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法廷ドラマの派手さはないけれど、、、の巻 [時事]

「年金裁判第一次第8回と第二次第5回口頭弁論」を傍聴してきました。
午前中は、曇りの天気でしたが、昼過ぎの法廷が始まる前頃から、あいにくの冷たい雨が降り始めました。
雨の中を,入廷行進で、市民にアピールします。



右側が裁判所です。

今日も傍聴席は満席でした。
裁判は、始まったと思ったら、原告と被告(国側)のそれぞれの準備書面を確認し、裁判官と双方の弁護団とのあいだで一言二言やりとりがあっただけで、次回公判日程を確認して、終わりました。 TVドラマや演劇、映画などでの緊迫した法廷シーンとのギャップがハンパじゃありません。
2時過ぎから,別会場で報告集会が行われました。参加者から、同じような感想が出されました。

思えば、これまでの8回の公判のうち、最初の冒頭陳述の会だけは、原告代表の切々たる陳述があり、緊迫した感動を味わいましたが、そのあとは毎回同じような展開で、拍子抜けして終わります。一応「市内」に住む私でも、片道1時間前後、遠いい方だと100kmを超える土地から時間を割いて法廷に駆けつける場合もあります。その労に比して,余りに呆気ない法廷場面ですが、、、今日の法廷で、
原告側は、学者・研究社の意見書(4氏)や論文(1氏)などを含む大部の準備書面を提出し、これを「陳述」した事になるそうです。ただ、実際に読み上げることはなく、「書面」のやりとりが裁判の実質であるらしい。

そうであっても、毎回、傍聴席を満席にすることは、いかにこの裁判に人々の注目が寄せられているかをアピールし、裁判所に公正裁判への自覚を喚起することにつながるのだそうです。

次回法廷では、現在集約中の原告各氏の「意見陳述書」を提出することになるそうです。「意見陳述書」は、原告一人ひとりが、自身の生活実態・人生そのものをリアルに語り、年金切り下げ・マクロ経済スライドがどのような深刻な影響を及ぼすかを、個別具体的に解き明かし、その不当性を訴えることで、裁判官に真実を見るよう促し、心を揺さぶることになるはず。

次回は、可能な限り、原告代表による「意見陳述」の機会を設けるよう、裁判所に要求していくそうですから、楽しみです。

法廷には、先日歴史的な勝訴を勝ち取った浅田訴訟のメンバーも同席されていました。年金裁判の原告側弁護団の一人である古謝愛彦弁護士は、同時に浅田訴訟弁護団にも属しておられました。市当局に対して、決して控訴しないよう、急いで要求を集中してほしいと強調されました。

下は、「浅田達夫さんを支援する会」の機関紙「ささえ」のコピーです。






午後は冷たい雨に運ばれて北冷たい空気のた目に、真冬に逆戻りの冷え込みです。

今朝のご近所散歩で、こんなものを見ました。

ソメイヨシノのツボミが、ほんのり頬を染めています。



レンギョウでしょうか?






ムスカリ。




シモクレン。







ハクモクレン。



ボケ。



ツクシ。











明日は春分の日。行きつ戻りつしながらも、春がどんどんふくらんできますよね。


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はは~ん、わかった、「選挙結果の怪」の謎、の巻 [時事]

名護市長選の経過と結果を鋭く分析したこちらの記事は、目から鱗です。

選挙メモ 名護市長選挙をデータで見る - 出口調査と選挙結果のねじれは何を意味する ?


提供されている資料の一部をご紹介させていただきます。



上に紹介された図の通り、出口調査では、辺野古移設反対が上回り、稲嶺市政を評価する声が大きく上回っていました。それなのに、なぜ「公開討論会もすべて断り、公式ホームページもハリボテで、活動実績の項目は空欄のまま」という「ほぼ無名の新人、渡具知氏」が勝ったのか?
記事の一部を引用させていただきます。

この出口調査と選挙結果の
あまりに凄まじいよじれ現象は
あのトランプ選挙を彷彿とさせる。
そして出口調査に反映されない
期日前投票の異様な多さは
この選挙が究極の組織選挙だったことを指し示す。
自民党幹部が沖縄に貼り付いて、各種業界団体の徹底した引き締めに回った。いろいろと裏の話を聞いたりもした。徹底したトップダウンの集票、そして投票所までマイクロバスでのりつけるグループが散見された話。宗教団体はまた最も手堅い票田となり、創価学会や幸福の科学などが活発に動いた。
また、
とぐち武豊は公開討論もいっさいせず、
かわりに艦砲射撃のように大量のデマを垂れ流した。
稲嶺陣営は、結局そのデマのカウンターに
多くの人材と途方もない労力を消耗させられた。
恐ろしいほどの時間を、押し寄せる大量のデマつぶしに使わなければならなかった。
それ狙いでとぐち武豊陣営が
政治家とネトウヨ総動員でデマを飛ばしていたのだから
非常に汚い選挙のやり方だったといえる。





投票傾向の特徴は、
(1)投票日当日は、稲嶺さんに投じた人が多かったが、史上最高の異例の期日前投票の票は、とぐち候補に多く流れたらしい。
     ↓
通例の選挙の常識を覆す、徹底した動員票が組織された模様。マイクロバスでの集団投票も広く目撃されたらしい。

(2)世代別では六〇代七〇代に稲嶺支持が、最も多く、若年層が少なかったらしい。特に10代、20代は、極端にとぐち支持に傾く傾向があったらしい。
     ↓
歴史を知らない若者層には、根拠のないデマ宣伝が効を奏したものらしい。中央政界の著名な人物が次々と乗り込み、辺野古問題の争点はひた隠しにしながら、稲嶺市政への根拠のない誹謗を垂れ流したこと、これらが若者受けし、SNS等でもカクサンされたことの影響は大きかったらしい。また、現役世代は、会社や地域など、現実のしがらみによる圧力・誘導が、奏功したらしい。

(3)男女別では、女性の方が稲垣支持が多かったらしい。
     ↓
命とくらしに直接の深い関心を持つゆえか、どうやら女性の方が、しがらみを超えた、よりリアリティある判断をできるものらしい。
そんなことを考えておりますと、前回記事へのmajyo様のコメントが、俄然現実味を帯びてきました。

名護市長選で見られたように、国民投票までいくと
もう危ないですね。その前にストップです。
諦めない

公選法の規制のもとでもあれだけのやりたい放題ですから。ゼニ、情実、会社・地域・組織ぐるみのしめつけ、提灯マスコミ総動員のデマ三昧で、2/3をかすめ取ろうとするでしょうね。その時、戦争体験から遠く、歴史認識においても不案内な若年層に、どう憲法九条の意義と価値を、すとんと胸に落ちるやり方で語り伝えていくかが、決定的だと、改めて思います。
街頭で九条改憲に反対する行動をしていると、3000万署名に応じてくれた若者が、「戦争に赴くことになるかも知れない若者たちのために、(もう戦争に行くことはないお年寄りが)街頭で頑張ってくれてありがたい」と語ったというエピソードを聞きました。こんな例が、無数にあらわれなければならないのでしょうね。



昨日は、岡山市でも氷点下6℃という、三十数年ぶりの冷え込みを記録したそうです。今朝は、気温は低いものの、風のない穏やかな日射しがありました。またまた深山公園を歩いてみました。昨日よりは長い距離を歩きました。
コゲラが、何羽もいました。

また、ルリビタキ♂にも会えました。



ジョウビタキ♂も。

ジョウビタキ♀も現れました。

水が凍っています。

カモの池も氷に覆われています。

ヤマガラ。

トリミングします。

赤松池のカモたちも元気。







今日はここまで。

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あきらめません、勝つまでは、の巻 [時事]


前回記事では、しばらくブログ更新をできずにいたのが、名護市長選挙のショックではないということ話の「マクラ」に、その間の事情を本題として述べる心づもりだったのですが、気力が及びません。名護市長選挙の当日、地元ではこんな集会があり参加してきました、という事実だけ、ご報告しておきます。

一部分を拡大します。

主催は、幼少中高・障害児学校退職教職員有志、とありますが、その中心は、「岡山県退職教職員の会(岡退教)」「岡山県退職女性教職員の会(県退女教)」、「岡山県高校・障害児学校退職教職員の会(高退教)」の3団体です。幼少中関係の前者2団体は、「日教組」傘下の「岡山県教組」出身の退職者組織、高校・障害児学校関係は、「全教」傘下の「岡山高教組」出身の退職者組織(ああややこしい)。現役時代は、「路線」の異なる教職員組合に属していた退職者なのですが、「九条改憲」という重大事態にあたって、歴史的な共同行動に踏み出したのです。

アベ改憲の動きが、このようなまたとない貴重な卵を産み出したのですから、歴史の弁証法というのはおもしろいものです。

この動き、これからも度々報告させていただくつもりです。

政財総動員の反動攻勢のすさまじさは、名護市長選挙で見せつけられましたが、あきらめません、勝つまでは。

「勝つための方法はあきらめないこと」だそうですから。

今日は、午前中かかりつけ医へ血圧の薬をもらいに行ったあと、ちょっと足を伸ばして深山公園を歩いてみましたが余りの寒さに、いつもの二割か三割の距離で引き返しました。
何度かカワセミを写したことのあるこの枝の真下の水は凍っています。


珍鳥が出るという噂のある地点を、霜柱を鳴らしながら歩いてみますが、めざす鳥の影は見当たりません。
遠くの方をちょこちょこ歩いているのは?

小さいので、トリミングします。

ミヤマホオジロのようです。

そのそばにいたのは、アトリ。

もう一種、珍鳥が飛来しているとの情報があり、遭遇を期待したのですが、かなわず駐車場に向かう途中、ジョウビタキ♂が登場。



トリミングします。

♀も現れたのですが撮影できませんでした。
大きいレンズを付けたカメラマンさんが、何人もいらっしゃい、明いたが、そのうちのお一人が狙っておられる枝先を窺うと、、、。



すわ珍鳥か?と緊張しましたが、シロハラでした。

でもそれなりに満足して、今日はこれにて。

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共通テーマ:日記・雑感

ははん、なるほど、見えてきた、「選挙結果の怪」の謎、の巻 [時事]

記事の準備はしながらも、なかなか手がつきません。
名護市長選挙のショックでくじけている、、、わけではありません。
東京新聞「本音のコラム」、ネットで読みました。

「それでも名護市は交付金に頼らない行政を貫いて、全学校への冷房設置や校舎の耐震化、小中学生の医療費無料化まで実現させたのよ。(中略)
選挙中、自民党は交付金の再開を当然ちらつかせただろう。札束の力で自治体をねじ伏せ、住民を分断させる恫喝政治。これ、民主主義なんですか。」と。
そうだそうだ、もっともだ。
そればかりじゃありません。
地元紙「山陽新聞」に、こんな記事がありました。
ここに一部分を引用します。

 手土産
政権の切り札は公明党だった。 自主投票に回った14年の前回選は、移設反対派が容認派に約4千票差をつけて勝利。公明支持者には「移設反対が多い」(関係者) といい、取り込む必要があった。
動いたのは菅義偉官房長官。公明党支持母体の創価学会幹部にパイプを持っており、昨年12月に支援を要請した。「手土産」もあった。昨年10月の衆院選比例代表で、名護市の公明党票は約5800 票。前回選から2200票余り増やしたのは「自民党の協力の成果」というわけだ。
学会側は、昨年7月の東京都議選で自民党を支持せず大敗させた一因となったことを踏まえ、「しこり解消につながる」(公明党筋) として協力を決断。党本部主導で県本部推薦を出した。党内に慎重論もある意法改正論議を見据え、党関係者は「自民党への貸しになる」と漏らした。 学会からは原田稔会長をはじめ. 幹部が続々と沖縄入り。名護市民に働き掛ける電話作戦には全国規模で取り組んだ。「負ければ責任論に直結する」(学会関係者)との危機感から自民党の動きにも厳しく注文を付けた。
NGワード
辺野古移設(辺野古の「へ」の字も言わない)」。 渡具知氏陣営の運動員向け内部文書だ。「反対派の土俵に乗らないステルス作戦」(自民党県連)。 渡具知氏自身も、政権とのパイプを掲げて「市民生活向上」を繰り返した。(中略)
建設業や医師会 など業界関連の国会議員も現地入りし、水面下で「どぶ板選挙」を繰り広げ、引き締めを図つた。

はは~ん。そういうことだったのか。「自由民主党」が、「自由」と「民主主義」の対極物であることは、薄々知っておりましたが、「公明」党もその名を大いに汚しているようで、残念です。

 こうめい-せいだい【公明正大】の意味

出典:新明解四字熟語辞典(三省堂)

  • 私心をさしはさまず、公正に事を行うこと。また、そのさま。▽「公明」は公平で私心のないこと。不正や隠し立てがないこと。「正大」は態度や行動などが正しくて堂々としていること。

そう言えば、昔、私の子どもの頃「公明選挙」という言葉が広く使われていました。明るい選挙推進協会のHPに、こんな記事がありました。
明るい選挙推進協会

 2.公明選挙の起こり
戦後は、昭和27年に公明選挙運動として始められました。
当時は、昭和26年に行われた第2回統一地方選挙において選挙違反が横行し、6万人を超える検挙者を出したのに続き、翌27年に予定されていた衆議院議員総選挙に向けて激しい事前運動が盛んに行われ、国民の間で選挙をなんとかしなければという声がしだいに強くなっていました。この様な状況の中で、一大国民運動を展開し、正しくきれいな選挙をしようという呼びかけが前田多門などの有志によってなされました。また、朝日、毎日、読売の三紙が共同社告で公明選挙の推進を宣言しました。これら言論、実業、経済、婦人等各界の全面的な支持を受けて、同年6月、「公明選挙連盟」が結成されました。 また、衆議院は同年6月に「公明選挙推進に関する決議」を可決し、これを受けて政府も7月に「選挙の公明化運動に関する件」を閣議決定しました。全国の選挙管理委員会もこれに呼応し、このようにして官民あげての公明選挙運動が展開されるようになりました。
(中略)
4.公明選挙から明るい選挙へ
国民に慣れ親しまれてきた公明選挙運動という名称でしたが、公明党が誕生したことなどから、新しい名称を公募により決めることになりました。昭和40年、2週間弱の募集期間にもかかわらず、全国から7千通を超える応募があり、その中から「明るく正しい選挙」が選ばれ、以後は「明るく正しい選挙推進運動」と呼ばれることになりました。
その後、昭和49年に簡素化され、「明るい選挙推進運動」となりました。

子ども心に、「公明政治連盟」やら「公明党」やらの命名は、パクリの匂いがぷんぷんして、ヤナ感じがしたことを覚えています。
ところで、最近こんなニュースを知りました。もともと多くの人々に広く知られている名前や言葉を、横からしゃしゃり出て自分のものだと主張して利益を得ようとする姿勢は、とてもいただけません。利益追及第一の営利企業のみならず、「公益」のために、公平で私心なく働くべき政治団体・政党が、世間に定着している聞こえの良い言葉を、ちゃっかりわが名として掲げることは、どうなんでしょう?

 

「OKAYAMA」商標不許可に

山陽新聞2018年02月02日22時06分

 中国で複数の現地企業が岡山を示す商標を登録している問題で、岡山県は2日、香港の企業が登録出願した「OKAYAMA」に関して、中国商標局が県の異議を認めて不許可にしたと発表した。不許可基準の一つである公知の外国地名に該当するとの県側の主張が全面的に採用された。県の申し立てが認められたのは初めて。 
県によると、2016年9月に香港の企業が電子機器の商標として出願していることが分かり、同年11月に県商工会議所連合会などと連名で申し立てた。今回、岡山が公知の地名とされたことで今後、新たな登録が出願段階で不許可になることが期待できるという。
 県はほかにも、現地の企業や個人が岡山を示すローマ字と中国語で計9件の商標登録をしていることを確認している。このうち2件については、昨年3月に使用実績がないことを理由に取り消し請求したが、棄却されていた。
 県産業振興課は「今回は妥当な判断。岡山を示す別の商用登録についても無効を求めていく」としている。


長くて読みにくかった記事を、分割編集しました。以下次号に続きます。

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長老たちの憂慮の声を傾聴すべし、の巻 [時事]

先日元自民党幹事長・官房長官など歴任の野中広務さんが、逝去されました。晩年、アベ政権政権の危険性を再三警告しておられたこと、またアソー元首相の差別姿勢を厳しく批判しておられたことを、いくつかの記事で知り、改めてその真情に打たれています。この話題は、majyo様の先日の記事↓に詳しいので、ご紹介させていただきます。

老兵は死んだ・野中広務


最近多摩川に入水して自死した西部邁氏(保守派の評論家、元経済学者、雑誌『表現者』顧問、元東京大学教養学部教授)のニュースも、胸に刺さります。
「リテラ」の記事↓を引用します。

西部邁が自殺を予告していた!「10月22日に死ぬ気だったが、総選挙になったので延期した」


 西部氏といえば、東京大学時代に60年安保闘争に参加するも転向、その後は保守論客として活躍を続けてきた人物だ。とくに1990年代には『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)に“レギュラー”出演、改憲はもちろん、自虐史観批判、核武装や徴兵制の導入まで主張し、歴史修正主義団体「新しい歴史教科書をつくる会」にも理事として参加。“ネトウヨ”の生みの親のひとりでもあった。
 そんな西部氏だが、注目すべきは、安倍首相との“関係”だろう。第一次安倍内閣が崩壊直後には「保守とは何か?」という勉強会を定期的に開催、また『西部邁ゼミナール』(MXテレビ)にも安倍氏をゲスト出演させるなど、安倍氏を支持、支援していたはずだった。が、しかし第二次安倍政権からは一転、“安倍首相は保守でもなんでもない”“それを理解しない安倍首相は愚かなジャップ”などと安倍首相を激しく批判する側に転じていたからだ。
(中略) 
西部氏は安倍首相のアメリカ追従に苛立ち、さらに“安倍首相は最初から保守ではなかった”と批判を繰り返してきたのだ。いったい、西部氏はなぜ安倍首相をここまで批判するようになったのか。その背景には、安倍首相の対米従属路線があるのはもちろんだが、もうひとつは安倍首相の無教養で浅薄な思考を軽蔑していたからではないか。
 実際、西部氏はネトウヨを生み出したひとりではあるが、その保守思想は教養に裏打ちされたもので、ひたすら安倍首相を礼賛、安倍晋三教者と化したネット右翼とは一線を画していた。
 また、自身の思想信条と対極にある左派論客と交友し、議論をたたかわせるのも西部氏の特徴だった。姜尚中氏や佐高信氏、また16年には自らが主宰する雑誌『表現者』の座談会に日本共産党の小池晃書記局長を登場させ、安倍首相の対米従属と新自由主義についてともに批判。共産党のほうが保守に近いと高く評価していた。
 こうしたある種の深み、懐の広さをもった西部氏にとって、安倍首相の浅薄さ、無教養さは耐え難いものだったのではないか。
「今度は(自殺の決行を)何日にするか言いませんけどね。こんな狂った国にいるのは嫌だ」
 冒頭の『チャンネル桜』で、西部氏こんなことを言っていた。西部氏は4年前に妻を亡くし、自身も2013年に喉頭がんを患っていることを告白している。死を選択した理由は、こうした孤独や健康状態の可能性もあるが、改めて言論界や保守論壇からの総括も必要だろう。

その自死の真相は闇の中ですが、ある時期は支持・支援してきたアベ政治の軽薄さへの幻滅が、大きな引き金になっていることは疑いないでしょう。
みずから保守を自認する方々が、次々とアベ政治に違和を表明しておられます。また、実際に戦争を体験された方たちが、思想信条の如何を問わず、「あの戦争はひどいものだった。」「決して繰り返してはならぬ。」「その思いが憲法9条に結実し、戦後の平和を支えた。」という旨の発言を、こもごもに公にされ、共通にアベ政治の危うさを指摘しておられます。
と同時に、国際情勢の緊迫性について、かつてなく多彩な方々が、警鐘を鳴らしておられることも今日の特徴でしょうか。
1月25日付の「しんぶん赤旗」コラム「潮流」にこんな記事がありました。

 「(核戦争まで)ぎりぎりの地点にきている」。フランシスコ・ローマ法王が最近示した懸念です。ハワイでのミサイル警報誤配信事故について記者団に問われ、答えました(米誌ニューズウィーク、15日電子版)▼スマートフォンにミサイル攻撃を知らせる緊急警報が配信され、大問題になった事故。問題視されているのは、警報システムのずさんさだけではありません▼ペリー元国防長官は米政治専門誌ポリティコマガジン(15日電子版)に寄稿しています。「人為ミスや故障、両者の組み合わせによって核の大惨事が起きかねない危険を示した」▼同氏がよくあげるのは自身の体験です。国防総省幹部だった1979年、空軍の当直士官からの電話で真夜中に起こされました。200発のソ連ミサイルが米国に向かっているとコンピューターが表示している。そんな報告に核戦争を覚悟しました。しかし実際はコンピューターに訓練用テープを間違ってセットしたために起きたものでした▼誤った報告が大統領にあがれば、5~10分間で大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を判断しなければなりません。誤算から文明を滅ぼす第3次世界大戦に突入しかねない。ペリー氏の警告です▼ハワイ州選出でイラク帰還兵でもあるガバード下院議員は事故を受け「無条件で米朝対話を」と提起(CNN、14日)。ローマ法王は「だから、この(核)兵器をなくさなければならないのだ」。いずれも拒否する安倍政権。世界の流れが全く見えていないようです。

そのペリー元国防長官が、今朝の「しんぶん赤旗」に大きく登場して、インタビューに答えていました。そのこと自体驚きでしたが、その発言がまた今日の危機の重大さをリアルに浮き彫りにするもので、戦慄なしに読むことができませんでした。

立場や経歴を問わず、戦争(の実相と回避の可能性)の真実を知悉している軍事専門家、戦争体験者、有識者等の警鐘に、今こそ真摯に耳を傾けるときでしょう。(「真摯に」もアベさんがお好きな言葉のようです。その字義を、誤解なさっているのでは?という疑惑も指摘されていますがね)
さて写真は、一昨日の「雪の倉敷美観地区」の続きです。







今日はこれにて。

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「それで何人死んだんだ?」、の巻 [時事]

「それで何人死んだんだ?」
25日、共産党志位委員長が行った沖縄米軍機事故に関する国会質問に対して、松本文明内閣府副大臣が浴びせたヤジ。信じがたい暴言です。チンピラまがいの恫喝以下の品のなさ。辞任は当然ですが、辞任して済む問題でもないでしょう?
沖縄タイムズの1月27日付け社説(ウェブ版)の記事に、まったく同感です。

 米軍ヘリの不時着が相次いでいることについて、米海兵隊のネラー総司令官は25日、事故を未然に防ぐための予防的着陸だったとして「非常に素直に言って良かった」と述べた。
 ワシントンで開かれたシンポジウムでの発言である。「誰も負傷しなかったし、機体も失わなかった。私は心配していない」とも語った。
 ハリス米太平洋軍司令官も9日、ハワイで小野寺五典防衛相と会談した際、「一番近い安全な場所に(機体を)降ろす措置に満足している」と述べている。
 2016年12月、オスプレイが大破した名護市安部海岸での事故は、「クラスA」に分類される重大事故だった。ところがニコルソン四軍調整官は、集落を避けて海岸に「不時着」させたパイロットの技量をたたえ、県民をあぜんとさせた。
 04年8月、米軍ヘリが沖縄国際大構内に墜落炎上したときは、ワスコー在日米軍司令官が「ベストな対応」だと言い放った。
 これらはすべて「軍の論理」である。米軍高官の共通認識だと言っていいだろう。
事故やトラブルが多発し住民に大きな不安を与えているにもかかわらず「軍の論理」で正当化するのは、占領者意識というしかない。

 住民は、憲法第13条で保障された平穏な日常を求める権利(幸福追求権)を脅かされているのである。
 事態は極めて深刻なのに日米双方から伝わってくるのは県民感情を逆なでする「不適切発言」ばかりだ。
■    ■
内閣府の松本文明副大臣は25日、共産党の志位和夫委員長が衆院本会議の代表質問で米軍機事故などに触れた際、「それで何人死んだんだ」とヤジを飛ばした。
 開いた口が塞(ふさ)がらない。まるで問題を起こした米軍よりも県民を責めるような口ぶりである。
この程度のことで大騒ぎするなと言いたかったのか。

 村営ヘリポートにAH1攻撃ヘリが不時着したばかりの渡名喜村の桃原優村長は記者団に語った。
「もし人が死んでいたら、あなたはどうするのだと聞きたい」
共産党が記者会見でこの発言を取り上げ問題が広がったため、松本氏は26日、急きょ安倍晋三首相に辞表を提出し、受理された。
あっという間の辞任劇の背景にあるのは、28日に告示される名護市長選である。
■    ■
米軍高官の発言といい、松本氏の国会でのヤジといい、両者には共通する点がある。
代々そこで暮らしてきた人びとの生活感情や米軍基地を巡る歴史の記憶、基地被害の実態にあまりにも無頓着で、住民目線を決定的に欠いている点だ。
 政府に対する不信感と失望感は広がる一方だが、絶望している場合ではない。日米は地元沖縄の動きを注意深く観察しており、「まだこの程度」と思っている間は、大きな変化は起こらないだろう。
政治を動かすには大きなうねりをつくり出すことが必要だ。
(赤字強調は、引用者)


この「何人死んだんだ」というヤジについて、共産党の小池書記局長は会見で、「死者が出なければ事故が起きてもいいと意図しているなら重大な暴言だ」 と強く批判したそうです。もっともです。
が、それにとどまらないのではありますまいか?「何人死んだんだ」というセリフは、仮に犠牲者が出ても、「そんなにわずかな犠牲者数で、四の五の抜かすな、今は国難の時、国家危急の時であるぞ」と言ってのける時にも用い得るセリフでもあるでしょう。
日本共産党発行の「しんぶん赤旗」2017年2月15日付記事(web版)にこんな記事がありました。

 在日米軍の兵士や軍属らによる事件・事故が、1952~2016年度(11月30日現在)に21万件を超え、日本人の死者は1092人に上ることが、日本共産党の赤嶺政賢衆院議員の要求に防衛省が14日までに提出した資料で明らかになりました。 
資料によると、旧日米安保条約が発効した52年度からの事件・事故の総数は21万750件。このうち公務中(勤務時間内)が4万9699件、公務外(勤務時間外)が16万1051件で、これらによる死者は、公務中521人、公務外571人です。16年度は、昨年4月に沖縄県うるま市で20歳の女性が暴行・殺害され、遺体を遺棄された事件を含め、公務内外合わせて293件、死者1人となっています。
件数と死者数は、防衛省が日米地位協定18条に基づく損害賠償の関係上、把握しているもの。52年度以前と、米軍の施政権下に置かれていた本土復帰前の沖縄は含まれておらず、実際はこれを大きく上回るとみられます。


日米同盟の重要性に鑑みれば、それしきの被害に騒ぎ立てることなく、、ひたすら甘受すべきだ、いや、日本の安全保障のために注がれているアメリカの献身的努力に感謝すべきだ。なんて、すぐにでも言い出しそうではありませんか。
その意味では、松本氏、いささかも反省も改悛もしておられるわけではなく、ただ、上述の沖縄タイムズの記事の通り、「あっという間の辞任劇の背景にあるのは、28日に告示される名護市長選」ということに尽きるのでしょう。
4年前の名護市長選挙結果を受けて、こんな記事を書いていました。



  大寒や沖縄に春いちはやく
固き土破りて名護に春来たり
大寒や辺野古のジュゴン安くあれ
暦の上では、今日が大寒。
名前の通り、寒い朝でした。
その厳しい寒さとは裏腹に、昨日投票の、名護市長選の結果は、一足先の春の訪れを告げるものでした。いや、人々の燃える希望と熱気を、全国に伝えるものでした。
日米政府の強圧や、県知事の心変わりにも関わらず、住民は圧倒的多数で現職稲峰さんを選び、「辺野古の海を基地に渡すな」「ジュゴンの海を守れ」という決断を、繰り返して示しました。
ニュースを聞いていますと、今朝、いつもと同じように交通安全指導に立った稲峰さんに、通学途上の小学生や通行中の市民が「当選おめでとう」と声をかけると、稲峰さんはにこやかにそれに応えていました。
いや、比喩ではなく、実際に沖縄は、もう桜が満開なのでしょう。


今回の市長選挙は、明日が告示。「オール沖縄」、「オール名護」の力を結集して、日米の支配層が「まだこの程度」と高をくくってはいられない大きなうねりを作り出すことによって、政治の大変化への一歩が踏み出されることを祈っています。一休みすることもなく、たたかいの明け暮れを奮闘してこられた沖縄の皆様、もうひとがんばり、どうかよろしくお願いします。心から応援しております。

本土のスズメも、同じ思いで、沖縄のスズメにエールを送っていますよ。

今日はこれにて。

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アンネはどう思ったでしょうか?の巻 [時事]

今朝の「しんぶん赤旗」のコラム『潮流』欄にこんな文章がありました。一部を引用します。

 歴史から何を教訓として引き出すのか。いま注目されている劇団チョコレートケーキの「あの記憶の記録」を見て、あらためて考えさせられました▼舞台は1970年のイスラエル。アウシュビッツの生き残りの主人公が、息子が通う高校の若い女性教師の求めに、収容所の体験を語りはじめます。「特殊任務」をあてがわれ、同胞たちをガス室に案内し、その死体を自ら処理したおぞましい体験。「良い奴(やつ)はみんな死んだ。最悪の場所で最悪の人間にならなければ生き残れなかった」▼ホロコーストの悲劇をくり返さないために何が必要か。「イスラエルは強くなければならない」と、軍備増強と先制攻撃は当然と口にする女性教師。主人公は反論します。「国のために誰かを踏みにじるなら、俺たちもナチスと同じだ」―(中略)▼エルサレムを一方的にイスラエルの首都と認定したトランプ米大統領。その決定を無効とし、撤回を求める決議案が国連で採択されました。圧倒的多数によって。主人公のセリフがよみがえります。「正義とは拳を振り上げることではない。正義とは人を悲しませないことだ」

半田山植物園に「アンネのバラ」と呼ばれる薔薇が植えられています。

ベルギーの園芸家が作った新種のバラで、「アンネの日記」で知られるアンネ・フランクの父オットーフランク氏に贈られたといいます。1972年に10本、1976年に再び10本が、オットー・フランク氏から日本に贈られ、全国で「アンネのバラ」として育てられているそうです。

ウィキペディアにはこう紹介してありました。

 アンネのバラは蕾の時は赤、開花後に黄金色、サーモンピンク、そして赤へ変色する特徴がある。これは、もし生き延びる事ができたなら、多くの可能性を秘めていたアンネを表現している。

先日写した写真です。



「アンネの日記」から、彼女の言葉を、少しだけメモしておきます。

 じっさい自分でも不思議なのは、わたしがいまだに理想のすべてを捨て去ってはいないという事実です。(中略)いまでも信じているからです。———たとえいやなことばかりでも、人間の本性はやっぱり善なのだということを。


あなたのまわりにいまだ残されているすべての美しいもののことを考え、楽しい気持ちでいましょう。


なんと素晴らしいことでしょう!世界をよくすることを始めるのに誰も一瞬ですら待つ必要なんてないんです。

さて、少女アンネは、イスラエルの軍事大国化と好戦姿勢を、どう考えたでしょう?、またトランプを、なんと見たでしょうか?

「国のために誰かを踏みにじるなら、ナチスと同じだ」

「正義とは人を悲しませないことだ」

聡明なアンネは、きっと、これらの言葉に強く共感したに違いないと、信じます。

今日はこれにて。

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今日の快哉!の巻 [時事]

冷え込み厳しい朝でした。
玄関前のバケツに薄氷が張っていました。


朝の散歩道の小川の表面にもうっすら氷が、、、。
北国の方には笑われますが、当地では珍しいことなので、カメラに収めておきます。




鴨たちは岸で日向ぼっこです。



さぞや水は冷たいでしょうに、泳いでいるカモもいます。

カワセミにも遭遇。
水に飛び込んで朝の漁をしなければなりません。冷たそう。



コサギも身をすくめながら漁に精を出しています。

今朝の散歩の目的の一つは、散歩道のろうばいが咲いていないか確かめること。
まだツボミでした。

マンサクが一輪だけ咲きかけていました。でも、余りの寒さに、しくじったと思っているでしょう。

ピンぼけです。

この辺りでも、ニホンスイセンが咲いていました。

もう少し歩く予定でしたが、カメラが電池切れです。
そのあと、ちょっと買い物に出かけたついでに、どこかそのあたりでウォーキングの続きをしようかとも思っていましたが、意外に買い物に手間取り、正午の時報を聞きましたので、帰宅と決めました。寒風の中を凍えながら歩くより、暖房の効いた店舗の中を歩くのもまた良かろうと、言い聞かせたところです。
食事をしながら何気なくテレビを見ておりましたら、今年いっぱいで解散を宣言しているデュークエイセスが、NHKの番組にナマ出演して、「ラストステージ」を飾っていました。
NHKの番組紹介サイトにはこうありました。

   ゲストは“いい湯だな”“女ひとり”などのヒット曲で知られるデューク・エイセス。この年末、62年の活動に幕を下ろす▽メンバーの谷道夫さん、槇野義孝さん、大須賀ひできさん、岩田元さんが伝説のハーモニーをナマ披露!山あり谷ありの歌謡人生も語り尽くす!▽まさに集大成!日本人に愛され続けたデューク・エイセス。必見!感動のラストステージ!

いずれも懐かしく、心にしみる歌声とともに、胸を打つエピソードが語られ、思いがけず心豊かなひとときを過ごすことができました。
しかも、番組の途中に報じられたニュースが、これでした。

NHKのHPから一部引用します。

愛媛県にある伊方原子力発電所3号機について、広島高等裁判所は「阿蘇山が噴火した場合の火砕流が原発に到達する可能性が小さいとは言えない」と指摘し、運転の停止を命じる仮処分の決定をしました。伊方原発3号機は定期検査のため運転を停止中ですが、仮処分の効力は決定が覆されないかぎり続くため、定期検査が終了する来年2月以降も運転できない状態が続く可能性が高くなりました。

愛媛県にある四国電力の伊方原発3号機について、広島県などの住民4人は「重大事故の危険がある」として、運転の停止を求める仮処分を申し立て、広島地方裁判所は、ことし3月、退ける決定をしました。

住民側は決定を不服として抗告し、広島高等裁判所では四国電力が想定している地震の最大の揺れや、周辺の火山の噴火の危険性をどのように評価するかなどが争われました。

13日の決定で広島高裁の野々上友之裁判長は「四国電力が行った原発周辺の地質調査や火砕流のシミュレーションからは、熊本県の阿蘇山が噴火した場合の火砕流が原発に到達する可能性が小さいと言えず、原発の立地は不適切だ。さらに、四国電力が想定した噴石や火山灰の量は少なすぎる」と指摘しました。

何という快挙でしょう。
この訴訟については、こんな記事でご紹介したことがありました。
充実の昨日、鬱々たる今日、の巻

「被爆地ヒロシマが被曝を拒否する」ことを応援する、の巻


記事の一部を、再再掲します。

 さてM師からいただいたメールに、こうありました。
(大学時代の)○○部同期は卒業の時に「将来この木の下で花見会をしようと約束して桜の苗木50本程を植えました。
退 職後私が現地世話人として10回程花見会をしましたが段々と鬼籍に入る人は増えて来たんで一旦中断し、4月の第一土曜日に呼びかけはしないが来られる人は 食べ物飲み物各自持参で集まろうと言う形にして継続しています。今年は8人程しか集まりませんでしたがその中に広島から来たHと言う男もいました。
彼が広島原発の被爆者であると言う事は薄々知っていました。今回は「被爆地ヒロシマが被爆を拒否する」というパンフを持って来ました。なんと「伊方原発運転差止広島裁判」の原告団長をしていると言うので驚きました。(本日9日《注2016.4.9》のしんぶん赤旗13面「土曜人とき」に取り上げられているので読んでやって下さい)
学生の頃は、彼がこんな運動にかかわるとは意外でした。被爆の影響か色々と病気をし数年前に悪性リンパ腫になった時は一時余命2週間と言われた事もあると言っておりました。痩せてはいましたが元気で何よりいつも気難しい顔をしていたのが和やかな優しい顔付になっているのが印象的でした。自分の残された命はこのような運動に捧げると決めた者の落ち着きでしょうか。同じ後期高齢者になりこれからは小鳥や草花を愛でながらのんびりと暮らそうと考えていた私はガーンと一撃食らった感じです。
 自分の出来る応援をしなければと思いました。伊方原発広島裁判応援団のwebサイト:http://saiban.hiroshima-net.org/ です。覗いてみてやって下さい。
 

 まだ前期高齢者なのに、小鳥や草花を愛でながらのんびりと暮らそうと考えている私にも、ガ―ンと一撃でした。


一度だけ、募金をして、そのあと何の支援もできないまま、年月が過ぎていました。今年になって、3月28日の大阪高裁・高浜原発保全抗告審、3月30日の広島地裁・伊方原発差止め仮処分却下と、不当判決が相次ぐ中、意気消沈する思いと、お役に立てず申し訳ない思いが交錯しておりました。
秋には、その伊方原発広島裁判応援団・原告団からこんな案内をいただいていましたが、これも横目に見るだけで、時間が推移してきました。






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そんな折の、今日の嬉しいニュースに、心が躍りました。
このニュースを伝えて、番組は再びデュークエイセスのラストステージにもどります。
ラストステージのラストの曲は、永六輔作詞、中村八大作曲の「生きるものの歌」。
在りし日の永六輔さんのメッセージも録画で紹介され、平和への思い、歌への愛が、深く胸にしみわたります。
歌声サークル「オケラ」のHPから引用させていただきます。

作詞
作曲
永 六輔
中村八大

あなたが この世に生まれ
あなたが この世をさる
わたしが この世に生まれ
わたしが このこの世をさる
  ■その時 涙があるか
  ■その時 愛があるか
  ■そこに 幸せな別れが あるだろうか
  ■あるだろうか
語り もし世界が平和に満ちていたとしても、悲しみは襲ってくる。
殺されなくても命は終わり、誰もがいつかは別れてゆく。
世界がどんなに平和でも、悲しい夜は来る。
(Hum………)
 ■誰もが耐えて生きている。
 ■思い出と歌があなたを支えてゆくだろう。

わたしが この世に生まれ
わたしが この世をさる
あなたが この世に生まれ
あなたが このこの世をさる
  ■その時 明日がある
  ■その時 未来がある
  ■そこに 生きるものの 歌がある
  ■歌がある

今日はこれにて。


生きるものの歌

生きるものの歌

  • アーティスト: デューク・エイセス,永六輔,松尾潔,いずみたく,川口大輔,豊島吉宏
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2014/10/22
  • メディア: CD




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嵐が明けて、見えてきたもの、の巻 [時事]

嵐の中の総選挙。
嵐のような選挙結果。
前評判通りの、自公「圧勝」---の結果に、気が滅入ります。
が、投票日翌朝のこんな情景は、少し気持ちを落ち着かせてくれました。
深呼吸したい朝景色です。
正面に小さく見えるのは、ファーマーズマ-ケットの尖塔です。

落ち着いて考えてみると、自公圧勝と言うけれど前回総選挙の結果と比べてどうなの?気になったので調べてみました。
グーグルで検索すると、AKBの総選挙の記事ばかり出てきます(笑)
ウィキペディアの記事を拝借します。

自民は、増えてはいません。

公明は減らしています。
野党側は、「希望」の介入と民進のごたごたによる混乱のなかでも、立憲民主の旗揚げで、市民と野党の共闘が進み、立憲民主が躍進したことが特徴でした。
選挙結果はけっしててアベ政治に無条件の承認を与えたわけではありませんし、出口調査の結果はなお一層手厳しいアベ批判の民意が示されています。ましてや国民の多数が、「改憲」公約にイエスを投じたわけでもありません。勝負はこれから、、、ですね。
そうであればあるほど、野党共闘の発展に尽くした共産党が9議席を失ったことは残念至極。しかもわが中国ブロックも、議席を失ったことは痛恨の極みです。でも、立候補調整により野党共闘をすすめて得た議席は、改憲勢力を押しとどめる貴重な力になるはずですし、市民と野党の共闘を更に広げていくしかありますまい。「この道しかない」はアベさん好みのセリフですが、この際ですから、使わせていただきます。
ネット上で、いろいろと教えられる記事を拝見し、元気づけられています。そのうちのひとつ、フランス哲学者、西谷修さんのブログに、こんな記事がありました。

 衆院選挙の結果がほぼ出た。自公の与党は改憲発議に必要な3分の2の議席を確保。解散の正当性もないまま、ひたすら森友・加計疑惑から逃れるために臨時国会での冒頭解散を打った安倍首相は、これでまた堂々と居座れることになる。だがそうか? 議席数大幅減(80議席減)も覚悟して、当初安倍首相は勝敗ラインを与党過半数(233)と設定した。それからすると、タナボタのような自民党の圧勝である。
 最大の「功労者」は、つい先ごろの都議選で自民党を震え上がらせた小池東京都知事と、小池氏が選挙間際に立ちあげた「希望の党」に、独断で自党を城ごと譲り渡そうとした前原民進党代表だろう。これが野党側に大混乱を巻き起こし、何とか重ねていた準備態勢をも瓦解させて、野党は急ごしらえの間に合わない状況で選挙になだれ込まねばならなかった。有権者はあれよあれよのドタバタに呆れ不信をもって自民党に戻り、あるいは棄権する、といったところだったろう。その結果が、無法で強引な解散だったにもかかわらず、自民党が圧勝することになった。
(中略)
今度の選挙のもっとも注目すべきことは、希望の党への合流を拒否して、枝野幸男がまず独りで旗揚げした立憲民主党が、わずか数日で78人の候補をそろえ、民進党流れを抱え込んで全国に235人を擁立した希望の党を凌いで、野党第一党の地位を獲得したことだ。
(中略 )
 この党には新しい特徴がある。それは、既存の大政党でもなく、政治家の数合わせで離合集散する政党でもなく、市民が作らせた政党だということでだ。このことは枝野代表や福山幹事長が演説のたびに言っている。それは大衆受けをねらった美辞麗句ではない。3年ほど前から始まった新しい市民運動がある。それは安倍政権による安保法制強行の際に大きな盛り上がりをみせ、国会前を10万の人で埋め尽くした。どんな組織の動員でもない人びとが集まり、安倍政権の政策やそのやり方、日々の生活の足場からに怒りの声を挙げた。
 その運動は、安倍政権の強行採決を食い止めるために「野党の共闘」を要求し、法案成立後は昨年の参議院選挙で「野党共闘」を呼びかけ、一人区での野党候補の統一を実現した。そのために、多くの人びとが生れてはじめて選挙運動に手弁当で参加したのである。(中略)
 枝野幸男の背中を押し、旧来の政党から一歩踏み出すよう促したのはそういう市民の声であり、その声は政治家としての身を託すに足るという思いである。いつも国会前の集会にきて市民の声を背に国会内で闘うことをアピールしていた福山哲郎には、その実感があっただろう。
 だから枝野は「立憲民主党」という党名を選んだ。「立憲主義」とは、この間、立憲デモクラシーの会などの喚起によって流布した憲法に関する考え方だ(近代国家は憲法を軸にした法治体制をとるが、憲法は国民を拘束するのではなく、権力者の恣意から国民を守るためにある)。そしてデモクラシー、つまり国家でも党でもなく、市民が主役の市民のための政治ということだ。

ガッテンガッテン、です。
「市民連合」
の「見解」が発表されています。一部引用させていただきます。

10.23【第48回衆議院議員選挙に関する見解】
10月22日に投票が行われた第48回衆議院議員選挙において、自民党・公明党の与党が3分の2の議席を確保する結果となりました。市民連合は、安倍政権がこの多数基盤の上に、憲法の基本精神を破壊する方向でその改定を具体化することを強く危惧します。
 選挙戦の中で行われたいくつかの世論調査では、内閣支持率が低下し、不支持率を下回るものもありました。その意味で、国民は安倍政権を決して信頼したり、評価したりしているわけではないことは明白です。投票率も戦後最低レベルに留まってしまいました。与党の巨大な議席は、勝者にボーナスを与える小選挙区制度がもたらした、民意からの乖離といわなければなりません。
しかし、立憲民主党が選挙直前に発足し、野党協力の態勢を再構築し、安倍政治を憂える市民にとっての選択肢となったことで野党第一党となり、立憲主義を守る一応の拠点ができたことは一定の成果と言えるでしょう。この結果については、自党の利益を超えて大局的視野から野党協力を進めた日本共産党の努力を高く評価したいと考えます。社会民主党も野党協力の要としての役割を果たしました。
 そして何よりも、立憲野党の前進を実現するために奮闘してきた全国の市民の皆さんのエネルギーなくして、このような結果はあり得ませんでした。昨夏の参議院選挙につづいて、困難な状況のなかで立憲民主主義を守るための野党共闘の構築に粘り強く取り組んだ市民の皆さんに心からエールを送ります。
(以下略)

まったく賛同いたします。
これに対して、共産党の志位和夫委員長さんが、こんなツイートをしておられます。


同じく今日のツイッター記事です。内田樹さんがこんな投稿をしておられます。


「抑制のきいた大人」とは、このような姿勢を言うのでしょうか?↓




最初の構想が大きくずれて、政治ネタの記事で終わりました。散歩ネタは、次回に回します。今日はこれにて。

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投票日を前にkazgの考えたこと、の巻 [時事]

いよいよ明日が総選挙投票日です。
降ってわいた無法解散。
わが敬愛する「お友だち」のみなさんが、こんな発信をしておられます。
まずSさんのfacebook投稿(10月16日付)。いつも、幅広く素早い情報提供に感謝しています。すべてをご紹介したいところですが、とりあえずこの記事を。

 今度の選挙は日本の民主主義が生き残るか死に絶えるかの重大な岐路に立つものだ。
選挙に行こう。
自公に鉄槌を!
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そして、ATOM先輩のfacebook投稿記事(10月14日付)。

 憲法改悪勢力が300議席を獲得する情勢だという。また戦前の様な保守と反動勢力の2大政党政治になるのか⁈戦前と僅かに違うのは、戦前は非合法下で、命懸けで戦争反対を訴え、多くの命を捧げた人々の意思を忘れず、ぶれず、闘い続けた共産党が、今は世界が認める、日本で一番政党らしき政党の体を成していると認められている政党として存在している事、分裂したとはいえ、立憲民主党が反共の嘘に取り込まれているが、良心的に護憲を願う、多くの人達の受け皿として立ち上げられた事、様々な間違いを経て護憲の立場をしっかり維持し続けている社民党の連合がある限り、この選挙の結末は下駄を履くまでわからないと言う事だろう。北朝鮮の挑発をうけ、強い制裁を主張する政治家と其れに影響されて思う庶民の北朝鮮への強い圧力は本質的に違う。政治家のそれは、改憲への誘導であり、庶民のそれは平和への願いだから。北もアメリカもいくら馬鹿であったにせよ、自らの周りの愛する人の事は考えるだろう。どちらの陣営が先制したとしても、まずその次に最悪の悲劇を見るのは日本であるだろう。この小さな島国で54基世界第三位の数を持つその国は、平和主義以外のどんな防衛手段も有効でない事ぐらいは、我が国の指導者が余程稚拙な正義感を持つ人間でない限り限り自明だろう。僅か一度の地震による事故で壊れ、未だに収拾の目処も立たない日本。もう誰もアメリカの嘘にも騙されず、北朝鮮の脅しも恐れないが、ただ、このところの日米中国北朝鮮の最高指導者のうちの誰かが、本物の馬鹿でない事を祈っているのだ。始まりは終わりだ。そして怖いのは、立憲民主党を除く日本の新しく出来た政党の多くが、稚拙な未来感しか持てず、過去の価値観の中での理想しか世界を見ようとしていない事だろう。未来の世界の指針となれるのはただ日本の憲法9条の目指す所だけだ。改憲派が増える事は、未来の大戦を意味し、生き残った人々とその生きる環境の悪化は最早生きるに値しない世界になる事だろう事は予想できる。

まったく同感です。美しく優しい会が(少女の絵が素敵)を描かれるATOM画伯の心を、かくも激しく怒りに燃え立たせるアベ内閣、そして日本の政治状況の愚かしさ。喝!です。
そして、O先輩のfacebook投稿記事(10月16日付)
つぎは、H女史が、いつも紹介してくださるいろいろな記事。ちょっとだけコピーさせてください。

 









ソネブロでは、MITURUさんのブログ「平和に生きる権利」が久しぶりに記事を更新されました。懐かしく、ご健在を喜び、かつ、記事内容に深く共感しました。

憲法9条を守りぬく選挙 
いよいよ明日、10月22日は、日本の平和主義の大黒柱である憲法9条をまもるのか、アメリカと一緒に戦争する国にしてしまうのかの岐路となる総選挙です。
(中略)
小選挙区という与党に有利な選挙制度のもとで、市民と野党の統一候補が1人でも多く当選して、比例代表では市民と野党の共闘の要である日本共産党が議席を伸ばすことが、憲法9条を守りぬくために必要です。そのことを皆さんに訴えます。

本論部分を省略して結論だけを引用するのは大変失礼ですが、ぜひリンクをたどって内容をお読みくださるようおすすめいたします。
おもえば、MITURUさんは大昔、私が30代、MITURUさんが大学卒業したばかりのころ、仕事つながりで親しくしていただいていました。その後、長い間離ればなれでいたものが、ソネブロつながりでまた「再会」できたのでした。最近諸般の事情から更新が減り、寂しく思っていましたが、いよいよこの選挙は、黙っていられない情勢ゆえの、満を持しての発信でしょう。

私自身も、日頃、当ブログでは、個人のナマの政治信条については、表明を控えるよう心がけていますが、今回ばかりは、いつになく深入りして意見陳述したく思います。自公2/3占有は、困りますし、その他の改憲勢力が増えるのもゴメンですので。

今回選挙に向けてのkazgの意見。
1今度の選挙の焦点は、憲法を守らないアベ自公政権と、その亜流=改憲勢力を厳しく審判するかどうか。
2小選挙区では、市民と立憲野党の共同を育て、自公・補完勢力を1議席でも減らすこと。
#比例は共産党
 


この間インタネット上で入手した情報を、とりあえず投票日前の今日の間に紹介させていただきます。














保守主義者を自認し大東亜戦争肯定論、改憲論を説く漫画家、評論家、小林よしのり氏も、こんなブログ記事を書いておられます。


わしは以前、投票するなら、一に立憲民主党、二に希望の党と言ったが、考えが変わった。
一に立憲民主党、二に共産党だ。
共産党は立憲民主党と選挙協力をして、自党の議席を減らすダメージを負いそうになっている。
これは良くない。
希望の党はもう見捨てよう。
一に立憲民主党、二に共産党だ。
それが仁義というものだ。

共産党は国会の開会式で天皇陛下の前に出席するようになったし、イラク戦争も反対したし、安保法制も反対したし、共謀罪も反対した。立派だ。
反グローバリズムも「保守」の思想だ。
一に立憲民主党、二に共産党が利口な投票コードだな。

立場は様々ですが、これらの方々の発言からも、いまの政治状況が浮き彫りにされる思いがします。

台風接近という悪条件のなかですが、アベ暴走という国難から身を守るためには、何をおいても選挙権の行使が

不可欠と思います。




最後に、下の動画、おすすめです。

とくに、政治に幻滅、失望を覚えておられる若い方々にも、ご紹介ください。
http://www.jcp.or.jp/hyh/
https://www.facebook.com/kyosanto/videos/750827315105404/
https://www.facebook.com/kyosanto/videos/1455253827922103/
取り急ぎ今日はこれにて。


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9条改憲勢力が議席を占有?困ります、の巻 [時事]

今日書いていた記事がまたまた消滅してしまい、ショックで立ち直れません。
気力を振り絞って、一部分だけ復元の努力をしてみます。



昨日の共同通信社世論調査によると、自公300議席超ですと?
「希望」も、改憲を明言していますから、この「二極」とその周辺をどう組み合わせても結局は「改憲」「財界・資産家とアメリカファースト」の勢力が国会を席巻することになる?御免こうむりたいものです。
諦めずに必ず選挙に行って、一票を行使したいもの。
ユーチューブで最近話題になっていて、今の時点で改めて必見と痛感した動画を、遅ればせながら紹介しようと思ったら、削除されて見られなくなっていました。
どうやらこんな事情らしいです。
日本経済新聞web版10/6付
を引用します。

 公益財団法人「明るい選挙推進協会」と総務省が共同製作した投票啓発動画「希望の党☆」が5日までに、動画投稿サイト「ユーチューブ」から削除された。小池百合子東京都知事が立ち上げた新党と同じ名称のため、ネット上で注目されたが、公正な選挙を啓発している協会が特定政党への見解を表明したと誤解される可能性があるとして削除を求めていた。

 動画は「ガメラ」シリーズなどで知られる金子修介さんが監督。小池氏の新党と同じ名前の架空の政党が政権を奪取し、世の中が変容する様子を描いている。協会が2005年に公開し、いったん終了したが、12年に金子さんが投稿していた。

 今年9月25日の新党名公表後にネット上で話題となり、動画へのアクセス数が急増。協会は同29日に削除を求め、10月5日未明に、ユーチューブ側から削除したとの連絡があったという。
 協会は「選挙啓発としては非常に効果的な作品だったが、架空の党が現実になり、誤解を招く恐れがある」としている。〔共同〕



削除された投票啓発動画「希望の党☆」の内容を、日刊ゲンダイのこの記事がまとめてくれていましたので、念のためにメモしておきます。

 「今、映画撮影のため中国に来ているんですけど、日本のニュースを見てビックリしました。12年前に僕が作ったショートムービーを日本の政界が後追いしてるみたいなんだもの」
 こう言うのは「ガメラ」シリーズや「デスノート」などで知られ、最新作「リンキング・ラブ」の公開を控えている映画監督の金子修介氏だ。
 前述のショートムービーとは、総務省と財団法人「明るい選挙推進協会」の依頼で金子監督が作った20分間の短編映画「希望の党☆」のこと。物語はこうだ。
 主人公はごく平凡なサラリーマン。翌日に国政選挙を控え、“大事な選挙だから”と娘から投票を勧められるが、どうせ誰に投票しても世の中変わらないと棄権してしまう。
 ところが、選挙の結果、過半数を獲得して政権を握ったのが「希望の党」なる政党。誰も注目していなかったのに、若者世代の圧倒的な支持を得て、次々と斬新な改革に着手していく。動物虐待に重罰、痴漢は死刑。3年間、選挙に行かなかった国民からは選挙権を剥奪、その代わり、選挙権を高校生にまで引き下げる……。「冤罪というリスクを冒しても犯罪者を許さない」と勇ましい党首に熱狂していた国民だが、次第にエスカレート。ある日、徴兵令が敷かれ、娘も戦場に……。
「政治に無関心だとこうなりますよ。みんなで選挙に行きましょう」というメッセージが込められた作品だが、まさに今の日本の状況にそっくり。
「12年前は『戦争反対! 日本は戦争しないって決めたんだ』という父親の絶叫も不偏不党のセリフとしてごく当たり前に使われていましたし、ムービーを見た官僚も笑って喜んでいましたが、今や“戦争反対”は“反日”のレッテルを貼られかねない時代ですからね」(金子監督)

「政治に無関心だとこうなりますよ。みんなで選挙に行きましょう」
改めて肝に銘じたいものですね。

今日の記事の大部分は、吉備路散策の続きで、備中国分寺、国分尼寺を中心とするエリアの見学記でした。これを、もう一度記憶を掘り起こして復旧する気力はありません。

カリフォルニア州の火事。被害者のブドウ農家の方が茫然自失する姿が報道されていました。いたわしいことです。それと同一視するのは気が引けますが、喪失感は並大抵ではありません。



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大規模街頭宣伝??名付けに疑問、の巻 [時事]

今朝は7時前のバスに乗って、町へ出かけました。
お出かけ先の会場に駐車場が確保できないので、久々のバス利用です。
バスの車窓から見ると、あちらこちらにこんな看板が立っています。


もうずいぶん前から県下各地の街角に立てられていて、何事だろうかと市民を不安がらせています。
バスを降りてから、近づいて見てみます。

「大規模街頭宣伝」とは聞き覚えのない言葉です。
町の中が、朝からなにやら物々しい雰囲気です。



ちょっとトリミングしてみると、、、。

車両の表示に、「愛媛県警察」とあるのにお気づきですか?
「応援部隊」らしいです。
実は今日から3日間、岡山市を会場に、「みんなで21世紀の未来をひらく教育のつどい―教育研究全国集会2017」(教育のつどい=同実行委員会主催)が開かれているのです。
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「憲法と子どもの権利条約がいきて輝く教育と社会を確立しよう」をテーマに全国の教職員、保護者、研究者、市民らが集まります。今日は、開会全体集会と七つのフォーラムが開かれ、明日明後日は、30の分科会が開かれます。
先輩のIさんが、facebookのこんな記事を投稿しておられました。一部分をちょっと拝借して、紹介させていただきます。

初日の今日は岡山シンフォニーホールで開会の全体集会と7つのフォーラム。全国の教職員、保護者、研究者ら1300人が集まっていたようです。明日からは30の分科会に分かれて、一人ひとりの子ども達が生き生きと成長できる教育めざして語り合いが始まります。
退職教員も何かお手伝いをと、私はこの二日間、会場要員を務めることに…

まったく同様に、私も3日間、お手伝いをさせていただきます。「要員」という言葉も、世間では聞き慣れない言葉ですね。友人のU女史が、「要人」と「要員」との違いは?などと突っ込みを入れておりました。
下の写真は、IさんのFacebookから拝借しました。許可はいただきました(笑)






会場の外では、何台もの街宣車が、大きな声で口汚くののしり声を上げ続けていました。
岡山県には「拡声機暴騒音規制条例」というものがあります。右翼の迷惑な暴騒音を口実に、労働組合や民主団体など県民・市民の表現の自由を制限するもの、という反対を押し切って、強行成立させたイワクツキの条例です。
ウィキペディアにはこうあります。

 1984年に岡山県が初めて制定した。それ以降、全国に広がっていった。

全国に先駆けて作った条例ですが、右翼の迷惑な暴騒音と市民への威嚇を取り締まるためには、ほとんど何の役にも立っていませんね。
もちろん、暑い中で立ち続けで警備する警察官諸君には、ご苦労様の思いを禁じ得ませんが、警察のやり方は、どう見ても、右翼集団を存分に泳がせることで、市民県民の迷惑感を煽り、右翼集団に対してと同じ程度に、彼らにあしざまに攻撃される団体や運動に対してもいわれのない恐怖感を醸成しようとするものと言うしかありませんね。
恐怖ゑ

取り急ぎ速報まで。

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「人づくり革命」って何よ?の巻 [時事]

しばらく前から書きかけてなかなか完成しなかった記事を、とりあえず掲載します。
アベ内閣が最近強調する「人づくり革命」なるものが、不気味です。
スポニチAnnex2017年8月6日付けが、こんな記事を載せています。
安倍改造内閣 看板政策ネーミング「人づくり革命」大不評

 政治風刺コントを手掛ける戯作(げさく)者の松崎菊也氏は「安倍政権のスローガン政治の典型だが、あまりにも厚かましい言葉。どんな人間がつくられるのか全然分からないし、そんな高慢な方々には人をつくってもらいたくない」と厳しく批判。また、日本大の岩井奉信教授(政治学)は「政治学的に言うと、革命とは支配者と被支配者が逆転すること。いわばちゃぶ台返しなのだが、なぜこの言葉を使ったのか。安倍政権は1億総活躍のころから、言葉だけが躍ってきている」と疑問を呈した。
影響は意外なところにも。都内の外資系会社で働く女性は英訳が見つからないと頭を悩ませる。「英訳できない大臣をつくらないでほしい。革命を"revolution"と訳すと、海外では体制を転覆させるような危険な印象になる。"1億総活躍"ができた時も頭を抱えたが、これはもう異次元。そもそも日本語でも趣旨がよく分からない」とため息をついた。


 まあ、こうした不評や揶揄も当然だろう。だいたい「人づくり革命担当大臣」を無理やり直訳したら“Minister in Charge of Revolution of Creation of Human”とでもなろう。まったく頭が沸いているとしか言いようがない(ちなみに、日本政府の公式訳は“Minister for Human Resources Development”に決まったが、これを訳し直すと「人材育成大臣」といったところ。さすがに「革命」はヤバいと思ったらしい)。
だが、気になったのは、安倍首相はなぜ“目玉政策”に「人づくり革命」なる噴飯モノの名称を用いたのか、ということ。そこでふと思い出しのが、しばしば極右教育の文脈あるいは日本会議周辺で「人づくり」という単語が使われてきたという事実だった。
 周知の通り、日本会議といえば日本最大の右派組織で、安倍政権の熱烈な支持層だが、その設立宣言にはこうある。
〈我々は、かかる時代に生きる日本人としての厳しい自覚に立って、国の発展と世界の共栄に頁献しうる活力ある国づくり、人づくりを推進するために本会を設立する。〉
 また、この日本会議の中心に「生長の家」元信者らがいたことは周知の事実だが、その生長の家・創始者の谷口雅春が提唱した「人類光明化運動」(第二次五カ年計画、1964年発表)なるものをめぐっても「人づくり、国づくり」という言葉が使われていた。
 さらに、この「人づくり」という言葉は、日本会議に連なる極右文化人や評論家、政治家がやたら好んで口にしている。たとえば、日本会議とも関係の深いモラロジー研究所が出した『日本再生と道徳教育』(渡部昇一、岡田幹彦、梶田叡一、八木秀次の共著)の前書きには、廣池幹堂・モラロジー研究所理事長の言葉としてこんな宣言がおかれている(なお、廣池理事長は日本会議の代表委員でもある)。
〈「国づくり」とは「人づくり」です。先人たちが長い歴史の中で育んできた「日本が世界に誇るもの」──伝統文化や勤勉・正直・礼節・質素・忍耐・倹約・親孝行などの「よき国民性」を今こそ取り戻し、二十一世紀を担う子供たちに、しっかりと伝えていかなければなりません。〉
 ということは、もしかして、今回も安倍首相がまたぞろお仲間の極右団体の影響を受けて、こんなトンデモな命名をした。そういうことなのだろうか? 

8/11付「まぐまぐニュース」の記事も興味深く読みました。
記事は、こういう書き出しで始まっています。

 捨て身の覚悟で「加計学園問題」の告発を行った前川喜平前文科省事務次官。安倍政権は当時、すぐにメディアなどを使って前川氏への個人攻撃を始めました。しかし、メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんは、前川氏の発言にはウソ偽りが感じられず、あの「告発」以降、国民の心が急速に安倍政権から離れ始めたのは起こるべくして起こったことだと持論を展開しています。
安倍政権の支持率を急落させた前川喜平氏の人間力
「ここだけの内緒の話ですが、2015年9月18日の夜、国会正門前に私はいたんです。シールズの連中がね、ラップのリズムで集団的自衛権はいらない、とコールしている。私も一個人としてみんなに混じって声を出してました」
前の文科省事務次官、前川喜平氏が先日、福島市内で開かれたイベント「前川さん大いにかたる─加計・憲法・夜間中学などなど」で話した内容だ。
公衆の面前で「内緒の話」もあるまいが、そう言うからには今回が初披露なのだろう。

更に興味深いのが「教育論」に関するこのくだりです。

 こと教育論に限っても、前川氏は安倍首相のアンチテーゼといえる存在だ。教育再生を謳い、「人づくり革命」と意味不明の新スローガンを繰り出した安倍首相は「国のために命を懸ける」人づくりを教育の眼目とする。
それに対し、前川氏は人それぞれの個性の違いを重視する。「いじめ」についても、道徳教育が足りないと安倍首相は考えるが、前川氏は違う。
この日のイベントで、参加者の一人が前川氏にこう質問した。
「前川さんは、いじめがひどいのであれば学校に行かなくていいと仰っていましたが、そう思ったきっかけは」
前川氏は自身の不登校体験を語りはじめた。親の仕事の都合で奈良から東京に転居した小学校三年生の時、東京の言葉や担任の先生になじめず、学校に行く直前になると吐き気や頭痛がして欠席した。
当時、奈良の学校にはプールがなく、泳げなかった。プールのある東京の学校の水泳の授業が怖かった。四年生になって、別の学校に転校し、担任の先生が優しかったこともあって、ようやく溶け込めたという。そういう児童期の体験が、前川氏の教育観をつくりあげたのかもしれない。
「学校の規則や、人間を規格にはめようとする教育には抵抗感をもっていました…そういう人間が文科省で事務次官をやってはいけないのかもしれませんが…」

上のエピソードが念頭にありましたので、先日の記事(啄木とその父のこと)への majyo様からのコメントに、わたしはこう書きました。再掲させさせていただきます。

 前川さんは、福島市内での講演で、学校の規則や人間を規格にはめようとする教育の対極として、大阪市立大空小学校の教育を挙げ、木村泰子元校長の「スーツケースではなく、風呂敷のような学校」という言葉を紹介して、こうおっしゃったそうです。「スーツケースのような一つの型に入れようとすると息苦しくなって逃げたくなる。大空小学校はどんな問題を抱えている子でもすべて受け入れて個別に対応する。どんな形の子供でもそれぞれの個性を生かしながらやわらかく一つに包みこんで共同体をつくっていく。そのとき、守るべきルールはたったひとつ。自分がされて嫌なことは他人にしない。それだけは守りなさい、と」
こんな文科省なら、信頼します。

昨日は72年目の終戦記念日でした。
痛恨の戦争体験を経て、戦後日本は、二度とその轍を踏まないために、国家のために国民をつくる教育を改めて、民主主義に立脚した自立的な市民をつくるための教育を目指しました。
1947年に制定された教育基本法は、全文にこう謳っていました。

 前文
われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。

この基本法が憲法と一体のものであることを宣言し、「個人の尊厳」「真理と平和を希求する人間の育成」「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造」を特筆しました。
そして第一条では「教育の目的」をこう定式化しました。

 第1条(教育の目的)
 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。

一人ひとりの子どもを、個人として大切にし、その子その子の持ち味を生かして人格の完成をめざすのが教育であり、「平和的な国家及び社会の形成者」「真理と正義を愛し」「個人の価値をたつとび」「勤労と責任を重んじ」、「自主的精神に満ちた」を育てることが強調されたのです。
その1947年版教育基本法は、2006年12月、アベ第一次内閣のもとで、野党・国民の反対を押し切って全面改定されました。
2006年版教育基本法は、前文をこう変えられました。

 新法前文
 我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。

「日本国憲法の精神にのっとり」という文言が申し訳程度に挿入されていますが、旧法の特徴だった「日本国憲法との一体性」は、剥ぎ落とされています。
「真理と平和を希求する」が「真理と正義を希求し」に変えられました。
「平和」とは、一般に戦争や武力紛争のない状態をいい、より積極的には人々の基本的な人権が尊重され、飢餓や貧困や不安が除去され、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保障された状態を言うでしょう。その意味で「平和」という概念には解釈の違いが存在する余地はありません。しかし「正義」となると、個々人の価値観によって、10人10色であり、これを振りかざして子どもたちを一方向に誘導することは、とても危険です。
教育の目的を述べた第1条では、真理と正義を愛し」「個人の価値をたつとび」「勤労と責任を重んじ」、「自主的精神に満ちた」が捨て去られています。

 新法第1条(教育の目的)
 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

そして、第2条に「教育の目標」を項立てし、国家が国民に求める具体的な徳目を、列挙しています。その際旧法で重んじられていた「自主的精神に満ちた……国民の育成」(前文)「自発的精神」(第1条)の文言は、消えています。

新法第2条(教育の目標)
 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

 一  幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

  
 二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の
   精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度
   を養うこと。

 三  正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。 
   

 四  生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。

 五  伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
   

一人ひとりの子どもを伸ばす「人格形成」から、国家や企業の求める「人材育成」へ、教育の目標を大きくねじ曲げようとする企図が、はっきり読み取れます。

「人づくり革命」なるものも、この方向でなにか具体化をはかろうとしているのですかね?

「人づくり革命」の担当閣僚は、茂木敏充経済財政再生担当大臣の兼務だそうで、結局、経済政策の土俵の上の相撲であることは間違いないようです。


今年のお盆、大阪の次男は、一足先に我が家に帰省し、別行動だったママと姫に合流し、昨夜は我が家に一泊しました。

いとこたちたちは、入れ替わり立ち替わり再会があって、テンション高く、賑やかでした。

一昨日の夜明け頃→朝の風景です。
常山が見える場所。

















朝が涼しくなりました。



麦飯山の上空が朝焼けです。

今日はここまで。


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「劣化」考、の巻 [時事]

「劣化」という言葉をひんぱんに聞くようになったのは、いつごろからでしょうか?
少なくとも、以前は、たとえば、このような用法が頭に浮かぶだけだったでしょう

 世界大百科事典 第2版の解説

れっか【劣化 degradation】

材料は,熱,光,放射線,機械的摩擦,反復使用,化学薬品,微生物などの影響を受けて,変色したり,機械的強度が低下したり,亀裂を生じたり,軟化したり,もろくなったりして,ついには実用に耐えなくなることがある。このような現象を一般に劣化または老化という。劣化は,材料を構成している原子の集合体,分子およびその集合体の構造が変化し破壊されることによるもので,金属材料,無機材料,有機材料のいずれにおいても起こるが,化学反応性に比較的富む有機材料ではとくに多様な要因が複合的に働いて劣化が起こる。

いつの頃からか、芸能人(主に女性)の容貌などに対して用いる不愉快な用法が、世に溢れるようになり、違和感を感じることが多くなりました。機械や部品の「劣化」は理解できますが、人間に「劣化」の言葉はなじむまい、「高齢化」「老化」という言葉はあり得ても、それは決して「劣化」ではなかろう、と思い続けてきました。
ですが、最近、人間に対しても「劣化」の表現が当てはまる場合があることを、再認識しているところです。
憲法くんは七〇歳、わが老父は九〇歳、いずれも五月生まれ、の巻の記事でも触れましたが、思想家・武道家の内田樹さんが、こんなことをおっしゃっています。

 いま日本で起きている絶望的なまでの「公人の劣化」は何に由来するのか。結論から言ってしまえば「日本はアメリカの属国でありながら、日本人がその事実を否認している」という事実に由来する。日本社会に蔓延(まんえん)している「異常な事態」の多くはそれによって説明可能である。
(中略)
日本人は心のどこかで「属国であること」を深く恥じ、「主権の回復」を願っている。けれども、それは口に出されることがない。だから、その抑圧された屈辱感は病的な症候として表れる。安倍政権とその支持者たちの「かつて主権国家であった大日本帝国」に対する激しいノスタルジーは「主権のない戦後日本国」に対する屈辱感の裏返しである。
 けれども主権回復のための戦いを始めるためには、まず「日本は主権国家でなく、属国だ」という事実を受け入れるところから始めなければならないが、それはできない。痛苦な現実から目をそらしながら少しでも屈辱感を解除したいと思えば、「大日本帝国」の主権的なふるまいのうち「今でもアメリカが許諾してくれそうなもの」だけを選び出して、政策的に実現することくらいしかできることがない。それが対外的には韓国や中国に対する敵意や軽侮の表明であり、国内における人権の抑圧、言論の自由や集会結社の自由の制約である。
 (中略)
 改憲への熱情もそれによって理解できる。憲法に底流する国民主権のアイデアはアメリカの統治理念そのものである。それを否定することで、対米屈辱は部分的に解消できる。そして「国民に対してだけは主権的にふるまう」ことで国家主権を持たないストレスも部分的に解消できる。
 自民党改憲草案は近代市民社会原理を全否定し、むき出しの独裁政権を志向する病的な政治文書だが、それが全篇(ぜんぺん)を通じて「決してアメリカを怒らせないような仕方で対米屈辱感を解消する」というねじれた政治目標に奉仕しているのだと思えば、理解できないことはない

閣僚、国会議員、官僚などの、「絶望的なまでの『公人の劣化』」は、まさしく「劣化」としか表現の仕様がありません。
昨日付の地元紙『山陽新聞』にこんな記事がありました。

一部をトリミングします。

「劣化」以外の何ものでもありません。
同じ日の「しんぶん赤旗」の記事。

これも、一部をトリミングします。

思い出すだにおぞましい、身内の『不祥事』がこんなに相次ぐ政権。「劣化」としか言いようがないですね。もはや、メンテナンスの時季を超えていいるようで、新規更新が唯一の打開策といえそうです。

よく降りました。
県内でも、地域によっては大雨・洪水などの警報が出されたところもありました。
ほとんど一日家に閉じこもって、デスク仕事などをしていました。
庭の鉢植えの紫陽花。長く元気に咲き続けています。



パセリの葉っぱが食い荒らされていると思ったら、、、キアゲハの幼虫でしょうか?



体長2cmほどの小さなカマキリです。



新しいいのちは、初々しく、生気に溢れています。
昼過ぎには青空がのぞきました。

世の中も、こんなふうにすがすがしい青空が訪れて欲しいものです。
興味深いのは、投票日が迫った都議選挙です。
gonntan様が、先日のこの記事(イエスマンの課題は)で、こう書いておられました。

  都議選の応援演説でジミントウのシモムラ幹事長代行が
「都知事のイエスマンばかりが当選したらどうしますか?」なんてぶってましたが
まさに今のジミントウの課題をわかってらっしゃる鋭い発言だなと感心しました。
都議会だって国会議員だって、イエスマンばかりでは駄目ですね。

まったくです。
きょうはこれにて。

トカトントン再び、の巻 [時事]

みずからの語彙力の貧困を、今ほど恨みに思う時はありません。
もっと激しく、もっと荒々しくもっと手厳しく、もっと完膚なきまでに、とことん罵倒し、なじり倒す言葉が欲しいものです。アベ政権の、卑劣、卑怯、下劣、姑息、横暴、無法、陰湿、愚劣、醜悪、不義、暴挙、凶暴を、どう形容してみても、陳腐に過ぎます。
大相撲で、横綱が立ち会いで変化してみたり、「猫だまし」などの奇手を食らわせたりすると、大ひんしゅくですよね。四十八手の相撲ルールにもとづく取り口であっても、天下の横綱には、相応の品格と風格が求められるわけで、それは相撲愛好家のみならず、市井の一般人の良識(コモンセンス)に適合する美意識、倫理観だといえるでしょう。
しかるに、わが国政界のトップは、「猫だまし」どころか、法度お構いなしの禁じ手を次々と繰り出したあげく、「私が総理」「ルールはボクチャンが決める」と、の横紙破りを平然と正当化し、批判者を恫喝する始末。この内閣によって、繰り返し見せつけられた手法だけに、もうそろそろ慣れてもよいところでしょうけれど、やっぱり今度の共謀罪国会の凶暴さには、愕然とさせられました。
15日朝、委員会審議を省略して、本会議で中間報告の後、採決?朝のTV報道で知ったときには、口アングリ!でした。
それからほど経ずして、文科省の調査で文書の存在が発覚かとその日のニュースで報道されるにつけ、やっぱりその追及をおそれて幕引きを急いだのだろうと、容易に推察できました。
でも、伝えられるところによると、この幕引きを主導したのは、公明だとか?参院法務委員長のポストを握る同党にとって、都議選を前に「強行採決」はイメージダウンが避けられまいとの思惑が働いたのだそうで、裏には裏があるものですな。
そういえば、賛成討論にたつ公明サンのテンションの異常さ、木村草太さんも指摘しておられましたね。

このラジオ番組の国会ダイジェスト、必聴です。

https://www.tbsradio.jp/155800


「右翼」論客として知られるの小林よしのりさんも、この記事で木村颯太さんを褒めていましたね。

共謀罪についての木村草太の発言に感動した。


 今日の「報道ステーション」の木村草太氏は凄かった!
実に痛快だった。 

「共謀罪はテロ対策ではない」ということを、明確に断言して、現行法でも予備罪と共謀共同正犯との組み合わせで、テロ対策になるから、今のままでパレルモ条約に参加できると言ってくれた。

共謀罪が「テロ対策」だというのは、政府の嘘だから、最初にこのことをマスコミや有識者は見抜いて、国民に伝えるべきだったと、木村氏は言う。
(中略)

木村草太氏は、最後に恐るべきことを言ってのけた。
「今回『テロ対策だから法案に賛成した』と発言している有識者の方々は、果たして自分が発言する資格があったのかどうかを反省してほしい」
とまで言ってのけた。 

 

あのクールな口調で、言ってることの辛辣さは凄い!
若い世代にこういう知識人が出てくると、本当に安心する。
わしより若い世代は、全部馬鹿かと思っていたが、期待できる者はいるようだ。



太宰治の「とかとんとん」という作品について、以前この記事でもふれました
はてさて?大競争狂騒曲とな?の巻
少々引用します。

 以前(2004年)、こんな文章を、ある教育系雑誌に投稿したことがありました。「10年ひとむかし」と言いますがそれ以上の昔の話です。でも、読み返してみて、今なお、根本的な変化(改善)は、認められないと思えましたので、ここに再掲させていただきます。

岡山発「大競争」狂騒曲
一、トカトントン、あるいはハラホロヒレ
太宰治に「トカトントン」という小品がある。玉音放送の後、なお「徹底抗戦、自決」を叫ぶ若い中尉の姿に厳粛を感じた「私」は、「死のう、死ぬのが本当だ」と決意する。が、折しも兵舎の屋根からトカトントンと金槌の音が聞こえ、なぜか途端にすべてが白けてしまう。高校教師出身のミステリー作家、北村薫氏が、エッセイ集『謎物語ーあるいは物語の謎』で、これに触れておられるのを、最近、愉快に読んだ。
「たとえば、太宰の『トカトントン』を読んで、何も見えない人に向かい、《トカトントンはハラホロヒレである》と言ってしまうのが評論家ではないか。そのおかげで何かが見え、《ああ、そうか》という人が出て来る。/すると別の評論家が《いや、あれは断じてハラホロヒレではない。ガチョーンである》と演出するのである。そこで、まことに不敬ではあるが《トカトントン》を《ハラホロヒレ》に差し替えれば、こういうことになる。/もう、この頃では、あのハラホロヒレがいよいよ頻繁に聞こえ、新聞を広げて、新憲法を一条一条熟読しようとすると、ハラホロヒレ、局の人事について伯父から相談を掛けられ、名案がふっと胸に浮かんでも、ハラホロヒレ、(中略)もう気が狂ってしまっているのではなかろうかと思って、これもハラホロヒレ、自殺を考え、ハラホロヒレ。」(中公文庫p二一〇)

この記事では、「教育改革」とか「教育再生」の名のもとに、子どもたちと学校に問答無用で押しつけられる「非教育」「反教育」的な施策や圧力へのシラケを話題にしたのでしたが、いま、共謀罪国会の顛末を思うにつけ、私の耳にまたもや、とかとんとんが鳴り響いてやみません。
先日 cyoko1112様が「ブログ倦怠期」と書かれていて、ふと共感してしまったのは、案外このどんよりとして始末の悪いシラケ感のせいかもしれません。ここ数日、ブログ更新を怠っていますのは、灰色のデスクワークやら、パソコンとプリンターのトラブルが相次いだこともありますし、孫とのデートで「充実」した日々を送っていたことなども影響していますが、なによりも得体のしれない徒労感に襲われて、ブログ発信の意欲気力がわかなかったことは、否めません。
そうするうちに、ストックしたまま放置している画像がたまり、日の目を見ないまま終わりそうです。
自然保護センターに立ち寄ったのは何時だったでしょうか?

EXIFによると、このカワラヒワにあったのは5月23日のことのようです。
同じく、キセキレイがこんな姿を見せてくれたのは、6月10日です。







そうそう、思い出しました。草刈りのために郷里を訪ねた帰り、長福寺三重塔を見て、その足で自然保護センターに立ち寄ったときのことでした。
山深い田園風景の中の長福寺を、もう一枚載せておきます。

一昨日も、草刈りに行ってきました。ついでがあったので、長女と一歳の孫も一緒に田舎の空気を吸ってきました。元気いっぱい大いにはしゃいで遊びました。ジャガイモ掘りデビューも経験しました。(画像なし)
草刈り作業は、畑だったところが今や草ぼうぼう、笹ぼうぼうで、少々の作業では埒があきません。燃料を満タンにした草刈り機で作業し、燃料切れになるまで作業したものの、焼け石に水状態です。また日を改めて続きをやらねばなりません。
それにしても、はびこった笹が厄介で、戦意がくじかれます。
ところで、前回、6月10日の自然保護センターでは、ササユリの花を見ました。
この優美なユリは、その葉が笹の葉に似ているところからササユリの名があるそうです。このようなササは歓迎ですが。






さすがに、当然の成り行きとは言え、直近の世論調査ではどれも軒並み、内閣支持率が、激減しています。国民も、いつまでも愚かにだまされはしない。その推移に期待し、気を取り直しつつ、とりとめもないブログ記事を書き継いでいくことにいたします。
今日はここまで。

「無限の後悔と恐怖」は御免こうむりたい、の巻 [時事]

確か中学か高校の自分に読んだ漱石の「夢十夜」で、変に印象に残っている場面があります。
調べてみると、第七夜です。

 自分はますますつまらなくなった。とうとう死ぬ事に決心した。それである晩、あたりに人のいない時分、思い切って海の中へ飛び込んだ。ところが――自分の足が甲板を離れて、船と縁が切れたその刹那に、急に命が惜しくなった。心の底からよせばよかったと思った。けれども、もう遅い。自分は厭でも応でも海の中へ這入らなければならない。ただ大変高くできていた船と見えて、身体は船を離れたけれども、足は容易に水に着かない。しかし捕まえるものがないから、しだいしだいに水に近づいて来る。いくら足を縮めても近づいて来る。水の色は黒かった。
 そのうち船は例の通り黒い煙を吐いて、通り過ぎてしまった。自分はどこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖とを抱いて黒い波の方へ静かに落ちて行った。

この救いようのない「無限の後悔と恐怖」を、自分もいつか味わうことになるのではなかろうか、という懼れに、つきまとわれた記憶があります。
時は経て、確か30代の頃、妙な夢を見たことがあります。
朝方か夕方か判然としませんが、どこかうっすらと淡い光のなか、おそらく水平線の雲の間から、不気味に光る核ミサイルらしきものが、ゆっくりと姿をあらわし、だんだんと近づいて大きくなってくる。「ああ、やっぱり、間に合わなかったんだ」と深く落胆し、いましも着弾の現場を実体験するかという間際、目が覚めた、という夢だったように思います。何かの機会に、雑談でこの夢の話をしたところ、原水爆禁止運動にながく取り組んでこられたKさんに、「kazgさんも疲れてるなあ」と同情されました。
時は、SDI(戦略防衛構想=スターウォーズ計画)を掲げて宇宙的規模での核軍拡を強めるアメリカレーガン政権と、泥沼のアフガニスタン侵攻をつづけながら核軍拡を進めるソ連(当時)アンドロポフ→チェルネンコ政権との対決姿勢が激化し、米科学誌 Bulletin of the Atomic Scientists の表紙を飾る「世界終末時計」の針が三分前を示した1980年代前半のことでした。
「一億総被爆死」というフレーズが、絵空事ではなく説得力を持ちました。
余談ながら東欧・ソ連崩壊を経て、1990年代に一七分前まで押し戻された針が、地球温暖化の進行、フクシマ原発事故、核軍拡などの情勢を踏まえてふたたび刻々と終末に向かい、いま、トランプ政権の登場を受けて二分三〇秒前まで進められたことは、嘆かわしいことです。
不吉な相似はこれにとどまりません。
レーガンと熱い抱擁を交わし、「ロン・ヤス」と睦まじくファーストネームで呼び合うつナカソネヤスヒロ首相は、対米忠誠の証に「日本列島を(アメリカのための)不沈空母にする」と公言していました。「戦後政治の総決算」を掲げて、「自主憲法制定」を柱としながら、国民のいのちとくらし、民主主義を犠牲にする「臨調行革」を強行し、大規模な軍拡を進めました。「草の根保守」の運動を組織・育成しながらその路線を推し進めていくのもお得意の手法でした。
さて、現下の情勢については、多言を労する必要はないでしょう。より稚拙に、より戯画的に、そしてより乱暴に、事態が進んでいるように思えてなりません。

「週間朝日」のこの記事、室井佑月サンに大賛成です
室井佑月が政府の北朝鮮への対応に「さもありなん」?

 おどろおどろしい音楽に乗せて、米軍の巨大な原子力空母や、北朝鮮の軍事パレードなどがテレビで頻繁に映し出される。ミサイルの種類の説明をやってたり。
 ほんで、安倍首相が出てきて、
「いかなる事態でも国民を守り抜く(キリッ!)」
 みたいなCMよ。
 安倍さん、この台詞好きよね。あたしが知ってるだけでも、自民党の役員会と熊本の陸上自衛隊で発言しておる。んでもって、カメラの前でキリッ。決まった、って感じなのだろうか。
 報道じゃなく、CMだ。そこで、「どうやって守るんだよ?」という子どもでも考えられそうな簡単な質問も出て来ない。
{中略)
もしこの国めがけてミサイルが発射されたら甚大な被害が出るわけで、安倍さんがいう「いかなる事態でも国民を守り抜く」なんて発言は、ただの軽々しい言葉でしかない。
 万が一、そういう事態があったとして、マスコミは安倍さんと共に責任を取れるのか?
「いかなる事態でも国民を守り抜く」というその気持ちがほんとなら、最悪なその万が一を絶対に回避するような外交をしているわな。
 ISISのテロに狙われる可能性が高くなったのも、北朝鮮のミサイルが飛んで来る確率が高くなったのも、誰のせいじゃ? そういうことをきちんと論じる報道はほぼ皆無。危機を煽れば煽るほどCM効果で、政権支持率は高くなる。馬鹿らしい。

全部引用してご紹介したいところですが、遠慮して(これでも?)部分引用です。
NHKのミサイル落下で取るべき行動は 内閣官房のサイト アクセス急増という記事がこう伝えています。

 
北朝鮮をめぐる緊張が高まる中、弾道ミサイルが落下した際に取るべき行動についてまとめた内閣官房の「国民保護ポータルサイト」へのアクセスが急増していて、国民の関心の高まりをうかがわせています。
内閣官房によりますと、「国民保護ポータルサイト」の閲覧件数は、1年余り前は月10万件前後でしたが、その後は徐々に増えたあと、今月に入って急増し、23日までに570万件を超えています。
このサイトでは、武力攻撃を知らせる特別なサイレンの音を聴くことができるほか、ミサイルが落下した際に取るべき行動について、屋内にいる場合や屋外にいる場合など3とおりの対応を説明しています。
たとえば屋外にいる場合、近くにあるできるだけ頑丈な建物に避難し、そういった建物がなければ、物陰に身を隠したり地面に伏せて頭を守ったりするよう呼びかけています。
また、屋内にいる場合は爆風で窓ガラスが割れることなども考えられるため、できるだけ窓から離れ、できれば窓のない部屋に移動するよう呼びかけています。
内閣官房では、「いざというときに取るべき行動について知ってもらい、万が一、ミサイル落下などがあった際の適切な行動につなげてほしい」と話しています。

信じがたいばかばかしさです。
momotaro様のこの記事リアリティない弾道ミサイル退避マニュアルと「共謀罪大反対!」、さきしなのてるりん様のこの記事 2017-04-27  北朝鮮さんざ煽って我外遊でもご紹介くださっているとおり、日刊ゲンダイ4月26日付け記事が、ばっさり斬っています。


 軍事ジャーナリストの世良光弘氏がこう言う。
「発射された北朝鮮の弾道ミサイルが日本に着弾するまで8~10分。発射情報は米軍経由で日本側に届くため、Jアラートが警報を鳴らすのは早くても5分後。つまり、国民が行動する時間は3分しかありません。内閣府のポータルサイトには避難施設も出ていますが、東京都だけでPDFで60ページ。これでは避難施設を探している間にミサイルが落ちてきますよ。それにサリンやVXガスの場合、空気より比重が重いため、政府の言うとおりに地下街などに逃げ込んだら即アウト。(退避マニュアルは)オソマツ過ぎます」
 安倍が叫ぶ「万全の態勢」なんて、しょせんはこの程度である。

本当に核ミサイルが飛んできたらもう遅い。世界中が「無限の後悔と恐怖」にさいなまれずにすむように、力で力を抑え込む核ミサイルで核ミサイルに対抗する、などという妄信を取り払わなければなりません。みずからにその意志がない指導者には、降りていただくしかありませんネ。














初夏の麦畑です。
ミサイルが飛んできても逃げられません。

国会中継観察日記、の巻 [時事]

籠池氏の証人喚問が注目されて、一昨日の国会中継は最高16%超という高視聴率を記録したそうです。かくいう私も、時にはテレビで、時にはラジオで、その成り行きを見守りました。
前回記事では、籠池証人にたいする、自公の恫喝の異常性について感想を述べましたが、維新のそれには触れそびれていました。


という記事にはこうありましたが、もっともなことです。

 3日午後に開かれた森友学園の籠池理事長に対する衆院予算委員会の証人喚問において、質問に立った日本維新の会の衆院議員、下地幹郎(しもじ・みきお)氏の発言にツッコミが相次いでいる。

質問にたった下地氏は、籠池理事長が小学校の設置認可取り下げをめぐり、同党の代表で松井一郎大阪府知事に「はしごを外された」と訴えていることに言及。下地氏はこの件について「松井さんは、あなたの学校ができるようにはしごをかけて」「はしごは外されたのではなく、あなたが自らはしごから落ちた」と声を張り上げた。

まるで「はしご」があったかのようにも捉えることができるこの発言。思想家、コラムニストで神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏は自身のTwitter上で、「維新の議員は壮絶なバカですね」と切り出すと、この発言を引用し、「認可に府知事が介入したって自分で証言しちゃっいました」(原文ママ)と指摘した。




さらに、渦中の籠池理事長の独占インタビューに成功し、一躍注目を浴びた著述家で、『日本会議の研究』などの著書がある菅野完(すがの・たもつ)氏も、同様に「『松井さんはしごかけた』って言うてしもうてるがなw 」とコメントしている。


備忘のために下地語録、記録しておかねば。


「きょうの答弁はあなたの人生にとって非常に重いものになると思いますよ」

この人たちにとって証人喚問は、真相解明のためと言うよりは、都合の悪い証言封殺のためなのですね。

3月23日夜、日本外国特派員協会でも記者会見で、籠池氏は、こう発言しておられます。

 「私人を証人喚問するのは、ある意味で異常事態。総理を侮辱したというだけで私人を国会で喚問するなんて、どこの国なんでしょうか。悪口も、ちょっとした陰口も言えなくなるんですか」

「嘘をつくなと、もしもちょっとでも嘘をついたら偽証罪で留置所にいれるぞという脅かしが常にあったという認識をしております」

「さらにそれをテレビジョンで流すことにより、『あいつは何か隠してる悪いやっちゃ』いうような印象操作をかなりしていたんではないかなと思っております」


まったくおっしゃるとおりと思います。

昨日は、森友学園への国有地売却交渉時の財務省理財局長だった迫田英典・国税庁長官と、近畿財務局長だった武内良樹財務省国際局長を参考人招致しての質疑が行われました。ま、あんまり期待はしていませんでしたが、一方は偽証罪の縛りがある証人喚問で、一方は参考人。まったくアンフェアです。アンフェアと言えば、名指しを受けた疑惑の主、安倍夫人や、夫人付き秘書、松井大阪府知事の国会招致を拒む自公の態度は、ご都合主義そのものでしょう。
きのうの国会中継でも、こんなやりとりがありました。

安倍首相:なぜ籠池さんが今回証人に呼ばれたかと言えば、

刑事罰に関わることをやっているかどうかでありまして、

たとえば私や妻はそうではないわけでありますから、

それなのに、まるで証人喚問に出ろと言うことはおかしい話ではないかと、、、


小池晃議員(共):総理は証人喚問というのは刑事罰が疑われるような人がやるんだと。そういうことを総理が言っちゃいけないでしょ。 


なんか勘違いしてらっしゃるようです。

もう一つ昨日の国会中継のハイライトシーン。

産経新聞web版は、こう伝えています。

麻生太郎財務相が24日の参院予算委員会で、学校法人「森友学園」の問題に関して答弁した際、野党の質問に色をなして反応した。ふだんは野党の厳しい批判にも余裕の表情を浮かべていることが多い麻生氏だが、共産党議員に「偉そうに」と発言し、山本一太委員長から注意を受けた。


 共産党の辰巳孝太郎氏が森友学園への国有地払い下げをめぐり、自民党麻生派に所属する鴻池祥肇元防災担当相の事務所の面談記録について事実関係を麻生氏にただした。


 これに対し麻生氏は、共産党の小池晃書記局長が1日の参院予算委で鴻池氏の面談記録を明らかにしたことを念頭に、「訳の分からないところから『メモを取った』と偉そうにいっていた」と発言した。


 「偉そうに」発言に野党側が答弁をさえぎるように激しく反応すると、麻生氏も声を張り上げ、「俺は偉そうに聞こえたんだからしようがない」と応戦。さらに、人を指で指すしぐさを交えながら「いつも人をこうやって指さしてワンワンしゃべってる。偉そうに。失礼だろ、それは」とたたみかけた。


 最後には野党側から抗議を受けた山本委員長が「答弁のご表現はお気をつけください」と注意した。

私の目には、質問中ニタニタと横柄に笑いながら、ぺちゃくちゃ私語を交わしているアベ・デンデンと、アソー・フシュウコンビの行儀の悪い態度の本がよほど偉そうにみえましたがね。アソー・フシュウの明言は、他にもこんなのがあるそうで、なかなかユニークでいらっしゃる。
未曽有 (みぞうゆう) ← みぞう
踏襲 (ふしゅう) ← とうしゅう
頻繁 (はんざつ) ← ひんぱん
破綻 (はじょう) ← はたん
低迷 (ていまい) ← ていめい
詳細 (ようさい) ← しょうさい
焦眉 (しゅうび) ← しょうび
希求 (ききょう) ← ききゅう (YAHOO知恵袋より)

3月ももう下旬。

今日のハクモクレンの花です。



























コブシも花盛りです。







今日の付録は、ちょっと季節外れになりそうなストック写真の紹介です。

早春のカワラヒワ

早春のカワラヒワ posted by (C)kazg 早春のカワラヒワ

早春のカワラヒワ posted by (C)kazg 早春のカワラヒワ

早春のカワラヒワ posted by (C)kazg 早春のカワラヒワ

早春のカワラヒワ posted by (C)kazg タイワンフウの枝に止まるカワラヒワ

タイワンフウの枝に止まるカワラヒワ posted by (C)kazg タイワンフウの枝に止まるカワラヒワ

タイワンフウの枝に止まるカワラヒワ posted by (C)kazg 梢の先のカワラヒワ

梢の先のカワラヒワ posted by (C)kazg 梢の先のカワラヒワ

梢の先のカワラヒワ posted by (C)kazg 鈴なりのカワラヒワ

鈴なりのカワラヒワ posted by (C)kazg


今日はこれにて。

追悼は命じられてするものでもないでしょう、の巻 [時事]

地元紙「山陽新聞」、今日付朝刊の、一面にこんな「政府広告」が掲載されていました。


人間にとって、格別に心の奥深く、内面の最も大切な部分に属するはずの「人を悼む」という心の働きまでも、政府が命じて統制しようというのでしょうか?政権トップのあの方の傲慢さがダブって見えて、強い違和感を禁じることができませんでした。

ところで、話題のあの偏向幼稚園は、物心がつくかつかないかの子どもたちに教育勅語を暗唱させ、「テンノウヘイカバンザイ」ならぬ「アベシュショーガンバレ」と唱和させることも、いかにやすやすと可能であるかを実践的に証明しました。そればかりか、「大人の人たちは日本が他の国々に負けぬよう、尖閣諸島、竹島、北方領土を守り、日本を悪者として扱っている中国・韓国が心改め、歴史教科書で嘘を教えないようお願いいたします。安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ、安保法制国会通過よかったです」という長大な宣誓を唱和させる見事さ!

その「道徳教育」を小学校にまで及ぼそうという壮大な実験は、ひとり籠池某(日本会議幹部)なるアナクロはねあがり経営者の突出にとどまらないのではないでしょうか?余りにもがめつく醜悪で、みみっちい金銭問題がクローズアップされて、累が及ぶことを懸念した面々は、トカゲの尻尾切りで幕を下ろしたいご様子ですが、森友学園の「教育」(こんなもの教育じゃない!)が、「安倍教育改革」の端的で戯画的な実物見本であることは、もはや覆い隠すことはできないでしょう。

安倍「教育改革」はなぜ問題か

安倍「教育改革」はなぜ問題か

  • 作者: 藤田 英典
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/11/28
  • メディア: 単行本




「私人」と言い逃れようが、妻と自分は別人格と強弁しようが、いったんは名誉校長を引き受け、総理夫人の肩書きで、HPにもこんな文章を寄せていたんですよ。

「籠池先生の教育に対する熱き想いに感銘を受け、このたび名誉校長に就任させていただきました。
瑞穂の國記念小學院は、優れた道徳教育を基として、日本人としての誇りを持つ、芯の通った子どもを育てます。 そこで備わった「やる気」や「達成感」、「プライド」や「勇気」が、子ども達の未来で大きく花開き、其々が日本のリーダーとして国際社会で活躍してくれることを期待しております。

この事実は、たとえ、問題発覚後にこっそり削除してみても、相手方が勝手にしたことと強弁しよてみても、なかったことには決してできませんよね。

また、 「リテラ」のこの記事(稲田朋美が森友学園のため文科省を恫喝)には、塚本幼稚園の偏向教育とイナダさんとの深い関係が、こう紹介されています。

 籠池氏と面識があるか問われ、「面識はありますが、ここ10年お会いしておりません」「か、ご、い、け?やすのり?さん」とたどたどしく読み、「面識はあるが、どういった機会で会ったか定かではない」などと曖昧な答弁をしていた。塚本幼稚園を知っていたかについても、「聞いたことはありますけれど、その程度でございます」と答えていた。

しかし「聞いたことがある程度」とは笑わせるではないか。実は、稲田防衛相は過去に、塚本幼稚園をめぐって、文科省に圧力をかけていたことがあるのだ。文科省が塚本幼稚園の教育勅語暗唱を「適当でない」とコメントしたのに対し、「なぜいけないのか」と恫喝していたのである。


実は、この事実は稲田防衛相が自ら認めていることだ。「WiLL」(ワック)2006年10月号の新人議員座談会で稲田は自慢げにこう語っているのだ。


「教育勅語の素読をしている幼稚園が大阪にあるのですが、そこを取材した新聞が文科省に問い合わせをしたら、「教育勅語を幼稚園で教えるのは適当ではない」とコメントしたそうなんです。

 そこで文科省の方に、「教育勅語のどこがいけないのか」と聞きました。すると、「教育勅語が適当ではないのではなくて、幼稚園児に丸覚えさせる教育方法自体が適当ではないという主旨だった」と逃げたのです。

 しかし新聞の読者は、文科省が教育勅語の内容自体に反対していると理解します。今、国会で教育基本法を改正し、占領政策で失われてきた日本の道徳や価値観を取り戻そうとしている時期に、このような誤ったメッセージが国民に伝えられることは非常に問題だと思います」


そして、「文春」オンライン(http://bunshun.jp/articles/-/1658)の記事。
稲田朋美防衛相(58)の夫・龍示氏が、森友学園の弁護士を務めていたことが「週刊文春」の取材でわかった。

 稲田氏は昨年10月、防衛大臣名で森友学園の籠池泰典理事長(64)に感謝状を贈っている。稲田氏は以前、小誌の取材に「籠池氏が長年にわたり、自衛隊の部隊との交流等を通じて、防衛基盤の育成と自衛隊員の士気高揚に貢献された」と説明していたが、国有地問題が国会で追及されると「取り消しを検討する」と態度を一変させた。

国会での追及に、「私が弁護士時代に森友学園の顧問であったということはありませんし、また法律的な相談を受けたこともありません。」と大見得を切ったイナダさん、夫の龍示サンの行動は、ご自身に関わりないことなんですかね?「私人である夫の弁護士活動について逐一お答えする立場にありません」(週間文春)だそうです。オヤ、また「私人」だ。便利な言葉です。

お気に入りの教育勅語には、こんな徳目が書いてあるのですがね。過去記事(◇小豆島の旅(2)岬の分教場の巻)からの引用です 。


 
ウィキペディアは、教育勅語のポイントを「12の徳目」としてこのようにまとめています。

12の徳目

1.父母ニ孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)
2.兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)

3.夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)
4.朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)
5.恭儉己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)
6.博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)
7.學ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)
8.以テ智能ヲ啓發シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)
9.德器ヲ成就シ (人格の向上に努めましょう)
10.進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)
11.常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ (法令を守り国の秩序に遵いましょう)
12.一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)

3.夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)
4.朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)
5.恭儉己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)


などは、口先だけの建前に過ぎず、12の、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」だけが肝要と割り切っておいでなのでしょうか。

そういえば、籠池理事長の認可申請取り下げの記者会見とほぼ同時刻に、アベ首相が「緊急記者会見」を開いて、南スーダンからの自衛隊撤退を表明しました。この撤退は、遅きに失したとは言え、国民の意思に合致したものであることはたしかでしょう。しかし、理由は曖昧なまま、なし崩しでコトをすすめるお得意の手法は、相変わらずです。

なし崩しと言えば、東日本大震災の発生翌年の2012年から3月11日に合わせて開いてきた首相記者会見を今年で打ち切りました。震災から6年となり、「一定の節目を越えた」(政府関係者)と判断したとのこと。政府主催追悼式で式辞を朗読するが、会見は行わないのだそうです。森友学園問題での質問が浴びせられることを避けたのだろうともっぱらの噂ですが、他に理由が見当たりませんよね。

さて、冒頭紹介した本日付地元紙「山陽新聞」では、コラム「滴一滴」(http://www.sanyonews.jp/article/499985/1/?rct=tekiitteki)に、シンガー・ソングライター斉藤和義さんの歌が紹介されていました。


 シンガー・ソングライターの斉藤和義さんには、CDに収めていない人気曲がある。自らのヒット曲の題名の「好き」を「ウソ」に変えた「ずっとウソだった」である。福島第1原発の事故を目の当たりにして作った▼事故直後にはネットの動画サイトで話題を集めた。教科書もCMも原発は安全と言っていた。うそでだまして想定外と言い訳している―。そんな歌詞で安全神話の崩壊を歌う。

私はこの斉藤さんのことも「ウソ」という歌のことも、この記事で初めて知りましたが、興味をそそられて、ユーチューブで確かめてみました。
https://www.youtube.com/watch?v=lY4j9KoEtA0

「ひょうひょうとした中にも強いメッセージが伝わってきた」(前述コラム記事)という紹介の通りでした。カクサンしたいです。

ウソでしたごめんなさいと、しっかりケリをつけて欲しいものです。

桃の節句のウソ

桃の節句のウソ

これは今日の散歩で見かけたケリ(鳧)です。











次は、昨日見かけたタゲリ(田鳧)です。遠いので色が不鮮明ですが、頭の飾りがおしゃれです。











三寒四温とはよく言ったもので、寒暖の差が大きいです。朝は薄氷が張っているかと思うと、昼間が陽射しが暑いほどです。

これは河津桜でしょうか?近くの公園(自然環境体験公園)に咲いていました。











マンサクもしっかり咲いています。











梅です。



シロハラ。







物陰からヒヨドリ。







物陰からシメ。







はなはだ失礼、不完全画像です(汗)。

シメで締めくくりそびれたので、ジョビ子ちゃんにトリをつとめていただきます。



















今日はこれにて。

不時着と言うには無残!オスプレイ [時事]

書きかけていた記事を急遽差し替えます。

オスプレイの事故を、so-netニュースから引用します。(出典はTBSニュース)




名護市安部の海岸です。干潮時刻が近づき、大破したオスプレイの機体が見え始めています。海面から突き出している2つの棒のようなものはプロペラ部分です。そしてバラバラになった尾翼など機体の一部が海岸に打ち寄せられ、衝撃の大きさを物語っています。

 海上保安庁などによりますと、オスプレイは13日午後10時ごろ、名護市のキャンプシュワブ近くの浅瀬に不時着を試みて大破しました。オスプレイは普天間基地所属で、事故当時は訓練を行っていたということです。搭乗していた5人は救助され、このうち2人がけがをしたということですが、詳しい容体は分かっていません。

 オスプレイをめぐっては、安全性が懸念される中、2012年に普天間基地に強行配備された経緯があり、日本国内で初めて起きた重大事故に、今後、大きな反発が広がることは必至です。
 オスプレイが大破した事故を受け、沖縄県の翁長知事は「とんでもない出来事だ」と述べ、強い不快感を示しました。
 「本当にとんでもない出来事。法治国家ではない」(翁長 沖縄県知事)  翁長知事は沖縄防衛局長らを沖縄県庁に呼んで、抗議しています。
 「本当に一歩間違えれば、それこそ大惨事になる。恐れていたことが現実のものになった。本当にびっくりした」(稲嶺 名護市長)
 「できればオスプレイは基地に持ってきてほしくない、基地があるから、そういうのも来ると思うので考えてほしい」(宜野湾市民) 「嫌です、基地はなくなってほしい」(宜野湾市民)(14日11:32)
TBS Newsi

朝のニュースでは、「オスプレイが不時着」と聞きました。「不時着」と「大破」では印象がずいぶん違います。たまたま今回は海上でしたが、民家や商業施設の上空、病院や学校、保育所の上空だったら、どんな悲劇が起こらなかったとも限りません。

オスプレイについては、過去に記事にも何度か書いてきました。

2014年1月の記事。

◇はつはるや とりどりの鳥 撮りました



ミサゴは、英語でオスプレイと言うそうです。

沖縄はじめ、日本への配備が問題となっている垂直離着陸機のニックネームですね。


天空から猛スピードで思いっきりよく海中に突入し、勇猛果敢に獲物を捕らえるこの猛禽の、颯爽とした美しさ、勇ましさにちなんだ名づけでしょうか?

でも、その、航空機のオスプレイの方は、あまりにも事故が多くて、ウィドウ・メーカー( widow maker, widowmaker)=「後家製造器」「未亡人製造器」と揶揄される欠陥機だそうな。

折しも、一月八日付の「琉球新報」web版に、「第15回北方領土返還平和条約締結促進全国誌上川柳大会」(北方領土川柳社主催)で、県川柳協会会長の大田かつら(洲鎌恵子)さん(66)=
豊見城市=の作品「沖縄の平和遠退(とおの)くオスプレイ」が特選に選ばれた、という記事が載っています。

大田さんは、昨年末の仲井真弘多知事の辺野古埋め立て承認について、

人間のエゴがジュゴンの海奪い


ジュゴンすむ海札束で売った知事


と詠んで批判したとも記されています。全くもっともなことです。
安全性も確認できないまま、世界でもまれな大量配備を強行するのは、アメリカが、いまだに日本を属国と見下し、とりわけ沖縄を準「占領地」と見なしていることのあらわれですか?

いやそれよりも、安倍さんを筆頭に、歴代日本政府とオエライさんが、沖縄県民を初め日本の国民の思いに、いささかも心を寄せようとせず、ジャイアン親分の鼻息ばかりうかがってきたことの延長線でしょうかね。

そんなとき、同じ「琉球新報」今日付WEB版に、米国やオーストラリアなどの世界的に著名な文化人や識者ら29人が7日(日本時間8日)、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を中止し、即時返還を求める共同声明を正式に発表した、と報道されています。声明の呼び掛け人には言語学者のノーム・チョムスキー氏、アカデミー賞受賞の映画監督オリバー・ストーン、マイケル・ムーアの両氏、ノーベル平和賞受賞者のマイレッド・マグワイア氏、ピュリツァー賞受賞者のジョン・ダワー氏ら29人が名を連ねた、とあります。
さて、どうする?日本人!

そしてこちらは、同じく2014年7月の記事。
◇沖縄の方々の気持ちにより添うってどういうこと??

 昨日は、カーラジオから流れてくる安倍さんの施政方針演説を、聞くともなく聞いていました。

 第168回国会の代表質問を前に、突如辞任された第一次安倍内閣の頃に比べて、お声にも張りがあり、若々しく、お元気そうで何よりでした。
演説の内容も、安定多数の余裕のためか、年齢的成熟のためか、ソフトタッチで、一般国民の日常に根ざしたささやかな喜怒哀楽の心情にも配慮しつつ、レトリック的にも論理と情緒の均衡において破綻の少ない、ソツのない演説とお聞きしました。

しかし、最近露骨には表に出ることの少なかった、「戦後レジームの転換」という持ち前の「信念」が、衣の下から見え隠れしているという印象は、強く感じました。

(中略)


あの名護市長選挙で、保守候補の応援に立った元官房長官の野中さんの発言が、こんな記事に紹介されていました。


 「沖縄の人たちを札束でしばき、踏みつけるような手法を取ってはならない」。野中広務元官房長官は18日、沖縄県名護市で街頭演説し、安倍政権の米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)移設問題への対応に苦言を呈した。
 安倍晋三首相は昨年12月、普天間飛行場の移設先とする名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認を仲井真弘多知事から得る際、3000億円台の沖縄振興予算を2021年度まで確保すると表明した。野中氏はこうした経緯が念頭にあるとみられ、演説では「今回の一連の流れに怒りを持ってきた」と語った。
 小渕内閣の官房長官などを務め、沖縄の基地問題に深く関わった野中氏は当時、頻繁に沖縄を訪れ、名護市を含む本島北部地域の首長らと膝詰めで話し合うなどした。それだけに、着工に前のめりな安倍政権の姿勢に不満が募ったようだ。


 このような政友からの「ブレーキ」にも、まるで斟酌の様子もなく、話題は安全・安心の問題に及び、自衛隊員の献身性への慰労、感謝、激励、賛美の言葉が続きます。続けて、「積極的平和主義」「集団的自衛権」などの持論が展開され、日米同盟・在日米軍の重要性が強調されます。その文脈の中で、沖縄問題が語られるのです。


 在日米軍再編については、抑止力を維持しつつ、基地負担の軽減に向けて、全力で進めてまいります。
特に、学校や住宅に近く、市街地の真ん中にある普天間飛行場については、名護市辺野古沖の埋立て申請が承認されたことを受け、速やかな返還に向けて取り組みます。同時に、移設までの間の危険性除去が極めて重要な課題であり、オスプレイの訓練移転など沖縄県外における努力を十二分に行います。
 沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、「できることは全て行う」との姿勢で取り組んでまいります。


 でも、安倍さん。「沖縄の方々の気持ち」とは、「沖縄の苦難を他の地方に押しつけない。」、「沖縄を二度と侵略の足場にさせない。」 、「核も基地もない緑で平和な、自然豊かな沖縄をまもる」、「札束で心は売らない。」ということではなかったでしょうかね?


そして、「沖縄の方々の気持ちに寄り添う」というなら、先の戦争が、他国に対しては侵略の、自国民に対しては抑圧と暴虐の歴史に他ならなかったこと、そして唯一戦場とされた沖縄の悲劇の大本はその点にあることを、まず真摯に認める所から出発しなければならないのではないでしょうかね?


オスプレイはウィドウ・メーカー( widow maker, widowmaker)=「後家製造器」「未亡人製造器」とよばれるほどの事故多発機で、危険であるだけでなく、耐え難い騒音で迷惑千万、という当然の住民感情を尻目に、日米政府は、高江ヘリパッド工事強行をはじめ、沖縄、本土へのオスプレイ導入をはかっています。先の熊本地震でも、災害支援物資の運搬のためにあえてオスプレイを投入し、PRにつとめました。

政府と御用言論家は、「オスプレイは安全」と、まことしやかに言いつのっていますし、ネットを探ると、そうした論がかなり幅をきかせているようですね。

そんな話題を検証する上で、こんな記事が参考になりましたのでご紹介しておきます。

◇オスプレイ事故率 「民間航空機より低い」 産経サイト、一部記述を削除

 【GoHooレポート4月22日】産経新聞は4月20日、ニュースサイトに「一部メディアのオスプレイ叩きに被災者から批判の声 『露骨な政治的パフォーマンスでは…』」と見出しをつけた記事を掲載した。当初、この記事には、オスプレイMV-22の事故率が海兵隊平均より低く、「この数字は大韓航空や中華航空よりも低いという」と記されていたが、同日中にこの部分を含む一部記述が削除された。サイトには、この記述を削除したことや訂正文は記されていない(参照=産経新聞ニュースサイトの記事)。
〔中略)

この記事は、熊本地震で在日米海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイMV-22が支援活動に当たったことについて、複数の日本メディアが批判的に報じたことを問題視したもの。削除された部分は「米当局が明らかにしたMV22のクラスA事故率は1・93で、海兵隊の平均事故率2・45を下回る。この数字は大韓航空や中華航空よりも低いという」と記載されていた。この「クラスA事故率」とは、10万飛行時間あたりの「クラスA」の事故率で、防衛省が2012年に米側資料に基づいて公表されている。米軍独自の基準で、被害総額が200万ドル以上あるいは死亡等の重大な結果を引き起こした場合が「クラスA」とされている(参照=防衛省の2012年9月発表資料)。

一方、民間航空機については、たとえば国際ビジネス航空協議会(IBAC)が10万飛行時間あたりの事故率を公表しているが、米軍の「クラスA」と同様の方法で事故率が発表されている事実は確認できなかった。そのため、MV-22の「クラスA」の事故率が「大韓航空や中華航空よりも低い」という指摘は、裏付けとなるデータがなかった可能性が高い。

産経の記事は当初、20日午前7時26分ごろにニュースサイト上に掲載された後、同日正午ごろに差し替えられたとみられる。記事は22日正午現在、産経ニュースサイトで過去1週間のアクセスランキング1位となっている。Yahoo!ニュースに掲載された記事も、同じ箇所が削除され更新されていたことを確認した。

産経の記事で削除された記述は、以下のとおり(削除されたのは太字部分)。

一部メディアのオスプレイ叩きに被災者から批判の声 「露骨な政治的パフォーマンスでは…」

…(略)…


そもそも、日米同盟がある以上、被災地支援に利用できる米軍の航空機を使用するのは当たり前で、政治的な判断を必要とするのも当然だ。オスプレイ投入を政治利用と腐し、自衛隊の存在そのものに否定的な勢力の論法だと、自衛隊の災害派遣も、自衛隊を正当化する政治利用だということになりはしないか。


こうしたメディアが振りかざすオスプレイの危険性も事実からは遠い。


米軍は事故について、死者や200万ドル(約2・1億円)以上の損害が出た事故をクラスA、より軽微な事故を順番にクラスB、Cとランク付けしている。


米当局が明らかにしたMV22のクラスA事故率は1・93で、海兵隊の平均事故率2・45を下回る。この数字は大韓航空や中華航空よりも低いという。


これまでもオスプレイは沖縄県の普天間飛行場への配備時など、執拗な批判にさらされてきた。しかし、物資輸送をはじめ、災害発生間もない被災地のさまざまな需要に応じるため、オスプレイを活用しない理由はない。主力輸送ヘリCH46と比べ、速度は約2倍、航続距離は約4倍で、積載量も約3倍といずれの性能も上回るからだ。


救援活動での活躍は、ことさらオスプレイの危険性を強調し、過剰ともいえる議論をリードしてきた一部メディアにとっては“不都合な真実”になりかねない。しかし、露骨な反対運動のアピールは、逆に被災者や関係者の怒りや失望を買うだけではないか。


(産経新聞ニュースサイト2016年4月20日07:26掲載)


「米当局が明らかにしたMV22のクラスA事故率は1・93で、海兵隊の平均事故率2・45を下回る。この数字は大韓航空や中華航空よりも低いという。」と、鬼の首を取ったような論が、ネット上でも繰り返されています。

これに対して、琉球新報の次の記事は、完膚無き反駁となっています。

◇<社説>オスプレイ事故率 重大事故の危機自覚せよ
政府や米軍が喧伝(けんでん)する「安全性」は信用に値しない。即刻、沖縄の空から去るべきだ。

 垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの10万飛行時間当たりのクラスA(重大事故)の事故率が、普天間飛行場に配備された2012年の1・93件から、15年末時点で3・69件に増加したことを米海兵隊が明らかにした。

 わずか3年余でクラスA事故率が約2倍になった。政府は「一般に飛行時間の増加に伴い(事故率は)低減する」と説明してきたが、それとは逆のことが起きているのだ。

 民間機ならば同型機の飛行を止めるような異常事態だ。バッテリー発煙トラブルを起こしたボーイング787は原因を究明するために4カ月間、飛行停止した。これが航空機の安全運航を維持する上でのルールであろう。

 しかし、在沖米海兵隊は重大事故が起きてもオスプレイの飛行を続けてきた。政府はこのような無謀な飛行を見過ごしてはならない。住民の安全を守る観点から、飛行停止を米側に求めるべきだ。米軍機を特別扱いする理由はない。

 ところが、そのような強い姿勢が政府には皆無だ。そればかりか、オスプレイの安全性や事故率に対する関心の薄さが露呈した。

 防衛省が15年5月に公表したクラスA事故率は14年9月段階の2・12件であり、14年10月に北アラビア湾で発生した重大事故を反映した数値は公にしていない。同省は、既に発表したものから更新された数値は把握していないと答えている。事故率公表に及び腰では、「安全性」を説く資格はない。

 オスプレイをめぐっては隠蔽(いんぺい)や偽装が付きまとってきた。

 10年にアフガニスタンで起きた空軍のオスプレイ墜落事故で、「機体に問題があった」とする調査報告を「人為的ミス」に改めるよう軍上層部が圧力をかけていたと米誌が報じた。整備記録のミスなどの不適切な整備作業も米国防総省監査室の調査で判明した。

 配備に関しても、防衛省はSACO(日米特別行動委員会)の交渉の時点(1996年)から辺野古新基地へのオスプレイ配備計画を把握していたのに、16年間も事実を隠した。

 政府と米軍が住民の安全確保を軽視したままオスプレイの飛行が続けば、悲惨な事故が起きかねない。住民が重大な危機にさらされていることを厳しく自覚すべきだ。

「政府と米軍が住民の安全確保を軽視したままオスプレイの飛行が続けば、悲惨な事故が起きかねない。住民が重大な危機にさらされていることを厳しく自覚すべきだ。」という指摘が、改めて現実味を帯びてきています。
沖縄タイムスも、衝撃的な事実を伝えています。
◇米海兵隊オスプレイ、アフガンでの運用率1% 事故率は41倍(2016年1月15日 11:27  沖縄タイムス)

(前略) 

事故は全機種平均の41倍

 米海軍安全センターが公表した「海兵隊航空機アフガニスタン事故報告書」によると、同国に配備された海兵隊航空機12機種の飛行時間は計12万3645・3時間。これに対し、オスプレイの飛行時間は計723・6時間と極端に低い。


 オスプレイの飛行時間を年度別にみると、10年度が15・4時間(ヘリ機能を持つ6機種の合計は1万8509・3時間)で運用率は0・08%、11年度が632・4時間(同2万7562・6時間)で2・30%、12年度が75・8時間(同2万5121時間)で0・30%。3年間で計723・6時間(同7万1192・9時間)で運用率は1・02%となっている。


 全12機種のクラスA~Dの事故率(10万飛行時間当たり)は26・69で、3746・8時間に1件の割合で発生。これに対し、オスプレイの事故率(同)は1105・56で全機種平均に対し約41倍、90・4時間に1件の割合で発生。クラスAの事故率(同)は138・19で、12機種平均に対し21倍。ヘリ機能を持つ6機種の平均に対し、30倍となっている。


 当地で起きたオスプレイのクラスA~Dの事故は計8件。被害規模が最も大きい「クラスA」(200万ドル以上の損害や死者)は、機内の後部ドアから海兵隊員が転落死した1件で、地上での機体の整備中などに起きたクラスC(5万ドル以上、50万ドル未満の損害や軽度の負傷者)は7件となっている。


 機種別ではヘリの事故率が最も高く、2004年に沖縄国際大学に墜落したヘリと同型機のCH53D大型輸送ヘリが6件、米軍普天間飛行場にも配備されているCH53Eが8件。同報告書は総括で「MV22、CH53D、CH53Eの(10万飛行時間当たりの)クラスA~Dの事故発生率は85・16でその他の航空機は11・25」とヘリ事故の高さを強調。また「オスプレイのクラスCに分類される地上での事故が目立つ」と注釈している。


■オスプレイ「実戦で使えない」 元米国防研究所主任分析官リボロ氏


 【平安名純代・米国特約記者】米国防研究所(IDA)の元主任分析官でオスプレイの専門家、レックス・リボロ氏は12日、米海軍安全センターがまとめたアフガニスタンにおける米海兵隊航空機の事故報告書について沖縄タイムスの取材に対し、「現地でのオスプレイの利用率の低さと事故率の高さは驚異的で恥ずべき数字だ。実戦で使い物にならなかったことを立証している」と述べた。


 リボロ氏は「同報告書で注目すべきは事故率の高さではなく、利用率の低さだ。これはオスプレイは本来の目的のために使えないことを示している」と強調。「(報告書のなかで)海兵隊のオスプレイ保有数は250機とあるがアフガニスタンでの飛行時間はたったの723時間。一方で、150機のUH1Yヘリの飛行時間は1万6千時間以上だ」と両者の差を指摘。2006年に2機を比較検証した際に、戦地での任務遂行機能に大差がないとのデータを得ていたことを明らかにした。


 また、オスプレイの10万飛行時間当たりの事故率が1105・56件となっていることについて「通常、戦地での事故率は平時より高い。平時の事故率が10万飛行時間当たり約6件なのに対し、ベトナム戦時のヘリの事故率は約100件だった。私がオスプレイの機能分析を担当した1992年から2006年時、同機の事故率はおそらくベトナム戦時のものを上回るだろうと予測していたが、1105件という驚異的な数字は想像すらできなかった」と指摘。


 02年に当時の海軍長官らに対し、「同機の戦地における事故率は10万飛行時間当たり約100件に達するだろう」と警鐘を鳴らしたところ、「ありえない話だ」と一笑に付されるなど、米軍幹部らが検証結果を軽視していた経由なども説明した。


 リボロ氏は、オスプレイがアフガニスタンで運用されなかった理由について「事故発生への懸念」を挙げ、自身が07年から08年にバグダッドに赴任していた際も同様の理由で「ほとんど運用されなかった」と述べ、「残念だが私の過去の予見はすべて的中している。海兵隊は給油が不要な長距離飛行などの特別任務を除き、オスプレイの大半を退かせることになるだろう」と予見した。

幸い人命に被害のなかった〔と報道されている)今回の事故を契機に、お国にお帰りいただくのが最善と存じます。
謙虚に真摯に、「沖縄の方々の気持ちに寄り添う」べき政権党のヒトたちが、沖縄の心を敵視している以上、いくら「遺憾」を繰り返しても、根本的な反省がないかぎり、事態の深刻さは変わりません。
「反省」どころか、こんな発言を思い出します。
「沖縄の2つの新聞は潰さないといけない」百田尚樹氏発言



自民党議員の質問にこたえたものです。



オスプレイの事故?確率低いので、杞憂です、という論もまことしやかに語られています。

以前、こんな記事を書きました。

◇杞の人の憂いや如何冬菜花(故事成語シリーズ第五回) 

杞の人の取り越し苦労を笑える人は幸いです。

今の世の中、空が落ちてこないとは、誰にも言えません。

地面がいつも確かに我々を支えてくれるとも、誰にも言えません。

隕石が原発の上におちてくる可能性はきわめて低く、それは杞憂だと、原発推進派の方々はおっしゃいますし、どこかの国が原発をミサイル攻撃するなどの可能性も考慮に値しないと、その方々はおっしゃいます。「今後も活発な噴火活動が続くと考えられる」という桜島から50㎞しか離れていない川内原発に、降灰が何らかの影響をもたらすなどの心配も、杞憂、、、、。実に、剛胆な、頼もしいお方だすなあ。


せやのに、同じ穴に棲む方々が、「日本を取り巻く安全保障環境は大きく変わり」、集団的自衛権も行使せんならん、憲法九条も実態に合わせて変えんならん、、、と力説なさるのは、杞憂とは言わしまへんのかいな?ほんま、ビックリポンやわ。


(放映中の朝ドラは、視聴率もまずまずだそうですが、個人的にはなぜか今ひとつ感情移入できずに、流し見している程度ですが、上方弁の言い回しだけはなぜか耳に残り、記事を書いてもケッタイナ上方弁の真似っこをしてしまいます。関西の皆様、決して悪意はございません。お許し下さい。)

今日も、児島湖と阿部池を散策してきました。

午前中、雨は上がっていましたが、強い風がありました。

工場の排煙が真横にたなびいています。



ミサゴ(オスプレイ)が、獲物を運んでいます。



トリミングしてみます。



これは別の個体・


今日はこれにて。

これって脅迫じゃないですか?の巻 [時事]

あきれたことです。
年金カット法案強行採決時の、アベさんのセリフ。
「私が述べたことを全くご理解頂いていないようであれば、審議を何時間やっても同じですよ」
チンピラヤクザも顔負けですな。
年金法案ばかりか、TPP、カジノ法なども軒並み成立させようと、12月14日まで延長ですと?赤穂浪士討ち入りの日ですか。

一昨日の記事で、吉良よし子議員の参院本会議質問を話題にしました。
日本共産党の「しんぶん赤旗」webペ-ジに紹介記事がありましたのでカクサンさせていただきます。なお、私は、吉良議員のお母さんが学生時代の友人である縁から、その娘のよし子ちゃんのファンです。
一部だけ引用します。
 写真

日本共産党の吉良よし子議員は28日の参院本会議で2015年度決算報告への質問に立ち、雇用や社会保障、安保法制の本格運用をめぐる安倍晋三首相の姿勢をただしました。首相は従来の立場に固執して、まともに答えませんでした。

 吉良氏は、若者が安心して働き子育てできる社会にしなければ景気もよくならず、「日本に未来はない」と述べ、雇用や社会保障の抜本的な改善を求めました。

 雇用について、吉良氏は、大手広告代理店・電通の新入社員が過労自殺した労災事件にふれ、「若者の命をも奪う『ブラック企業』は絶対になくさなければならない」と強調。安倍内閣が法案を提出している裁量労働制の拡大や「残業代ゼロ」制度は、過重労働を合法化したい大企業の要望を取り入れたものだとして撤回を求めました。

 吉良氏は、「年金カット法案」について、「公的年金に頼る高齢者に痛みを強い、若い世代の将来不安も増すばかりだ」と批判。廃案を求めました。 (以下略)

特に年金カット法案の追及のくだり「「公的年金に頼る高齢者に痛みを強い、若い世代の将来不安も増すばかりだ」。よく言うてくれたと目頭が熱くなりました。高齢者と若者世代を対立・分断させといて、両方をひっぱたいで搾り取るアベ流を、若者自身の言葉でズバリ斬ってくれました。

アベさん、こうも言ってのけたそうですね。
「決して皆さんの信用が上がることはないですよ、はっきり申し上げて」
「それで民進党の支持率が上がるわけじゃない」
またまたヤクザか居直り強盗の脅し文句!世界に先駆けてのトランプ詣でを決行して忠犬ぶりをアピールし、元のご主人様のオバマさんからも、世界の心ある人々からもケーベツされていることもご存じなく、国の本当の主人である国民に対しては、傲岸不遜の奢りよう、、、いずれ「過去の人」として歴史の屑籠に棄てられることは間違いないでしょうが、できうれば害悪の少ないうちに、さっさと退場していただきたいものです。



滅多に使うことのないケンコーミラーレンズ400mmを、昨日から持ち出しています。

 



 最短撮影距離     1.15 m
最大径x長さ    74x82 mm
重量    340 g
コンパクトさが好ましいです。


ノートリミングで、これくらいの大きさに写るのはありがたいのですが、ピント合わせが難しいのと、f8.0の暗さでは、晴れた日中でないと手ぶれが必至です。コントラストの甘い画質は、価格相応と言うところでしょうか。








午前中、久しぶりにいつもの散歩コースをあるきました。

久しぶりのカワセミ写真です。

トリミングしています。

















ジョウビタキ♂もお目見え。















小川(用水路)のコガモの群れ、個体数が増えたようなきもします。











きょうはこれにて。


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