように、社会に参加することが喜びでした。

(現在の浅田さんインタビュー)

浅田:自由、自由、自由で自分が、生きて、いきたいように、生きてきた

(寝かされる浅田さん)

僅かな収入と年金で暮らしてきた、浅田さん。

64 歳の時、翌年からは、介護にお金がかかるようになると告げられました。

国は、障害者も 65 歳以降、原則として介護保険を使うよう定めているからです。

収入が少ない浅田さんは、これまで無料で福祉サービスを受けられました。

しかし、介護保険になると、毎月1万 5000 円の利用料を払わなくてはなりません。

生活が苦しくなるため、介護保険の申請はせず、これまでの福祉サービスを利用できるよう、求めました。

そうしたところ、浅田さんは岡山市から、全ての介護を打ち切られました。

(文字盤を指差しながら話す)

浅田:もう、し、しな、死ななければ、ならない、思った。

 介護は、どうしても、必要であるのに、全部、取られたら、どうして生きていけばいいのか。

(憲法 25 条条文)

日本国憲法第二十五条:

「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」

憲法に定められた最低限の暮らしを侵害された。

浅田さんは3年前、岡山市を訴えました。

(浅田訴訟合同会議風景)

弁護士や友人など、仲間が集まり、岡山市の決定取り消しを求めて、裁判で主張を続けています。

浅田さんの長年の友人の、吉野一正さん。

足に障害があります。

(吉野さん会議で発言)

吉野:人間としての尊厳が奪われてきた。その尊厳の回復の戦いでもある。

(インタビュー)

吉野:現状の憲法と言うのは、僕らみたいな、いろんなハンディを持ってる人達にとっては心の杖でもあるし、それから生きて行く上での大きな支えであると。

 大変勇気をもらいますし、だからこそ僕らは、「今これをしてるんだ。」という確信を、そこから求めていっているというのが常ですね。

これに対し岡山市は、「法の趣旨によれば、介護保険サービスを受けることが出来る時は、障害福祉サービスだけの提供はできないはず。」と主張しています。

動画はこちらhttps://youtu.be/_EODIrkG9HU
この番組に登場する吉野一正さんは、以前の記事にも紹介しましたが、私たちの退職同業者の先輩で、県立養護学校教員を退職後、障岡連(障害者の生活と権利を守る岡山県連絡協議会)の事務局長など、ご自身の不自由なお体をおして、障害者運動の中心を担って奮闘しておられます。「浅田達雄さんを支援する会」の機関紙「ささえ」の編集にも携わってこられました。一歩前進。おめでとうございます。



暖かい朝でした。

本当に久しぶりに、日の出前の朝散歩に出かけてみました。

朝霧が、しっとりと空気を潤しています。



日の出。



常山が薄明るい光に包まれます。



これは麦飯山方面。



明るく晴れた朝です




ツクシがやっと顔をのぞけ始めていました。











今日は、郷里に帰り,野菜をもらってきました。予定がうまく合致したので、2歳になった

とその母ちゃんを乗せて、同行しました。日射しが強く、暖かいと言うよりも、暑いほどでした。

午前中、実家に着いた頃には、庭のハクモクレンが咲きそうだなあと思い、ツボミがほころびかけたところを写しておきました。







ところが、午後、見あげてみると、開花が一気に進んでいました。













今日はこれにて。





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昨日のカワセミ、の巻 [折々散歩]

昨日、深山公園で、カワセミに会いました。

いつもとは違う、おもいがけない場所でした。

ヒレンジャクとの再会はなりませんでしたが、結構アップで写せたので、満足です。


フォト蔵にアップしましたので,クリックしていただくと、別のウインドウに大きな画像がひらきます。

きょうはこれにて。

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共通テーマ:日記・雑感

ヒレンジャク再び、の巻 [折々散歩]

ついにシラを切り続けることができなくなって、森友文書の書き換え(=改竄)を認めましたな。

共同通信の記事はこんな具合。

学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る決裁文書書き換え問題に関し、財務省は12日、与党幹部に調査結果を報告し、14文書で書き換えがあったと認めた。格安の払い下げ問題が発覚後の昨年2月以降に行われた。削除部分に安倍昭恵首相夫人や複数の政治家の名前もあった。麻生太郎副総理兼財務相の責任を問う声が高まるのは必至。安倍晋三首相の政権運営への打撃となる。野党は書き換えの指揮系統や動機を追及、首相や麻生氏の辞任を迫る。

 報告によると、昨年2月下旬から4月にかけて2015年2月~16年6月の5決裁文書が書き換えられ、それを反映する形で9文書も書き換えられた。

でも、肝心の実行犯は,理財局の担当職員で、上司だった佐川局長(当時)にも監督責任があった、という論法らしい。麻生蔵相も、アベソーリにも引責辞任の意思はないそうな。往生際が悪いことです。



昨日の記事で、またヒレンジャクに会ったと書きました。

持ち歩いていたPENTAX K-x+AFBORGは、どうしたことか、手ぶれ補正の数値を焦点距離800mmに設定してしまっていました。手ぶれ補正のせいで、手ぶれ画像になるというオソマツ。

まずまず許容範囲かと思える画像を、証拠写真として掲載させていただきます(トリミングしています)。







同時に携行していたFUJI FINEPIXS1でも、念のために写しておきました。

ノートリミングでこの大きさに写ります。。



トリミングします。



いつも思うことですが、コンデジながらなかなかの写りです。

先日の阿部池のチョウゲンボウも、FUJIFINEPIXS1で写していました。侮れない写りです。



今日も、とてもよい天気でしたので、リベンジに,もう一回深山公園に行ってみました。郵便局に行くついでがあったから、というのは口実ですが(汗)。

気合いを入れて、PENTAXK5Ⅱ+sigmaAPO 120-400mm F4.5-5.6 DG OS HSM を持って出ました。

でも、世の中そんなに甘くはなくて、今日はヒレンジャクの姿は見えませんでした。残念。

代わりに、カワラヒワを写して帰りました。















マンサクの花とコラボです。





これは?トサミズキかな?



早春の黄色い花つながりで、近所の散歩道でのストック画像を放出します。

OLYMPUS PM1での撮影です。

マンサクです。















こちらは色が違います。















実は今日は、カワセミほかちょっと自慢したい画像もゲットしたのですが,次回といたします。今日はこれにて。

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3.11の深山公園散歩、の巻 [折々散歩]

今日は、3.11。震災7周年の日でした。当日は、平日で、ちょうど入試の採点日でした。休憩時に、TVを見て、目が釘付けになりました。
現在小1の孫は、その頃ゼロ歳児でした。時間の経つのは早いものです。
思えば,当時は,民主党政権でした。時の移ろいは、めまぐるしいものです。絶対君主のように振る舞う安倍政権も,在位わずか6年に満たないのでしたね。しかもその命運も,もはや風前の灯と見えます。
去年の3.11にはこんな記事を書いています。


思えば森友学園問題がクローズアップされ始めたばかりの時機で、こんなことを書いています。

話題のあの偏向幼稚園は、物心がつくかつかないかの子どもたちに教育勅語を暗唱させ、「テンノウヘイカバンザイ」ならぬ「アベシュショーガンバレ」と唱和させることも、いかにやすやすと可能であるかを実践的に証明しました。そればかりか、「大人の人たちは日本が他の国々に負けぬよう、尖閣諸島、竹島、北方領土を守り、日本を悪者として扱っている中国・韓国が心改め、歴史教科書で嘘を教えないようお願いいたします。安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ、安保法制国会通過よかったです」という長大な宣誓を唱和させる見事さ!
その「道徳教育」を小学校にまで及ぼそうという壮大な実験は、ひとり籠池某(日本会議幹部)なるアナクロはねあがり経営者の突出にとどまらないのではないでしょうか?余りにもがめつく醜悪で、みみっちい金銭問題がクローズアップされて、累が及ぶことを懸念した面々は、トカゲの尻尾切りで幕を下ろしたいご様子ですが、森友学園の「教育」(こんなもの教育じゃない!)が、「安倍教育改革」の端的で戯画的な実物見本であることは、もはや覆い隠すことはできないでしょう。

いまでは,籠池夫妻への私の印象は、大転換しています。暖房もない拘置所で、「昨日の友」の冷酷な仕打ちに耐えているご夫妻に,負けずにガンバレ、オレたちは応援しているぞ、と言いたいたい気持ちです。
majo様が,先日こんな記事を書いておられました。

籠池泰典よ 君を泣く 


この詩(引用者注:与謝野晶子「君死にたもうことなかれ」の詩)をカゴイケさんに書き換えた方がいます



あゝ籠池泰典よ 君を泣く

君の思想は妖しきも
人柄憎めぬ君なれば
君に一声かけまほし

君 力を落とすことなかれ

気骨を失うことなかれ

夏の盛りに囚われて
羽をもがれて塀の中
外の世界と隔てられ
秋冬過ぎて春近く
花咲く季節となりぬれど
いまだ自由の萌しなし


有罪宣告あらざるに

身の拘禁は7か月
接見禁止の7か月
憤怒を深く呑み込んで
泣くに泣けない
身の辛さ


勾留理由は二つある

「逃亡」するにちがいない
「罪証隠滅」するだろう
逃亡できるわけはない
隠滅すべき証拠もない
真の理由はただ一つ
うるさい君の口封じ

この日の記事に、私はこんなコメントを投稿しました。

昨日の友も、都合が悪くなると切り捨てる。籠池夫妻への冷酷な処遇は、ホテル住まいの国税庁長官への厚遇とはエライ違いです。命がけで尻尾を振り続けることで延命・保身をはかる官僚たちの愚劣。ここらでキリを付けたいですね。 
by kazg (2018-03-09 09:21)  

その国税庁長官も辞任(遅きに失したとは言え、当然。)、近畿財務局の官僚が自殺?(無惨!)。でもトカゲの尻尾切りで幕引き、というわけには参りませんゾ。



昨夜の最低気温は1℃と冷え込みましたが、日が昇ると穏やかなお天気になり、帽子・手袋・防寒上着がなくても歩ける状態になりました。迷いましたが、深山公園を歩いてみることにしました。
PENTAXk-x+AFBORG ED60mmという組み合わせ「軽さ」を追求してみます。相当歩いても、めぼしい鳥に会いません。
とりあえず、ヒヨドリでも写しておきます。

アトリもいました。

トリミングします。

シロハラが,ずいぶん近づいても逃げません。
ノートリミングです。

これはトリミング画像。

ヤマガラ。

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ジョウビタキ♂





背景のピンク色は,山茶花です。
これくらいで満足して、春らしい花をカメラに収めておきます。






これは確か、、、サンシュユの花だったでしょうか?
なぜかミツマタの花と混同して、区別できなくなるときがあります。先日の三徳園の、立ち入り禁止区域内に咲いていたミツマタの花ですが,遠くて何だかわかりませんね。

過去記事でも同じようなことを書いたり同じような混同をしていて、成長がありません。


昨日の記事でも掲載したサンシュユです。

これは3月4日、「小鳥の森」で撮影。 ほころびはじめというところでしょうか。

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これは3月19日、半田山植物園、秋には、赤い実を見つけた場所です。
 
すっかり花が開いています。 
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昨日のブログ記事で、うっかり間違えたミツマタはこちらです。
和紙の原料として小学校で習いましたが、可憐な花ですね。
これも、3月4日、「小鳥の森」で撮影
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こちらはこれは3月19日、半田山植物園。
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トサミズキ。3月19日、半田山植物園で。
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ダンコウバイ。3月19日、半田山植物園。
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この記事で,深山公園でヒレンジャクを見たと書いています。実は今日もヒレンジャクに会ったのです。そのお噂は,次回、あらためて、、、。
きょうはこれにて。

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鶯宿再び、の巻 [折々散歩]


昨日の小鳥の森で出会った鳥と言えば、、、。

ツグミ。



ジョウビタキ♂。



そして鶯。



いえいえ、宿だけで、あるじの鶯は留守でしたが(笑)。

最近、散歩中に,時々鶯のさえずりを聞くようになりましたが、まだ写してません。

同じような話題を、過去にも書いています。

笹鳴くや鶯宿の主おはすらん


お名前は? 鶯宿、紅さし、そして南高


少しだけ引用しておきます。

梅の品種名は優美なものが多いようです。
その筆頭は鶯宿でしょうか?ウグイスの宿と書いて「おうしゅく」と読むようです。
辞書に、こんな説明があります。
1 村上天皇の時、清涼殿前の梅が枯れたので紀貫之(きのつらゆき)の娘紀内侍(きのないし)の家の梅を移し植えたところ、枝に「勅なればいともかしこしうぐ ひすの宿はと問はばいかが答へむ」という歌が結んであり、天皇はこれに深く感じて梅の木を返したという、拾遺集・大鏡などにみえる故事。また、その梅の木。
2 梅の一品種。香りがすぐれ、花は白、または紅・白まじって咲く。《季 春》 (デジタル大辞泉)
「大鏡」の該当部分はこうです。
(中略)
《あらすじ》
 清涼殿の梅が枯れたので、代わりの木をさがすようにと、
 帝の命令があり、
 蔵人は「若い者ではわからんだろう」と、夏山繁樹にこれを命じた。
 京の都中探して見つからなかったが、西京のどこそこの家に、
 花も枝振りも美しい梅の木があったので、掘り取ったところ、
 家の主人が、梅の枝に手紙を結んで持っていくように言う。
 梅を宮中に運んだところ、帝は手紙をご覧になった。
 手紙には、女性の筆跡で
 「帝のご命令なので恐れ多いことだ。鶯が、私の宿はどうなったのと
 訪ねたら、なんと答えたらよいでしょう」
 和歌を書いた家の主人は、紀貫之の娘だった。
 帝は、無風流なことをしたと恥ずかしく思い、
 夏山繁樹も、ほうびをもらったが、後味がわるく、
 「人生最大のチョンボでしたなあ」、と苦笑いしながら語る。

上述の過去記事でも、梅の品種名と花の紹介をしていますが、今回も同工異曲で、まずは鶯宿の花からご紹介します。

















つづいてこれは、、、。







そしてこれは、大粒の梅干しで有名な南高。











順不同で次々登場してもらいます。



















































今日の記事はここまでです。




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小鳥の森写真展訪問記、の巻 [折々散歩]

先日、M師からこんなメールを転送していただいていました。
小鳥の森三徳園を愛する会を立ち上げて初めてのイベントとして、
シンポジューム、写真展、ワークショップなどを計画いたしましたが、
いよいよ今日から写真展が始まります。
無事展示を終え、皆様のお越しをお待ちいたしております。
ハガキサイズから、A3サイズまで、77点の作品を出品していただきました。皆様ありがとうございました。
おかげさまで三徳園にゆかりのある写真がたくさん集まりました。
どれも力作揃い、面白い鳥の姿や、もう見られない美しい桜、紅葉の中、遊ぶ子供たちなど…
シンポジウム当日には賞を決める投票もあります。
今日から3月17日までは、上道公民館1階の図書室に展示するため、展示スペースが少なく、やっとはめ込んだという状態で、見苦しいところも多々あると思いますが、ぜひ上道公民館に足を運んで見にきていただければ幸いです。
3月18日からは、2階の広いスペースに移動して展示することができますので、パネルなども追加して充実した展示ができると思います。又絵画展も同時展示させていただきます。その頃にもまたお越しいただけると嬉しいです。
出品者の皆様、展示をお手伝いくださった皆様に感謝し、展示のご案内とさせていただきます。
展示のご案内 
* 上道公民館 平日  午前9時30分~午後9時  日曜  午前9時30分~午後5時
休館日  毎週水曜日・国民の祝日・年末年始
  ※ただし、水曜日と祝日が重なった場合は翌日の木曜日も休館です。
* 写真展  3月5日(月)~3月31日(土) 3月5日~3月17日までは図書室に展示 
3月19日~31日までは 二階ロビーに展示 3月18日は大集会室の予定です。
絵画 は 3月19日(月)~3月31日(土) 二階ロビーに展示
この写真展については、以前、こんなチラシを添えて案内をいただいていました。


主催の「三徳園・小鳥の森を愛する会」については、 この記事でも紹介したことがありました。

小鳥の森とこどもの森と、、、の巻

3月18日にはシンポジウムも企画されているそうです。



「愛する会」の趣旨には賛同したいので、枯れ木も山の賑わいで、私もこの写真展に駄作を応募させていただくことにしました。三徳園・小鳥の森で撮影した作品という、緩やかな条件なのですが、どうもこれぞといった作品が見当たらず、どうにかこうにか探し出して出展させていただいたのは、この2点。







そういういきさつもあり、今日見学に出かけてきました。

図書室の壁面一杯に、見事な鳥や昆虫、植物の写真が展示されていて、三徳園・小鳥の森の自然の豊かさが、改めて思われたことでした。





せっかくここまで来たので、園内(立ち入り禁止区域)を一まわり歩いてみました。昨日からの雨はだいたい上がったものの、「寒の戻り」で早朝は1℃、日中になっても日が射さず、午前の気温6℃とラジオが言っていました。オマケに冷たい風もなかなか強く吹いています。帽子も手袋も忘れてきましたので、耳や頬が痛いです。

園内は,まだ工事が続いています。その影響もあるのかどうか、残念ながら、今日の小鳥の森では、小鳥に会うことができませんでした。

今日はこれにて




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最近の散歩事情、の巻 [折々散歩]

ここのところ、家に閉じこもることが多く、一万歩を超えたのは前回記事の阿部池散歩の日ぐらいです。

せっかく寒さが緩んできたと思ったら、ひどい荒れ模様のお天気が断続したり、「寒の戻り」で冷え込んだりで、散歩に出ても早々に引き揚げる状態でしたし、あれこれの必要からパソコンの前に座る時間が長かったせいもあります。

そのほか、晴れ間を見てジャガイモの植え付けを終わらせましたし、多少の野菜の種や苗も植えました。確定申告は、やっと終わらせましたし、依頼によりお手伝いしていたホームページのリニューアルも、ようやく目鼻がつきました。

それから、安倍9条改憲に反対する退職教職員のアピール運動も、徐々に広がりを見せつつあり、記者発表の段取りも決まりました。



というわけで、今日あたりはのんびり散歩を楽しみたいところでしたが、朝から冷たい雨と風。やはり気が進みません。かかりつけ医にいつもの薬をもらいに行き、郵便局で用を足し、そうこうしているうちに一日が終わります。

今日の記事は、ストック画像の羅列でお茶を濁すことにいたします。

まずは2月の画像ですが、この鳥たちは寒い頃も暖かくなってからも、依然として元気です。

ツグミ。



ヒヨドリ。



モズ。



川の氷が溶け始めた頃の白鷺です。それでも冷え冷えとした空気が感じられますね。





次は3月には行ってからの画像です。

モズ。



ムクドリ。







空を舞う猛禽は?ハイタカでしょうか?











実は,前回記事の阿部池でも、上空にこんな鳥が、、、。

遠いので、トリミングしてもこの程度。鮮明には写りません。



大きさとしてはトビくらいかと見えたのですが、尾羽のあたりの様子がトビではなさそうですね。







そして、この鳥は、飛行場エリアの金網越しに見えました。

チョウゲンボウ?



昨日の散歩でも、我が家の近くで、この鳥が田圃に舞い降りたり舞い上がったりしていました。









軽さを追求してみたくて、pentaxk-xに、FA100-300mmという旧式レンズを付けて歩いていたので、こんな時に限って非力さを悔やむことになります。

同じく昨日の散歩道で、、、。

こういうときに限って出会うんですよね。



300mmではちっちゃくしか写せないので、大幅にトリミングします。























軽い装備で散歩を楽しむか、ある程度の荷物に耐えて撮影を楽しむか?またまた相も変わらぬジレンマに、くよくよ悩んでおります。

今日はこれにて。
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啓蟄にちなんで穴の鼠を思う,の巻 [折々散歩]

去年の啓蟄の日、こんな記事を書きました。
啓蟄や這い出る虫も命がけ、の巻

今日は啓蟄だそうですね。

過去にも、この日にちなんだ記事を、何度か書いていますので、能書きはほどほどにいたします。
啓蟄や律儀な虫は凍えたらん
啓蟄雑話
ウィキペディアにこうあります。
 啓蟄(けいちつ)は、二十四節気の第3。二月節(旧暦1月後半から2月前半)。「啓」は「開く」、「蟄」は「虫などが土中に隠れ閉じこもる」意で、「啓蟄」で「冬籠りの虫が這い出る」(広辞苑)という意を示す。春の季語でもある。

毎年、同じようなことばかり思いつくものですが、今日は漢字にこだわってみます。「蟄」は画数も多く難しい漢字ですが、「虫」に関係ありそうなことはなんとなくわかります。
ところで、最近話題の「改ざん」の、「ざん」てどんな漢字だったっけと、気になり始めたのは昨日のこと。たしか「ネズミ」を含んでいたよな。ネズミが大事なものを思うままにかじって、変形させてしまうイメージだったっけ?等と思い巡らし、あとで確かめてみようと思ったまま、今朝になりました。
なんと、何気なく目を通していた今朝の『しんぶん赤旗』に、こんな記事を見つけました。

穴と鼠の合体でした。とてもこの字はそらでは書けません。
そう言えば素早く穴に身を隠酢この生き物も、鼠の親戚ですね。

この記事参照です。
防寒は自前の毛皮沼狸

ヌートリアは、別名、沼狸(しょうり、ぬまたぬき)、海狸鼠(かいりねずみ)、洋溝鼠(ようどぶねずみ)、舶来溝鼠(はくらいどぶねずみ)などと呼ばれたそうです。

ところで、ヌートリアといえば、この記事の写真が私のお気に入りです。
麦秋や沼狸らの朝化粧


今日のぽかぽか陽気に誘われて、虫たちはそろって穴を這い出したことでしょうが、なおまだ暗い穴深くに潜んでよからぬたくらみをめぐらしているオオネズミどもを、白日の下にさらすには、もう何倍かの明るい光が必要なようですね。市民の英知の光というヤツが、、。

阿部(安倍ではありません!)池のほとりの河津桜の様子を見に行ってみました。まだもう少し早 いようでした。


それでも,枝によっては開花しているものもあります。








ホオジロです。



ヒバリもいました。




常山ももすぐ春の装い。




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かの川の小鮒はいづこ?水温む、の巻 [家族]

桃の節句ですね。
久しぶりに長男一家が、田舎のじいちゃんばあちゃん宅に行く計画を立てました。男の子たちが魚釣りがしたいというので、朝8時頃にはこちらを出発。少し遅れて、ジイジバアバも合流しました。
各人の予定が様々で、なかなかみんながそろうのは難しく、久しぶりに賑やかな集まりになりました。
パパと中2・小4の男子は、到着早々、川に向かったそうです。
様子を見に行ってみますと、やってます、やってます。

下は,2月10日の記事でした。
水面凍結の日々、の巻 
その時は、一面、氷に覆われていた川ですが,今日はぽかぽか陽気で、「水温む」といった風情です。
この川でヌートリアを見たのは初めてです。

気持ちよさそうにおよいでいます。
水鳥たちの動きも、いつも以上に活発です。
比較的個体数が多いのは、ヒドリガモらしいカモの群れです。

オオバンのグループもいます。

よく見ると、キンクロハジロのようです。この川では初めて見たような気がします。

近年、カワウの姿が増えています。
野郎ども、

いいか、抜かるなよ。

ヘイ。オヤブン。

ガッテンだ。

チョー気っ持ちいい!

てな具合で,カワウの群れが思うがままの違法操業によって、この川の魚を乱獲し尽くしたせいでしょうか、今日は一匹も釣れませんでしたトサ、

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