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一筆啓上、行行子、の巻 [雑話]

先日歩いた自然環境体験公園の、松の木のてっぺんで、大きな声でしきりにさえずっているホオジロがいました。(exifによると、5月31日の撮影でした)

トリミングします。

「一筆啓上仕り候」と繰り返しています。
そのあと、足を伸ばした児島湖畔で、こんな鳥に会いました。

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以下トリミング画像です。


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甲高い声で賑やかにさえずっていました。この声は草原などでよく聞くのですが、姿を見ることは稀です。ヨシキリ(オオヨシキリ?)でしょうか。
doudesyo様のブログ「ほっと 野鳥
の6月15日付今年も来たね、オオヨシキリ でも見事なお写真が掲載されています。



ヨシキリについては以前こんな記事を書きました。
仰々し 仰々しとや  行行子

声を振り絞って囀っています。
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活動場所や見た目の類似から、すでに見知ったオオジュリンかと思っておりましたが、帰宅後ネットで調べてみますと、どうも鳴き声が一致しないと感じました。
鳥の鳴き声の「ききなし」をまとめたこのページを参照させていただくと、「仰々しい、行行子」という仰々しい鳴き声は、まさしくあの謎の声の主にぴったりと思えます。web上にある「オオヨシキリ」の写真を参照しても、ほぼ間違いないと思うのですが、いかがでしょうか?
そう言えば、確かに草野心平のこの詩では、「行行子」と書いて「ヨシキリ」と読ませていました。「ギョウギョウシ」という鳴き声からの名付けだったのですね。

富士山   

ー作品第肆ー 
川面(かわづら)に春の光はまぶしく溢れ。
そよ風が吹けば光たちの鬼ごっこ
葦の葉のささやき。
行行子(よしきり)は鳴く。
行行子の舌にも春のひかり。
 
土堤の下のうまごやしの原に。
自分の顔は両掌のなかに。
ふりそそぐ春の光に却って物憂く。
眺めていた。
  
少女たちはうまごやしの花を摘んでは
巧みな手さばきで花環をつくる。
それをなは(縄)にして縄跳びをする。
花環が圓を描くとそのなかに富士がはひる。
その度に富士は近づき。
とほくに坐る。
 
耳には行行子。
頬にはひかり。 

 ちなみに「うまごやしは」シロツメクサつまりクローバーですね。
 

ここでも書いたとおり、「行行子」という別名は、その鳴き声にちなんでいるようです。



ところで、先日(5/26)亡くなった津本陽さんに「月とよしきり」という作品があります。
私は、山本周五郎や池波正太郎、野村胡堂、司馬遼太郎など、いわゆる時代小説は、人並みに好んで読んでいる方だと思います。藤沢周平などは、文庫でも読み,全集も予約購読で全巻を読みましたから、愛読書と言っても過言ではありません。ところが不思議に、津本陽さんの作品は、わずかに何作か読んだ記憶があるだけで、この「月とよしきり」が、私の手元にあるほとんど唯一の津本作品です。
というのも、何ヶ月か前、古本屋の百円均一コーナーに並んでいたものを何気なく手にとって,そのほかの何冊かと一緒に買って帰り、夜寝る前にペラペラめくっては閉じ、を何度か繰り返し、読み切らないままに寝かせておいたものなのです(汗)。
津本陽逝去のニュースを聞いて、改めて取り出してきて読んでみた次第です。
この作品、江戸千葉周作道場の高弟で、類い希な剣才のゆえに前途を嘱望されながら、ふとした不運なアクシデントから道場を破門となり、辛苦の人生を歩むこととなった無頼の剣豪、平手造酒を主人公とする時代小説です。
bookデータベースにはこうあります。

天保八年。北辰一刀流玄武館で師範代を務める平手造酒は、師・千葉周作の命により、廻国修業に出た。油断により友を死なせ、道場を破門された。つまずき始めた造酒は、他流試合で破った水戸藩士の恨みを買い、祝言を挙げた藤が殺される。その後に妻としたおいとにも死なれ、自暴自棄になって酒におぼれていった。『天保水滸伝』で有名な伝説の剣豪、不運に見舞われ続けた、その知られざる半生。

ヨシキリはというと、作品中では平手が房州に滞在中、利根川沿いの芦草の茂みから、その鳴き声が聞こえてくる場面がありました。
そういえば、三波春夫の「大利根無情」も,田端義男の「大利根月夜」も、平手造酒を歌った楽曲でした。
「大利根無情」の歌詞中には、ヨシキリが登場してきます。



また、「利根の川風袂に入れて」というフレーズが耳に残る有名な浪曲がありましたっけ。「天保水滸伝」だそうですね。

利根の川風たもとに入れて、月に竿さす高瀬舟、一目関の戸叩くは川の、水にせかれる水鶏鳥、恋の八月大利根月夜、佐原囃子の音も冴えわたり、葭の葉末に露置くころは、呼ぶや蛍のそこかしこ、潮来あやめの懐かしさ、わたしゃ九十九里荒浜育ち、と云うて鰯の子ではない」

これまた平手造酒や、侠客笹川繁蔵らが活躍するお話。
山本周五郎の「花も刀も」も、平手造酒を描いています(昔読みましたが,すっかり筋を忘れました 汗)。



さて、津本作品「月とよしきり」によれば、その平手造酒が、道を踏み誤り、坂道を転げ落ちるように、洋々たる前途を失っていくきっかけとなったのは、「大目録皆伝」を前に命じられた関東諸国の廻国修行の旅の途中、ヤクザ者に不意を襲われて、朋輩岡野直豪が、不運にも命を失った事件。同行の造酒も、その油断がとがめられて破門となったのでした。
その襲撃事件は、平手と岡野が、成り行きで笹川繁蔵が開く賭場に招かれて,用心棒役を演じることになったことが原因で、博徒同士の縄張り争いに巻き込まれた事に起因していました。
千葉周作の姪お藤は、造酒と恋仲にあり、造酒の破門が解けるよう尽力しますが果たせず、失意の造酒を追って江戸を棄てて嫁いで来ます。造酒にとっては心穏やかで満たされた新婚生活が始まりますが,それも束の間、造酒を狙った鉄砲の弾に当たって息を引き取ります。これまた博徒の争いの,とんだとばっちりでした。
自暴自棄になった造酒は、心身ともに荒れすさび、自他の命のやりとりにも無感覚になりかけますが、それを一歩手前で引き留めたのは、「おいと」の存在でした。おいとは、父親の借金のカタの身売りされようとしていたところを造酒が救った少女でした。出会いの一節を引用します。

(造酒と友人市左衛門、亀之助の)三人は妓楼へ売られようとしていたところを造酒が助けてやった、 十五歳の娘おいとの身のうえについて話しあっていた。市左衛門はいう。
「あれは銚子の網元甚兵衛に雇われている漁師の勘三の娘でござんすよ。勘蔵はふだんはいっばしのはたらきをする奴で、女房と娘をかわいがる実直な男でしたが、どんな魔がさしたのか、この夏の清滝村(海上郡海上町)岩井不動明王の祭礼のとき、繁蔵がたてた野天博打で、いかさまにひっかけられたのでござんすよ」
「岩井不動専の博打か。どこかで聞いたことがあるが、この辺りじゃさかんなものらしいな」
「そうでござんすねえ。九十九里浜から飯岡にかけての漁場じゃ、漁師の給金は盆と節季に払われるものですから、金を懐に入れた連中を、繁蔵や助五郎といった貸元が、子分をやって賭場に誘いこみ、いかさまをやって素っ裸にしてしまうんですよ。岩井不動尊の縁日の博打場では、一日の寺銭が千両にもなるといわれやすが、まあそれは法螺でござんしょうがね。それでもかなりの稼ぎでしょうねえ。
寺銭とは博打を開帳した貸元と呼ばれる大親分が、金銭を持っていない客に元手を貸し、博打をさせるときの利足である。寺銭は五分とるのが通例で、勝負が一回きまるたびに勝ったほうから出す。だが客を詐欺にかけて身ぐるみ引きはがすいかさま博打のときは、ばれると貸元にも迷惑がかかるので、その危険負担分として一割五分の寺銭をとることもあった。

恩義を感じたおいとは、存命中のお藤と造酒の身の回りの世話を献身的にこなし、お藤にも家族同然にかわいがられます。時は移り、お藤亡き後、すさみ果てて各地を転々とする造酒が時折思うのは,おいとのかいがいしい気遣いと献身ぶりでした。彼女だけが自分に安らぎを与える存在であることに気づいた造酒は、紆余曲折の末、おいとを後妻に迎えます。ところがそのおいとも造酒との子を宿しながら、難産で母子ともに帰らぬ人となります。作品本文から少し引用します。

造酒は逆境に陥ると、実力勝負で生き抜いてやろうと、ふるいたつ性格であった。
 だが、おいとがいなくなってのち、彼の反撥心は消えてしまった。おいとは造酒の追いかけてゆけない冥途にいる。
 おいとが妊ったのは、天保十一年暮れであった。俺の子ができるのかと、造酒は身内が震えるほどの感動を覚えた。
 おいとは体調がよく、悪阻で食べたものを吐いては、空腹だといってまたすぐに食膳にむかった。造酒はおいとがいとおしくてならなかった。
 生れてくる子と三人になれば、いままでとはまったくちがう、張りあいのある世帯を持てるようになる。
 造酒はわが子の生れてくる日を待ちわびた。だが翌年に、おいとは難産であっけなく死んでしまった。胎児は娘であったが、臍の緒が首に巻きついていて、死産であった。
 おいとが苦しむのを、枕もとで脂汗をかきながら見守っていた造酒は、彼女が息をひきとったとき、産婆が驚いて腰を抜かしたほどの大音声で叫んだ。
 「神仏はどこにいるのだ。なにゆえ、俺を一人でこの世に残したのか」

一人残された造酒は、ますます酒に溺れ,生活は荒れ、繁蔵の用心棒としての日々を送ります。繁蔵と対立していたのは、博徒でありながら十手持ちでもあった飯岡助五郎。両者の関係悪化が頂点に達した天保15(1844)年、大利根河原で繰り広げられた争闘(大利根河原の血闘)で、造酒は命を落とします。
千葉県東庄町にその墓が建てられているそうです。

しかし、「月とよしきり」では、造酒の命を奪ったのは、飯岡助五郎方の子分たちではなくて、当日の「血闘」で勝利を収めた繁蔵だった、ということになっています。繁蔵は、日頃から造酒を「虫が好かない」、「いまいましい」と感じており、当日の血闘に加わらなかった造酒を、「ついでに」「当たっても当たらなくても」「せめて驚かしてやりたい」と、短銃で撃ったのでした。

造酒は、繁蔵の放った最初の一発で、耳の下を撃ち抜かれ、声をあげる間もなく、瞬間にこときれた。
 かつて朋友岡野直豪が、名もない三ン下にヒ首で脇腹をえぐられ、不慮の死を遂げたように、造酒もまた、落雷に遭ったような、思いがけない死にめぐりあってしまった。
造酒と岡野は、いずれも剣の天才を持っていながら、不運の生涯を終えた。



刑法が禁じる賭場を合法化する「カジノ法案」が、衆院内閣委員会で強行されました。「成長産業」どころか、無辜の民に、思いがけない窮乏化・困苦化を強いる亡国産業に他なりません。可愛い娘を妓楼へ売ろうとしたおいとの父親が、現代の世に無数に現れかねない非道な環境を、国家ぐるみでつくるのは、犯罪そのものです。
何でそんなに急ぐの?という疑問は、回を改めて考えたいと思います。
きょうはこれにて。

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六月の五月晴れ ?の巻 [折々散歩]

最近、アジア人留学生相手の日本語の授業で,日本の梅雨にちなんだ文章を扱いました。その準備の段階で、「五月晴れ」という言葉が、もともとは「梅雨の晴れ間」を意味していたことを知りました。事典にはこうありました。

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれたが,近年は,一般に新暦 5月の晴天をいう。 (ブリタニカ国際大百科事典 より)

その意味では,昨日の空模様は「梅雨晴れ」「五月晴れ」でした。
駐車条から30分かけて教育相談所まで歩きます。
遠くに岡山城を眺めながら旭川畔を歩きます。















いろいろな方角から眺める岡山城、それぞれに表情が違います。

「梅雨晴れ」は今日も続きます。
草刈りのために郷里に帰ってきました。
かんかん照りでないだけマシですが,なかなかの蒸し暑さで、汗をかきました。
帰りに寄り道して、長福寺三重塔を見てきました。





ツツジと紫陽花が咲いています。















池に睡蓮も咲き始めていました。

参拝客は私一人だけ。今日、鎌倉アジサイ寺は大勢でにぎわい、江ノ電も満員寿司詰め状態だったそうです。それに引き替え、ここでは、贅沢で優雅な時間を,独り占めできたのでした。
今日はこれにて。

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失せ物あらわる、の巻 [折々散歩]


落とし物、遺失物の話題には、続きがあります。

これまでも何度か記事にしましたが、私は、スマホではなく携帯電話(ガラケー)を使っています。そのガラケーを使うようになったのも、ここ数年で、それまでは、かなり長い間PHSを使ってきました。DDIポケット→WILLCOMとつきあってきて、コンパクトで軽い通話用端末も手軽でしたし、外出先でノートPCなどをネット接続する役にも立ちました。携帯情報機器としてはユニークなW-ZERO3(今日のスマートフォンのはしりとも言えます)が、SIMをさしかえれば共用できるのも魅力でした。残念なのは、地域によっては電波が弱く,通話もdata通信も途切れがちだったり,まったく切断してしまったりするのが悩みの種でした。経営危機に抗って、ユーザーに依拠しながら独自の役割を発揮して欲しいと期待していましたが、かないませんでした。

と言うようないきさつで、ガラケーユーザーの端くれに加わったのですが、そんないきさつは、もうすでにこんな記事で書いたことがありました。2015年の夏に,腸からの出血で入院したときの記事でした。

ありあわせツールの使い回し、の巻(第2回)

そこで、テキスト文書入力用に「ポメラ」を差し入れしてもらおうとしたところ、見つからなかったらしく、代わりに、しばらく使わずに放置してあったネクサス7(wifi版)を持ってきてくれました。
このネクサス7は、退職して職場のパソコン環境から遠ざかった状況で、外出時のネット環境を最低限整えたくて、もっぱらコストを優先させて、購入に踏み切りました。
ここで、 スマホにのりかえるという選択もありえたでしょうが、通信費がバカにならないと躊躇したのです。当時、私はガラケーももたず、PHSを利用していましたので、この回線を利用してネット接続ができないかと目論んだのですが挫折。結局wifiルーターを利用する方法しか思いつかず、相応の出費が必要でした。しかも、この取り合わせがなかなか不便で、十分使いこなせないまま時間が経過し、気がつくと最初の割引期間が過ぎて、高額な(ケイヤク通りの、ですが)回線使用料の請求を受け、驚いて解約しました。
ここで思いついたのは、格安スマホという選択肢でした。
半信半疑でフリーテルpriori2という機種を入手し使ってみましたら、値段のわりには使えます。テザリングもできて、ネクサス7の親機としてネット接続をサポートしてくれますし、場合によってはノートパソコンを外に持ち出しても、これでインターネット利用が可能です。
その意味では有用性は大きいのですが、値段のわりにはという修飾語を冠したうえでも、気になる不満も否めません。
その不満の第1は、電池の持ちがわるいこと。近くにAC電源があったり、周到に充電済みのモバイル電源を持っていない限り、使用をあきらめなくてはなりません。
その第2は、4インチという画面サイズ。コンパクトさという長所である反面、表示が小さすぎて、老眼の身には過酷です。
当初の意図どおり、子機のネット接続補助という用途に限定するなら、電源問題さえ解消すれば、ちゃんと使えますが。
そんなとき、液晶画面がやや大きいnicoという機種が、サービス価格で販売されているのを機に購入し、鞄にいれて持ち歩いています。電波の速度も遅いし、機械のスペックも見劣りしますが、手際や能率を問題にしなければ、まずまずの仕事をしてくれます。

そのあと、目移りがして,lte接続を売りにする「Priori 4」 という機種を購入し、最低限の通信契約をしたのですが,ほとんど使わないまま時が過ぎました。ふと気がつくと、フリーテルブランドを展開するプラスワン・マーケティング社は,いつのまにか楽天モバイルに買収されており、気がつかないうちに月々の料金請求額が「格安」とはいえない額になっていました。思わぬ出費の割には有効利用できていないことを反省して、解約手続きをしたのですが、機種代金の割賦の残額が相当残っていました。それは覚悟の上での解約でしたが、だんだんと未練の気持ちが沸いてきて、解約を取り消して(間に合いました)、それ以降、契約料相応の使い方をしようと、日常的に持ち歩いていました。

ところが、そんなあるとき、そのDATA通信用のスマホがどこへ行ったかわからなくなりました。

入念に思い出してみると、この日までは確かにありました。

スズメ、その他、の巻

5月15日(水) かかりつけ医に、血圧の薬をもらいに行こうと、近所のATMで、お金を下ろそうとしたら、キャッシュカードがはじかれます。窓口へ行くよう指示されますので、銀行窓口に行って相談すると、磁気のせいで読み取れなくなっているので、再発行するが、1~2週間掛かるとのこと。あたふたします。

キャッシュカードやクレジットカードをはじめ、何種類かのカード類を挟んだケースと、ガラケー、スマホを、全部同じバッグに入れていたのです。銀行窓口の方が、「磁力の強いものの近くに置いたりすると、データが読み取れなくなることがあります。たとえば携帯電話とか」とアドバイスしてくださったので、バッグを入れ替えたのがその時です。

そのあと、スマホだけが見当たらなくなったので、落としたり置き忘れたものが悪用されても困るので、早速解約の手続きを済ませました。それ以来、どこを探しても出てこなかったものが、ほんの先日、たまたま探った車の助手席の,物入れの陰に収まっていました。

そこで、いろいろな格安SIMを検討した結果、SO-NETの0SIMを契約することにし、早速昨日送られてきたSIMを装着し、利用開始したところです。

これはトホホではありません。



トホホといえば、昨日の夜、奥歯にかぶせた金属が剥がれてしまいました。たまたま今日は格別の予定がありませんので、午前中歯科医院に行ってきました。この医院、自宅からは数十分かかる距離にありますが、現職中の勤務先に近かったので、そのつながりで今も通っています。久しぶりの治療です。前回の治療はいつだったでしょうか?

こんな記事を書いたことを思い出します。
鮟鱇も目には泪か寒戻り

2007年の脳動脈瘤の手術、2013年の肺癌の手術、どちらも、オペの前に執刀医が「頑張りましょう」と声を掛けてくださり、オペ中も、麻酔でうつらうつらしている中で、「大丈夫ですか~?頑張って~」とドクターの声が聞こえてきます。
でも、点滴針から伸びる管や、計器につながった配線が身体にまとわりつく姿のままベッドに固定され、半身、または全身の麻酔によって身動きならない状態で、頑張ろうにも、頑張れることはありません。「頑張ってください。」」は、こちらのセリフで、心身共に消耗する長時間の手術を、頑張って遂行してくださるのは、あなたがた医療スタッフの皆さんでしょ。と反論したくなりましたが、それは遠慮して、「はい」とうなずいたものでした。

それに引き替え、この、歯科の治療は、患者も正味、頑張ることが求められますね。

治療中にこんな句が浮びました。

鮟鱇のやうなおおぐちあけてゐる

つるされた鮟鱇のごと為すが儘

鮟鱇も目には泪か寒戻り 

この大口を空いている様は、何に似ているだろうか、ワニかカバか、と想像をめぐらすうちに、吊し切りのために吊された鮟鱇の姿が目に浮かんだのでした。

もちろん、イメージの背景にはこの句がありました。

鮟鱇の 骨まで凍てて ぶちきらる        加藤楸邨

帰宅後、ちょいと探してみますと、こんな句もあるそうです。

泪目のまゝ鮟鱇の割かれけり    佐々木 鳴子
鮟鱇の あぎと全開 宙にあり    野口 明子
吊されて老鮟鱇の無念かな       有永 実
とめどなき大鮟鱇の涎かな      岡田 耿陽
鮟鱇に似て口ひらく無為の日々    木下 夕爾

それにしても、無理してあんぐり口を開けたせいで、顎が痛いし、肩、首筋、こめかみなど、あちこちが凝って痛い上に、治療した歯の歯茎は腫れ、飲食物がしみます。

削られて歯の痛み増す寒戻り


春長けてハチマルニーマルを考える、の巻

「8020(ハチマルニーマル)運動」という言葉には、聞き覚えがありましょう。

1989年(平成元年)より厚生省(当時)と日本歯科医師会が推進している「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という運動だそうです。

愛知県に住む私の親しい友人I君が、以前、電話のよもやま話で、「8020(ハチマルニーマル)の20(ニーマル)は、頑張れば大丈夫そうだが、80(ハチマル)のほうが、怪しいね」と、出色のジョークを飛ばしていました。「座布団1枚」です。
このネタ、著作権は彼に属しますが、使わせて貰いますよ。
「80(ハチマル)」の方の保障はおぼつきませんが、「20(ニーマル)」目指して今日も歯医者通いです。


このネタは、つい先日も友人に披露したところです。

予約なしの飛び込みでしたので、多少待たされましたが、待合室で米朝会談の模様が中継されていました。額面通りには受け取れない狸と狐の政治ショーだったとしても、あの握手と軍事衝突回避・和平への歩みは、歴史の進むべき道、国際世論の求めるところでしょう。

治療は敏速で、今日一日で治療終わり。気が晴れたので、ついでにちょっと立ち寄って撮影散歩をしてみたい場所があったのですが、駐車場に向かう頃、急に強い雨が降り始めました。傘を持ってくるのを忘れていたので、散歩は諦めて、帰宅しました。



晴れ間を見て、午後、近所の散歩にでかけ,こんなチョウに会いました。

モンシロチョウ。





アゲハ。









ツマグロヒョウモン。















今日はここまで。

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ミクロサイズのトホホ、の巻 [折々散歩]

PCの不調が重なります。メインPCの常用ブラウザは、長い間Firefoxを使っています。でも、常々起動の遅さ、動きの重さにストレスを覚えることが多いのですが、その上さらに、ここにきて、些細なことでフリーズしてしまうことが頻繁になりました。
最新バージョンをインストールしなおしてみたり、設定を初期化してみたり、クッキーを削除してみたり、思いつくことはいろいろやってみましたが、いっこうに改善されません。クッキー削除で、記憶させておいたパスワードなどがリセットされ、不便になっただけで、ストレスだらけの泥沼状態が続きます。
折に触れて、代替としてグーグルChromeやOperaを使ってはみますが、一長一短があって常用するには至りません。
これまで、マイクロソフト社謹製のインタネットエクスプローラは、各バージョンとつきあってはきましたが、何かとかゆいところに手が届かない不満点が気にかかって、敬遠する気持ちが強く、ネスケ(Netscape Navigator)健在の頃は迷うことなくそれを愛用してきたところですが、時代は変わって、Firefoxとおつきあいするようになりました。動作の重さを我慢すれば、操作感は悪くはないのですが,余りに度々クラッシュ・フリーズに遭遇するようになって、やむなくウィンドウズ10付属のEdgeを使ってみています。これが意外に軽快で、さしたるトラブルもなく使えるのが皮肉です。いっそのこと、デフォルトのブラウザに設定しようかなどと思っています。
そんなことに振り回されて、目の前のパソコン作業が遅滞し、ブログ更新にまで手が回りません。
じめじめと鬱陶しい梅雨空に気が塞ぎますし、新潟県知事選自公候補の僅差勝利(昨日)、袴田事件再審棄却(今日)と、不可解・心外なニュースも、何かと気を滅入らせます。

他方、身辺では、ミクロサイズのトホホもあいつぎます。

先週の木曜日。教育相談のボランティアに、最寄りの駐車場所から片道30分弱歩いてかよい、梅雨の晴れ間の旭川畔の散策を楽しみました、



真ん中あたりに、岡山城も見えます。



ズーム。



こちらは県立図書館近辺からの眺めです。



心地よいウオーキングもでき、心穏やかでそれなりに充実した一日を送ることができたのですが,夕方駐車場所まで歩き着いていざポケットを探ると,どうしたことでしょう。キーホルダーの様子がヘンです。その日乗ってきた車のキーはありましたが、我が家の玄関ドアの鍵や、妻が乗る軽4のスペアキーなどがついた鍵束が見当たりません。バッグやポケットの中を探るも,見つかりません。どうやら,何かの弾みではずれて、落としてしまったのかも知れません。心当たりは?と考えると,一番滞在時間の長かった教育相談室の事務所が疑われます。

来週も木曜日には行く予定ですから、その時探してみようと思いながら、気がかりなすっきりしない週末を過ごしたことでした。

9日(土)は、中3生は部活(チームメートの試合の応援)で一日まるまるおでかけ。保育園児は保育園に預かってもらい、我が家へのお泊まり明けの小5生は、ママと行動で、小2生だけ、我が家で預かりました。

午前中はバアバのお出かけ先について行き,お昼はこの公園でおべんとうをかってたべました。







大きな人形の肩のあたりを拡大します。

これによじ登って,こちらに合図しているのがわかりましょうか?



梅雨晴れの土曜日でした。

明けて、10日の日曜日の夜は、懇意な友人達との飲み会を予定していました。どうせ、懇親会場まで交通機関を使って行くのなら、途中下車して教育相談の事務所に立ち寄り、鍵の行方を探してから懇親会場まで歩いて行くことにしました。

一所懸命心当たりを探した結果、私が腰掛けていたソファの、クッションの下に紛れ込んでいるのを発見。ほっとしました。そのあと、小雨の中を懇親会場まで歩き、心地よい歓談で時の経つのを忘れました。解散後、寄り道もせずにバス停に向かいましたが、日曜日のことと手、最終便がもう終わっていました。トホホ。

気を取り直してJR駅まで歩き、発車時刻表を見ると、数十分待ちで、最寄り駅方面に向かう各駅列車がありました。それに乗って、30分。降車駅が近づいた頃、ちょっとだけ居眠りをしていました。ふと気づくと駅名アナウンスがありますががよく聞き取れません。外は真っ暗で駅名表示も見えません。仕方ないので,次の停車駅までのりました。すると、なんと二駅も乗り過ごしているではありませんか。無人駅のこととて、駅前タクシーの姿もありません。仕方ないので、妻にお迎えを依頼したことでした。トホホ。

そんなこんなで、また新しいが始まりました。梅雨本番です。

我が家の庭にも鉢植えの紫陽花が咲いています。















ちょっと変わった品種です。以前、長女とムコ殿が選んでプレゼント してくれたものを、大きい鉢に植え替えました。。



散歩道のアジサイも,色とりどり。雨が大好きです。















ネムノキ。











ヒメジャノメ。



今日はここまで。


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雨降って地固まるか?の巻 [折々散歩]

朝から強い雨でした。

インフルエンザ明けから登校がままならなくなり、長期にわたって欠席を重ねるという状態ではないものの、登下校時は徒歩通学が気が進まず、車で送り迎え、ほとんど保健室で一日を過ごす日々が続いていた多かった小5男子が、今朝は雨の中、本人宣言通り、妹と登校班で登校できたと、ママがメールをくれました。喜んだのは妹だと。

この小2の妹は、ここのところ毎朝、兄とは別々に登校班登校を続けていて、やはり心細かったようで、兄を励ましたり、かばったり、叱咤したり、いじけたり、それなりに心を痛めてきたようですから。

登校班で集団登校するのは、実に何ヶ月ぶりでしょうか?最近は、他の子どもたちとは別行動で、一人で歩いて下校したり、朝も、勤務開始時間に余裕があるパパが、学校まで一緒に歩いたり、時にはママと一緒に歩くことも、、、、。試行錯誤の繰り返しですが、周囲が本人の判断・選択を、大らかに見守ることが何より大切と、改めて感じさせられます。

帰りは、兄弟とも、ジイジのお迎えで、元気で帰りました。今夜は我が家のお泊まりだそうです。





アジサイ。







タチアオイ。










ツバメがしきりに飛び交ったり、止まったりしています。



我が家の玄関先の巣で育ったヒナも、何一日前に巣立ったようです。本来なら、夜になると眠りに帰ってくるはずなのでしょうが、ルスの間にスズメがちゃっかり占拠して、枯れ草やら藁くずなどの巣材を運び込み、我が物顔で居座ってしまったため、ツバメは帰巣を諦めざるを得なかったようです。お気の毒。

スズメときたら、事もあろうに、泥でできたツバメの巣を無惨に削って、ぼろぼろに壊してしまいました。かわいげな姿に似ず陰険な振る舞い、興ざめですね。

ところで、アメリカファースト、国益至上主義のトランプさん、サミットでは、「G7ではなくG6ともうひとつ」というありさまだったそうな。一方、米朝首脳会談をめぐる動き、これも国益優先の駆け引き。狐と狸の化かし合いには違いないでしょうが、背後には、核戦争を拒み、非核・平和の朝鮮半島・北東アジアの樹立を願う、国際世論が、厳然として現実的な力を発揮していることは間違いないでしょうね。「対話のための対話は無意味」と、頑なな遠吠えを繰り返してきたアベさんも、得意の変わり身の早さで、遅ればせながら、日朝の会談を口しはじめましたか。とっくに土俵を割って勝負は終わっているのに、「まだまだ」と言い張って新しい土俵を書き加えるボクチャンルール。見苦しいことこの上ありませんが、また支持率持ち直すのですか?いくら何でも、そんな馬鹿な。

今日はこれにて。

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入梅の報せあり、の巻 [折々散歩]

昨日、山口をのぞく中国地方が梅雨入りしたとみらるとの報道が流れていました。山口の梅雨入りはまだなのかと不思議に思っていましたら、とんだ錯覚で、すでに先日、九州地方とともに梅雨入りしたのだそうでした。
梅雨のしとしと雨というイメージよりは激しい、本降りの雨が続いています。今朝の散歩は、長靴を履き、傘を持ってでかけてみました。

散歩道のアジサイも、次々に花を咲かせ、ひときわ潤いを増しています。







































ホタルブクロ











クチナシ。







あちらでもこちらでも、刈り取りの終わった麦畑が、次の耕作のために焼き払われています。このあたりの風物詩といえるでしょうが、ここ数日もくもくと白い煙が、一面を覆っていて、太陽の光もかげるほどでした。夜中も野焼きの炎が、かがり火のように田園を照らしていました。
















県北の郷里の方では、早いところでは連休の前から田植えが始まり、いまではほぼ終わっているようですが、ナードサークの周辺では、ようやく田植えの準備が始まろうかという頃合いです。秋冬の寒さの到来がそれだけ遅いせいだと思われます。

田植えによらず、籾の直播き栽培をするところもあるようで、稲苗が育ち初めている水田風景も目にとまります。



季節の推移は瞬く間で、「早苗取りしかいつのまに」という感慨を覚える日もまぢかでしょう。以前こんな記事を書きました。

葉月晦の薀蓄!!

「枕草子」にこんな記事があります。
「八月つごもり、太秦(うづまさ)に詣(まう)づとて見れば、穂(ほ)にいでたる田を人いと多く見騒ぐは、稲刈るなりけり。早苗(さなへ)とりしかいつのまに、まことにさいつころ賀茂(かも)へ詣づとて見しが、あはれにもなりにけるかな。(二百十七段)
「早苗取りしか何時の間に」は次の古歌を踏まえたもの。
 「昨日こそ早苗取りしかいつのまに稲葉そよぎて秋風の吹く」 (読み人知らず 古今和歌集秋上)
ちなみに係助詞「こそ」の結びで、過去の助動詞「き」が已然形「しか」になるのは、おなじみの「係り結びの法則」(法則と呼ぶほどのものですか?)。「こそ―――已然形」で結んで、文が終わらずに続く場合、逆接の条件節になることが多い。というわけで、この歌は、「つい昨日早苗を取ったのに、いつの間にか稲の葉がそよいで秋風が吹くことだよ」の意。



とりあえず今日はここまでです。


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麦秋更けて、の巻 [折々散歩]

あっという間に麦が熟れ、どんどん刈り取りが進んでいます。











上は6月1日撮影。下は今朝の撮影です。



枇杷の実が色づき始めています。





タチアオイが一気に咲き誇っています。



















群生するポピー。







散歩道のアジサイも次々に咲いています。











真夏並みの暑さとは言え、さわやかな晴れの日。それに引き替え、余りにも鬱陶しいのはこのニュースですね。

学校法人「森友学園」を巡る一連の問題で、大阪地検特捜部は、前国税庁長官の佐川宣寿氏(60)や財務省職員らを不起訴処分にした。問題の発覚から1年4カ月。検察の捜査は終わったが、国有地の大幅な値引きや決裁文書改ざんの背景に、安倍晋三首相らへの忖度(そんたく)があったかどうかなど、多くの疑惑は未解明のままだ。財務省は佐川氏らを処分し、幕引きを図る構えだが、与党からも麻生太郎財務相への責任追及の声が上がる。(毎日新聞



学校法人「森友学園」(大阪市)への国有地売却を巡る決裁文書改ざん問題で、財務省は4日午後、省内の調査結果を公表する。当時理財局長だった佐川宣寿前国税庁長官が事実上、改ざんなどを指示していたと認定する見通し。佐川氏を停職3カ月相当にするなど20人を懲戒や厳重注意などで処分し、麻生太郎財務相は閣僚給与1年分を自主返納する方針。麻生氏は続投する意向...(毎日新聞



明日は雨だそうです。
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孫と歩いた虫の原っぱ、の巻 [折々散歩]

6月に入って暑い日が続きます。今朝は、自治会恒例の草取り。朝8時から一時間足らずの作業ですが、大粒の汗が滴ります。
昨日は、小学生の孫兄妹をつれて、田舎に行ってきました。
農作業をするつもりもなかったので、行きがけに少し回り道をして「自然保護センター」に立ち寄ってみました。
駐車場から園内に向かう階段は、いつものことながら息切れと動悸を誘いますが、その先のなだらかな遊歩道を歩けば、緑濃い初夏の風情が心を快くリフレッシュさせてくれます。
森の緑を映し込んだ池のたたずまいは、どこかの景勝地の湖畔を思わせます。

ヤマボウシ、ヤブデマリ、ウツギ、キンシバイなど、とりどりの木の花が森を彩っています。これはヤマボウシ。



路傍の山際にササユリ(笹百合)が咲き始めています。


ササユリ生育域一帯に、立ち入り禁止のロープが張り巡らしてあり、「マムシ注意」の看板がいくつも掲げられています。盗掘の被害が相次いでいるらしく、それへの対策の意味もあるようです。
ササユリについては過去にもこんな記事で書きました
卯の花を簪にアジアイトトンボ
トカトントン再び、の巻

ところで、前回、6月10日の自然保護センターでは、ササユリの花を見ました。
この優美なユリは、その葉が笹の葉に似ているところからササユリの名があるそうです。このようなササは歓迎ですが。



この施設の「目玉」タンチョウヅルの飼育エリアへは立ち寄らず、自由散歩中のタンチョウを遠くから眺めただけで、「虫の原っぱ」へ向かいます。過去記事でも何度か紹介させていただきました。
虫の原っぱ虫三昧、の巻
剥がれ落つる記憶の欠片エゴの花
猛暑の「虫の原っぱ」でハッチョウトンボに会う、の巻
名にし負う虫の原っぱ虫三昧
孫たちは初めての来訪ですので、滅多に会えない虫や鳥が顔を見せてくれたらと、期待したのですがなかなかそうはいきません。ハッチョウトンボも見つけられませんでした。
でもこんなチョウは、名前が思い出せず、図鑑のお世話になります・
ルリシジミ?

ええとこれは???コムラサキ♀かな?

小5の兄が、イトトンボを捕まえました。

孫達もカメラを持ちたがりますので、それぞれに一台持たせます。



妹の作品










トリミング画像。





兄の作品








つぎはトリミング画像です。





今日はここまで。

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6月の花と鳥、の巻 [折々散歩]

6月になりました。

6月と言えばこの花の出番です。













深山公園のアジサイは、ようやく咲き始めたばかり。まだまだ白っぽい、淡い色をしています。

少し色づいたものもあって、この先が楽しみです。



ドクダミも季節の花(?)ですね。







ニガナ?でしょうか?







見るものすべてが、夏の近さを感じさせます。



我が家の燕の雛も、すっかり羽がはえそろい、食欲旺盛です。

右端の雛はおしりを出していますが、こうやって行儀良く?巣の外に糞を落とします。







親業は大変です。



これは深山公園で出会った光景。

カメラマンさん達が、いっせいにカメラを向けています。

何を狙っておられるのかわからないまま様子を窺っていますと、おひとりが、見えますか?」と尋ねてくださいました。「いいえ」と首を振ると、あの枝の丸い穴!と、指さして教えてくださいました。

わかりました!!!







トリミングします。







何かの雛ですねえ。

コゲラかな?

今日はこれにて。


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