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盆と台風と終戦記念日と、の巻 [家族]

大阪の孫一家が帰ってくるのを機に、12日には集まれるものだけでもと、郷里に集合。お墓参りをしたり、スーパーで買い求めたお弁当で会食を楽しんだり、いとこ同士楽しく遊びました。


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前回の記事に書いた、畑のスイカ、みんなで食べてみましたが。まずまず甘く熟れていました。


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13日は、お盆だというのに、私が所属している年金者組合の集まりがあって、孫と遊ぶ楽しみが奪われると嘆いている方もおられましたが、同感でした(笑)


14日は、台風接近前のさなかでしたが、近くの施設で子どもたちがプール遊びをできるチャンスはこの日だけと、決行しました。すると、同じ考えの家族連れで、芋の子を洗うラッシュ状態でした。写真を写そうとしていますと、監視員さんからとがめられ、断念。他のお客さんからクレームがあるのだそうで、、。わが孫だけしか写していないと抗弁したのですが、望遠レンズを向けられることに抵抗があるのだそうです。確かに、肖像権の問題は念頭には置いているつもりです。特に、集会やデモに参加していると、何だか怪しいオジサンたち(公安の人?)が、バチバチ撮影してるのは、不快ですものね。


最初はこんな青空でしたが、昼頃には一天にわかにかき曇り、かなり激しい風と雨に見舞われました。


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台風の予想針路を見ると、わが地方を直撃する勢い。深夜から明け方未明にかけて、激しい風音に何度も目を覚まさせられました。台風そのものはまだ太平洋上にあって、上陸はまだ先なのに、これは先が思いやられるという状況が今日の午前中続きました。早々と、県下各地域に暴風警報や波浪、高潮などの警報も出され、海に近い地域では避難勧告も出されました。


が、意外にも、だんだんと影響が薄まり、広島に上陸、というニュースを聞く頃には、雨も風もむしろ収まり、外出もできるほどになりました。これくらいで済んで、有り難いことでした。


さて、今日は、終戦記念日。


今朝の地元紙「山陽新聞」の読者投稿欄に、「トピック終戦記念日」という特集が蟻、その一つに、こんな投稿がありました。


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郷里の老父が、投稿したものです。下書きは読ませてもらっていましたが、若干の字数調整や、表現の補正はあったようですが、ほぼそのまま、掲載されていました。


記録のために、文字起こしをしておきます。


74回目の終戦記念日が来た。終戦の日、私は18歳で、ある駅の引き込み線の作業に汗を流していた。
硫化鉄鉱産出で東洋一と言われる鉱山があった。軍属の人が大勢来て、軍需工場を下に作るために大きな横穴を掘っていた。
工場の材料を受けるのに必要なホームを造るために、近くの村へ動員があった。本家のおじさんが村長をしていたので、東京空襲で焼け出されて故郷の岡山県へ帰つていた仲間3人は、勤労奉仕に借り出されたのだった。
15キロもある仕事場まで、みんな歩いて行き、鉱山の集会所で雑魚寝をした。食事は軍属の人と同じく作業員宿舎があり、近くの国防婦人会の人たちの奉仕で、麦飯のおにぎり1個とジャガイモをお皿1杯だった。暑い8月に上半身裸でつるはし、スコップで作業をした。
予定は10日くらいだったが、5日目の昼ごろ集められて、軍人さんから、涙ながらに「作業をやめて帰れ」と言われた。玉音放送は聞いていないが、戦争は終わり、悲しいようなホッとしたような苦い思い出である。


父は、90歳を超えてから何度か新聞投稿しているようですが、なかなか採用されないと嘆いていました。今回も、結びの部分が不満なようで、何度か書き直し、この形にまとめたものの、なお不満は残ったようでした。


そう言えば、去年の8月の投稿について、この記事でご紹介しました。


家族3題(代)噺、の巻


その末尾の部分を再掲させていただきます。


8月には広島、長崎に原子爆弾が落とされ大勢の人が亡くなった。あと1年も戦争が続いたら徴兵検査を受けて軍隊に入り、現在の自分がなかっただろうと思うと戦争の恐ろしさをつくづく思う。
あのひどい戦争の状況を知る人が少なくなった今、戦争を知らない若い人に、戦争は絶対駄目だと強くお願いする。


今回の投稿も、ついつい同じような結論になってしまうと、迷ったようですが、やはり、言いたいことはこれに尽きるのだと思います。それだけに、孫や曾孫も、正面から受け止めてくれればと思います。


今日はこれにて。


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託児所業務は今日も繁盛、の巻 [家族]

フェイスブックには、時々、過去の同月同日の投稿記事を思い出させてくれるサービスがあるようです。


先日、こんなのが出てきたので、ちょっと懐かしくてシェアしてみました。


2015年2月22日

昨晩、というか、今朝未明、私にとっては五人目になる孫娘が誕生しました。
兄妹も、産院を訪ね、手足の大きさを較べています。

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これをご覧いただいたお友達の何人かが、お祝いのメッセージを下さいました。あるいは新たに孫が誕生したと錯覚されたかも、と気がとがめました。


この赤ちゃんは、四歳になりました。


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従妹が同じ2月の誕生日で、つい先日三歳になりましたから、ほんの数日同い年だったのですが、漸くまた「お姉ちゃん」になりました。


昨日の土曜日、その従妹を我が家で預かりました。お母ちゃんが、持ち帰りのできない仕事を職場で終わらせなければならないのだそうで。


近くの公園で遊んだり、お絵かきやハサミチョキチョキで、何とか時間がつぶせましたが、託児所業務はなかなか多忙です。


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今日は、上の中学生を除く三兄妹が、遊びに来ました。お弁当を持て公園に出かけたいというので、深山公園に行ってきました。


水鳥に餌をやるのが楽しいので、食パンをちぎって入れた袋を手に手に持って、池に向かいます。大勢の客が、同じようにパンをちぎってやっています。見れば、沢山のパン切れが、食べきれずにぷかぷか浮かんでいます。餌やり今日の人数が多いこともあるのですが、水鳥の数がずいぶん減っているように思えます。暖かくなって、旅だった群れも多いのでしょうか。


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水鳥と池の鯉たちへの餌やりをひとしきり楽しんだ後、おにぎりを食べ、遊具で遊んだり冒険ごっこをしたりで、たっぷりと屋外遊びを楽しみました。


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それでも飽き足りず、帰ってから、近所の公園や空き地で夕方まで遊んでいました。よい気候になりました。




ところで、世界が注視するなかで実施された沖縄の県民投票は、どうやら辺野古基地移設反対の民意をキッパリと示したようです。


毎日新聞2019年2月24日 20時00分(最終更新 2月24日 20時17分)から一部引用しておきます。


米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡り、埋め立ての賛否を問う県民投票が24日、実施された。毎日新聞と琉球放送による出口調査や取材などから総合的に判断すると、3択のうち「反対」が「賛成」や「どちらでもない」を上回って多数となることが確実となった。 また、「反対」は投票資格者総数(115万3591人、24日見込み)の4分の1に達する見通しで、県民投票条例に基づいて玉城(たまき)デニー知事に結果の尊重義務が生じ、玉城知事は首相と米大統領に結果を通知する。


予期通り、順当と言えば順当な投票結果ですが、その重みは絶大。


沖縄県民のみならず、日本国民にとっての歴史的な記念日になるべき日と言えるでしょう。


「沖縄の心に寄り添う」と言いながら、民意無視の上にも無視を重ねてきた現政権と言えども、明々白々たるこの民意の表明は、決してないがしろにはできないはず、と、強く思います。


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初顔合わせ、初づくし、、、の巻 [家族]

バアバのパートが、年末年始でお休みが取れるのは1月3日だけということで、この日に郷里の老父母のもとに、家族みんなが勢揃いすることになりました。


一人ひとり、指折り数えてみないと、人数もよくわかりませんし、名前もしょっちゅう呼び間違えます(汗)。確認してみますと、大人が10人、中学生1人、小学生2人、保育園児3人、そして新顔の生後5ヶ月の赤ちゃんが勢揃いして、スーパーで買ってきたお弁当と、ちょっと持ち寄りのおかずを合わせて、豪華昼食会です。


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お腹もふくれて、誰言うともなくちょっと歩こうかとなって、有志で初詣に出かけることになりました。と言っても有名寺社ではなく、地元の神社。旧社格(神社の格)としては「村社(そんしゃ)」の位置付けになるらしいですが、私にとっては子どもの頃からなじみの「お宮」です。常勤の神主さんもなく、地域の人々が勤労奉仕で掃除や草刈り、整備などをしながら、社を維持しています。


初詣と言っても、わが家族以外には誰の姿も見えず、「貸し切り」状態です。時ならぬ大勢の参拝客に、神様も驚いておいででしょう。


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子どもの頃はそうは思いませんでしたが、かなり急な階段です。


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翌4日(金)は、親たちの勤務が始まって、保育園児は保育園に預け、小中学生は、我が家に遊びに来ることになります。大阪の孫一家は、ちょっと長い休みを取っていて、ゆっくり滞在していますので、いとこ同士、存分に遊べました。新顔の赤ちゃんは、泣くのが仕事ですが、苦労してあやすのも楽しいようです。


初ピアノ?


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夜は、私の子ども(and孫)たち3家族全員が集合し、大鍋三つ分のおでんで宴会となりました。


時間の経つのは早いもので、今日5日(土)には、大阪の孫一家が名残を惜しみながら、Uターン。思い出づくりに、深山公園でカモの餌やりを楽しむことにしました。大きい男の子は別のようがあるようで、女の子3人と、赤ちゃんとで出かけました。用意した食パンをちぎって与えます。


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白鳥も泳いで近づいてきます。


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いつものように、数多くの家族連れが、餌やりを楽しんでいます。


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楽しいお正月休みも終わり、大阪へ帰らなければなりません。


みんなで見送りしました。


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いつまでも手を振ってくれています。


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今日はこれにて。


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10年過ぎても思い出す、の巻 [家族]

昨日はイブ、今日はクリスマスでした。


2013年のクリスマスイブにこんな記事を書きました。


愛(は)しけやし孫の手作りケーキかな


これまでも、幾度か引用したことがありますが、性懲りもなくまたまた再掲します。


思えば、六年前の今頃は、集中治療室で、点滴の管と、酸素吸入マスクと、心電図などの電気コードにつながれて、身動きもできずベッドに横たわっていたわけですから、天国と地獄、月とすっぽん、雲泥の差を痛感したことでした。

当時のメモをひもといてみますと、こんな「作品」を残しておりました。

◆病中吟

ジングルベル微かに響くや集中治療室(ICU)
病棟に子らのさざめき降誕祭(クリスマス)
病窓の彼方の空に冬の虹
病窓の初日さやかや吾生きたり
生き延びて迎える朝や空まぶし
病室の窓晴れきって歳替わる

一般的に知られている「ICU」という略称を当てておきましたが、実際に私の過ごしていたのは、NCU(Neurosurgical Care Unit)、脳神経外科集中治療室でした。

12月22日に手術し、イブイブも、イブも、クリスマスの日も、NCUで過ごしました。遠くのラジオからジングルベルの曲がかすかに聞こえて来ました。それは、娑婆=俗世=現世に、わずかに繋がる細く頼りない「糸」のように思われたものでした。

◆短歌
厭わしき蛇の頭の姿して吾が頭蓋深く動脈瘤肥えをり
「血栓化未破裂巨大動脈瘤」まがまがしきは吾がやまひかな
病棟の未明の廊下静まりて ナース黙々と汚物処理しをり
黙々と汚物処理せるナースあり 背に会釈して吾はまた寝に就く
なにくれと労りの声かけくれし夜勤ナースの目の隈いたわし
何処やらん啜り泣く声聞こえきて脳外科病棟の夜はまだ深し
微かなる時雨の音して9階の吾が病室の夜は更けんとす


ここに書いた未破裂脳動脈瘤の手術から、10年を越え、今年の1月には、主治医から晴れて「完治」・「卒業」を宣告していただきました。10年一昔と言いますが、こちらは同じところに佇んでウロウロしているのに、周りはめまぐるしく変化しています。特に子どもの成長は目を見張るものがあります。


翌年にはこんな記事も書きました。


懐かしき便り嬉しき聖夜かな


クリスチャンでもない私達にとって、この日は、孫にプレゼントを与えるイベントの日!これに尽きます。


今日は、送った荷物が届いたと、大阪の赤ちゃんと5歳の姉がLINEで動画メッセージをくれました。タブレットは重宝します。


また、近くに住む長男が仕事休みなので、冬休みが始まった中3,小5、小2の人の孫を連れ、私も同行して、久しぶりに郷里のおじいちゃんおばあちゃん宅に行きました。朝方は、厳しい冷え込みでしたが、よく晴れて明るい日射しがありました。


回転寿司で昼ご飯のあと、腹ごなしがてら、山道を歩いてお墓参りなど。


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かなりの坂道です。


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川原まで降りて、石投げなどをして遊びました。


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何もない土手の上でも飽きずに遊べます。


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思えば、一番上の中3の孫は、10年前は保育園児で、私が退院するとき、大阪まで一緒に車で迎えに来てくれたのでしたが、弟は当時はまだ新生児。妹二人も、従妹弟たちも、まだ生まれていませんでした。感慨深いものがあります。


下は、昨日写した写真です。


ミサゴ。


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ユリカモメ。


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今日はこれにて。



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2歳児の生活発表会に行く、の巻 [家族]

久しぶりに寝坊しました。


朝、目覚めると、七時を回っていました。今日は、長女宅の2歳児の孫(昨日の記事では3歳児と書きましたが、誕生日がまだ来ていません)の生活発表会を見に行く約束をしていて、八時過ぎにはそのアパートで合流して、お姑さんとも合流して一緒に出かける計画でした。そのためには、遅くとも七時半には家を出たいところでしたが、朝ご飯を食べたり撮影用カメラの用意をしたりしていると、間に合わない時間になってしまいました。


昔は寝坊は常習でした。学生時代、ドイツ語の試験の朝、寝坊して受験できなくなったこともありました。前夜から朝方まで、1・2回生で語学の単位をふんだんにおとしていた私を救うために、心優しい友人・後輩達が、周到なノートのコピーや対策プリントを用意してくれて、共同学習の場も準備してくれて、徹夜で試験勉強をして、これで大丈夫と安心していったん下宿に帰ってウトウトとしたのが命取り。日は高く上がっていて、結局これが元で(それだけではありませんが)、留年する羽目に陥ったのでした。その後、5回生の時に、私が受講したドイツ語は、「鬼のY先生」の講座でしたが、見事「優」でした。ちっとも自慢になりませんが、自慢してます(汗)。


一年遅れで大学を卒業して、地元に帰って就職したばかりの頃は、勤務先から目と鼻の先の下宿で暮らしていました。目が覚めると、始業のチャイムが聞こえ、慌てて出勤。朝の打ち合わせ会議にすべり込んだり、遅れたり、というスリル一杯の経験も重ねました。


それでも、最近は、歳のせいでしょうか、目覚まし時計のお世話になることもなく、夜明け前には目が覚めます。夜間高校に勤務している頃もそんな具合でしたので、午前中の使い方をもて余すほどでした。その意味では、今朝の寝坊は、久々にパニック感を抱かせるほどのものでした。


やむなく、「アパートで合流」という経過を変更し、保育園近くのスーパーマーケットに駐車、遅れて会場に急ぎました。


幸いに、開会には間に合い、元気な発表会を楽しみました。ただ、保育園児の使う小さな木イスに、3時間窮屈に座っていると、おしりは痛いし身体はこわばって、肉体的にはかなりの負担でした。


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午後は、からだほぐしのために、久しぶりの散歩に出かけました。


家を出てすぐのところに、カワセミがいました。


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苅田にダイサギが数羽採餌しています。


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と、この辺で、かなり強い雨が降り始めました。傘も持たずに出かけていましたので、すごすごと家に引き返します。


数え切れないほどのムクドリの群れが、電線に止まっています。


防水カメラじゃないのですが、ちょっと小降りになった気もするので、記念に写して帰ります。


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わが夫婦は、それぞれガラケーを利用していますが、孫とテレビ電話をしてみたいっというバアバの要望と、LINEだとメッセージのやりとりが簡単というアドバイスもあり、最近、私は格安スマホ、バアバはタブレット(WIFI利用)でlineデビューしました。


やっと昨日、ママ(長男のお嫁さん)の助けを借りて、既存の「家族グループ」の仲間入りをさせてもらったところ、今日は早速次々にピンポンの音がして、遠く離れた家族のトークが交わされます。幼い孫達の近況写真も、互いに交換されたりします。便利なものです。


が、家族だけでつないでいるぶんにはまだしも、「友達」があまねく社会に広がっていくと、なかなかせわしくて厄介なことも生じるのでは、と余計な心配も湧いてきます。いずれにせよ、情報化社会、モバイル社会なるもの、ついて行くのが何かとしんどいことですわ。


今日はこれにて。


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まずは皆無事、有難や、の巻 [家族]

大阪の孫が、ママの実家で「百日」を祝っていただき、その帰りに郷里の老父母の元に立ち寄った機会に、ジジババも会いに行ってきました。ついでですので従兄弟姉妹達もさそってみましたが、いろいろ都合が悪くて、同行できませんでした。


この従妹は、七五三のお参りを計画していたようでした。


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Vサインがへたくそ!と思ってよく見ると、三歳をアピールしているようでした。シツレイ。


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不思議なのは、バックの狛犬。じゃなくて、、イノシシ?


どうやら、京都の護王神社など、狛犬ならぬ狛猪が守っている神社があるらしい。和気清麻呂(わけのきよまろ)を祀る神社だそうですね。


岡山にもあるんですね、その名も和気(わけ)神社。


HPを拝見すると、、、。


http://wake-jinjya.com/


足腰」の神様・開運厄除イノシシ
-狛犬ならぬ 狛亥(こまいのしし)-

清麻呂公は「道鏡事件」により大隈国に流された。
その途中、お礼のために宇佐八幡宮に参詣しようと豊前国の海岸から陸路、御輿を進められた。
すると、どこからともなく、約三百頭の猪が突然現われて、清麻呂公の御輿の前後を守りながら八幡宮までの約十里の道を無事にご案内した(「日本後紀」巻八)
また、足が萎えて歩けなくなっていたところ、猪に案内され「霊泉」に足を浸けるとたちどころに足がもとのとおり治り、歩けるようになった。以来、猪は清麻呂公の随身、また足腰の守護として崇められ、当社では狛犬がわりに「狛いのしし」が拝殿前・隋神門前で守護する。


そう言えば、イノシシは来年の干支でしたね。


ところで、この孫娘、先日の火曜日(20日)、お父ちゃんもお母ちゃんも仕事が早出で保育園に送迎できないというので、急に我が家でお預かりすることになりました。たまたまバアバも休みの日でしたので、修理したパソコンを届けるついでに、一緒に郷里の老父母(この孫娘から見れば曾祖父母)の元まで連れて行き、何とか一日、年寄りばかりでモリをしたのでした。


池の鯉に餌をやるのがお気に入りの仕事です。


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そして昨日は大阪の孫娘が餌やりです。


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なんと、一週間ほど前、保育園で転んで右腕をいため、ギブスで固定しているのが痛々しい。でも元気いっぱいです。


生後四ヶ月の弟。ひいおばあちゃんに抱かれてご機嫌です。


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一方、近所に住む孫達は、ちょっと風邪気味。小5生は発熱で、今日は学校をお休みしました。毎日のように小川に入って魚好きをして遊んだのが身体を冷やしたのでは?と疑いますが、当人も妹も、「そうではない」と言います。


家族の記事も、話題に事欠きません。


いろいろあっても、まずは家族皆無事。有難や有難や。


寒さは緩みましたが曇りがちで、光量不足の写真しかありませんけれど、きょうの付録です。


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畑仕事と栗拾い、の巻 [家族]

秋雨前線の影響もあって、曇り時々雨の天気。久々に中学生のスケジュールが空いたので、孫三人と郷里の畑仕事と栗拾いに行ってきました。


墓地に近い畑です。


あちらにもこちらにも、燃える紅さでヒガンバナが咲いています。


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行き帰りの車の中から、稲穂の稔る棚田や苅田の畦を真っ赤に彩るヒガンバナが目に飛び込みますが、ちょっと停車して撮影というわけにも行来ません。畑仕事の合間にも、撮影しておきたい景色は、もっとたくさんあったのですが、畑の耕耘や栗拾いの作業を終えてから、と思っているうちにやや強い雨に遭い、諦めました。


さて、栗拾いの首尾はというと、夜のうちにイノシシが貪り尽くしたあとで落ちたものを拾うことになりますから、大した量は期待できません。


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私が小学生の頃に苗を植えた栗の木ですから、相当な樹齢で、見あげるほどの大木になっています。


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熟して口が開きかけた毬もあるので、竿が届く限りは叩いて落としますが、とても届かない高さにもなっていますので、自然落下を待つしかありません。イノシシに奪われないタイミングで、日中に落ちてくれることをいのるばかりです


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持ち帰った収穫の一部です。


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きょうはこれにて。


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雨のち晴れ、されどびしょ濡れ、の巻 [家族]

長雨が続きました。昨日の未明まで、雨音も繁く降り続けていました。


予定されていた小学校の運動会を実行するか、延期するのかの判断は、AM6時に学校からのメールで知らされることになっていたそうです。結論は、予定どおり決行ということで、教職員、PTAの皆さん、早朝からグラウンド整備などの準備に大忙しのようでした。


この日は、2歳の従妹も、お母ちゃんが仕事で、我が家で預かることになりました。


保育園児の従姉妹同士、観客席で見物・・・ですが、案の定すぐに退屈。


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兄ちゃんや姉ちゃんの演技を尻目に、グランド脇を走り回ります。


水たまりを見つけて、バアバの制止をものともせず、靴やズボンをぐしょ濡れにしながら、水しぶきを上げて走り回ります。


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下半身びしょ濡れで、冷え込みますが、着替えを用意してなかったので、途中で最寄りの衣料品に車を走らせ、ズボンと靴下、そして長靴を新調。泥道かけっこが、存分に楽しむことができました(トホホ)


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遊具を見つけて、ひと遊び。


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休憩時になって姉ちゃんも遊びに来てくれました。


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綱引き。


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玉入れ。


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例年と同じように、賑やかに繰り広げられた運動会でしたが、何か足りない気がします。



上の二枚は、一昨年の秋晴れの運動会。



これは去年の薄曇りの運動会。


今年は、雨模様のお天気のせいか、万国旗が見当たりません。


それともう一つ、去年の運動会までは、競技や応援に元気いっぱいの姿を見せてくれていた男の子(現在小5)が、冬頃から学校に行き渋るようになって、まだ完全回復しておらず、この運動会への参加も心理的負担が大きかったようです。それでも、参加できそうな種目だけは参加して、あとは応援席で応援するということで、とりあえず綱引きには参加する予定だと聞いていました。しかし、担任やクラスメイトの受容姿勢のおかげか、騎馬戦にも、地域の方々との踊りにも、目むきに参加できていたようです。小2の女の子も元気いっぱいで、応援で喉を嗄らし、すっかりしわがれ声になっていました。気がつくと、小5生も、しわがれ声でした。


【今日の付録】


中三生が指さして、あれは何?と聞きます。


ちょっと遠いので、よく見えませんが、セリチョウのようです。


大幅にトリミングします。


イチモンジセセリでしょうか。


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今朝の散歩でも出会いました。


きょうはこれにて


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「なんくるないさー」のTシャツの女の子、の巻 [家族]

高知旅行から帰った26日(日)の夕方、花火をしようとお呼びがありました。


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小学生の孫達は、翌月曜日は登校日、絵や作文など宿題を持って元気に行ってきました。


下校してきたときは汗だくで、喉が渇いたと、飲料水をがぶ飲み。無理もありません。お昼御飯は、ジイジ特製のスパゲッティ・ナポリターナでした。ニンニク・バジルなど、自家製野菜の味と香りは、ピカイチのはずですが、たまたまあり合わせの鶏胸肉や、なすび、玉ねぎ、シメジタケ、ハクサイなどの具が多すぎて、期待ほどには食が進まない様子でした。




大阪の新生児は、生後一ヶ月になりました。4歳の姉が中耳炎で熱を出したと先日聞きましたが、もうすっかりなおったらしく、姉弟元気で仲良しの写真を、ママがメールで送ってくれました。

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一方外孫に当たる二歳児は、38度以上の熱が3日ほど続き、昨日は夫婦が半日ずつ仕事を休んで面倒をみた由。ところが今日も熱が下がらず、諸般の事情から、我が家に託児業務の依頼がありました。朝7時過ぎに家を出て、一時間ほどかけて迎えに行き、午前中はじいじ1人で子守。38度を超える熱といいながら、少しもぐったりする様子もなく、かえっていつも以上にハイテンションで、おもちゃ遊び、TV、DVDと、しっかりお付き合いさせてもらいました。

今日は「なんくるないさー」のTシャツを着て、熱にも動じず元気(?)です。先日、研修で沖縄へ行ってきたお父ちゃんのお土産でしょうか?


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そういえば「なんくるないさー」という言葉については、以前こんな記事でも話題にしました。

きれいさっぱり新規インストールで光明みえたとおもったが、の巻


沖縄方言の「なんくるないさー」につて、「にこにこ大百科」にはこう解説されていました。

なんくるないさーとは、琉球方言で「何とかなるさ」という意味である。
概要
言語学的な概要
現在では標準語の「何とかなるさ」等とほぼ同義に使われることが多い。
語源に照らせば「自然と、ひとりでに」を意味する『なんくる』(< 汝(なれ)から)に「成る」を意味する『ない』(<成り)と放言(方言?引用者柱)の終助詞『さー』(< さ)がついたもので、「自然と(あるべき様に)なるものだ」というのが本来の語義である。つまり、音の並びは似ているものの「何とかなるさ」や「72(は肩が)凝らないさ」との直接の繋がりは無い。
元々は「真(まくとぅ)そーけーなんくるないさ」という定型句を構成する言葉であり、その意味するところは「真そーけー=(人として)正しい行いをしていれば」「なんくるないさ=自然と(あるべき様に)なるものだ」、つまり「挫けずに正しい道を歩むべく努力すれば、いつかきっと報われて良い日がやって来る」ということであり、儒学者胡寅(こいん)著『致堂読史管見』に由来する諺「尽人事而待天命=人事を尽くして天命を待つ」や英語の諺 "Do the likeliest, and God will do the best." に相当する言い回しであった。


「挫けずに正しい道を歩むべく努力すれば、いつかきっと報われて良い日がやって来る」   沖縄の人たちが、踏まれても踏まれても、くじけることなく、辛苦に耐えて自然体で明日に向かって希望を失わないでいられる大本には、このような揺るがぬ世界観・人生観が確として存在するのでしょう。翁長さんの生き様もしかり、翁長さん亡き後の後継づくりの過程もしかり、毅然と立って揺らぐことのない玉城デニーさんの潔さもしかり、それを渾身の力で推す「オール沖縄」の県民の皆さんの不屈の頑張りもしかり、と、改めて思います。


とはいえ、「なんくるないさー」のTシャツの女の子は、さすがに食欲がなく、ジュースやお菓子を少々口にするだけで、つくった昼食もほとんど食べようとしません。
午後はバーバがパートから帰って、少しはゆとりも生まれ、さらには、先ほどからお昼寝もしてくれたので、パソコンに向かってブログを書く余裕もできました。




このあと、高知への卒業旅行の記事の続きを書こうと思いましたが、執筆環境が整いません。次回に譲り、今日はこれにて。

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動物園へ行った、の巻(3) [家族]

この話題をまだまだ引っ張るのは気が引けますので 今回で終わります。

酷暑続きで、なかなか散歩道では鳥に会えませんので、動物園の鳥を写して我慢しました。と言っても、雨の中のつまみ食い的な見学でしたので、心残りはたくさんありました。

あとで、動物園のHPを見てみると、こんな鳥が展示されているそうです。

鳥類

数字は点数(頭、羽、匹)

ダチョウ目
ダチョウ科
ダチョウ  1

オウム目
インコ科
ボタンインコ 49
ベニコンゴウインコ 2
パタゴニアイワインコ 1
キエリボウシインコ 1
フジイロボウシインコ 1


オウム科
コバタン 1
キバタン 1
オオバタン 1
コキサカオウム 3
シロビタイムジオウム 6

カモ目
カモ科
シナガチョウ 4
シロガチョウ 5
アイガモ 3
マガモ 1
シロアヒル 1
コールダック 16
オシドリ 7

キジ目
キジ科
チャボ 5
ハッカン 4
ニホンキジ 1
コウライキジ 1
ベニジュケイ 2
キンケイ 2
オウゴンキンケイ 1
インドクジャク 3

コウノトリ目
サギ科
アオサギ 1

トキ科
アフリカヘラサギ 4
ショウジョウトキ 4

ワシタカ目
タカ科
トビ 2

ツル目
ツル科
マナヅル 1
ホオジロカンムリヅル 3

ハト目
ハト科
シロクジャクバト 3

フクロウ目
フクロウ科
オオコノハズク 1
ホンドフクロウ 2
シロフクロウ 2

フラミンゴ目
フラミンゴ科
ベニイロフラミンゴ 9
チリフラミンゴ 42
ヨ-ロッパフラミンゴ 19

ペンギン目
ペンギン科
マゼランペンギン 12

ペリカン目
ペリカン科
モモイロペリカン 2

撮影できたものだけ、順不同で掲載します。

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襟元が、エジプトの装飾みたいと小2の妹が言います。

インドクジャク
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オシドリ
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チリフラミンゴ
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厳重な鳥舎の中に、なぜアオサギが?
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園内を自由に散歩するアオサギもいるのに。
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今日の付け足し。
書き忘れていましたが、動物園へ行った日の朝のこと。ママの職場の同僚の方が、前々からの約束の「ドジョウ」を、近所の川で捕まえて職場まで持ってきてくださったそうで、弱らぬうちにと、孫2人がじじいの車で受け取りに行き、いったん家へ持ち帰り、川魚やエビや二枚貝が暮らす水槽に放してやりました。
動物園の記事が長引いて、ドジョウくんをご紹介する暇がありませんでした。
それと、慌ただしくて、ポートレート写真を写す間もなく、大水槽に泳がせてしまったので、もはや適度なシャッターチャンスが得られません。
そうこうするうちに、水槽のニューフェイスが追加になりました。
昨日、今日と、近所の小川(用水路)に釣りに行きました。壊れていたリールを、パパに新調してもらったのだそうです。
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その第一号の獲物が、なかなかの大物です。
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他にも何匹か釣れ、勢いに乗って今日も釣りに出かけましたが、今日は一匹だけで糸がもつれ、帰りました。
これらの、たくさん釣れた大きな魚は、家庭の水槽では手狭そうに思えますので、リリースしてやることにしました。
それとは別に、もう一尾、ジイジが釣ったのがこれ。
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体長20cm弱の小さなナマズです。可愛いので、これを金魚が棲む水槽に放してやることにしました。ニューフェイスというのは彼のことです。
この水槽には、金魚のほか、成魚となったモツゴ(?)らしい川魚や、熱帯魚水槽時代以来のコリドラス等が棲んでいますが、語肉食の魚とはいえ、これだけ大きな魚は食わないだろうと判断したのです。で、ホームセンターでナマズ用の餌などを仕入れた一夜明けた今朝。なぜでしょう、一番紅が鮮やかで美しかった金魚が、死んでいました。環境の変化が災いしたのでしょうかね?平和共存の難しさというものでしょうか?
今日はこれにて。

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動物園へ行った、の巻(2) [家族]

動物園と言えば、ゾウ、ライオン、トラ、カバ、サイ、キリンなどの人気動物に、子どもが興奮する光景がイメージされます。

この池田動物園、人気者のゾウのメリーは、2017年2月に死んだそうです。2月16日付の「山陽新聞」デジタル版から引用です。


池田動物園(岡山市北区京山)は16日、インドゾウのメリー(雌)が14日に死んだと発表した。約半世紀にわたり、同園の人気者として親しまれてきたが、数年前から両前足の傷の治療を受けるなど体調が悪化していた。

 同園によると51歳。14日午前8時ごろ立てなくなり、同午後8時ごろ死んだ。腹ばいになって荒い息を繰り返していたが、最期は眠るようだったという。

 8年前に両足の膝がひび割れ、5年前から前足裏などが化膿(かのう)して消毒治療を続けていた。死因は不明だが、「老齢に加え、傷が影響したのかもしれない」と同園。

 2歳だった1967年5月、タイから来園。体高2・7メートル、体重約3トンで、園の出入り口の正面にあるおりで暮らし、園の“顔”として知られていた。節分を前にした今月2日には、野菜と果物で作った恒例の「恵方巻き」のプレゼントを受けるなど13日までは入園者に姿を見せていた。

 18日からおりの前に献花台を設け、写真などを飾る。同園の赤迫良一総務部長(57)は「多くの方に愛された存在で沈痛な思い。長い間動物園を支えてくれて『ご苦労さまでした』と言いたい」と話した。

そう言えば、孫と歩いた動物園、の巻(第3回)の頃にはまだ健在で、こんな様子でした。

すっかり満足して帰ろうとしかけた頃、像のお食事タイムがはじまりました。インド象のメリーさんは、50歳だそうです。長い間この動物園の花形スターをつとめてきました。













この頃、同じく健在だったベンガルトラ「ヒロ」も、昨年12月に逝去した由。



天皇陛下の姉で、昭和天皇第四皇女の池田厚子さん(86)が園長を務める池田動物園(岡山市北区)が存続の危機に立っている。入園者数の低迷で経営が苦しく、累積赤字は2億円を超える。旧岡山藩主・池田家の当主が1953年に開園した由緒ある動物園を守ろうと、地元住民らが公営化を求める署名活動を展開している。同園は将来像を検討する有識者会議を月内にも発足させ、株主でもある市も参加する。【林田奈々】

岡山市民ら公営化求め署名活動

 動物園(約8万平方メートル)の入り口をくぐると、すぐそばに空っぽの獣舎がある。園の顔だったインドゾウのメリーがいたが、2016年2月に死んだ。ライオンやレッサーパンダなど112種類の動物を飼育する園の獣舎は、開園当初から使っているものが多く、さびや塗装のはげが目立つ。長女(1)を連れて訪れた近所の主婦(30)は「以前に比べて寂しくなった。子どもたちのためにも何とか続いてほしい」とつぶやいた。

 池田動物園の前身は、池田家の第16代当主、故池田隆政さんが営んでいた牧場だ。隆政さんは1952年に厚子さんと結婚し、牧場内に新居を構えた。翌年、トラやライオンを加え、動物園と改称。自身が初代園長に就いた。

 昭和天皇や天皇陛下が来園されたこともあり、88年にジャイアントパンダが一時来園した際には年73万人の来場があった。隆政さんは2012年に亡くなり、厚子さんが園長となった。

 レジャーの多様化もあって、00年度以降の年間入場者数はほぼ10万人前後にとどまる。昨年2月期の事業報告書によると、入園料などの収入約1億4400万円に対し、人件費や動物の餌代などで約1億5600万円の支出があった。1200万円余りの赤字となり、累積赤字は2億5000万円に膨らんだ。厚子さんが私財を投じて何とか穴埋めしている状況だ。大型動物の高齢化も進み、16年のゾウに続いて17年には国内最高齢のベンガルトラが死んだ。

 地元住民らは16年5月から公営化を求める署名活動を始め、昨年2月に約6万7500筆を市に提出した。ただ、市は「公営化ありきではない」との立場で先行きは見通せない。

「累積赤字は2億5000万円」とあります。これを巨額とみるか、わずかと見るか、立場と価値観から、大きな差が出そうです。

昨日の記事にたいしてmajyo様がくださったコメントに、小生、こう答えてみました。

自治体が補助すべきかどうか、そのための予算支出が無駄遣いかどうかが、問題になっているようです。バブル期のあれこれの「箱物」に比べて、公益性では決して劣らないと思いますがね。

市とか県の支援・補助を念頭に置いて、上のようなコメントを述べたのですが、国政レベルにまで広げて考えれば、たとえば「オスプレイ不安クラブ」様が2018年7月24日付け記事で指摘された、イージス・アショアの価格釣り上げを横目で見て、「2億5000万円」の赤字は巨額?それとも微々たるもの?

まとめると、ざっとこんな感じだろうか。

当初の防衛省発表価格

[→] 1基800億

去年12月

[→] 2基2000億円

今月7月22日

[→]?2基で2500億円

翌日7月23日

[→] 2基で6000億円超 ← 今ここ

2500億

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?

当初の発表の3倍以上に価格が上昇した場合、

あなたはその商品を購入するだろうか。

例えば1,600万円で提示のマンション、

それが半年後に6,000万円といわれた場合の話だ。

それでもカネ出すバカがいたら教えてほしい。


?ところで、動物のお値段はいかほど?

動物の値段 満員御礼 (角川文庫)

動物の値段 満員御礼 (角川文庫)

  • 作者: 白輪 剛史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2014/12/25
  • メディア: 文庫

動物の値段

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  • 出版社/メーカー:
  • メディア: Kindle版
ライオン45万円
ゾウ3000万円
ゴリラ8000万円
等などだそうです。これで子どもたちの夢や、大自然への愛がはぐくまれるのだとしたら、お安いものです。
もともと小規模である上に、動物の死亡や老化、など、がっかり感は否めませんが、身近な生き物も含めて展示されている動物たちはそれぞれに興味深く、見飽きることがありません。
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雨の中の見学でもあり、見落としもたくさんありましたが、こんな動物に会うと、やはり心が弾みます。
アミメキリン。
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カピバラ。
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ポニー
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ツキノワグマ
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イノシシ
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ボリビアリスザル
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前回訪問時には、生まれたばかりの赤ちゃんがいましたが、さてどの子でしょうか?
今日はこれにて。


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動物園へ行った、の巻 [家族]

小学生の孫が、夏休みの宿題に追われています。

一行日記というものを、まとめて何日分かずつ(笑)書いています。それによると、15日は大阪の従妹を見送り、16日は池田動物園に行って、動物の絵を描き、今日は、庭でビニールプール遊びをしたとあります。

15日、大阪の親子は、早朝出発しようかとも迷っていましたが、名残惜しさも手伝って、結局昼食を済ませてから出発。6時間ほどもかけて無事到着したようです。洗濯した姫の水着を、うっかり置き忘れて帰ったことに気づき、あとで宅配便で送るひとこまもありました。

16日、動物の絵を描くための入園者は、同伴保護者を含めて入園料が割引になるとのサービスの案内を、小学校経由でいただいていましたので、日付指定で申し込みをしておりました。前夜久しぶりの通り雨があり、心配しましたが、朝のうち雨が上がったようにも見えましたので、雨具も持たずに決行しました。おにぎり弁当と、画板、画用紙、クレヨンなど画材一式を携えて、ジジ・ババと小学生2人で出かけます。

ところで前回、この動物園を訪ねたことを記事に書いた覚えがあります。探してみたら、2016年の記事でした。動物園へ行ってみた、の巻

一部引用します。

小2生が写した出入り口です。
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民間の、小規模な動物園です。1953年(昭和28年)、旧岡山藩主だった池田詮政の孫、池田隆政氏と昭和天皇の第四皇女(明仁現天皇の姉)池田厚子さん
夫妻により設立され、今日にいたります。昭和天皇存命中は、入院加療中の厚子さんの見舞いのため、頻繁に岡山への行幸がありました。

動物園とは言っても珍獣ばかりがいるわけではなく、ヤギとか、ヌートリアとか、ロバや、ウマ、ウシなども飼育されており、親しみが湧きます。

小五の孫が写した画像をご紹介しておきます。

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(中略)

保育園児は、こんな絵を描きました。

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続けてこんな記事も書きました。

孫と歩いた動物園、の巻(第3回)

この記事で「小5生」と書いた男の子は今では中3。もはや同行しません。当時小2だった男の子が小5、保育園児だった女の子が小2になり、今回の主役です。
朝のうちは晴れそうに見えたお天気が、途中で雲行きが怪しくなり、動物園近くになるとかなり激しい雨が降ってきました。係員の方の誘導に従って、駐車場に車を駐めますが、しばらくは車外にでることがはばかられる程の本降りの雨。車内で雨宿りするうちに、少し雨脚が弱くなりましたので、意を決して入り口へと向かいます。
正規の入園料はかくのごとし。小規模経営の私企業の苦しさからか、消費者にはやや負担感が大きい価格設定です。

入園料(税込)

   大人…1080円
   高校生…864円
   小・中学生…648円
   3歳以上の幼児…324円 
   65歳以上…540円(年齢を確認できるものを必ずご提示ください)

   ※お得な前売り入場券(20%割引)は全国のコンビニエンスストアでお取扱いしております。

   ●各種障がい者手帳割引
    身体障がい者手帳 3級まで…無料 4級以下…通常料金より半額
    療育手帳        A級判定…無料 B級判定…通常料金より半額
    精神障者福祉手帳 無料
    (※ご本人様のみ割引。施設・病院等の付き添いの職員の方は半額)
この料金表を見ていて、「65歳以上…540円」に気づきました。同伴保護者への割引よりお得かも?私、これに該当しますので、 この料金で入園しました。
園内には、同じように動物たちを写生している親子連れが何組かありました。降ったりやんだりのあいにくのお天気でしたが、やはりいくつになっても、動物園は、心浮き立つ場所のようです。
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あちらこちら獣舎を覗いたあと、兄はマゼランペンギンを、妹はひよこを、バアバはホワイトライオンを描くうちに、お弁当の時間になりました。
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ジイジはカメラが濡れるのを気にしながらも、あれこれ撮影しましたので、次回ご紹介することにいたします。
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特別の場所で食べるソフト クリームは、また格別のようです。
今日はこれにて。


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続瞬く間の盆休みメモ、の巻 [家族]

14日(火)は、集まれる範囲で家族4世代が田舎の家に集まりました。

長南のお嫁さんは仕事、長女も仕事、次男のお嫁さんは産後間もなし、と言うわけで参加できません。面白いことに、長男、長女のムコ殿、次男と、男親だけが、それぞれ子どもを連れて集合したことになります。

お墓からの眺めです。

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墓参りを終えて、山道を下ります。
ちょっとした団体行動になります。
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池の鯉に餌をやるのが子どもたちの楽しみです。
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シオカラトンボが羽根を休めに来ました。
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3台の車で外食に出かけたりすると、人数がとっさにわからなくなったり、名前を呼び間違えたりてんやわんやです。
山口の二歳児の迷子、身につまされます。
田舎での賑やかな4世代集会を終えて、我が家に帰ってきたところ、玄関先にこんな蝉がいるのを、誰かが見つけました。
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珍しいことに、ツクツクボウシだと思われます。
今日の付録。暑さに負けず元気なスズメです。
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今日はこれにて。




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瞬く間の盆休みメモ、の巻 [家族]

瞬く間の盆休みでした。

大阪の姫は、今日(15日)の昼過ぎ、帰省ラッシュの中を帰路につきました。

昨夜は通り雨があり、今日も夕方頃からお湿りがありました。傘を差して散歩してみました。

道端の草木がカラッカラに乾いていますが、少しだけ潤ったでしょうか?


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短い盆休み、大阪のパパが連れて行きたかったのは、海ともう一つは「おもちゃ王国」。近所にあるテーマパークです。
海は、前日(12日)、渋川海水浴場で楽しみましたが、貝殻を拾ったり、生き物を探して遊んだりもしたいというので、13日の午前中、小学生の従兄姉と一緒に、おなじみのプライベートビーチへ行ってみました。
まぎれもない夏の海、夏の太陽、夏の雲です。
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小さな貝殻や、生きた巻き貝、カニ、ヤドカリなど捕まえて遊びました。
最後に、生き物は海へ帰してやりました。
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この浜辺近くには、遊具のある小さな公園もあって、飽きません。
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いったん家に帰って昼食を摂り、午後はバアバも中学生の兄も一緒に、おもちゃ王国へ。
閉園時刻の5時まで、しっかり遊びました。
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今日はここまで。


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かえってみればこわいかに、の巻 [家族]

前回記事の続きです。

7人目の孫は、7月に生まれたばかりの新生児ですので、ママと大阪に残り、4歳の姫とパパ(私にとっては次男です)が11日の夜帰省しました。同じ夜、長女が、関西から帰省してくる友人と久しぶりに会食するというので、2歳児を我が家に預けて、夜は我が家にお泊まりです
というわけで、12日(日)は、賑やかです。近所の住む2人の姫も遊びに来て、4人の女子が女子会を開きました。

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そして、午後は、小5男子も加わって、海ヘ行きました。車二台なので、駐車料金2000円也が必要ですが、やはりこの地方における夏休みの「聖地」=渋川海水浴場へ向かいました。さらに、大人800円、子ども600円の入場料も奮発して、水族館も楽しみました。

海岸から、瀬戸内海の眺望が満喫できます。

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瀬戸大橋がよくj見えます。

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行き帰りの車で、子どもたちがいろんな歌を歌ったりする中で、大阪の四歳児の姫がこんな歌を歌います。


昔昔(むかしむかし)、浦島は
助けた亀(かめ)に連れられて、
龍宮城(りゅうぐうじょう)へ来て見れば、
絵にもかけない美しさ。

乙姫様(おとひめさま)の御馳走(ごちそう)に、
(たい)や比目魚(ひらめ)の舞踊(まいおどり)
ただ珍(めずら)しくおもしろく、
月日のたつのも夢の中(うち)

(あそび)にあきて気がついて、
お暇乞(いとまごい)もそこそこに、
帰る途中(とちゅう)の楽しみは、
土産(みやげ)に貰(もら)った玉手箱(たまてばこ)

帰って見れば、こは如何(いか)に、
(もと)居た家も村も無く、
(みち)に行きあう人々は、
顔も知らない者ばかり。

心細(こころぼそ)さに蓋(ふた)とれば、
あけて悔(くや)しき玉手箱、
中からぱっと白煙(しろけむり)
たちまち太郎はお爺(じい)さん。

難しい歌詞に、みんなビックリ。
とくに「かえってみればこわいかに」は耳から聞いて意味を取るのはかなり困難と思われます。
「帰ってみれば怖い蟹」とでも理解したら、とっても怖い歌になります。
追伸:テレビ番組で、東京湾に棲む珍しい生き物や怖い生き物を紹介していました。そのなかに「スベマン」という恐怖生物がいる由。正式名は「スベスベマンジュウガニ」という愛嬌のある名前。しかし、麻痺性貝毒成分のゴニオトキシン、サキシトキシン、ネオサキシトキシン、フグ毒のテトロドトキシンなど、10人以上の人間の致死量に当たる猛毒を、小さな身体に蓄えているとか。まさに「怖い蟹」ですね。
今日はこれにて。

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家族3題(代)噺、の巻 [家族]

第1話

今朝の地元紙朝刊の「読者のページ」に、老父の投稿が掲載されています。

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「戦争と平和」というテーマで募集があったので書いたと言います。
該当部分を拡大します。
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このままでは読みにくいでしょうから、文字に起こしてみます。
若者に絶対駄目と願いたい
○○○○ 91  (美作市)
年を重ねても昔のことはよく覚えている。 「欲しがりません勝つまでは」と教育された。国民学校高等科2 年で卒業して、東京の軍需工場へ就職した。 先輩の指導を受けて、油だらけになり懸命に働いた。会社には私立の青年学校があり、ほとんどが軍事教練だった。
戦争は激しくなり、東京の空には毎日のよぅに米軍機が偵察に来るようになった。19 45年3月10日、東京大空襲があり10万人以上の人が命を失つた。 5月25日の大空襲では、庭の防空壕に避難したのでみんな助かった。が、工場も寄宿舎も丸焼けになったので命からがら田舎へ帰った。
8月には広島、長崎に原子爆弾が落とされ大勢の人が亡くなった。あと1年も戦争が続いたら徴兵検査を受けて軍隊に入り、現在の自分がなかっただろぅと思うと戦争の恐ろしさをつくづく思う。
あのひどい戦争の状況を知る人が少なくなった今、戦争を知らない若い人に、戦争は絶対駄目だと強くお願いする。
子どもの頃から、折に触れてその端々は聞いたことのある昔話ですが、詳細のところは知らず、初耳のところもあります。わずか一代の間でさえ、語り伝えることが容易ではないのだと改めて思います。
戦後73年、みずから戦争体験を持たないだけでなく、先人の戦争体験を傾聴する姿勢を自覚的に育てることもなく大人になり、その欠如に気づかないような指導者やその取り巻きが国政を牛耳る時代、戦争の実相を語り継ぐことの大切さが身に沁みます。
ところでこの投稿記事、以前、7月半ばに書いたこの記事(臍をくくる、の巻)でちょっと触れていたとおり、投稿前に、孫達と一緒に詠ませてもらっていました。
そもそもそのきっかけはと言うと、老父が地元新聞に投稿予定の記事を、孫2人が読ませてもらいました。「B29」「焼夷弾」「酷い」などの意味や読み方を確認しながら、帰りの車でもう一度2人で声に出して読み、兄が言います。「いちばんよく出てくる『戦争』という漢字は読めるだろ?3・4年生になったら「ちいちゃんのかげおくり」や「一つの花」が教科書に出てくるで。」とそのあらすじを語って聴かせます。妹は、担任のM先生が、「火垂るの墓」が悲しすぎて二回目は見たくないと言ってた。などの会話をしているので、「火垂るの墓」の話題に参加してみました。原作の野坂昭如さんを論じても始まらないので、アニメの作者を話題にしようと思って頓挫してしまったのです。
子どもたちは、正しくも「おもひでぽろぽろ」や「平成狸合戦ぽんぽこ」や「かぐや姫の物語」を上げます。それらの作品の監督、高畑勲さんのお名前がどうしても思い出せないのでした。
宮崎駿さんはすぐに思い出せたのに、なぜでしょう。
さすがに新聞編集者の方は、筆者の意図を汲んだ上で、言葉遣いや漢字表記を調整し、字数もコンパクトに縮めてくださっています。その結果、「B29」は「米軍機」に、「酷い」は「ひどい」に改められ、「焼夷弾」は省略されていますが、文章の趣旨は余さず伝えてあります。たいしたものです。
ところで、昨日の記事で「記憶容量不足や」「メモリー異常」について書きました。「火垂るの墓」の高畑勲さんはすぐに思い出せるようになったのですが、今度は、津川雅彦氏死去のニュースを聞き、先になくなったお兄さんはどなたでしたっけと考え始めて、お顔は浮かぶのにお名前が思い出せないのに弱りました。今回は、数時間の「熟考」で長門裕之さんの名前を「自力で」思い出し、ついでに、長門と言えば郷土出身の長門勇さんも思い出され、懐かしい気がしました。でも困ったことに、長門裕之さんとおしどり夫婦と呼ばれた奥さんの名前が思い出せない。気持ちが落ち着かないので、ネット検索で、南田洋子さんを探し当てたのですが、ほとほと困ったものです。
第2話
昨日はバアバのパートが休みだと知って、一昨日の晩から小学生の孫がお泊まり。朝食のパンがないというので、朝散歩がてら、孫2人と一緒に、近所のコンビニまで買い出しに歩きました。兄妹それぞれ、好みの菓子パンをえらび、牛乳やカルピス、食パンなども買い、ついでに「ミニ大福」も一袋買って帰りました。
食事が済んだら、エアコンの効いた部屋でごろりとして、TV(録画やdvdも含みます)三昧の優雅な休日風景が、まったりと展開されます。
しかし、夏休みも半ばを過ぎたのに、宿題ははかどっていないようです。しばらく、一緒にドリルを覗いてみました。
まずは社会科。
日本地図の部分を丸く囲んで、名称を答える問題があります。
・歯舞・色丹・国後・択捉に相当する部分が囲まれていて「ロシアに不当に占領されている日本の領土」と説明されています。その名称は?----デリケートな問題ですね。これをまとめて「北方領土」と呼ぶのは、日本政府の立場ですが、1951年日本が締結したサンフランシスコ条約で、日本は千島列島を放棄しましたから、千島列島の一部(南千島)である国後・択捉の領有権を主張するためには、サンフランシスコ条約の改変が必要でしょうに。
にもかかわらず「4島一括変換」などに固執するから、北海道の一部であり一九五六年の日ソ共同宣言でも、平和条約締結後には返還が約束されている歯舞・色丹の返還までが先延ばしにされているのではありませんか?
まず平和条約締結→速やかに歯舞・色丹返還→続いてサンフランシスコ条約の改訂→南千島のみならず歴史的に日本固有の領土である北千島も含めて全千島の返還へと進むのが現実的な道筋でしょう。
とすれば、北方4島を「北方領土」と呼称することは、学術的にも政治的にも誤謬をはらんだ、きわめて偏った立場というべきでしょうし、教科書をはじめ学校教育でこれが子どもに押しつけられることは万代ではないでしょうかね?
そう言えばこんなことがありましたっけ。huffpost2016年2月9日の記事。余りにお粗末なんで忘れかけてましたがね。
島尻安伊子・沖縄北方領土担当相が2月9日の記者会見で、北方領土の一つである「歯舞(はぼまい)群島」を読めない場面があった。共同通信が報じた。
会見で島尻氏は、元島民でつくる「千島歯舞諸島居住者連盟」が1日〜7日、「北方領土ネット検定2016」を実施したことを紹介した。このとき島尻氏は団体名が読めず、「元島民の皆さまでつくる、千島ハボ…えー、何だっけ…」などと、言葉を詰まらせ、大臣の側にいた秘書官が「はぼまい」と伝えた。
・日本最南端の島は?---「南鳥島だったっけ?」と言いますと、小5生は地図帳で調べて、「それは最東端」と言います。そして「最南端は沖ノ鳥島」と見つけました。そして最西端は与那国島。日本も広いと思い知ります。
・岐阜県海津市を流れる3つの川、木曾川・長良川・揖斐川は、それぞれ地図上のどれ?----わかりません。すみません。「輪中」?とっさにはこの言葉を思いつきません。難しい。
理科もなかなか厄介です。ほどほどに仕上げて、出かけることにしました。
バアバがつくったおにぎり弁当を持って、出かけた先は、倉敷ライフパーク。
駐車場に車が一杯です。
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芝生のあたりで弁当を食べてからひと遊び。
観光バスも何台か駐まっています。
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クマゼミの集団がいました。
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ライフパーク。正式には

ライフパーク倉敷科学センター - 倉敷市

プラネタリウム、科学展示室など、大人でも飽きません。
入場料はリーズナブル。
しかも、65歳以上は無料でした。ラッキー。
駐車料金は無料です。
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今回はプラネタリウムへは行かず、科学展示室でたっぷり遊びました。
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第3話
「7人の孫」のうち、今日は、6人が集まりました。新生児はママと一緒にお留守番です。
これは今朝の散歩で見たアブラゼミ。
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今日はここまで。

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昨日は海へ、今日は山へ、の巻 [家族]

おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山に柴刈りに出かけるのは、おなじみ桃太郎の昔話。

どんぶらこどんぶらこと、川上からおおきなサツマイモが流れてくるのは、落語のネタです。おじいさんに内緒で芋をふかして食べたおばあさんは、ついつい粗相をしてしまう。山で柴刈りをしていたおじいさんは、柴を刈らずに草刈った(臭かった)というオチ。

ところで 岡山在住の民俗学者・民話研究家立石 憲利(たていし のりとし)さん 編著の「桃太郎話」には、各地で採話した、いろいろな「桃太郎話』が収められています。

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桃太郎話

桃太郎話

  • 作者: 立石 憲利
  • 出版社/メーカー: 吉備人出版
  • 発売日: 2002/03/30
  • メディア: 単行本


その⑯に、県内新見市で採話されたこんなオハナシがあります。


桃太郎16  新見市
なんと、なんと昔があったそうな。昔々お爺さんとお婆さんと暮らしょうったそうな。お爺さんが山ぇ柴刈りぃ行く、お婆さんは、ある日のこと、川で洗濯ぅしょうったんだそうな。そうしたところが上から、ドンプリコッコ、カッシャンコーいうような音がしだえたそうな。伸(の)って見たところが大きな桃が、ドンプリコンプリ流りょうったそうな。せえで、その婆さんは、
「桃さん、桃さん、こっちぃ来え。婆さんの手元ぇ寄っとくれえ」
いうて言ようったそうな。そうしたら、いい按配に婆さんの手元ぇ寄って来たそうな。こりゃあええ思うて、珍しい大きなんじゃなあ思うて、その桃を拾うて、どっこいしょ思うて提げたんだそうな。
そしたら、大きなおならがでたそうな。プーッいうて出た。
せえから、重たえ桃を腰う屈めて自分方ぇ持って去んだんだそうな。そうしょうったところが、おならが山ぇ聞こえて、山ぇ柴刈りぃ行っとった婆さんは、柴ぁ刈りどころじゃあなぇ、くさかった、くさかった、ほんにくそうてかなわんのだそうな。こりゃあ柴ぁ刈らりゃあせん、去なにゃあいけん思うて、
「やれやれ、くさかった、くさかった」
いうてとんで去んだんだそうな。


はてさてどうなりますことやら。


昨日は、爺も婆も、川ではなく海に行ってきました。暑さの故に屋内に閉じこもり放しで退屈そうな、小学生の孫と一緒にです。

県内有数の海水浴場である「渋川海水浴場」は、台風の影響で遊泳禁止になっているそうな。それが理由というわけではありませんが、いつもの最寄りの砂浜で、水と戯れて帰りました。

駐車料金がかからないのもありがたいことです。


台風の影響か、海岸にたくさん打ち上げられているこれは?

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クラゲですね。例年、盆過ぎにはクラゲが増えて、遊泳に適さなくなると言いますが、海水浴シーズンまっただ中の今からこれでは、あぶなくて水にはいれませんね。
このヨット、かなり浸水しているように見受けられます。
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泳がなくても、砂浜も磯辺もあって、飽きずに遊べます。
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生き物も豊富です。
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景色もちょっとした景勝地みたい。
インスタ映えしません?
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日中は容赦のない暑さですが、早朝のわずかな時間だけは、涼味を感じます。
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玄関先の朝顔が花をつけました。
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いつの間にか、軒先のツバメが巣立ちました。
今日は、爺と婆は早朝家を出発して、郷里の田舎に向かいました。
山へ柴刈りに、、、ではなく、草刈りに。
涼しいうちに作業をしたかったのですが、途中思わぬ渋滞にぶつかり、2時間半もかかって、到着が9時を過ぎました。それからの作業なので、汗だくです。
一休みして、町に出かけて昼食ついでにショッピングしていると、店内で思いがけない人に出会いました。
忘るべからざる「故旧」、学生時代の共通の友人、イチローさんとアキコさんご夫妻です。
過去記事で何度か紹介したとおり、私は、年に一度か二度はお会いしているのですが、こんな場所でばったり会おうとは、何という偶然。婆は学生時代以来の出会いではなかったでしょうか。縁というのは摩訶不思議なものですね。
大阪の孫、産院から無事退院とのこと。めでたし。
きょうはこれにて。



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7人目の孫、の巻 [家族]

逆コース、暴走、迷走、、、、というと現内閣の話題に及びそうですが、今日はそちらには向かいません。

台風12号が、これまで経験したことのないコースを通って日本列島(西部)を横断しています。大きな被害がなければと祈ります。

一昨日の夜、東海地方のママの実家へ車で向かうはずだった孫一家は、途中で引き返してきたそうです。孫の1人が体調を崩し、長旅が不安になったためです。従姉妹達や、母方のジイジバアバとの再会と、恒例の夏休みのイベントを楽しみにしていただけに、がっかりですが、ちょうど台風の針路と一致し、雨風にたたられたさんざんな長旅になりかねなかったかと思えば、ものは考えようで、あきらめもつくというもの。また、ママは市職員ですので、いつ災害対策がらみの呼び出しがあるかもわからないというタイミングだけに、また時機を改めて、今度は新幹線で行こうかなどと相談しているようです。

一方、大阪在住の次男に、二人目の子が生まれました。昨日、バアバの午前中のパート仕事が終わってから、新幹線で日帰り訪問してきました。

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台風の影響も少しはあるらしく、雲に覆われて薄暗い上に、この画像は、夕方6時半頃の大阪駅ですので、鮮明な写真にはなりませんが、旅の記念に写しておきました。

行く道々、「私らよほど大阪に縁があるね」と妻が言います。そう言えば、大阪の大学へ行った長男の、アパート探しから、引っ越し荷物運び、入学式出席等などに始まって、何度も車で通いました。

ママとの出会いも学生時代の縁からで、結婚式も大阪でしたし、、。

思いもかけない成り行きで、私の脳動脈瘤治療のため、地元病院の紹介で入院・手術をしていただいたのが大阪の病院。退院後も毎年、検査のために入院や通院を続けてきました(今年の冬で卒業できましたが)。

そうこうするうちに、今度は次男が大阪の企業に就職し、縁あってそこで結婚生活をはじめ、姫も4歳になりました。そして今度は、弟が生まれたという次第。

家族構成を細々と自己紹介するつもりもないのですが、これで孫が7人目になりました。

そう言えば、昔、子どもの頃のTVドラマに「7人の孫」というのがあって、よく見ていました。

テレビドラマデータベース「7人の孫(1)」にこんな記事が掲載されています。


七人の孫(1)
「ただいま十一人」とともに第二期ホームドラマの代表作といえる。いしだあゆみ、悠木千帆(現・樹木希林)ドラマデビュー作。悠木と森繁久彌とのアドリブを交えた場面が人気を呼んだ。放送当時の新聞ラテ欄では「源氏鶏太原案」ではなく「源氏鶏太原作」と記載されているものがある。プロデューサーの逸見稔氏は本作を後年以下のように回顧している。「1963年の夏、例によってドラマ企画のネタ探しにTBS近くの金松堂書店のたなを眺めていた。『七人の孫』という四文字が、私の目に飛び込んできた。たなの隅っこに置かれてだいぶ経つらしく、背表紙はやや色あせたような感じで、著者を見たら源氏鶏太さんだった。立ち読みしたらすらすらと読めて面白かった。なによりも『七人の孫』という題名と、その人物構成に魅かれた。主人公は北原亮作という七三歳の老人である。亮作役は森繁久彌さんしかいないと斜め読みしながら思い込んだ。買って帰って、制作スタッフの宮武昭夫ディレクターに読んでもらった。「いいんじゃない」ともかく森繁久彌さんのところへ行って出演をお願いした。(中略)森繁さんは私を部屋に呼び、北原亮作役を引き受けると言ってくださった。私はほっと肩の荷を下ろした。「その代わり、頭の一分を私にくれ」これが『七人の孫』の冒頭の森繁トークとなった。森繁さんが日ごろ思っていることを、七三歳、白髪の北原亮作の口を通して語る。あるときは世相を痛烈に切り、ときには皮肉交じりに流行を揶揄する。普通なら角が立つところだが、森繁おじいちゃんの言葉として語られるとものすごい説得力がある。これが大いに人気を集め、話題となった。(後略)
 

子ども時代の事ですので、内容もほとんど覚えていませんし、森繁さんの冒頭トークなるものも、どのようなものだったか記憶にありません。ただ、田舎娘然とした垢抜けないお手伝いさんの存在感を、好ましく印象深く見ておりましたし、悠木千帆という名前も記憶していました。(後に「悠木千帆」の芸名はオークションで売りに出し、「樹木希林」を名乗るようになったそうですね)。

いずれにせよ「7人の孫」などという代物は、現実性の乏しい絵空事とおもわれましたし、ましてやそのような事態が、我が身の上に降りかかろうとは、夢想することもできないことでした。



孫も7人目ともなると、見慣れたはずですが、、やはり摩訶不思議、実に小さくて、精妙な生き物です。


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姫は、お姉さんの自覚たっぷりです。
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手の大きさがこんなに違います。
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ところでこの産院は、地下鉄長堀鶴見緑地線の沿線にあります。

駅前を歩いていて、ふとこの近辺に見覚えがあることに気づきました。

真田家ゆかりの三光神社が近くにあったはずです。

NHK大河ドラマ「真田丸」放映中に、熱心に視聴していた妻が、見て帰りたいというので、帰りに少し訪ねてみました。
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そう言えば、以前、こんな記事を書きました。

これより引用。


ところで、孫の住まいは地下鉄鶴見緑地線の沿線にあります。大阪城に向かおうと、最寄りの地下鉄駅構内を歩いていると、NHK大河ドラマ真田丸ゆかりのスポットの観光ポスターが貼られていて、玉造駅下車すぐの三光神社、心眼寺などが紹介されていました。気ままなぶらり一人旅の気軽さで、にわかに思い立って、ここをたずねてみることにしました。
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三々五々道をゆく観光客について、行き着いた三光神社には、真田の秘密の抜け穴なるものがありました。

s-_K527211.jpg(中略)

次の目的地、心眼寺は、少し距離があり、途中道にも迷いつつ、ようやく到着。
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お寺のたたずまいは、城壁の面影を残しているようです。
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幸村の墓もここにありました。
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現在の私立明星学園のグラウンドあたりが、真田丸が置かれた跡地だと言われます。
グラウンドを背に真新しい顕彰碑が建てられていました。
 
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引用終わり。
今日はこれにて。


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泣く子と自然の猛威には勝てぬ?の巻 [家族]

昨日は、教育相談のボランティアに顔を出す予定でしたが、同一市内ながらちょっと離れた土地に住む長女が、早朝電話をかけてきて、2歳児が高熱を出して保育園で受け入れてもらえないので、救援を依頼してきました。たまたまバアバもパートが休みだったのですが、迎えに行って連れて帰るだけでも結構な時間が掛かるし、託児業務もなにかと人手が要りますので、無理を言って相談室の方はキャンセルさせていただきました。
熱は落ち着いて37℃台と見えますが、元気いっぱいで遊んでくれ、これなら安心と気を許すと、外出先で急に機嫌を壊し、往生させられることもありました。
「泣く子と地頭には勝てぬ」ということわざを、またまた思い出しました。
そう言えば、この記事で書いたのは、別の「泣く子」のことでした。いやはや、やっぱり、泣く子にはかないません。

泣く孫と地頭には勝てぬ。の巻

めざす鳥には会えないが、の巻

泣き叫ぶ子を無理矢理車に押し込んで(傍目には幼児拉致班と見えたかも?)、当てもなく車を走らせると、いつの間にか泣き声が小さくなり、そのまま寝入ってしまいました。お昼寝から冷めると、またまたもとの天使に戻ります。かにかくに、不思議な生き物ではあります。
気分が穏やかなときには、庭の蝶やトンボを指さして、飽きずに見守ります。
イチジクの葉陰で、雨を避けています。
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夜になって迎えに来たお母ちゃんの車に乗り、ニコニコと笑いながらさよならをして、激しい雨の中を帰って行く姿を見送っていると、託児所をまた引き受けてもよい気持ちにさせられます。


激しい雨が続いています。
全国的にも「記録的な大雨」「かつてないような災害が起きる可能性」が、警戒されていますが、私の居住地付近でも、「対岸の火事視」はできない状況のようです。

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今日の午後二時過ぎのNHKによる情報をコピーしておきます。
NHK ONLINE

テレビ画面に表示している災害等に関する字幕情報をまとめてご覧いただけます。

[2018年7月6日 14:20]
全国一覧
大雨情報(岡山県)
北部で激しい雨
きょう夕方~あす朝 記録的な大雨のおそれ 土砂災害に厳重警戒
6日午後2時までの雨量 新見市194ミリ
6日午後1時までの雨量 笠岡市184.5ミリ
6日午後1時までの雨量 津山市184ミリ
6日午後1時までの雨量 玉野市167.5ミリ
里見川 浅口市・金光水位観測所で「避難判断水位」を超えた
砂川 赤磐市・正崎水位観測所で「避難判断水位」を超えた

土砂災害警戒情報
気象台と岡山県は次の市町村に土砂災害警戒情報を出しています
岡山市、倉敷市、玉野市、津山市、真庭市、美作市、
笠岡市、井原市、総社市、浅口市、早島町、里庄町
鏡野町、奈義町、美咲町、吉備中央町、西粟倉村

避難指示
早島町 早島地区で土砂崩れ 1世帯4人に避難指示

避難勧告
岡山市 北区の建部学区に避難勧告
岡山市 南区の灘崎小学校迫川分校区に避難勧告
岡山市 あわせて2193世帯 4974人に避難勧告
津山市の避難勧告… 小桁、金屋、押渕、荒神山、一方地区
津山市の避難勧告… 津山口、井口、大谷、南町1丁目
津山市の避難勧告… 昭和町1丁目と2丁目、横山、八出地区
津山市 あわせて2870世帯 5509人に避難勧告
総社市の避難勧告… 秦、槙谷、見延、宍粟、美袋、日羽地区
総社市の避難勧告… 原、影、中尾、下倉、種井地区
総社市の避難勧告… 延原、宇山、槁地区
玉野市の避難勧告… 日比、和田、渋川、御崎、向日比地区
玉野市の避難勧告… 深井町、羽根崎町、明神町地区
玉野市 あわせて4398世帯 8961人に避難勧告
浅口市の避難勧告… 市内全域の山沿いの住民に避難勧告
奈義町の避難勧告… 皆木、小坂、馬桑地区
奈義町 あわせて124世帯 298人に避難勧告
美咲町の避難勧告… 北、南、中、里、西垪和、西川、西川上地区
美咲町の避難勧告… 中垪和、東垪和、上口、小山、栃原地区
美咲町の避難勧告… 江与味、西地区
美咲町 あわせて1035世帯 2464人に避難勧告
里庄町 町内全域の4476世帯 1万1169人に避難勧告
鏡野町 富東谷地区の一部 4世帯7人に避難勧告山市南区 第一藤田、第三藤田、曽根、彦崎学区に避難準備
北七区、西七区、西高崎、川張地区に避難準備
岡山市 あわせて7235世帯、1万8668人に避難準備
倉敷市 全域に避難準備情報 小中学校や公民館30か所に避難所
総社市 秦、昭和、池田、宿、岡谷、下林、赤浜地区に避難準備
総社市 昭和小、昭和中、維新小、池田小、
山手公民館、東公民館、サントピア岡山総社に避難所開設
赤磐市 正崎、五日市、尾谷地区に避難準備
赤磐市 正崎コミュニティハウス、山陽ふれあい公園に避難所開設
高齢者や体の不自由な人など移動に時間がかかる人に避難呼びかけ
大雨洪水警報… 岡山市 吉備中央町 赤磐市 倉敷市
大雨洪水警報… 総社市 笠岡市 井原市 浅口市 里庄町
大雨洪水警報… 矢掛町 高梁市 真庭市 津山市 鏡野町
大雨洪水警報… 美咲町 美作市 勝央町 奈義町 新見市
大雨警報… 玉野市 瀬戸内市 備前市 和気町 早島町
大雨警報… 新庄村 久米南町 西粟倉村
気象台 土砂災害や河川の増水、低い土地への浸水に警戒呼びかけ

交通情報
山陽自動車道 備前IC~西条IC 上下線通行止め
山陽自動車道 早島支線 早島IC~倉敷JCT 上下線通行止め
岡山自動車道 岡山JCT~岡山総社IC 上下線通行止め
岡山自動車道 北房JCT~有漢IC 上下線通行止め
山陽新幹線 午前10時 運転再開
JR宇野みなと線、津山線、桃太郎線 全線の上下線で運休
JR姫新線 新見~上月 上下線で運休
JR因美線 津山~智頭 上下線で運休
JR芸備線 新見~備後落合 上下線で運休
JR山陽線 和気~上郡 岡山~三原 上下線 運休
JR赤穂線 岡山~播州赤穂 上下線で運休
JR伯備線 岡山~上石見 上下線で運休
JR瀬戸大橋線 茶屋町~宇多津 上下線で運休
特急「やくも」「しおかぜ」「南風」「うずしお」終日運休
JR瀬戸大橋線 快速マリンライナー 終日運休
特急「スーパーいなば」 終日運休
山陽線 瀬戸大橋線 伯備線 1時間に1本程度運行
水島臨海鉄道 平常通り運行
井原鉄道 午後1時前に全線の上下線で運転取りやめ

昨日の夜から、今日 午後にかけて、自治体からの「緊急速報メール」が都合5通も入りました。居住地である岡山市と、隣接する玉野市からの、「避難勧告」の情報です。私の居住地そのものは辛うじて免れていますが、近隣の地名が具体的に上げられていて、緊迫感を覚えます。(夜には、数十年に一度と言う災害が差し迫っているという「特別警報」まで発表されました)
昨日の下校時刻ごろからずっと各種の警報が出ていますから、小中学校は今日は休校。昨日、「明日休みだったら良いのに」とつぶやいていた小学生の願いは叶いましたが、退屈な一日だったことでしょう。
通常ならジイジが子守を請け負うところですが、今日は午前中、退職同業者の作品展の会場当番が当たっていて、お世話ができません。希望者は同行しないか?と誘ってみましたが、兄弟3人、家でのお留守番を選びました。そりゃそうでしょうね。

雨が強くて、前が見えません。

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普通の倍もの時間をかけて会場へ。
さすがに客足は鈍いですが、熱心に鑑賞してくださる方もあって、嬉しい限り。
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会場係の「役得」で、じっくり時間をかけて鑑賞できたのはありがたいことでした。

下の妹は保育園に預かってもらい、夕方、雨の中を迎えに行ってきたところ。ジジババも、すこしはお役にたっているでしょうか?



大きな災害がないように祈ります。

きょうはこれにて

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あっという間の連休、の巻 [家族]

5月に入ったと思う間もなく、早や一週間が経ちました。連休はあっという間に過ぎました。
いろいろと家族イベントが続き、記録しきれません。最大のイベントは、5月4日、ジイジ、バアバと、子ども夫婦と孫たち、総勢、、え~っと、、、13人が一堂に会して、アウトドアイベントを楽しんだ後、郷里の老父母宅を訪ねて一騒ぎしようという趣向です。
最近、釣り・魚捕りに惹かれている小5生の要望も満たそうとママが探し当てたのがこれ。渓流釣りや魚のつかみどり体験もできるという「右手養魚センター」
美作市のHPを少々引用します。

源流の郷うて 右手養魚センター

自然の中で渓流釣りや魚のつかみどりを体験しよう!

 コテージ村やアスレチック、テニスコートを有する観光施設「トム・ソーヤー冒険村」に隣接する右手養魚センター。
 受付をすれば、石積で整備された渓流公園でアマゴ・マスなどを放流しての渓流釣りや、つかみどりが楽しめます。釣った魚をその場でバーベキューにして食べれば格別の美味しさ。
 津谷キャンプ場からも近く、日帰りでも宿泊でも気軽にアウトドアレジャーを楽しめます。


美作市右手(うて)といえば、わが郷里を鳥取県境近くまで北上した、山間の地。以前こんな記事で紹介したことのある土地です。

故旧あい集いし森の青胡桃

岡山県美作市右手(うて)という地区は、木地師の里として知られています。

私の学生時代の先輩である「三郎さん」は、関西在住でしたが、退職後、奥様の実家のあるこの地区に移り住んで「木工みや工房」をひらき、木工工芸品の制作に励んでおられます。


今回は、「三郎さん」が、森の緑濃い右手周辺を案内してくださいました。


こんな記事も書きました。
いかな夢見つつ眠るや森蛙

トチメンボーの正体知って面食らう、の巻


白く紅く木の花匂ふ森しづか


蛙棲む原生林に蝮草(マムシグサ)



サブローさんは、久賀ダムから間道を通って「秘境」さながらの山道を案内してくださいましたが、今回は、舗装もゆきとどいた主要道を通って目的地にむかいます。
途中、こんな景観も出迎えてくれます。(走行中、助手席からフロントグラス越しに撮影)

山に自生する藤が花盛りでした。

新緑に薫風、せせらぎの音。それだけで、リフレッシュ効果があります。
5月としては気温が低く、肌寒いほどなので、つかみ取り体験は遠慮して、小中学生とその親は、渓流釣り体験に挑みます。

定められた料金(決して安くはありませんが、カジノに比べればまし?)払って、楽しく遊べる程度の魚の放流されたエリアを与えられます。餌・釣り具も、希望によりレンタルできます。
釣れた釣れた。




釣り上げた魚は、手数料一尾あたり80円だかで塩焼きしてもらい、持ち帰ってその日の夕食にお裾分けをいただきましたが、美味でした。
釣りに興味を持たない保育園児達は、隣接の「トムソーヤー冒険村」の遊具で時間を忘れて遊びました。
近くのレストランで思い思いの昼食を摂り、30km離れた郷里の実家へ移動。
負けず劣らずの田舎で、子どもたちは自然に駆け回りたくなるらしい。
従兄妹同士大はしゃぎ。

鯉のいる庭の池で、いつものように餌やり。これはもう一人の従妹と

5日のこどもの日は、近所の公園で遊び、夕食はまたまた13人が集合して、宴会は深夜に及びました。
翌6日、すでに仕事が始まるメンバーもありますし、ラッシュの中を大阪まで帰らなければならないメンバーもあります。
次はお盆休みの再会を約して、いとこ達は別れを惜しみます



今日はこれにて。

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フォト蔵にアップしている私の写真はこちらです。

写真販売サイトにも画像を掲載しています。
写真素材 PIXTA