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西行の碑を抱くかに咲き初めし [折々散歩]

桜と言えば、西行のこの歌を忘れるわけにはいきません。

ねがはくは花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月の頃      西行

 

【解釈】
できるものなら桜の花の下で春死のうと思うよ。お釈迦様が涅槃にお入りになったという2月の満月の頃に。

 如月(きさらぎ)は旧暦の2月。釈迦入滅の日は旧暦二月十五日といわれます。できることなら自分も、それにあやかって、桜の花に囲まれて死にたいものだと、桜大好き人間である西行は夢見るのです。そしてその願い通り、西行は旧暦二月十六日にこの世を去ります。新暦に直すとそれは、3月29日のことだそうです。

まさしく桜満開の頃だったことでしょう。

私の住まいから徒歩数分のところに、その西行の歌碑があります。正確には,西行と、大伴家持の歌が刻まれた歌碑です。

 

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例年、この碑の側のソメイヨシノが、このあたりで一等早く開花するのは、不思議な気がします。日当たりが良いせいでしょうかね。今朝見ると、三分咲き程度でしょうかね。ほかの木は、まだ1輪2輪がちらほらという感じですが。
歌碑のそばの桜。
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 歌碑にはこう刻まれています。

大和道の吉備の児島を過ぎてゆかば筑紫の児島思ほえむかも(大伴旅人)

立て初むる糠蝦(あみ)とる浦の初竿は罪の中にも優れたるかな(西行)

 いずれもこの地方にゆかりのある歌だそうです。

旅人が、筑紫国(福岡県)での任を終え、大納言に昇進し都へ帰る事になった時、帰りの行列を見送る人々に混じって別れを惜しむ「遊行女婦・児島」が、送別の歌を旅人に贈りました。

 巻六 965
凡(おほ)ならばかもかも為(せ)むを 恐(かしこ)みと
振り痛(た)き袖を 忍びてあるかな
【解釈】 貴方が普通の身分のお方なら 袖を振って別れを惜しむでしょうが、貴方の身分が恐れ多いので、袖を振ることをじっと忍んでおりますよ。
 巻六 966
倭道(やまとじ)は雲隠りたり然(しかれ)ども我が振る袖を無礼(なめ)しと思うな
【解釈】 大和への道は遠く雲の彼方に隠れております。そうであるのに、別れを惜しんで私が振った袖を無礼と思わないでください。

古代において「袖を振る」ことは、愛情の表現であったと言います。

「遊行女婦・児島」がどのような女性であったか知りませんが、遊行女婦は「うかれめ」と読むようで、旅人とは深い仲になった遊女なのでしょうか。筑紫娘子という名で万葉集に歌を残しています。通称を児島といったようです。

旅人は2首の歌を返しています。
1首目が歌碑の歌です。

巻六 967
倭道(やまとじ)の吉備(きび)の児島を過ぎゆかば 筑紫の児島 思ほえむかも
【解釈】大和への道の途中、吉備の国の児島を過ぎる時には きっと筑紫の児島を思い出すことだろう。

巻六 968
ますらおと思える吾(われ)や水茎(みずくき)の水城(みずき)の上に涙拭(のご)はむ
【解釈】 今まで自分のことを立派な男だと思っていた私だけれど、お前との別れに水城の上で涙をぬぐおうとはなあ。弱々しい心である事よ。

 

西行の歌は、「山家集」にこう記されています。

 備前国に小島と申す島にわたりたりけるに、あみと申すものとる所はおのおのわれわれしめて長き竿に袋をつけてたてわたすなり。その竿のたてはじめをば一の竿とぞなづけたる。なかにとしたかきあま人のたてそむるなり。たつると申すなることばきき侍りしこそ、涙こぼれて申すばかりなくおぼえてよみける 

たてそむるあみとる浦のはつさほはつみのなかにもすぐれたるらむ

【解釈】

備前国の小島(児島)という島に渡ったとこ ろ、あみというものをとる所、海女たちがそれぞれに長い竿に袋をつけて立て渡すのだ。その立て始めの竿を一の竿と名付けている。なかでも年長の海女から立て始めるのである。“たつる”というような言葉をききましたのは、本来神仏に請願を”立てる”という言葉なのに、殺生を犯す掛け声として発していたので思わず涙がこぼれ て、言葉もないほどに思えて詠んだ歌。

仏に誓願を立てるのでなく、あみをとる竿を立てるのは、 殺生の罪という、罪の中でもはなはだしい罪であるだろう 

 西行の歌碑は、この近くでは玉野市の渋川海岸にも建てられています。

河井康夫氏著「玉野の伝説」に、こう紹介してあります。

現在、渋川海岸には海洋博物館の近くに西行の大きな像が建っている。そして海岸に沿った遊歩道の脇の石碑に西行が詠んだ歌が彫られている。

"おりたちて浦田に拾う海女の子は つみより罪を習ふなりけり"

西行が五十才のとき、西国行脚を志して、玉野を訪れた西行が、讃岐の五色台(白峰)で崩御された恩君、嵩徳上皇のご陵を参拝しようと、浦田の浜(渋川)で渡舟を待っていた。
この時、風光のよい浦田の浜に子供が大ぜいでて、貝を拾っていた。西行は何を拾っているのかと村人にたずねた。村人は、つみ貝を拾っているのですと答えた。 世の無常、あわれを知る西行は、「ああ、このあたりの海士の子は、子供の時から罪深い漁をこうしたところから習い覚えるのだろう」と詠嘆したものであろう。

 何年か前の夏、こうした歌碑など、西行ゆかりの地を有志で巡ったことがありました。そのとき,企画者兼案内人兼チューター兼世話係を務めてくれたのが、去年の4月になくなったHさんでした。(Hさんに触れた過去の記事はこちら。

 西行について触れた過去の記事はこちら

折しも明日、「Hさんを偲ぶ会」が開かれます。奇しくも新暦の3月29日=西行の忌日と重なることになりました。
散歩道の桜並木も、昨日の雨でソメイヨシノがほころび始めました。

咲き始めがピンクも濃くて心を引かれます。

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この桜は満開です。品種は
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