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ミーハー雑感、の巻 [雑話]

「ミ-ハ-」という言葉を使うことがありますが、その意味はよく知りません。
ウィキペディアにはこうありました。

 ミーハーとは、世の中の流行や芸能人の動静に今まで無知の人が熱中したり、影響を受け知ったかぶりの行為をする者(主に若年の女性)に対しての呼称である。通常はカタカナで「ミーハー」と表記するが、かつてはみいはあ、みいはあ族などと呼ばれた事もあった。昭和初期に生まれた俗語であり、テレビが普及し始めた1950年代後半、大宅壮一が唱えた「一億総白痴化」とほぼ時期を同じくして用いられた。元々は低俗な趣味や流行に夢中になっている教養の低い者や、そのような人を軽蔑して言う蔑称で、特に若い女性のことを指していた。現在では男性にも使われる言葉である。最近の用法としては、「ある事象に対して(それがメディアなどで取り上げられ)世間一般で話題になってから飛びつく」という意味でのものがほとんどである。
語源
文献によってはみいちゃん・はあちゃんの略として、当時の女性の名前は「みよ」「はな」など「み」「は」で始まる名前が多かったことから。
みいはあを音階のドレミファとかけたもの
英語の「Me」&「Her」から。
などの説も唱えられている。
後に、音階のミとファより高い「ソーラー族」なる単語も生まれたが、世間には浸透しなかったという。

2.3日前、愛知に住む旧友ハチロークンから電話をいただきました。用件があらかた終わって、気がかりだった点を尋ねてみました。彼が、ファンクラブに入会し、会員証とブロマイドを肌身離さず持っているという女性歌手は誰だったっけ?という点です。うろ覚えの記憶が正しくて、水森かおりさんでした。遅ればせながら、最近テレビで見ることが多く、その歌唱力はなかなかのものと最近感じていました。今夜もNHKテレビの歌謡番組に出演されていました。
ハチロークンに言わせると、人柄が抜群なのだそうです。
ハチロークンには、以前この記事にご登場願いました。
夏の終わりの高知行、の巻(その5)

 
槙村浩について、私は、2014年12月24日のこの記事で、「槙村浩については、また、別の機会に触れたいと思っています。」と書きました。この約束の実行を何度か試みましたが、いつも挫けて、先延ばししてきました。
今日は少しだけ、書いてみたいと思います。 (中略)  NET検索してみますと、上で引用したweb記事で紹介されている 「草の家の学芸員、藤原(ふじ・はら)義一(よし・かず)さん」が、ご自身のブログのこの記事に、槙村浩関連のネット記事へのリンク集を作っておいでです。勝手に紹介させていただきます。
さっき触れた昨年12月24日のこの記事にも書いたとおり、高知のN先輩からのお便りにより、高知市にある「草の家」が、昨年秋に「槙村浩生誕100周年特集『ダッタン海峡10号』」を発行されたことを知り、お願いして先だって手に入れました。 (中略)  手元に届いた冊子「槙村浩生誕100周年特集『ダッタン海峡10号』」では、上の藤原義一さんも、それからわが先輩Nさんも、また、別の先輩Mさんも、それぞれ別の角度から槙村浩に光を当てる文章を寄せておられます。
冊子が配達されて、ぱらぱらと斜め読みをしているちょうどその日の夜、愛知に住む古い友人のI君から電話をいただきました。
I君は、学生時代、同じ学科、同じ専攻の一年下で、なんと、当時私の間借りしていた下宿の、隣室に入居してきて、当時ご存命だったお父様と一緒に「引っ越し挨拶」に私の部屋を覗かれたのが最初の出会いでした。
部屋には個室のバス・トイレはもとより、共同の風呂もなく、トイレは母屋のものを共同使用、洗濯機も共同使用、台所も、冷蔵庫も、エアコンも、テレビも、電 話もない、「シンプル」そのものの、昔ながらの下宿生活でしたが、それ故、ある種の共同生活に似た親密な交際が始まりました。
これを綴れば、世にあるいろいろな「青春記」の上を行く、愉快でペーソスを帯びたスリリングなドラマが生まれるはずですが、それはまたの機会に譲ります。  同一下宿での共同生活は一年ほどで終わり、それぞれに別の下宿先やアパートに引っ越しましたが、大学・私生活を問わず、濃密な交友が卒業まで続きました。
卒業後は、住む場所も仕事も隔たって、彼は、学術書を中心とする出版業の中心的役割を得て奮闘を重ね、今は退職生活に入っています。何年かに一度、同窓会のような場で出会うレベルの頻度でのおつきあいですが、一瞬で当時に戻ります。
最近では、去年の11月、この記事で書いた出会いを楽しんだばかりです。
その彼からの、突然の電話の要件は、たまたま、 槙村浩と『ダッタン海峡10号』についてでした。
そして、きっといつか、高知市平和町の墓所にお参りをしたいねと約したことでした。 今日はここまでとし、またの機会に続きを書きたいと思います。
この記事で、愛知のI君と書いたのが、今の旅の弥次喜多散歩の相棒、ハチロークンのことです。同じホテルに宿泊しましたので、午前中、待ち合わせて宿願を果たそうと思い立ったのです。

もはや彼も、水森かおりファンにかけては、ミーハー以外の何者でもありますまい。
ミーハー度にかけては、私も、昨日の記事で話題にした有森裕子さんへの態度は、人後に落ちません。そして、これらの記事で話題にした吉良よし子さんへの態度もまた、ミーハーそのものとみなされるかも知れませんが、実は、いずれも知人・友人の娘さんへの親愛の感情なのです!
五月晴れの日曜日をいかに過ごしたか、の巻
入院記念日に思うこと、の巻
これでまた病気自慢に箔がつき
その吉良よし子さんが、facebook二、このような投稿をされていましたので、紹介させていただきます。

記事の引用です。

 「共産党は、自衛隊は違憲だからなくすって言ってるんですよね?」
―11月5日に放送された『加藤浩次VS政治家』というテレビ番組に出演したとき、司会の加藤氏や自民党議員などからつっこまれました。
「たしかに自衛隊は違憲だという立場ですが、いますぐなくせなんて言っていません。誰もが、憲法どおり自衛隊がなくても大丈夫と思える平和な国際社会をつくろうと言っているんです。」
と共産党の政策を説明しましたが、
テレビを観ていたみなさんは、どんな感想を持たれたでしょう。
実は、テレビで流されたのはごく一部。
収録時間は6時間にも及び、もっと突っ込んだ議論もしたんです。そこであぶり出されたのは、むしろ自民党の矛盾です。
たとえば、タレントのパックンが
「ところで自民党のみなさんは自衛隊は違憲という立場ですか?」と鋭く質問。
それに対して自民党議員は「…合憲です」と必死で説明。
そしたら、パックンに
「え、じゃあ自衛隊がいま合憲なら、あえて9条を変える必要はないじゃないですか?」と返され、
スタジオでも「たしかに!」と声が上がり、自民党議員はタジタジに。
私も「あなたたちこそ矛盾してるでしょう?」声を上げましたが、この場面はあえなくカット。
他にも放送されなかったいろんな“たたかい”はあり・・・
【その1】
「共産党は、憲法ができたとき自衛権がないからといって9条に反対した。なのにいま9条守れと言うのはおかしい」などといってくる自民党議員がいて、
「当時の議事録をちゃんと読んで下さい。自衛権に触れているのは最後の一部分。むしろ、ちゃんと『“他国との”戦争放棄』と明記し、「他国間の戦争に絶対に参加しない」とも記せ、と言っている。その上で、当時の首相が自衛権を否定する発言を行っていたのでそれについて苦言を呈したということ。むしろ、当時から一貫して集団的自衛権を否定しているのが共産党の立場です。」と反論した。でも、この場面もカット。
【その2】
沖縄辺野古の基地建設の話になったとき、
「民意民意と言うけれど、現地の座り込みには住民は参加していない。オール沖縄と言うけど、こないだの総選挙でも4区では負けてるじゃないか」などといちゃもんをつけてくる議員がいて、
「地元の方はいますよ」「なにより、沖縄県知事選でも、地元の名護市長選でも基地建設反対をかかげた県知事、市長が当選している。その民意を、違う、と仰ることこそ違うんじゃないですか?」と反論し、ぐうの音も出なくさせた場面。
これもカットされてしまいました。
ところで、この番組は最後、まるで9条のせいで、海外に派遣された自衛隊が危険にさらされているというような言い方で終わっていましたが、それに対する反論はもっとしっかりやりたかったと思います。
だって、自衛隊員が危険な目にあっているのは9条のせいではなくて、9条に反して海外派遣が強行されているからでしょう?
それに、「9条のおかげで犠牲者ゼロだった」という、イラクに派兵された陸上自衛隊の幹部の方の証言(2007年1月22日の赤旗記事)もあるんです。
http://www.jcp.or.jp/…/aik07/2007-01-22/2007012215_01_0.html
むしろ、9条こそ、自衛隊員や国民の命を守る砦です。
その9条の根幹である9条2項を無効にする安倍政権の改憲が、自衛隊員を含む国民の命を危険にさらすのは間違いありません。
こういう話、もっとスッキリわかりやすく語る力をつけて、「安倍9条改憲NO」の世論を広げたい。
がんばります。

がんばれ、よし子ちゃん。



冷たい雨の一日でした。
モミジが適期だという深山公園を歩いてみました。
これまた、ミーハーの心境です。
































今日はここまでです。

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心正しき ものの為 月よりの使者 ここにあり、の巻 [雑話]

昨日はまとまった雨が降りましたが、それも上がり、今日は晴れたり曇ったりの一日でした。
夜に外に出て、ふと見あげてみると、晴れた空に明るい月が浮かんでいました、そう言えば、明日が中秋の明月で、後楽園等では観月の特別イベントがあるとか、ニュースで言っていましたっけ。
いろいろためしてみました。ノートリミング画像で、小さい順に並べてみます。(レタッチソフトで少々画像修正を適用)。
pentax k10d+AFAD+ミニボーグ50アクロマート。天体望遠鏡用のレンズですから本来の使い方ということになりますか?(笑)

olympusE3+ズイコーデジタル ED 70-300mm F4.0-5.6

FUJIFINEPIXs1。

pentax k10d+KENKOミラーレンズ500mm F6.3 DX

最後に、pentax k10d+AFAD+ミニボーグ50アクロマートの画像をすこしトリミングします。

ネット上に月面地図の画像がありましたが、ソックリですね(当たり前ですが)。

この天文画像は山村博一様よりお借りしています。

「正義の味方・月光仮面」じゃないですが、疾風(はやて)のようにあらわれた「立憲民主党」。
これですっきりした、と今日もみんなで話しました。
よく聞き知っている「月光仮面は誰でしょう」の歌の他に、三船浩作曲の「月光仮面の歌」というのがあるそうですね。
その二番が、良いです。
       辛いだろうが 今しばし
       待てば幸福 やってくる
       まずしい人よ 呼ぶがよい
       悲しい人も 呼ぶがよい
       心正しき ものの為
       月よりの使者 ここにあり
       我が名は月光 月光仮面
庶民のための政党は、すべからくこうあるべしと思います。
今日はここまで。

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も一度一本の鉛筆、の巻 [雑話]

昨日の記事で氷川きよし君が歌った「一本の鉛筆」について書きかけました。
きょうはそのつづき。何の義理も恩義もありませんが、NHKの回し者みたいな記事を書くことになります。。
8月5日に放送された「思い出のメロディ」という番組を、見るともなく見ていました。
NHKの予告広告をコピーします。






「紅白歌合戦」や、そのほかの歌番組(最近「歌番組」などというものもほとんど目にしませんが)に比べて、格段に心惹かれる歌手や歌曲が多く、話題にすれば切りがないのですが、印象深かったものを二つに絞ってご紹介します。
一つは、倍賞千恵子さんの歌を久々に聴いたことです。何を隠そう、私は隠れ倍賞ファンです(威張っていうことではないですが)。
こんな記事を書いたことがありました。

散歩道のモズが思い出させたこと、の巻


 「俺がいたんじゃ お嫁にゃ行けぬ
わかっちゃいるんだ 妹よ
いつかおまえの 喜ぶような
偉い兄貴に なりたくて
奮闘努力の 甲斐もなく
今日も涙の 今日も涙の
日が落ちる 日が落ちる」
と寅次郎が無条件に愛する妹「さくら」のイメージが強いですが、「歌手」倍賞智恵子サンを、私かなり好きです。レコード、音楽テープ、CD、、、何枚か持ってます。最初に買ったLPレコードは、この人のものだったかも知れません。買うのは、ちょっと照れくさかったのですが、クラシック好きの友人にちらりと打ち明けると、彼も評価していて、安心した覚えがあります。「島原の子守歌」が特に好きかも。

その倍賞さんが、葛飾柴又で「さくらのバラード」を歌いました。じーんときました。
ネット上にこんな投稿が掲載されていましたが、いずれも同感です。


もう一つ、特筆したいのが、昨日も書いた氷川きよしの「一本の鉛筆」。
ネット上でも大好評でした。







美空ひばりと「一本の鉛筆」については、以前も、書きました。

「一本の鉛筆」から始まった、の巻


 ウィキペディアにはこうあります。
 ひばりが最初の広島平和音楽祭に出演するにあたって、総合演出を担当していた映画監督、脚本家の松山善三が作詞を、作曲を映画音楽の作曲で有名な佐藤勝が作曲をそれぞれ手がけた。なお、当初は平和音楽祭の実行委員長も務めていた古賀政男が作曲する予定であったが、古賀が体調を崩したため佐藤勝の作曲となった。『一本の鉛筆』と『八月五日の夜だった』は、ともに広島市への原子爆弾投下について描かれた作品である。
ひばりは、父の増吉が徴兵され、母の喜美枝がその間辛い思いをしていたのをそばで見て育っており、自身も横浜大空襲を体験していたこともあって、戦争嫌いだったという。そのようなこともあってひばりは広島平和音楽祭の出演依頼を快諾したという。
リハーサルでは冷房付きの控室が用意されており、広島テレビのディレクターがひばりを冷房付きの部屋に誘導したところ、ひばりは「広島の人たちはもっと熱かったはずよね」とつぶやき、ずっと猛暑のステージのかたわらにいたという。ステージの上からは「幼かった私にもあの戦争の恐ろしさを忘れることができません」と観客に語りかけた。
それから14年が経った1988年、ひばりは第15回の「音楽祭」に二度目の出演を果たした。当時、ひばりは大腿骨骨頭壊死と慢性肝炎で入院した翌年であり、歩くのがやっとで段差を1人で上ることさえ困難な状況だった。ひばりは出番以外の時は音楽祭の楽屋に運び込んだベッドで点滴を打っていた。しかし、観客の前では笑顔を絶やさず、ステージを降りた時には「来てよかった」と語ったという。翌1989年6月に、ひばりは死去した。

 一本の鉛筆があれば
  私は あなたへの愛を書く
  一本の鉛筆があれば
  戦争はいやだと 私は書く

一本の鉛筆があれば
  八月六日の朝と書く
  一本の鉛筆があれば
  人間のいのちと 私は書く


この時の記事では、スペースの関係で、歌詞の一部分だけを引用したのでした。しかし、氷川君の歌を聴いて、どの歌詞にもゆるがせに出来ない深い意味があることに気づかされました。それほどに、思いを込めて歌う氷川君に、教えられた思いがしたのでした。

サークルおけらの「おけら歌集」にこの 一本の鉛筆の歌の歌詞や音源、その他紹介文が掲載されています。


過去記事で引用しなかったこの部分を、改めてしみじみと胸に刻んだことでした。

一枚のザラ紙があれば
私は子どもが欲しいと書く
一枚のザラ紙があれば
あなたを返してと私は書く

昨日も引いた棘三吉の詩と、なんと響き合うことでしょう。

 

 ちちをかえせ 
ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ

わたしをかえせ 
わたしにつながる
にんげんをかえせ

にんげんの
にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ

ちなみに広島の平和祈念公園には、この詩が刻まれた詩碑が建てられており、裏面には大原三八雄氏による英訳が刻まれています。



確か私も、自分で写した写真があるはずなのですがすぐには見当たらず、ネット上からお写真を(無断で)お借りしました。
MITTY様こと三登 浩成様のブログ「広島の視線」の2014年11月25日付の、峠三吉の詩碑 の記事中のお写真です。なお、三登 浩成様は、面識はありませんが、「広島の平和公園でガイドをしているFIGの代表で、胎内被爆者」 (プロフィールより)だそうで、学ぶことの多い記事と、美しく優しいお写真でブログを綴っておられます。



台風5号が接近中で、未明から強い風と雨が、わが地方にも影響を及ぼしています。学童保育はお休みのようで、孫たちの守をしてやれば良いのですが、あいにく今日は午前中、私の通院日。(これから出かけます。)
孫たちは、兄妹仲良く、家の中で、おとなしく、留守番をしている、はずです。
今日はこれにて。


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踏んだり蹴ったり、の巻 [雑話]

昨日のことわざ・慣用句の続きです。

「踏んだり蹴ったり」

「一難去ってまた一難」

昨日の昼間の段階では、島根県を中心とする中国地方の災害を案じておりましたら、なんと九州地方の豪雨災害が容易ならざる事態になっています。

熊本大地震の傷跡も癒えないうちに、相次ぐ災厄。たまったものではありません。少しでも被害が軽からんことを祈ります。

当地の方は、並みのレベルの土砂降りはあったものの、災害につながるような規模のものではなく、酷暑がしばし緩んでありがたかったくらい、、、、と言うと、罰が当たります。

打って変わって、今日は、またまた真夏日の暑さ。日中は、とても屋外に出る気がしません。

昨日は、トウモロコシの初収穫。

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痩せてはいますが、粒が揃いました。塩を降って蒸し器で蒸して、孫たちに一切れずつ与えると、二歳児が「甘くおいしい」と、回らぬ舌で一人前のことを言います。

トマト、きゅうりも、もぎたてがごちそうです。(写真撮影忘れました)

この季節、友人、知人からも、ナスやきゅうりといった新鮮野菜を沢山いただきます。文字通り、自然の恵みです。慈愛深い自然が、うって変わって牙をむく。恐ろしいことです。人間のか弱さが浮き彫りにされます。英知を尽くして、自然と折り合うすべを探らなければ、と痛感します。

核開発や戦争準備や、人間同士愚かな争いに労力を費やしている場合ではありません。

一歳児の孫が、最近「初海!」を体験したそうです。

こんなささやかな幸せが、乱暴に踏みにじられるようなことがあっては困ります。

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庭のキアゲハの幼虫はますます成長し、パセリの葉は、ますます丸裸になっていきます。

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今日はここまで。




 

つれづれのことわざ三昧、の巻 [雑話]

今朝は早朝から、島根県を中心に、甚大な大雨災害に対する物々しい警報が、繰り返し報じられています。台風は過ぎ去ったのに、センジョウコウスイタイとやらのせいで、激しい雨量が予想されるのだとか。このセンジョウコウスイタイという専門用語、最近の大雨災害の際にしばしば耳にするようになっていましたが、耳から聞いたのでは意味が思い浮かびません。
「戦場」「扇状」「千丈」、のほか、洗浄,線上、洗滌、千畳、煽情等も思い浮かべてもますが、ピンと来ません。
正しくは「線状降水帯」だそうで、激しい雨が長時間降り続く恐れがあり、「数十年に一度の甚大な災害」が予想され「最大級の警戒」が必要だそうです。くれぐれも被害なきことをお祈りします。

自然災害ならずとも、ごくプライベートな事情から、こんな言葉が脳裏をぐるぐる回っています。
「弱り目に祟り目」
「泣き面に蜂」
今日から、退職同業者の作品展が開かれます。

過去のものは、こんな記事でご紹介しました。


「一本の鉛筆」から始まった、の巻(2016-07-04)


取り急ぎ、岡山空襲の日を走り読み、の巻
(2016-06-29)

2年目と言われて気づくうかつかな(2015-07-15)

この記事に書いた感想は,現在にもそのまま当てはまります
 「安保関連法案」が、今日にも衆院委員会採決、という動きが伝えられています。

昨日も何人かの友人と話しましたが、実に不愉快。不本意。精神衛生に障ります。

「丁寧に説明する」とおっしゃりながら、一方的に自分の理屈を繰り返すだけで 、相手の質問に答えない、はぐらかす、時には恫喝する、、これで審議は尽くしたとして採決をごり押しする。やっぱ、なんかカンジワルイわるいですよね。

過去にも、語彙力の貧困が話題になった宰相は複数おられました(現在、副総理をなさっておられるお方なども)が、アベサンの場合、その饒舌さとは裏腹に、語彙認識がかなりずれていらっしゃるのではないかと感じるフシがままありますね。

普通「丁寧に」というからには、たとえ意見が違ったとしても、相手の存在を認め、その気持ちを斟酌し、思いが少しでも通じ合うように、相互の間隙を埋め、一致点が広がり、合意が進むように、心を砕くことを、期待します。でも、あべサン達の「丁寧」には、そんな要素はひとかけらもないらしい。

桑畑の歌から始まった、の巻(2015-07-14)


半田山植物園のバラの巻(3)
(2015-07-12)

七夕雑話(2015-07-07)

せせらぎのかそけき音や半夏生(2014-07-02)



昨日は、朝から作品の搬入、飾り付けということで、私自身も作品を持ち込むとともに、会場の設営のお手伝いをすることにしていました。ところで、前日の月曜日は、アルバイト勤務日でしたが、仕事を終えて帰宅し、荷物をそのまま車に積んだままでしばらく気づかなかったのですが、お昼に食べた、空の弁当箱がない。さては、職場に忘れてきたかと気づいたものの、次の勤務日は木曜日。しかも私の席は、曜日ごとに利用者が入れ替わる共有席。こんな高温多湿の季節に、汚れた弁当箱を放置していると悲惨な事態に陥ることは必定で、すみやかに持ち帰らなければなりません。

というわけで、その朝は、一旦職場に立ち寄ってから作品展会場に向かおうと、少し早めに余裕を持って家を出たのですが、折からの台風接近で.思わぬ渋滞に巻き込まれ、予想以上に時間がかかりました。 空の弁当箱は、予想通り、自席の机の下に置き忘れていましたので、こっそり回収して展示会場に向かいますが、10分ほどの遅刻。前途多難を暗示する一日の始まりでした。

入場者にお配りする出品目録を作成するという役割を与えられていました。事前に編集していたものを、当日の最終調整を施した上で印刷するため、パソコンと印刷機を借りられる場所まで、雨の中、車でひと走り。ついでにおあずかりした作品を運搬、などの大役を無事やり遂げることができました。午後も会場設営・展示を手伝いながら、ゆっくり作品鑑賞も楽しませていただいて、夕刻帰路につきました。

ここまでは、満ち足りた思いとともに、快い疲労を味わいながらの帰路でした。 と、これで終われば言うことなしですが、、、。

「好事魔多し」

「油断大敵」

「一寸先は闇」

帰もうすうすぐ自宅が見えようかというあたりでした。交差点の赤信号で列の後尾について停まり、信号が変わって、アクセルに足を乗せたときでした。どうもおかしい。プスン、プスンと力ない反応で出力が出ません。そしてそのままエンスト。 ガソリン切れです。

ガス欠エンストは2度ほど記憶にあります。一度は早朝、まだガソリンスタンドが営業を始める前の、真っ暗な時間帯。近くのGSに電話して見ますが、らちがあきません。困り果てて、わずかに面識のあるご近所の自動車関係業者の方に不躾なお願いをすると、ご親切にも缶入りのガソリンを持ってきて注油してくださいました。ありがたいことでした。

もう一度は、白昼、下り坂を運転中エンスト。そのまま惰性で走らせて、さいわい眼の前にあったガソリンスタンドに滑り込んだ?のでしたか?この時の記憶は、極めてあいまいです。

2つの経験の後先も覚えていません。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」

「二度あることは三度ある」

のことわざ通りの展開です。

「三度目の正直」

「仏の顔も三度まで」

とも言いますから、三度目はちょっと怖い。

ですから、決して熱さを忘れたわけではなく、エンプティランプが点滅すれば、できるだけ直ちに注油するようにしてました。まだガソリン残量は底をついているようではなく、10lもそれ以上も残っていて、まだ相当距離を平気で走るはず、という状態でも、

「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」

ことが多かったのです。

今回も、エンプティランプには一昨日の通勤時に気づいてました。帰宅後、保育園のお迎えや、孫たちを載せての買い物に車を走らせましたが、雨模様でもありましたので給油は避けました。そして当日の朝は、時間に急かされていましたので、給油しないまま出かけたのでした。後々考えますと、置き忘れの弁当を取りに回り道しなければ、無事に家まで帰り着けたかもしれません。

「後の祭り」です。

 国道上とあって、後続車も多く、降りて車を押してGSまで、というわけにもいきませんから、思いあまってJAFに助けを 求めました。これが正解で、30~40分後には、10L缶入りのガソリンを持ってレスキューに駆けつけてくださいました。

会員証を見せますと、1994年入会とありましたので「長い間ありがとうございます」と感謝されました。

脱輪、パンク、ほかに何があったっけ?頻繁にではありませんが、困ったときに助けていただいています。

「苦しいときの神頼み」

「持ちつ持たれつ」

おかげさまで無事、帰り着くことが出来ました。


今日は午前中、作品展の会場係の一員を仰せつかりました。

だんだんと岡山県内の各地にも警報が発せられるという悪天候の中ですので、人影もまばらですが、同じ館内で開かれている催しへの参加者が、三々五々訪れてくださいました。

そうはいってももてあます、手待ち時間のつれづれに、この記事を書き進めているところです。

展示作品についての詳報は、機会を改めるとしまして、一つだけ特記すべきことがあります。それは、ででぽぽの咽び啼く朝師を送るの記事でご紹介した恩師故M先生の生前の絵が、奥様のご厚意で出品されていたことです。

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若かりし日には国体にも出場されたスポーツマンで、専門の文学はもとより、音楽にも造詣が深いことは存じ上げていましたが、絵を描かれることは知りませんでした。ちょうど、同一会場で市民講座の活動中で、休憩の傍ら作品展をのぞいてくださった、わが故旧のおひとりヨシエさんも、M先生が描かれることは知らなかったとおっしゃっていました。1993年の作品とされるめざしの絵が好きです。
もうお一人、同じ時期に亡くなられた故K先生の遺作も出品されています。
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今日はここまで。

子どもが登校した後で警報を出されても困るわけよ、の巻 [雑話]

台風16号の影響はいかがでしたか?被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

我が地方は、朝方はちょっと強い雨が降る程度でしたが、八時半過ぎた頃に警報が出されました。子どもたちはいつも通りに登校していますから、急遽閉校、下校ということになれば、ジイジの家に帰ってくることになります。

学校からは、勤務先のママのところに連絡が入るはずですので、それを受けて適宜対処しなければなりません。

スタンバイモードで待ち構えながら、ママとメールのやりとりをしていましたが、九時過ぎに学校から連絡があったらしく、小学生も中学生も学校待機で、平常授業をしながら様子を見て、台風の影響が薄らいだところで下校という方針だそうです。賢明な判断でしょう。

雨風が強まる中、子どもたちを下校させるわけにはいきますまい。

我が家の雨樋は、老朽化のため、大雨になると氾濫して軒下を水びたしにします。



玄関先の睡蓮蜂も雨だれが面白い波紋を描いています。







ここには金魚とメダカがいましたが、この夏の日照りで大部分が死にました。小川から網ですくって捕ってきたメダカが、わずかに数匹、生き延びています。放っておくとボウフラが大繁殖しますので、それを餌にする小魚が住んでいてくれることはありがたいのです。



庭の片隅に、こぼれ種から育ったホセンカが、ヒッソリ花を咲かせています。



以前こんな記事を書きました。◇紅(くれない)の翼広げる鳳(おおとり)の想いを知るや汝(な)は鳳仙花

一部引用させていただきます。








朝鮮半島では鳳仙花で染めた爪が初雪が降るまで残っていれば恋がかなうという、ロマンチックな言い伝えがあるそうです。
沖縄では「てぃんさぐ」と呼ばれ、民謡「てぃんさぐぬ花」に歌われています。

ホウセンカを歌った歌は数多く、私などはまず、


      「悲しいですね 人は誰にも
   明日流す涙が見えません」


     と歌い始め


     「ほうせんか 私の心
   砕けて 砕けて 紅くなれ
   ほうせんか 空まであがれ
   あの人にしがみつけ」


と繰り返す、中島みゆき「ほうせんか」(作詞作曲 中島みゆき)を真っ先に浮かべます。

加藤登紀子が歌う「鳳仙花」は哀調を帯びたメロディが心に残ります。










  赤いほうせん花 お庭に咲いたよ
    灼けつく夏の日 暑さも知らずに
    かわいい娘は 爪先染めたよ


    赤いほうせん花 お庭に咲いたよ
    やがて夏去り 秋風吹けば
    ほうせん花種蒔け 遠くへはじけよ



この曲は「洪蘭坡」(ホン・ナンパ)というヴァイオリニスト・作曲家としても著名な、朝鮮人音楽家の作曲だそうです。

彼は1897年生まれで、植民地時代の1917年から日本にわたり、東京音楽学校で学びますが、3・1独立運動(1919年)を機に帰国し、独立運動に参加しました。独立運動は弾圧を受けて挫折しますが、1920年、「哀愁」というヴァイオリン独奏曲を作り、5年後に友人である声楽家、金享俊(キム・ヒョンジュン)が詩をつけたのが「鳳仙花」でした。それは四季折々の鳳仙花の姿に寄せて、日本の植民地支配の下で苦しむ朝鮮人の哀しみと、春風とともに蘇る鳳仙花になぞらえて祖国独立への希求を歌ったもので、人々に深く愛唱されたそうです。そのことがもとで、日本の官憲から、日本の朝鮮支配に抵抗する危険人物として日常的に監視されるとともに、軍歌の作曲や軍歌の指揮・演奏など、その意に反して日本軍国主義への協力を強要されたのでした。この肉体的、精神的苦痛のため、太平洋戦争開戦間近の1941年、43歳の若さで亡くなりました。彼の生涯については、「中央日報」のこの記事がよく伝えています。

2005年には、「日本統治時代に親日活動を行なった人物」として「第1回親日派人名簿」に掲載され、日本統治時代の強いられた協力をとがめられたのは、いたわしい事でした。


その後、家族らの異意申し立てなどにより2009年には、親日名簿から除外されたそうですが、去年の秋には、「蘭坡音楽賞」の候補に選ばれた作曲家のリュ・ジェジュン氏やソプラノのイム・ソネ氏が、「親日派音楽家の名で賞を受けたくない」として受賞を拒否した(この記事参照)と伝えられるなど、国民感情は依然複雑なようです。占領する側、支配する側が、とっくに忘れてしまった歴史の記憶を、踏みつけにされた側は、やすやすとは「水に流す」わけにいかないということでしょう。


1
かきねの鳳仙花 燃え立つ夏の日
可愛い少女は お前の花びら見つめ
微笑む 麗しい鳳仙花
2
季節は巡り 秋風吹いて
お前の真っ赤な 花びら奪って
哀れな鳳仙花 目をとじ眠る
3
凍てつく大地に お前は眠る
平和な世界を 夢見て
春風吹けば もいちど

目を覚ませ 鳳仙花




「赤い花なら曼珠沙華」と、先日来ヒガンバナ。曼珠沙華を話題にしていますが、我が家の庭では白いヒガンバナがすっかり開花していました。







世話もしないのに、毎年律儀に咲いてくれます。

子どもたちが学校で面倒を見てもらえるようなので、午後は予定通り、年金裁判の傍聴に出かけることにしました。そのご報告は、次回といたします。

今日はこれにて。

ついに、「無償」のユーワクに負けました、の巻 [雑話]

windows10の無償アップグレードが、「明日まで」、と、繰り返し繰り返し表示されますが、この誘惑に決して負けず、サポート終了までwindows7を使い倒そうと決心していました。そもそもその時までマシンが健在かどうかの保証もないわけですから、アップグレードによっていらぬトラブルに巻きこまれるリスクを考えれば、このまま無問題状態で使い続けるほうが得策と、判断したためです。

が、この決心は、今日の午前中まで持ちませんでした。つい、ふらふらと、「アップグレードを実行する」ボタンを押してしまっていたのです。しかも、必須のバックアップも一切とらずに、、。暑さのために、注意散漫、集中力欠如、破れかぶれの怖いもの知らずという心境に陥っていたのでしょうか?

意外や意外、これまで経験したどんな種類のインストール作業やグレードアップ作業よりもやすやすと、アップグレードが完了してしまいました。というわけで、今のこの記事は、windows10環境で書いています。

そして今のところ、まだ何のトラブルにも遭遇することなく、ほとんど無問題で、パソコン作業が進んでいます。決してすべての動作をチェックしたわけではありませんので、軽々に判断はできませんが、今のところアップグレードは「正解」ということにしておきましょう。

 


 相模原の事件について、とりとめもなく思いを巡らせています。

昨日の記事でもご紹介した、鳥越俊太郎さんの亡くなられたお父様が運営委員長、立ち上げ人として尽力された「ひかり共同作業所」を前身とする「福岡ひかり福祉会」が、以下のような声明を発表されたそうです。

①被害者の方々に心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。
②万感の怒りと抗議を表明します。
③(法人の「めざすもの」)の精神を堅持して、人としての尊厳を守るための取り組みを永続します。

「現時点で事件の全容はつかめていませんが、このような事態を未然に防ぐために法人として何ができるか、何をしなければならないかを検討、対策に当たりたいと考えています。



 関係者の皆様におかれましては、できる限り冷静さを失うことなく、普段通りの生活を送られることを呼び掛けます。合わせて、職員のみなさんには、マスコ
ミなどの情報に惑わされることなく、仲間やお年寄りとその家族の気持ちに寄りそい、日々の実践に取り組まれることを呼び掛けます。」

大脇 友弘さんの写真
 

 特に最後のこの一節は、重く心に響きます。
「関係者の皆様におかれましては、できる限り冷静さを失うことなく、普段通りの生活を送られることを呼び掛けます。合わせて、職員のみなさんには、マスコ ミなどの情報に惑わされることなく、仲間やお年寄りとその家族の気持ちに寄りそい、日々の実践に取り組まれることを呼び掛けます。」

「寄りそう」という言葉は、このような使われ方をしてこそ真実味を持つのだと改めて感じた次第です。(アベさんが、ことあるごとに多用する 「沖縄の心に寄り添う」「東北に寄り添う」「被災者の心に寄り添う」「不安な気持ちに寄り添う」 etc.の空虚さとの、なんという違いでしょう。)

ところで、本と雑誌の知を再発見 リテラ、の最新の記事がナットクです。石原慎太郎もネットも障がい者排除支持 障がい者抹殺思想は相模原事件の容疑者だけじゃない! 石原慎太郎も「安楽死」発言、ネットでは「障がい者不要論」が跋扈

 一部を引用します。

私が直感していた戦後最悪レベルのとんでもない凶悪な事件だけに、容疑者の異常性に注目が集まるが、残念ながら容疑者の“弱者を排除すべし”という主張は現在の日本社会において決して特殊なものではない。

たとえば、昨年11月に茨城県教育総合会議の席上で教育委員のひとりが「妊娠
期にもっと(障がいの有無が)わかるようにできないんでしょうか。4カ月以降になると堕ろせないですから」「(特別支援学級は)ものすごい人数の方が従事
している。県としてもあれは大変な予算だろうと思った」「意識改革しないと。生まれてきてからでは本当に大変です」などと発言し、さらに橋本昌・茨城県知
事までもが「産むかどうかを判断する機会を得られるのは悪いことではない」と擁護・同調するような発言をするという騒動があった。

教育行政にかかわる人物が公然と「金のかかる障がい児は産むべきではない」という見解を開陳するなどおぞましいが、それを容認してしまう空気がいまの日本社会にはある。

石原慎太郎は、都知事に就任したばかりの1999年9月に障がい者施設を訪れ、こんな発言をした。
「ああいう人ってのは人格があるのかね」
「絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって……」
「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う」
「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」

ほとんど植松容疑者の言っていることと大差ない。舛添のセコい問題などより、こういった石原の差別発言のほうがよほど都知事としての資質を疑いた
くなる。しかし、当時この発言を問題視する報道は多少あったものの、そこまで重大視されることはなく、その後、4期13年にわたって都民は石原を都知事に
選び続けた。

「障がい者は生きていても意味がない」「障がい者は迷惑だ」「障がい者は税金がかかる」

 これらは基本的にナチスの重度障害者を本当に抹殺していったナチスドイツの政策のベースになった優生学的思想と同じものだ。

 

おとといの記事で 直感的に思ったままを書きましたが、ここに根拠が確認された気がします。


 今朝の散歩道の景色を、おもちゃレンズで写してみました。

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田舎から持ち帰った赤紫蘇のおかげで、梅は、いい色に染まりました。
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ようやく雨が上がり、昨日と今日は、晴れ間が見えましたので、土用干しの仕上げにかかっています。
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孫たちの庭のトマトは、草に覆われながらも、日々甘い実を提供してくれます。
明日の夜あたりから、孫一家は、ママのお里にみんなで移動の予定なので、どっさり収穫しておきました。
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少し遅く植えていたメークインを掘りあげました。 日差しが強くて、かなり疲れます。
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スイカも収穫しました。大玉は育たず。小玉スイカだけ実りました。
 
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0歳児がひょっこりやってきました。
 
ハイハイを始めました。目をらんらんと輝かせて、 面白そうなものの近くまで這って行きます。
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離乳が少しずつ進んでいます。おかゆ、コマツナなどを食べます。
スプーンを自分の手で持ちたがります。
小さな子どもは皆、好奇心旺盛で自発性に富んでいます。
いとこの兄ちゃんがあやすと、喜びます。
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庭の百日紅の花に、カマキリがいました。
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 小3の孫がそおっと捕まえました。
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が、その瞬間、体を捻じ曲げてに鎌を向けてきて、指先を強く挟まれましたのでたまらず放り出してしまいました。
今日はこれにて。

 


飼育中のツマグロヒョウモンすべて羽化、の巻 [雑話]

夏休み中の中1と小3の孫が、朝から来訪、宿題は、持ってきていますが、その前に、マンガ本にどっぷり。

飼育中のツマグロヒョウモンが、2匹羽化して蝶になりました。これで、無事に全部巣立ちました。

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早朝からニュースは相模原の事件で持ちきり。言葉を失う凄惨さです。

「障害者はいなくなってしまえ。」冷酷な、思い上がったこのセリフ。でもそれは、わずか70数年前「劣等人種はいなくなってしまえ」と、ユダヤ人たちを大量虐殺したナチスの若者たちのセリフと全く同じではないですか。おそらく深い心の闇を抱えた、尋常でない精神状態の犯人による「異常な猟奇殺人」には違いないでしょう。でも、その行動に実際に足を踏み出すか否かは別として、社会的弱者にたいする偏見と憎悪、差別と排除の空気は、しずかに醸成されているのではありませんか。

たとえば、野放しのヘイトスピーチ、傍若無人のネトウヨたちの言動の、向けられている敵意の方向は、あの犯人の若者と、才を言い出す差異を見出すことが困難ではないでしょうか。

そして、困ったことに、今、特異な暴走政権を形づくっている「日本会議」勢力と、その共感者、支援者たちの奏でる主題歌が、まさにこの「劣等者は生きる価値なし」のメロディではなかったでしょうか。

いや、すべては謎。軽々しい論評は避けることにしましょう。

ところで今日は、大事な会合を忘れていました。仕方なく、小3生に同行を頼んで、遅ればせながら出席しました。(大汗)

今日はこれにて。


庭のクチナシにオオスカシバがいた、の巻 [雑話]

今日は、週一度のパートタイムアルバイトの日で、暑くて少々くたびれました。

朝七時過ぎの涼しいうちに家を出ますが、通勤中の自動車の中は、アコンをつけていてもガラス越しの輻射熱で、汗がにじみます。癪場に到着した頃は、まぶしい日差しで、駐車場から玄関まで歩く間にも日干しになりそうです。激しい勢いでクマゼミの鳴き声が耳元まで押し寄せて来る感じです。

帰宅は夕方でしたが、少しも暑さがゆるみません。

というわけで、今日は散歩してません。

庭のクチナシの木にオオスカシバが遊んでいました。

過去にも、

これなあに?蝶か雀か また蜂か
レスキューソフトの効用の巻
毬栗
朝顔と思うておった縷紅草
蝶の日の葉月八日の蝶の舞

等の記事で、オオスカシバの写真を載せています。
たびたびホバリングしてくれるのですが、それなりに動きが素早くて、上手にキャッチできません。


クチナシに遊ぶオオスカシバ
クチナシに遊ぶオオスカシバ posted by (C)kazg 


クチナシに遊ぶオオスカシバ
クチナシに遊ぶオオスカシバ posted by (C)kazg 

 

昨日の記事へのコメントで、majyo様が「奇跡のみかんの木」とおっしゃってくださいました。そう言われて思い出しました。

同じように、以前、枇杷(ビワ)を食べたあと、子どもが土に埋めた種から芽が出て、すくすくと大木に育ち、実をつけました。何年かの間、結構大粒でおいしい実がなりました。枝葉が茂りますので大きく剪定して、枇杷の葉茶や枇杷の葉酒等も試してみたこともありました。
いつの頃か、幹をカミキリムシだかにかじられたのが元で、枯れました。今思えば、残念です。

 先日の散歩で見つけたカミキリムシ。
葉陰のカミキリムシ

  陰のカミキリムシ posted by (C)kazg 

こちらは何年も前に写した写真です。
イチジクの葉に止まるカミキリムシ

イチジクの葉に止まるカミキリムシ posted by (C)kazg

ちょっとした忍者かなにかのような、精悍なスタイルですね。

きょうはここまで。

ブログ編集エディタってどうよ、の巻 [雑話]

退職記念と肺癌手術記念にブログを始めて3年が近づきました。
最初の記事はこれでした。

孫の手作り特製野菜サラダ

見よう見まね、行き当たりばったりで記事を書いては、世間の皆様のお目を汚していながら、ちっとも成長というものがありません。
いつも同じようなトホホをやらかして、くじけています。
その、最たるものが、度々見舞われる記事消失。思い起こせば、いくつかのパターンがあるようで、最も原初的なのは、ブログを始めたばかりの頃、so-netブログの編集画面で直接編集中に、時間が経過しすぎて、記事が消滅するパターン。完成していない記事を、書きかけたまま。席を離れたり、ほかの作業をする時には、下書き保存しておくという鉄則をしりました。しかし、途中で居眠りしてしまった場合は、、、トホホです。

秀丸やメモ帳などのテキストエディターで文章だけは編集して、画像の貼り付けだけを最後に行って記事を完成させる、という方針も、考えては見ましたが、たくさん画像を貼り付けたいときなどにはやっかいです。とくに、そんな、写真ベタベタの記事が多いので、方針通りにいきません。

あれこれ試してみましたが、比較的満足度が高いのは、ホームページビルダーの、おまけ機能のような、ブログ編集機能を使う方法。文字による記事と写真を両方配置して、完成段階まで編集できるので、嬉しいのです。が、、これが、思わぬじゃじゃ馬で、保存したはずの記事が何の前触れもなしに消滅していたり、「投稿」に失敗してそのまま消滅したり、泣くに泣けないトラブルが、時折洗われます。いつもそうならきれいさっぱりあきらめますが、ごくまれに起こる、というのがにくいところです。

ブログエディターという選択肢は、以前から気になっていました。

 

Windows Live WriterとScribefireという二つのソフトが有力のようです。

 が、どうも、インストールがうまくいかなかったり、so-netブログにうまく接続できなかったり、どうも敷居が高いと感じていました。けれども、余りに度重なる消失事件に、何とか打開をはかりたく、今日いくつかの試みをしてみました、

Windows Live Writerはなぜかインストールできません。

このパソコンのブラウザは、主としてとしてFirefoxを使っていますが、Firefox用のScribefireは、うまく設定できませんでした。

以前使ったことはあるが、このパソコンには導入していないGoogle Chrome とoperaをダウンロードしインストールして、それぞれ用のScribefireをためしてみました。

結論としては、なぜだか理由はわかりませんが、たった一つだけ成功したのは、operaでScribefireを使う方法でした。

きょうは、これで編集しています。

文字の入力は、これまでのところ快適です。

一度編集を途中やめにしてブラウザを閉じてみましたが、再起動すると元通りの画面が洗われてほっとします。

つぎは、写真を貼ってみたいと思います。

---うまくいきません。

 

 

 

フォト蔵にアップしたセミの写真をご覧ください。 桜の枝のニイニイゼミ
桜の枝のニイニイゼミ posted by (C)kazg

桜の枝のニイニイゼミ
桜の枝のニイニイゼミ posted by (C)kazg

桜の幹のアブラゼミ
桜の幹のアブラゼミ posted by (C)kazg 


桜の枝のクマゼミ

桜の枝のクマゼミ posted by (C)kazg

桜の枝のアブラゼミ
桜の枝のアブラゼミ posted by (C)kazg

桜の幹のアブラゼミ
桜の幹のアブラゼミ posted by (C)kazg

空を見上げるアブラゼミ
空を見上げるクマゼミ posted by (C)kazg

桜の枝のニイニイゼミ
桜の枝のニイニイゼミ posted by (C)kazg

桜の枝のニイニイゼミ
桜の枝のニイニイゼミ posted by (C)kazg

桜の幹のアブラゼミ
桜の幹のアブラゼミ posted by (C)kazg 


桜の枝のクマゼミ

桜の枝のクマゼミ posted by (C)kazg

桜の枝のアブラゼミ
桜の枝のアブラゼミ posted by (C)kazg

桜の幹のアブラゼミ
桜の幹のアブラゼミ posted by (C)kazg

空を見上げるアブラゼミ
空を見上げるアブラゼミ posted by (C)kazg
今日はこれにて。


巴の姿しばしとどめむ、の巻 [雑話]

先日のこの記事で、木曾殿(源義仲)の最期の場面を話題にしました。
源義仲は、源頼朝の従弟にあたり、幼時、父・義賢が甥の源義平(悪源太)に殺されたあと、乳母(めのと)の夫である中原兼遠により、木曾の山中にかくまわれ成長したと伝えられます。
治承四年(1180)、後白河天皇の第三皇子である以仁王の令旨により、平家追討の挙兵をし、北陸道を経て真っ先に入京します。
その功績をたたえて、後白河法皇は、義仲に「朝日将軍」の称号を与えますが、次第に、軋轢が生じてきます、田舎者丸出しの粗暴な振る舞いが京の公家達の反感を買ったうえ、皇位継承問題にも口を出すなどに立腹した後白河法皇は、義仲平家追討の院宣与えて都から遠ざけ、一方で、密かに鎌倉の源頼朝に義仲追討を命じます。
寿永三年(1184)、義仲は、頼朝が派遣した源範頼・義経の軍勢に追われ、悲劇的な負けいくさの末、粟津の松原(滋賀県大津市)で最期を遂げました。

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台風11号直撃!皆さんご無事ですか?の巻 [雑話]

台風11号の影響が広がっています。

皆さん、ご無事ですか?

我が地方では、早々と昨日のお昼から警報発令。

孫の通う小学校は、一日前倒しで終業式を済ませたそうです。同じような措置をとった学校が多いと聞きます。

夕方には、周辺地域に「避難準備情報」や「避難勧告」が次々に出されますが、わが家近辺への影響はそれほどでもあるまいと高をくくっておりましたら、深夜になって激しい風と雨の音で、なかなか寝付かれません。

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駆け足の備忘録 [雑話]

この間、いろいろなことがありすぎて、備忘録が、書ききれません。

時系列順に箇条書きにしてみます。

11日(土) 「STOP戦争法 7.11怒りの市民大行進」を歩きました。そのあと、年金者組合の支部の小さな集まりがありました。



12日(日) 退職同業者の寄り合い。



13日(月)東京芸術座「蟹工船」観劇。
前回、ケータイをなくして大騒ぎしてから、はや2ヶ月です

今回は、東京芸術座「蟹工船」。村山知義さんの演出を継承しているそうです。



14日(火) お友達と四方山雑談。



15日(水) 病院で検査。血液監査とCT(断層写真)と、MRI(核磁気共鳴画像法)。転移しやすい場所が、脊髄、骨盤、脳なのだそうで、年に一回調べてもらってます。

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写真共有サイト「フォト蔵」へのリンクが辛い、の巻 [雑話]

知らないということはおそろしいもので、このso-netブログでの写真掲載の方法を悩んでいます。

ソネブロ標準の掲載方法は、見よう見まねででうまくやってるつもりでしたが、不満もありました。

その1 アップロードに時間がかかります(ちょっと休んでコーヒーを飲めばすむことですが。)

その2 容量制限(1ファイル1mb未満、1ブログの1GB未満)が気にかかります。器にはまだまだ空きがあると思っていても、直ぐに満杯になってしまうのが、世の定め。対策を考えておかねば、、と思案のあげく、思いついた素人対策は。

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村の渡しの船頭さんのこと [雑話]

愛読しているF様のブログの今日の記事に触発されて、少々コメントしましたら、字数オーバーだったらしくて、尻切れトンボになっていたことに気づきました。(オソマツ)


掲載された部分

子どもの頃、川に渡し舟がありました。悪ガキどもが「おーい」「遅いぞ」「早く来い」などと向こう岸の舟を呼びました。船を漕いでやってきた船頭さんが、悪ガキどもを並んで立たせて、順番に頬をペチリ。私は最後でした。

軽いペチリで、ちっとも痛くありませんでした。が、こまっしゃくれた傲慢さをとがめられた、苦い思い出です。当時の悪ガキ同士、たまに思い出して、「よく






この続きはこんなことを書いたつもりでした。


ぞ言ってくれたものだよね」と、感謝の思いをかみしめます。

その船頭さんはとっくに亡くなり、られた悪ガキの一人も、先年逝きました。地域・社会(の大人)が、地域の子ども達の子育てや教育に、当たり前のこととして携わっていた時代の記憶です。


 

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あつうてあつうてかないまへんわホンマの巻 [雑話]

暑いです。

昨日のニュース。

気象庁によると、午後0時50分現在、兵庫県豊岡市で38・2度、富山市で38・0度を記録するなど4地点で38度を超えたほか、全国158地点で35度以上の猛暑日となった。(読売)

この「気温と雨量の統計」サイトによると 全国各地点の最高気温の統計(2014年1月1日から2014年7月26日)がまとめられていました。岡山県を見てみるとこんな具合です。
地点     最高気温の最高     平均気温の最高     最低気温の最高
値(℃)     日     値(℃)     日     値(℃)     日
上長田     34.1     7月26日     28.1     7月26日     22.4     7月9日
千屋      32.8     7月26日     26.8     7月26日     21.5     7月10日
奈義      34.1     7月25日     28.4     7月25日     23.4     7月26日
今岡      35.0     7月25日     28.1     7月25日     22.9     7月26日
久世      35.6     7月26日     29.1     7月26日     23.4     7月26日
津山      35.1     7月26日     29.1     7月26日     24.1     7月26日
新見      34.0     7月26日     28.1     7月26日     22.5     7月10日
福渡      36.3     7月24日     28.9     7月26日     23.7     7月9日
和気      35.9     7月26日     29.1     7月26日     24.7     7月10日
高梁      37.3     7月25日     30.0     7月26日     24.9     7月26日
日応寺     34.7     7月25日     29.4     7月26日     24.9     7月26日
岡山      36.6     7月26日     31.8     7月25日     27.7     7月25日
虫明      35.3     7月25日     30.0     7月25日     26.0     7月26日
倉敷      36.4     7月25日     31.3     7月25日     26.9     7月25日
笠岡      36.1     7月25日     30.8     7月26日     25.9     7月26日
玉野      35.2     7月26日     30.4     7月24日     26.9     7月24日

 

また、最高気温の全国ランキングで、わが地方も結構上位を占めてます。

日最高気温の最高
順位     地点     気温
1     岐阜県多治見     39.3
2     滋賀県東近江     38.8
3     福井県小浜     38.7
3     兵庫県豊岡     38.7
5     愛知県豊田     38.6
6     岐阜県美濃加茂     38.5
7     京都府京都     38.3
8     愛知県名古屋     38.2
8     岐阜県揖斐川     38.2
8     岐阜県岐阜     38.2
11     福井県美浜     38.1
12     群馬県館林     38.0
12     富山県富山     38.0
12     大阪府枚方     38.0
12     鳥取県米子     38.0
16     長野県南信濃     37.9
16     岐阜県美濃     37.9
16     京都府京田辺     37.9
19     北海道十勝地方駒場     37.8
19     山形県鶴岡     37.8
19     京都府宮津     37.8
22     福島県福島     37.7
22     長野県長野     37.7
22     山梨県甲府     37.7
22     山梨県勝沼     37.7
22     愛知県愛西     37.7
22     富山県伏木     37.7
22     滋賀県彦根     37.7
29     長野県穂高     37.6
29     愛知県大府     37.6
29     富山県秋ヶ島     37.6
29     大分県犬飼     37.6
29     熊本県甲佐     37.6
29     宮崎県赤江     37.6
35     山形県山形     37.5
35     福島県梁川     37.5
35     岐阜県八幡     37.5
35     福井県福井     37.5
35     京都府舞鶴     37.5
35     和歌山県川辺     37.5
41     滋賀県長浜     37.4
41     高知県江川崎     37.4
43     静岡県佐久間     37.3
43     愛知県岡崎     37.3
43     新潟県中条     37.3
43     石川県白山吉野     37.3
43     福井県春江     37.3
43     福井県敦賀     37.3
43     大阪府豊中     37.3
43     和歌山県和歌山     37.3
43     岡山県高梁     37.3
43     大分県日田     37.3
43     宮崎県宮崎     37.3
 
日平均気温の最高
順位     地点     気温
1     福井県敦賀     32.4
2     香川県高松     32.2
3     岐阜県岐阜     32.1
3     大阪府大阪     32.1
3     愛媛県新居浜     32.1
6     京都府京都     32.0
7     三重県津     31.9
7     大阪府堺     31.9
7     宮崎県赤江     31.9
10     愛知県名古屋     31.8
10     福井県福井     31.8
10     滋賀県彦根     31.8
10     大阪府枚方     31.8
10     大阪府八尾     31.8
10     岡山県岡山     31.8
16     大阪府豊中     31.7
17     愛知県大府     31.6
17     宮崎県宮崎     31.6
19     福井県春江     31.5
19     福井県小浜     31.5
19     大分県中津     31.5
22     岐阜県大垣     31.4
22     福井県美浜     31.4
22     和歌山県和歌山     31.4
22     香川県多度津     31.4
22     沖縄県下地     31.4
22     沖縄県石垣島     31.4
28     富山県富山     31.3
28     兵庫県神戸     31.3
28     岡山県倉敷     31.3
28     鳥取県米子     31.3
32     群馬県伊勢崎     31.2
32     群馬県館林     31.2
32     京都府京田辺     31.2
32     広島県広島     31.2
32     福岡県福岡     31.2
32     沖縄県波照間     31.2
38     三重県桑名     31.1
38     福井県越廼     31.1
38     滋賀県大津     31.1
38     京都府宮津     31.1
38     京都府舞鶴     31.1
38     愛媛県四国中央     31.1
38     沖縄県所野     31.1
45     愛知県愛西     31.0
45     滋賀県長浜     31.0
45     大阪府関空島     31.0
45     徳島県徳島     31.0
45     愛媛県松山     31.0
45     沖縄県仲筋     31.0
45     沖縄県伊原間     31.0


こんな記録は、あまり嬉しくありません。

 今日も、朝六時から、この気温です。

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ツバメも朝から暑かろう(昨日撮影 by pentax x5 トリミング)。

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アブラゼミ(昨日撮影by olympus pm1 with zuiko zd 35mm F3.5 Macro

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トリミング
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ヒマワリ(昨日撮影PENTAXx5)

 

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バトル。

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天井の蜘蛛を、どこからかやってきたカマキリが襲います。
ぽとりと落下して蜘蛛は逃げ延びました。

カマキリは、口惜しそうにいつまでもその場にたたずんで(正確には倒立ですが)おりました。

夏の日の田舎の一こまです。

彼らの場合は、互いを餌とし餌とされる 間柄ですが、やみくもに残虐な 殺戮の惨劇を繰り返しているわけではありません。

一方、わがニンゲン界はと見れば、ウクライナ・クリミア、パレスチナ・ガザ地区、 あちらでもこちらでも紛争が深刻化していますが、返す返すも愚かしい限りです。

対岸で火事を見るものに何が言えるかとおっしゃる向きもありましょうが、対岸にいてこそ客観視もでき、解決への糸口も探れるはず。いずれか一方の側を「密接な関係にある外国」と、誰かエライさんが判断して、われもわれもと「集団的自衛権」を行使することになったなら、荒ぶる業火のまっただ中で慌てふためくしかありますまい。

いやいや、おっちょこちょいに先頭きって乗り出して行かなくても、ジャイアンに命じられて、そのしっぽについて「後方支援」と言いつのっても、相手は決してそれを認めはしますまい。いえいえ、ジャイアンだって認めてはくれないはず。「我が友よ、もっと力を貸してくれ!」となります。紛争の当事者は、すべからく、一蓮托生、死なばもろともを覚悟しなくてはなりますまい。
当然相手からの死にものぐるいの反撃は必至で、応戦しないで我が身を守ることなどできません。応戦するとは、相手を殺し傷つけることです。殺し傷つければ、憎悪は増幅され、際限のない反撃の悪循環が繰り返されます。

反撃は、出撃中の「掃海艇」「給油機」「輸送艦」等々、派遣部隊に対して加えられるだけでなく、非戦闘員・民間人も攻撃対象とされ、行き着く先には、本土へのミサイル攻撃、首都へのテロ攻撃、原発テロ等々、これまでどこかで起こったり起こりかけたりした事態を、我がこととして体験することになりかねません。

軍事愛好家、武力信奉論者の方々がいかにバラ色の予想図を描こうとも、武力行使を紛争解決の手段とすることには、どんな成算もあり得ないでしょう。

日本は、憲法九条を持つ国として、紛争のいずれの当事者にも加担せず、 名実ともに平和の擁護者としての信頼と威信によってこそ、紛争解決のための積極的なリーダーシップを取りうるはずなのに、そのような必要な外交努力によらず、全く成算のない武力依存の道に向かうのは、蒙昧・暗愚のそしりを免れないでしょうね。

 この記事を書いているうちに、外では少々雨が降って、少しは気温が下がったようにも思えますが、頭はヒートして、なかなかクールダウンに至りません。

 

 

 


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アリスイに遭うたは猫に小判かな [雑話]

これまでも、ビギナーズラック(初心者の幸運)に恵まれた記憶が、幾度かあります。かえって、経験も積み、スキルも上がったと自覚してからの方が、まったく空振り続きという経験もしばしばです。
一昨日の「アリスイ」との遭遇は、まさにそれでしょう。この後、また会えるとは、とても思えません。

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 知らないというのは怖いもので、確かに見覚えのない鳥だとは思いましたが、まさか、そんなレアなお客さんだとは思い至りもしませんでした。
「猫に小判」、「豚に真珠」と言うものですね。
知っていたなら、特徴のあるその長い舌とやらを、何とか確認する努力をしたでしょうに。名前を教えていただき、図鑑で調べたのが翌日とあっては、それもかないません。「後の祭り」とはこのことです。
「後の祭り」にはこんな類義語があるそうです。

類義語: 後薬/証文の出し後れ/十日の菊六日の菖蒲/六日の菖蒲十日の菊/祭りすぎてのとちめんぼう/喧嘩すぎての棒ちぎり/遅かりし由良之助 (ことわざデータバンクより)


「覆水盆に返らず」も類義語と言えましょう。
wikipediaにはこうありました。

覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず)はことわざの一つ。

太公望が周に仕官する前、ある女と結婚したが太公望は仕事もせずに本ばかり 読んでいたので離縁された。 太公望が周から斉に封ぜられ、顕位に上ると女は太公望に復縁を申し出た。 太公望は盆の上に水の入った器を持ってきて、器の水を床にこぼして、「この水を盆の上に戻してみよ。」と言った。 女はやってみたが当然出来なかった。 太公望はそれを見て、「一度こぼれた水は二度と盆の上に戻る事は無い。それと同じように私とお前との間も元に戻る事はありえないのだ。」と復縁を断った (出典は後秦の時代に成立した『拾遺記』による)。

この話から一度起きてしまった事はけっして元に戻す事は出来ないと言う意味で覆水盆に返らずと言うようになった。なお、四字熟語では覆水不返(ふくすいふへん)。

中国語の「盆」(pen第2声)は日本語の「お盆」ではなく、鉢、ボウル状の容器のことである。

ちなみにこの話は太公望の数多くの伝説の一つであって、必ずしも史実とは限らない(前漢の人物である朱買臣について、同様の逸話があることなど)。

同義の別例として"覆水収め難し"、同じ意味を表す英語の諺に "It's no use crying over spilt milk."(こぼしたミルクを嘆いても無駄) がある。
 

ところで、「豚に真珠」について「wiktionary」というサイトにこんな記事がありました。

豚に真珠(ブタにシンジュ)
豚に真珠を与えても、豚はその価値を知らないので何の意味もない。このように、どんな立派なものでも、その価値を知らない者にとってはなんの役にも立たないものである。

  けれども、私が斯う申すと、きっと或人は反駁して、「私はお前の云う通り、女性を高い位地にまで上げて認めようと為る、又認めたいと思う。従って教育も男 子と同等にさせてやり度いとも思う。然し考えて見なさい、日本の女性の裡に幾人、大学教育を受け得、又受けようとする婦人があるか、彼女等は自分で希わな いのだ、希わないものに何故無理にもやらなければならないのか、豚に真珠だ。」と申すかも知れません。(宮本百合子 『C先生への手紙』)

出典   新約聖書・マタイによる福音書第7章

  「聖なる物を犬に與ふな。また眞珠を豚の前に投ぐな。恐らくは足にて踏みつけ、向き反りて汝らを噛みやぶらん。」(『舊新約聖書』 神戸英国聖書協会 1927年刊)


 


 そして、「猫に小判」については、こう書いてあります。

猫に小判(ねこにこばん)

    猫に小判を与えても、その価値を知らない猫にとっては何の意味もない。このように、どんな立派なものでも、持つ人によっては何の値打ちもないものであるというたとえ。

        制度が先にあっても宜しいが、個人が多数に目覚めて、その制度を我物として活かすのでなくては、制度も猫に小判ですから、私は先ず個人の自覚と努力とを特にそれの乏しい婦人の側に促しているのです。(与謝野晶子 『平塚・山川・山田三女史に答う』)

 

 


語源について、このサイトに詳しい説明がありましたが、コピー操作を禁止してあるようで、紹介だけにとどめます。

ほかにこんな類義語があるそうで、興味がそそられます。
猫に小判/犬に念仏猫に経/犬に論語/兎に祭文/牛に経文/牛に麝香/牛に説法馬に銭/牛に対して琴を弾ず/馬の耳に風/馬の耳に念仏/馬の目に銭/猫に石仏/猫に胡桃をあずける/豚に真珠/豚に念仏猫に経

曰くありげな「牛に対して琴を弾ず」を調べてみますと、

 

【意味】牛に対して琴を弾ずとは、愚かな者には、いくら立派な話をしても何の役にも立たないことのたとえ。
【牛に対して琴を弾ずの解説】
【注釈】牛の前でどんな名曲を琴で弾いても、牛には何も響かないことから。
魯の公明儀が牛の前で名曲を琴で弾いたが、牛はただ草を食べるだけで何の興味も示さなかった。
しかし蚊や虻の音、子牛の鳴き声のような音を琴で弾いて聞かせると、耳をそばだてて尾を振り歩き出したという、『祖庭事苑』にある故事に基づく。
【出典】『祖庭事苑』
 

ところで、小判(黄金)の色は「山吹色」であることから、小判(黄金)の別名を「山吹」と称します。

wikipediaの記事を一部引用します。やま‐ぶき【山吹】

 

1 バラ科の落葉低木。山間の湿地に多く、群生する。葉は互生し、卵形で先がとがり、縁に二重のぎざぎざがある。晩春、黄色の5弁花を開き、実は暗褐色。古くから庭木とされ、八重咲きのものは実がならない。漢名、棣棠花。《季 春》「ほろほろと―ちるか滝の音/芭蕉」
 2 「山吹色」に同じ。
 3 《色が1の花の色に似るところから》大判・小判の金貨。黄金。
 4 襲(かさね)の色目の名。表は朽葉(くちば)、裏は黄。山吹襲

 

 子どもの頃から、山吹には、実がならないとインプットしていたのは、落語「道灌」の影響でした。wikipediaには、こんな記事があります。

あらすじ

隠居のところへ遊びにやってきた八五郎が、張りまぜの屏風などの絵を見ながらいろいろなことを教わった。そのなかに、太田道灌が 狩りの途中で村雨に遭い、雨具を借りようと一軒のあばら家に立ち寄ったところ、十五歳あまりの少女が、お盆の上に山吹の枝を乗せ「お恥ずかしゅうございま す」と差し出している絵があった。道灌が何がなんだかわからないでいると、ご家来のひとりが「“七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき”という古歌がありますが“実の”と“蓑”をかけて『雨具がございません』とのお断りでございましょう」と申し上げた。これを聞いた道灌は 「ああ、予はまだ歌道に暗いのう」と嘆いて歌の道に励み、のちには立派な歌人になられた。

隠居にこう説明された八五郎は「うちにもよく雨 具を借りにくる奴がいるが、ひとつその歌で追っ払ってやろう」と思いつき、その歌を隠居にカナで書いてもらって家へと帰ってきた。とたんにうまいこと雨が 降り出したと思ったら、さっそく友達が飛び込んできた。「もう雨具を借りにきやがった」と喜んだものの、しっかり雨具は持っており「提灯を貸してほしい」 とのことだった。これには八五郎も拍子抜け。しかし「雨具を貸してくださいといやァ提灯を貸してやらァ」と頑張った。しょうがないので「雨具を貸してく れ」と友達がいったのをきっかけに、しなを作った八五郎が「お恥ずかしい」と隠居に書いてもらった和歌を差し出した。それを見た友達が「ナナヘヤエハナハ サケドモヤマブシノ、ミソヒトダルトナベトカマシキ」とシドロモドロ、なんのことやらわからない。「なんだい、こりゃァ。都々逸か?」「都々逸ゥ?おめ え、よっぽど歌道が暗ェなァ」「だから提灯借りにきた」
 

でも、前述の第1項のとおり、実がならないのは八重咲きの山吹で、一重咲きの花には実がなるのだということに、長く気づかないでいました。

実家隣家の庭に咲く八重咲き山吹

 

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一重咲きのシロヤマブキ

 

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「シロヤマブキ」の実
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ところで、第4項の「 襲(かさね)の色目の名」という連想から「かさねとは八重山吹のの名なるべし」という句をついつい口ずさんでみます。
元ネタは、『奥の細道』のこの文章にあります。

那須の黒ばねといふ所に知る人あれば、是より野越にかゝりて、直道をゆかんとす。遥に一村を見かけて行くに、雨降り日暮る。農夫の家に一夜をかりて、明くれば又野中を行く。そこに野飼の馬あり。草刈おのこになげきよれば、野夫といへどもさすがに情しらぬには非ず。
 「いかゞすべきや。されども此野は縦横にわかれて、うゐうゐしき旅人の道ふみたがえん、あやしう侍れば、此馬のとゞまる所にて馬を返し給へ」と、かし侍ぬ。
 ちいさき者ふたり、馬の跡したひてはしる。独りは小姫にて、名をかさねと云ふ。    聞きなれぬ名のやさしかりければ、

かさねとは八重撫子の名成べし 曽良
 


【解釈】
那須の黒羽というところに、知人がいるので、ここから那須野の原に足を踏み入れ、近道をして真っ直ぐ行くことにする。はるかに一つの村を見かけて行くうちに、雨が降り出し、日も暮れてしまった。農夫の家に一夜の宿を借り、明けるとまた野中を歩いて行く。その途中に、野原に放し飼いの馬がいた。草刈り男に、馬を貸してくれるよう頼み込んだところ、いなか者の農夫ではあるが、十分に温情ある人だった。
男は、「どうしたらいいでしょうか。馬を使わないで行くとしても、この野原は縦横に道が分かれ、歩き慣れない旅人は道に迷うでしょう。心配ですので、この馬が止まったところで馬を返してくさだい」と、馬を貸してくれました。
 小さい子供が二人、馬の後を追って走ってくる。一人は小さい娘で、名を「かさね」という。
 聞き慣れない名前が、優美な響きがあるので、曽良がここで一句詠んだ。

「かさね」という上品で美しい響きの名前は、田舎娘に似合わず、花びらが重なって美しい八重撫子(ヤエナデシコ)の名であるに違いなかろうよ。

 

あ、八重山吹ではなくて、八重撫子でした。

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11月の終わりに寄せて [雑話]

はや11月も末日になりました。
11月にちなんだ話題として、萩尾 望都さんの「11月のギムナジウム」を取り上げたいと思っていました。


11月のギムナジウム (小学館文庫)

11月のギムナジウム (小学館文庫)

  • 作者: 萩尾 望都
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1995/11
  • メディア: 文庫

でも、11月も初旬はあまりに暖かくて、この作品の季節感にそぐわないかなと、躊躇しているうちに時日は過ぎて、寒さはつのり、各地に雪の話題も聞くようになったと思ううちに、今日が今年最後のチャンスとなりました。
萩尾 望都さんと言えば、永遠のいのちを持つバンパネラと人間との交わりを哀しく描く「ポーの一族」や、ドイツのギムナジウム(中等学校)を舞台にした少年達の物語「トーマの心臓」などの、文学の香気高い大作の名が、まず浮かびます。

ポーの一族 全巻セット (小学館文庫)

ポーの一族 全巻セット (小学館文庫)

  • 作者: 萩尾 望都
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2011/03/01
  • メディア: 文庫

 

トーマの心臓 (小学館文庫)

トーマの心臓 (小学館文庫)

  • 作者: 萩尾 望都
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1995/08
  • メディア: 文庫

トーマの心臓1 萩尾望都Perfect Selection 1 (フラワーコミックススペシャル)

トーマの心臓1 萩尾望都Perfect Selection 1 (フラワーコミックススペシャル)

  • 作者: 萩尾 望都
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2007/07/26
  • メディア: コミック


学生の頃、「大の男」が、いわゆる「少女マンガ」なんかを手にするなんて、恥ずかしくてとても出来やしない。はずでしたが、一部の「女子学生」のブームに影響されて、「少女フレンド」「マーガレット」「りぼん」「なかよし」など、喫茶店にある雑誌のバックナンバーをまとめ読みしたことがありました。
バイオレンスと下卑たギャグ、底の浅いスポ根などが主流だった少年マンガに比べて、そこには、描線も美しく、ストーリー展開も安易でなく、上質な文学の香りのする作品が多く、侮れない世界があることを知りました。「つる姫じゃ~!」などの、型破りなギャグマンガも楽しく愛読しましたが。

つる姫じゃ~っ! (1) (中公文庫―コミック版)

つる姫じゃ~っ! (1) (中公文庫―コミック版)

  • 作者: 土田 よしこ
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/07
  • メディア: 文庫

 

つる姫じゃ~っ! (2) (中公文庫―コミック版)

つる姫じゃ~っ! (2) (中公文庫―コミック版)

  • 作者: 土田 よしこ
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/07
  • メディア: 文庫


そうしたなかで、「少女コミック」に連載された萩尾望都さんの作品は、取り分けて秀逸でした。

「ユリスモールへ
これがぼくの愛
これがぼくの心臓の音
きみにはわかっているはず」
(「トーマの心臓」)



傷つきやすく鋭敏な思春期の少年たちの、切ないまでに美しい心の動きを見事にとらえた「トーマの心臓」に、ドイツ文学の空気を感じ取ることは、ごく自然な第一印象でした。私が、高校時代最も耽溺した作家は、ヘルマン・ヘッセでしたから、ここまでその世界を「映像化」できた作品に衝撃を覚えるほどでした。ヘッセの作品は、新潮文庫版として出版されていたものは、高校時代にほとんど読んだと思いますが、中でも繰り返し読んだのは「デーミアン」でした。「トーマの心臓」には、同じ空気が流れていると感じました。

デミアン (新潮文庫)

デミアン (新潮文庫)

  • 作者: ヘッセ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1951/12/04
  • メディア: 文庫

現に萩尾さんご自身、ヘッセやロマン・ロランからの影響については、しばしば、色々な場で語っておられます。


2012年に、紫綬褒章を受章された時のNHKのインタビューを引用します。

Q)いつごろヘッセを読んでおられましたか?

20歳ごろでしょうか。自分自身もなんかいろんなことを考えて、例えば私はなぜ存在しているんだろうとか、どんな風に生きて行けばいいんだろうとか、そういうことを悩むわけですが、日常の生活ではそんなことを考えていないで、ちゃんと勉強しなさいとかちゃんと就職しなさいとか、なんかきちんとやることというのが求められる。きちんとやるためにいろんな悩みを考えていると邪魔だから、そんなことは考えないように生きていく方向に大体は行くんですね。確かに邪魔だなと思うんですけど。

ころがヘッセなんかは悩みを正面から書いて、自分がどんな風に迷っているか、自分がどんな風に生きていけばいいか、自分はこういうことを選択したけどこれでいいのかと反復したり周りの人に助けられたり、ある時は失敗したり、うまくいったりしながら。迷いもいいんだ、迷ってもいいんだ、いろんな事を考えてもいいんだということを、ヘッセの小説から教えられたと思います。


もうひとつ、トーマスマンの「トニオ・クレーゲル」も、高校時代の私のお気に入りでした。北杜夫さんが、「トニオ」のカタカナの形態的連想から、自分のペンネームを付けたというエピソードを後に読み、嬉しく思ったことでした。その「トニオ・クレーゲル」の世界とも響き合うものが、「トーマの心臓」にはあるように思えました。

トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)

トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)

  • 作者: トーマス マン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1967/09/27
  • メディア: 文庫

 

どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)

どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)

  • 作者: 北 杜夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2000/09/28
  • メディア: 文庫



トニオクレーゲルの冒頭の一節。高橋義孝氏の訳が、私は一番好きでした。

冬の太陽は乳色にかすれて厚い雲におおわれたまま、狭い町の上にわずかにとぼしい光を投げていた。破風づくりの家の立ち並んだ路地々々は、じめじめとして風が強く、時おり氷とも雪ともつかぬ柔らかい霙みたいなものが降ってきた。
 学校がひけた。石を敷きつめた中庭から格子門へかけて、解放された生徒たちは、雪崩をうって外に出ると、右に左に思いおもい急いで帰って行った。年のいった少年たちは、勿体ぶって本の包みを左の肩に高々と押しつけ、昼飯を目ざして、右手で舵をとりながら風に逆らって歩いて行く。小さな生徒たちは、氷まじりの泥をあたりにはね返しながら学校道具を海豹皮のランドセルの中でがちゃがちゃいわせて、嬉々として小走りに走って行く。けれどもときどき、落着いた足どりで歩いてくる上級教師の、ヴォータンのような帽子とユピテルのような髭に出会うと、みんな恭しい目つきでさっと帽子を脱ぐ。……
「やっと来たね、ハンス君」長いあいだ、車道で待っていたトニオ・クレーゲルは微笑を浮べながら友達のほうへ寄って行った。相手はほかの仲間たちと校門を出て、そのまま一緒に帰り去ろうとしていた。……「ええ」ときき返して友達はトニオを見つめた。……「ああ、そうだったっけ。じゃこれから少し一緒に行こう」


「11月のギムナジウム」は、この「トーマの心臓」の姉妹編といえる短編作品で、両作品には、共通する少年達が登場します。


あらすじを、wikiから引用します。

11月の第1火曜日の午後、ヒュールリン全寮制ギムナジウムにエーリク・ニーリッツが転入してきた。転入早々、このギムナジウムのアイドル、トーマ・シューベルとうりふたつのため大騒ぎとなり、短気で気の強いエーリクはトーマの無礼な態度に怒り、トーマを殴ってしまう。家庭内の問題で密かに悩んでいたエーリクは、授業中、オスカー・ライザーに図星をさされたため思わず彼を殴り教室を飛び出し、草地で授業をエスケープしていたトーマと偶然遭遇する。トーマは15年前に死んだ兄とエーリクは特徴がそっくりであると告げ、仲直りをしようともちかけるがエーリクはそれを拒否する。トーマはエーリクと自分の関係を学級委員長のフリーデルに打ち明ける。その後、トーマは雨の週末休暇にエーリクになりすまして彼の母親に会ってきたが、その際にひいたカゼがこじれて肺炎にかかり、数日後、病死する。そして、トーマの葬儀の翌日、フリーデルはエーリクにすべてを打ち明ける。

取り返しのつかなさが、痛々しく心に残ります。

 

 


小学館文庫版「11月のギムナジウム」に、合わせて収録されている作品に「雪の子」があります。

 

資産家の親戚・ブルクハルト家に招かれたブロージーが、途中森の中で少女に出会います。訪ねた家には老人と、さっきの少女にそっくりな少年、エミール・ブルクハルトがいました。

 

ブルクハルト家の跡継ぎのエミールは、実は女の子だったのです。両親を亡くした彼(女)は、男の子なら跡継ぎとして引き取るという祖父の言葉により、「少年」として育てられたのでした。医師、執事など一部の人間の他は、真実を秘匿したままで。

「変声期なんてぼくにはこない。その前に死ぬんだ。」

「ぼくは、自分が一番美しいときに死ぬつもりだ。……来年じゃおそすぎる。きっと病気がぼくをおそってやつれてみにくくなるだろう。そんなのは好きじゃない。」  

初雪が地上を覆った朝、予告通り、エミールは美しい姿のまま死を迎えるのです。

日本列島を寒気が覆い、今年一番の冷え込みが続きます。

 

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「11」つながりで、「11人いる!」も取り上げたかったのですが、またの機会にします。


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断捨離に 草臥(くたび)れて候 秋の空 [雑話]

「ゴミ屋敷になる」という脅し文句、有形無形の「断捨離圧力」に、日々おびえています。
パソコンゴミ、カメラゴミの多くは、中古ショップでも引き取ってくれず、だいぶ捨てましたが、捨てた後でまた惜しくなって、割高の値段でもう一度買うこともままあります。

 


家族がパソコンを新調したと言っては、古い自作PCを返却してくるので、マザーボードやCPUは古くて使えないかも知れないが、ケースや電源やパーツの中には、使えるものもあるだろうと、結局私の部屋の隅に場所を占めています。でも、これらは、思い切りさえすれば、未練なく捨てる自信はあります。いじって遊びたい欲求が衰えれば、ガラクタに過ぎないですから。
始末に悪いのは、本。高校時代に買ったものから始まって、それぞれに愛着と思い入れのあるこれらも、他の人から見れば無用の長物でしょう。これまでにも、一念発起して、古書店に持ち込んだことはあります。何箱かの段ボール箱に詰め込んだうち、わずか数冊だけについて、合わせて数百円の値がついたものの、他は「お引き取りできません」ときたもんだ。持って帰るのもしゃくなので、「処分しておいて下さい」ということになります。
目の利かぬ世俗の衆生に、宝物の価値を不当に傷つけられたような、屈辱と義憤が入り交じった後味の悪さを感じて、それ以来、いっそ新聞や古雑誌と一緒に、処分しようと決めました。一昔前なら、ティッシュペーパー位には化けたものが、今はそれもないのですが、「断捨離」を言うのなら、いっそさばさばしていいだろう、という理屈です。
大型スーパーの駐車場に、古新聞紙や古雑誌を投げ込むと、重量で商品券と交換できるポイントがつくという「エコステーション」と称するシステムが設置されているので、これを利用することもあります。

 


そうやって何度か決行した廃棄作戦によっても、本棚がいっこうに空かなくて、段ボールに詰まった本が押し入れや廊下を占拠しているのは、確かに気鬱ではあります。開封して、中を整理しようなどと思うと、もはや収拾がつかず、本棚に戻してしまうのが落ちですので、滅多なことでは触れません。
退職後の日々は、そういうものに目をやる機会が多くなります。落ち着いたら読むとして、しばらく段ボール箱につめておいた全集ものを、もう一度本棚に並べてやらないと、読まないままに終わってしまう可能性が現実のものになりつつあります。
というわけで、本棚総入れ替え作戦を、目下展開中ですが、捨てない限り次が入らないというジレンマを持てあまし、さらなる徹底した棄本作戦を実施することにしました。
今朝、件の「エコステーション」に投入してきたところ、六〇ポイントほどがつきました。六〇円分なのでしょうか。果たして、ガソリン代がペイしたでしょうか?
すっかり草臥れました。

断捨離に 草臥れて候 秋の空
「秋の空」か「秋の水」か迷っています。
写真は、「秋の水」ですがね。
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断捨離や キンモクセイの咲き初めて
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例年、10月はじめに咲く我が家のキンモクセイの花が、開いています。花を見て、後で香りに気づきました。まだ早いという思い込みが、香りに気づかせなかったのでしょうか?



断捨離や コスモスの香の天に満つ
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お隣さんに、コスモスの花をいただきました。野原一杯に、咲き乱れ、かぐわしさが胸を満たします。



捨てかねて写真に残す断捨離か
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蔵書リストを作ることもなく、廃棄してしまった本が不憫です。棄書リストでも作るとしましょうか?


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今度はもっと [雑話]

フォークグループ「赤い鳥」は、70年代初めに活躍し、印象深い楽曲をたくさん残しています。
後にグループは、「紙ふうせん」、「ハイ・ファイ・セット」、「ハミング・バード」等に分かれますが、「赤い鳥」時代の作品は、今も心に響きます。
「翼をください」 今 私の願い事が叶うならば 翼が欲しい
竹田の子守唄  守もいやがる盆から先にゃ  雪もちらつくし子も泣くし
赤い花 白い花  赤い花つんであの人にあげよ あの人の髪にこの花さしてあげよ
など、自然にメロディが浮かんできます。

その「赤い鳥」に「紙風船」という曲があります。詩人黒田三郎の、同名の詩をもとに、グループの後藤悦次郎氏が曲をつけたものだそうです。

「紙風船」   黒田三郎

落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように

私が定時制高校の教員だった頃、相方と一緒に発行していた学級通信のタイトルを「今度はもっと」と名付けたことがありました。
当時、私の長男は、高校で不登校の長いトンネルにさまよい、担任のクラスにも、不登校やその他の事情から、休学・中退・転校などを経験して、高校生活のやり直しをはかろうとしている生徒も、少なからずいました。「今度はもっと」は、人生、何度でもやり直しがきくというメッセージのつもりでした。もちろん、「今度は/もっと高く/もっともっと高く/何度でも/打ち上げよう」と続く思いを込めたのです。

今日は、保育園に通う孫が、地域の催しで、鼓隊の演奏を頑張りました。大勢の見物客には親子連れの姿も多く、色とりどりの風船が配られていました。
その風船たちが、糸がするりと手から滑りはなれたのか、いくつも空に舞い上がっていました。
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一番下の孫は、昨日は熱を出して寝込んでいたのに、今日は留守番をいやがって、せがんで見物についてきていましたが、めざとく天高く舞う風船を見つけて、指さしながら「おおい、風船さん。どこいくの?」と呼びかけていました。
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かなり湿気があり、気温も高い一日でしたが、空の色は、確かに秋でした。
黒田三郎氏には、こんな詩もあります。

ある日ある時  黒田三郎

秋の空が青く美しいという
ただそれだけで
何かしらいいことがありそうな気のする
そんなときはないか
空高く噴き上げては
むなしく地に落ちる噴水の水も
わびしく梢をはなれる一枚の落葉さえ
何かしら喜びに踊っているように見える
そんなときが


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